Dr. Tairaのブログ

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唾液のPCR検査

はじめに

今日(6月2日)、厚生労働省は、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の感染の有無を調べるPCR検査について、唾液を採取して検体とする方法を承認しました [1]。この唾液検査は保険適用となります。5月11日に、早ければ5月中にも承認する方向で検討していると表明してから、やっと承認にこぎつけたことになります。

ここでは、唾液のPCR検査のメリットや課題、これまでの咽頭ぬぐい液 (スワブ)を検体とする検査との比較研究などについて紹介します。

1. 唾液検査の条件と意義

これまでのSARS-CoV-2感染の検査は、検体として鼻の奥からスワブを採取する方法であり、検体採取の技術やサンプリング時の感染防止策などで課題があります。すなわち、鼻咽頭の奥に綿棒を差し込んで検体を採取するために、くしゃみやせきを誘発してしまう場合があり、検体採取者の感染リスクが高くなります。この防護のために、検体を採取する医療従事者は、サージカルマスクと手袋の着用に加え、ゴーグルやフェイスシールドといった防護具と長袖ガウンを装着する必要があります。

一方、唾液を検体とすることができれば、上記のような問題の多くは解決・軽減できます。医療従事者の感染リスクが低くなり、厳重な感染防御を行わなくてもよいことから、感染防護具や人材を確保する負担が減ることが期待されます。また、被験者自身が唾液を採取できるため、検体採取にかかっていた時間などの物理的制約が大幅に緩和されます。

国立感染症研究所は、6月2日、医療従事者向けの検体採取・輸送マニュアル、および感染管理マニュアルを改訂しました [2]。改訂版には、検体の採取方法としては、滅菌容器に1~2 mL程度の唾液を、患者自身に採取してもらうこととなっています。この採取に要する時間の目安は5~10分としています。検体採取を行う医療従事者は、サージカルマスクと手袋を装着すればよいとなっています。

今回の承認は、発熱などの発症から9日以内の有症状者を対象として、医師が必要と判断した場合に検査が可能という条件になっています(後述)。嗅覚・味覚障害なども含めて、COVID-19の症状疑いがあると医師が判断した場合にも対象になります。発症後10日以降の患者に対しては、唾液PCR検査は推奨されていません。

残念ながら、現時点では無症状者は唾液検査の対象となっていません。したがって、有症状者のみが検査適用可となっている限りは、一般人向けには、大幅な検査拡充とはならないかもしれません。

唾液検査で保険適用となるのは、すでに鼻咽頭スワブ用のPCR検査キットとして薬事承認されている6品と、薬事承認はされていないものの、国立感染症研究所PCRプロトコールに準じた精度があるとして販売されている17品目です。これらの中には、島津製作所タカラバイオなどのPCR検査試薬キットも含まれます。すでに、大手検査会社のエスアールエルは、唾液によるPCR検査の受託を開始するとしています。

2. 唾液のPCRの精度

コロナウイルスによる感染症の場合、唾液にウイルスが存在し、PCRで検出可能なことは、すでに、2003年のSARSウイルスの事例でわかっていました [3]。したがって、今回のSARS-CoV-2の場合も、唾液中のウイルスの分布についてすぐに検討がなされたと思いますが、あまりにも流行のスピードが速くて、標準検体としての鼻咽頭スワブと比べた唾液の有用性を評価する余裕がなかったのではないかと推察します。

当初は中国が先行してCOVID-19患者のさまざまな検体の研究を行なっています。これらは、唾液が検体として使えるかという検証ではなく、COVID-19患者の鼻咽頭をはじめとして、異なる検体におけるウイルスの時間的消長を追跡する研究です。2020年3月12日に出版されたオンライン版論文[4]では、32人の患者の鼻腔スワブ、血液、唾液を比べた結果、唾液からもウイルスが検出されるものの、鼻腔スワブで最も長く残存したとしています(図1)。

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図1. 中国の研究チームによって発表されたCOVID19患者32人における鼻腔スワブ、血液、唾液中におけるウイルスの時間的消長(文献 [3]からの転載図).

