Dr. Tairaのブログ

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ウイルス感染症へのビタミンKの効果

私は以前から納豆を食べる習慣のある日本人は、ウイルス感染症にかかりにくいのではないか?と勝手に想像してきました。納豆には納豆菌(正式和名:枯草菌、学名:Bacillus subtilis)が豊富に含まれており、枯草菌の細胞中にはビタミンKが存在します。つまり、ビタミンKを日常的に摂取することにより、ウイルスに対する抵抗力があるのではないか?ということです。

また、納豆にはナットウキナーゼという酵素が含まれます。キナーゼと言ってもこれはセリンプロテアーゼであり、これもウイルスのタンパク質に作用し、ウイルスの不活化に役立つ可能性があります。

ビタミンKの作用について、なぜそう思うようになったのかについては以下で説明するとして、最近オランダの研究チームが、「ビタミンKの量が低下すると新型コロナウイルス感染症COVID-19の病状が悪くなる」という、査読前のプレプリント論文 [1] を発表しました。そこで、これを契機にこの論文の内容を紹介すると同時に、私が思ってきたビタミンKのウイルスへの抑制効果について説明したいと思います。

1. ビタミンKとは

本題に入る前にビタミンKとは何かということについて説明します。ビタミンK (vitamin K) は、脂溶性ビタミンの一種であり、化学構造によってK1K2、K3、K4、K5の5種類に分けられます。これらの中で、天然に存在するのはK1およびK2です。この二つのビタミンKの化学構造を図1左上に示します。両方とも、ナフトキノンの基本骨格に、メチル基とイソプレノイド側鎖がついた構造をしています。

K2メナキノン(MK)と呼ばれ、側鎖のイソプレン単位の長さによって、MK-7とかMK-8とか略称で表されます。一方K1は、フィロキノンと別称されます。K3(メナジオン)、K4(メナジオール)、K5はイソプレノイド側鎖がない構造をしており、そのうちK5はキノン骨格の1位がアミノ基に置換されています。

図1右には似たような物質である、ユビキノン(別名コエンザイムQ)とその誘導体の構造を示します。ユビキノン(Q)はベンゾキノン骨格にやはりイソプレノイド側鎖が付いた構造をしています。ちなみに、健康サプリメントとして売られているコエンザイムQ10は、ユビキノン-10(Q-10)のことです。

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図1. イソプレノイドキノンの化学構造(文献 [2]より).

さまざまな生物におけるビタミンK2(メナキノン、MK)、フィロキノン(K1)、ユビキノン(Q)およびそれらの誘導体の分布を、図2に示します。ヒトを含めた動物は、体内にQしか含まず、K2やK1を合成できません。したがって、QとKは構造が類似し、似通った役割ももつものの、Qはビタミンのカテゴリーには入らず、Kはビタミンとされているわけです。に見られるように、細菌にはさまざまなキノン類が存在します。

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図2. さまざまな生物におけるイソプレノイドキノンの分布.

メナキノンもユビキノンもキノン骨格の1,4-の位置に、酸化還元部位をもちます。図3にはユビキノンを例にして、その酸化型、還元型、半分還元された型(セミキノン)を示します。したがって、細胞内の電子伝達反応に重要な役割を果たしているのが、これらのビタミンKを含めたキノン類ですが、図3のように電子伝達成分としてのキノンの種類は生物によって異なります。

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図1. キノンの酸化型、還元型、セミキノン型(ユビキノンを例にして)

ヒトを含めた動物はビタミンKを合成できませんので、外部から摂る必要があります。ただ、腸内細菌がビタミンKを作りますので、通常は不足するということはないようです。ビタミンKは、ビタミンK依存性タンパク質の活性化に必須であり、血液の凝固組織の石灰化にも関わっています。ビタミンKが欠乏すると、出血しやすくなるほか、骨粗鬆症動脈硬化にも関連していると言われています。

2. 筆者とビタミンKとの関わり

私の大学院生時代の研究テーマは、微生物におけるビタミンK同族体の多様性と機能解析に関わるものでした。1980年代初頭の頃の話です。細菌の多くの種類はビタミンK(正確にはビタミンK2(K2=メナキノン [menaquinone])を必須成分として持っており、細胞のさまざまな呼吸や電子伝達反応にK2を利用しています。

私は、細胞からK2を引き抜いて特定の電子伝達反応をなくし、そのあとにまたK2を細胞に入れて反応を復活させることにより、その役割を確かめるという実験を行なっていました。ちなみに、この実験の成果は私の学位論文の一部になっています [3]

