Dr. Tairaのブログ

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感染五輪の様相を呈してきた

2021.06.15更新

はじめに

この2、3日、SARS-CoV-2の新規陽性者数は千人台になってきましたが、全国への面的広がりは相変わらずであり、感染再拡大の不安材料になっています。私は昨日以下のようにツイートして、感染再拡大を懸念しました。

このブログ記事で、もう少し上記の不安要素(リバウンドの原因)を見ていきたいと思います。私は感染状況を考えると、無論五輪中止が妥当と考えていますが、ここでは五輪が行なわれると仮定して話を進めます。不安要素(原感染拡大の原因)は、1) 面的広がりと高いバックグランド、2) デルタ型変異ウイルスの脅威と検査体勢、3) 五輪のよる人流増加と気の緩み、そして4) 政府の念力主義と呪文です。

1. 面的広がりと高いバックグランド

まず東京都と大阪府の新規陽性者数の推移を図1に示します。

東京都における、3月23日の緊急事態宣言解除のときの日当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)は約300人でした(図1上参照)。一方、大阪府における、2月28日の緊急事態宣言解除のときのそれは約80人でした(図1下参照)。今日までの新規陽性者数(7日間移動平均)は東京都約380人および大阪府約110人であり、緊急事態宣言解除時の陽性者数で割ると、東京約1.3倍大阪約1.4倍になります。

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図1. 東京都(上)および大阪府(下)における新規陽性者の推移(Yahoo Japan ニュース「新型コロナウイルス感染症まとめ」より転載)

政府は6月20日に緊急事態宣言解除を予定しているようです。しかし、そこまであと1週間しかなく、この間大幅に感染者数が減るとは思われません。図1のデータは常に1〜2週間前の感染状況を表していると考えられるので、状況としては現在下げ止まりと考えた方が妥当です。東京の20代ではすでにリバウンドしているとも言われています。つまり、先の緊急事態宣言解除の時に比べて、今回は1.3–1.4倍程度のバックグランドで解除しようとしているわけです。これはパンデミック開始以来最も高いバックグランドです。

全国への面的な広がりを比べてみましょう。前回、6府県解除となった2月28日における新規陽性者数は999人、陽性者ゼロは13県(青森、岩手、秋田、山形、富山、福井山梨、長野、鳥取島根高知宮崎鹿児島)でした。そして、4都府県解除となった3月21日の新規陽性者数は1118人、陽性者ゼロは11県秋田福井山梨鳥取島根、山口、香川、高知、大分、宮崎鹿児島)でした。ちなみに両日ともゼロは8県(水色で表示)ありました。

一方、現在を見ると、先のツイートの添付図でも示されているように、千人台の陽性者数になってはいるものの、陽性者ゼロの自治体はこの1週間内で最大でも5県しかないのです。6月20日に緊急事態宣言が解除されるということは、全国の面的広がりにおいても、大都市圏における感染者のバックグランドとしても、これまでの解除の中では、最悪の条件ということになりそうです。つまり、最も高い発射台から感染力を増した変異ウイルスによるリバウンド(第5波)が起こるということです。

2. 変異ウイルスと検査体勢

リバウンドで懸念されるのがデルタ型ウイルス感染の拡大です。表1に示すようにデルタ型ウイルスは、スパイクタンパク質受容体結合領域(RBD、→前ブログ記事参照)のL452Rと呼ばれる遺伝子変異(ロイシン [L]→アルギニン[R])で特徴付けられます。感染力は従来株に比べて、約1.8倍と推定されており、すでに東京都や神奈川県では、空気感染と思われる集団感染も発生しています [1]

表1. アルファ型およびデルタ型ウイルスの比較([1]より改変)

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デルタ型はワクチンの効果を弱めるとされていますが、不明な部分が多く、重症化リスクが高い証拠も現段階では示されていませんが、重症化のスピードは速いと言われています。特に、感染力の強さとともに、50代以下の若年層での重症化の速さも報告されていますので、若い人たちへの感染の広がりが今までと比べて格段に多くなると予測されます。

L452R変異は、日本人の6割が持つ白血球の型であるHLA–A24による細胞免疫から逃れるとの報告があり [2]、もしこれが影響するなら、感染力増強とともに大きな懸念材料です。もしこれがファクターXだったとしたら、今回は効きません。デルタ変異体は、日本人および日本社会にとって、これまでの変異ウイルスよりもはるかに危険であることを認識すべきでしょう。すでに起こっているインドやヴェトナムでの感染拡大を見れば、最大限に警戒しなければならないことは自明です。

厚生労働省によると、6月7日時点で確認されたデルタ型ウイルスの陽性者は12都府県の87人であり(図2)、増加ペースが加速しています [1]。7月中旬には新規感染者の過半数を占めるとの試算もあります。

しかし、これは極めて限られた検査件数での報告であり、実態としては市中感染が急速に広がっていると考えてよいでしょう。検査陽性者の半数以上がゲノム解析に向けられている英国と比較すると、今さらながら日本での脆弱な変異ウイルス解析体勢には脱力感を抱かざるを得ません。

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図2. デルタ変異型ウイルスの感染状況(2021.06.07時点、NHK特設サイト「新型コロナウイルス感染症」より転載).

日本への海外からの変異ウイルスの侵入に対する検疫と検査体勢については脆弱であり、これまで第1波の欧州型、第3波の英国型の例に見られるように悠々と侵入と拡大を許してきました。検疫でPCRではなくて感度が低い抗原検査を採用していることも謎ですが、何よりも変異ウイルスの追跡と検査のスピードが遅く、変異型の検査の割合もきわめて低いです。

東京都の検査数でみれば、5月のピーク時の1万5千件強から現在は7、8千件まで減っており、なぜこれだけ減らすのか意味がわかりません。その上陽性率は4%台と依然として高く、十分に感染者を追跡できているとは思えません。せめて3%を切る陽性率と、陽性者の半分程度の変異ウイルス検査を達成しなければならないと思いますが、まったく程遠いです。

変異ウイルスの猛威は、日本は第4波のアルファ型(英国型)で嫌という程経験しているはずです。にもかかわらず、東京都の検査体勢のお粗末ぶりは何なのでしょうか。変異ウイルスの検査・ゲノム解析の脆弱ぶりと合わせて、この先デルタ型変異体によるリバウンドの検知に遅れをとるのではないかと心配になります。

この状況は、厚生労働省医系技官と旧政府専門家会議を中心とするの感染症コミュニティ、その周辺医療クラスターによる当初の検査抑制論がいまだに尾を引いていると言わざるを得ません。このような検査抑制論を積極的に情宣してきた、BuzzFeed Newsをはじめとするウェブメディアや出版界も責任が重いと言えます。

3. 五輪による人流増加・気の緩みとシミュレーション 

SARS-CoV-2はヒトを宿主として増えるので、人と人との接触や人流が増えればそれだけ感染が拡大するということは、科学的に自明です。東京五輪開催となれば海外から選手、関係者、マスコミ関係など数万人の来日があり、国内では選手、組織委員会関係者、ボランティア・アルバイト、宿泊、輸送などに関係する20万人近くの人流が増えると言われています。これに観客をいれるとすれば全国からの観客の動きが上乗せされます。

政府や組織委員会の専門家は、五輪を中止する場合と開催した場合の人流の違いに伴う感染者数の増加についてしっかりシミュレーションし、それを公開しておくべきだと思います。それは都合のよい前提条件ではなく [3]、最悪の場合を想定したシミュレーションであるべきです。しかしながら、このような試みはまだメディアには具体的には出ていないようです。

先月、東京大学仲田泰祐准教授によるシミュレーション結果がテレビ(報道特集)で紹介されましたが、それによれば五輪開催で人流が6%増えた場合は、五輪中止の場合に比べて感染者数が約2倍になると推測されていました。それについて、私は以下のようにツイートしました。 

なお、このシミュレーションでは、変異ウイルスの増加は考慮されておらず、最悪を想定した条件にはなっていません。デルタ型ウイルスの影響を考えれば、リバウンドの立ち上がりははるかに早くなり、五輪開会式の前にはもう顕著になっているでしょう。たとえば、従来株に比べたデルタ型の約2倍の感染力を考慮すると、シミュレーションの結果にある五輪開始直前の約600人の新規陽性者数は2倍になり、軽く千人を超えることは容易に予測できます。

仮に現在の新規陽性者数380人/日(前記)のレベルを、6月20日からの週からスタートさせて、毎週30%増しで増加していくと予測すると、東京の新規陽性者数は7月4日の週には642人、7月18日の週には1,085人、8月1日の週には1,830人となり、東京五輪が終わる前には、第3波の最高レベルである約2,500人に達することになります。これは大会に観客を入れるかどうかに関係なく、これまで最も高いバックグランドからデルタ型変異ウイルスの感染拡大が起こる場合という、単純な(しかし現実的な)考え方に基づくものです。

実際は、30%増しの定率ということはなく、デルタ変異体の拡大に応じて、2倍、3倍の増加率になることも予測されます。2倍になれば五輪大会終了の頃には5,000人に達することになります。

一方、東京オリパラ大会組織委員会が、三菱総研に依頼して実施した試算 [3] はまったく現実味がありません。五輪を開催した場合、都内の新規感染者は7月中旬の約300人を底に増加に転じ、五輪開幕後の8月以降に急増して同月下旬に約1,000人となるというのですが、どのようにしたらこんなシミュレーションになるのでしょうか。

おそらくメディアの報道もそうですが、五輪ムードの高まりは国内の人流増加と気の緩みを促し、きわめて感染リスクを高めることは間違いありません。大会直前になればメディアは五輪一色となり、世の中の自粛生活への"飽き"もあって、たとえ緊急事態宣言が発出されたとしても、無観客の五輪大会になったとしても、お祭り気分で人流抑制効果は限定的になるでしょう。このことが感染拡大を加速させると思われます。

4. 念力主義と呪文

今朝のテレビ「サンデーモーニング」ではコメンテータの二人が、それぞれ念力主義呪文という形容で政府と大会組織委員会の姿勢を批判していました。それは何度となく繰り返される首相の「国民の命を守る」、大臣や大会幹部の「安全安心の大会」というフレーズです。

「安全」という言葉は、科学根拠が示され、それに基づいた客観的基準が示されて初めて成立するものです。一方「安心」は受け手の主観的感情であり、安全の科学的基準が示され、かつそれが信頼性に足りえると判断できる時に出てくる感情です(→食の安全と安心)。

安全の基準が示されなければ、それは逆に「危険かもしれない」となり、かつ安心感は得られずに「不安」となります。現に国民はそのような状況になっています。その安全と安心の関係とそれが発生するメカニズムを政府と組織委員会はまったく理解しておらず、念力と呪文で何とかなるという精神主義に陥っています。この根拠のない楽観論は、科学的な公衆衛生対策を立てる上で一番厄介なもので、被害を拡大させる大きな要素です。

おわりに

以上四つの要素と原因で、大方の専門家の意見と同様に、この夏はデルタ型ウイルスの拡大といっしょの感染五輪になると私は予測します。政府の思惑とは裏腹に、おそらく1ヶ月も経たないうちに4度目の緊急事態宣言発出になる可能性大です。

菅首相の頭の中はワクチン一辺倒ですが、ワクチン戦略が到底間に合うはずもありませんし、医療従事者から高齢者、基礎疾患のある人という優先順位をつけていたワクチン接種でさえここに来て崩壊気味です。このままだと、若年層への感染力を増したデルタ型ウイルスによるリバウンドに伴って、40–50代の年齢層(特に基礎疾患を抱えた人)が、最もリスクが高くなるということが考えられます

願わくば私の予測が外れてほしいですが、状況はきわめて厳しく、予測どおりの結果に向かって事態は進行しています。

加えてメディアの報道の偏向ぶりが目に余るようになりました。必要な情報を伝えず、事実も正確に伝えていません。ワクチン推進と五輪関係の記事が増え、民衆の自粛疲れからくる気の緩みと開放感に拍車をかけています。今日もG7の日米首相協議で、バイデン大統領が「東京五輪支持」とメディアは伝えていますが [4]ホワイトハウスの表明は微妙に違います。

ホワイトハウスのウェブページでは、「バイデン大統領は、アスリート、スタッフ、観客に対して必要なすべての公衆衛生対策がなされた上での東京五輪への支持を表明した」となっており、公衆衛生対策必須ということに釘をさしています(以下赤線部)。

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その意味で、尾見茂分科会長をはじめ、有志の専門家の皆さんが、G7の前に五輪開催に関する提言を行なっていれば、海外のメディアにも取り上げられ、もう少し状況が違っていたのではないでしょうか。しかし、ステークホルダ間で危機を共有するというリスクコミュニケーションのなさは、この国の当初からの深刻な問題点です。

政府と組織委員会は東京オリパラ開催に向けて一直線であり、時すでに遅しの感があります。繰り返しますが、何も手を打たなければ、この夏は第3波流行をはるかに超える、デルタ型変異ウイルスの全国拡大といっしょの感染五輪、スーパ−スプレッダー五輪になり、大会終了後は災害級の流行になっていることは間違いないでしょう。

東京五輪大会が、物理的にも対策的にも、感染症対策に負の影響を与えることは確かです。つまり、五輪大会のバブル方式が機能するかどうかを問わず、それにかまけている間に、日本全国がデルタ変異体の感染流行になるということです。

6月15日更新:文献 [2] を加えました。

引用文献・記事 

[1] JIJI.COM: インド変異株、拡大ペース加速 各地で感染、クラスターも 7月中旬に主流化か. Yahoo Japnニュース, 2021.06.13. https://news.yahoo.co.jp/articles/41b976fa96380558838f4bc0941966ba6c22cc73

[2] Motozono, C. et al.: SARS-CoV-2 spike L452R variant evades cellular immunity and increases infectivity. Cell Host Microbe Published online June 14, 2021. https://doi.org/10.1016/j.chom.2021.06.006

[3] 原田遼: 五輪開催で感染者が急増、東京1日1000人に…政府が試算 パラリンピック開幕を直撃. 東京新聞 2021.06.11. https://www.tokyo-np.co.jp/article/110157

[4] JIJI.COM: バイデン氏、東京五輪支持 日米首脳が協議 G7サミット, Yahoo Japan ニュース, 2021.0613. https://news.yahoo.co.jp/articles/0bb04e52ed1353282b44b715e0f343bfe24fa006?tokyo2020

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

ワクチンとしてのスパイクの設計プログラムの可否

カテゴリー:感染症とCOVID-19

はじめに

今日(6月9日)開かれた党首討論で、菅義偉総理大臣は「強制的に検査を行なうことができない中でどうやってやるのだ」と枝野幸男代表(立憲民主党)に逆質問していた一方で、「ワクチンは切り札」と述べていました。つまり、検査は積極的(強制的)にできないと言い訳している一方で、ワクチンは1日100万回接種を目指せと号令をかけているわけです。理屈になっていません。

それはともかく、COVID-19感染の発症や重症化予防にとってワクチンそのものが効果的であることは間違いなく(とはいえ、感染収束の切り札かどうかはもう少し待たないとわからない、おそらく切り札にはならない)、遅ればせながら日本でも急速にワクチン接種が進み、6月8日時点で少なくとも1回接種で約1450万人に達しています(図1)。

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図1. 日本国内のワクチンを受けた人の累計数(NHK 特設サイト「新型コロナウイルス感染症」より転載).

その一方で、ワクチン接種後の有害事象についてもチラホラ報道されています。その中でも最悪は死亡例です。このブログでは、ワクチン接種の有害事象とSARS-CoV-2スパイクタンパク質をコードする核酸配列を用いた現行ワクチンとの関係について、既出の文献も参考にしながら個人的所感を述べたいと思います。

結論を述べれば、全スパイクタンパクを設計図・指令書とするいまの遺伝子ワクチン(正確にはワクチンではなく修飾mRNA型生物製剤は時期尚早だったということです(はっきり言えば失敗、理由は後述)。あるいは、そもそも、健康体にスパイクを抗原として作らせるmRNA生物製剤プラットフォーム戦略自体が間違っているのではないかということです。以前のブログ記事(→mRNAを体に入れていいのか?)で懸念していたことが、現実のものになろうとしています。

1. ワクチン接種に伴う死亡例

厚生労働省は、これまでのワクチン接種に伴う85人の国内死亡例をひっそりと報告しましたが、それを女性セブンが取り上げていました [1]。それを私は以下のようにツイートしました。FT(Finatial Times)が報道した英国のAZ(アストロゼネカ)社ワクチンの接種に伴う死亡例(3300万人中56人)[2] と比較して、日本の死亡例(1400万人中85人)が多いのでは?という印象を述べたものです。

同時に厚労省の資料を再確認していたら、5月26日以降に新たに54件の死亡例があって計139件に増えたこと、そしてさらに6月4日までに57件に事例が加わり、合計196件の死亡例になったと記す新規資料が出されていました [3]。この資料についてはすぐに上記ツイートのリプライとして紹介がありました。

少なくとも1回の接種人口約1450万人に対する合計死亡例196人を考えると、100万人当たり約14人という割合になります。これは上記の英国の例(100万人当たり約2人)と比べると明らかに多いです。

米国では、2020年12月14日~2021年1月13日の期間、合計13,794,904回のワクチンが接種され(61.2%が女性)、6,994件の有害事象が報告されています [4]。全報告のうち,6,354 件(90.8%)が非重篤,640 件(9.2%)が重篤と分類され,そのうち 113 件(1.6%)が死亡となっています。したがって、接種後死亡率は100万人当たり約8人となり、日本と比べると低いです。

どの国もそうですが、死亡例として報告されているすべてがワクチン接種との因果関係について明確になっているものでないので、一概に比較するのも慎重にならざるを得ないところがあります。日本ではほとんどが評価不能とされています。しかしそれを考慮しても、日本の死亡の割合は高いような気がします。接種後数時間で亡くなった例もあります。

ここで国内のインフルエンザワクチンの有害事象例と比べてみましょう。厚労省平成28年度のデータを例として出しますが、接種者52,845,556人に対して重症報告者数が163人、死亡報告数が10人です [5]。死亡率は100万人当たりでは約0.2人となります。つまり、COVID-19ワクチンはインフルエンザワクチンに対して70倍の接種後死亡率になり、因果関係評価云々に関わらず、事象だけ比較すれば圧倒的に高いです。

そして、mRNAワクチンについては、そもそも副作用(ワクチン用の言い方では副反応)の程度と数が従来のワクチンと比べて異常なくらい大きいことも問題です。もし、これがインフルワクチンであったら打つのを躊躇するだろういうレベルで起こっています。副作用は免疫反応の強さが現れていると説明する専門家もいますが、mRNAワクチンだったらなぜそれが許されるのかという矛盾があります。

いずれにせよ、重篤な有害事象や死亡例については原因をきちんと追跡調査することが必要でしょう。問題は厚労省がきちんとそれができるか、情報を逐次公開できるかというということですが。どうも厚労省は、今後とも、ワクチンとの因果関係を認めるつもりはないのではないかというフシが見られます。メーカーとの契約が絡んでいるのでしょうか?

