Dr. Tairaのブログ

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感染症法を理解しない日本社会

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

はじめに

岸田首相は、1月20日新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染症上の分類について、現在の2類相当から季節性インフルエンザと同等の5類へ引き下げることを表明しました。この春の実現について専門家による検討を要請しましたが、おそらく専門からどのような答申がなされようとも5類への引き下げを強行するでしょう。

この5月には広島でG7サミットが開かれます。5類への引き下げは、それに向けた下ならしという政治的意向があるのは明らかです。でなければ、いま第8波流行で過去最悪の被害を出している段階で、手綱を緩めるような5類変更措置に科学的合理性はありません。これまでのCOVID-19全死者数約6万5千人のうち、実に73%に当たる約4万8千人が岸田首相の在任中に亡くなっているのです。そして、第8波での死者数は現時点で約1万9千人と過去最多更新しています。この一ヶ月で実に8千人以上が亡くなっています。

政府分科会の尾見茂会長は、5類への見直しを「議論するべき時期」と語りましたが [1]、科学的にはその時期とは到底思えません。今から半年前にも盛んに2類→5類変更が議論されましたが(→打つ手なしから出てきた5類相当への話「コロナが5類引き下げになったら」で想像できること)その時にも「リアリティとして5類に動いている」と言っていました。

1. 5類になったらで語られていることー問題の矮小化と誤謬

テレビなどのメディアは、岸田首相の表明を受けて、いまの2類相当から5類に変更された場合のCOVID-19に対する措置の違いに焦点を当てて言及しています。ここで、以前のブログ記事(→打つ手なしから出てきた5類相当への話)で掲げた感染症の分類表を再度挙げます(表1)。

表1. 感染症の分類と措置

テレビでは、5類への変更のメリットとして、もっぱら濃厚接触者の社会活動の維持、一般病院への診療拡大をあげて報道しています。指定医療機関で診ている今の体制を一般病院に広げれば、医療ひっ迫を防ぐことができるとさえ言っています。

結論から言えば、5類化に伴う一般病院に診療拡大で医療ひっ迫防止というのは全くの幻想であり、誤りです。理由は四つあります。

第一に、今発熱外来とオンライン診療で診ている体制(全医療機関の約50%)を一般病院全部に広げたとしても、2倍にしか広がりません。ほとんどが自宅療養を強いられている感染者の数は、5類になったとしても診療で収容できるキャパをはるかに上回ります。医療ひっ迫は偏に感染拡大が原因なのです。

第二に、コロナ診療の補助金があり、診療報酬が高めに設定された現時点においても、発熱外来が4割以下という現状は、一般病院の多くが実際に発熱外来仕様がとれない、感染者を病院に入れたくないなどの理由によるものです。5類になったらこれらの補助金、診療報酬はなくなりますので、一般病院による診療窓口が大幅に広がるという状況は考えにくいです。逆に経営上の理由から、受診拒否をする病院が増えるのではないでしょうか。

第三に、一般病院で広く受診できるようになっても、発熱外来対応をしない限り、院内感染のリスクが強まるということが挙げられます。医療従事者はもとより、持病やその他の病気があって来院する患者に容易に感染・伝播し、感染拡大し、むやみに犠牲者を増やすということが予測されます。院内感染が続発し、地域医療としての役目が果たせなくなる可能性があります。

第四に、5類移行によって、おそらく脱マスクを含めた感染対策の緩和が始まり、「コロナ終息感」が広まり、人々の勘違いと気の緩みも手伝って、COVID-19のみならず様々な感染症のまん延を助長し、患者が増える懸念があります。大して広がらない医療の窓口に対して、患者の増大が医療をひっ迫させる可能性があります。

以上のように、5類変更によって、感染症法の主旨である感染症まん延防止と適切な医療提供(後述)という大事なことが全く果たせなくなる可能性があるのです。いや、そもそも5類に変更されたとしても、感染症法のこの目的自体は維持されなければならないはずですが、国は5類で様々な措置を外すことで、感染症法のセーフティネットとしての機能を無効にするつもりでしょう。法律の悪用とも言えます。

忽那賢志氏(大阪大学)は5類への変更のメリットとして、「濃厚接触者の社会活動継続」、「行政や保健所の負担軽減」、「新型コロナ診療への支出減」を挙げているように [2]、国民には一見メリットがあるような印象を与えます。しかし、これはセーフティネットという意味からは、国民にとってデメリットにもなるのです。表1のような措置を規定しているおかげで、政府にはそれを施す責任を生じます。しかし、5類になると、政府にはこれらの責任が一切なくなりますので、仮にウイルスが強毒化しようが、何人死のうが、政府は何もする必要がない、責任がないということが法律で保証されるのです。

