Dr. Tairaのブログ

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サーベイランス検査の感染予防効果

はじめに

COVID-19感染症の伝播・感染予防にサーベーランス(監視的)検査が有効であることは、このパンデミックの当初から世界的に主張されてきました。これは、無症状者(発症前の感染者や無症候性感染者)が病気の伝播の重要な媒介者となるためです。そのため、COVID-19の定期的なサーベイランス検査は、米国をはじめ世界各国において、リスクの高いメンバーを抱える多くの組織や、医療施設、刑務所、一部の職場などの閉鎖環境のコミュニティで義務化されてきました。

サーベイランス検査の有用性と費用対効果は、すでに多数のモデル研究によって裏付けられています [1, 2, 3, 4, 5, 6]。国家規模では、中国のゼロコロナ政策における大規模プール式サーベイランス検査と隔離の実例があります。人権制限という負の面はともかくとして、公衆衛生学的には大規模検査・隔離は伝播を最小限に抑える効果はあったと思われます。なぜなら、中国政府がこの戦略を止めた途端に感染大爆発したからです。

しかし、大規模な集団を対象としたさまざまな検査戦略の結果を長期にわたって調査し、感染・死亡予防と関連づけるデータはあまり得られてきませんでした。今回、米国の研究チームは大規模な集団に関する検査、症例、死亡等のデータベースを用いて、サーベイランス検査の有効性を調査し、それが感染と死亡の予防に役立つことを、先月のNEJM誌に報告しました [7]。このブログで紹介したいと思います。

1. 背景

米国におけるサーベイランス検査が特に重要な環境として、熟練看護施設(skilled nursing facilities)があります。なぜなら、その居住者とスタッフは米国人口の2%未満でありながら、2021年末までにCOVID-19関連死亡の20%以上を占めており、この施設にSARS-CoV-2を持ち込む主要因はおそらく無症状のスタッフであると思われるからです。

連邦当局は、感染リスクが高い地域の熟練看護施設において、無症状の職員を対象とした定期スクリーニング検査を週2回まで実施することを提案していますが、人出不足などの問題から、2021年までに多くの施設で実施できませんでした。実際、これらの施設は170万人の職員と400万人以上の短期および長期滞在の入居者を抱える大規模な集団であり、15,000以上の施設においてサーベーランス検査の採用はかなりのバラツキがありました。

とはいえ、この監視プログラムの採用の有る無しが、逆にサーベーランス検査アプローチの現実の有効性を評価する絶好の機会を与えてくれました。研究チームは、連邦政府公認のすべての熟練看護施設におけるCOVID-19検査実施、職員と入居者の症例、および死亡に関する包括的なデータ(Covid-19 Nursing Home Database of the Centers for Medicare and Medicaid Services [CMS])を用いて、検査戦略(PCRおよびpoint of care [POC] 検査 [現場迅速抗原検査]、検査頻度、検査所要時間)と、感染発生と死亡に関するリスクの関係について検討しました。

2. 結果の概要

調査対象となったデータは、202年11月22日から2022年5月15日の期間のものです。感染発生の可能性については、施設内でCOVID-19症例が2週間連続で報告されなかった後、職員または入居者の間で感染症例が報告された最初の週を、施設内での「潜在的発生(potential outbreak)」の開始と定義しました。潜在的発生の1週目からの後の週は、2週連続で新しい職員または入居者の症例がなくなるまで、または7回のフォローアップ週のどちらか早いほうで追跡調査しました。

その結果、潜在的発生中、高検査施設では低検査施設よりも調整後のCOVID-19症例および入居者の死亡が少ないことがわかりました(図1)。全研究期間中、高検査施設では、潜在的発生100件当たりの居住者の累積症例数が519.7件であったのに対し、低検査施設では潜在的発生100件当たり591.2件で、調整後の差が–71.5件でした。

図1. スタッフのサーベイランス検査量と入居者のCOVID-19発生との関連性(文献 [7]より転載). 熟練看護施設の入居者におけるCOVID-19症例(パネルA)および死亡(パネルB)を、職員のサーベイランス検査のレベルに応じて回帰分析した結果を示す(100件の潜在的発生あたりの入居者症例数または死亡数として測定). 各パネル左のグラフでは、研究期間全体(2020年11月22日から2022年3月20日までの潜在的発生)について、真ん中のグラフでは、ワクチンが利用可能になる前の期間(2020年11月22日から2021年1月17日)について、右のグラフでは、ワクチン接種前、B.1.1.529(オミクロン)変異体の波前(2021年1月18日~10月31日)、オミクロン波中(2021年11月1日~2022年3月20日)における高検査施設と低検査施設の差について示す.

