感染対策の緩みとともに襲来した第9波流行
カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)
日本ではCOVID-19流行の第9波が襲来しています。この1週間余りの政府のSNS上の発信、メディアの報道、専門家の発言などから、流行の現状を考えてみましょう。そこから見えてくるのは、流行の実態と政府・メディアの認識とのズレです。
政府はともかくとして、この大波が来ることは誰もが予測していました。5類移行前、新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(座長:脇田隆字氏)は、「まだ国内では自然感染の罹患率が低いことを考慮すると第9波の流行は、第8波より大きな規模の流行になる可能性も残されている」と警鐘を鳴らしていました [1]。この感染症が5類移行になった5月8日、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会長を務めた尾見茂氏は次のように述べていました [2]。
波の高さはともかく、第9波が来ることを想定した方がよい。なぜかと言えば、人の動きが活発になっている。さらに、より感染力が高く、免疫をすり抜ける性質が強いオミクロン株の派生型XBB.1.5の割合が増えている。ただ、新型コロナは季節性インフルエンザと異なり、流行の予測がしづらい。
同日、私はこのブログで、5類移行で感染対策が事実上放棄され、第9波流行が拡大する懸念を示しました(→コロナ流行を繰り返す日本が感染対策を放棄)。一方で、COVID-19の5類化に伴い、メディアはこの感染症について報道する機会は激減しました。テレビでは、6月下旬になって初めてと言っていいくらい、新規患者数に基づく第9波流行の状況について伝えました。私はそれを以下のようにツイートしました。
#Nスタ モデルナのサイトでは4万人程度の新規患者だが、松本先生「実際には2〜3倍、12万人くらいの感染者がいるのではないか」
— Akira HIRAISHI (@orientis312) 2023年6月20日
受診しない人、検査を受けない人、無症候性感染者を含めれば軽く10万人を超えることは想像がつく。最終的には第8波を超える流行になるだろう。 pic.twitter.com/tcRmQDpxsv
この時点(6月20日)で新規感染者数が全国10万人/日を超えていることは容易に想像されるのではないでしょうか。実際にいつ頃から第9波が始まったかと言えば、遅くとも2ヶ月前からでしょう。一地域のデータですが、医療機関で受診した新規患者数および下水中のSARS-CoV-2 RNAコピー数の推移から判断すれば、第9波流行は4月から立ち上がっています(以下のツイート)。
松本氏の発言をある程度裏付けるようなモデルナ(北海道・東北)の新規患者数の推移と札幌市の下水モニタリングのデータ。SARS-CoV-2 RNAコピー数の推移を見れば、第9波流行は第7、8波のそれに迫ろうという勢い。 https://t.co/bWt9N6DIF1 pic.twitter.com/Je151dchil
— Akira HIRAISHI (@orientis312) 2023年6月20日
ところが、第9波が来ると言っていた尾見氏自身のこの前後の発言はいささか危機感に欠けるものでした。「(流行の)第9波の入り口に入ったのではないか」[3] とか、「第9波が始まっている可能性」[4] という発言がそれです。さらには、厚生労働省による「緩やかな増加傾向にある」という見解 [5] は、危機感のなさに拍車をかけるものでしょう。それを指摘したのが以下のツイートです。
「緩やかな増加傾向にある」という報道が一般に誤解を与えている可能性がある。今の感染力からいったら緩やかに増加ということ自体がおかしい。
— Akira HIRAISHI (@orientis312) 2023年6月24日
5類後は受診しない、検査を受けない人が格段に増えているし、濃厚接触で発症しない感染者は全て表に出ない。定点把握の弊害だ。https://t.co/cIv3l7DLhu
第9波流行を招いている原因は、偏に政府による現状認識の不足、自己都合による政策・方針変更、適切なリスクコミュニケーションの欠落です。具体的に言えば、政治的都合による5類化、疫学情報収集・開示の放棄(流行実態の不可視化)、脱マスクを含めた感染対策の緩和とコロナ終息感を印象づけるプロパガンダ、これらに追従するメディアの報道です。
リスクコミュニケーションの大失敗の例は、感染対策についての「個人の判断」「個人の主体的な判断を尊重」という厚労省などによる情報発信です。危機管理、災害対応では、命と健康を守ることを第一に、当局は「何をなすべきか」を最優先で国民・市民に伝えることが必要です。ところが、あろうことか、厚労省はそれを「個人の自由です」と、敢えて前置きで伝えてしまったのです。これは公衆衛生の放棄です。
