Dr. Tairaのブログ

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感染流行「120日周期説」に基づくAI分析の稚拙さ

はじめに

昨日(11月16日)の東京新聞電子版に「人の流れ増えたのにコロナ感染急減 理由に「120日周期」説 AIが予測的中 第6波はいつ?」というタイトルの記事 [1] が出ていました。私はこの記事を読んで、分析の安易さと稚拙さに腰が抜けました。なぜそう思ったか、記事の内容も含めてここで紹介します。

1. 新聞報道の内容

以前のニューヨークタイムズの記事 [2] でも感染流行の2ヶ月周期説が出ていましたが、今回記事に出ていたは120日(4ヶ月)周期説です。その説がどこから出てきたのかというと以下の図1です。何のことはない、これまでの5回の流行の波における東京都の感染(新規陽性者数)ピークの間隔をとって平均しただけのことであり、科学的根拠もなく、乱暴な周期仮説です。

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図1. 新聞が報じた120日周期説の根拠(当該記事 [1] から転載).

記事では、今夏の新型コロナウイルス感染症COVID-19)の感染爆発はなぜ急激に収束したのか、ワクチン接種や人流の増減だけでは説明がつかない中、120周期説を学習させた人工知能(AI)で分析したところ、人流増加でも感染者が減ると予測していたと報じています。さらに、「周期のメカニズムは不明だが、AIによると、第6波は1月中旬から2月の到来が予想される」としています。 

以下、東京新聞の記事 [1] を引用します。

現実には、東京都の主要繁華街の人出は、お盆休みを底に増えたにもかかわらず、感染者数は急速に減少。専門家を困惑させた。仲田氏らのチームはこの謎を探るべく、減少要因と目される6つの仮説の貢献度を検証。人流重視の仮想見通しを作成し、各仮説の要素を加えた場合、どれだけ現実に近づくか計算した。

雨が多く、気温が低かった天候説と、ワクチンの感染予防効果が想定より高かった説は、考慮に入れても、現実の値にほぼ近づかなかった。PCR陽性者以外の感染者が多かった説は、多少関係した可能性がある。感染者減少への寄与度が高かったとみられるのは、流行したデルタ株の感染力が想定より低かった説、医療逼迫によって人々がリスク回避行動をした説に加え、120日周期説だ。

120日周期は、東京都の感染のピークが約120日ごとに訪れ、第3~5波ごとに拡大と減衰の期間で相関がある現象。仲田氏は平田モデルが感染減を予測できたのは「AIが120日周期を学習していたから」とみる。 

東京大学准教授(経済学)の仲田泰祐氏は「人流が増えても8月後半には感染者数が減ると予想したのは、平田モデルだけだった」。そう指摘するのは、新型コロナ感染と経済の見通しについて研究を続ける「平田モデル」は、名古屋工業大の平田晃正教授(医用工学)らが開発したAI予測システムだ。

今年8月13日、東京都の新規感染者数は最多の5908人を記録した。当時、政府の新型コロナ分科会の尾身茂会長は感染抑制のため「人流の5割削減」を国民に要請。専門家の一部は都市封鎖(ロックダウン)の必要性も唱えるなど、人の流れを断つことがカギとみていた。

その上で、新聞記事は流行減衰の要因として6つの仮説を挙げて、どれが貢献度が高かったとをまとめています(表1)。結論として、「デルタ株の感染力が想定より低かった」、「120日周期があった」、「医療ひっ迫で人々がリスク回避行動をとった」の3点を貢献度の高い要因としてまとめています。

表1. 新聞が報じた第5波流行の減衰に貢献した要因(当該記事 [1] から転載).

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2. 120日周期説のどこがおかしいかー流行の波の比較

まず、東京における5回の流行の間隔を単純に平均して120日周期説を出したことは安易すぎます。間隔の幅の変動も大きいし、たまたま5回のピークがあっただけで、120日周期説を唱えるなど乱暴です。

ここで、地理的に近い東アジア、西太平洋諸国・地域の流行パターンを比べてみましょう。図2にはお隣の韓国、中国、台湾と比べた流行パターンを示しますが、国.地域ごとに全く異なることがわかります。中国、台湾に至っては、日本と比べるとほぼ抑えられており、流行の波は感染対策の介入の効果によって大きく異なってくると言えるでしょう。

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図2. 日本、韓国、中国、および台湾における感染状況 (Our Word in Dataより転載).

図3にはフィリピンとマレーシアの流行パターンを示します。時期はズレますが、大きく3つの波を見ることができます。

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図3. フィリピンおよびマレーシアにおける感染状況 (Our Word in Dataより転載).

図4および図5には、それぞれ東南アジアの国々およびオセアニアの国々の流行状況を示します。いずれもパンデミックの初期に流行があったものの、その後は抑え込みにほぼ成功し、この夏以降のデルタ変異体の流行で感染爆発している状況です。

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図4. シンガポール、タイ、およびヴェトナムにおける感染状況 (Our Word in Dataより転載).

