Dr. Tairaのブログ

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新型コロナウイルス抗体検査陽性の意味

はじめに

新型コロナウイルスSARS-CoV-2による感染症COVID-19の流行によって一気に広まった専門的用語として、「PCR検査」とともに「集団免疫」や「抗体検査」などが挙げられます。免疫という言葉は一般人でも「免疫を落とさないようにしなきゃ」とか「免疫をアップしよう」とか、割と通常の会話で使うことがありますが、その生物学意味や抗体との関係について説明するとなると、基礎知識がないとなかなか大変です。

もう2ヶ月も前に、知り合いの人に「新型コロナの抗体検査って何? あなた微生物やってた人だからわかるでしょ」と言われました。私自身は免疫についてはほとんど門外漢なのですが、その時は大学の授業で取り上げる教科書程度の知識で説明しました。それ以来というわけでもないですが、私自身の興味もあって、メディアを通じてあるいはときには原著論文を直接当たって、SARS-CoV-2に対する免疫や抗体について情報収集してきました。

この記事では、抗体検査の現状やその解釈について紹介したいと思います。

1. 抗体と免疫

抗体とは、私たちの体に細菌やウイルスなどの異物(これらを抗原と言います)が入ってきた時、抗原の種類に応じて特異的に結合し、その異物を生体内から排除するように働く分子です。その実体は、免疫グロブリンという糖タンパク質の一種です。私たちの体はどんな異物が侵入しても、その抗原にぴったりと合う抗体を作ることができます。抗原が体の中に侵入すると、それに抗体が結合することによって、免疫細胞が活性化され、異物を排除します。

抗体の基本構造ですが、2本のL鎖とH鎖からなるY字の形をしています(図1)。抗原と結合するのは、Y字の形の先端半分の部分です。この部分は抗原の種類ごとに異なる構造に変化するため、可変領域と呼ばれています。可変領域以外は定常領域と呼ばれており、免疫細胞に結合する領域です。すなわち、抗体は抗原を認識すると同時に、免疫細胞上の受容体の役割も担っています。

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図1. 抗体の基本構造:抗原に結合するのはY字先端の可変領域.

免疫グロブリンは5種類(IgG、IgA、IgM、IgD、IgE)が知られていますが、抗体検査ではこれらの種類のうち、IgMIgG(時としてIgA)を標的として測定されます。IgMとIgGは血液中に存在する一方、IgAは、主に喉や気管支、腸の粘膜に存在します。

抗原となる細菌やウイルスに感染すると、IgMは感染初期から7日目までに生成されます。一方、IgGは感染からだいたい10日目以降につくられます(図2)。すなわち、抗体検査でIgMを検出すれば感染の初期、IgGを検出すれば感染後期か、あるいはすでに治癒したことが大まかにわかります。感染初期につくられるIgMの抗原に対する親和性は、一般的にIgGに比べて弱いとされていますが、5-6個が集合することで(図2中のIgM参照)、その結合力を補っています。

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図2. 抗原が侵入した後の2種類の抗体量の時間的変化.

ただ、最近の研究によれば、SARS-CoV-2に対する抗体反応においてはIgMとIgGはほぼ同時につくられ、それらの抗体力価は発症後6日以内にプラトーに達すると報告されています [1]

免疫には「自然免疫」と「獲得免疫」の二つがあります。異物の侵入に対してまず攻撃を仕掛けるのが自然免疫です、白血球の一種である好中球やマクロファージ、リンパ球の一種であるナチュラルキラー(NK)細胞が、この即応攻撃の役割を担います。

それでも撃退できない場合は、獲得免疫のシステムが働きます。この免疫系には、B細胞が主体となる液性免疫と、キラーT細胞が主体となる細胞性免疫があります。抗体はこのB細胞によって産生されますが、それにはヘルパーT細胞の助けが必要です。外敵の侵入に伴って樹状細胞に刺激を与えられたヘルパーT細胞は、周囲の免疫細胞に対して分化・増殖を働きかけます。そうするとB細胞は分化して抗体を産生します。抗体はB細胞上の受容体の役目もします。

最近では、自然免疫さえも「訓練免疫」という機構で強化されることがわかっています(→BCG接種が新型コロナウイルス感染抑制に効く?)。

2.  抗体検査

SARS-CoV-2に感染すると、このウイルスに特異的な抗体がつくられ、その中でIgGは長期間維持されると考えられますが、詳しいことはまだわかっていません。抗体検査でIgGが検出されれば、過去にSARS-CoV2に感染したjことの証明になり、このウイルスに対する獲得免疫をもつ可能性も考えられるわけです。

