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COVID-19ワクチン:免疫の活性化と課題

はじめに

いま世界中で、新型コロナウイルス感染症COVID-19のワクチン接種プログラムが進行中です。日本での進行状況も前のブログで紹介しました(→ワクチン後進国の日本)。

先月(2021年3月)、Nature Review Immunology 誌に、COVID-19ワクチンに関する総説が掲載されました [1]。少々専門的ですが、ワクチンの作用メカニズムと課題について理解するにはいい内容だと思いますので、ここで論文の翻訳文を掲げながら紹介したいと思います。

以下筆者による全訳文です。

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COVID-19 vaccines: modes of immune activation and future challenges [1]

1. 主旨

SARS-CoV-2に対する新しいワクチンは、その特異性、世界レベルでの普及性、そして新たに認可されたmRNAプラットフォームを含んでいるという点で斬新である。ここでは、承認されたワクチンがどのように自然免疫を誘発して永続的な免疫記憶を促進するかを説明し、これらのワクチンで集団を保護することの将来的な意味を考察する。

2. イントロダクション

SARS-CoV-2の世界的な大流行は、多くの人命を奪い、生活や人生に多大な支障をきたし、経済的、社会的、心理的なダメージを広範囲に与えている。急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、多臓器不全、死亡を伴う重症のCOVID-19は、感染による最も深刻な脅威であるが、軽症からの長期にわたる後遺症も報告されている。

高い感染力無症候性キャリアの存在、新しい変異体の出現は、過去1年以上にわたって世界の人々に長期的な影響を与えている。ここでは、新たに承認されたワクチンがどのように自然免疫反応と適応免疫反応を誘導するのか、その持続・耐久性の程度、そして集団保護機能としての進行中および将来の課題について考察する。

2. 承認されたワクチンの処方

過去10年間の最先端のワクチン技術の進歩により、2種類のSARS-CoV-2ワクチンが緊急用として使用承認された。これは現代医学において前例のないことである。ファイザー社とモデルナ社が開発したワクチンは、mRNA技術脂質ナノ粒子(LNP)送達システムを用いており、一方、アストラゼネカ社、ジョンソン・アンド・ジョンソン社、Gam-COVID-vac社(スプートニクV)が承認した製剤は、DNAを非複製型組換えアデノウイルス(AdV)ベクターシステムで送達している [2, 3, 4, 5]。mRNAワクチンとAdVワクチンは、ともにSARS-CoV-2のスパイク(S)タンパク質の産生をコードしており、このタンパク質は、自然感染により産生される中和抗体や治療用モノクローナル抗体の主要な標的となっている [2]

現在までに行われた第3相臨床試験の結果では、ファイザー/ビオンテックのBNT162b2とモデルナのmRNA-1273のmRNAワクチンは、COVID-19に対して90〜95%の防御効果を示したが [2, 3]、AdVワクチン(ChAdOx1 nCoV-19)とGam-COVID-vac(Sputnik V)は、やや低い防御効果を示した(それぞれ平均70%、91%)[4, 5]。いずれのタイプのワクチンも、接種後2〜4週間の血液中で、有意な中和抗体価とウイルス特異的T細胞応答を示した [6, 7]。これらの試験には、合計で10万人以上が参加しており、全世界の人々に迅速かつ広範にワクチンを接種するための説得力のある根拠となっている。

AdVワクチンはエボラ出血熱に対するライセンスを取得しているが、mRNAワクチンは新たにライセンスを取得した製剤である。このように、これらのワクチンがどのように免疫反応を誘導するのか、防御の耐久・持続性はどうか、また、新たな変異体、株、疾患の発現に対してどのように最適化していくのかについては、まだ多くのことを学ぶ必要がある。

