Dr. Tairaのブログ

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コロナ流行を繰り返す日本が感染対策を放棄

今日(5月8日)、COVID-19感染症上の分類が2類相当から5類に引き下げられました。5類になると政府や行政による介入措置が一切なくなります。言い換えれば、委ねられていた政府の責任がなくなるわけです。対策本部も解散されますし、感染状況に関する統計上の追跡もなくなります。

つまり簡単に言えば、5類への引き下げは、COVID感染に関する政府・行政の責任をなくし、疫学・感染情報を遮断するということになります。昨日、今日の厚生労働省のツイートは、「国民の皆様の主体的な選択を尊重し、個人や事業者の判断が基本になります」と言い換えながら、「われ関知せず」と自らの責任放棄を堂々と宣言しています。

これに先んじて、政府主導の脱マスクの動きも3月から始まっています。感染症法の分類と公衆衛生上の道具であるマスク着用は本来直接関係ないはずですが、この機に乗じて、政府はTVでも脱マスクプロパガンダを流し始めています。あろうことか、ここでもマスク着用を「個人の判断に委ねる」としています。

世界広しと言えども、マスク着用やその他の感染対策について、優先的メッセージとして「個人の選択、個人の判断」を掲げる国など、私が知る限りありません。それも当然でしょう。パンデミック感染症に対して国民の生命と健康に責任をもつべき国であるならば、とても恥ずかしく、言えることではないのです。危機や災害の対策において「個人の自由」とする無責任さ、意味のなさに国は気づいていないのでしょうか。

メディアは、5類移行でどのようになるか?ということについて、もっぱらコロナに感染した場合の医療アクセスと医療事情に焦点を当てるばかりで、本質である防疫に関する措置と情報がなくなること(=感染対策の放棄)については全くと言っていいほど報道しません。もちろん、この面からの日本政府の無責任主義を取り上げた報道は皆無です。

いま日本では第9波の流行が始まっています。この時点で、疫学・感染情報がなくなり、メディアでも報道されなくなることは非常に危険だと感じます。COVID-19は高齢者にとっては依然として致死リスクが高い病気ですし、それ以上に、この先長い人生を送る子どもや若者にとっては、感染による長期症状の影響が懸念されます。情報がなくなることは、知らず知らずに感染の機会を増やすことになり、身体が蝕まれ、人生に影響を与え、寿命を縮める可能性があるのです。

5類になったことで、今まで以上に季節性インフルエンザと比較されるCOVID-19ですが、もとより両者は全く異なります。このブログでもSNS上でも何度も指摘してきましたが、COVID-19の本質は、全身性の疾患であること、少なからぬ割合で長期症状を起こすこと、そして様々な臓器、組織、そしてDNAにダメージを与えることです。これらは、急性期における症状の程度に関わらず見られ、たとえ無症状であっても、基礎疾患のない若者においても、後発的に合併症として出てくる可能性があります。

さらに、忘れてならないのは、季節性インフルエンザの20倍以上の感染力をもって伝播するという、これまでにない強力な感染症であるということです。従来の発熱外来と同様な分別診療でなければ、一般病院でたちまち院内感染が起こり、地域医療が崩壊する危険性もあります。

上述した意味で、私が懸念するのは、特にヒト−ヒトを介するウイルス感染症という観点からの感染予防策がなくなったことあり、子どもや若者が感染の脅威に曝されていることです。具体的に言えば、5類移行に伴って「濃厚接触」という枠がなくなり、行動制限がなくなったことです。これは先進諸国には見られないことであり、世界の中で際立っています。これから感染者が急増していくことは火を見るよりあきらかと言えるでしょう。

ここで実際に学校におけるCOVID-19対策がどのように変えられたのか、千葉県の例を挙げて考えてみたいと思います [1]。基本的に国による5類移行と感染対策の変更、文部科学省からの通達に従って、コロナ対応への指針が示されています。

この中で驚くことは、「新型コロナウイルス感染症が流行する以前に、日常の学校生活において行なわれていた対応を基本とする」と明示されていることです。つまり、「コロナはなかった」ことを前提として今後の対応を行なうということです。その上で、給食における黙食はやめる(図1注1)、登校前の健康観察は不要(図1注2)、マスク着用は個人の自由(図1注3)とされています。

図1. 学校生活におけるCOVID-19に係る対応の基本的取り扱い(文献 [1] より抜粋したものに加筆)

図1で目立つことは、COVID-19の感染対策としての公衆衛生上の指針であるべきなのに、精神論が併記されていることです。このような精神論は熊谷俊人知事も度々言及していることでもあります。たとえば注1では、「社交性及び協同の精神を養う」とか「和やかで楽しく食事ができる機会を確保するために」とか述べてありますが、これは本来一切不要で、単に「黙食を行なわない」でいいはずです。

黙食を導入した理由が、感染リスクを考慮した上でのことなので、そのリスクがないと判断したことが黙食中止の理由ならば、敢えて書くとしたらそれを明示すべきです。それを給食本来の目的に関する精神論に代替して明示することは筋違いです。これは、もし黙食中止で感染者が出た場合の言い訳として捉えられかねないメッセージです。