そしてまた、指導教授を通じて委託されたサイドワークとして、廃水処理場における細菌を宿主とするウイルスの分布調査を行なっていました。その当時はもちろんPCR法はなく、古典的なプレート培養法を使って調べていました。すなわち、宿主になる細菌を培養してウイルスに感染させ、その溶菌斑プラーク)のでき方でウイルス(細菌ウイルスはバクテリオファージともいいます)の個数を調べるのです。

ある日、ウイルス培養プレートに、誤ってメインの実験で使っていたK2溶液を汚染(コンタミ)させてしまいました。そしたら、いつも見られるプラークがまったくできなかったのです。というか、そのことが原因で後からK2コンタミさせたことに気づきました。

そこでふと思ったのが、ひょっとしてK2やその他の類縁酸化還元媒介物質は、ウイルスを不活化する作用があるのではないか?ということです。しかし、そのときはメインの仕事ではないということもあって、それっきりになっていました。

そして、大学院を終えて就職し、ある日職場で到着したばかりの日本農芸化学会発行の英文学術誌を見ていた時のことです。あるページを見て驚きました。そこには、ビタミンKや同様な電子伝達体であるユビキノン(コエンザイムQ)が、細菌ウイルスを不活化すると言う内容の短報論文 [4] が載っていました。「おお、やっぱりそうなのか」と思うと同時に、自分のアイデアが先に論文化されてちょっぴり残念な気もしました。

3. ビタミンKなどによるウイルスの不活化

ビタミンKが細菌ウイルスを不活化するという論文 [4] は、佐賀大学の研究チームによって、1985年に発表されました。対象としたウイルスは2本鎖DNA型のJ1(乳酸菌が宿主)、T3、T4、T5(大腸菌が宿主)、1本鎖DNA型のφX174、δA(大腸菌が宿主)、1本鎖RNA型のMS2(大腸菌が宿主)、2本鎖RNA型のφ6(シュードモナス菌が宿主)です。

実験では、ウイルスの個数が1000万個/mLのオーダーになるようにして、そこにビタミンKをはじめてとして、さまざまな酸化還元反応の媒介物質を添加して、ウイルスの減り方(感染活性の残存性)を試験しています。

その結果、ビタミンK群の中でK2、K1の作用が最も強く、K3、K4は効果がなかったとしています。また、K2、K1と同様な効果をもつのがビタミンEであり、ユビキノンもこれに次ぐ効果があったとしています。一方、ビタミンAやビタミンD群の作用は低いかまったく効果がなく、コレステロールもまったく効果がありませんでした。

佐賀大の研究チームは続報 [5]で、やはりビタミンKなどの脂溶性ビタミンの細菌ウイルスの不活化について追試結果を発表しています。この論文では、ファージ不活化作用の反応機構について触れていて、フリーラジカル反応機構(エンベロープ脂質の過酸化)が部分的に関与しているのではないかと推察しています。不活化したDNAウイルスは密度が減少しており、電子顕微鏡観察の結果では、頭部がゴースト化していてそこからDNAが漏出していることを確かめています。

上記の研究結果は、細菌ウイルスに対するビタミンKの作用なので、これがヒトウイルスについても言えることなのかどうか、今のところわかりません。私はビタミンKのウイルスに対する不活化作用について文献検索してみましたが、これといったものは出てきませんでした。なぜか、まったくと言っていいくらい追試されていないようです。

ビタミンCによるウイルスの不活化について総説 [6] がありましたが、これも内容的にはほとんど情報がなく、「研究を急ぐべきだ」という言葉で締めくくられていました。ビタミンCは、ノーベル化学賞授与者のライナス・ポーリング博士が「風邪の予防に効果がある」と言ったことで一躍有名になりましたが、その後下火になっているようです。

3. COVID-19患者におけるビタミンK

上述したことは、ビタミンKのウイルスに対する作用に関するものですが、ビタミンKがCOVID-19患者の病状に関係するのではないかと報告したのが、オランダの研究チームのプレプリント論文です [1]。2020年4月24日の初版が出版されています。ウェブ記事上でも早速この話題が取り上げられました [7, 8]

動物組織の石灰化を阻害するタンパク質として、matrix Gla-protein(MGP)が知られていますが、ビタミンKはその補因子として重要であることが認識されています。このなかで、ビタミンKが骨の石灰化を促進する一方で、ビタミンK依存性タンパク質MGPが関わる、血管の石灰化を妨げるメカニズムがあることが指摘されています [9]