3. 自然免疫反応と適応反応のトリガー

適応免疫を促進するためには、ワクチンには病原体特異的な免疫原とアジュバントが必要である。アジュバントは自然免疫系を刺激し、T細胞の活性化に必要な二次シグナルを提供する。最適なアジュバントは、重篤な副作用を引き起こす可能性のある全身性の炎症を引き起こすことなく、自然免疫を刺激する。

mRNAワクチンでは、mRNAが免疫原(ウイルスのタンパク質をコードしている)とアジュバントの両方の役割を果たすことができる。細胞内に侵入した一本鎖RNA(ssRNA)や二本鎖RNA(dsRNA)は、エンドソームや細胞質に存在する様々な自然免疫センサーによって認識され、ウイルスに対する自然免疫反応の重要な部分を形成する。エンドソームのToll様受容体(TLR3およびTLR7)はssRNAに結合し、細胞質ではMDA5、RIG-I、NOD2、PKRなどのインフラマソームの構成要素がssRNAやdsRNAに結合する。その結果、細胞が活性化され、I型インターフェロンや複数の炎症性メディエーターが産生される [8]図1)。

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図1. mRNAワクチンとアデノウイルスベクターワクチンはいかに免疫を誘導するか (文献 [1]からの転載図):mRNAワクチン(SタンパクをコードするmRNAを脂質ナノ粒子に封入したもの)と、Advワクチン(Sタンパクをコードするアデノウイルスベクター)の2種類のワクチン製剤は、注射部位やリンパ節内の樹状細胞(DC)に侵入し、Sタンパク質を高レベルで産生させる。さらに、ワクチンに内在するアジュバント活性によって自然に備わるセンサーが作動し、I型インターフェロン、複数の炎症性サイトカインやケモカインが産生される。mRNAワクチンでは、Toll-like receptor 7 (TLR7)やMDA5などがRNAセンサーとなり、AdVワクチンではTLR9が二本鎖DNAセンサーとなる。その結果、活性化されたDCは、Sタンパク質特異的なナイーブT細胞に抗原と共刺激分子を提示し、活性化されてエフェクター細胞に分化し、細胞傷害性Tリンパ球やヘルパーT細胞を形成する。濾胞性T細胞(TFH)は、S蛋白質特異的B細胞が抗体を分泌する形質細胞に分化するのを助け、高親和性の抗S蛋白質抗体の産生を促進する。ワクチン接種後、Sタンパク質特異的記憶T細胞とB細胞が発達し、高親和性のSARS-CoV-2抗体とともに循環し、これらが相まって、その後のSARS-CoV-2の感染を予防する。TCR, T cell receptor.

現在のワクチンには、TLRや免疫センサーとの結合を抑えるためにヌクレオチドが修飾され、かつ試験管内で転写された一本鎖のmRNAの精製物が含まれている。その結果、I型インターフェロンの過剰な産生や、細胞内の翻訳を抑制する機能を阻止することができる [8]LNPキャリアは、mRNAをさらに保護し、リンパ管への送達を目標とし、リンパ節(LN)でのタンパク質翻訳を促進することができる [8]。LNに到達したLNPは、樹状細胞(DC)に取り込まれ、DCはその後、抗原を産生してT細胞に提示し、適応免疫反応を活性化する。

AdVワクチンには、免疫原をコードするDNAを内包したウイルス粒子に固有のアジュバント特性がある。注射後、AdV粒子は、DCやマクロファージなどの自然免疫細胞を標的とし、dsDNAに結合するものを含む複数のパターン認識受容体(特にTLR9)と結合して自然免疫反応を刺激し、I型インターフェロンの分泌を誘導する [9]

mRNAワクチンは、AdVベクターとは異なり、TLR9とは結合しないが、どちらのワクチン製剤もI型インターフェロンの産生に収束する(図1)。Sタンパク質をコードするワクチン由来の核酸を取り込んだI型インターフェロン産生DCやその他の細胞は、抗原性と炎症性の両方のシグナルを、注射部位から排出されるリンパ節のT細胞に伝えることができる。これにより、Sタンパク質特異的T細胞が活性化され、SARS-CoV-2に対する適応免疫が動員される(図1)。