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図5. オーストラリアおよびニュージーランドにおける感染状況 (Our Word in Dataより転載).

このように、近隣の国々と比較すればわかりますが、感染対策に成功すれば流行の波はほとんど訪れず、そうでなければ大流行するということが言えますし、感染力の強いデルタ変異体であれば、いずれの国も突破されたということが言えます。

日本は防疫対策が甘く、その都度異なる系統の変異株の流行の波に襲われたということになります。ただその中でも北海道のように流行が4回しかなかった地域もあります。安易に120日周期を唱える根拠などなく、ましてやそれをベースにAIに学習させているわけですから、あとは推して知るべしです。

3. 人流の影響

仲田泰祐氏は「人流が増えても8月後半には感染者数が減ると予想したのは、平田モデルだけだった」と述べており、人流は関係がないように考えているようですがこれもまたおかしいです。私は人流低下が主因の一つとなって流行が減衰傾向になることを8月中旬に予測しています(→デルタ変異体の感染力の脅威)。

前のブログ記事「第5波感染流行が首都圏で減衰した理由」で指摘したように、第5波流行は7月末には既に実効再生産数は下方に向かっており、8月10日前後に発症日ベースの感染者数ピークに達してそれ以降下がり始めています。つまり、8月中旬くらいまでの期間で減少に転じる要因を考えなければならないのです。一旦実効再生産数が1.0を切り始めると、あとは地滑り的に感染者数は減って行きます。

緊急事態宣言以降、人流は徐々に下がり始め、お盆の頃までそれは続きました。東京五輪大会の影響もあって目に見えて人流が減ったわけではありませんが、それでも元々の人流ベースラインが低かったので、お盆の頃にはパンデミック前の3–6割の減少になっていました。おそらく、この人流減少は、感染拡大抑制にはかなりの効果があったと思われます。加えて、私は五輪大会終了時からお盆の頃まで続いた長雨によるエアロゾルの減少があって、空気感染の機会を減らしたと考察しました(→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長)。

4. 流行が収まる理由

再度強調しますが、120日間周期などと言わなくとも、感染対策の介入がある限り、あるいは生物学的要因が働く場合には、流行の波は必ず減衰します。

前のブログ「第5波感染流行が首都圏で減衰した理由」で述べたように、流行の初期は検査・隔離が間に合わず、急拡大して行きますが、隔離のスピードが拡大スピードに追いつくと感染源が減少します。追いつかない場合でも感染対策の介入(接触制限、対人距離の確保、マスク着用、換気対策など [隔離・遮断と同様な効果要因])によって、それが徹底される程、二次伝播可能なリザーバーが縮小し、感染スピードの鈍化が起こります。

加えて生物学的な要因があります。一つは感染による部分的な集団免疫効果であり、これも受容可能なリザーバーを縮小させます。さらに感染者の抗ウイルス活性(RNA編集)が働くとウイルスのランダム変異が促進され、増殖抑制が起こり、排出されるウイルス量が減少して、他者への感染伝播が起きにくくなる可能性があります。

これらの様々な要因が重なって、実効再生産数が1.0以下になれば、あとは急激に感染者数が減少していきます。この夏は加えて、エアロゾル減少に繋がる長雨という要因とワクチン接種率の上昇という要因も重なりました。別に120日周期説を考えなくともそれをAIに学習させなくても、流行は収まるという答えは出せるのです。

おわりに

新聞記事 [1] にある第5波流行の減衰要因としての「デルタ株の感染力が想定より低かった」、「120日周期があった」というのは明らかにおかしいです。誤った情報をAIに学習させれば誤った結果しか出ないのは当然でしょう。

新聞記事としては、感染症や公衆衛生の専門家の批評を添えなかったのもお粗末でした。流行減衰の原因として「ウイルスの自滅」説(→流行減衰の原因ーウイルスが変異し過ぎて自滅?エラー・カタストロフ限界説の誤解)を載せたメディアもありましたが、単に憶測記事だけを載せることは余計な混乱を招き、危険だと思います。

引用記事

[1] 沢田千秋: 人の流れ増えたのにコロナ感染急減 理由に「120日周期」説 AIが予測的中 第6波はいつ? 東京新聞 2021.11.16. https://www.tokyo-np.co.jp/article/142916

[2] テレ朝News: コロナ感染の増減 2カ月ごとの「不思議サイクル」 2021.10.05. https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000230950.html

引用したブログ記事

2021年11月9日 エラー・カタストロフ限界説の誤解

2021年10月31日 流行減衰の原因ーウイルスが変異し過ぎて自滅?

2021年9月28日 感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長

2021年9月7日 第5波感染流行が首都圏で減衰した理由

2021年8月16日 デルタ変異体の感染力の脅威

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19