4月に入ると、検体としての唾液の可能性を指摘する論文が次々と出版されました。4月14日、イタリアの研究チームの研究結果が、エルゼヴィアの1雑誌の電子版で報告されました [5]。この研究では、COVID-19患者25人について、唾液と鼻咽頭スワブ検体をSARS-CoV-2の5′UTR領域を標的とする逆転写リアルタイムPCR(rRT-PCR)で調べた結果、すべての検体からウイルスが検出されました。また、患者によっては鼻咽頭で陰性でも、唾液で陽性の場合があったとしています。この結果から、唾液を検体とするPCR検査は、信頼性のある技法であると結論づけています。

4月21日、オーストラリアの研究チームによる、唾液と鼻咽頭スワブPCR比較解析の結果が、米国微生物学会の1雑誌の電子版に公表されました [6]。それによれば、調べられた622検体のうち39検体からSARS-CoV-2が検出され、COVID-19陽性患者とされました。さらに、この39人の患者の中で33人については唾液からもウイルスが検出されました。

この研究では、図1に示すように、発症から20日間に亘って鼻咽頭スワブと唾液の両方からウイルスが検出されました。縦軸のCt値は、何回めのPCRサイクル数でウイルスを検出したかという指標で、唾液の方が鼻咽頭スワブよりもやや遅れて検出されるということを示しています。これらの結果から、標準法である鼻咽頭スワブ検体よりも感度の点で劣るものの、唾液のPCR検査は、とくに多忙な医療現場におけるスクリーニング法として有用であり、非侵襲的検体採取のメリットがあることを強調されています。

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図1. 唾液と鼻咽頭スワブ検体における時系列におけるrRT-PCRのCt値の変化(文献[6]からの転載図).

ここでCt値について、私が20年も前に行なったRT-PCRの結果を例にして、説明します(関連ブログ:PCR検査をめぐる混乱)。図2は、RT-PCRにおける異なるサンプルのDNAの増幅曲線を示し、Y軸が蛍光シグナル強度で表されるDNA増幅量、X軸がPCRのサイクル数(増幅時間経過)です。初期のDNA濃度が高いほど、増幅曲線が少ないサイクルで立ち上がり、濃度が低いほどその立ち上がりが遅れます。そこでY軸の一定の閾値で直線を引くと、それぞれのサンプルでその閾値に相当するサイクル数が得られます(図中赤矢印)。これがCt値です。

既知DNA濃度のサンプルのCt値と検体のCt値を比較すれば、検体中に含まれていた元のDNA量がわかります。したがって、その転写前のウイルスのRNA量も知ることができます。

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図2. RT-PCRにおける増幅曲線におけるCt値.

上述したオーストラリアの論文では、鼻咽頭スワブに比べて唾液は感度が低いという結果でしたが、米国イェール大学の研究チームは、逆に唾液の方が感度が高いとするプレプリント論文を発表しました [7]。4月22日に発表されたこの論文では、44名のCOVID-19感染者から、鼻咽頭と唾液の計121検体が採取され、SARS-CoV-2のN1とN2遺伝子を標的としてrRT-PCRによる比較解析が行われました。その結果、鼻咽頭および唾液からの検出は良い相関があり、唾液は鼻咽頭サンプルよりむしろ感度が高いとされました。

5月15日に出版されたタイの研究チームの論文 [8]では、唾液と標準的な鼻咽頭スワブ咽頭スワブの200対の検体について、rRT-PCR検査を行なった結果が報告されています。検査でCOVID-19と診断された有病率は、9.5%(200人中COVID-19患者19人)でした。スワブと比較した唾液サンプルの検査の感度と特異度は、それぞれ84.2%および98.9%であり、陽性的中率は88.9%、陰性的中率は98.4%となりました。そして、2検体間の一致率は97.5%でした。

