Dr. Tairaのブログ

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新型コロナ受診の見直しについて思うこと

2020.05.08: 23:05更新

はじめに

昨日(5月6日)、加藤厚生労働大臣は、新型コロナウイルスSARS-CoV-2PCR検査に向けて、相談や受診の目安を見直す方針を示しました [1]。国が示した目安は「37.5℃以上の発熱が4日以上続く場合」などとされていますが、「急速に症状が悪化する事例も出てきていることから、現状にマッチしたものにしたい」という考えからの方針変更だということです。

この受診条件の変更は歓迎されるものですが、これまでこの方針に拘泥したきた行政の姿勢によって、多数の未検査有症状者の不安と苦しみを生み、被害を拡大してきたことも事実です。検査を受けられないまま自宅で死亡し、後からPCR検査して陽性者であった事例もあります。

ここでは、これまでの経緯について振り返りながら、問題点をあらためて考えたいと思います。受診の見直しの前に、厚生労働省や各自治体などの掲示も含めて、再確認しておきたいと思います。

1. 厚生労働による受診の目安

まずは、2月17日付けで厚生労働省都道府県、指定都市、中核市宛に通知した「新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安」[2] を再確認してみましょう。これを見ると、確かに帰国者・接触者相談センターに相談する目安として「風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く方」、あるいは「強いだるさ(倦怠感)や息苦しさ(呼吸困難)がある方」となっています。

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図1. 厚生労働省から自治体への通知(文献[2]より抜粋).

前日の2月16日には、政府専門家会議の第1回会合が開かれていて、相談・受診の目安が議題になっていることが資料からうかがわれます [3, 4]。原案の提出については厚労省からかあるいは本会議のメンバーからかは不明ですが、いずれにしろ本会議がそれにお墨付きを与えており責任は重大です。

ところが、今日(5月7日)時点における厚生労働省のホームページを見ると上記の二つの目安については、それぞれ(1)および(2)として示してあるだけです(図2)。図1にある「いずれかに該当」という言葉が抜けており、さらに「次の症状がある方は(1)、(2)を目安に」という紛らわしい言い方になっているので、(1)だけあるいは(2)だけでもいいのか、両方が揃わないといけないのか、明確に判断できないようになっています(図2-注1)。これはいずれ書き換えられると思いますので、スクショを載せておきます。

別ページにも受診の目安が書いてありますが、ここでも二つの目安のうちの一つだけでいいのか、あるいは両方が揃わないといけないのか、不明確になっています。そして、同様な受診目安の記述は、積極的疫学調査実施要領(2020年2月6日 [現在4月20日] 暫定版)にも見られます [5(→ブログ記事「無症状の濃厚接触者はPCR検査を受けられない」)

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図2. 厚生労働省のホームページにある新型コロナ受診の目安(HPからの抜粋に赤枠追加・注記)

実は3月22日、厚労省は受診の目安についての補足説明を、各自治体に通知しています [6]。それによれば、「「発熱が4日以上」と「強いだるさや息苦しさ」の両条件がないと相談できないと受け止められている可能性があるので、どちらかの条件でも対応するように」というものです 。しかし、その実、厚労省のホームページでも、依然としてわかりづらい内容になっているのです。

さらに、2月17日付けでに各自治体に通知された文書「新型コロナウイルス感染症に関する行政検査について(依頼)」[7] を見ると、ますますわかりづらくなっています。検査対象者の一つとして、「37.5°C以上の発熱かつ呼吸器症状を有し、入院を要する肺炎が疑われる者(特に 高齢者又は基礎疾患があるものについては、積極的に考慮する)」となっており、図1に示すいずれかの症状ではなく、両方の症状がないと検査対象としないような書きぶりです。

この文書には、わざわざ参考として、図3に示す検査フローが載せられており、検査要件として「37.5度以上、呼吸器症状、かつ入院を要する肺炎が疑われる」(赤枠で囲まれた部分)とされています。

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図3. 厚労省による検査の流れを示した参考図(文献[4]よりそのまま抜粋).