このメッセージによって、国民は公衆衛生上の取り組みという意識から解放され、もはや自由だという感覚と同時に、コロナ終息気味という意識を植え付けられてしまったと言えるでしょう。リスクコミュニケーションのはずが、気の緩みを誘発する終息宣言になってしまったのです。厚労省は、いまなおこの「個人の自由」を、再三再四、SNS上で発信するという愚行を繰り返しています。これに対する批判のツイートが以下です。
いい加減、厚労省はこの「個人の主体的な判断を尊重」というおかしなツイートを止めたどうか。公衆衛生上の意味が全くなくなっていることに気づいてほしい。第9波流行拡大の促進剤にしかなってない。 https://t.co/jRyuYZXccG
— Akira HIRAISHI (@orientis312) 2023年6月22日
危難時、いわば災害時に「個人の判断です」「個人の判断を尊重」って国が唱えて何の意味がある(もとより個人の判断、自由は当たり前だ)。もう何度も言っているが、全く不必要なフレーズで、公衆衛生上害にしかならない。 https://t.co/8dNIDUwV66
— Akira HIRAISHI (@orientis312) 2023年6月28日
厚労省によるウェブ上、SNS上の上記の情報発信は、5類移行に伴う法的措置変更の機械的なメッセージにしか過ぎません。「5類化によって行政の法的責任はなくなりました」という意味であり、あとは「個人の責任です」(=公衆衛生の放棄)と言っているに過ぎないのです。ところが、「個人の責任」と言うべきところを「個人の自由、個人を尊重」と発信したため、国民がさらに勘違いする状況になりました。
そしてマスクについては、感染予防の道具として公衆衛生上の有効性が認められてきたものであって、本来感染症法の分類とは無関係のはずです。ところが5類化に伴うこじつけで、政府はマスク着用は個人の判断としてしまいました。これがいささか政治的判断であるということは、従来、同じ5類の季節性インフルエンザの予防についてマスク着用を推奨し、決して「個人の判断」とは前置きしてこなかったことからわかります。
一体、危機管理・災害対応における行動指針において、「個人の判断になりました」と前置きする政府がどこにあるでしょうか。異常かつ無責任なメッセージです。もとより、マスク着用が法的義務化されたことがない日本では着用は個人の判断であるはずですが、それをわざわざ優先して伝えることは、誤った解釈に誘導する効果しかありません。
さらにはマスクについて、「外すこと」を率先して進めようとする日本と、もはや義務化はしないが「自由につけてよい」とする公衆衛生の取り組みが対照的な例を示したのが以下のツイートです。
マスク着用に関する千葉県の学校向け通達とカナダ政府の指針が対照的。脱マスクを原則とし、それができない生徒がいたら教職員が率先して外して見本を示せが千葉県。公共屋内でのマスク着用を推奨し、もし着用を要求されていない環境でも、自由に、気軽につけてよいと奨めるのがカナダ政府。 pic.twitter.com/764thxnd6y
— Akira HIRAISHI (@orientis312) 2023年6月3日
政府や行政が関わらなくなったら、その分、国民は個人レベルで感染対策を強化する必要がありました。にもかかわらず、政府が責任を放棄すると同時に、国民も感染対策を緩めてしまい、感染拡大という当たり前の結果になりました。これに関するツイートは以下のとおりです。
「5類」で国が感染対策を放棄した分、個人・組織レベルでは対策強化すべきのに、いっしょに下げてしまい、感染拡大という当たり前の結果に。
— Akira HIRAISHI (@orientis312) 2023年6月27日
この記事、かつて「マスクは無意味」と言っていた人の見解なのでいまひとつ迫力なし。https://t.co/4mexiTftL4
そもそも、感染症の発生・まん延防止、安定した医療提供という感染症法の目的自体は、COVID-19が2類相当であろうが5類であろうが変わらないはずですが、政府は5類移行のどさくさに紛れて、この法律自体の意義も曲げてしまいました(→感染症法を理解しない日本社会)。上記したように、5類移行とは何ら関係ないマスク着用を含めた感染対策をあたかも当然のように変えてしまったのです(図1)。
図1. 新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について(厚生労働省)[6]. 感染対策は感染症の分類変更とは本来関係ない.
