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再び「検査と隔離」ー感染症拡大を遮る防波堤

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昨日(4月1日)、新型コロナウイルス感染症対策専門会議による記者会見がありました。注目してライヴ中継を観ていましたが、その内容は期待はずれでした。なぜなら、感染増大抑制と医療崩壊防止に関する有効対策としての具体的提言が、ほとんど示されなかったからです。会見の骨子は以下のとおりです。

●3月21日〜30日の東京における実効再生産数(感染者から二次感染した人の数)が1.7

●爆発的感染が起こる前に医療崩壊が起こる可能性

●医療供給体制が喫緊の課題である

●感染のレベルで全国を3地域に分け、それぞれの対応策を示唆

その上でオーバーシュートの定義まで持ち出して、オーバーシュートの前に医療崩壊もあり得るということを述べていました。専門家会議が使っているオーバーシュート(overshoot)は、元々「ある線を突き抜ける」というニュアンスの言葉で「オーバーラン」に近い意味です。私は、医療崩壊に至るラインを超えて感染者が増大するという意味で使っているのかと思ったら、どうもそうじゃないらしいです。

いや、私たちは、実効再生産数オーバーシュートの定義などの話は正直どうでもよくて、感染者増大とその結果としての医療崩壊が起こることを心配しているわけです。これまでの国の方針と対策の実効性とともに、その抑制のための具体的対策を専門家会議から聞きたいわけです。

しかしながら、昨日の記者会見は、状況経過報告、これからの予想、および国民が何をすべきかについての見解に終始した会見でした。「オーバーシュートの前に医療機能不全に陥る可能性」を言うなら、なぜそうなるのか、それを止める専門家会議自身の対策はないのか、国の方針・対策の軌道修正の余地はないのか、疑問はたくさんあります。「抜本的対策が必要である」というような誰もが言える抽象的なことではなく、医療崩壊にならないための具体策を提言してほしいのです。

このブログやツイッターでも何度なく指摘しているように↓、「検査と隔離」が感染症と戦う最前線の策であり、感染症拡大抑制には必須であるわけですが、専門家会議の会見ではこれらの基本に沿ったコメントが、ほとんどありませんでした。そこで、検査と隔離の重要性を、再度ここで強調したいと思います。

感染症対策では、まず感染者を見つけ出すことが重要です。それには検査しかありません。これが感染症流行と戦う最前線での防波堤になります。とくに今回のSARS-CoV-2の場合は、不顕性感染からの二次感染を抑えるという意味での徹底的な濃厚接触者の検査が重要になります。

今日の日本経済新聞電子版は、英オックスフォード大学の研究者らでつくるグループによる各国のPCR検査件数をまとめたデータを報じていました [1]図1に示すように、人口100万人あたりでは、韓国、オーストラリア、ドイツなどで検査件数が高く、日本のそれはきわめて低いことがわかります。トップの韓国と日本を比べると、52倍の差になっています。この時点での1日当たりの検査数にすると、日本は韓国の1/20です。比較にさえなりません。

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図1. 各国における100万人当たりのPCR検査数の比較(日経新聞記事[1]とOur World in Dataに基づいて作図)

ただ、そもそも国によって感染者数が違うので、検査数の絶対数を比べても意味がないかもしれません。そこで、100万人あたりの感染者数を先のブログ記事(新型感染症の検査と対策ー各国の現状に学ぶこと)で示した数字から算定してみます。そうすると、韓国186人、日本13.4人になり、これらを100万人当たりの検査数で割ると、韓国が陽性率3.0%、日本が陽性率11.5%となります。検査の陽性率において、日本は韓国の約3.8倍になっていることがわかります。

これが意味するところは、日本での検査の的中率が高いということではなく、感染者の増え方に検査が追いついていないために、陽性率が高くなっていると考えた方が合理的です。なぜなら、感染者数そのものは圧倒的に韓国の方が高いわけですから、日本で陽性率が高くなること自体がおかしく、検査控えで母数が低いためと考えた方が納得できます。韓国並みに検査の実効性(感染者のあぶり出しと感染拡大抑制)を達成しようとすれば、少なくとも現在の4倍以上に検査数を増やさないといけないことになります。

安倍総理大臣は、3月中に国内の検査能力を1日あたり8千件に高める考えを示しましたが、検査数は一向に伸びていません。実際の検査数(PCR検査)は、1日1千件台で微増しながら推移してきましたが、3月末にやっと2千件を超えた程度です(図2)。相変わらず、民間会社による検査数は極めて少ないです。これには、表に出ない理由があるのかもしれませんが(→PCR検査が医療崩壊防止のカギ?)。

国のクラスターに絞って確実性のあるものだけ検査するという方針」は、すでに破綻しています。少しでも感染の可能性のあるものへと検査の網を拡大し、感染者を隔離して、感染増大を抑えるべきです。やるべきことは検査のトリアージではなく、感染者のトリアージです。

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図2. 国内におけるPCR検査数の推移

感染者の増大に検査が追いついていない状況は、各都道府県の検査の実績をみても推察できます。先のブログ記事で示したデータを、3月までの分まで延ばして図3に示します。左が各都道府県(トップ12)の検査人数と陽性者数、右が陽性率を示します。