一方、COVID-19死亡数については、高検査施設では、潜在的発生100件当たりの累積値が42.7人であったのに対し、低検査施設では49.8人でした(調整済み差、–7.1)。職員については、高検査施設では、低検査施設よりもCOVID症例が約15%多く、死亡者数には顕著な差はありませんでした。

高検査施設と低検査施設の差は、ワクチンが利用できるようになった後よりも、ワクチン接種前の期間の方が大きくなっていました。高検査施設では759.9件であったのに対し、低検査施設では潜在的発生100件当たり1060.2件でした(調整済み差、–300.3)。

この期間、高検査施設では潜在的発生100件あたりの死亡者数が125.2人だったのに対し、低検査施設では166.8人でした(調整済み差、–41.6)。ワクチン接種前の期間に観察された相対リスクの外挿では、全施設でスタッフ1人当たり週1回の追加検査(すなわち、週約110万回の追加検査)の実施は、検査強化の週あたり、入居者症例の3079件減少(30.5%減)および入居者死亡の427件減少(26.4%減)に関連していました。

パンデミックのワクチン接種前の段階において、スタッフ1人当たり週に1回の追加検査の実施は、入居者のCOVID-19症例の30%減少、および関連する入居者の死亡の26%減少と関連していることが判明しました。さらに、非POC検査(PCR検査)を主に行っていた施設では、検査所要時間の短縮(3日以上に対して2日以下)が、症例数と死亡数の減少に関連していました。

全研究期間において、非POC検査の使用は、症例数のわずかな減少および死亡数の減少にしか関連していませんでした。POC検査は非POC検査よりも安価であるため(1回あたり5ドル対100ドル)、頻繁な検査はPOC検査の方が財政的に実現可能であると言えます。さらに、POC検査の使用は、非POCのような操作時間の遅れを回避することができる利点があります。

上記のように、熟練看護施設の職員に対するサーベイランス検査の強化は,特にワクチン接種プログラムが始まる前において、臨床的に意味のあるCOVID-19症例および入居者の死亡の減少に関連していることがわかりました。また、サーベイランス検査の強化は、潜在的発生時における職員のCOVID-19症例の増加とも関連しており、職員のCOVID-19検出の増加による入居者の保護と一致する所見でした。つまり、検査でできる限り多くの感染者を見つけることで、同居者への感染を防いだということになります。

さらに、このような検査による検出は、感染経過の早いタイミングで行われた可能性があり、それによって潜在的なウイルス感染の連鎖を中断させることができたと考えられます。POC検査を主に使用する施設と非POC検査を使用する施設との間には、ほとんど差が認められませんでしたが、検査結果までの所要時間の短縮は、検査室での処理時間を必要とする非POC検査(PCR検査)への依存度が高い施設においては、入居者の死亡の減少に関連していました。つまり、感染からPCR検査の結果が早く出るほど、死亡を防ぐことができたということです。

これまでのシミュレーションに基づく研究では、効果的なサーベイランス検査システムの重要な事項として、高リスク環境での少なくとも週2回の検査実施や検査結果の即時提供などが示唆されています。今回のリアル調査での結果は、モデル研究の結論をほぼ支持していると言えます。

サーベイランス検査は、オミクロン波前の患者数や死亡数の差と強い関連はありませんでした。この結果は、利用可能なCOVID-19ワクチンがSARS-CoV-2感染と重症化の両方を防ぐのに高い効果があったことを示すデータと一致しています。

同様に、居住者の症例数は少ないですが、オミクロン波においてサーベイランス検査の頻度が高いほど、居住者のCOVID-19による死亡には差がないという結果は、感染予防のワクチン効果は低下するけれども、入院や死亡を予防する効果は維持するという記録と一致しています。

本研究にはいくつかの限界があります。この調査研究は観察研究デザインであるため、因果関係を直接結論づけることはできません。また、施設や郡レベルの共変量で調整したとはいえ、相対的な検査率が高い施設と低い施設の違いの要因として、測定不能な交絡因子の可能性を排除することはできないこともあります。

しかし、検査件数が多いほど入居者の感染例数は少なく、職員の症例数は多いという結果は、検査率という指標が、施設の質やCOVID-19の発生の根本的なリスクの単なる代理ではないことを示唆するもので、両者は職員と入居者の症例に同じ方向に影響を与えるはずです。

パンデミック下においては、感染制御のために2021年以前の熟練看護施設では訪問者はほとんど禁止されていたため、この要因がワクチン前の推定値に偏りを与えることはないと思われます。

今回の研究で、米国の熟練看護施設では、職員に対するサーベイランス検査の実施率が高いほど、検査方法(POCまたは非POC)にかかわらず、入居者のCOVID-19症例数および死亡数が少ないことに関連することがわかりました。これらの効果は、ワクチン接種プログラム前の期間に最も顕著であり、非POC検査の実施タイミングがより早い施設において顕著でした。

おわりに

今回のNEJM論文は、感染リスクの高い環境において、サーベイランス検査を強化すると、感染と死亡リスク低減の両面で効果があることを、実データによって明確にしています。従来の沢山のシミュレーションによる仮説が裏付けられた結果です。すなわち、無症状者に対する定期的な検査回数を増やし、検査のタイミングを早くすれば、そこからの二次伝播を防ぐ効果があり、結果として死亡リスクも下げられるということです。