2. ワクチン接種の効果と影響ー欧米と日本の差異

個人的に思っていることとして、ワクチンの効果と影響については欧米と日本は少し異なるのではないかということです。今日付けのworldometerの統計値を見ると、100万人当たりのSARS-CoV-2陽性者数は、米国102,952、英国66,487であり、日本の6,071に比べるとそれぞれ17倍、11倍です。

米国、英国ではワクチンを受ける前から既に感染していた人が多く、ある程度の免疫ができていたことが考えられます。つまり、"生ウイルスワクチン"を受けたその上で1回目の核酸ワクチン接種を受けたということであり、その場合の効果や影響については、日本とは少し異なるかもしれません。

もとより、西洋諸国や日本で使われている現行のワクチンは、AZ社のアデノウイルスベクターを利用したDNAワクチン、またはファイザー/ビオンテック社、モデルナ社のmRNAワクチンという、DNAとRNAの差はありますが、いずれもスパイクタンパク質をコードする核酸配列を体に入れるものです。体の中で実際に「スパイクが作られることによって及ぼされる影響」についてはよくわかっていないところがあります。

そして、主として欧米人の治験データに基づいて決められた用量を、体格、体重が異なる日本人にそのまま適用しているのも問題だと思います。特に女性や若年者の場合は、副作用や有害事象の程度が大きくなる可能性があります。

3. 核酸ワクチンへの懸念ーDefenderの記事から

すでに、AZのDNAワクチンでは血栓を生じる問題が明らかになり、接種を中止している国もあります。血栓を作るメカニズムも明らかにされており、そのメディア報道もあります [2]。すなわち、細胞核内でスパイクタンパクをコードするDNAの一部がスプライシングされることで変異体が作られ、重要な免疫を司る細胞に結合することができなくなり、浮遊した変異型タンパク質が細胞から血管内に分泌され、血栓を誘発するというメカニズムです。この現象は10万人に1人の割合で起こるとされています。

ここで疑問なのは、変異型タンパクで血栓を生じるなら、mRNA翻訳物のスパイクタンパクやその分解物でも生じるように思えるのですが、それを否定できる証拠はあるのでしょうか。つまり、ワクチンmRNAはヒトのRNA編集(APOBECによるC→U変異 [6])の影響を受けて、変異タンパク質をつくることはないのでしょうか。

mRNAワクチンについては、時期的に少し前(2021年2月10日)になりますが、Defenderが懸念を示す記事を出しています [6]。それをここで紹介したと思います。以下の3.1〜3.4は、筆者が記事を翻訳したものをまとめたものです。

3.1 小児リウマチ専門医の警告

小児リウマチ専門医のJ・パトリック・ウィーラン博士(J. Patrick Whelan)は、2020年12月、米国食品医薬品局(FDA)に対して公開資料を送り、SARS-CoV-2スパイクタンパクに対する免疫を作るために設計されたmRNAワクチンが、かえって傷害を引き起こす可能性について注意を促しました。ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンは、まだ安全性試験で評価されていない面として、脳、心臓、肝臓、腎臓に微小血管障害(炎症や微小血栓と呼ばれる小さな血の塊)を引き起こす可能性があると警告しました。

残念ながら、ウィーランの警告は深刻に受け取られず、米政府は限られた臨床試験のデータに頼ることになりました。特に小児に対するワクチンの安全性を保証するための追加試験は求められませんでした。

では、なぜウィーランは、mRNAワクチンが血栓や炎症を引き起こすことを心配したのでしょうか?

SARS-CoV-2に感染した場合、肺以外の多くの臓器に広範な障害が発生するという、特異かつ致命的な症状があります。世界中の臨床医は、このウイルスが心臓の炎症、急性腎臓病、神経障害、血栓、腸管障害、肝臓障害などを引き起こす可能性を示す証拠を目にしてきました。しかし、意外なことに、肺以外の臓器でのウイルスの存在は非常に限られているか、観察されないという事実があるのです。ここが重要なポイントです。

3.2. COVID-19による心血管合併症

COVID-19は当初、呼吸器系の感染症と考えられていましたが、その後、この感染症が心臓をも脅かすことが明らかになってきました。COVID-19で入院した人の約4分の1が心筋梗塞を起こし、多くの人が不整脈血栓塞栓症を発症することが報告されています。

COVID-19から回復した100名の患者を追跡調査した研究では、78%の患者でMRIスキャンによる心臓の病変が認められ、60%の患者で心筋の炎症が進行していることがわかりました [7]。これらの所見は、感染症の重症度、病気の全体的な経過、最初の診断からの時間とは無関係でした。

2020年10月、研究者らはCOVID-19による死亡後の心臓をより詳細に調査し、心臓の損傷は一般的であるけれども、炎症よりも血栓によるものが多い、ミクロトロンビ(小さな血栓が頻繁に見られる ことを明らかにしました [8]。そして、心筋の壊死や微小血栓を作ることにおいて、ウイルスの心臓への直接侵襲が大きな役割を果たしているとは考えにくいとされました。

イェール大学の循環器内科医であるHyung Chun博士は、血管を覆う内皮細胞が炎症性サイトカインを放出する可能性があり、それが身体の炎症反応をさらに悪化させ、血栓の形成につながると指摘しています。「炎症を起こした」内皮は、COVID-19の回復を遅らせるだけでなく、心筋梗塞脳卒中のリスクに寄与する重要な因子であると考えられます。

その後、先月発表された研究では、COVID-19の感染により死亡した40名の患者において、微小血栓による心筋細胞の壊死が確認され、心筋梗塞の主要な原因であることが明らかになりました。

3.3. COVIDによる神経系の合併症

COVID-19患者には、頭痛、運動失調、意識障害、幻覚、脳卒中脳出血などの膨大な数の神経学的症状が見られます。一方で、剖検調査では、ウイルスが患者の脳に侵入したという明確な証拠はまだ見つかっておらず、研究者たちは、SARS-CoV-2が神経症状を引き起こすという原因については、別の説明が必要と考えています

昨年4月に病院で死亡した神経症状を呈するCOVID-19患者18人を対象とした研究では、患者の脳の中でわずか5人から、かつ非常に低いレベルのウイルスRNAしか検出されませんでした [9]。このRNA濃度の低さから、人々が経験している深刻な神経症状がウイルスの直接侵入によるという可能性は低いとしています。

2021年2月4日付の New England Journal of Medicine 誌に掲載された分析では、COVID-19で死亡した患者の脳に微小血管の損傷が見られましたが、ウイルスの証拠はなかったと、国立神経疾患・脳卒中研究所の研究者が報告しています [10]。著者らは、「COVID-19で死亡した患者のサンプルにおいて、磁気共鳴顕微鏡、病理組織学的評価、および対応する切片の免疫組織化学的分析を行なったところ、脳と嗅球に多巣性の微小血管損傷が観察されたが、ウイルス感染の証拠はなかった」と報告しました。

3.4. スパイクタンパク質の悪影響の可能性

COVID-19に関連して肺より遠方のさまざまな臓器に傷害を与える原因は、ウイルス感染ではないとしたら、ほかに何が考えられるでしょうか?

最も可能性の高い原因は、ウイルスの外殻から血中に放出されるスパイクタンパク質であると考えられます。後述の研究 [11] では、COVID-19患者において、ウイルスのスパイクタンパク質が遠方の臓器に損傷を与えるきっかけとなる一連の事象を引き起こすことが報告されています。そして、懸念されることは、いくつかの研究では、ウイルスの痕跡がなくても、スパイクタンパクだけで、体全体に広範な損傷を引き起こす能力があることが分かっていることです。

脳に霞がかかったようなと称される神経症状(いわゆるブレイン・フォグ [brain fog])も、スパイクタンパクの影響によるものと推察されますが、これからの研究で明らかになっていくでしょう。

これらの症例の関係で非常に困るのは、モデルナ社とファイザー社の COVID-19 mRNAワクチンが、私たちの細胞にSARS-CoV-2のスパイクタンパクを製造するようにプログラムされていることです。つまり、体の中にスパイクタンパク質をもつ細胞が存在するようになることです。これらのワクチンは、完全長のスパイクタンパク質を生成するmRNAで構成されています。

2020年12月16日付けで Nature Neuroscience 誌にオンライン掲載された研究論文では、市販のCOVID-19スパイクタンパク(S1)をマウスに注射すると、血液脳関門を容易に通過し、調べた11の脳領域すべてで発見され、脳実質空間(脳内の機能組織)に入っていくことが実証されています [11]

翻訳を中心としたDefender記事の説明は以上です。

4. mRNA型生物製剤プラットフォームの問題

前のブログ記事(→mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出)でも示したように、mRNAワクチンの接種で、スパイクタンパクだけでなく、その分解物であるS1が注射部位と関連する局所リンパ節を超えて全身に広がることが報告されています。その持続性は2週間とされていますが、mRNAとともに、もっと長期間にわたることもあり得るでしょう。いまは、十分に調べられていないだけです。

最も危惧されることとして、従来のワクチン(生ワクチンや不活化ワクチン)と遺伝子ワクチンの根本的な違いであり、後者において、スパイクタンパクを産生する細胞そのものが、細胞性免疫の攻撃対象になりはしないかということです。スパイクの分解物が全身から検出されるということは、それを暗示しています(→mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出)。

つまり、メチルシュードウリジン修飾のワクチンmRNAが、宿主のRNA感知センサーを回避し、免疫抑制を行なう(抑制性T細胞を誘導する) [12] ことで合成スパイクの寿命が延び、スパイクを抱えたエクソソームが全身に広がることが考えられます。一方で、一旦特異的抗体産生能を獲得すると、今度は追加接種に応じて自然免疫の攻撃を受けるチャンスも広がるという矛盾した複雑な関係が生まれます。

すなわち、1回目の接種はまだいいですが、液性免疫が成立した(抗体を獲得した)後の追加接種は、スパイクを産生する全身の細胞が抗体依存的に自然免疫の攻撃を受ける抗体依存的細胞傷害(ADCCが起きる可能性があります。このような自己免疫性疾患は、抗体依存性免疫増強(ADE)の可能性やスパイクタンパクの毒性とともに、mRNAワクチンの根本的欠陥を示しているように思われます。

COVID-19のmRNAワクチンの開発が始まったのは1年以上も前です(→集団免疫とワクチンーCOVID-19抑制へ向けての潮流)。おそらく、その時点では、細胞のタンパク質合成プロセスのリスクやスパイクタンパク自身の毒性や悪影響については何も情報がなく、分子生物学と免疫学の理論上の話と局所最適化という技術面だけでそれが抗原として選択され、mRNAが設計された可能性があります。そして、1年経過してスパイク自身の問題点が徐々に明らかになってきたと言えますが、緊急性とリスク/ベネフィット比を考えて、もはややり直しは効かず、突っ走ったということでしょう。ワクチンを巡る利権もあるでしょう。

しかし、やはり、有害事象や副作用を十分に検証する時間がなかったという意味では、時期尚早であった、あるいは根本的に戦略が間違っていたということではないでしょうか。

米国の研究チームは、mRNAワクチンは、急性の有害事象を示さなければ、基礎疾患を持つ高齢者にも有益であるはずだが、特に健康な人や若年層、子供に接種した場合には、長期的な影響を慎重に検討する必要があると指摘しています [13]。そして、SARS-CoV-2の感染者やスパイクタンパク質ベースのワクチンを接種した人から得られるデータを評価するだけでなく、ヒト細胞や適切な動物モデルにおけるSARS-CoV-2スパイクタンパク質の影響をさらに調査する必要があると述べています。

米国CDCは最近、mRNAワクチン接種に伴う若年層の心筋炎心膜炎の発生を報告しています [14]。しかし、現在のところ、稀なケースでもあり、すぐに回復することやCOVID-19ワクチン接種の既知および潜在的な有益性は、これらの有害事象の可能性を含む既知および潜在的なリスクを上回るとして、12歳以上の接種を推奨しています。ただ、この事象については緊急会合を開き対応を協議するようです。

局所最適化と特異性を向上させたmRNAワクチン戦略は、理論的、技術的には妥当でも未知の危険性の可能性の検証を時間的・政治的都合で排除したという面においては、そもそも間違いだったという気がしますし、人間の浅はかさを見るような思いもします。病気の治療に使うと言うならまだしも、健康体にmRNAを接種してタンパク質を作らせるというのは、やはり大きなリスクを伴うということでしょう。

これまで上市されている遺伝子治療用の核酸医薬品は、すべて数十塩基の配列として作られており、遺伝子の異常を修復して、体に必要なタンパク質を正常に作らせるものです [15]。一方、いまのmRNAワクチンは、もともと体にない、かつ毒性の疑いがあるタンパク質を接種者の細胞に作らせるものです。この意味で全く新しい試みであり、当初からリスクを伴うものであった(それが分かっていた)と言えます。

おわりに

厚労省が発表したmRNAワクチン接種後の死亡例では、原因がくも膜下出血脳出血脳梗塞、急性心不全心筋梗塞など、素人目にも明らかに循環器系統の障害が目立っています [3]。上記のCOVID-19の症例やスパイクタンパク質に関する研究を考えると、体内で翻訳・合成されたスパイクタンパクの影響、あるいはスパイク合成細胞への自己免疫反応を疑わせるものですが、現在は評価不能となっています。この先ずうっと評価不能とすることで、「ワクチンが原因で死亡したと認められた事例はない」という詭弁を展開するものと予想されます。

ワクチン接種先進国であるイスラエルと英国では新規陽性者数が減少していますが、部分的ロックダウンの影響もあるので、ワクチンによる感染予防ができた、それが維持できると見なすのは早計です。事実英国ではリバウンドの傾向が見えています。イスラエルもこれに続くでしょう。特異性を高めたmRNAワクチンと液性免疫(中和抗体)が長続きしないコロナウイルスの宿命のような気がします。

免疫の同調性や持続性を得ることが難しい中で、このパンデミックが終息するためには、結局、ほとんどの人が自然感染するか、徹底的な非医薬的介入を行なうしかないように思います。mRNAワクチンが、たとえ一時的には重症化や死亡の防止には有用であったとしても、副作用の頻度や大きさを考慮すれば、敢えて接種する必要はないと感じるところです。これがこのワクチン戦略が失敗と思う理由です。

最後に、mRNAドラッグブラットフォームは、病気治療や健康障害の遺伝子治療に向けられるもので、健康な大勢の人(特に若者や子供)に接種するワクチンという使い方は避けるべきと思います。抗体価が長続きしないという問題を、繰り返しの接種(ブースター接種)で解決しようとする意図も間違いだと思います。これから、健康な人のmRNAワクチン接種後の体調不良やlong-COVID(→"Long COVID"という病気に似た事例が急増するのではないかと懸念します。

ワクチンはスパイクコードのmRNA/DNAではなく、国内産の不活化ウイルスワクチン、あるいは複数の抗原エピトープをカバーする組換えタンパクを広めるのが(たとえ効力は落ちても)賢いやり方だと個人的には思います。不活化ワクチンは、今のmRNAワクチンンに比べて、特異的にスパイク中和抗体を誘発する能力は小さいと思われますが、幅広いタンパク質に対する細胞性免疫を誘発でき、ウイルスの変異に対しても、持続性があると想像できます。少なくとも、タンパク質合成細胞自身が自己免疫の攻撃対象になることは防止できるし、国内産であれば、外国のメガファーマの思惑や契約に縛られるということは軽減できるでしょう。

引用文献・資料

[1] NEWポストセブン:新型コロナワクチン 接種直後に急死した日本人85人詳細データが公表. 2021.06.04. https://www.news-postseven.com/archives/20210604_1665296.html?DETAIL

[2] Gross, A.: Scientists claim to have solved Covid vaccine blood-clot puzzle. Finatial Times May 27, 2021. https://www.ft.com/content/f76eb802-ec05-4461-9956-b250115d0577

[3] 厚生労働省: 新型コロナワクチン接種後の死亡として報告された事例の概要. 2021.06.09. https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000790071.pdf

[4] Centers for Disease Control and Prevention (CDC): First month of COVID-19 vaccine safety monitoring — United States, December 14, 2020–January 13, 2021. MMWR 70, 283–288 (2021). https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/70/wr/mm7008e3.htm

[5] 厚生労働省平成28年シーズンのインフルエンザワクチン 接種後の副反応疑い報告について. 医薬品・医療機器等安全性情報 No.349, 2017.12.
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11120000-Iyakushokuhinkyoku/0000189772.pdf

[6] Simmonds, P.: Rampant C→U hypermutation in the genomes of SARS-CoV-2 and other coronaviruses: causes and consequences for their short-and long-term evolutionary trajectories. mSphere. 5, e00408-20 (2020). https://doi.org/10.1128/mSphere.00408-20

[6] Redwood, L.: Could spike protein in Moderna, Pfizer Vaccines cause blood clots, brain Inflammation and heart attacks? Defender. Feb. 10, 2021. https://childrenshealthdefense.org/defender/moderna-pfizer-vaccines-blood-clots-inflammation-brain-heart/

[7] Puntmann, V. O. et al.: Outcomes of Cardiovascular Magnetic Resonance Imaging in Patients Recently Recovered From Coronavirus Disease 2019 (COVID-19). JAMA Cardiol. 5, 1265–1273 (2020). https://jamanetwork.com/journals/jamacardiology/fullarticle/2768916

[8] Phend, C.: COVID heart autopsies point more to clot damage than myocarditis. MEDPAGE Today Oct. 15, 2020.
https://www.medpagetoday.com/meetingcoverage/tct/89143

[9] Zimmer, K.: COVID-19’s effects on the brain. The Scientist. Jan. 20, 2021. https://www.the-scientist.com/news-opinion/covid-19s-effects-on-the-brain-68369

[10] Lee, M.-H. et al.: Microvascular Injury in the Brains of Patients with Covid-19. N. Eng. J. Med. 384, 481–483 (2021). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2033369#_blank

[11] Rhea, E. M.: The S1 protein of SARS-CoV-2 crosses the blood–brain barrier in mice. Nat. Neurosci. 24, 368–378 (2021). https://www.nature.com/articles/s41593-020-00771-8

[12] Krienke, C. et al.: A noninflammatory mRNA vaccine for treatment of experimental autoimmune encephalomyelitis. Science 371, 145–153 (2021). https://doi.org/10.1126/science.aay3638

[13] Suzuki, Y. J. & Gychka, S. G.: SARS-CoV-2 spike protein elicits cell signaling in human host cells: Implications for possible consequences of COVID-19 vaccines.  Vaccines 9, 36 (2021). https://doi.org/10.3390/vaccines9010036

[14]  Centers for Disease Control and Prevention (CDC): Myocarditis and pericarditis following mRNA COVID-19 vaccination. Updated May 27, 2021. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/vaccines/safety/myocarditis.html

[15] 井上貴雄ら: 核酸医薬開発の現状と今後の展望. Drug Delivery System 34, 86–98 (2019). https://doi.org/10.2745/dds.34.86

引用したブログ記事

2021年5月27日 mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出

2020年11月17日 mRNAを体に入れていいのか?

2020年10月12日 "Long COVID"という病気

2020年3月21日 集団免疫とワクチンーCOVID-19抑制へ向けての潮流

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

SARS-CoV-2のPCR検査陽性はリアルタイムの感染を意味しない?