これらの結果から、唾液はCOVID-19診断のための代替検体として有用性があるとしています。すなわち、唾液採取法は、非侵襲的であり、エアロゾルを発生させず。検体採取が簡単であるため、COVID-19の診断を容易にするかもしれないとしています。

日本発の研究では、北海道大学の豊嶋崇徳教授らの研究グループのプレプリント論文が、5月24日に出版されています [9]。感染研マニュアルに従って、Thermo Fishcher ScientificのプローブrRT-PCR(TaqMan PCR)キットを使ってSARS-CoV2標的遺伝子を検出しました。その結果、76患者の検体で唾液と鼻咽頭スワブで97.4%の一致をみました。発症2週間までは唾液で陽性のシグナルが出ましたが、感度は微咽頭よりもやや低いようです。

日本国内では、さらに国際医療福祉大学自衛隊中央病院の共同による、唾液を用いたPCR検査に係る厚生労働科学研究があります [10]。この研究では、患者88症例について、発症後14日以内に採取した鼻咽頭スワブと唾液による検査が比較されました。検査法として、 感染研マニュアルに沿うウイルスゲノムの2領域(プライマー2セットおよびプローブ)を標的とするrRT-PCR法、ロシュCobas8800による自動PCR検出法、LAMP法などを含む複数の方法で比較されています。

LAMP法は、前回のブログ記事「COVID-19感染の検査体制を補う大学の力」でも紹介したように、PCRのような3段階温度可変サイクル反応ではなく、等温反応を利用した遺伝子増幅技術です。本法による検査はすでに保険適用されています(ブログ記事:PCR検査の管理と体制改善)。

上記の比較解析の結果、発症から9日以内の症例では、両者で高い陽性一致率(ほぼ100%)が認められました。しかし、10日以降の症例では、唾液で陽性率が低下しました。この結果にも基づいて、厚労省は、発症から9日以内の患者に対して、医師が必要と判断した場合に唾液によるPCR検査を行うことを可能としたと思われます。

以上のように、唾液の検査の論文を一通り眺めてみましたが、残念ながら無症状感染者については、まだ詳細に検討されていないように思われます。既出論文によれば、発症直前が感染力が最も強いとされていますので、このような感染力をもつ無症状感染者について、唾液のウイルス量の研究が進むことを望むものです。

あくまでも個人的想像ですが、自然にウイルスが消えてしてしまうような無症状感染者は二次感染力が弱く、唾液からのウイルス検出はほとんどないのではと考えています。一方で、途中から発症してしまうような感染者は、無症状の時期(発症直前)にも唾液からウイルスが検出されるのではないかと推察します。もし、そうであれば、唾液の検査によって、隔離すべき感染者と、そうでない感染者を選別できるのではないかと考えています。

3. 今後の課題

唾液検体によるPCR検査が、保険適用のCOVID-19診断法として承認されたことによって、従来の検体採取時の感染リスクや物理的制約が低減され、これまでより検査がやりやすくなったことは確かです。日本の課題としては、これらのメリットが最大限に生かされるかどうかでしょう。これまで国は、PCR検査の拡充や体制改善については、とにかく腰が重く、スピード感に欠けていました。

思えば、米国では食品医薬品局FDAが、SARS-CoV-2の一次スクリーニング向けの唾液の新たな採取法について、緊急時使用許可(EUA:emergency use authorization)を出したのが、2020年4月13日です [11]。そしてさらにFDAは、5月8日、個人が採取した唾液を検体とするSARS-CoV-2診断のPCR検査に、EUAを適用しました [12]。自分で採取した唾液を検査機関に送れば、検査してもらえるという仕組みです。

翻って、日本はやっと医師の判断による有症状者の唾液検査を承認したばかりという状況です。スピードからいえば約2ヶ月遅れということでしょうか。しかも厚労省の通知では、唾液PCR検査の主な対象者として、帰国者・接触者外来や地域外来・検査センターでは「市中の有症状者」、病院や診療所においては「有症状者(患者、医療従事者など)」を挙げており、依然として無症状者は対象としていません。このような縛りが、なお検査拡充の妨げになる可能性があります。

