Dr. Tairaのブログ

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子どもが感染を拡大させる

はじめに

米国ボストン小児病院などと台湾の共同研究グループは、米国の約85万世帯のCOVID-19感染の70.4%が子どもから広がっているという研究結果を報告しました。この報文は、6月1日付けのJAMA Network Openに掲載されています [1](下図)

この報告はウェブ記事でも取り上げられ [2]ツイッター上でも紹介されています。

今回の報告は、学校が保育施設がCOVID-19を感染拡大させる役割を担っていることを示すものですが、日本の学校では脱マスクをはじめとする感染対策解除への方向へ舵を切っていることに鑑みて、あらためて警鐘を鳴らすものとも言えます。そして、技術的には、スマートフォン接続の体温計を用いた大規模な参加型ネットワークによってデータを収集し、解析を行なった特徴があります。このブログ記事で紹介します。

1. 研究の概要

今回、研究チームは、COVID-19感染症の代理マーカーとして「発熱」を用いました。スマートフォン接続の体温計を被検者(848,591世帯、1,391,095人)に渡し、発熱状態をモニターし、COVID-19の発症分布を推定しました。モニター期間は、2019年10月から2022年10月までの3年間であり、検温回数は23,153,925回に及びました。つまり、調査を始めたのはパンデミック開始直前だったわけですが、結果としてパンデミックの時期と重なったわけです。

発熱の定義は測定部位で異なっています。直腸および耳からの測定では38.0℃以上、口腔からの測定および不明な部位からの測定では37.8℃以上、腋窩からの測定では37.2℃以上と定義されました。そして、34℃から43℃の範囲外の温度測定は、異常値として除外されています。

結果として、全測定値のうち、57.7%は成人からのものでした。世帯の62.3%は1人のみから検温を報告しましたが、残りの37.7%は複数からの報告であり、全測定値の51.6%に及びました。子どもの報告の場合、年齢層は8歳以下が多く(58.0%)、各年齢層で男性より女性が多く含まれていました。

報告があったなかで発熱の基準を満たすと読めるものは15.8%で、発熱件数は779,092件に上りました。これらの症例のうち、15.4%が家庭内感染とされ、その割合は2021年3月から7月の10.1%から、オミクロンBA.1/BA.2流行波では17.5%に上昇しました。発熱は様々な疾患、感染症に由来するものではありますが、パンデミック期間における発熱数は、COVID-19の新規発症例を予測するものであり、発熱を感染の代理として用いることに妥当性があると、研究チームは述べています。

2. 若い子ほどウイルスを伝播させている可能性

大人と子どもの両方が参加したのは、複数参加世帯の51.9%に当たる166,170世帯の516,159人であり、その51.4%が子どもでした。そして、これらの世帯では38,787件の発熱症例が発生しました。同一世帯における最初の発熱と二次症例を比べると、子どもから子どもへが40.8%、子どもから大人へが29.6%、大人から子どもへが20.3%、大人のみが9.3%の割合で起こっていました。初回発熱症例と二次症例の間の連続間隔の中央値は2日でした。

全世帯の感染経路をまとめると、70.4%が小児から始まり、その割合は36.9%から87.5%の間で週ごとに変動していました。小児感染は2020年9月27日の週に68.4%と最高値を記録し、2020年12月27日の週には41.7%と最低値に落ちました。次の高値は2021年5月23日の週の82.0%で、6月27日まで安定し(81.4%)、8月8日には62.5%まで低下しました。

その後、子供から始まる世帯の割合は、9月19日までに78.4%に上昇し、11月14日(80.3%)まで推移し、2022年1月2日の週には54.5%に低下しました。3月6日には83.8%に上昇し、7月24日の週には62.8%に低下し、10月9日の週には84.6%に上昇しました。8歳以下の子供が感染源となる可能性は、9歳から17歳の子供よりも高い傾向にありました(7.6%対5.8%)。そして、パンデミックのほとんどの期間において、小児からの感染割合は、地域のCOVID-19の新規症例と負の相関がありました。

研究チームは、パンデミックのほとんどの期間において、小児のCOVID-19感染が地域の新規感染者と負の相関を示したという知見は、先行研究の知見と一致すると述べています。これは、先行研究において、地域感染の少ない時期には小児が、地域感染の多い時期には大人が、それぞれ主な感染媒介者であったと示されていることと一致しているというものです。

他の研究例では、教育現場におけるSARS-CoV-2感染のリスクは地域感染率と相関があるけれども、学校内の小児の感染拡大は地域内の成人より低いことを示されています。COVID-19の発症率が上昇すれば、コミュニティでの成人の感染リスクが高くなり、結果として大人が家庭内感染の媒介者となる可能性が高まります。一方、COVID-19の発症率が低い場合、非医薬的介入の全体的な頻度が下がり、小児に多いSARS-CoV-2以外の病原体も含めた発症率の増加とともに、小児の媒介頻度が高まる可能性があるというわけです。

3. 対面式の学校が感染伝播の役割

今回の報告では、大人と子供のいる家庭での感染の70%以上は子どもからの感染であることが示されています。この割合は毎週変動して、その時の当局による非医薬的介入の措置や学校の再開などと関係があることが述べられています。

