Dr. Tairaのブログ

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緊急事態宣言の継続・解除の基準

5月14日、安倍総理大臣は、緊急事態宣言について39県の解除と8都道府県の継続を発表しました。そして、これらの8都道府県を含む13の「特定警戒都道府県」を指定しました(図1)。緊急事態宣言が継続される対象地域は、東京、神奈川、千葉、埼玉、大阪、京都、兵庫、北海道で、これまで通り外出自粛が要請されます。残りの特別警戒対象地域である茨城、岐阜、愛知、石川、福岡の5県は、解除となりました。

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図1. 緊急事態宣言解除の39県および継続の8都道府県.

安倍総理大臣は、あわせて、宣言を解除する基準して「感染の状況」、「医療提供体制」、「監視体制」の3点を挙げ、これらを総合的に判断した上で解除を行うと述べました。これらの中で「感染の状況」については、「直近1週間で10万人あたりの累積感染者が0.5人以下」という具体的な数値が、基準(目安)として挙げられています。東京都の人口約1,400万人に当てはめると、1週間で70人以下(1日10人以下)となります。

私はこの数値について何らかの根拠が提示され、説明がなされるかと期待していましたが、それはまったくありませんでした。

そして今日(5月15日)、東京都の小池都知事は、ロードマップ案として東京都の緩和への指標を発表しました。この指標は、あくまでも国による緊急事態制限解除の後に適用されるものです。ちなみに大阪府は、国の解除とは関係なく実施するとした独自のいわゆる「大阪モデル」を宣言しています。

東京都の指標は、「新規陽性者数」、「接触率等不明者」、「週単位の陽性者増加比」という3点が挙げられており、それぞれ20人/日未満50%未満1未満となっています(図2)。しかし、これらの3指標の数値基準の根拠についても、やはり説明がありませんでした。

 

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図2. TVニュースが伝える東京都の緩和への基準

TVニュースは、東京都の3指標の数値が現状としてどうなのかを伝えていました。それによると、新規陽性者数=25.7人、「接触率等不明者=43.1人、「週単位の陽性者増加比=0.29であり、新規陽性者数については達成されていない状況であるとしていました(図3)。

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図3. TVニュースが伝える東京都の緩和への基準に照らし合わせた現状

私は国や都が発表しているこのような数値基準を視聴していて、その根拠が示されず、具体的説明もない状況に、いささか苛立ちをもっています。このような基準でいいのか、どうしてほかの基準(例:実効再生産数、陽性率)が使われないのか、そして挙げられた数値目標でいいのか、という疑問からです。

ことは命や健康に関わることであり、そして市民生活や経済活動に大きく影響する事柄だけに、慎重にかつ国民が納得できるような説明の上に、実施してもらいたいと強く思います。「お上から示される基準を黙って聞いていればいい」という日本人特有の質がのせいか、記者からもまったく突っ込みの質問がなかったというのも問題です。

安倍総理の記者会見の前には政府専門家会議が開かれ、そしてその報告書も発表されています。詳細な報告書ですが、そこに「直近1週間で10万人あたりの累積感染者が0.5人以下」の基準の提言に当たって、ドイツの解除の基準を参考にしたかのような記述がありました。

ドイツでは、解除の要件として実効再生産数とともに、「直近1週間で10万人あたりの累積感染者が7人以下」というのを採用しています。日本に比べると随分基準が甘いように感じますが、そもそも感染者数が桁違いに多く、現時点で日本の約10.6倍です。人口当たりの感染者数に換算すると、ドイツは206人/10万人であるのに対して、日本のそれは12.7人/10万人になります。したがってドイツの「直近1週間で10万人あたりの累積感染者が7人以下」というのは、そのまま感染者レベルで日本に当てはめると7×12.7/206=0.43人となります。

おそらく、専門家会議は、この数字を参考にして「直近1週間で10万人あたりの累積感染者が0.5人以下」という基準を出したのではないかと推察します。しかしながら、専門会議のメンバーの一人である岡部信彦氏は、「数字は必ずしも全部エビデンスに基づいているものではない」「一番大切なのは医療体制」と述べています(図4)。

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図4. TVワイドショーが伝える緊急事態宣言解除の基準に対する専門家会議メンバーの見解

医療体制が大事だということは素人でも言えることです。このような科学的合理性とかけ離れたような発言が専門家会議から出てくると、正直がっかりしますね。専門家会議が根拠に基づかないで、いろいろな基準の数字を提言しているとするなら、もはや専門家集団としての存在意義はありません。