さらに注3で、マスク着用について「児童生徒の判断を尊重」というのも驚きで、政府の「個人の判断に委ねる」を踏襲した責任逃れの言い方です。つまり、脱マスクで感染者が出た場合の言い逃れになっていて、リスクコミュニケーションとしてきわめて不適切です。

そして、濃厚接触時の行動については一切の指針がありません。有症状者は休む、自宅隔離するというのは世界共通のルールですが、肝心なのは無症状者を介してCOVID-19は伝播するという点であり、この意味で濃厚接触者の扱いがきわめて重要にもかかわらず、5類移行ということで指針がないのです。

欧米に目を向ければ、日本ときわめて対照的です。COVID-19は依然として脅威という認識から、従来どおりの防疫対策が維持されています。たとえば、米国やカナダでは、政府や保健当局の方針に従って、各自治体において、濃厚接触者の定義とその行動制限についての詳しい指針が示されています。

ここで例として、カナダのトロント市の場合を見てみましょう [2]図2)。濃厚接触者とは何か?という具体的記述とともに、もしそれに該当した場合に何をなすべきかが詳述されています。

図2. カナダトロント市の濃厚接触者の行動制限に関する指針(文献 [2] より転載).

トロント市における子どもの濃厚接触者の行動制限に関する指針は、具体的には以下のとおりです。

1) 症状がない限り、保育所や学校に通うことが可能で、これは家族の一員にも適用される
2) 有症状者または検査陽性の人と濃厚接触した者は、その開始時から10日間は以下の行動をとる

症状の有無を確認する

●症状が出た場合は、自宅隔離し、「保育・学校スクリーニング調査票」PDFの指示に従うこと

●すべての公共の場(学校/保育所を含む、2歳未満を除く)で、密着性のあるマスクを着用する

●マスクを外す必要があるような活動(例:外食、管楽器の演奏、マスクを安全に着用できないハイコンタクトスポーツ)は避ける(ただし、学校で共有スペースで食事をするときなど、合理的な例外はできるだけ距離を置いて行う

●高齢者や免疫不全の人がいる場所など、リスクの高い人や環境(病院、長期介護施設など)には行かないこと

●COVID-19の検査で陰性だった場合や、検査をしなかった場合でも、この指針に従うこと

非常に具体的に明確に述べられており、これらの対策が、COVID-19や呼吸器系ウイルスの拡散を防ぐための追加的な予防策であることも明示されています。米国の州の TK-12(小学校から高校まで)向けの濃厚接触者の指針では、カナダの場合と基本的に同じですが、さらに2回の検査が必須要件として明示されています(例:LA county [3])。

世界保健機構(WHO)は、5月5日、「世界の公衆衛生上の緊急事態」(the public health emergency of international concer, PHEIC) の宣言の終了を表明しました。その経緯は以下のツイートで示されています。

同時にテドロス事務局長は、パンデミックは継続中であり、なおコロナ対策を実行していく必要性があると発言し、最悪なことは、PHEIC終了を口実に「コロナは終わった」というメッセージを送ることだと警鐘を鳴らしています。これはまさしく、5類移行を契機に防疫対策を放棄した日本に当てはまることではないでしょうか。私はこれについて以下のようにツイートしました。

どうやら、日本は、感染症法の分類変更という日本独自の内向きな方法で、世界のスタンダードとはかけ離れた道にまた突き進み始めたようです。もとより、COVID-19の5類移行は、流行を国民の目から背け、G7サミットを控えた岸田首相の政治的判断であることは明らかと思いますが、その実G7諸国を迎える前に、日本を公衆衛生上最も遅れた脆弱な国に仕立ててしまったというのは皮肉です。LGBTQ法案で遅れをとっていることとダブります。

この先、5類化に伴って施された感染対策緩和が、第9波流行拡大や他の感染症のまん延を許し、地域医療の崩壊をもたらすことは目に見えている気がします。特に心配なのが、脱マスク方針が進む学校で多数の感染者が出ることです。COVIDクラスタがあちこちで発生し、学級・学校閉鎖が次々に起こるのではないでしょうか。学校関係者は、予測できることに目を背けることなく、大人の都合ではなく、教育と生徒の健康を第一に考えてもらいたいと願うばかりです。

引用記事

[1] 千葉県教育振興部保健体育課: 令和5年5月8日以降の学校生活における新型コロナウイルス感染症に係る対応の基本的取り扱いについて(通知). 2023年4月28日.  https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/anzen/hokenn/documents/ikoutaiou-kenritsu.pdf

[2] City of Toronto: COVID-19: What to Do if You Are a Close Contact. Last updated: April 28, 2023. https://www.toronto.ca/community-people/health-wellness-care/health-programs-advice/respiratory-viruses/covid-19/covid-19-what-you-should-do/covid-19-what-to-do-if-you-are-a-close-contact/

[3] Los Angeles County Department of Public Health Guidelines: COVID-19 Exposure Management Plan for TK-12 Schools. March 31, 2023. http://publichealth.lacounty.gov/media/coronavirus/docs/protocols/ExposureManagementPlan_K12Schools.pdf

                    

カテゴリー: 感染症とCOVID-19(2023年)