大人と子どもの両方がいる166,000以上の世帯では、600万以上の温度測定値が記録されましたが、2020-2021年と2021-2022年の両期間で学校が再開された後、子どもが感染事例の大半を占めることがわかりました。一方、これらの感染事例は夏期および冬期の学校休暇中に減少しました。これは、登校がSARS-CoV-2の伝播の増加と関連し、学校休暇が伝播の減少を示すものです。すでにインフルエンザを含めた呼吸器系ウイルスの伝播において子どもが重要な役割を果たすことが知られていますが、SARS-CoV-2 の伝播に対する子どもの貢献も明らかになったということになります。

パンデミック初期には、学校閉鎖が世界中で一般的であったため、学校での感染が制限され、SARS-CoV-2感染の推進役としての子どもの重要性は大人よりもはるかに低くなっていました。しかし、2020年秋に学校が再開されると、子どもたちは地域の他の人々とより多く交流することができるようになり、その結果、子どものCOVID-19症例の数は増加し、この増加が全体の拡散に影響を与えたと述べられています。

研究チームは、多数の先行研究で報告されている同様な証拠を挙げています。 たとえば、冬の流行の期間、イギリスの子どもは大人よりも家庭内にウイルスを持ち込む傾向がありました。病院での子どもの症例から、子どもから家庭内の接触者への感染がカリフォルニアとコロラドで頻繁に見られました。デルタ波では、シンガポールの家庭内で子どもが感染を広げる傾向が高くなりました。これらはいずれも、学校登校時に家庭内での感染が拡大し、子どもの役割が重要であったことを示すものです。オミクロン波では家庭内感染が多かったという今回の調査事実も、先行研究と一致しています。

結論として、著者らは、SARS-CoV-2の拡散には子どもが重要な役割を担っており、対面式の学校の活動も実質的な拡散につながったとしています。

4. スマホアプリの活用

これまでの既往研究で、スマートフォン体温計による実際の発熱モニターによって、COVID-19の震源地の検出や、インフルエンザ、およびインフルエンザ様疾患の予測に使用されています。今回の研究でも、スマホアプリの体温計を用いた発熱頻度のモニターによって、集団レベルのCOVID-19患者数を予測することができました。このような参加型デジタルネットワークを通じて、感染を推測できることが証明されたわけです。参加型監視システムは、従来の監視システムを補完する情報を提供し、リアルタイムの重要なデータ源となり得ることが強調されています。

スマートフォン接続機器によるサーベイランスというアプローチでは、調査員や接触トレーサーを必要とせず、家庭内で調査を行うことができます。将来的には、参加型ネットワークから推測される感染を、追加のデータ収集や実験室での確認のために、現地訪問や他の契約追跡アウトリーチで検証することも可能です。著者らは、デジタル技術を活用したシステムについては、公平なアクセスを確保するために、あらゆる努力をしなければならないと結んでいます。

おわりに

感染症は、大人の非特定多数の中で二次伝播が起こり、その感染者が職場や家庭内に病原体持ち込んで感染拡大するというのが一般的です。また施設や学校が二次伝播の震源地になることがあります。その場合でも、最初の持ち込みは感染した大人ということになります。

一旦ある家庭内に病原体が持ち込まれると容易に子どもに感染し、その子どもが登校することによって学級内クラスターが起こり、その二次感染者の子どもが家庭内に持ち込んで家庭内感染が連鎖的に起こるということになります。今回の研究は、デジタルトレーシングというアプローチによって、この連鎖の感染における子どもと学校の役割を明らかにしたものです。これまでのマスク事情は米国と日本で異なりますが、今回の知見は日本にも当てはまると考えられます。

その意味で、対面授業を行っている学校での感染対策がきわめて重要になってくるわけですが、今回の論文では、マスク着用や手洗いを含めた公衆衛生対策については何も触れられていません。一方で、日本ではいま学校の感染対策緩和が進められています。この面で先頭を切っているのが、学校での脱マスク化を進める千葉県です [3]。事は子どもの命と健康の問題であり、学校が感染拡大の震源になっている可能性に鑑みて、文部科学省や各自治体には慎重に対策を進めていただきたいと思います。

下水サーベイランスにしろ今回のアマホアプリによるサーベイランスにしろ、欧米では先行研究事例があり、実用化も進んでいますが、翻って日本の後進ぶりは目を覆うばかりです。日本のCOVID対策では、いまだに非科学的やり方と精神論とアナログ感覚が支配しており、さらに、5類化という日本独自の法的措置に乗じてCOVID被害情報を積み重ねることさえも放棄してしまいました。世の中ではいつのまにか「コロナは終わった」という思いこみが横行している傍ら、学校やコミュニティでの感染者は急増しています。

引用文献・記事

[1] Tseng, Y.-J. et al.: Smart thermometer–based participatory surveillance to discern the role of children in household viral transmission during the COVID-19 pandemic. JAMA Network Open 6,e2316190 (2023). https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2805468

[2] Van Beusekom, M.: More than 70% of US household COVID spread started with a child, study suggests. June 2, 2023. https://www.cidrap.umn.edu/covid-19/more-70-us-household-covid-spread-started-child-study-suggests

[3] 千葉県教育振興部保健体育課長: 学校におけるマスク着用の考え方について(通知). 2023.5.19. https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/anzen/hokenn/documents/mask-kenritsu.pdf

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)