mRNAワクチンやAdVワクチンは、自然免疫反応とともにSタンパク質の細胞内産生を促進する能力があるため、CD8+ T細胞とCD4+ T細胞の両方がエフェクターとメモリーサブセットに分化する担い手として期待される。特に、ワクチン誘導によるI型インターフェロンの産生は、炎症性および細胞傷害性メディエーターを産生するCD4+ およびCD8+ エフェクターT細胞と、抗体を分泌する形質細胞へのB細胞の分化を促進するCD4+ 濾胞性ヘルパーT細胞(TFH)細胞の分化を促進する(図1)。

mRNAワクチン、AdVワクチンの両方とも、最適な防御効果を得るためには、3〜4週間の間隔をあけて2回接種する必要があり、注射部位の痛み、一過性の発熱、悪寒などの軽度から中等度の副反応があるが、これらの副反応は2回目の接種で増強される可能性が指摘されている。このような炎症反応の二次的増強は、「訓練された免疫」と呼ばれる現象によるマクロファージなどの自然免疫細胞の短期的な変化 [10] や、最初の注射で生じた記憶T細胞やB細胞の活性化に由来すると考えられる。I型インターフェロンは、T細胞の記憶を増幅し、B細胞の分化と生存を促進することが示されており、ブースター接種での炎症は、長期的な免疫学的記憶の生成と持続をさらに促進することが示唆されている。

4. 持続性と今後の課題

臨床試験およびヒトを対象とした臨床試験の初期の結果によると、どちらのワクチンも接種後数カ月間、抗Sタンパク質IgGおよびウイルス特異的中和抗体反応を示すことがわかっているが [6, 7]、T細胞に関するデータはまだ十分に解明されていない。このような短期的な耐久・持続性は、SARS-CoV-2の拡大を抑制し、正常な状態に戻る道を歩み始めるのに十分であると考えられる。しかし、SARS-CoV-2が世界的に蔓延していることや、Sタンパク質の変異体が出現していることから、ワクチンの有効性が制限される可能性がある。ワクチンを接種していない人や他の動物種にもリザーバーが存在するため、集団からSARS-CoV-2を根絶することは難しいと思われる。

変異型S配列と追加のSARS-CoV-2タンパク質を含む新しいワクチン製剤を作成し、残存株や季節的変異型に対して毎年または半年に1回、SARS-CoV-2ワクチンを接種することができる。mRNAワクチン製剤は、変異型Sタンパク質を含む異なるmRNAを迅速に合成してLNP担体に封入できるできるため、繰り返しの接種または修正されたワクチン接種に理想的である。対照的に、AdVベクター製剤では、AdV特異的な免疫が形成されるため、免疫を介したベクターのクリアランスにより、繰り返しのブースター接種の効果が限定的になる可能性がある。

前例のない大量のワクチンを世界中の人々に一斉に接種した場合、ワクチン接種の反応は間違いなく不均一性を生じることになり、強固な抗体反応が得られない人や保護されない人が出てくる可能性がある。呼吸器系ウイルスに対する免疫は、初感染時に肺に定着し、非循環集団として保持され、ウイルスの再感染時にその場で防御反応を媒介する組織常駐型メモリーT(TRM)細胞によって媒介される可能性がある [11]。TRM細胞は、弱毒化したウイルスワクチン製剤を部位特異的に接種することで生成することができる [11]

一つの興味ある試みとしては、mRNAワクチンを鼻腔内に投与することで、TRM細胞が促進され、肺が保護されるかどうかを調べることだ。また、自己複製型のmRNAワクチン(ウイルスの複製を模倣したもの)を開発することで、T細胞の保護免疫を高めることができるかもしれない。このような製剤や送達経路の変更は、免疫状態や年齢に応じてワクチンを最適化するために利用できる。

結論として、SARS-CoV-2パンデミックは、現在および将来のパンデミックに対して私たちの免疫システムを強化することに希望を与えるような、有望なワクチン製剤のライセンス供与を加速させている。