はじめに

COVID-19患者が、初感染から回復してから時間が経ち、ウイルスに再暴露されていないにもかかわらず、PCR検査で陽性となるというのは、このパンデミックの初期からの不可解な謎でした。この謎を解く論文が米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されたのは先月(2021年5月)です [1]。前のブログ記事でもそれを紹介しました(→新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる)。

先行のプレプリントは昨年の12月にバイオアーカイヴbioRxivで公開されていますが [2]、このPNAS論文では、その内容の問題点を解決し、発展する形で出版されています。すなわち、ヒト培養細胞を使って、感染したSARS-CoV-2のRNAが逆転写されてゲノムに組み込むこまれ、患者由来の組織でも発現することができるということを証明しています。

この論文の責任著者である米国ホワイトヘッド研究所/マサチューセッツ工科大学(MIT)の生物学教授、ルドルフ・イェーニッシュ博士とリチャード・ヤング博士(ともに米国科学アカデミー会員)は、この研究の経緯についてGEN-GEN-Genetic Engineering & Biotechnology Newsの独占インタビューに答えています [3](下図)。ここではこのインタビュー記事を翻訳しながら、紹介したいと思います。

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1. PNAS論文の研究の経緯と意義

イェーニッシュは、上記のCOVID-19患者の回復時におけるPCR検査の再陽性の現象に非常に驚いたと言っています。「私たちは、通常のライフサイクルでゲノムに統合されるレトロウイルスを研究してきたので、通常それが起こらないSARS-CoV-2が、レトロウイルスのようなトランスポゾン因子に乗っ取られて組み込まれるのではないか、その結果、感染力のあるウイルスが存在しなくても、PCRで検出可能なウイルス配列が長期間にわたって発現する可能性があると考えた」とインタビューに答えています。

イェーニッシュらの研究チームは、3つの独立した塩基配列決定法(→ブログ記事参照)を用いて、感染させたヒトHEK293T細胞の培養液や患者由来の組織に、ヒト-ウイルスのキメラ転写産物が存在することを示し、SARS-CoV-2のゲノムRNA配列の断片のDNAコピーがヒトゲノムに組み込まれ、さらにRNAに転写されることを実証しました。

この統合が起こるメカニズムの少なくとも1つは、LINE1因子が関与したものです。LINE1とは、RNAを鋳型としたDNAへの逆転写によってゲノム部位に自分自身(および他の配列)を挿入することができる自律的なレトロトランスポゾンです。研究員らは、組み込まれたウイルス配列に隣接するヒトのDNA配列の大部分に、コンセンサスまたはさまざまなLINE1認識部位が存在することを見いだしました。

これらの斬新な発見は、パンデミックの中にあるということでまったく当然のごとく、科学界で激しい議論と批判を巻き起こしました。

まずは、オーストラリア国立大学の科学者であるガエタン・バージオGaetan Burgio博士は、コンソーシアム研究チームを率いて、イェーニッシュのチームによる初期の研究を再現しようと試みましたが、失敗に終わりました。

バージオはGENに対して次のように述べています。「ヒトゲノムに挿入されたウイルスの断片は、ゲノムに付着したランダムなウイルス断片のようなものだ。これらの配列は、ライブラリの調製、PCRでのコンタミ、および配列決定の際のアーチファクトであると考えられる。たとえば、これらの配列では、ウイルスゲノムのpoly(A)テールが欠落しており、ウイルスゲノムの3'末端もこれらのキメラ配列には見当たらない。ウイルスゲノムが組み込まれるということは、ナンセンスだ」。

また、最近公開されたバイオアーカイブプレプリントでは、RNAシークエンシングによって検出されたヒトSARS-CoV-2キメラ転写産物は、真の逆転写、統合、発現ではなく、サンプル前処理によるアーチファクトとして生じた可能性が高いと指摘されています。

エール大学医学部実験医学科の助教授であるエレン・フォックスマンEllen Foxman博士は、同様な懸念があるとし、「この論文についての私の全体的な見解として、データはSARS-CoV-2ゲノムの断片がヒト細胞に統合されることを示しているが、著者たちの考察以外の説明も可能であるということだ」と述べました。ただ、彼女は探索的な基礎研究は、長期的には非常に重要であり、私たちの体やウイルスがどのように機能するのかをより深く理解するのに役に立つ」と付け加えています。

イェーニッシュは、先行して公開されたプレプリントの結論は「不運」であり、その知見は強力な証拠に裏付けられていなかったことを認めています。つまり、配列決定のためにcDNAライブラリを調製する際に、キメラRNAが人工的に生成される可能性があり、ゲノムに組み込まれたことを示す直接的な証拠がなかったということです。しかし、今回のPNAS論文は、LINE1を介したレトロポジションによってゲノムへの組み込みが起こる明確な証拠を示しており、他者からは反論の余地がありません。

イェーニッシュ氏のチームが探るべき重要な問題は、ウイルスの配列が患者のゲノムに組み込まれ、発現するかどうかということでした。ゲノムDNAにまれに起こる統合現象を直接証明することは技術的に困難であるため、この疑問には間接的にしか答えられません。しかし、細胞内でより多くのコピー数で存在する、転写されたウイルスRNAの配列の「センス」または「方向性」を分析すれば、重要な手がかりが得られます。

SARS-CoV-2のRNAは、そのままmRNAとなり得るポジティブセンスRNA鎖(5'-3')です。したがって、SARS-CoV-2が宿主細胞に感染して複製する際には、プラス鎖が優勢となります。「SARS-CoV-2が宿主細胞に感染して増殖するとき、プラス鎖が優勢になるはずだが、そうではなかった。DNA解析の結果、半々であることがわかった」とイェーニッシュは言っています。

すなわち、ウイルスが活発に複製されている感染細胞では、マイナス鎖のウイルスRNA数は1,000以下でしたが、ウイルス複製の臨床的証拠がない患者由来の組織では、ウイルス転写物の最大50%がマイナス鎖であることがわかったのです。

これは、2つの結論を導く非常に説得力のある証拠だった。1)患者の体内には、実際にこれらのウイルス配列が組み込まれている可能性があること、2)それらが発現する可能性があること、という結論だ」とイェーニッシュは述べています。著者らは、感染したヒトHEK293T細胞と患者由来の組織の両方から、マイナス鎖RNAを含むキメラ配列を検出しました。

ヒトの細胞培養で得られたウイルス統合の証拠に関する懸念の1つは、生体内でも同じことが言えるのかということです。イェーニッシュは、マイナス鎖のウイルスRNAに融合したヒトの細胞内RNAは、ゲノム統合以外の説明ができない、DNAではむずかしいけれどもRNAはコピーをたくさん作るので検出しやすい、と述べています。つまり、ウイルスのゲノムへの組み込みが起こり、転写されていることを示唆しています。

ヒト細胞における逆転写システムの生理的レベルは非常に低く、SARS-CoV-2の細胞内統合には不十分であると主張する人もいます。イェーニッシュのチームは、まれな組み込み現象を検出するために、SARS-CoV-2を感染させる前にHEK293T細胞にLINE1をトランスフェクトし、その発現レベルを高めています。このため、検出されたキメラ転写産物の生物学的関連性を疑問視する声も上がりました。

バージオは、これらの組み込み事象は、LINE1の転位因子が強く過剰発現している状況下で発見されたものであって、現実の環境では見られない、と述べました。

しかし、LINE1の発現は、ストレスを受けた細胞で誘導されるとイェーニッシュは反論しています。「ストレスは、ウイルスの感染、サイトカインの暴露、加齢、がんなどによって引き起こされる。つまり、患者がSARS-CoV-2に感染すると、LINE1が誘導され、それによってゲノム組み込みが促進されると言えるのではないか...非常に明快な可能性だ」。研究チームは、ウイルス感染によるLINE1の誘導を裏付ける証拠を提示していますが、同様の結果は、他のグループでも観察されています。

ヤングは、「ここでの合理的な仮説は、ウイルス感染のストレスが逆転写酵素のレベルを上昇させたということだ」と付け加えました。ホワイトヘッドチームは、この仮説を確認するための実験を進めているようです。

これらのウイルス断片の統合部位に特異性があるかどうかは、技術的な問題が主な原因で、現在のところ未解決です。「これらは稀な組み込みである。細胞が死んでしまうので、これらの細胞をクローン化することはできない。集団のスナップショットがあるだけだ。レトロウイルスでできるような実験は、ここではできない」とイェーニッシュは述べています。また、ヤングは、予備的なデータでは、統合の部位がたくさんあることが示唆されていると付け加えています。

2. 懸念の表明

このように統合されたウイルス配列が、感染性ウイルスを生成し、宿主のDNAを変化させて悪影響を及ぼす可能性については、多くの議論がなされています。

フォックスマンは、この論文で提案されているような極めて稀な現象が、人間の健康に害を及ぼしたり、生きたSARS-CoV-2ウイルスが生成されたりするという証拠は示されていないと述べています。イェーニッシュもこれに同意し、発見された統合DNAは最大でウイルスゲノムの5%、1,600塩基であるであることを挙げながら、これらの配列から感染性ウイルスが作られることは、絶対にありえない、と強調しています。

しかし、SARS-CoV-2のPCR検査の解釈は、今回の結果を受けて、さらに複雑なものとなりました。つまり、PCR検査が陽性であっても、ウイルスを排出していることを意味するものではない、というのが明確な結論です。つまり、検査陽性が、必ずしもウイルスが排出されていて感染しているということにはならないということです。

もう一つ、今回の研究が大きな反響を呼んだのは、mRNAワクチンが同様にヒトのDNAに組み込まれて悪影響を及ぼす可能性があるかどうか、という大きな議論があったからです。

フォックスマンは、「今回のような議論を呼ぶ結果は、新しい分野の研究の動機付けとしては重要であり、最終的には大きな発見につながる。しかし、この論文が現在のパンデミックにおける患者の治療やワクチンに重要な意味を持つと過剰に解釈するのは間違い」と述べています。"

いかなるワクチンのmRNAにおいても、同じことが起こると考える理由は全くない。ウイルスのスパイクタンパク質のmRNAは、ごく一部である。ワクチンはLINE因子の逆転写酵素を誘導するものではない」とヤングは述べています。同時に彼は、ワクチンは、長期にわたる深刻な衰弱性疾患や死の可能性から守っているというベネフィットを強調しています。

イェーニッシュらのプレプリントをめぐる騒動は、科学的プロセスにおけるプレプリントの有用性についても疑問を投げかけています。イェーニッシュはプレプリントの有用性は認めつつも、論文の公開を前提とした査読の議論をすることは望んでいなかったにもかかわらず、実際に公開の議論になったことは非常にトラウマになった、と語っています

科学的批判は真実についての見解を得るための重要な部分であり、それがプレプリントの形で起こるかどうかは関係ないけれども、一部の科学的観察が政治的またはその他の目的のために利用されている感情的な環境では、議論の有用性は曲げられてしまう、とヤングは付け加えています。

ホワイトヘッド・チームの研究結果は、多くの疑問を残しています。イェーニッシュは、「重要な疑問は、これらの統合された配列は翻訳されているのか、ということである。もし翻訳されていれば、細胞表面に提示され、自己免疫反応を引き起こす可能性がある」と述べています。すでに、COVID-19の患者の中には、新しい自己抗体のレベルが上昇しているという研究結果もあります。

イェーニッシュとヤングの研究チームは、患者のどの組織にウイルス配列が発現しやすいかを明らかにすることを目的として、Brigham and Women's Hospitalと共同でヒトの組織サンプルの分析を進めています。

ヤングは、「既知のプロセスの理解に適合しないアイデアは、新しい理解を探る上で非常に貴重だ。これらのコロナウイルスがゲノムに統合する手段を持っているとは考えられていなかった。私たちは、それがLINE1/逆転写を介したメカニズムで起こりうることを提案したわけだ。当然のことながら、興味深い議論を引き起こすことになるだろう。私たちはその議論を歓迎する」と述べています。

同時に「私たちは科学的な議論を歓迎するが、政治的な動機による歪曲は歓迎しない」とイェーニッシュは述べています。

おわりに

今回のインタビュー記事を読んでみると、あらためて、イェーニッシュらPNAS論文の研究の経緯と彼らの考え方がよく理解できます。論文で明らかになったこと、そして考えられることをまとめると、以下のようになると思います。

・ウイルスのRNAがレトロポジション現象でヒトゲノムに組み込まれる

・COVID-19患者がすでにウイルスを排出していないにも関わらず、DNAに組み込まれたウイルス断片が転写され、PCR検査で陽性になる

・もし、DNAに統合されたウイルス断片からタンパク質ができるとするなら自己免疫疾患を引き起こす可能性がある

気になったのは、LINE1はストレスで誘導され、SARS-CoV-2の感染はその一つであると言っていますが、mRNAワクチンでは誘導されないと断定しているところです。mRNAワクチンがストレスにならないという理由はどこにあるのでしょうか。彼らが使ったHEK293T細胞にmRNAワクチンを導入して確かめたのでしょうか? もしそうでないなら、同じ実験系で確かめるべきではないでしょうか。 

引用文献・記事

[1] Zhang, L. et al.: Reverse-transcribed SARS-CoV-2 RNA can integrate into the genome of cultured human cells and can be expressed in patient-derived tissues. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2105968118 (2021). https://www.pnas.org/content/118/21/e2105968118

[2] Zhang, L. et al.: SARS-CoV-2 RNA reverse-transcribed and integrated into the human genome. bioRiv Posted December 13, 2020. https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.12.12.422516v1

[3] Sarker, A.A.: Eminent MIT Scientists Defend Controversial SARS-CoV-2 Genome Integration Results. GEN-Genetic Engineering & Biotechnology News. May 13, 2021. https://www.genengnews.com/insights/eminent-mit-scientists-defend-controversial-sars-cov-2-genome-integration-results/

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:ウイルスの話

 

mRNAワクチン接種は実験的遺伝子治療?

はじめに

いま世界中でCOVID-19用のワクチンが拡大しつつあり、日本でも急速に接種が進められています。この中でもmRNAワクチンが優先的に用いられており、ファイザー製とモデルナ製がその中心です。メディア報道では、パンデミック終息への切り札(game changer)になると期待されています。

一方で、mRNAワクチンは、ワープスピード作戦という前例のない短縮治験を経て緊急使用許可(emergency use administration)されたワクチンであり、mRNAの人体導入という人類初の試みであることも忘れてはいけません。だからこそ、未知の負の影響があるかもしれないということも想像されるわけですが、現段階では誰にもそれはわかりません。リスク/利益比が圧倒的に小さいというスラムダンク状態では、専門家がワクチンの負の影響についてまともに言い出すこともないでしょう。

そのような中、前のブログ記事でも取り上げたように(→mRNAワクチンの潜在的悪影響を示唆するSeneffらの論文の意味)、ワクチン接種の負の効果を推測したステファニー・セネフ(Stephanie Seneff)博士らの総説論文 [1] は一石を投じています。この論文ではmRNAワクチンについて「mRNAワクチンは、スパイクタンパク遺伝子をヒトのDNAに組み込む可能性のある実験的な遺伝子治療」と評しています。生命科学やワクチンの専門家であれば絶対言わないような、ある意味無謀な推論がこの総説には書かれており、だからこそ逆に一読しておくことも必要だと思われます。

ここでは、論文中で最後のセクションとして書かれている"Potential for Permanent Incorporation of Spike Protein Gene into human DNA"(スパイクタンパク質遺伝子のヒトDNAへの永続的な組み込みの可能性)について、全翻訳をあげながら紹介したいと思います。

以下、筆者による翻訳ですが、分かりやすくするために適宜補足説明や意訳を加えている他、原総説にあるいくつかの引用文献も示しています。

                  

Potential for Permanent Incorporation of Spike Protein Gene into human DNA

mRNAを用いたワクチンは、標的抗原タンパク質をコードする遺伝子をDNAウイルスに組み込んだDNAワクチンに比べて、より安全といわれている。それは、RNAが不用意にヒトのゲノムに組み込まれることがないとされているためだ。しかし、それが正しいかどうかはまったく不明である。DNA→RNA→タンパク質という古典的なモデル(セントラルドグマ)は今では通用しない。議論の余地がないことであるが、RNAを相補的なDNA(cDNA)に逆転写する遺伝子を持つ、レトロウイルスと呼ばれる大きなグループのウイルスが存在するという事実がある。 1975年、ハワード・テミン(Howard Temin)、レナート・ダルベッコ(Lenato Dulbecco)、デビッド・ボルティモア(David Baltimore)の3人は、RNAからDNAを合成する逆転写酵素およびそれを有するレトロウイルス(ヒト免疫不全ウイルス、HIV)の発見で、ノーベル生理学・医学賞を共同受賞した。その後、逆転写酵素はレトロウイルスに特有のものではないことが判明した。ヒトゲノムの3分の1以上は、SINELINE(それぞれ短鎖長鎖散在反復配列)と呼ばれる謎の移動性DNA因子によって占められている。LINEはRNAをDNAに変換するための逆転写酵素の機能を提供し、SINEはDNAをゲノムに組み込むためのサポートを行う。このように、これらの因子はRNAをDNAに変換してゲノムに組み込み、新しい遺伝子を後世に残すために必要なツールを提供する。

SINEとLINEは、レトロトランスポゾンと呼ばれる遺伝的因子の一種である。レトロトランスポゾンは、RNAを介してDNAをゲノム上の新しい位置にコピー&ペースト(転位)することができる。一方で、その過程で遺伝子に変化をもたらす可能性もある。レトロトランスポゾンは、「ジャンプ遺伝子」とも呼ばれ、50年以上前にニューヨークのコールド・スプリング・ハーバー研究所の遺伝学者バーバラ・マクリントック(Barbara McClintock)によって初めて発見された。彼女は、1983年、この研究でノーベル生理学・医学賞を受賞している。

驚くべきことに、レトロトランスポゾンは、世代を超えてその領域を拡大することができる。LINEとSINEは、協働しながら、DNAのRNAへの転写、DNAへの逆転写を通じてゲノムのATリッチ領域に侵入するという、新しいゲノム部位への転位を起こす。LINEとSINEは、長い間、ジャンクDNAと考えられてきたが、その重要な機能が認識されるにつれ、その考えは払拭されてきている。 重要なことは、外因性のRNAを宿主のDNAに取り込む働きがあることが明らかになっていることだ。マウスのゲノムに見られるレトロウイルス様の反復配列であるIAP(intracisternal A particle)は、ウイルスのRNAをマウスのゲノムに取り込むことができることがわかっている。外来の非レトロウイルス性RNAウイルスとIAPレトロトランスポソンの組み換えにより、ウイルスRNAが逆転写され、宿主のゲノムに組み込まれる [2]

さらに、後述するように、新しいSARS-CoV-2ワクチンに含まれるmRNAは、精子に発現したLINEやプラスミドに封入されたcDNAの助けを借りて、世代を超えて受け継がれる可能性もある。この予測可能な現象の意味するところは不明だが、広範囲に影響を及ぶ可能性がある。

1. 外因性および内因性レトロウイルス

また、mRNAワクチンに含まれるRNAが、レトロウイルスの助けを借りてヒトのゲノムに移行することも懸念されている。レトロウイルスは、ゲノム情報をRNAの形で保持しているが、そのRNAをDNAに逆転写して宿主のゲノムに挿入するための酵素を持っている。そして、宿主の既存の自然の道具を頼りに、DNAをRNAに戻す翻訳によってウイルスのコピーを生成している。すなわち、転写されたウイルスRNAが翻訳されてタンパク質がつくられ、その部品をもとに新しいウイルス粒子に組み立てられる。

ヒト内因性レトロウイルス(HERV)は、レトロウイルスに酷似したヒトのDNA内の良性の配列である。それは、もともと外因性レトロウイルスであったものが組み込まれる過程で、ヒトゲノム内の恒久的な配列になったと考えられている。内在性レトロウイルスは、すべての有顎脊椎動物に豊富に存在し、ヒトではゲノムの5〜8%を占めると推定されている。胎盤と子宮壁との融合や、受精時の精子卵子の融合ステップに必須となっているシンシチン(syncytin)というタンパク質は、内在性レトロウイルスタンパク質の好例である。シンシチンは、最近同定されたヒト内在性欠損レトロウイルスHERV-Wのエンベロープ遺伝子でコードされている。妊娠中における胎児は別の内在性レトロウイルスであるHERV-Rを高レベルで発現しており、母親からの免疫攻撃から自らを保護しているようである [3]。内在性レトロウイルス因子は、レトロトランスポゾンによく似ている。その逆転写酵素が発現すれば、理論的にはmRNAワクチンからスパイクタンパク質RNAをDNAに変換することができる。