自治体や保健所は、このような通知を見せられたら、どのように判断するでしょう。いくら3月22日付けの文書があったとしても、結局図3に示すような条件に基づいて検査対象者を絞り込んでしまうのではないでしょうか。つまり、表向きの受診の目安よりも、検査を受けられる条件をさらに重ねて、相談者の振り分けを行っている状況が伺われます。受診の目安と検査の目安が違うところが重要です。

前のブログ記事「あらためて日本のPCR検査方針への疑問」でも指摘したように、PCR検査は国の狭い範囲の積極的疫学調査と行政検査のラインに沿って、厳密にコントロールされてきたというところでしょう。

2. 都府県における受診の目安

それでは、各都府県における受診の目安についてどうなっているか、主な自治体の掲示をみてみましょう。まず東京都ですが、ポータルサイトには相談窓口のコーナーがあって、一般に対しては「「風邪の症状」、「37.5℃」、「強いだるさ」、「息苦しさ」が4日以上続いていること」と、図1よりも厳しい条件になっています(図4)。なぜ、このように変えられたのでしょうか。しかし、この条件は最近削除されていて、現行の厚労省の指針に従った内容になっています。

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図4. 東京都における受診の目安(HPからの抜粋[2020年4月29日]に赤枠追加・注記).

次に千葉県です。千葉県では図5-注1注2にあるように、厚労省の通知の受診の目安とまったく変わりません。

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図5. 千葉県における受診の目安(HPからの抜粋[2020年5月6日]に注記).

次に神奈川県です。これも東京都と同様なポータルサイトに受診の目安が出ています(図6)。「一般の方」に対しては「風邪のような症状と37.5℃以上が4日以上続いている」というところは同じですが(図6-注1)、厚労省が2番目の症状として挙げている「強いだるさ」や「息苦しさ」については、受診対象が「誰でも」となっていてニュアンスが違います(図6-注2)。「一般の方」と「誰でも」とでは、どう違うのでしょうか。真ん中が線で区切られていますが、誰でも直ちにということでしょうか。

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図6. 神奈川県における受診の目安(HPからの抜粋[2020年5月6日]に注記).

次の大阪府です。相談対象者に対する目安としては厚労省の二つと同様ですが、それらはA、Bというカテゴリーで分けられていて、Aだけでいいのか、Bだけでいいのか、あるいはA、Bの両方の症状がないといけないのか、明確ではありません(図7-注1)。

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図7. 大阪府における受診の目安(HPからの抜粋[2020年5月6日]に赤枠追加・注記).

最後に福岡県です。東京都と同じような形式のポータルサイトに相談窓口のコーナーがあり、相談の目安は東京と同じ4つの症状が4日間続くこととなっており、条件が厳しいです(図8-注1)。

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図7. 福岡県における受診の目安(HPからの抜粋[2020年5月6日]に注記).

厚労省が各自治体に通知した受診の目安は共通なはずなのに、各自治体でこれだけ微妙に違うのはなぜでしょうか。各自治体や保健所が、厚労省からのさまざまな通達を厳格に守ろうとした結果として、このような形になったのでしょうか。元の厚労省からして曖昧な表現になっているところは、何をか言わんやという感じです。各自治体・保健所によって解釈の違いを生じたとしても、厚労省は文句を言えないでしょう。

3. 専門家会議による受診の目安

一方で政府専門家会議は、相談の目安についてどのように考えている(いた)のでしょうか。政府専門家会議のメンバーが中心となってつくった、コロナ専門家有志の会というのがありますが、この会が情報サイト"note"で、4月5日から発信しているページがあります(図9)。そこには、「全世代のみなさまに、いま、拡散してほしいこと」という主表題があり、さらに個別項目に「体調が悪い時にすること」というのがありましたが、4月27日に削除されてしまいました。

f:id:rplroseus:20200507155731j:plain図9. コロナ専門家有志の会の情報発信サイトのぺージ(https://note.stopcovid19.jp/).