前回も述べたように東京都で陽性率(16.4%)が突出していて、検査数が追いついていない状況が伺われます。今日(4月2日)の感染者数は95人と過去最高を記録しています。東京都を除いたトップ12の陽性率の平均は、4.2%です。検査数の割に陽性率が低い自治体は、徹底的なPCR検査で感染増大抑制を果たした和歌山県(1.1%)です。

テレビが伝えるところでは、相談者が検査を受けられる確率は東京が1.5%、和歌山県が35%となっていました。東京都で陽性率が高くなったのは、相談・検査要望を却下し、検査を控えたためであるという裏付けの数字です。

今日のテレビのワイドショーでは、医療専門家が、「東京都で検査の陽性率が高いのは感染者が増えている証拠」だと言っていましたが、もし和歌山並みに検査の網を広げていれば、感染者が増えたとしても陽性率は低くなるはずです。「感染者の増大に検査が追いついていない証拠」あるいは「限りなく疑わしい人に検査を集中している証拠」と言い換えた方が、より的確であると思います。

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図3. 各都道府県(トップ12)におけるPCR検査の実績と陽性率

3月19日の第8回の専門家会議では、北海道を例に挙げて「迅速な対策が講じられたことによって感染者拡大が抑えられたと考える」と言っていました。すなわち、徹底的な検査と迅速な封じ込め対策が感染拡大抑制に有効なことを、専門家会議自身が認めているわけです。

このような北海道モデルや和歌山モデルが前例としてあるはずなのに、国の一貫した硬直的とも言える方針は一体どういうことなのでしょうか。厚生労働省は、「検査の網を広げすぎると、誤判定も含めて入院患者が急増して病院が機能不全に陥り、医療崩壊につながる」と言ってきました。専門家会議も同様な見解です。今日のワイドショーで出ていた専門家会議の一人も、従来の方針を繰り返すだけでした。

何をバカなという感じです。「病院を守るために、感染拡大は無視する」というのでしょうか。本末転倒もいいところです。まずは感染拡大を防止すること、それには検査の網が必要なこと、そして感染者を症状に応じて振り分け、病院での医療負荷を軽減するという、最前線の基本策が必須なのに、それが捨てられているのです。

諸外国では、時間のかかるPCR検査とは異なる簡易検査法がすでに広がっています。韓国や米国では、ドライブスルーやウォーキングスルー方式により、病院外で大量の検査を効率的にできるようになっていることは、何度となくメディアが取り上げています。

国には、検査に関する方針の再考をぜひお願いしたいところです。考えたくないですが、もし、疫学調査研究 [2] に検査を集中して利用しているとしたら論外です(→PCR検査が医療崩壊防止のカギ?

検査と同時に重要なのが感染者の隔離です。今日のテレビのワイドショーでは、韓国における徹底した検査と、トリアージによる症状に応じた感染者の振り分けについて、やっと報じていました。同国では、重症や中等症状の感染者は病院に収容して治療させ、軽症の人は「生活治療センター」という施設を設けて収容・隔離しています。この施設は大手企業が提供した宿泊施設、政府や大学の宿泊施設が充てがわれているということでした。

ドイツでは軽症者は原則自宅療養とする方針をとっていますが、これはホームドクター制度がしっかりしており、「隔離」という概念をベースに、しっかりとしたアドバイスが受けられる状態になっています。

日本の問題点は、検査控えと同時に、検査で確認された感染者を症状に関係なく原則入院させていることです。これは、COVID-19を指定感染症としたための、感染症法の規定によるものですが、病院がすぐに満杯になることは、当初から容易に想像できました。法令を弾力的に運用する判断力に欠けていると言わざるを得ません。

3月1日、厚労省都道府県などに対し、感染拡大で入院患者が増え、重症者の受け入れが困難になる場合、検査で陽性でも軽症なら自宅療養を原則とする方針を示しました。にもかかわらず、依然としてそうした状況に達したとの判断や具体的な基準は示されていません。

感染者全員の入院を原則としてきた自治体や病院の現場は危機感を強め、独自に軽症者を別に収容する施設の検討に入っています。東京都の小池知事はホテルの借り上げなど交渉を進めているようです。しかし、肝心の統括する立場の厚労省や政権の反応は鈍く、自治体の提案を拒否しているという報道さえあります。すべて当初の方針での現場任せの印象が強いです。

今日のテレビは米国の深刻な現状も報道していました。トランプ大統領に向けて、ファウチ所長(国立アレルギー・感染症研究所)が言った言葉、「現在のシステムは我々の必要に即していません。素直に認めましょう」は、日本の政権、厚生労働省、そして政府専門家会議にも当てはまるのではないでしょうか。

引用文献・記事

[1] 日本経済新聞: コロナ検査、世界に後れ 1日2000件弱で独の17分の1
経済. 2020/4/2 1:30 (2020/4/2 7:46更新) https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57517460R00C20A4MM8000/

[2] NIID 国立感染症研究所: 新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年3月12日暫定版). https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html

                

カテゴリー:社会・時事問題

カテゴリー:感染症とCOVID-19

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