Dr. Tairaのブログ

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COVID-19感染をめぐる数字のマジック

先のブログ記事「COVID-19に関するNHKスペシャルを観て 」で、NHKの番組「NHKスペシャル」で取り上げられている、新型コロナウイルス 感染症COVID-19に関する話題について、私の感想を述べました。そして、国内の流行の科学的調査や対策を担っているクラスター対策班の方針や言述に対する批判的見解も示しました。

4月11日放送のこの番組では、冒頭で海外の研究報告を引用して、各国と比べて日本の感染者数が著しく増加しておらず、その増加スピードが遅いことを紹介していました(図1)。いわゆる政府専門家会議がいう、「オーバーシュート」が起こっていないことを強調していました。

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図1. 世界各国のCOVID-19感染者数の推移

オーバーシュートの定義はともかくとして、私はこの図を観ながら、国のPCR検査控えはつくづく罪だなあと思いました。なぜなら、日本では患者確定のためにしか検査が行われておらず、より正確な感染者数を割り出す仕組みにはなっていない状況にもかかわらず、海外の研究者は見かけの数値を使ってこのような解析データを出さなければいけないからです。

それをまたテレビが取り上げて視聴者向けに放送することが、どれだけ国民へ向けた誤ったメッセージになっているかということについて、心配になりました。日本におけるCOVID-19の感染者や死亡数をめぐる数値の発表については、このようなバイアスがあることをあらためて国民は知るべきだと思います。この感染症拡大抑制には、まず正確な情報が必要です。

ここで、厚生労働省が公表している、4月15日までのPCR検査数の推移を示します(図2[1]。全体の検査数のグラフで見れば一目瞭然ですが、一定期間ごとに検査数が落ち込むような凸凹になっていることがわかります。これはすでにテレビ等でも放送されていますが、土日では多くの検査機関で検査控えになるためです。

したがって、検査結果が出るまでに1–数日かかっている状況がありますので、週前半の確定陽性者数は、土日の検査控えの影響が出ていることを考慮しながら見ていく必要があります。

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図2. 日本におけるCOVID-19-PCR検査件数の推移(厚生労働省の公表データに基づいて作図)

しかも図2に示すデータは検査件数であって、検査人数ではありません。検査件数の中には、患者が退院するための陰性確定に使われる検査数(患者1人当たり2回検査)なども含まれるので、実際何人が検査を受けているのか非常にわかりづらい状況になっています。厚生労働省の公表データの中には、経時的な件数推移はあるものの検査人数の推移データはありません。検査人数の推移のデータを公表している自治体もほとんどありません。

少なくとも検査数、検査人数とも公表している東京都の場合をみると、陽性患者数に比べて検査人数が少ない実態が見えます。

このような検査控えのバイアスが如実に出ていたのが、今日のワイドショーによる東京都の陽性者の紹介の仕方です。東京都では昨日が127人の確定陽性者数であり、この3日間を見てもそれ以前と比べて陽性者が減っているのではないか?という放送がなされていました(図3左上)。そして、この陽性者数の見かけの減少を受けて、「自粛の効果ととらえたい」とう東京都の見解を示していました(図3左下)。

それを聞いて「いやちょっと待てよ」と思いました。私は毎日、厚労省や東京都が公表している検査数をモニターしていますが、今週前半の検査数が極端に減っていることを知っていたからです。4月12日ー14日の累積検査数は398人しかありません。つまりこの検査数からは、1日平均で133人以上の陽性者数にはなりようがないのです(図3右)。

それに対して1日後ろにズレた陽性者の結果は累計379人です。398人で割れば95%の陽性率です。つまり、これらの数字で見れば検査した人のほとんどが陽性という結果であり、127人という数字はもはや飽和に近いという恐ろしい状態を示しています。自粛の効果などとはとても言えないのです。逆に、検査で追いきれていない感染者が増加していることを示唆するものです。

もはや東京都は、病院の空きベット数に合わせた患者確定のためだけの検査しか行なっていないようにも見えてしまいます。

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図3. 東京都におけるPCR検査数(右)、陽性患者数の推移(左上)および東京都の見解

東京都はこれまで197人の最多陽性者数/日を記録しています。ということは、その最多陽性者数を余裕を持ってカバーできるような1日当たりの検査数にすべきなのです。カバー率100%に近づけようとすれば、最低でも陽性率を50%以下に抑えるような検査数(>400人/日)にすべきだと思います。そして、メディアは陽性者数のみならず、検査人数も報道すべきでしょう。

上記の「陽性者が減っている」「自粛の効果が出ている」というのが仮に事実だとしても、それは十分な検査数と十分に低い陽性率が達成されてはじめて保証されるものです。東京都にはその点を踏まえて検査を行ってもらいたいと思います。