その削除されたページをあらためて見てみましょう(図10)。驚くことに、ハッシュタグがつけられた「うちで治そう」、「4日間はうちで」という二つの標語があり、まるでこれらの標語で、TwitterFacebook上で拡散してくださいと言わんばかりです。しかし、ツイッター上では逆に批判が殺到する状態になってしまいました。

それはそうでしょう。これらの標語が示すことは、4日間うちにいる、そしてうちで治すことが、あたかも必要条件のようになっているからです。しかも「病院に行くとコロナに感染することもあり得る」、「協力して医療を守って行くことが大事」と、医療を守るために我慢しろ、というような元のスレッドから飛躍した論調になっています。これらは一種の詭弁です。

医療が体調の悪い人を守るのであって、患者が医療が守るわけではありません。本末転倒です。私はこれを見ていて、先の戦争時の標語「欲しがりません、勝つまでは」を思い出しました。

f:id:rplroseus:20200507155802j:plain図10.コロナ専門有志の会によって削除された「体調が悪いときにすること」のページ.

4月27日に図10のページは削除されたのですが、その日のコロナ専門家有志の会のツイートでは、削除したことを直接伝えるのではなく、図11のように、3月22日の厚労省の補足説明 [6]を持ち出して更新したという表現になっています。比べたらわかりますが、これは更新というレベルではありません。

5月1日には、さらにツィッターで当該ページの削除について批判が出ていることに対して「優先すべきと考える情報を、現実の状況を踏まえて、旧記事を引用しつつ、さらにわかりやすく伝え方を工夫したものです」という、釈明らしきコメントがありましたが、やはり撤回の理由については何も語られていません。

理由もなく、重要なページを削除しておいて、更新したと言い換えるところ、そして別の言い方で釈明するところなどは、おそらくエリートパニックに陥っているのではないか、とさえ思えます。

このようなコロナ専門家有志の会の態度に対して、ツイッター上ではさらに大きな批判がなされています。また、週刊誌女性自身が批判的に記事にしています [8]

 

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図11. コロナ専門家有志の会による「体調が悪い時にすること」の更新を知らせるツイート(4月27日).

4月22日の専門家会議の記者会見において、受診の目安について「場合によってはすぐにでも相談して」と、従来の方針を変更するような説明がありました。この変更について記者から問われると、会議メンバーの釜萢敏氏は「4日間様子をみるというメッセージに取られたが、そうではない。体調が少し悪いからといって、みなさんがすぐ医療機関を受診されるわけではないので、いつもと違う症状が少なくとも4日続いた場合には、今回に関してはぜひ相談をしていただきたいということ」と、訳のわからない返答をしていました。

少なくともコロナ専門家有志の会は、図10に示すように「うちで治そう」、「4日間はうちで」と言っていたわけですから、釜萢氏の説明はまったくつじつまが合いません。彼は有志の会にもメンバーとして名を連ねています。

4. BuzzFeedが導いた専門家会議の医療関係者の見解

COVID-19対策に関する「受診の目安」問題やPCR検査の問題については、一般人に対するメディアの影響も少なくありません。その中の一つ、オンラインメディアであるBuzzFeed Japanでは、このところCOVID-19流行の対策について、政府専門家会議や政府寄りの記事を流し続けています。

2月26日のBuzzFeedの記事では、聖路加国際病院、QIセンター感染管理室マネジャーの坂本史衣氏へのインタヴュー内容が載っていました [9]。この記事では、全体的に「PCR検査はむやみにやるべきでない。重症者の検査に集中的に適用すべき」というトーンで言述が流れています。そして、坂本氏は受診の目安として「37.5℃以上の発熱が4日(高齢者や持病のある方は2日)以上続く場合や、息苦しさが出てきたら、まずは帰国者・接触者相談センターに相談してください。それが医療機関をパンクさせないためにも重要です」と答えています。