2. 外来レトロウイルス遺伝子のDNAへの永続的統合

ヒトには数多くの外因性レトロウイルスが寄生しているが、これらのウイルスは多くの場合、宿主に害を与えず、共生していることさえある。外来性ウイルスは実験室で内在性ウイルスに変換することができる。すなわち、ウイルスを宿主のDNAに永久に組み込むことができる。ルドルフ・ヤーニッシュ(Rudolf Jaenisch)は、着床前のマウス胚にモロニーマウス白血病ウイルス(M-MuLV)を感染させた。この感染した胚から生まれたマウスは白血病を発症し、ウイルスのDNAが生殖細胞系列に組み込まれて子孫に伝わったという。ウイルスDNAの宿主ゲノムへの組み込み以外にも、DNAプラスミドをマウス胚の核にマイクロインジェクションすることで、実際に繁殖できるトランスジェニックマウスを作製できることが1980年に示された。プラスミドDNAは、既存の自然なプロセスによってマウスの核ゲノムに組み込まれ、新たに獲得した遺伝情報を子孫のゲノムに残すことができた。この発見は、それ以来、新たに獲得したヒト遺伝子を発現するように設計されたトランスジェニックマウスは、多くの遺伝子工学実験の基礎の材料となっている [4]

3. LINE-1は広く発現している

LINEはヒトゲノムの20%以上を占めている。最も一般的なLINEはLINE-1であり、基本的な生物学的プロセスを制御する逆転写酵素をコードしている。LINE-1は多くの種類の細胞で発現しているが、特に精子では発現レベルが高い精子細胞は、精子を介した遺伝子導入アッセイにより、外因性DNAおよび外因性RNA分子のベクターとして使用することができる。精子は、外因性のRNAを直接cDNAに逆転写し、このcDNAをパッケージ化したプラスミドを受精卵に送り込むことができる。これらのプラスミドは、胎児の体内で自己増殖し、胎児の多くの組織に存在することができる。実際、これらのプラスミドは、成人になっても染色体外構造として存在し、子孫に引き継がれる。これらのプラスミドは転写能力があり、含まれるDNAによってコードされるタンパク質の合成に使用することができる [5]

精子だけでなく、着床前の胚も逆転写酵素を発現しており、その活性阻害は発生停止の原因になる。LINE-1はがん細胞でも発現しており、RNA干渉を介してヒトLINE-1をサイレンシングすると、多くのがん細胞株で分化が誘導される。逆転写酵素は、がん細胞でも生殖細胞でも、新たな遺伝情報の生成に関与している。多くの腫瘍組織では、高レベルのLINE-1が発現しており、核内に多くの染色体外プラスミドが存在することがわかっている。悪性神経膠腫は中枢神経系の原発腫瘍である。悪性グリオーマは中枢神経系の原発腫瘍であり、これらの腫瘍からはDNA、RNA、タンパク質を含むエクソソームが放出され、それが通常の循環に乗ることが実験的に示されている。また、LINE-1は、全身性エリテマトーデス、シェーグレン、乾癬などの自己免疫疾患の免疫細胞でも高発現している。

4. ヒトゲノムへのスパイクタンパク遺伝子の統合 

特筆すべきこととして、アルツハイマー患者の脳から採取した神経細胞には、アミロイド前駆体タンパク質APPをコードする遺伝子の複数の変異体がゲノムに組み込まれており、これらは体細胞遺伝子組み換え(SGR)と呼ばれるプロセスによって作られることが明らかになっている [6]SGRには、遺伝子の転写、DNA鎖の切断、逆転写酵素の活性化が必要であり、これらすべてがよく知られているアルツハイマー病危険因子によって促進される可能性がある。APPをコードするDNAは、RNAに逆転写された後、再びDNAに転写され、鎖状に切断された部位でゲノムに組み込まれる*1RNAは突然変異を起こしやすいので、モザイク状にコピーされたDNAには多くの変異型遺伝子が含まれている。つまり、モザイク状になった細胞はAPPの複数の変異型を生み出すことができる。アルツハイマー病患者の神経細胞の染色体には、5億塩基対もの過剰なDNAが含まれていた [7]

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*筆者注1この文章は原文は以下のとおりですが、明らかに"reverse transcribed"と"transcribed"を取り違えていると思われます。

The DNA coding for APP is reverse transcribed into RNA and then transcribed back into DNA and incorporated into the genome at a strand break site.

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マサチューセッツ工科大学ハーバード大学の研究者たちは、2021年に世の中を騒動に巻き込む論文を発表した [8]。その論文は、SARS-CoV-2のRNAがDNAに逆転写され、ヒトのDNAに統合されるという強力な証拠を示していた。彼らの研究の発端は、COVID-19患者においてウイルスが体内から消失した後も多くが検査陽性反応を示していたことであり、そこから彼らのアイデアの検証が始まった。彼らは、COVID-19から回復した患者から、ウイルスのDNA配列と細胞のDNA配列が融合したキメラ転写産物を発見した。COVID-19は、重症化するとサイトカインストームを引き起こすことが多いため、サイトカインを含む細胞培養液を用いた in vitro 試験で、逆転写酵素の活性が高まっている可能性を確認した。その結果、サイトカインに反応して、内因性LINE-1の発現が2~3倍に増加することがわかった。ヒトのDNAに取り込まれたウイルスの外因性RNAは、感染が解消された後もウイルスタンパク質の断片をいつまでも生成する可能性があり、PCR検査では偽陽性となる*2

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*筆者注2:この「偽陽性」は"臨床診断上"の偽陽性という意味です。分析上では陽性です。また、ウイルスタンパクの断片(原文:fragments of viral proteins)と言っていますが、文脈から考えると"fragments of viral RNA"と言い換えた方が適切だと思います。

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5. 牛のウイルス性下痢症

BVD(Bovine Viral Diarrhea)は、世界中でみられる、牛が罹患するウイルス性の感染症である。病原体は小型で球形の一本鎖のエンベロープRNAウイルスであり、ペスティウイルスの一種である。この病気は、消化器系、呼吸器系、生殖器系の病気と関連している。BVDのユニークな特徴は、ウイルスが妊娠中の雌親の胎盤を通過することである。その結果、子牛は、細胞内のウイルス粒子を「自分自身」と勘違いしたまま生まれてくる。その子牛の免疫システムは、ウイルスを外敵として認識することを拒否する。その結果、子牛は生涯にわたって大量のウイルスを排出ことになり、牛群全体に感染させる可能性がある。このため、このようなキャリアの子牛を特定し、牛群から淘汰する感染抑制策が広く用いられるようになった。

女性がSARS-CoV-2のmRNAワクチンを接種し、その直後に子供を妊娠するという危険な状況が発生する可能性は、将来十分に考えられる。精子は、ワクチンからRNAを埋め込んだリポソームを自由に取り込み、LINE-1を使ってDNAに変換するかもしれない。その精子はスパイクタンパク質のコードを含むプラスミドを生成し、このプラスミドが上述のプロセスを経て受精卵に取り込まれる可能性がある。生まれてきた赤ちゃんは、免疫システムがスパイクタンパク質を「自己」とみなすことで、抗体を作ることができない可能性がある。万が一、その乳児がSARS-CoV-2に感染した場合、乳児の免疫システムはウイルスに対する防御機能を持たないため、ウイルスは乳児の体内で自由に増殖すると考えられる。このような状況では、論理的には乳児はスーパースプレッダーとなりえる。もちろん、これは現時点では推測の域を出ないが、レトロトランスポゾン、精子、受精、免疫系、ウイルスについての知見から、このようなシナリオを否定することはできない。本来プラスミドであるはずのDNAベクターワクチンの遺伝子因子が、宿主のゲノムに組み込まれることは、すでにマウス実験で実証されている [9]。実際、このようなプロセスは、後天的な形質の継承と定義されるラマルク進化の根拠として示唆されている。

かつて「ジャンクDNA」と呼ばれていたものがジャンクではないことがわかったのは、フラクタルゲノミクスに基づいた人間の言語、生物学、遺伝学の新しい哲学的パラダイムから生まれた成果の一つである [10]このパラダイムは、ペリオニシスが「真の物語表現」(TNR)の関わりと結びつけたものであり、人体の複雑な構造が正常に発達という高度な反復プロセスにおいて、「フラクタルテンプレートの反復」として実現されている*3。これらのプロセスは、肺、腎臓、静脈や動脈、そして最も重要な脳に数多く存在する。 mRNAワクチンは、SARS-CoV-2のスパイクタンパクのコードをヒトのDNAに組み込む可能性のある実験的な遺伝子治療である。このDNAコードは、大量のタンパク質性感染粒子のコピーの合成を指示するかもしれず、展開される物語に複数の偽シグナルを挿入し、予測不可能な結果をもたらす可能性がある。

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*筆者注3

この部分の英文(以下)はよく理解できませんでした。したがって、翻訳もいささか意味不明なものになっています。

a paradigm that Pellionisz has linked to the involvement of "true narrative representations" (TNRs), realized as “iterations of a fractal template” in the highly repetitive processes of normal development of the many branching structures of the human body.

                  

筆者あとがき

上記のように、セネフらの総説 [1] は、mRNAのヒトゲノムへの統合についてもきわめて興味深い考察を展開しています。ただ一言で表せば、想像と飛躍も混じった推論以外の何ものでもないということはあります。ところどころ既出論文の知見の上辺だけを抽出してきて、都合良く自らの推測の材料にしていることも否めません。

たとえば、引用文献 [8] にある「SARS-CoV-2のRNAの逆転写によるヒトのDNAへの統合」については、基本的にLINE-1の発現量を上げた培養細胞HEK293T細胞を用いてレトロポジション現象を再現しています。著者ら自身も「mRNAワクチンがコードしているスパイク遺伝子が細胞のDNAに組み込まれることを意味するものではない」と強調しています。ここはセネフらの総説ではスキップされています。とはいえ、COVID-19患者の治癒後の組織からマイナス鎖のウイルスRNAが検出されたことは事実です。

また、プラスミドベクターDNAワクチンの遺伝子が、宿主マウスのゲノムに組み込まれることが実証されているという部分 [9] では、ベクターDNAの導入にエレクトロポレーションが使われていることに注意が必要です。強制的にプラスミドDNAが導入されることで、細胞内に大量の外来DNAが存在する状態になり、この条件でマウスゲノムへのDNAの組み込みが起こったということです。ここも総説では省略されています。

とは言え、「RNAが不用意にヒトのゲノムに組み込まれることがないとされていることが正しいかどうかはまったく不明である」というのも事実です。いろいろな文献情報やウェブ上の情報をくまなく探しても、「mRNAがヒトのDNAに入ることはない」というワクチン推進派の人達の断定的主張が説得力をもつに足りうる実験的証拠は見当たりません。何もわかっていないという方がいいかもしれません。少なくともその理由として「ヒトには逆転写活性がないから」としばしば言われていることは、明らかに間違いです。

セネフらの論文は現状では専門家にほとんど無視されていますが、荒唐無稽だとして片付けることは、逆に科学的態度ではないという気がします。少なくとも彼女らが「結論」部分で提言しているmRNAワクチン接種後の追跡調査(→mRNAワクチンの潜在的悪影響を示唆するSeneffらの論文の意味)は必要でしょう。

ちなみに、日本医学連合では、COVID-19ワクチンについて提言を行なっており、その提言のなかに「長期的なワクチンによる有害事象の観察が必要です」という項目があります [11]。そこで「ファイザーとモデルナのCOVID-19ワクチンに含まれるmRNAは、分解されやすいため長期間細胞内に残存することはなく、またヒトの染色体に組み込まれることもないので、比較的安全性は高いことが予想されます」と強調しながらも、「mRNAを今後繰り返し投与する場合の安全性や脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle, LNP)に含まれる脂質の長期的な安全性はまだ明らかになっていません」と述べています。

引用文献

[1] Seneff S. and Nigh G.: Worse than the disease? Reviewing some possible unintended consequences of the mRNA vaccines against COVID-19. Int. J. Vac. Theo. Prac. Res. 2, May 10, 2021, 402.
https://ijvtpr.com/index.php/IJVTPR/article/view/23/34

[2] Geuking, M. B. et al.: Recombination of retrotransposon and exogenous RNA virus results in nonretroviral cDNA integration. Science 323, 393-396 (2009). https://doi.org/10.1126/science.1167375

[3] Luganini, A. & Gribaudo, G.: Retroviruses of the human virobiota: The recycling of viral genes and the resulting advantages for human hosts during evolution. Front. Microbiol. 11, 1140 (2020). https://doi.org/10.3389/fmicb.2020.01140.

[4] Bouabe, H. & Okkenhaug, K.: Gene targeting in mice: a review. Methods in Mol. Biol. 1064, 315-336 (2013). https://doi.org/10.1007/978-1-62703-601-6_23

[5] Pittoggi, C. et al.: Generation of biologically active retro-genes upon interaction of mouse spermatozoa with exogenous DNA. Mol. Reprod. Dev. 73, 1239-1246 (2006). https://doi.org/10.1002/mrd.20550

[6] Kaeser, G. E. & Chun, J.: Mosaic somatic gene recombination as a potentially unifying hypothesis for Alzheimers disease. Front. Genet. 11, 390 (2020). https://doi.org/10.3389/fgene.2020.00390

[7] Bushman, D. M. et al.: Genomic mosaicism with increased amyloid precursor protein (APP) gene copy number in single neurons from sporadic Alzheimers disease brains. eLife 4, e05116 (2015). https://doi.org/10.7554/eLife.05116

[8] Zhang, L. et al.: Reverse-transcribed SARS-CoV-2 RNA can iIntegrate into the genome of cultured human cells and can be expressed in patient-derived tissues. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2105968118. https://doi.org/10.1073/pnas.2105968118

[9] Wang, Z. et al.: Detection of integration of plasmid DNA into host genomic DNA following intramuscular injection and electroporation. Gene Therapy 11, 711-721 (2004). https://doi.org/10.1038/sj.gt.3302213

[10] Pellionisz, A. J.: The decade of fractogene: From discovery to utility -proofs of concept open genome-based clinical applications. Int. J. Syst. Cyber. Inform. 12-02, 17-28 (2012). http://www.junkdna.com/pellionisz_decade_of_fractogene.pdf

[11] 一般社団法人日本医学連合: COVID-19 ワクチンの普及と開発に関する提言. 2021.03.29. https://www.jmsf.or.jp/uploads/media/2021/03/20210329163647.pdf

引用した拙著ブログ記事

2021年5月31日 mRNAワクチンの潜在的悪影響を示唆するSeneffらの論文の意義

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

mRNAワクチンの潜在的悪影響を示唆するSeneffらの論文の意義

カテゴリー:感染症とCOVID-19

2021.06.03更新

はじめに

前のブログ記事で、最近出版された論文の中で気になっているものの一つとしてステファニー・セネフ(Stephanie Seneff)博士とグレグ・ナイ(Greg Nigh)博士の総説 [1] を挙げました(→新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる)。今世界中で接種が行なわれているCOVID-19ワクチン(mRNAワクチン)の潜在的な負の影響について述べた論文であり、タイトルはずばり"Worse than the Disease?...."です。

International Journal of Vaccine Theory. Practice, and Researchという新興雑誌に掲載されたこの論文ですが、掲載に至った経緯の苦労が彼女の以下のツイートからわかります。3回の査読プロセスで6人の査読者の審査を経て受理されたことが見てとれます。

一言で表せば、いま世界中で国をあげて戦略的に実施されているmRNAワクチンについて、論文で批判的に書くことは極論すれば無謀というものです。おそらくこの論文もどこかに投稿して一度や二度却下されているのではないかと想像されます。とはいえ、筆頭著者の彼女がコンピュータサイエンスの専門家(学部では生物学専攻)[2] という、ワクチンに関わる専門から離れた位置にいる立場だからなせるワザとも言えます。これが生命科学・医学をはじめとして、ウイルス、RNA、ワクチンの専門家だったらとても書けないでしょう。

この論文に対しては、ツイートのリプライにもありますが「コンピュータサイエンティストが何言ってるんだ?」というような、批判も多いです。著者らが環境問題や自然食に傾倒していることも偏見を生んでいるように思えます。

というわけで、SARS-CoV-2RNAがヒトゲノム中に組み込まれる論文 [3] があれだけSNS上で騒がれた件とは対照的に、このセネフらの論文はほとんど注目されていないように思われます。専門家はほとんどがガン無視という感じです。では読むに値しない荒唐無稽な論文かと言えばそうでもなく、ところどころ飛躍気味の推論はあるものの、個人的にはとても面白く感じました。

というわけでこのブログでは、この論文を翻訳して紹介したいと思います。この総説は序論、結論を含めて以下の12セクションに分けて、懸念事項が書かれています。

・序論
・ワクチンの開発
・mRNAワクチンの技術
アジュバントポリエチレングリコールアナフィラキシー
・mRNAワクチン、スパイクタンパク質、抗体依存性増強(ADE)
・病原性プライミング、多系統炎症性疾患、自己免疫疾患
脾臓、血小板、血小板減少症
・スパイクタンパク質の毒性
プリオン病と神経偏性疾患
SARS-CoV-2の新規変異型の出現
・スパイクタンパク遺伝子のヒトゲノムへの永続的組み込みの可能性
・結論

総説なのでとても長文であり、引用されている文献も含めてほぼ全文読解するすのに3週間近くかかりました。すべての翻訳文を一度に載せることはできないので、まずは、序論"Intoduction"、ワクチンの開発"Development of vaccine"、および結論"Conclusion"の三つのセクションのみを紹介したいと思います。

以下、1.序論、2.ワクチンの開発、および3.結論の順に筆者による翻訳文ですが、分かりやすくするために適宜捕捉の言葉を添えています。また必要に応じて原論文で引用されている文献を添えています。

1. 序論

ワープスピード作戦(Operation Warp Speed、OWS)は、COVID-19に関していくつかの前例のないことを打ち立てた。まず、アメリカ国防総省アメリカの保健省が直接協力してワクチンを配布することになった。次に、米国国立衛生研究所(NIH)がバイオテクノロジー企業のモデルナ社と協力して、伝令RNA(mRNA)ベースの技術を利用した前例のない感染症ワクチンを上市した。これらの前例のない出来事が重なったことで、感染症に対する新しい武器としてのmRNAワクチンの将来性と可能性が急速に世間に知られるようになった。同時に、定義上、リスクや期待される効果、安全性、そして公衆衛生への積極的貢献としての長期的な実行可能性を十分に評価するための歴史や背景がない、ということも前例がない。

この論文では、これらの未曾有の出来事のうち、SARS-CoV-2と呼ばれる感染症に対するmRNAワクチンの開発と展開について簡単に総説したい。ここで提起する問題の多くは、将来、他の感染症に対するmRNAワクチンや、がんや遺伝性疾患に関連するmRNAの応用にも適用できると考えるし、現在実施されているコロナウイルスのサブクラスに対するmRNAワクチンに特に関連するものもある。この技術の有望性は広く情宣されているものの、一方では客観的に評価されたリスクや安全性の懸念についてはほとんど注目されていない。この総説では、感染症関連のmRNA技術の分子的な側面についていくらか考察し、これらを既に報告されている、あるいは潜在的に想定される病理学的影響と関連付けて考えたい。

2. ワクチンの開発

感染症に対するmRNAワクチンの開発は、いろいろな面で前例がない。ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団が主催した2018年の出版物では、ワクチンは3つのカテゴリーに分けられている。すなわち、Simple(単純)、Complex(複雑)、Unprecedented(前例なし)に分けられる。単純なワクチンと複雑なワクチンは、既存のワクチン技術の標準的なアプリケーションと修正されたアプリケーションを意味する。「前例がない」とは、以下のカテゴリーを表す。つまり、これまでに適切なワクチンが存在しなかった病気に対するワクチンである。たとえば、HIVマラリアに対するワクチンがこれに当たる。彼らの分析によると、図1に示すように、前例のないワクチンの開発には12.5年かかると予想されている。さらに不吉なことに、第2相試験(有効性の評価)に成功する確率は5%、そのうち第3相試験(集団の有益性の評価)に成功する確率は40%と推定されている。つまり、前例のないワクチンが、第3相臨床試験に至る段階で成功する確率は2%と予測されているのだ(図1赤丸)。著者が端的に言っていることは、「特に前例のないワクチンの成功確率は低い」ということである。

f:id:rplroseus:20210606110958j:plain

図1. ワクチン開発におけるの三つのカテゴリー(単純、複雑、前例なし)のコスト、期間、および成功確率(原論文の図をリトレース).