岡部氏は「PCR検査の)陰性の結果は感染していないというお墨付きにはなりません」と、確定診断としてのPCR検査を否定するようなことを言っている人です。検査で陰性のお墨付きをもらえなければ、COVID-19入院患者はいつまでも退院できません。専門家会議のメンバーだということをもっと意識して発言してもらいたいです。

私は、解除の基準として「直近1週間で10万人あたりの累積感染者が0.5人以下」の妥当性があるかどうか、自分で5つの都道府県(東京、北海道、大阪、石川、富山)について感染者数をグラフ化し、検証してみました。図5は、各自治体が公表している累積陽性者数を10万人当たり(比陽性者数)に変換し、その経時的増加を示したグラフです。の右側に、直近1週間のデータから得られる回帰直線に基づいて算出した、10万人当たりの増加人数/週(Δ陽性者数/週)を示します。

図5から分かるように、各自治体によって比陽性者数(終点到達地点)は大きく異なります。たとえば直近のΔ陽性者数/週において、東京は1.2人、石川は1.0人と両者は類似していますが、比陽性者数は東京が1.4倍大きいです。したがって、両方とも国の基準0.5人/10万人/週から見れば解除基準に達していませんが、比陽性者数に基づいて補正計算すれば、東京のΔ陽性者数/週=1.2人は解除基準にギリギリ達しています。一方、石川は補正計算でも解除は不合格になります。同様な補正計算で、大阪も富山も基準クリアになりますが、北海道は基準到達せずということになります。

上述した、小池都知事が提案している新規感染者20人/日未満の基準は、1.0人/1万人/週に相当します。ひょっとしてこれもドイツの基準を基にして決めたのかもしれません。

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図5. 5都道府県における累積陽性者数(10万人当たり)の経時的推移

このように、国が決めた0.5人/10万人/週については、石川県と富山県はそれを上回っていますが、宣言は解除されています。その理由として、クラスター発生の陽性者数が主なものであり、総合的に判断したと説明されていましたが、何だかすっきりしませんでした。国が決めた一律0.5人/10万人/週の基準が妥当とも思えませんし、自治体ごとに変えてもいいような気がしますが。

今回の一律0.5人/10万人/週の解除基準もそうですが、政府専門家会議が発する情報の根拠については、これまで丁寧な説明がなされているとは思えません。たとえば、実効再生産数を計算しているクラスター班の西浦博氏は、一向にその根拠となる計算式を公表しません。接触8割削減のときもその計算モデルを公表しませんでした。彼が計算式を公表すれば、各自治体はそれを基に独自に実効再生産数を算出して、解除や削減要請の参考とできるはずです。なぜそうしないのでしょう? ドイツでは毎日実効再生産数が公表されています。

今回のCOVID-19の流行に伴う国の政策についてあらためて明らかになったことは、その根拠となる情報やデータについて、なかなか明らかにされないということです。あるいは情報が恣意的に曲げられたり、印象的に操作されるということです。統計情報の脆弱性はこの国の行方を危うくしかねません。

緊急事態宣言のときも、解除のときもにも、少なくとも実効再生産数をリアルタイムで示すべきでしたが、国はそうしませんでした。そして、昨日の記者会見では、安倍総理大臣は「我が国の人口当たりの感染者数や死亡者数は、G7、主要先進国の中でも圧倒的に少なく抑え込むことができている。これは数字上明らかな客観的事実です」と述べました。確かにこれは事実ですが、あえてG7諸国と比較することで、情報の印象を操作しようとしたことも感じられます。

日本の周辺の国々と比較すれば、死亡者が少ないとは決して言えないのです。いや、東アジアではむしろ劣っていると言った方がよいでしょう(表1)。

表1. 東アジア・オセアニア諸国のCOVID-19感染者数と死者数

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科学的根拠を具体的にいうのではなく、都合の良い政策を進めるための都合の良い数字を挙げ、最後は「総合判断」という日本的なアプローチで結論を導くという、コロナ禍の中であらためて浮き彫りになった政府の姿があると思います。

そして、より重要なのは、これらの解除の基準があったとしても、解除後に安心して経済活動を再開する対策は、何も打ち出されていないということです。国民の生活や経済活動を保証する積極的な感染症対策を望むものです。もし、このような状況で全国的に全面解除に至るとしたら非常に危険です。

第1波の流行の収束は、潜伏期と検査確定日までのタイムラグを考えると、少なくとも全国的に感染者数が2週間以上ゼロということを前提にしなくてはいけません。しかし、経済優先で頭がいっぱいの安倍首相は、感染者ゼロとなる前に全面解除してしまうでしょう。そうなったときに、すぐに人々は元のように経済活動を開始し、人ごみを作り、そして流行が再燃することを私は恐れています。

                 

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