MGPの生物学的不活性型desphospho-MGP(DP-ucMGP)は、心不全・大動脈弁狭窄症患者の死亡予測因子となることが報告されています。そして、Dp-ucMGPの量はビタミンKの量とは逆の関係にあるため、Dp-ucMGPの量を測定すればビタミンKの存在状態が推定できます。

そこで当該論文では、COVID-19患者123人と非感染者184人のDp-ucMGPのレベルを比較することにより、ビタミンKの存在状態を推定し、さらにエラスチンの分解の程度をデスモシンの量で比較検討しています。エラスチンは、皮膚、動脈壁、肺、皮膚などの弾力性・伸縮性が必要とされる組織に多く分布し、弾性を与える働きをしています。これらの組織が炎症で傷つくとエラスチンが分解され、その構成アミノ酸であるデスモシンが出てきます。

その結果、Dp-ucMGPの量はCOVID-19の軽症の患者に比べて明らかに重症患者で高いレベルでした。さらに、Dp-ucMGPの量が増えると、デスモシンのレベルも上がること(エラスチンが分解されること)が認められました。

これらの結果に基づいて、研究チームは、経過が思わしくないCOVID-19患者では、ビタミンKの存在量が低下していると結論づけました。そしてビタミンK量の低下は、エラスチンの分解と関係するとしています。エラスチンは肺や動脈の組織タンパクなので、ビタミンK量の低下とこれらの組織の損傷が関係あるということになります。

論文を読んでいても、状況証拠的な情報に基づいた推論なので、はっきり言ってビタミンKの量の低下が病状の悪化を招くのか、それとも病状が悪化するとビタミンKの量が低下するのか、よくわかりませんでした。そして、ビタミンKの投与が治療効果を示すのか、といったところが興味として湧いてきました。

おわりに

ビタミンKによるウイルスの不活化の効果も、COVID-19の重症化とビタミンK量の低下との関係も、現段階では情報が少ないので、何とも言えないところがあります。ただ今回は、私がビタミンK(メナキノン)の多様性や機能の研究に関わっていたことから、本ビタミンがCOVID-19に関係することとして論文が出たことで、あらためて興味が湧いて記事を書いてみたというところです。

とはいえ、納豆の話に戻りますが、ビタミンKやナットウキナーゼ(セリンプロテアーゼ)が豊富に含まれているこの伝統的発酵食品は、健康によいという位置付けは間違いないところでしょう(関連ブログ「納豆」)。あわよくば、納豆に含まれるこれらの成分が、SARS-CoV-2の抑制にも効いてほしいと願いたいところですが。

海外では、ビタミンKが豊富なチーズを食べてCOVID-19と闘おうというニュアンスで記事になっています [7, 8]

引用文献・記事

[1] Dofferhoff, A. S. M. et al.: Reduced vitamin K status as a potentially modifiable prognostic risk factor in COVID-19. Preprints 2020, 2020040457. https://www.preprints.org/manuscript/202004.0457/v1

[2] Hiraishi, A.: Isoprenoid quinones as biomarkers of microbial populations in the environment. J. Biosci. Bioeng. 88, 449–460 (1999). https://doi.org/10.1016/S1389-1723(00)87658-6

[3] Hiraishi, A.: Fumarate reduction systems in members of the family Rhodospirillaceae with different quinone types. Arch. Microbial. 150, 56–60 (1988). https://link.springer.com/article/10.1007/BF00409718

[4] Murata, A. et al.: A new biological activity in vitro of fat-soluble vitamins and related substances: phage-inactivating effect of vitamins E and K and coenzyme Q. Agic. Biol. Chem. 49, 1903–1904 (1985). https://www.jstage.jst.go.jp/article/bbb1961/49/6/49_6_1903/_article/-char/ja

[5] 村田晃ら: 脂溶性ビタミンおよび関連物質のファージ不活化作用. ビタミン 84, 1-6 (2010).  https://doi.org/10.20632/vso.84.1_1

[6] Manuel, R.: The antiviral properties of vitamin C. Exp. Rev. Anti.-infect. Ther. 18, 2020-issue 2. https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/14787210.2020.1706483

[7] Vitamin K found in some cheeses could help fight Covid-19, study suggests | Science | The Guardian

[8] Coronavirus update: Study links of low levels of vitamin K with worse symptoms | Express.co.uk

[9] Theuwissen, E.: The role of vitamin K in soft-tissue calcification. Adv. Nutr. 3, 166–173 (2012). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3648717/

                                      

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