それを踏まえた上で、(今回のmRNAワクチンについては)2年後には90~95%の有効性が報告された前例のないワクチンとして登場しているということになる。実際、こうした有効性の報告が、ワクチン接種導入を国民が支持する主要な動機となっている。これは予測だけでなく、期待にも反している。COVID-19ワクチンの有効性に対する懸念を訴える声を掲載している伝統的著名医学誌は、BMJBritish Medical Journal)だけかもしれない。確かに、有効性の推定値は再評価される必要があると考えられる理由がある。

BMJの副編集長であるピーター・ド−シPeter Doshiは、ワクチンメーカーがFDAに公開した生データのうち、高い有効性を主張する根拠となったデータについて、2編の重要な分析結果を発表した [4, 5]。残念ながら、これらはBMJのブログに掲載されたもので、査読付きの論文ではない。 しかし、ドーシ氏は、BMJの別の査読付きコンテンツで、ワクチンの有効性とワクチン試験のエンドポイントの有用性の疑問に関する研究を発表している [6]

より最近の分析では、相対的なリスク低減と絶対的なリスク低減の問題に特に注視して検討されている。高く見積もられたリスク低減効果は、相対的なリスクに基づいているが、絶対的なリスク低減効果がより適切な指標になる。それは、一般の人々がワクチン接種によって個人的に意味のあるリスク低減効果が得られるかどうかを判断するということだ。当該分析ではワクチンメーカーからFDAに提供されたデータを利用しているが、中間分析の時点でモデルナワクチンは1.1%(p=0.004)の絶対的リスク低減効果を示し、一方、ファイザーワクチンの絶対的リスク低減効果は0.7%(p<0.000)だった。

また、COVID-19ワクチンの開発に関して重要な疑問を投げかけている論文もある、それは、この総説で述べているmRNAワクチンに直接関連する重要な疑問だ。たとえば、ハイデレら(Haidere, et.al.)は、これらのワクチンの開発に関連する疑問に対して、以下のように四つの「重要な質問」を明確化している。これらはワクチンの安全性と有効性の両方に関連するものだ。

・ワクチンは免疫反応を活性化するのか? 
・ワクチンは持続的な免疫の耐久性をもたらすのか?  
SARS-CoV-2はどのように変異するのか?  
・ワクチンの逆効果に対する準備はできているのか?

現在供給されている2つのmRNAワクチンについては、標準的かつ長期的な前臨床試験臨床試験がまだ行われていないため、これらの疑問には時間をかけて答えていく必要がある。これらの疑問を解決するためには、一般市民にワクチンを広く届けることで得られる適切な生理学的・疫学的データの観察あるのみである。そしてこれは、結果の公平な報告に自由にアクセスできる場合にのみ可能である。ただ、何としても成功を宣言しなければならないという必要性から、ワクチン関連情報の検閲が広く行われていることを考えると、このようなことはいささかあり得ないことのようにも思える。

第3相臨床試験を経て、現在、一般の人々に提供されている2つのmRNAワクチンは、モデルナ社とファイザー社のものである。これらのワクチンには多くの共通点がある。どちらも、SARS-CoV-2ウイルスのスパイクタンパク質をコードするmRNAをベースにしている。どちらも相対的な有効性は94〜95%とされた。予備的知見によれば,3カ月後にも抗体が存在することが示されている。どちらも3~4週間の間隔をあけて2回投与することが推奨されており、最近では年1回のブースター注射が必要との報告もある。どちらも筋肉注射で投与され、RNAが分解しないようにディープフリーザーによる保存が必要である。これは、安定している二本鎖DNAとは異なり、一本鎖のRNA製品は、常温では損傷したり、効き目がなくなったりする傾向があり、潜在的な有効性を維持するためには極低温で保存しなければならないからである。ファイザー社のワクチンは、-70度での保存が必要であるとメーカーは強調しており、最終的に投与されるまでの間の冷凍サプライチェーンとしての工夫がいる。モデルナワクチンは、-20度で6ヶ月間保存することができ、解凍後30日間は冷蔵庫で安全に保存することができる。

他にも、ジョンソン&ジョンソン社のワクチンとアストラゼネカ社のワクチンが、緊急時に投与されている。どちらもmRNAワクチンの技術とは全く異なるベクターDNA技術に基づいている。 これらのワクチンも十分な評価を経ずに市場に投入されているが、本総説のテーマではないので、開発の経緯を簡単に説明するだけにする。これらのワクチンは、風邪の原因となる二本鎖DNAウイルスであるアデノウイルスの不活性品をベースにしている。このアデノウイルスは、重要な遺伝子を欠損させることにより複製できないように遺伝子改変されており、さらにSARS-CoV-2のスパイクタンパク質のDNAコードをゲノムに追加したものである。アストラゼネカのワクチン生産では、HEK293とよばれる不死化したヒト胚性腎臓細胞株を使っているが、それはこのアデノウイルス欠損株とともに培養されている [7]。 HEK細胞株は、1970年代に、欠損ウイルスの複製に必要な欠落した遺伝子を供給するアデノウイルスの配列でDNAを補強することにより、遺伝子改変が行われた。ジョンソン&ジョンソン社も、胎児の網膜細胞を使った同様の技術を採用している。これらのワクチンの製造には、遺伝子改変したヒト腫瘍細胞株が必要であるため、ヒトのDNAがコンタミする可能性があり、また、他の多くの"汚染物"が混入する可能性もある。

メディアはこの革新的な技術に大きな関心を寄せている。しかし、懸念されることとして、スパイクタンパクに対する抗体を作らせるために体をだますという単純な目的をはるかに超えて、外来mRNAやワクチンに含まれる他の成分に対して体が反応する可能性の複雑さを、我々は認識していないかもしれないということがある。

この総説で我々は、まず、mRNAワクチンの技術について詳しく説明する。そして、予測可能な悪影響と予測不可能な悪影響の両方の可能性に関して、我々が懸念するmRNAワクチンの特別な側面について、いくつかのセクションを設けて述べる。最後に、SARS-CoV-2に対してできるだけ多くの人々にワクチンを接種するという現在の事業に、より慎重に取り組むことを政府や製薬業界に訴える。

3. 結論

実験的に開発されたmRNAワクチンは、大きな利益をもたらす可能性があると言われてきたが、その一方で、悲劇的、あるいは破滅的な不測の事態を招く可能性も秘めている。SARS-CoV-2に対するmRNAワクチンは既に大々的に導入されているが、その普及においては懸念すべき点が多く存在する。この総説では、それらの懸念事項のすべてではないが、いくつかについて言及した。これらの懸念事項は潜在的に深刻であり、何年も、あるいは世代を超えても明らかにならない可能性があることを強調したいと思う。この論文で述べたような有害な可能性を十分に排除するためには、少なくとも以下のような研究・監視方法を採用することを勧める。

・豊富な資金を投入して全国的に取り組むべきものとして、mRNAワクチンに関連する有害事象の詳細なデータを収集すること、ワクチン接種後の最初の数週間を超えて追跡すること

・ワクチンを受けた人たちの自己抗体検査を繰り返すこと。検査する自己抗体は標準化することができるものであり、過去に記録された抗体やスパイクタンパクによって誘発される可能性のある自己抗体に基づいているべきである。これらには、リン脂質、コラーゲン、アクチン、チロペルオキシダーゼ(TPO)、ミエリン塩基性タンパク質、組織トランスグルタミナーゼなどに対する自己抗体が含まれる。

・サイトカインのバランスと関連する生物学的効果に関連する免疫学的プロファイリング。最低でもIL-6、INF-α、D-ダイマー、フィブリノーゲン、C-反応性タンパク質などの検査を行うこと

mRNAワクチンを接種した集団とそうでない集団を比較して、ワクチンを接種した集団では感染率が低下し、症状が軽快することが予想されることを確認するとともに、同じ2つの集団で様々な自己免疫疾患プリオンの発生率を比較する研究

・ワクチンを接種していない人が、ワクチン接種者からワクチン特有の形のスパイクタンパク質を近接条件下で取得することが可能かどうかを評価する研究

mRNAナノ粒子が精子に取り込まれ、cDNAプラスミドに変換されるかどうかを評価するin vitro試験

・妊娠直前にワクチンを接種することで、スパイクタンパクをコードするプラスミドが子孫の組織に存在したり、ゲノムに組み込まれる可能性があるかどうかを調べる動物実験

脳、心臓、精巣などに対するスパイクタンパクの毒性を解明することを目的としたin vitro研究

集団ワクチン接種をめぐる公共政策は、一般的に、新規mRNAワクチンのリスク/公益比が「スラムダンク」(=当然のこと)であるという前提で進められてきた。COVID-19の国際的な緊急事態宣言下で、大規模なワクチン接種キャンペーンが積極的に行なわれる中、我々は世界規模でのワクチン実験に突入した。少なくとも、これらの実験で得られたデータを活用して、この新しい未検証の技術についてもっと知るべきだと思う。そして、将来的には、新しいバイオテクノロジーに対して、政府はより慎重に対応することを求めたい。

最後に、明らかなことだが、悲劇的に無視されている示唆として、政府は国民に対して、安全で手頃な方法で自然に免疫システムを高めることを奨励すべきである。たとえば、ビタミンDレベルを上げるために日光を浴びること、化学物質を含む加工食品ではなく、主に有機栽培された全粒粉の食品を食べることなどである。また、ビタミンA、ビタミンC、ビタミンK2の供給源となる食品を食べることも奨励すべきである。これらのビタミンが欠乏すると、COVID-19による悪い結果につながる。

筆者あとがき

前述したようにこの総説にはところどころ飛躍した言述や理解できないところがあったり、「自然に免疫システムを高めることを奨励すべき」というような、直接主旨とは関係ないような部分あって全面的には支持しかねるのですが、ところどころの主張には見るべきものがあります。

その一つは、国家的な戦略で、過去人類が経験したことがないmRNAの集団接種が行なわれていることに何の疑問も持たず、前のめりに進む姿勢を批判していることであり、これはむしろ当然のことだと思います。これは別に反ワクチンということではなくて、見切り発車されたmRNAワクチンに対して、より慎重な姿勢を求め、言わば壮大な人体実験を進めているわけだからこそ、その功罪の検証も積極的に進めて行こうという科学的な態度だと思います。

ワクチン推しの政府や医療専門家は、パンデミック下で「緊急承認された」かつ「前例がない」mRNAワクチンであるという意味を忘れているような気がします。重要なことは、スパイクコードmRNAワクチンの健康体への悪影響について免疫学、分子生物学観点からの研究を押し進めるとともに、ワクチン接種後の長期の4相試験を実施し、有害事象に対する適切な評価を行うことです。

今、世界的にはワクチンを受けた人の中和抗体を中心に調べられているように思いますが、抗原タンパクの生成と行方スパイクタンパクそのものの影響mRNA配列の行方(とくに宿主ゲノムへの組み込み)宿主によるRNA編集やキメラ的配列の生成の有無タンパク合成細胞の細胞性免疫の攻撃、抗体依存性増強(AED病原性プライミング自己免疫疾患に繋がるようなキメラタンパクの生成の有無、がん化への影響など調べることはたくさんあるように思います。

特に今専門家を中心に「mRNAがゲノムに取り込まれることはない」と断定的に言われていることは気になります。今ひとつ説得力がありません。遺伝子コードどおりのタンパクが合成されるかも調べられていません。すでに米国の研究チームは、mRNAワクチンによって全身にスパイクタンパク質が行き渡ることを報告しています(→mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出)。

懸念することは、このようなワクチンの負の影響も含めて調べようとすることに、国やメーカーや科学者さえからも圧力がかかることであり、さらにメタデータ情報がオープンにされないことです。

セネフらの論文におけるmRNAの宿主ゲノムDNAへの組み込みに関するセクションやその他のセクションについては、次のブログで紹介したいと思います。

引用文献

 [1] Seneff S. and Nigh G.: Worse than the disease? Reviewing some possible unintended consequences of the mRNA vaccines against COVID-19. Int. J. Vac. Theo. Prac. Res. 2, May 10, 2021, 402.
https://ijvtpr.com/index.php/IJVTPR/article/view/23/34

[2] MIT Computer Science & Artificial Intelligence Lab: Stephanie Seneff.
https://www.csail.mit.edu/person/stephanie-seneff

[3] Zhang, L. et al.: Reverse-transcribed SARS-CoV-2 RNA can integrate into the genome of cultured human cells and can be expressed in patient-derived tissues. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2105968118 (2021). https://www.pnas.org/content/118/21/e2105968118

[4] Doshi, P.: Peter Doshi: Pfizer and Moderna's “95% effective” vaccines—we need more details and the raw data. BMJopinion. Jan. 4, 2021. https://blogs.bmj.com/bmj/2021/01/04/peter-doshi-pfizer-and-modernas-95-effective-vaccines-we-need-more-details-and-the-raw-data/

[5] Doshi, P.: Clarification: Pfizer and Moderna's “95% effective” Vaccines --we need more details and the raw data. BMJopinion. Feb. 5, 2021. https://blogs.bmj.com/bmj/2021/02/05/clarification-pfizer-and-modernas-95-effective-vaccines-we-need-more-details-and-the-raw-data/

[6] Doshi, P.: Will COVID-19 Vaccines save lives? Current trials aren't designed to tell us. BMJ 371, m4037 (2020). https://doi.org/10.1136/bmj.m4037

[7] Dicks, M. D. J. et al.: A novel chimpanzee adenovirus vector with low human seroprevalence: Improved systems for vector derivation and comparative immunogenicity. PLoS ONE 7, e40385 (2012). https://doi.org/10.1371/journal.pone.0040385

引用した拙著ブログ記事

2021年5月27日 mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出

2021年5月15日 新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

ヒトのゲノムに組み込まれる?

前のブログ記事で、新型コロナウイルスRNAがヒトの細胞にDNAとして組み込まれるという現象を報告した論文(→新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる)、およびその解説記事(→SARS-CoV-2の遺伝子がヒトDNAと組み込まれることを裏付ける新たな証拠)を紹介しました。これらの論文・記事が出た直後に、今度はそれらの批評記事がサイエンスの姉妹雑誌であるScience Translational MedicineにBiological Newsとして掲載されました [1]有機化学・薬学の専門家であるデレク・ロウ(Derek Lowe)博士による批評です。そこで、その全文を訳したものをここに載せたいと思います。

以下、筆者による全文翻訳ですが、わかりやすくするために適宜意訳したり、補足する言葉を入れたりしています。

            

Integration Into the Human Genome? by Derek Lowe

私は、最近出版されたPNAS論文 [2] について、いくつかのコメントを求められていた。この論文は、SARS-CoV-2RNA配列のヒト細胞への組み込みについて述べたものである。喜んでコメントさせていただくが、まず最初に、この論文が注目されているのは(悲しいことに)反ワクチン活動家によるものが多いようである。彼らは、ワクチンを接種すると永久にコロナになるという恐怖心を煽っている。これは、以下に示すようにナンセンスである(この部分は最後まで読んでほしい!)。

この論文自体の背景については、こちらの記事(John Cohen, Science May 6, 2021 [3])が参考になるので、それを勧める。コロナウイルスRNAウイルスなので、細胞のDNAゲノムに組み込むには大きな障壁があることをまず念頭に置く必要がある。つまり逆転写酵素が必要ということである。通常のテープを逆に走らせるように、代わりにRNAの配列からDNAを作る酵素だ。ヒトは逆転写を行なわないが、ウィルスには逆転写を行うものがたくさんある。何千年もの間、私たちは多くのウイルスに感染してきたが、それらのウイルスのガラクタが、私たちのゲノムにかなりの量として詰め込まれている。もしそれを知ったら驚いてしまうだろうが、私たちのゲノムDNAの約520%は、古代のレトロウイルスの残骸であることは事実だ。なぜか、"インテリジェント・デザイン"の人たちがこのことを無視していることは不思議だ。これらの多くは大昔に起こったことであり、元のいい状態を保っているというわけではない。しかし、その中には人間の病気に関わっているものもあり、場合によっては、ウイルスのタンパク質の一部を継続的に発現させている可能性もある [4]

その証拠としてレトロトランスポゾンが挙げられる。レトロトランスポゾンはレトロウイルスが起源となっていると考えられ、内在性レトロウイルスのように働くことができる。私たちのDNAの中にはレトロトランスポゾンがたくさん内蔵されているが、それはレトロウイルスが自分自身をコピーできるからだ。特によく研究されているのがLINE1配列である。ゲノムの中にはたくさんのLINE1配列があり、そのほとんどは劣化して不活性化している。しかしその中にはタンパク質として発現できるものがあり、その一つとして、LINE1 DNAを作成してゲノムに挿入することができる、逆転写酵素がある。哺乳類においては、これらの配列は細胞内で進化を遂げているようで、長期にわたる「軍拡競争」の歴史が示されている。

したがって、私たちの細胞は逆転写酵素そのものを必要としていないが、LINE1のおかげで逆転写酵素が走り回っている。今回PNAS誌に掲載された論文では、ある条件下で、この酵素が感染中のコロナウイルスRNAを拾い、その配列からDNAを作り、それを細胞のゲノムに挿入し直すことができるという証拠が示されている。しかし、この論文では、その条件として、通常よりもLINE1の量が多くなるように細胞株を改変したことが示されており、そのことが実験結果を実際の感染症にまで拡大することができない理由のつになっている。また、この論文のプレプリントの段階では、検出されたヒトとウイルスのキメラ配列がアーチファクトとして作られる可能性があるという批判を受けていたが、今回の最新バージョンでは、こうした懸念の多くが解消されているようだ。

また、重要なこととして、ウイルス感染によってLINE1の活性が実際に抑制解除される可能性もあり、このメカニズムを排除できない(今回のコロナウイルスだけに当てはまるわけではなく、他のRNAウイルスでも起こりうる)。もしこれが起これば、ヒトとウイルスの混合タンパク質断片が生成されることで、(おそらく)自己免疫疾患を引き起こす可能性がある。また、ウイルスの配列が内在化することで、ウイルス配列を標的とする診断テストが混乱する可能性もある。これらのことはまだ解明されておらず、一般的に言えば、研究する価値はあるだろう。とはいえ、今のところ、コロナウイルスに感染した患者でこのプロセスが起こっているという確たる証拠はない。

今回使用された細胞培養条件であっても、著者らは、ウイルスゲノムの一端(3′側)からの可変長の挿入を見ているにすぎないことにも注意が必要である。このプロセスでは、感染力のあるウイルスは生成されない。また、この結果は、「mRNAワクチンによってスパイクタンパク質が細胞のDNAに組み込まれることを意味するものではない」と著者自身が述べていることも重要である。ワクチンに含まれるmRNAは、ウイルスゲノムの3′末端とは似ても似つかぬものであり、非翻訳領域(UTR)も全く異なるし、何よりスパイクタンパク自体が実際のウイルスゲノムの3′末端には存在しない。ワクチンを接種すると、免疫システムが将来的に働くようになるが、これは規模的にも多くの細かい部分においても、ウイルスに感染したのとは違う。