現在、COVID-19は2類相当の扱いはされておらず、対策が緩和されるなどの法律の弾力的な運用が行なわれています。しかし、2類相当にしておけば、政府の対策・措置責任は維持されたままであり、国民は政府への責任をいつでも問うことができるのです。しかし5類ではそれはできません。いま行なわれている行政による患者の入院調整もなくなり、病院に負荷がかかることは目に見えています。

忽那氏は、最後には、いみじくも5類への引き下げは公的なセーフティーネットが外されて自己責任の社会になることであるとほのめかしています(以下)。

これまでは感染症法によって維持されていたセーフティーネットがなくなっても新型コロナによる犠牲者が増えないようにするためには、これまで以上に個人個人の感染対策が求められると言っても良いかもしれません。

2. 感染症

メディアは、2類→5類変更について、措置そのものに対するメリット、デメリットの観点からのみ報道するばかりで、肝心の感染拡大防止の点でどのようになるかについては言及しません。さらに法律上の変更の話なのに、この法律の目的や理念に触れた場面には一切目にしたことがありません。ここでこの法律の目的と理念を見てみましょう。

感染症法は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」の通称で、法律名が長いのでこの名称で呼ばれています。この法律の目的と理念は、前文、第一条、第二条に集約されています。

前文は以下のとおりです。

一方、我が国においては、過去にハンセン病後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。
このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている。
ここに、このような視点に立って、これまでの感染症の予防に関する施策を抜本的に見直し、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する総合的な施策の推進を図るため、この法律を制定する。

この文を読むと、日本では過去感染症患者への偏見や差別があった反省を踏まえて制定されたものだということがわかります。患者の人権の尊重と適切な医療提供ということがこの法律の骨子です。COVID-19患者に当てはめれば、これを差別せず、適切な医療を提供するということです。

第一条には目的が書いてあります。

第一条 この法律は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関し必要な措置を定めることにより、感染症の発生を予防し、及びそのまん延の防止を図り、もって公衆衛生の向上及び増進を図ることを目的とする。

ここに明確に、感染症の予防、まん延防止、公衆衛生の向上ということが書いてあります。つまり防疫上の対策を施し、COVID-19の感染拡大抑制を行なうということであり、そのためのマスク着用などを含めて公衆衛生の向上を図るということです。

続く第二条には理念が示されています。

第二条 感染症の発生の予防及びそのまん延の防止を目的として国及び地方公共団体が講ずる施策は、これらを目的とする施策に関する国際的動向を踏まえつつ、保健医療を取り巻く環境の変化、国際交流の進展等に即応し、新感染症その他の感染症に迅速かつ適確に対応することができるよう、感染症の患者等が置かれている状況を深く認識し、これらの者の人権を尊重しつつ、総合的かつ計画的に推進されることを基本理念とする。

ここでも感染症の発生の予防及びそのまん延の防止というフレーズが並びます。同時に、国際的動向、環境の変化、国際交流の進展という言葉が並びますが、これはパンデミックとその対策を強く意識したものです。

ここで繰り返しますが、感染症法の主旨は以下のように要約されます。

1) 患者の人権尊重

2) 良質で適切な医療提供、

3) 感染拡大、まん延防止

4) 公衆衛生の向上

5) そのための為政者、行政の適切な対応・措置

おわりに

「5類への変更」は、メリット、デメリットに矮小化されて話が進んでいますが、本質は政治や社会が法律を蔑ろにし(自己都合に法律を変え)、自己責任の社会にするということに他なりません。そして、「どうせ死んでいるのは高齢者や持病持ち」という考え方は、法律の主旨から見えば、人権を無視し、究極的には優生思想的方向を許容するというものです。死亡の大半は高齢者というフレーズを繰り返し報道するメディアは、これを後押しするものでしょう。

COVID-19を致死率や重症化率でのみ語ることも法律の主旨を無視したものであり、そのことが感染拡大と死者数の増加を助長し、高齢者のみならず若年層の犠牲や、さらにはlong Covidの感染者を増やし、社会への悪影響を拡大しているということに気づかなければいけません。

引用記事

[1] 朝日新聞DIGITAL: 5類への見直し「議論するべき時期」 尾身氏、首相3人の印象も語る. Yahoo Japan ニュース 2023.01.21. https://news.yahoo.co.jp/articles/8629f689922a4b11bffc33aaa44d196fbf001174

[2] 忽那賢志: 新型コロナが5類に移行 メリットとデメリットは? Yahoo Japan ニュース 2023.01.23. https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20230121-00333694

引用したブログ記事

2022年7月31日 「コロナが5類引き下げになったら」で想像できること

2022年7月15日 打つ手なしから出てきた5類相当への話

                     

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