Dr. Tairaのブログ

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無症状の濃厚接触者はPCR検査を受けられない

前のブログ記事「あらためて国によるPCR検査方針への疑問」で、日本におけるCOVID-19の感染拡大のなかで、なぜPCR検査が増えないのか、再考しました。

結論として、厚生労働省と政府専門家会議が打ち出した「PCR検査を感染症患者確定のために集中投入する」という方針が、検査が拡大しない大きな要因であるとしました。この方針には、そもそも厚労省検査抑制論の考え方があり、それをベースにした上でのクラスター対策とセットの積極的疫学的調査があるということでしょう。

この積極的疫学調査において調査の対象として決められているのが、「患者(確定例)」および「濃厚接触」です。しかしながら、この調査の要領では、濃厚接触者については「無症状」の場合、検査の対象外であると規定されています。COVID-19を限りなく疑わせる症状がないと、PCR検査させてもらえないどころか、相談さえ受けられないこととなっています。

これらの相談の窓口となっているのが「保健所」などに設置されている「帰国者・接触者相談センター」です。厚生労働省は、新型コロナウイルス 感染症の疑いを持つ人は「帰国者・接触者相談センター」にお問い合わせるように指示しています。相談・受診の目安になる症状としては以下を挙げています [1]が、私はこの目安が問題であることを当初から指摘しました(→新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策)

相談・受診の目安

一般向け

● 風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く場合(解熱剤を飲み続けなければならないときを含む)

あるいは:
● 強いだるさ(倦怠感)や息苦しさ(呼吸困難)がある場合

高齢者をはじめ、基礎疾患(糖尿病、心不全、呼吸器疾患(慢性閉塞性肺疾患など))がある人、透析中の人、免疫抑制剤抗がん剤などを用いている人
● 風邪の症状や37.5度以上の発熱が2日程度続く場合

あるいは:
●強いだるさ(倦怠感)や息苦しさ(呼吸困難)がある場合

それでは、実際に各自治体の窓口は一体どのような状態になっているか、東京都を例に見てみようと思います。図1に東京都のホームページ [2]から抜粋した相談窓口の案内を示します。受付窓口として、新型コロナ受診相談室および新型コロナコールセンターがあり、相談者の属性(履歴)と症状によって4つの受付けのパターンがあります(番号1–4)。

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図1. 東京都の新型コロナウイルス感染症に関わる相談窓口の案内 [2].

上記の4つのパターンに該当する人と条件を以下に示します。

1. 感染者と濃厚接触した人で症状(発熱か呼吸器症状)がある場合

2. 流行地域に渡航したか居住していた人、またはそこでの濃厚接触者で症状(発熱37.5℃かつ呼吸器症状)がある場合

3. 一般の人で症状(風邪のような症状、37.5℃以上の発熱、だるさ、息苦しさ)が4日以上続いているある場合、および高齢者、基礎疾患のある人で同様な症状が2日以上続いている場合

4. 不安に思う人で症状(微熱、軽い咳、感染の不安)がある場合

上記のように、厚生労働省が示した条件がそのまま述べられています(当然ですが)。いや、それ以上に一般人向けは条件が厳密になっているように見えます(図1−3の場合)。このようにして見ると、いずれも相談するまでの条件がかなり厳しく、また4つのパターンで症状が微妙に異なり、複雑です。どうしてこのような厳しい条件で複雑になっているのかよく理解できません。おそらくは、疫学調査を効果的に行うために、そうする必要があったのでしょう?

ちなみに、「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」 (2020年2月6日暫定版)[3] では、上記の厚労省の目安がそのまま載っています(図2)。しかし、1) 風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く者(解熱剤を飲み続けなければならないときを含む)、および2) 倦怠感や息苦しさがある者については、いずれかの症状であればいいのか、両方の症状がないといけないのか、明確ではありません。したがって、図2の3のケースのように解釈されたとしても、不思議ではありません、

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図2. 積極的疫学調査要領に記載された受診の目安 [3].