厚労省はいまだにPCR検査を医療資源(医療現場のもの)として考えている節があります。しかし、今や検査は、医療用や公衆衛生学的ツールのみならず、社会の安心を担保する社会政策ツールとしても変容しつつあります。

この流れの一端として、中国の武漢では市民990万人の全員のPCR検査を行いました。ドイツや日本のサッカーリーグは、試合を始める条件として選手全員の事前検査を進めています。米国のように、個人が自宅で唾液検体を採取する検査システムも急速に進んでいます。

おわりに

日本のみならず世界におけるCOVIS-19対策における最大の課題の一つは、流行を抑えながらいかに経済活動を再開するかということです。そして、生活に困窮しているたくさんの人たちを経済的に救うことです。このためには、感染者を網羅的に早期発見し、経済活動のベースになる安心を供与しすることが必須です。

この面で、唾液の検査は有用な方法になることは間違いないですが、今後無症状感染者への適用も考えていかなければならないと同時に、検査全体の拡充と迅速化を、今一層進めなければならないと思います。

引用文献・記事

[1] 厚生労働省:唾液を用いたPCR検査の導入について. 2020.06.02. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11636.html

[2] NIID 国立感染症研究所: 2019-nCoV (新型コロナウイルス)感染を疑う患者の検体採取・輸送マニュアル(2020年6月2日更新). https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov.html

[3] Wang, W.-K. et al.: Detection of SARS-associated Coronavirus in throat wash and saliva in early diagnosis. Emerge. Infect. Dis. 10, Number 7-July 2004.https://wwwnc.cdc.gov/eid/article/10/7/03-1113_article

[4] Fog, Z. et al.: Comparisons of viral shedding time of SARS-CoV-2 of different samples in ICU and non-ICU patients. J. Infect. published Mar. 21, 2020. https://www.journalofinfection.com/article/S0163-4453(20)30139-0/fulltext

[5] Azai, L. et al. Saliva is a reliable tool to detect SARS-CoV-2. J. Infect. Avaluable online 14 April 2020. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0163445320302139

[6] Williams, E. et al.: Saliva as a non-invasive specimen for detection of SARS-CoV-2. J. Clin. Microbial. posted online April 21, 2020. https://jcm.asm.org/content/early/2020/04/17/JCM.00776-20

[7] Wyllie, A. L. et al.: Saliva is more sensitive for SARS-CoV-2 detection in COVID-19 patients than nasopharyngeal swabs. medRxiv Posted April, 22, 2020. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.04.16.20067835v1 

[8] Pasomsub E, et al.: Saliva sample as a non-invasive specimen for the diagnosis of coronavirus disease-2019 (COVID-19): a cross-sectional study.
Clin Microbiol Infect. 2020 May 15. https://www.clinicalmicrobiologyandinfection.com/article/S1198-743X(20)30278-0/fulltext

[9] Iwasaki et al.: Comparison of SARS-CoV-2 detection in nasopharyngeal swab and saliva. medRxiv Posted May 24, 2020. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.05.13.20100206v2

[10] 厚生労働省:唾液を用いたPCR検査に係る厚生労働科学研究の結果について. https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000635988.pdf

[11] Winter, L.: First saliva test for COVID-19 approved for emergency use by FDA. The Scientist April 14, 2020. https://www.the-scientist.com/news-opinion/first-saliva-test-for-covid-19-approved-for-emergency-use-by-fda-67416

[12] Mezher, M.: FDA issues EUA for saliva-based COVID-19 test, provides path for wider home sample collection. Regulatory Focus May 08, 2020. FDA issues EUA for saliva-based COVID-19 test, provides path for wider home sample collection | RAPS

引用拙著ブログ記事

2020年5月2日 PCR検査の管理と体制改善

2020年4月27日 COVID-19感染の検査体制を補う大学の力

2020年3月24日 PCR検査をめぐる混乱

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題