数字をめぐる混乱は死亡者数にも現れています。SNS上では、日本では各国に比べてCOVID-19の死亡者が少ないとか、それはBCG接種によるものだとか、すでに弱毒のウリス感染によって免疫を獲得しているためだとか、さまざまな根拠のない噂が飛び交っています。今日も100万人当たりの死亡者数を、米国と日本で比べているツイートが散見されました。

日本で死亡者が少ないと言い方は、本当に実態を表しているのでしょうか。確かに、人口ベース(全人口あるいは100万人当たり)での死亡者数は少ないです。しかし、医療崩壊を起こしている米国やヨーロッパの国々に比べればまだ感染者数が少ないので、その分死亡者の絶対数が少ないのは当たり前です。

一方で、まだ医療崩壊を起こしていない、あるいは崩壊すれすれの国々と比較したらどうでしょうか(表1A)。日本の現在の致死率は2.0%ですが、他国と比べても低いということはないようです。患者数が多く、医療崩壊を起こしている国々では、当然死亡者数も致死率も高くなります(表1B)。もし日本でも患者数が増え医療崩壊が起これば、これだけの死亡者数や致死率になることは当然予想されます。つまり、日本で死亡者が少ないという噂は、感染者ベースで見た場合、根拠がありません。

表1. 医療崩壊前の国(A)および医療崩壊を起こした国(B)におけるCOVID-19患者の致死率の比較

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日本におけるCOVID-19による死亡者数も、本当のところわからない部分があります。すなわち、COVID-19であると診断される前に肺炎で亡くなった人には検査がなされていないので、たとえCOVID-19感染者であったとしてもカウントされません。

この点で気になっているのが、東京におけるインフルエンザ肺炎の超過死亡者がこの春から急に増えている点です [2]。まったくの想像の域を出ませんが、ひょっとしてこの中には、COVID-19による死亡者が含まれているのではないでしょうか。国立感染症研究所は説明してほしいものです。

さらに、今日のテレビを含めたメディアは、北海道大学西浦教授が意見交換会(実際は記者会見)で述べた「8割接触削減しなければ42万人の死者が出る」という提言を報道しています。先のブログ記事「緊急事態宣言に伴う「接触8割削減」で思ったこと」で紹介したように、クラスター対策班の中で奮闘している彼の分析が、厚生労働省?や諮問委員会という政治の力で歪められ、8割が7割に減らされたりする現状があるようです。

彼は業を煮やしたのでしょうか、もう我慢ならずという感じで「私が言ったことは8割削減で7割削減ではない」というメディア公開発言になりました。もし、このメディア公開がなければ、一般の国民は、安倍総理大臣述べた「最低でも7割...」が、専門家の見解であったと誤解してしまったことでしょう。

また、今日のテレビワイドショーでは、ノーベル生理・医学賞の本庶佑京都大学名誉教授が、西浦氏の「42万の死者」についてコメントしていました。主旨は西浦氏と同様に隔離(接触削減)が重要で、電車の通勤環境などを槍玉に挙げていましたが、同時に42万人の死者などあり得ない、こういう数字が当たった試しがないとも言っていました。

このような数字に対するコメントも国民に誤解を与えると思います。つまり西浦氏の「42万人死者」発言は、COVID-19について何も対策を打たなかった場合の収束に至る過程のシミュレーション結果に基づいたものであり、政府や国民への警鐘の意味でなされたものです。その意味で、本庶氏の発言は論点がズレているのですが、著名な科学者が口を開けばその分だけ国民へ与える影響は大きいものとなります。

日本におけるCOVID-19感染者の数については、PCR検査が追いついていないため、はっきり言って誰にもわからない状況です。とくに最も感染者数が多いと考えられる東京都では、検査控えのために陽性者数がほぼ飽和状態にあり、それ以上には陽性者が増えようがない状況にあります。残念ながら、このような状況をマスメディアは正確に報道しないため、国民は知らないうちに歪められた情報にしか触れていないということになっています。また、専門家による解析情報が、政治によってまた歪められている状況もあります。このような非常事態時に、国民へ不正確な情報しか届かないということは、非常に危険な状態だと言えます。

引用文献・記事

[1] 厚生労働省: 国内における新型コロナウイルスに係るPCR検査の実施状況. https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000622367.pdf

[2] NIID 国立感染症研究所: インフルエンザ関連死亡迅速把握システムによる2019/20シーズン21大都市インフルエンザ・肺炎死亡報告. https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/2112-idsc/jinsoku/1852-flu-jinsoku-7.html

                 

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