感染拡大の一因になっているのが、実質流行把握の手法として指定医療機関における定点把握に変更されたことです。季節性インフルエンザとは比較にならないほど感染力が強いいまのSARS-CoV-2 XBB亜系統変異体(EG.5が拡大中)の流行を見るのに、インフルエンザで使われているような遅行指標としての定点把握のやり方が機能するわけがないのです。
定点把握は子どもが多く罹るインフルエンザで用いられている手法であり、国はそれをそのままCOVID-19に当てはめています。小児科定点3000カ所に内科を加えた5000カ所が定点とされていますので [7]、定点把握を導入したことは、そもそも若者の感染が多くかつ幅広い大人の年齢層の患者が多いCOVID-19の患者を捕捉することからはズレた手法なのです。
その上で想定されることは、感染者は基本的に発症するので病院に行きますが、COVID-19では発症しない、いわゆる無症候性感染者が多数発生し、検査の有料化や「コロナは風邪」という思いこみもあって、実際に受診・検査を経るのは一部の感染者になるということです。
つまり、定点把握という手法は、先行してサイレント・キャリアーの市中伝播が次々と起こっている傍らで、偏った指定医療機関の患者数を見ているだけという、全くの過小評価の後追いの方法です。流行拡大の兆候を見ているのではなく、延焼した後の焼け跡の一部を見ているようなものです。政府はまるで流行を小さく見せるために意図的にこの方法に変えたと思わせるほどです。
実際、定点把握で示される平均患者数が急激に増える段階(たとえば定点あたり20以上)では、医療崩壊一歩手前という状況だと認識すべきでしょう。懸念されるのは流行を先取りしている沖縄の状況です [8]。確実に医療崩壊に向かって進んでいます。そして、この状況はやがて全国に広がっていくでしょう。第9波流行は第8波に匹敵するか、それを上回る規模になると予測されます。なぜなら、脱マスクを含めて感染対策が圧倒的にユルユルになっており、適切な疫学情報も伝えられないからです。
この流行で特に犠牲になるのが小児や生徒です。感染対策の緩和と社会の気の緩みはCOVID-19のみならず様々な感染症をまん延させ、罹患する小児も一気に増やしていくでしょう。どう考えれば、学校で脱マスクを率先して行なうという方針になるのか理解に苦しみますが、その結果、学校でのクラスター発生があちこちで報告されています。これも氷山の一角なのかもしれません。
文部科学省、自治体の長、学校関係者は、安易な精神論に基づく脱マスクなどの感染対策緩和の方針が、生徒の健康を阻害し、教育の機会を奪っていくことに気づかないのでしょうか。知らないふりをしているだけでしょうか。この先、若い世代の健康と寿命に多大な影響を与えるリスクの可能性について、真剣に考えてもらいたいと思います。
引用記事
[1] 千葉雄登: 第9波は「第8波より大きな流行になる可能性も」、押谷氏ら. 医療維新 2023/04.19. https://www.m3.com/news/iryoishin/1134011?
[2] 東京新聞 TOKYO Web: 尾身茂氏「第9波を想定した方がよい」 本紙インタビューに語った「首相への異論」と「教訓」<詳報あり> 2023.05.08. https://www.tokyo-np.co.jp/article/248492
[3] 読売新聞オンライン: 尾身茂氏「第9波の入り口に入ったのではないか」…5類移行後1か月で感染2・5倍. 2023.06.14. https://www.yomiuri.co.jp/medical/20230614-OYT1T50182/
[4] NHK NEWS WEB: 新型コロナ「第9波が始まっている可能性」政府分科会 尾身会長. 2023.06.26. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230626/k10014109381000.html
[5] 日テレnews: 新型コロナウイルスの新規感染者数 緩やかな増加傾向続く. Yahoo ニュース Japan 2023.06.23. https://news.yahoo.co.jp/articles/d56ba44b7ddbbb8ec36e4096db919d953aacd11b
[6] 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について. https://www.mhlw.go.jp/stf/corona5rui.html
[7] 厚生労働症: 感染症発生動向調査事業. https://www.mhlw.go.jp/jigyo_shiwake/dl/h26_gaiyou01a_day2.pdf
[8] NHK NEWS WEB: 沖縄 コロナ感染急拡大 専用病床ほぼ満床 患者受け入れ困難に. 2023.06.27. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230627/k10014111111000.html
引用したブログ記事
2023年1月22日 感染症法を理解しない日本社会
2023年5月8日 コロナ流行を繰り返す日本が感染対策を放棄
カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)