現在、多くのメーカーからCOVID-19感染検査用の抗体検査キットが出されていますので、簡単に検査することができます。サンプルとして血液数滴があればよく、15分くらいで結果が出るものが多いようです。

今日(5月5日)、テレビのワイドショーではそのうちの一つである、クラボウが中国から輸入した抗体検査キットを紹介していました(図3)。このキットではIgMとIgGが調べられるようになっていますが、まだ保険適用になっておらず、1回1万円前後と高いです。

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図3. テレビのニュース情報番組が伝えたクラボウの抗体検査キット(2020.05.05. TBSテレビ「Nスタ」).

ちなみに、テレビのワイドショーで放送される中でしばしば誤解されていると思うことが、PCR検査と抗体検査です。これらの検査の意義を混同しているコメンテーターの意見がしばしば散見されます。

PCR検査は抗原にあたるウイルスの遺伝子を調べることになるので、体の中にウイルスが侵入したかどうか、つまり感染しているかどうかを直接証明する検査です。一方、抗体検査は感染した後につくられる抗体を検出する方法なので、それまでに感染があったかどうかの事後証明の検査という位置付けになります。

3. 海外におけるの抗体検査の状況

SARS-CoV-2に対する抗体検査は、海外のいくつかの国において先行して行われています。

4月9日、ドイツのボン大学病院の研究グループは、オランダとの国境にあるガンゲルト(Gangelt)自治区において行なった抗体検査の結果について中間報告を行いました [2]。 ガンゲルトはドイツでのCOVID-19の流行が、最も顕著であった地域の一つです。約400世帯の1,000人を対象として、SARS-CoV-2に対するIgGとIgA抗体の検査が行われた結果、14%の人が陽性となりました。一方で、PCR検査では2%の人が感染しているという結果でした。

これらのPCRと抗体検査の結果を合わせると、この地区においては15%の人は免疫をもつことでSARS-CoV-2にはもはや感染せず、集団免疫がすでに始まっていると、研究グループは結論づけています。

査読前論文集メドアーカイヴに発表された論文では、米国カリフォルニア州サンタクララ郡での抗体調査結果が報告されました [3]。4月11日に実施されたこの調査は、IgMとIgGに対する抗体検査であり、この検査での特異度が99.5%、感度が82.8%とされています。3,330人に対する検査結果では粗データとしては1.5%、感度、特異度、サンプリングエラーを考慮した補正データでは1.2%が抗体陽性とされました。最終的に、地域の人口の2.8%が感染したという結果が示されまれました。ドイツの結果と比べると、抗体陽性者数の割合が低いです。

4月23日、米国ニューヨーク州のクオモ知事は、ニューヨーク州13.9%SARS-COV-2の抗体を持っていると発表しました [4]。これは19の郡の無作為に選んだ7500人を対象とした そしてその後この数字は14.9%に上方修正され、ニューヨーク市だけ見ると24.7%がすでに陽性であると発表されました [5]

ニューヨーク州ニューヨーク市における高い抗体陽性率は、日本のメディアでも驚きをもって伝えられました [6]。なぜなら、抗体陽性者の数はPCR検査をベースにした確定陽性者数の10倍以上にもなるからです。この事実をそのまま見れば、予想以上のSARS-CoV-2の感染が広がっており、その大部分は症状がない不顕性感染だということになります。

 4. 日本国内の抗体検査

4月30日、東京新聞は、東京都区内の病院におけるSARS-CoV-2の抗体検査で、一般市民の4.8%、医療従事者の9.1%が陽性であることを報道しました [7]。これは、当該ウイルスの感染実態を調べるため、テレビでもおなじみの久住英二医師が理事長を務める新宿区と立川市のクリニックで実施したものです。ホームページで希望者を募った上での検査であり、対象とした2020人全体では5.9%の陽性だと発表されました。この中にはPCR検査で陽性、あるいは陰性と判定された人も数人含みます。検査に使ったのは、上記のクラボウの抗体検査キットです。

神戸市の市立医療センター中央市民病院の医師などのグループは、2020年3月末から4月7日にかけて、COVID-19以外の理由で外来を受診した患者から無作為に1000人を選び、血液中のSARS-CoV-2の抗体検査を行いました [8]。その結果、33人(3.3%)から抗体が検出されました。これをそのまま神戸市の人口に換算すると、およそ4万人が感染したことになります(図4)。

5月2日夜に記者会見した当該病院の木原康樹院長は、調査の対象が外来患者に限られることや検査の正確性に一定の課題があるとしたうえで、「想像以上に多くの市民がすでにウイルスと接触し、抗体を獲得している可能性がある」と述べました。

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図4. テレビのワイドショーが伝えた神戸市の市立医療センター中央市民病院による抗体検査(2020.05.04. TBSテレビ「ひるおび」).