医療機関をパンクさせない」という弁は、上記の有志の会による「協力して医療を守って行くことが大事」という考え方と同様です。受診者に対しては余計なお世話であり、飛躍した必要のない詭弁です。感染者かもしれない有症状者よりも医療・病院が大事、PCR拡大は医療崩壊を招くという思想が流れている証拠です。

3月6日のBuzzFeedの記事では、政府専門家会議のメンバーである岡部信彦氏のインタヴュー内容が載っていました [10]。ここで岡部氏は「しかし、どうも厚労省の出した受診の目安が誤解を招いています。37.5度以上の熱が出たら4日間必ず待たなければならないと考えている人がいます。そうではなく、具合が悪ければ早く行った方がいいし、高齢者や持病のある人は2日以上となっていても、症状が強ければ帰国者・接触者相談センターなどにすぐ相談するのはもちろんいい。ほかの重症な病気のサインかもしれませんし..」と語っています。

しかしこの弁も、明らかに上記のコロナ専門家有志の会による図10の内容とは齟齬があります。岡部氏もこの有志の会に名を連ねています。

上記の釜萢氏も岡部氏も、「厚労省が示した診断の目安は十分条件であって必要条件ではない」と都合よく言っているように思えます。しかし、それこそ、それは専門家の奢りであり、こう言っては失礼ですが、一般人の考える領域に想像が及ばない専門家特有の幼稚さの現れと感じます。厚労省から通達があれば、地方の保健所はそれを厳格に守ろうとするでしょう。そして、一般人はそれに従わざるをえないのです。十分条件など理解できるはずもありません。

5. 関連学会が示す目安

最後に関連学会として、日本感染症学会日本環境感染学会の患者の症状に応じた診断の方針を紹介します。結論から言えば、両学会では、重症患者の確定診断にPCR検査を限定適用するという方針が当初から貫かれており、この方針から患者をどう見ているかということがわかります。これは先のブログ記事「あらためて日本のPCR検査方針への疑問」、「感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと」で指摘したとおりです。

2月21日に公表された「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)―水際対策から感染蔓延期に向けて―」という文書 [11] では、医療従事者向けに「軽症・中等症状感染者についてはPCR検査を適用せず、自宅の安静を指示する」という指針を示しています(図12-注1、注2)。

f:id:rplroseus:20200420100113j:plain図12. 日本感染症学会と日本環境感染学会の連名によるCOVID-19対応への指針ー医療従事者向け(2020.02.21文書からの抜粋に赤線追加・注記).

そして、同じ文書内の一般人向けへの指針では、「軽症者は特に治療は必要なく、自宅で安静にしておくことで十分」とした上で、「早い段階でのPCR検査は決して万能ではない」と、PCR検査を希望するであろう一般人に対して牽制する見解を示しています。

さらに一般人向けに対しては、「軽症例が多数存在し、このような症例は1週間で軽快する」、「特に治療は必要なく、自宅に安静にしておくことで十分」と説明する一方(図13-注1)、「4日〜1週間ほど経過して熱が続いている、呼吸が苦しくなってきた、咳・咽頭痛が悪化している場合は帰国者・接触者外来センターに相談する必要がある」としています(図13-注2)。

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図13. 日本感染症学会、日本環境感染学会の連名によるCOVID-19対応への指針ー一般人向け(2020.02.21文書からの抜粋に赤線追加・注記).

そして、図13の後に続く「一般市民の皆様へークイック・チェックポイント」というところでは、ダメ押しのように、「37.5°C以上の発熱、咳、倦怠感などに加え、呼吸苦、息切れの症状がある場合や 37.5°C以上の発熱、咳、倦怠感などの症状が、1 週間以上持続する場合は、帰国者・接触者相談センターなどに相談してから病院(一般外来で受診せず、帰国者接触者外来)を受診しましょう」とあります(図14-注1)。f:id:rplroseus:20200512114445j:plain図14. 日本感染症学会、日本環境感染学会の連名によるCOVID-19対応への指針ー「一般市民の皆様へークイック・チェックポイント」(2020.02.21文書からの抜粋に赤線追加・注記).