このPNAS論文の研究が反ワクチン派に取り上げられていることに著者らは不満を感じているようだが、私はその研究者らに同情する。私も頭にきている。同時に、一般的に言ってウイルス感染症については、可能性は低いが、調べる価値のある仮説だとは思う。また、反ワクチン運動のために何でも掴む人がいることは、一般的に残念なことだ。もしこの論文がなければ、彼らは他のことで盛り上がっていたに違いない。

            

筆者あとがき

ここで紹介した批判記事も含めてこれまでの文献・記事をと、論点を二つに分けなければならないように思います。一つはPNAS論文 [2] で報告された培養細胞におけるウイルスRNAのレトロポジション現象が、実際にSARS-CoV-2の感染者で起こりえるかということです。 

もし、それが起こるとするなら、感染性のあるウイルスが再生産される可能性は非常に低いとしても、ヒトとウイルスのキメラタンパク質が作られ、それが自己免疫疾患の原因になりはしないかという問題が考えられます。また、ウイルスRNAがゲノムDNAに組み込まれることで、ウイルスを標的とするPCR検査で陽性になり、診断に混乱を及ぼす可能性もあります。これはロウ博士の批評記事で述べられているとおりです。

もう一つの論点は、今使われているようなmRNAワクチンのスパイクタンパク質がゲノムDNAに取り込まれる可能性はないかという疑問です。PNAS論文の著者らの主旨は「mRNAワクチンがDNAに組み込まれることを意味するものではない」という言い方であって、必ずしもそれを否定しているわけではありません。ロウ博士の批評もこの点は曖昧であり、mRNAワクチンのレトロポジションが起きない理由をはっきり述べているわけではありません。組み込まれたウイルスの3'側の可変領域とワクチンのスパイク配列が全く違うと言っているだけです。

はっきりしていることは反RNAワクチン派があたかもmRNAが害があるように煽っていることは間違いであり、そしてPNAS論文が反ワクチン派の主張にお墨付きを与えているということもないということです。この点に対するロウ博士の批判ははっきりしています。

いずれにしろ、前のブログ記事でも述べましたが、mRNAワクチンのレトロポジションがあるかどうかは、ワクチンを受けた人達のDNAを調べればわかることなので、念のためにその追跡調査はやるべきでしょう。そうでなくても、PNAS論文 [2] で用いられた同じアッセイ系、あるいは他のモデル細胞系でmRNAワクチンの導入実験をやれば、ある程度(少なくとも逆転写が起こるかどうかの程度)の結論は出るでしょう。

そして逆転写酵素活性は特に精子細胞などで発現していることが知られているので、万が一のことを考えて若い人たち(特に20歳以下)へのワクチン接種は、少し待った方がいいと個人的には思います。

ただ、ワクチン接種者のDNAを調べるとなると、それだけで国やメーカーや研究者から圧力がかかったり、批判されたりしそうですね。それを危惧します。

引用文献・記事

[1] Lowe, D.: Integration Into the human genome? Sci. Trans. Med. May 10, 2021. https://blogs.sciencemag.org/pipeline/archives/2021/05/10/integration-into-the-human-genome

[2] Zhang, L. et al.: Reverse-transcribed SARS-CoV-2 RNA can integrate into the genome of cultured human cells and can be expressed in patient-derived tissues. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2105968118 (2021). https://www.pnas.org/content/118/21/e2105968118

[3] Cohen, J.: Further evidence supports controversial claim that SARS-CoV-2 genes can integrate with human DNA. Science May 6, 2021. https://www.sciencemag.org/news/2021/05/further-evidence-offered-claim-genes-pandemic-coronavirus-can-integrate-human-dna

[4] Donohue, B.: Genes from ‘fossil’ virus in human DNA found to be active. UW Medicine. Nov. 4, 2019. https://newsroom.uw.edu/news/genes-%E2%80%98fossil%E2%80%99-virus-human-dna-found-be-active

                 

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:ウイルスの話

 

mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出

はじめに

いま日本でも遅ればせながら、急速に新型コロナウイルス感染症COVID-19ワクチン接種が進められています。ワクチンと言っても、従来のような病原体を不活化させたものあるいはその一部を接種するというやり方ではなく、SARS-CoV-2スパイクタンパク質Sタンパクをコードする遺伝子(mRNA)を"ワクチン"として接種するというものです。

このブログでは、昨年3月にmRNAワクチンと集団免疫mRNAワクチンに触れましたが(→集団免疫とワクチンーCOVID-19抑制へ向けての潮流)、約1年で実現できたことには驚きを隠し得ません。mRNAワクチンはファイザー/ビオンテック社やモデルナ社のものに代表されますが、アストロゼネカ社のようにアデノウイルスベクターを使ったDNAワクチンもあります。DNAワクチンもmRNAワクチンも人類史上前例のないワクチンということになります。

最近、mRNAワクチンで誘導される抗原タンパクとウイルスのSタンパクが同様のコンフォメーションをとるという論文が、米国の研究グループによって出版されました [1]。また、モデルナ製mRNAワクチンを接種された人から抗原タンパク質と中和抗体が検出したする研究成果が、これも米国の別の研究グループによって報告されました [2]

体内でmRNAワクチンが実際に翻訳され、生成した抗原タンパク質に対して抗体ができるという予想どおりの結果だと思いますが、少し気になるところもあります。ここではそれらの話題を中心に紹介したいと思います。

1. mRNAワクチンの概要

ここで前置きとして、mRNAワクチンの復習をしたいと思います。このワクチンはこれまでとはまったく異なる新規なやり方であり、ワクチンの設計図であるmRNAを体に入れて体をダマして抗原となるタンパク質を作らせるという方法です。 

設計図によって作られるのは、SARS-CoV-2エンベロープ(外被)から突き出ているSタンパク質で、ヒトのACE2受容体を認識して結合する部分です。Sタンパク質全体の一次構造を図1Aに示します [3, 4]。スパイク全体は1273残基のアミノ酸配列から成るタンパク質で、S1とS2のサブユットから構成されます。この中で受容体に結合する領域(receptor-binding domain、RBD)はS1サブユニットの中程にあります。

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図1. SARS-CoV-2のスパイクタンパク質(Sタンパク)の一次構造(A)およびmRNAワクチンがコードする推定領域の構造(文献 [3, 4] に基づいて筆者作図).

mRNAワクチンについては図1Bのような構造が推定されます。厚生労働省は、ファイザー製およびモデルナ製のmRNA(それぞれトジナメランとCX-024414)について、ヒトの細胞膜に結合する働きを持つスパイクタンパク質の全長体をコードするmRNA、と説明しています [5, 6]

mRNAそのものは不安定でそのままでは翻訳されません。mRNAの安定化や翻訳促進には5'側にCap構造が必要であり、ここが工夫されています。その下流側には5’UTRを挟んでシグナルペプチド、さらにコード領域を組み込まれていますが、ここにはK986P、V987Pという二つの変異を挿入することで安定化を図り、中和抗体が産生されやすいようになっています [3]。さらに3'側は3'UTRを経てpolyAが付加されています。

さらに重要な点として、塩基配列のウラシルの部分が、修飾ウリジンに換えられていることが挙げられます。これはK. カリコ博士らが報告した修飾ウリジンへの置換によって翻訳が安定化し、タンパクの大量発現ができるという知見に基づいています [7]。実際には1メチルシュードウリジンに置換されていると思われます(図2)。しかし、この修飾mRNAが使われることによって、逆に体内で必要以上に翻訳活性をもったまま残存しかねないという安全性の面での懸念があります。

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 図2. ウリジンおよびそのアナログ(修飾ウリジン)の構造(筆者作図).

医薬品医療機器総合機構のウェブページ [8] には、モデルナ筋注適正使用ガイドという資料が掲載されており、その中にmRNAワクチンの作用機序についての説明図があります(図3)。ファイザー製mRNAについては、厚生労働省の報告書に詳細な情報があります [9]

図3のイメージでは、脂質粒子として包埋されたmRNAが体内に入り、抗原提示細胞(マクロファージや樹状細胞に取り込まれてそこでmRNAが放出され、リボソーム上で翻訳されてスパイクタンパク質(3量体構造)が作られるプロセスが示されています。3量体とはS1のRBDとNTDおよびS2(図1参照)のことです。そして、作られたタンパク質が細胞外に出ると、それが認識されて抗体が作られ、またT細胞を介した免疫が誘導されるということでしょう。

COVID-19ワクチンの免疫の賦活化の詳細については、前のブログ記事に示しています(→COVID-19ワクチン:免疫の活性化と課題)。

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図3. mRNAワクチンの作用機序(COVID-19ワクチンモデルナ筋注適正使用ガイド [8] から転載).

mRNAワクチンは脂質ナノ粒子として体内に投入されます。ガイドにはその成分も記されており、四つの脂質成分が含まれていることが分かります(図4)。

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図4. mRNAワクチンの構成物質(COVID-19ワクチンモデルナ筋注適正使用ガイド [8] から転載).

2. mRNAワクチンの安全性

mRNAワクチンにはアナフィラキシーを起こしたり、そのほかの副反応が出たりすることが知られています。mRNAワクチンの安全性については、前例のないワクチンということもあってよくわからないことがありますが、現時点においてはリスク/ベネフィット比が圧倒的に小さいという判断に基づき、全世界で接種が行なわれています。

厚生労働省やワクチン情宣サイト「こびナビ」の説明も含めて、安全性についてよく言われていることを以下にまとめます。

1) mRNAは核の中に入らないので、ヒトのゲノムに組み込まれることはない

2) mRNAは細胞に取り込まれてから20分〜数日以内で分解される

3) 作られたタンパク質も10日〜2週間以内には分解され、体内に残らない

4) アジュバント(免疫をつけるのを助ける補助剤)が入っておらず、mRNA以外の成分は膜になる脂質と、塩類、糖類のみであり、安全性が確認されている

しかしながら、短縮された臨床治験の限定的情報に基づいて緊急認可されたワクチンでもあり、前例がないワクチンという状況にも関わらず、従来の科学的知見に基づいて、理論上「そうなるはずである」という言い方の印象が強いです。そう言い切るためには、科学的根拠があまりにも弱いというべきでしょう。とくに上記1)〜3)については早急の検証が必要と思われます。

 3. ワクチンで誘導されるSタンパクはウイルスタンパクと同じ構造

米国ロックフェラー大学などの共同研究チームは、SARS-CoV-2に対するモデルナ製ワクチン(mRNA-1273)またはファイザー/ビオンテック製ワクチン(BNT162b2)を接種した20名のボランティアの抗体およびメモリーB細胞の反応について報告しました [1]

それによると、ワクチンの2回目の注射から8週間後、ボランティアから採取された血漿サンプルからは高レベルのIgMおよびIgG抗Sタンパクが検出され、RBD結に対する結合活性が見られました。さらに、血漿中和活性とRBD特異的メモリーB細胞の相対数は、自然感染から回復した人のそれと同等でした。しかし、E484K、N501Y、またはK417N/E484K/N501YのSARS-CoV-2変異体のSタンパクに対する活性は、わずかですが有意に低下しました。

ワクチンによって誘発されたモノクローナル抗体は、SARS-CoV-2を強力に中和し、自然感染した人から分離されたモノクローナル抗体と同様に、多くの異なるRBDエピトープを標的としていました。Sタンパク質の三量体と複合体を形成したモノクローナル抗体の三次元構造解析を行なったところ、ワクチンとウイルスがコードするSタンパクは同様のコンホメーションをとり、同等の機能を持つ抗RBD抗体を誘導することが示唆されました。

一方で、試験された17種類の最強のモノクローナル抗体のうち14種類は、K417N、E484K、N501Yのいずれかの変異によって中和効果が低下または消失しました。これらの結果から、臨床で使用されているモノクローナル抗体は、新規に発生した変異体に対して試験すべきであること、そして、mRNAワクチンは、臨床効果の低下を避けるために、定期的に更新する必要があることが示唆されています。

4. mRNAワクチン被接種者からの抗原、抗体検出

米国の別の研究チーム、オガタら(Ogata et al.)はきわめて興味深い研究結果を報告しています [2] 。この研究では、被験者13名を対象として、抗原、抗体の調査が行われました。2020年12月から2021年3月にかけて、SARS-CoV-2の感染歴がない18歳以上の医療従事者を対象に、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院で試験を実施したとあります。

被験者としては、米国FDAから緊急使用許可されたmRNA-1273ワクチン(Moderna, Cambridge, MA)を28日間隔で2回接種する予定の人が対象となり、病歴、服薬歴が収集された後、ワクチンの初回投与前(0日目)にベースラインとしての血液サンプルが採取されました。その後、初回投与から1日目、3日目、5日目、7日目、9日目、14日目、28日目に血液サンプルが採取され、続いて2回目の投与から1日目、3日目、5日目、7日目、14日目、28日目に採取されました。

図5に抗原タンパク(S1、スパイク、ヌクレオカプシド)および、それらに対するIgG抗体の分析結果を示します。

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図5. mRNAワクチン接種後の抗原タンパク(S1、スパイク、ヌクレオカプシド)および、それらに対するIgG抗体の消長(文献[2]より転載).

図5Aのように、S1抗原はワクチン接種後1日目という早い段階で検出され、最初の注射から平均で5日後に最大値となりました。その後、S1抗原はすべての被験者で減少し、14日目以降では検出されなくなりました。一方、0日目には(1名の被験者を除いて)S1抗原は検出されませんでした。0日目にS1が検出された1名については、他のヒトコロナウイルスとの交差反応が現れたものか、ワクチン接種時に無症状感染していたためと考えられます。これらの結果は、ワクチン接種後すぐにmRNAの翻訳が始まっていることを示しています。

図5Bに示すように、スパイクは13人中3人において初回注射から平均15日後にピークとして検出されました。2回目のワクチン接種後は、S1やスパイクは検出されず、両抗原とも56日目まで検出されない状態が続きました。1名については、2回目のワクチン接種の1日後である29日目にSタンパク質が検出され、2日後には検出されなくなりました。

さらに被験者13名について、Sタンパク、S1、RBD、ヌクレオカプシドに対する血漿中の抗体IgG、IgA、IgMが測定されました。SタンパクとS1、RBDに対するIgGレベルは初回接種後に上昇しましたが、ヌクレオカプシドに対するIgGは経時的変化がありませんでした(図5D、E、F)。したがって、ヌクレオカプシドのmRNAを含まないワクチンに特異的な免疫反応であることが確認されました。また、すべての参加者において、S1およびスパイクに対するIgGの増加は、2回目の注射によるS1またはスパイクタンパク質の減少に直接対応していました。

これらのデータについて著者らは、初回接種後の1日目までにS1が検出されることから、抗原タンパクが注射部位と関連する局所リンパ節を超えて存在することを示していると考察しています。また、IgGおよびIgAの免疫反応の誘発は、ワクチン接種後5日目という早い時期に検出され、スパイクおよびS1抗原の全身循環での消去に関連していると述べています。

今回の研究では、初回注射後の11人においてS1抗原を検出していますが(図5A)、これはmRNA-1273がコードするSタンパク質の性質によるものと著者らは述べています。すなわち、Sタンパク質には、切断可能なS1-S2部位があり、スパイク三量体からS1を放出することができます。ほ乳類細胞にはSタンパク質を切断できるプロテアーゼ(フーリン)や循環するプロテアーゼが含まれていますが、著者らはS1の検出をこれらを介した切断に起因すると仮定しています。

不思議なのは、S1が産生されてから平均8日後にSタンパクが13人中3人に出現していることです(図5B)。この研究で用いられているSimoa抗原測定法は、S1とS2の両方のサブユニットに抗体が結合して検出できるように設計されており、その結果、本法では切断されたSタンパクは検出できません。著者らは、本法は抗体動態を高解像度でプロファイリングするのに十分な感度を有しているものの、被験者の血漿中のSタンパク濃度が検出限界以下に分解されている可能性もあるとしています。

著者らは興味深い仮説を述べています。それは、ワクチン接種の数日後にはT細胞が活性化され、それによって引き起こされる細胞性免疫反応が、S1タンパクを発現している細胞を直接殺すことで、血流中にスパイクがさらに放出されるという仮説です。しかし、このような遊離S1放出のメカニズムは不明であり、さらなる研究が必要でしょう。

とはいえ、これが事実だとするなら、遺伝子ワクチンの根本的な欠陥を示していることになります。つまり、遺伝子情報を取り込んでスパイクタンパクを合成し始めた細胞すべてが、自己免疫システムの攻撃対象になるということであり、その範囲が広いほど、重篤な副作用を起こすということになります。

著者らは、今回の研究の限界として、サンプルサイズが小さいことと、健康な若年成人を登録したことによるバイアスの可能性をあげており、一般人口を代表するものではないかもしれないと言っています。とはいえ、mRNAワクチン接種によってスパイクおよびS1タンパク質が全身から検出されたという証拠は重要であり、これまでのワクチン研究では報告されていないとしています。

おわりに

今回の米国の研究チームの報告を見ると、mRNAワクチンの投入によってしっかりと翻訳され、SARS-CoV-2のスパイクが体内で合成されていることがわかります。

また、モデルナ筋注ガイド [8] およびオガタらの論文 [2] をみると、mRNAワクチンの人体内での残留時間と抗原タンパクの保持時間は一般に言われている以上に長そうです。ガイドには、マウス実験とは言え、臓器によっては最長5日間mRNAが検出できるとあります。しかも注射した筋肉部位のみならず、膝窩(しっか)リンパ節、腋窩(えきか)リンパ節を越えて、脾臓にまで達しているように書かれています。

Nature Neuroscience誌に掲載された研究では、市販のCOVID-19スパイクのS1をマウスに注射すると、血液脳関門を容易に通過し、調べた11の脳領域すべてで確認されたことから、脳実質空間(脳内の機能組織)に入っていくことが実証されています [10]。

オガタ論文でもこれらを証明するかのように、血漿サンプルからS1を初回接種から5日目でピークになるように検出していますし、スパイクに至っては13人中3人において初回接種から15日目でピーク値を記録しています。これはmRNAについても残留性が長いことを示唆しています。

S1が先に出てきて後からスパイクが検出されるというのは何とも不思議ですが、著者らの考察も合わせると、mRNA接種後すぐにスパイクが作られたとしても、宿主プロテアーゼですぐに分解されるためにスパイクではなくS1が検出されるということではないでしょうか。抗原タンパク合成、プロテアーゼの分解活性、中和抗体の合成・活性、細胞性免疫反応が複雑に絡み合っているので、スパイクの消長の定量的把握と解釈は簡単ではなさそうです。

いずれにせよ、抗原タンパク、とくにS1が注射部位と関連する局所リンパ節を超えて全身に存在すると著者らが述べていることはきわめて重要です。考えれている以上に、mRNAのlife timeが長く、SARS-CoV-2のスパイクおよび分解物が血流に乗って全身に行き渡り、それはひょっとすると細胞性免疫によるスパイクタンパク質合成細胞の攻撃・殺傷の結果かもしれないわけですから。この点は先のブログ記事で心配したとおりです(→COVID-19ワクチン:免疫の活性化と課題 )。

日本では(世界においても)、mRNAワクチンの効果としてもっぱら中和抗体に焦点が当てられているようですが、ヒト細胞におけるmRNAと抗原タンパクの持続性、消長、その影響についてもしっかりと追跡調査する必要があると思います。

引用文献

[1] Wang, Z. et al.: mRNA vaccine-elicited antibodies to SARS-CoV-2 and circulating variants. Nature 592, 616-622 (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03324-6

[2] Ogata, A. F. et al.: Circulating SARS-CoV-2 vaccine antigen detected in the plasma of mRNA-1273 vaccine recipients. Clin. Infect. Dis. ciab465, Published on line May 20, 2021. https://doi.org/10.1093/cid/ciab465

[3] Lee, P. et al.: Current status of COVID-19 vaccine development: Focusing on antigen design and clinical trials on later stages. Immune Netw. 21, e4 (2021). https://doi.org/10.4110/in.2021.21.e4

[4] UniProt: niProtKB - P0DTC2 (SPIKE_SARS2). https://www.uniprot.org/uniprot/P0DTC2

[5] 厚生労働省: ファイザー社の新型コロナワクチンについて. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_pfizer.html

[6] 厚生労働省: 武田/モデルナ社の新型コロナワクチンについて. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_moderna.html

[7] Karikó, K. et al.: Incorporation of pseudouridine into mRNA yields superior nonimmunogenic vector with increased translational capacity and biological stability. Mol. Ther. 16, 1833–1840 (2008). https://doi.org/10.1038/mt.2008.200

[8] 独立行政法人医薬品医療機器総合機構: コロナウイルス修飾ウリジンRNAワクチン(SARS-CoV-2). https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/GeneralList/631341E

[9] 厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課:審議結果報告書. 2021.02.12. https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000739089.pdf

[10] Rhea, E. M.: The S1 protein of SARS-CoV-2 crosses the blood–brain barrier in mice. Nat. Neurosci. 24, 368–378 (2021). https://www.nature.com/articles/s41593-020-00771-8

引用した拙著ブログ記事

2021年4月29日 COVID-19ワクチン:免疫の活性化と課題

2020年3月25日 集団免疫とワクチンーCOVID-19抑制へ向けての潮流

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

SARS-CoV-2の遺伝子がヒトDNAと組み込まれることを裏付ける新たな証拠

米国ホワイトヘッド生物医学研究所/マサチューセッツ工科大学の研究チームによって、2020年12月にバイオアーカイブ(bioRxiv)に投稿されたプレプリント論文 [1]SNS上で大きな波紋を呼びました。なぜなら、新型コロナウイルスSARS-CoV-2に感染すると、そのウイルスRNAが感染者のゲノムDNA内に組み込まれる可能性を示す内容だったからです。そして、mRNAワクチン接種の反対派を勢いづかせる、一見格好の材料を与えたからです。

この論文は、2021年5月、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に査読を経て掲載されました [2]。前のブログ記事でもこの論文を紹介しています(→新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる)。

サイエンス誌のスタッフ・ライターであるJohm Cohen氏は、この論文が与えたインパクトと騒動について記事にしています [3]図1)。ここでは、それを全文紹介したいと思います。 

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図1. Jon Cohen氏によるPNAS論文を紹介するサイエンス記事 [1].