 5月1日には、大阪市立大学が、附属大学病院においてCOVID-19以外の理由で受診したで病院を受診した患者について、独自に開発したSARS-CoV-2の抗体検査法で調査を行なったことが報道されました [9]。この検査では、被験者312人のうちのおよそ1%に当たる3人が抗体陽性とされました。研究グループはこの3人は、SARS-CoV-2に感染した経験がある可能性が高く、地域の感染状況を反映していると考えられるとしています。

このほかにも国が、感染者が多い首都圏と感染者を出していない岩手県で抗体検査を実施しているようです。

5. 抗体陽性率の意味 

日本のPCR検査による陽性患者数は全国で約1.5万人で、人口の0.01%に相当します。陽性患者が最も多い東京都でも0.03%の陽性率にしかなりませんので、東京、神戸、大阪における抗体陽性者の割合がいかに高いかがわかります。東京の場合で言えば、PCR検査で陽性となった人数の30倍から100倍の抗体陽性者数がいるという計算になります。

これらの結果を私たちはどう捉えたらいいのでしょうか。ウェブ上やさまざまな論文で見られる国内外の専門家の言述を見ても、PCR検査であぶり出された感染者数よりも実際の感染者数の方がはるかに多いという一致した見方はありますが、抗体検査の結果が実際の感染者数に相当するかということについては、慎重な意見が多いようです。

専門家の間で最も指摘されている問題としては、サンプリングのバイアス(偏り)と抗体キットの特異性です。例として、上記したサンタクララの抗体検査の結果について、この二つの問題点を指摘している米国の生物学者の意見 [10]図5に示します。

まずはサンプリングのバイアスです(図5-注1)。サンタクララの検査ではFacebookで被験者を募集しているようですが、発熱とか咳があるとかすでに症状を有している人が集まりやすい可能性が指摘されています。

日本の抗体検査の場合であれば、そのいずれもが病院ベースのデータであり、病院に来た人という段階で、もはや市中を代表しているとは言えません。そのほかの地域での検査の場合も、被験者となった人たちがその地位域全体を代表しているという保証はないという意見が多いです。

そして検査キットの特異性の問題です(図5-注2)。世界で使われている検査キットは1種類ではなく、さまざまな市販キットや自作の検査試薬が使われています。いくつか検査キットは特異性が公表されているものもありますが、米国の検査キットの場合、98.1–99.9%の特異性(0.1–1.9%の非特異的反応が出る)であると公表されています(図5-注3)。

つまり、米国で使われた検査キットで言えば、SARS-CoV-2の感染者でなくても、100人のうち最大2人は陽性として反応してしまう(これだけの偽陽性が出る)という確率です。だとすると、日本の検査で調べてわかった1–6%の陽性率というのは、この偽陽性確率すれすれの数字の可能性も出てきます。

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図5. 抗体検査の信頼性に対する二つの疑問:サンプリングのバイアスと非特異的反応(偽陽性)の問題(文献 [10] からの抜粋に注記).

ヒトに感染するコロナウイルスは、日常的な風邪の原因となるものだけでも4種類が知られており、風邪の10–15%はコロナウイルス によるものだとされています [11]。この1年間に風邪をひいたとするなら、コロナウイルスに対する抗体が十分の維持されている可能性があります。ひょっとして、これらのウイルスの抗体が、非特異的にSARS-CoV-2の検査キットに反応するということはないのでしょうか。

SARS-CoV-2については、感染した後に抗体ができるということがわかったのが、まだ最近のことです。無症候感染でも抗体ができるのか、抗体が体内でどれくらいの期間維持されるのか、他のウイルスによる抗体も交差反応するのか、そして抗体が感染を防御する効果があるのかといった重要なことはほとんどわかっていません。

最大の関心ごとは、やはり抗体陽性の人は果たしてSARS-CoV-2に対する獲得免疫を有しているのかということです。一般にコロナウイルスに対する抗体は長期間維持されにくく、消失するとも言われています [12]。ひょっとすると、SARS-CoV-2に対する長期間の液性免疫は期待できないかもしれません。より重要な感染による免疫記憶の誘発ついては、まだ知見がないようです。