ここで、思い浮かぶのがパンデミック当初から検査抑制に走った日本の結果です。先般出版された「新型コロナウイルス感染症対応記録.」(尾見茂、脇田隆字監修, 日本公衆衛生協会)に鈴木貞夫氏(名古屋市立大学医学研究科公衆衛生学分野教授)の担当記事 [8] がありますので、それを参考にすることができます。この記事では、日本の検査数の少なさの弁護と「うまくいった」という論調が展開されています。

政府分科会は、検査を優先する対象者として、有症状者と感染リスク(及び検査前確率)が高い場所の無症状者を挙げました。これ自体は間違っておらず、きちんと機能すれば、おそらく現在の犠牲者数と健康被害は随分減らせた可能性があります。しかし、実際は検査が主に重症化リスクの高い有症状者に限定され、検査も遅れた(悪名高い「37℃、4日間は待ちましょう」もあった)ために、積極的疫学調査によるクラスター追跡でもダダ漏れが起こり、犠牲者数も増やしてしまった経緯があります。

つまり、検査キャパシティの絶対的不足のために、感染・伝播の担い手である無症状者のサーベイランス検査がほとんど機能せず、被害を拡大したと言えます。検査数不足と検査の遅れという問題は、十分に改善されないまま今日に至っています。

いわゆる感染症コミュニティーの人たちによって、無症状者へのPCR検査は、たとえ感染リスクの高い環境にあっても徹底的に貶されました。その理由として、PCR検査の精度の低さを挙げる非科学的論調さえ生まれました。

小島氏の記事は以下のように述べています。

仕分けエンジンとしてのPCR検査の圧倒的なパフォーマンス不足を考慮していない。検査精度については特に感度の低さが問題である。一般に70%といわれるPCR検査の感度は、30%の見落としがあることと同義であり、病院での検査をすり抜けた偽陰性例からのクラスターはよく報道された。 PCR検査の欠点を結果的に補完したのは、積極的疫学調査であった。...検査前確率の高い群が同定されることで、PCR検査が有効に機能し、少ない検査でより多くの症例の発見が可能である。

「検査をすりぬけた偽陰性からのクラスター」と表現していますが、偽陰性を陰性と判定したためのクラスター発生の間違いです。偽陰性と認識していれば再度検査できるはずで、確定診断すればすり抜けは起こりません。パンデミック3年も経過していて、いまだに感度70%と主張している非科学性も問題です。「PCR検査の感度70%」論の間違いは以前のブログ記事で述べたとおりです(→再びPCR検査の精度と「感度70%」論の解釈)。さらに、小島氏は以下のように述べています。

単にPCR検査が「足りない」や「増やせ」ではなく、少ないのに国際的に感染者数が少なく、寿命の短縮もなかったのはなぜかについて深く考える必要があった。今後も、エビデンスと正しい理路に立った検査の在り方を論じる必要がある。

「検査数が少なくてうまくいった」と肯定的に述べており、国際的にと表現する際の比較相手は欧米という不適切さもあります。マスク着用、衛生意識などを含めた文化・習慣の異なり、人種.遺伝的特性も異なる欧米と比較すべきではなく、比較するなら東アジア諸国でしょう。ただ、オミクロン波になってからの日本の流行は、むしろ世界最悪の部類(欧米と肩を並べるかあるいはそれを凌ぐ)に入ります。

引用文献

[1] Grassly, N. C. et al.: Comparison of molecular testing strategies for COVID-19 control: a mathematical modelling study. Lancet Infect. Dis. 20, 1381-1389 (2020). https://doi.org/10.1016/S1473-3099(20)30630-7

[2] Chin, E. T. et al.: Frequency of routine testing for coronavirus disease 2019 (COVID-19) in high-risk healthcare environments to reduce outbreaks. Clin. Infect. Dis. 73, e3127-e3129 (2021). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7797732/

[3] Evans, S. et al.: The impact of testing and infection prevention and control strategies on within-hospital transmission dynamics of COVID-19 in English hospitals. Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci. 376, 20200268-20200268 (2021). https://doi.org/10.1098/rstb.2020.0268

[4] Wells, C. R. et al.: Optimal COVID-19 quarantine and testing strategies. Nat. Commun. 12, 356-356 (2021). https://www.nature.com/articles/s41467-020-20742-8

[5] Larremore, D. B. et al. Test sensitivity is secondary to frequency and turnaround time for COVID-19 screening. Sci. Adv. 7, eabd5393-eabd5393 (2021).  https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abd5393

[6] Paltiel, A. D. et al.: Clinical and economic effects of widespread rapid testing to decrease SARS-CoV-2 transmission. Ann. Intern. Med. 174, 803-810 (2021). https://doi.org/10.7326/M21-0510

[7] McGarry, B. E. et al.: Covid-19 surveillance testing and resident outcomes in nursing homes. N. Eng. J. Med. 388, 1101–1110 (2023). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2210063

[8] 鈴木貞夫: 日本の検査の実施に関する教訓. 新型コロナウイルス感染症対応記録. 尾見茂、脇田隆字監修, 日本公衆衛生協会, 2023.03. pp. 263–267. http://www.jpha.or.jp/sub/topics/20230427_1.pdf

引用したブログ記事

2021年5月19日 再びPCR検査の精度と「感度70%」論の解釈

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)