少なくとも、上記の条件を積極的に前に出す程度の医学的根拠はないようです。3月10日の参議院予算委員会公聴会 [4] で、共産党小池晃議員から「37.5℃、4日間自宅で経過観察」について問われた上昌弘氏は、「医学的根拠はない」と答えています。また、同議員による「37.5℃、4日間というのは撤回した方がいいのでは、専門家会議はそういうメッセージをだすべき」という質問に対し、専門家会議の尾身茂氏は、「PCR検査のキャパシティーというのも考慮した」「どこかで判断しなければならないので、PCRキャパシティーというものを考えて...」と、暗にPCR検査の能力で相談条件の基準が決められたことを認めています。

そして、この相談窓口にたどり着き、かつ関門もくぐるには二つの大きな問題があります。一つは濃厚接触者の条件です。上述しましたが、濃厚接触者は、明らかに感染者のそばにいたとわかっている人なのに、症状がないと相談さえ受けられないのです。仮に相談したとしても、すぐに受診を却下されてしまうことでしょう。

先のブログで書いたように、スポーツや芸能関係の有名人が感染者とわかったとき、それらの配偶者が無症状であるために検査を受けられないと報道された事例は、これを物語っています。

そしてもう一つの問題は症状に関することです。都の受診相談室に相談した知人から聞いた話ですが、37.2-37.4℃の発熱、だるさ、および軽い咳があった人が相談したにもかかわらず、条件に合わないとして、受診を却下されたとのことでした。条件が完全に合わないと受診にたどり着けないという厳しい条件です。

そしてやっと相談窓口をクリアして、帰国者・接触者外来における医師の診断を受けることができます(図3)。しかし、ここで検査必要なしと判断されれば、そのまま自宅で過ごすことになります。検査の必要ありとされ、検査で陽性と判定されれば入院となります。

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図3. 東京都の新型コロナウイルス感染症に関わる相談窓口の結果を受けた以降の流れ.

厚生労働省と東京都のCOVID-19に関する相談と検査の方針を見れば、国の指導の下、各自治体が一斉に有症状者を対象とした相談窓口を作り、そこをパスした人に対してPCR検査を行なっている姿が明確になります。

濃厚接触者はとくに感染の確率が高いわけですが、症状がない限り相談も受けられず、もちろん検査の対象ともなりません。せっかく各自治体が確定陽性者への聞き取りで感染経路を探り出しても、その位置にいる濃厚接触者が無症状である限り、放置されるのです。果たして感染拡大を防ごうという気があるのでしょうか。

安倍総理大臣は、今日(4月7日)の緊急事態宣言の会見の中で、「無症状の感染者が感染させる」と述べました。厚生労働省と政府専門会議の方針では「無症状の濃厚接触者は検査対象外」と言っているわけですから、濃厚接触者が即感染者ではないものの、明らかな齟齬ですね。はからずも、総理大臣と国が合わせて、潜在的な感染拡大を認めたようなものです。

東京都において、新型コロナ相談窓口とコロナコールセンターの両方に寄せられた相談件数のうち、PCR検査に至った人はわずか4.9%です。そして、検査による確定陽性率は、40%を超えています。しかもほとんどが感染経路不明者です。

多くの疑わしい人たちが相談窓口ではねられ、患者になりそうな人たちだけが検査で確定されている現状があります。したがって、潜在的な感染拡大が進行していることは容易に予想できますが、それをあぶり出すことはもはや不可能に近いことです。

国が示した受診相談の条件、およびさらにそれを厳しくするような東京都の条件設定は、多くの有症状の人たちを放置する結果になっていることはきわめて重大です。COVID-19は軽症であったとしても、急激に容態が悪化することが知られています。COVID感染未確定のまま、自宅待機の過程で重症化し、あるいは長期間待たされた挙句、やっと検査で陽性と確定されたとしてもすぐに容態が急変し、最悪亡くなるケースが出てくることも容易に想像されます。

本来なら、積極的疫学調査によって詳細に捉えられなければならない日本の感染状況ですが、クラスター戦略に伴う限定したPCR検査方針に切り替えられ、そのための受診の目安が作られ、多くの人が検査を受けられず、したがって感染の状況もわからないということに至っていると思われます。検査が遅れることで、重症患者を増やすだけでなく、疫学的統計も不正確なのものにし(陽性者数のピークが後ろにズレるなど)、感染対策の判断の遅れにも繋がっているでしょう。

引用文献・記事

[1] 厚生労働省: 症状がある場合の相談や新型コロナウイルス感染症に対する医療について. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html#Q28

[2] 東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト: 新型コロナウイルス感染症が心配なときに. https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/flow

[3] NIID 国立感染症研究所新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年2月6日暫定版). https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html

[4] 参議院予算委員会公聴会. 2020.03.10. https://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/detail.php?sid=5654

引用拙著ブログ記事

2020年4月6日 あらためて国によるPCR検査方針への疑問

2020年2月19日 新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題