現状においては、抗体のある人が再び感染しないかどうかについては、誰にも分からないというところでしょう。免疫パスポートなるものが提案されて、抗体検査陽性が社会復帰の証明書のように扱われている傾向もあります。しかし、いまのところ、検査で抗体陽性となったとしても、再度感染をしないだけの免疫力があるという証拠は得られていません。より慎重な姿勢が求められるというのが現時点でのもっともらしい考え方でしょうか。

おわりに

世界保健機構WHOは、SARS-CoV-2の抗体検査について、検査の技術は十分に検証されていないし、情報が少ないという見方を示しています [13]

さらに集団免疫からの抗体陽性の意味については、「多くの人がすでに免疫を獲得し、集団免疫が獲得されているのではないかという期待があるが、全般的な証拠からはそのような状態になく、解決策にはならないかもしれない」と述べています。

集団免疫で言えば、SARS-CoV-2の場合、人口の6割以上の人が感染する必要があり、それから比べると上述した抗体陽性の割合はとても小さなものです。かつ流行が収まってしまえば、それ以上免疫は広がりようがなく、これから起こるかもしれない第2波、第3波の流行の防波堤にはなりません。集団免疫は非現実的な戦略でしょう。

正直なところ、抗体陽性の意味については、今後の研究に進展に待たざるを得ないというところです。そして現時点で確実に言えることは、日本ではほとんどの人がSARS-CoV-2に感染していないということでしょうか。

引用文献・記事

[1] Long, Q.-X. et al.: Antibody responses to SARS-CoV-2 in patients with COVID-19. Nat. Med. 26, 845–848 (2020). https://www.nature.com/articles/s41591-020-0897-1

[2] Struck, H. et al.: Preliminary result and conclusions of the COVID-19 case cluster study (Gangelt Municipality). University Hospital Bonn 2020.04.09. https://www.land.nrw/sites/default/files/asset/document/zwischenergebnis_covid19_case_study_gangelt_en.pdf

[3] Bendavid, E. et al.: COVID-19 Antibody Seroprevalence in Santa Clara County, California, medRxiv posted April 30, 2020. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.04.14.20062463v2

[4] CBC New York: Coronavirus Survey Reveals 13.9% In New York Have COVID-19 Antibodies, Cuomo Says. April 23, 2020. https://newyork.cbslocal.com/2020/04/23/coronavirus-survey-reveals-13-9-percent-in-new-york-have-covid-19-antibodies-cuomo-says/

[5] CBC New York: Coronavirus Antibodies Present In Nearly 25% Of All NYC Residents, Cuomo Says; Un-PAUSE In Certain Regions Of NY Might Begin In May. April 27, 2020. https://newyork.cbslocal.com/2020/04/27/coronavirus-antibodies-present-in-nearly-25-of-all-nyc-residents/

[6] 藤原学思、香取啓介、尾形聡彦: NY州の感染者、実際は10倍超? 抗体検査、暫定推計. 朝日新聞DIGITAL. 2020.04.24. https://digital.asahi.com/articles/ASN4S6H1XN4RUHBI05R.html

[7] 東京新聞: <新型コロナ>抗体検査5.9%陽性 市中感染の可能性 都内の希望者2000人調査. 2020.04.30. https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2020043090070748.html

[8] Doi, A. et al.: Seroprevalence of novel coronavirus disease (COVID-19) in Kobe, Japan. medRxiv preprint posted May 1, 2020. https://doi.org/10.1101/2020.04.26.20079822.

[9] NHK NEWS WEB: 大学病院外来検査で1%抗体検出. 2020.05.01. https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20200501/2000029178.html

[10] Pennings, P. S.: Why I don’t believe that 2.5-4% of people in Santa Clara county have had COVID19. https://abetterscientist.wordpress.com/2020/04/19/why-i-dont-believe-that-2-5-4-of-people-in-santa-clara-county-have-had-covid19/

[11] NIID 国立感染症研究所: コロナウイルスとは. https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-coronavirus.html

[12] Callow, K. A. et al. The time course of the immune response to experimental coronavirus infection of man. Epidemiol. Infect. 105, 435–446 (1990).  https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2271881/

[13] NHK NEWS WEB: 新型コロナの抗体検査 「不明点多い」 WHO危機対応統括. 2020.04.18. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200418/k10012394171000.html

引用したブログ記事

2020年3月28日 BCG接種が新型コロナウイルス感染抑制に効く?

                                             

カテゴリー:感染症とCOVID-19