これらの学会の指針は、厚労省が受診の目安とした内容よりもさらに(目安は一定していないものの)厳しい条件であり、かつ病状に対する楽観的な見解になっています。有症状者が病院で受診しても、PCR検査さえ受けられず、自宅療養を強いられる可能性が大きいことを示しています。

このような学会の指針は、素人目から見てもきわめて危険だと思います。少なくともこの指針には、全体を読んでも「自主隔離」の概念が抜けています。そして、軽症の人は検査を受けられず、医者に単に「自宅で安静にしていたら大丈夫、検査は必要ない」と言わられたらどうなるでしょう。自分が感染者かどうかもわからない状況では、必要最低限の行動をすることによって、家庭内感染市中感染を起こし、さらには(ほかの病気・ケガなどで搬送されることによって)院内感染の原因になってしまうことも可能性があります。

何よりも、最悪のケースとしては、自宅療養中に急速に重症化し、死亡することもあることは前回のブログ記事「感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと」で指摘したとおりです。

ここでも患者を守るというよりは、医療資源と病院を守ることが優先という思想が流れているような気がします。

6. 診断の目安の国際比較

受診までの目安については、海外の国はどのように対応しているのでしょうか。ドイツの場合はホームドクター制度が発達していて、疑わしい症状が出た場合かかりつけ医に相談すれば、すぐに適切なアドバイスをもらえるようです。韓国の場合は、疑わしい症状の人が発生した場合には、その周辺を徹底的に検査するという方針です。この二つの国はいわば別格です。

世界保健機構WHOのホームページを見ると、症状が軽い場合には自宅で静養するようにとなっています。世界的に見たらこのような対応の国が多いようです。英国の場合は、発熱の症状がでたら7日間自宅で自主隔離するようにとなっていますし、検査を受けられる人は職業によって優先順位がついています [12]。米国の場合、疾病対策管理センターCDCは、症状が軽ければ自宅で静養し、検査は必要ないかもしれないと言っています[13]。その上で、COVID-19を疑う症状があって検査を受けたければ、まず医者に相談するようにとアドバイスしています。あくまでも医者の判断に任せるというニュアンスです。

行政によって細かい受診の目安が決められ、その条件設定に基づいて行政判断の関門をくぐらなければならない状況は、やはり日本特有の現象のように思います。なぜなら、それはPCR検査数に反映されているからです。Our World in Data (May 6, 2020) [14によれば、1,000人当たりのPCR検査数は、ドイツ32.89、米国22.79、英国15.79、韓国12.54に対して、日本は件数ベースで2.26、人数ベースで1.49と桁が違います(図15)。

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図15. 主な国の1,000人あたりのPCR検査数の比較 [14].

軽症者には、自主隔離とセットの自宅療養を勧めているのが世界基準と考えられますが、同時に海外諸国では、医者の判断があればすぐに検査を受けられるような体制になっていることが伺われます。一方で日本は、行政に検査の判断が委ねられ、そのために検査対象者が絞られ検査数の圧倒的少なさに現れているのです。

おわりに

今日のテレビのニュースでは、症状が出ているにも関わらず、条件に合致しないということで保健所からPCR検査を断られ続け、やっと検査で陽性と出て入院できたと思ったらすぐに亡くなったという人の事例を紹介していました(図16)。検査を受けられないまま死亡した例も報告されています。おそらく、病院の診断で未検査のまま自宅療養を指示され、苦しんできた人も相当いることと想像されます。

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図16. テレビのニュースが伝えたCOVID-19患者の死亡例.