以下、筆者による当該サイエンス記事の全文翻訳です。わかくりやすくするために適宜補足説明の言葉が入れてあります。

             

ある著名な科学者チームは、「私たちの染色体にパンデミックコロナウイルスの遺伝子の一部が組み込まれ、感染が終わった後もずっと残っている」という科学論争の仮説を再度確認するに至った。もしこの仮説が正しければ、〜懐疑的な人たちは実験室のアーチファクトである可能性が高いと主張しているが〜、COVID-19から回復しても、数ヵ月後に再度SARS-CoV-2の陽性反応が出るという珍しい現象も説明できる。

この研究を主導したホワイトヘッド生物医学研究所/マサチューセッツ工科大学の幹細胞生物学者 Rudolf Jaenisch 教授と遺伝子制御専門家 Richard Young 教授の研究チームは、2020年12月、バイオアーカイブプレプリントでこのアイデアを初めて発表したが、すぐにツイッター上で話題になった。著者らは、ウイルスが組み込まれたとしても、COVID-19から回復した人が感染力を維持していることにはならないと強調した。しかし、彼らを批判する人たちは、伝令RNA(mRNA)をベースにしたCOVID-19ワクチンが何らかの形でヒトのDNAを変化させるのではないかという、根拠のない不安を煽っていると非難した。

(一方、Janesich と Young は、彼らの自身の結果がオリジナルで新規性があり、mRNAワクチンがその配列を人間のDNAに組み込むことを示唆するものではないと強調している)。

他の研究者からはいくつかの科学的な批判が寄せられた。批判対象となったうちのいくつかについては、本日、PNASのオンライン版に掲載された論文で取り上げられている。Jaenisch は、「コロナウイルスの配列がゲノムに組み込まれることを示す明確な証拠が得られた」と語る。

COVID-19の原因ウイルスであるSARS-CoV-2は、RNAで構成された遺伝子を持っているが、Jaenisch、Young、および共著者らは、まれにヒトの細胞内の酵素がウイルスのRNA配列をDNAにコピーして、ヒトの染色体に滑り込ませることがあると主張している。この酵素逆転写酵素)は、LINE-1エレメント(レトロトランスポゾンの一種)にコードされている。LINE-1は、ヒトゲノムの17%を占めるDNA配列であり、レトロウイルスによる古代の感染症の名残である。研究チームは、バイオアーカイブプレプリント上において、LINE-1を増強させたヒトの細胞にSARS-CoV-2を感染させると、そのRNA配列がDNA化され、細胞の染色体に入り込むという証拠を発表した。

LINE-1やその他のレトロトランスポゾンを専門とする研究者の多くは、この主張を裏付けるにはデータが薄すぎると考えた。ヒトゲノム中のレトロウイルス群を研究しているコーネル大学の Cedric Feschotte 教授は、「もしこのデータであれば、私はその時点でどこへも論文投稿しなかったでしょう」と言う。彼をはじめとする研究者たちは、Jaenisch と Young のような優秀な研究者による、より質の高い研究を期待していたと述べた。その後、バイオアーカイブに掲載された2つの研究で、Jaenischらの結果が批判された。すなわち、ヒトとウイルスDNAの痕跡のキメラと思われるものが、Jaenischらが使用した染色体実験技術によって日常的に作られているという証拠が提示された。ある報告書では、ヒト-ウイルスの配列は「本物の逆転写、組み込み、発現の結果というよりも、使用した方法に由来する産物である可能性が高い」と結論づけている。

Jaenisch と Young らは、今回の論文の中で、彼らが使用した技術が偶然にヒト-ウイルスのキメラを作り出すことを認めている。「それは正しい指摘だと思う」とJaenischは言う。さらに、彼らがある雑誌に論文を最初に投稿した段階では、より強力なデータの必要性は感じていたので、査読の過程でそれを追加したいと考えていたと言う。しかし、その雑誌は、他の多くの学術誌と同様、COVID-19の結果をすぐにプレプリントサーバーに掲載することを著者に要求した。「判断を誤ってしまった」と Jaenisch は言う。

Feschotte は、Jaenisch氏とYoung氏の仮説を "もっともらしい "と評価している。SARS-CoV-2も、遺伝子を組み込まずに数カ月間、人の体内に留まることがあるという。

実際的な問題は、この細胞培養のデータが、人間の健康や診断に関連するかどうかである。Feschotte は、「COVID-19患者にウイルスRNAの組み込みの証拠がない場合、これらのデータから私が考えることは、LINE-1が過剰に発現している感染細胞株でSARS-CoV-2のRNAレトロポジション現象を検出できるということだけだ」と語る。これらの観察結果の臨床的または生物学的な意義があるかどうかは、現時点では純粋に推測の域を出ないという認識だ。

Jaenisch と Young の研究チームは、COVID-19患者の生体組織および検死組織において、SARS-CoV-2の組み込みを示唆する結果を報告している。具体的には、組み込まれたウイルスDNAによってのみ生成される一種のRNAが、細胞の転写過程で検出されたという。しかし、Young は、「まだその直接的な証拠はない 」と認めている。

フレッド・ハッチンソン癌研究センターのヒトゲノム中の古代ウイルスの専門家である Harmit Malik は、ウイルスを除去したはずの人がPCR検査で陽性になることがあるのはなぜかという疑問は「真っ当な疑問」であると言う。しかし、ウイルスが組み込まれているという説明には納得していない。「通常の状況下では、人間の細胞には逆転写装置がほとんど存在しない」とMalik は言う。

2020年12月から、この論争は明らかに市民権を得てきた。Jaenisch と Young 両氏は、自分たちのキャリアの中で最も厳しい批判に曝された研究であったと語っている。その理由のひとつは、今回認可されたばかりのmRNAワクチンについてデマを流すワクチン懐疑論者の手先になるのではないかと心配する研究者がいたからである。「削除すべきプレプリントがあるとすれば、それはこのプレプリントだ。関連する証拠がまったくないのに、プレプリントとして掲載すること自体が無責任だ」ーバージニア大学微生物学者Marie-Louise Hammarskjöld教授は、当時バイオアーカイブにこのようにコメントを投稿していた。

それで最初に投稿した論文は?「彼らはそれを却下した」 とJaenisch は言う。

             

筆者あとがき

上記のように、JaenischとYoungの研究チームがバイオアーカイブに投稿した原稿は、批判の嵐に巻き込まれました。このプレプリントに対するツイートは7000件を超え、直接的にも50以上のコメントが寄せられました。それらの多くは、掲載すべきでない、反ワクチン派に手を貸すべきでない、という批判的なものです。そして、最初に投稿した査読付き雑誌では掲載が却下されたようです。

幸いにして、JaenischとYoungの研究チームの研究成果はPNAS誌に掲載されました。研究成果そのものは特筆すべき内容であり、上記のように「LINE-1を過剰に発現している感染細胞株におけるSARS-CoV-2のRNAレトロポジション現象」を証明したという真っ当なものです。

私は画期的な研究成果ほど、そして投稿のタイミングによっては、猛烈な批判の対象になるということを、あらためて認識させられました。今回のPNAS論文は生命科学の常識を覆すというほどではありませんが、mRNAワクチンに対して疑念を抱くには十分な内容であり、かつプレプリントサーバーへの投稿がmRNAワクチンの普及の時期と重なり、不運でした。

mRNAワクチンがこれまで実用化されなかった理由はいろいろあります。それらを乗り越えてというか、パンデミックを早急に終わらせなければいけないという緊急性と使命感から、今回COVID-19用mRNAワクチンが短期間で開発され、人類史上初めて大量に接種されているわけです。

それだからこそ、予期しないことが起こる可能性も残されています。mRNAがヒトゲノム中に組み込まれるのではないかという仮説もその一つです。多くの生命科学者もワクチン専門家も「原理から言ってそれはあり得ない」と否定しています。しかし、ただ否定するだけでは問題は解決しないでしょう。何せ今回のワクチンにはmRNAの翻訳プロセスという、従来のワクチンにない余計なステップが加わっているのですから。そして(たとえばモデルナ製mRNAワクチンの場合)、体内に入ったmRNAは最大5日間残存することが示されています [4]。

LINE-1による細胞内mRNAのレトロポジションは知られている事実であり、今回も特定の条件とは言え、コロナウイルスRNAのDNAへの組み込みが証明されました。であるなら、「mRNAワクチンがDNAに組み込まれることはない」と否定しているだけではなく、念のためにそれを早急に調べて否定すればよいのです(技術的には簡単ではないですが)。

引用文献・記事

[1] Zhang, L. et al.: SARS-CoV-2 RNA reverse-transcribed and integrated into the human genome. bioRiv Posted December 13, 2020. https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.12.12.422516v1

[2] Zhang, L. et al.: Reverse-transcribed SARS-CoV-2 RNA can integrate into the genome of cultured human cells and can be expressed in patient-derived tissues. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2105968118 (2021). https://www.pnas.org/content/118/21/e2105968118

[3] Cohen, J.: Further evidence supports controversial claim that SARS-CoV-2 genes can integrate with human DNA. Science May 6, 2021. https://www.sciencemag.org/news/2021/05/further-evidence-offered-claim-genes-pandemic-coronavirus-can-integrate-human-dna

[4] 独立行政法人医薬品医療機器総合機構: コロナウイルス修飾ウリジンRNAワクチン(SARS-CoV-2). https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/GeneralList/631341E

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:ウイルスの話

 

感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わる

はじめに

感染症はすべての感染者が二次伝播に関わるのではなく、一部の感染者によって広められることが知られています。たとえば、20%の感染者が伝播の80%に関わる、いわゆる20/80ルールというものが古くから報告されています [1]新型コロナウイルス感染症の場合も、スーパースプレッダーとよばれる一部の感染者が大部分の二次感染に関わることを、1年前のブログ記事で紹介しました(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問)。

今月(2021年5月)、米国コロラド大学の研究チームは、SARS-CoV-2の90%は感染者の2%のスーパースプレッダーによって広められているということを、米国科学アカデミー紀要に発表しました [2]。20%どころか、たった2%によって感染が広がるというのはあらためて驚かされます。このブログではこの論文について簡単に紹介したいと思います。

1. コロラド大学の研究成果

研究チームは72,500検体超分の唾液サンプルのリアルタイムPCR(RT-PCR)の検査結果について分析を行ないました。これらのサンプルはB.1.1.7系統英国型変異ウイルスやそれ以降のVOC(variants of concern)が米国で報告される前に集められたものであり、また被験者は採取時点ではすべて無症状であったということです。

三つのプライマー・プローブセット(CU-N、CU-E、およびPNasePコントロール)を用いるマルチプレックスRT-PCR検査の結果、1405人が陽性と分かりました。検出されたウイルス(ビリオン)量はプライマーセットによって異なりましたが、1 mL当たり中央値で10の5乗から7乗の範囲にあり、最大で6.1x10の12乗、最低でたったの8個になりました(図1A)。

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図1. プライマーセット別による検体のウイルス量(viral load)とCt値(A)およびプライマー別によるCt値の相関(B、C)(文献[2]より転載).

これらの結果は、陽性者が極端に広い範囲のウイルス排出量の状態にあったこと、および無症状(一見健康と思われる)状態であってとしても高い排出量のケースもあることを示しています。今回の徹底比較では,CU-Eプライマーセットが他のプライマーセットと最も高い整合性を示したため,Ct値に基づく唾液中のウイルス排出量データとしてはすべてこのプライマーセットのものが採用されています。

研究チームは、検出された陽性者すべてのウイルス排出量に対する各々のCt値が記録された陽性者の貢献度を解析しました。その結果、無症状、有症状に関わらず、これらの陽性者の約半分はウイルスの放出がほとんどない非伝染状態(noninfectious phase、Ct値>28.8)にありました(図2)。一方、無症状者の場合、ビリオン(ウイルス粒子)の最大90%はわずか2%の感染者(Ct値<19)に起因し、99%は10%の感染者(Ct値<23.7)に起因していることがわかりました。

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図2. 無症状感染者(A)および有症状感染者(B)のウイルス排出量(Ct値)および陽性者数への貢献度(文献[2]より転載).

図2の結果は、約2%の少数の感染者が圧倒的に二次伝播に関わっていることを示していおり、従来の知見 [345] と一致するものだと著者たちは述べています。そして重要なことは、英国型などの変異ウイルスが記録される前の結果であるということで、当初のオリジナルのSARS-CoV-2に当てはまる伝播様式であり、変異ウイルスの場合はまた変わってくる可能性を示しています。

2. 無症状スーパースプレッダーの重要性

今回のコロラド大学の研究チームの結果は、SARS-CoV-2の伝染においてス少数のスーパースプレッダーが重要であること、そしてそれが無症状者であることで感染が急速に広がりやすいことをあらためて認識させるものです。これらのスーパースプレッダーは、無症状であってもCt値<19という高ウイルス排出量を示していますが、これは世田谷区の社会検査で明らかになった無症状者のなかに高いウイルス排出が認められたことと同様な結果です(→感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク)。

著者らは検体によってウイルス排出量に広範囲のバラツキがあったとことは、サンプリングのステージが異なることが考えられるとも述べています。ピーク時のウイルス負荷は個人間で大きく異なることがわかっているので、個人によってウイルスの生成量が異なるというのが妥当な説明であるとしています。

これが、免疫反応の違いによるものなのか、ACE2受容体を含むウイルス複製をサポートする宿主因子の違いによるものなのか、感染する特定の変異体によるものなのか、あるいは初期の感染部位や感染量によるものなのかは、まだ解明されていません。

著者らはこの点をさらに検討するため、分析したウイルス保持量の分布を、Q-Qプロットを用いて理論的な正規分布と比較しました。その結果、ウイルス保持量が最も高い集団の一部を含め、両端で正規分布から外れていました。これは、ごく一部の個人が、他の集団とは異なる感染能力を持つユニークな集団を代表しているという仮説と一致するとしています。

とはいえ、サンプリング時点ではウイルス排出量が少なかったとしても、それ以前やその後はスーパースプレッダーになり得るウイルス量になる可能性もあるわけです。その意味で、繰り返しの検査検査・隔離における濃厚接触者の範囲を広げてトレーシングすることは非常に重要になると考えます。

いずれにせよ、今回の研究でも強調されていることは、わずか少数の無症状スーパースプレッダーがいて、彼らが無自覚のまま行動することが大きく感染拡大につながる可能性があり、そのために無症状者の社会検査が重要だということです。

おわりに

このブログでも何度となく指摘してきましたが、日本では不幸にして無症状者の検査は積極的に行なわれてきませんでした。多くの感染症専門家や医者は無症状者の検査は必要ないとさえ主張してきました。しかし、今回のコロラド大学の研究結果も含めて言えることは、いかにして無症状スーパースプレッダーを検知するかが感染拡大防止に重要だというです。これはもう私が1年以上前から指摘していることです(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問)。

有症状者はすでに発症しているわけですから、すぐに検査対象となるでしょう。重要なことは無症状感染者の多くは他者に伝染させないということではなく、わずか数%の発症前の人をも含めた無症状スーパースプレッダーを早く見つけ出すかということです。この意味で、繰り返しますが、Ct値に基づくスーパースプレッダーの同定と、その濃厚接触者や周辺環境に広げたトレーシングがきわめて重要になります。

引用文献

[1] Woolhouse, M. E. J. et al.: Heterogeneities in the transmission of infectious agents: Implications for the design of control programs. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 94, 338–342 (1997).  https://doi.org/10.1073/pnas.94.1.338

[2] Yang, Q. et al.: Just 2% of SARS-CoV-2−positive individuals carry 90% of the virus circulating in communities. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2104547118 (2021). https://doi.org/10.1073/pnas.2104547118

[3] Adam, D. C. et al.: Clustering and superspreading potential of SARS-CoV-2 infections in Hong Kong. Nat. Med. 26, 1714–1719 (2020). https://www.nature.com/articles/s41591-020-1092-0

[4] Kupferschmidt, K.: Why do some COVID-19 patients infect many others, whereas most don’t spread the virus at all? Science May 19, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/05/why-do-some-covid-19-patients-infect-many-others-whereas-most-don-t-spread-virus-all

[5] Bi, Q. et al.: Epidemiology and transmission of COVID-19 in 391 cases and 1286 of their close contacts in Shenzhen, China: A retrospective cohort study. Lancet Infect. Dis. 20, 911–919 (2020). https://doi.org/10.1016/S1473-3099(20)30287-5

引用した拙著ブログ記事

2021年4月13日 感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

再びPCR検査の精度と「感度70%」論の解釈

カテゴリー: 感染症とCOVID-19

はじめに

インターネットを見ていたら、「PCR検査感度70%は誤判定が多い』…医師に求められる対応」という幻冬舎の記事 [1] が目に留まりました。昔の記事かと思って日付を見たら、5月19日..何と今日の配信ではありませんか!  よく見たら、「本記事は、岩田健太郎氏の著書『僕が「PCR原理主義に反対する理由』(集英社インターナショナル)より一部を抜粋・再編集したものです」とあります。