自治体で、診断の目安がこれだけ違うということは、厚労省の通達を厳格に守ろうとしたために、自治体の担当者の思い込みが強く働いた結果であろうと想像されます。そして、それに対するチェック機能が働かなかったということでしょう。それだけにこの目安・基準というものに、一般の受診者は相当振り回されてきたということが言えます。

上述したように、世界を見渡せば、軽い症状の場合は自主隔離で、検査は必要ないという方針が多いようです。日本の場合、受診の目安そのものが問題というよりも、それを行政が厳格にコントロールすることにより検査を受けるための障害になってきた、あるいはその目安が検査を絞るために利用されてきたというところが大きな問題でしょう。

この診断の目安はそもそも医学的根拠がなく、ただ「PCR検査を医療資源として確保する」、そして「積極的疫学調査を効率的に行う」というための目的で設定されたものと言えます。専門家会議の尾身茂氏は、国会の聴聞会で検査のキャパシティーであったと認めていますし、政府は、診断の目安とPCR検査の変更を、今になって打ち出しています。

厚労省、政府専門家会議、一部のメディア、そして関連学会は一致して、医療資源確保と医療崩壊防止という理由のために、この診断の目安の旗振り役をやってきました。もとより、現政権にはこれらの良し悪しを判断するする能力はありません。その結果として、多数の有症状者の不安と苦しみを生み、そして不幸にも死亡者まで出してしまいました。

政権、厚労省、および政府専門家会議は、素直にこの誤りを認めるとともに、方針変更に至った理由を国民に対して説明する責任があると思います。密かに情報を隠蔽したり、恣意的に変更したり、サラッと旧情報を上書きしながら、何事もなかったように国民を欺くことだけはやってほしくないです。

2020年5月8日追記

加藤厚労大臣は、5月8日の記者会見において、「37・5度以上の発熱が4日以上続いた場合」という目安が相談や受診の基準のように捉えられていると指摘し、「我々からみれば誤解だ」と発言しました。この発言は、これまでの経緯を見れば、責任転嫁以外の何者でもないでしょう。

引用文献・記事

[1] テレ朝NEWS: 新型コロナ受診の目安見直し 近日中に公表へ. 2020.05.06. https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20200506-00000065-ann-soci

[2] 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部: 新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安について. 2020年2月17日. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000596978.pdf

[3] 首相官邸政策会議: 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(第1回). 2020年2月16日. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/senmonkakaigi/sidai_r020216.pdf

[4] 首相官邸政策会議: 新型コロナウイルス感染症対策 専門家会議(第1回)
議事概要.2020年2月16日. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/senmonkakaigi/gaiyou_r020216.pdf

[5] NIID 国立感染症研究所新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年4月20日暫定版). https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html

[6] 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部: 新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安について. 2020年3月22日. https://www.mhlw.go.jp/content/000610771.pdf

[7] 厚生労働省健康局結核感染症課: 新型コロナウイルス感染症に関する行政検査について(依頼). 2020年2月17日. https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000598045.pdf

[8] 女性自身: コロナ専門家有志の会「#うちで治そう」ひっそり撤回に批判の声. 2020.04.28. https://jisin.jp/domestic/1855075/

[9] 岩永直子: 新型コロナ、なぜ希望者全員に検査をしないの? 感染管理の専門家に聞きました. BuzzFeed News. 2020.02.26. https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-sakamoto

[10] 岩永直子:「流行の封じ込め」から「流行を前提とした対策」へ 専門家「切り替え時期を考えなくてはいけない」BuzzFeed News 2020.03.06. https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-okabe-2?utm_source=dynamic&utm_campaign=bfsharetwitter

[11] 日本感染症学会: 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応について.  https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/2019ncov/covid19_mizugiwa_200221.pdf 

[12] Department of Health and Social Care, GOV.UK: Coronavirus (COVID-19): getting tested. 15 April 2020. Last updated 4 May 2020. https://www.gov.uk/guidance/coronavirus-covid-19-getting-tested

[13] Centers for Disease Control and Prevention. Testing for COVID-19. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/symptoms-testing/testing.html

[14] Hassle, J.: What can data on testing tell us about the pandemic? Our World in Data. April 13, 2020. https://ourworldindata.org/what-can-data-on-testing-tell-us-about-the-pandemic

引用した拙著ブログ記事

2020年4月18日 感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと

2020年4月7日 無症状の濃厚接触者はPCR検査を受けられない

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

                   

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題