当該本は2020年12月に出版された神戸大学医学部教授岩田健太郎氏による著書です。「非専門家たちの意見や予測は、ことごとくと言っていいほど、間違っている、検査原理主義を続けていくのは、日本医療の崩壊」、「医学常識の嘘を鋭く解き明かす傑作、ここに誕生」というキャッチフレーズがつけられた本です。しかし、それとは裏腹に、その中身と言ったら誤謬やデマだらけということがSNS上で指摘され、一躍有名になった本でもあります。

私も読んでみましたが、その内容になるほどと思う反面、SNS上で批判されているとおりの記述があることは認めますし、残念ながら岩田氏も含めて一部だとは思いますが、日本の医療クラスターの心配なくらいの科学リテラシーの低さも再認識したものです。

何でこの時期こんな記事がYahooニュースで出てくるのかという思いもありますし、ここで今さら説明するのもくどいのですが、新型コロナウイルス感染症PCR検査をめぐる世界および日本の「感度70%」論を比較しながら、PCR検査の精度に関して日本が犯した誤りを再指摘したいと思います。

1. NIJM論文に記載された感度70%

結論から言えば、後述するように、「感度70%」としてPCR検査の固有感度で話をするのは誤りです。然るにこの感度70%というのは、いったいどこから来ているのでしょう。岩田氏の以下のコメントにその引用元が記されています。NEJM(New England Journal of Medicine)という有名な医学雑誌です。

世界最高レベルの医学専門誌『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に掲載された論文において、執筆者たちは「PCRの感度は70パーセント」と見積もっています。僕の体験的実感でも、だいたいそんなところかなと思います。

(文献 [1] より)

では彼が引用したNEJM誌の論文というものをみてみましょう。

これは"Perspective"として米国の研究チーム、Woloshinらが出版した論説 [2] です。ちなみに、本論文は2020年8月に掲載されて以来、今日までの時点で251回引用されています。一般的に、直近の2〜3年で1年間に10回引用されればよい方だと言われる学界の論文の傾向を考えればきわめて被引用度が高く、NEJM誌が高インパクトファクター(IF=74.699 [2020])を有する雑誌だということも頷けます。

ただ(蛇足ですが)NEJM誌も含めていま権威ある医学雑誌といわれているものは、引用されやすい総説や論説の掲載が多く、自ずからインパクトファクターが高くなる傾向にありますので、その点で原著論文を中心に掲載する学術誌との単純な比較はできません。

そしてこれも当たり前ですが、個々の論文内容の質は高インパクファクターの雑誌に掲載されたかどうかということとは直接関係がありません。Woloshinらの論文もオリジナルな新規データを含む原著というわけではなく、敢えて誤解を恐れず言えば、BMJ誌に掲載された従来の論説 [3] の焼き直しの感が強いです(ただし、内容は本質的ですが)。そして、彼らがSARS-CoV-2検査の標準法であるプローブ・リアルタイムPCR(TaqMan PCR)の分析上の特質を理解していないのではないかと思われるフシもあり、この点の前提のオカシさもあります。

前置きが長くなりましたが、この論文の主旨は、一言で表せば「PCR検査には偽陰性の問題があり、検査陰性の解釈にはむずかしさがある、そのための対処が必要」ということになります。それを具体的に示すために、ベイズ定理(Bayes’ theorem)を用いて、事前(検査前)確率(pretest probability)と一定のPCR検査の感度(70%および90%)と特異度(95%)を想定した時のシミュレーションを行ない、「検査陰性」の解釈がどうあるべきかについて論じています。その結果が図1です

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図1. 事前確率に応じた感度70%と感度90%の検査(特異度95%)の事後確率の解釈(文献 [2] より転載).

図1は、「検査が陰性の時に確率が5%以下なら病気がないとみなす」という 仮定の基に(図中の破線のレベル)、感度が70%の場合には事前確率が15%(矢印A)、感度が90%の場合には事前確率が33%(矢印B)を超えると「検査陰性」の結果を妥当に解釈することができないということを示しています。

では、岩田氏に「執筆者が感度70%と見積もった」と言わしめた本論説ですが、一体どのように書かれているのでしょうか。その記載は以下のようになります。

But sensitivity for many available tests appears to be substantially lower: the studies cited above suggest that 70% is probably a reasonable estimate. At this sensitivity level, with a pretest probability of 50%, the post-test probability with a negative test would be 23% — far too high to safely assume someone is uninfected.

(文献 [2] より)

つまり、この論説では「先行研究は『70%がおそらく合理的な値』ということを示唆している」と言っているにすぎません。既出論文を参考にした推定値以上のものではないことがわかります(極論すれば、著者らが勝手に決めた数字)。そして感度70%という仮定値に基づいて「事前確率が50%のとき、PCR検査で陰性と出た時の検査後確率は23%程度となり、検査が陰性であっても感染していないと断定するにはあまりにも高すぎる」と述べているわけです。

では感度70%とするに至った先行研究とは何でしょう。このNEJM論文には5つの論文が引用されているので、それらのどれかを見た上での総合判断なのだろうと思います。この中で、感度70%に結びつきそうな引用論文は、Watsonらの論文 [3]、Yangらの論文 [4]、およびArevalo-Rodriguezらの論文 [5ということになるでしょう。

2.Watsonらの論文

それではまず、Watsonらの論文 [3] をみてみましょう。このBMJ誌に掲載された論文は、「COVID-19検査の結果をどう解釈するか」という課題について、ベイズ定理を用いて事前確率と偽陰性偽陽性の出現確率を考察したものであり、Woloshinらの論説の基となった総説です。

この論文は、100%正確な検査というものは存在せず、その検査の精度を知る上で指標になるのが感度と特異度であるということを述べています。これらは、最も精度の高いゴールドスタンダードと言われる別の検査の結果と比較することで求めることができますが、COVID-19検査では、まだ明確なゴールドスタンダードが存在しないと指摘しています。

言い換えると、COVID-19の標準検査法としてプローブRT-PCR法が用いられているのですが、それ以上の精度の高いゴールドスタンダードが現時点では存在しないために、PCR検査自体の精度を(したがって固有感度も)求めることがむずかしいのです*(注1)。ではいまPCR検査の感度や特異度と言われているものが何かと言うと、時系列で異なる検体や種類の異なる検体の検査結果に基づいて算出しているにすぎません。つまり「検体群AのPCR」と「検体群BのPCR」の結果を比べて述べているわけです。

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*(注1

PCR検査の「固有の感度や特異度」を算出するためには、「検体群AのPCR」と同じ「検体群Aの別の技法(PCRよりも高精度)=ゴールドスタンダード」を比べる必要があるが、現時点でそのような技法は存在しない。

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Watsonらは、一例として濃厚接触者の確定陽性者のPCR検査の臨床診断上の偽陰性の発生率は2–29%(感度71–98%)であるとしています。したがって、感度も偽陰性も知るためには、少なくとも2回以上のPCR検査が必要であり、この繰り返し検査が言わばゴールドスタンダードになっていると述べています。

ここでわかるように、いま世間で言われているPCR検査の「感度」というものは、あくまでも臨床診断上の指標(分析上の指標ではない)であって、2回以上検査を行なって「確定した結果と1回目の結果を比べたものにすぎません。

Watsonらは、先行研究結果に基づいて感度を70%と特異度を95%と低めにセットして(これ自体は合理性がない)、後発のWoloshinら [2] と同様なシミュレーションを行ない、事前確率に応じた検査陰性の解釈について考察しています。その一例としてあげられているのが図2です。

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図2. 事前確率80%、検査感度70%、特異度95%としたときの100人の被験者の検査結果の現れ方 (文献[3]より転載).

図2では、感染リスクの高い100人の事前確率を80%として感度約70%、特異度95%のPCR検査を実施した場合、陽性と判定されるのが57人(図中)、陰性と判定されるのが43人(図中水色)であることが示されています。しかし、実際は陽性者の一人は偽陽性であり(図中)、陰性者のうち24人は偽陰性です(図中黄色)。偽陽性の1人は自主隔離を言い渡される一方、24人の偽陰性者は隔離は必要がないと告げられ、外で感染を広げてしまう可能性があることが示されています。

どこかで聞いたような話ですね。そうです。日本の専門家会議や政府分科会が盛んに言ってきたことと同じです。尾見茂会長を含め、沢山の感染症コミュニティー専門家や医者がPCR検査の精度の低さに言及し、偽陰性の人が外出して感染を拡大する危険性があるので、むやみに検査を広げるべきではないと主張したのがこれです。

ここまでだと、このBMJ論文と日本の感染症コミュニティ・医クラのみなさんの主張は同じように見えますが、実はここからが大きく違います。図3(注1)に示すように、症状が疑われる患者の場合は、1回の検査陰性でCOVID-19を排除すべきでないと言っています。そして、中国のCOVID-19防止のハンドブックを引き合いに出して、偽陰性者が外出して他者に感染させるリスクを下げるために、検体の採取と検査を繰り返すべきと強調しています。

つまり、検査の限界性と偽陰性のリスクに言及しながら、検査拡大を主張しているわけです。日本とは正反対です。

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図3. COVID-19の検査について知っておくべきこと(文献 [3] より転載).

いずれにしろ、感度70%、特異度95%はこの論文ではっきり記述されていますが(上述したように、それ自体は根拠がない)、その持ち出しの目的は、日本の"感染症ムラ"の専門家のそれとはまったく異なるということです。

3. YangらおよびArevalo-Rodriguezらの論文

次にYangらの論文 [4] を見てみましょう。この論文は、中国広東省CDCによる確定COVID-19入院患者から鼻咽頭ぬぐい液、喀痰、中咽頭ぬぐい液を採取し、検体ごとのPCR検査の陽性率をみたものです。結果としてそれぞれ、53.1–85.3%、73.4–84.5%、45.7–72.7%の陽性率になりました。敢えてこれらを平均すれば約70%になります。

結論として、この論文は、検体の種類と採取時期および患者の症状によって検査の感度に違いが出るため、たとえ検査陰性でも感染の可能性を排除せず、CTなどを併用して診断すべきだと言っています。そしてこの時の感度というのは、確定患者数を100%としたときの検体の種類、採取時期、症状ごとの相対比(%)ということになります。

繰り返しますが、COVID-19患者ということは通常PCR検査によって確定しますので、上記論文の感度はPCRによる確定数を分母として、異なる検体のPCR陽性数から導き出されたことになります。PCRPCRを比べて感度を出しているわけですから、PCR検査自体の固有の感度を出せるはずもありませんし、事実論文中ではPCR検査自体の固有の感度も述べていません。

ただし、論文には患者確定をPCR検査で行なったかどうかの記述がありません。当然のこととして省略しているのでしょうか。科学論文としては明らかに手落ちだと思います。

最後にArevalo-Rodriguezらの論文 [5] を見てみましょう。この論文はWatsonらのBMJ論文でも引用されています。この論文は34の異なる研究例に含まれる12,057人の陽性確定患者のプール解析によって、1回目の検査時における陰性結果の現れ方についてまとめたものです。偽陰性の発生率は2–58%の範囲であり、中央値は11%と報告しています。

したがって、1回目の検査の感度は42–98%(中央値89%)になります。このように1回目の検査感度は、大きく値が異なることがわかります。患者の症状、検体の種類、検体の採取時期などに大きな違いがありますので、感度が大きく異なることは当然です。

ちなみにこの論文では、おそらく日本で最初にPCR感度70%を述べたと思われる坂本史衣氏(聖路加国際病院 QIセンター感染管理室 マネジャー)の引用元である、Fangらの論文データ(→PCR検査をめぐる混乱)も含まれています。

3. 何が問題か

臨床診断上の「感度」は陽性の人を正しく陽性と判定できる割合を意味します。そして、分母になるPCR検査で確定診断したCOVID-19陽性者数です。繰り返しますが、現状でPCR以上の精度の高い検査も「ゴールドスタンダード」として存在しないので、PCR検査自体の感度の固有値を出すことはむずかしいのです。

にもかかわらず、Woloshinらの論文 [2] ではPCR検査の感度を70%と固定したところに第一の問題があります。この論文では特異度も95%と決めて議論を展開していますが、これも科学的根拠はなく、かつ明らかに低い値です。ブローブRT-PCRはきわめて特異度が高い技法として知られており、特異度はほぼ100%です(検査自体の偽陽性[交差反応、非特異反応]はまず発生しない)。そしてベイズ定理を用いたシミュレーション自体も以下で述べるように問題があります。

岩田氏も事前確率が低い環境でのPCR陽性は疑わしいとよく言っていますが、疑わしいとする理由は何もありません。1万人の中に1人感染者がいる場合(事前確率0.01%)、その1万人をPCR検査を検査したら確実に0〜1人が陽性になります。0〜1と範囲があるのはその感染者のウイルスの排出量が分析上の検出限界以下であれば、感度0になるからであり、それ以上であればほぼ100%の確率で1人陽性となります。

ここで上記の事前確率で、PCRの感度を90%、特異度を99.9%と仮定して、ベイズの定理に基づいて事後確率を計算すると、たった8%にしかなりません。なぜこうなるかと言えば、ベイズ定理では、事前確率に応じて検査の精度(事後確率)が大きく変わるようになっているからです。ここが根本的問題であり、PCR検査ではありえません。言い換えればPCR検査にベイズ定理を当てはまること自体が科学的に無理があるのです。

ただ、Woloshinらの論文は、PCR検査の感度70%や特異度95%を問題にしているわけではありません。「分析上の感度、特異度」と「臨床診断上の感度、特異度」が異なることもイントロダクションで述べられています。いくら感度が高い検査法でも偽陰性は発生するという前提で、検査陰性の解釈を事前確率との関係で考えるために、便宜上感度70%という低めの推定値を用いてベイズ定理でシミュレーションしているわけです。

つまり、プローブRT-PCRの特性を考慮せず、現時点では算出がむずかしい感度や特異度の固有値を用いて単純に古典的なベイズ定理で偽陰性偽陽性の発生確率を論じていることは科学的にはおかしいのですが、そこから検査の限界を突破するにはどうしたらよいかという、危機管理の面から誤判定の想定範囲を広げてポジティヴに問題解決へ向けて展開していることが本質なのです。

以下のように、「高感度の検査であっても陰性の結果は感染を排除できない」、「典型的有症状患者の検査陰性は偽陰性を疑え」、「検査を繰り返すことで感度の限界を克服することは可能(ただしこの戦略は検証が必要)」と結論づけていま

Fourth, negative results even on a highly sensitive test cannot rule out infection if the pretest probability is high, so clinicians should not trust unexpected negative results (i.e., assume a negative result is a “false negative” in a person with typical symptoms and known exposure). It’s possible that performing several simultaneous or repeated tests could overcome an individual test’s limited sensitivity; however, such strategies need validation.

(文献 [2] より)

上述したように、このような「疑わしい場合は陰性を排除するな」、「検査を繰り返せ」という見解は、Watsonらの論文 [3] でも同じです。ベイズ解析の結果に基づいて、検査陰性の解釈に注意を促すとしても、決してそこから「検査は無意味」とか「検査を広げるな」とはなっていないのです。むしろ解決法として頻回検査を推奨しています。

一方、岩田氏は、検査原理主義という言葉を使って、さらには医療崩壊に繋がるというフレーズも持ち出しながら、あたかも検査拡大を否定するようなニュアンスで語っています。その前提としてPCR検査の感度70%論を持ち出しているわけですが、「僕の体験的実感でも、だいたいそんなところかなと思います」というコメントも含めて、今ひとつ信頼性に欠けるのは私一人だけの印象ではないでしょう。分析上の感度や特異度とともにPCR検査を知っている人なら、実際に担当している人なら決してそのような印象にはならないと思います。

岩田氏が引用したWoloshinらの論文 [2] は、Watsonらの論文 [3] やKucirkaらの論文(→PCR検査の偽陰性率を推定したKucirka論文の見方)とともに、日本の感染症コミュニティーや医クラに盛んに取りあげられてきた論文であり、「PCR検査の正確性の低さ」と「検査抑制論」の拠り所として使われてきました。しかし、感度70%というような表面的な記述だけを捉え、論文の主旨をまったく理解していないような言述は、論文をちゃんと読んでいないのか、理解力が足りないのか、あるいは確信犯的にそうしているのか、いずれにしても誤謬または詭弁といわれる類いのものです。

私は日頃から論文やウェブ上の情報、SNSを注視していますが、不思議なことに、PCR検査抑制論を唱えてきた人達が、より感度が低い簡易抗原検査(迅速抗原検査)を広めようという動きに対しては異を唱えているところを一度も見たことがありません。空港検疫で用いられている定量抗原検査も批判の対象にしていません。一体どうしたのでしょうか。

おわりに

今回のパンデミックにおいては、新型コロナウイルスの感染者は無症状者が多く、無症状であってもスーパースプレッダーになり得るということが特徴です。これはパンデミック当初からわかっており、感染拡大抑制においては無症状感染者対策がキーポイントでした。

防疫の基本策として「検査・隔離」が重要であり、検査をしなければ決して感染者も見つけられないはずです。しかし、不幸にして日本では「無症状者の検査は無意味」、「検査拡大は医療崩壊につながる」などのフレーズとともに検査抑制論が幅を利かし、そのためにしばしばPCR検査感度70%論(および特異度95%)とともに検査の精度の悪さがやり玉に上げられてきました。

同じ感度70%論でも、世界では「感染症に対する検査の限界をどう克服するか」という危機管理の側面から便宜上使われてきたのに対し、日本では感染症に対する危機管理のなさがそれを生み、海外の論文の表面部分だけを自己都合に解釈し、そして検査抑制論につながったいうことが言えます。

その線上において、日本では2020年2月の時点から感染症コミュニティーの専門家が、中国の研究チームの論文を引用しながら感度70%論を唱え(→PCR検査をめぐる混乱)、メディアや出版社がそれに乗り、論点を飛躍させたり歪曲させたりする多くの医者もいて、無用の社会の混乱を生んでしまいました。これらが日本の感染対策を遅らせ、余計に被害を拡大させてしまったことは否めないでしょう。そして日本が犯したこれらの誤謬や詭弁が、いまだにメディアを支配していることが気になります。

引用文献・記事

[1] 幻冬舎GOLD ONLINE: PCR検査「感度70%は誤判定が多い」…医師に求められる対応. Yahoo Japanニュース 2021.05.19. https://news.yahoo.co.jp/articles/d7f0dab3423b5bb81baccb81b8ad3b8c0c09cdde?page=3

[2] Woloshin, S. et al.: False negative tests for SARS-CoV-2 infection — challenges and implications. N. Eng. J. Med. 383, e38 (2020). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2015897

[3] Watson, J. et al.: Interpreting a covid-19 test result. BMJ 369, m1808 (2020). https://doi.org/10.1136/bmj.m1808

[4] Yang, Y. et al.: Laboratory diagnosis and monitoring the viral shedding of SARS-CoV-2 infection. The Innovation 1, 100061 (2020). https://doi.org/10.1016/j.xinn.2020.100061

[5] Arevalo-Rodriguez, I. et al.: False-negative results of initial RT-PCR assays for COVID-19: A systematic review. PLOS One Published: December 10, 2020. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0242958

引用した拙著ブログ記事

2020年8月19日 PCR検査の偽陰性率を推定したKucirka論文の見方

2020年3月24日 PCR検査をめぐる混乱

               

カテゴリー: 感染症とCOVID-19