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翻訳文は以上です。

筆者あとがき

いま日本で進められているワクチン接種プログラムはファイザー/ビオンテック社のmRNAワクチンを用いるものです。mRNAワクチンは、特定の遺伝子(Sタンパク)の発現で擬似的なウイルス感染を起こさせ、細胞性免疫、液性免疫の両方を活性化するというものですが、この総説は(かなり専門的ですが)、ワクチンによってどのように免疫が獲得されるかを理解するのに役立ちます。

一方で、mRNAワクチンやAdvワクチンの問題も見えてきたように思えます。やはり一番問題なのは、パンデミック下で大量にワクチンが接種された例がないということ、そしてそれも前例のない核酸ワクチンだということで、この先がどうなるかわからないということでしょう。

生ワクチンや不活化ワクチンとは異なり、遺伝子コード型ワクチンは局所最適化されたものであり、細胞性タンパク質生産工場を生み出します。理想と思われる局所最適化のプロセスが、後々になって集団的に大きな問題になるということは、これまでの薬剤開発、材料開発の歴史のなかで私たちは嫌という程経験しています。核酸ワクチンが目的の効果を発揮する一方でどのような二次的影響を及ぼすのか、持続・耐久性や短期・長期的副反応などについて、いま正に人体実験中です。

ここで気になるのは、論文中にある「mRNAワクチンは、抗原性と炎症性の両方のシグナルを誘発し、注射部位から排出されるリンパ節のT細胞に伝えることができる」、「これにより、Sタンパク質特異的T細胞が活性化され、SARS-CoV-2に対する適応免疫が動員される」という一節です。ひょっとして、SARS-CoV-2だけでなく、スパイクタンパク生産工場である細胞自身が、細胞性免疫の攻撃対象になることはないのか?という疑問を抱きます。

世界規模の感染に対するワクチン接種プログラムは、当然地域や人種で接種率にムラを生じます。その間に抗体の低下や消失、ウイルスの変異(特に免疫逃避変異体)の問題も出てきます。ワクチンを接種していない人や他の動物種にもリザーバーも常に存在しますが、それらのリザーバーが枯渇すれば、今度はワクチンを受けた人々が免疫逃避変異体の標的になります。集団からSARS-CoV-2を根絶することは難しいと思われるという論文の指摘は正しいでしょう。ワクチンへの過大な期待は禁物です。

その意味で、ワクチンが普及すれば感染流行が抑えられるという短絡的なワクチン至上主義に陥っているわが国の状況は、いささか危険だと言えるのではないでしょうか。そして、「新薬のライセンス供与」という論文の結びは、背後に大きな商業的思惑や利権があることをうかがわせるものです。

引用文献・記事

[1] Teijaro, J. R. & Farber, D. L.: COVID-19 vaccines: modes of immune activation and future challenges. Nat. Rev. Immunol. 21, 195–197 (2021). https://doi.org/10.1038/s41577-021-00526-x

[2] Baden, L. R. et al. Efficacy and safety of the mRNA-1273 SARS-CoV-2 vaccine. N. Engl. J. Med. 384, 403–416 (2021). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa2035389

[3] Polack, F. P. et al. Safety and efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 vaccine. N. Engl. J. Med. 383, 2603–2615 (2020). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa2034577

[4] Voysey, M. et al. Safety and efficacy of the ChAdOx1 nCoV-19 vaccine (AZD1222) against SARS-CoV-2: an interim analysis of four randomised controlled trials in Brazil, South Africa, and the UK. Lancet 397, 99–111 (2021). https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)32661-1

[5] Logunov, D. Y. et al. Safety and efficacy of an rAd26 and rAd5 vector-based heterologous prime-boost COVID-19 vaccine: an interim analysis of a randomised controlled phase 3 trial in Russia. Lancet 397, 671–681 (2021). https://doi.org/10.1016/S0140-6736(21)00234-8

[6] Widge, A. T. et al. Durability of responses after SARS-CoV-2 mRNA-1273 vaccination. N. Engl. J. Med. 384, 80–82 (2021). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2032195

[7] Sahin, U. et al. COVID-19 vaccine BNT162b1 elicits human antibody and TH1 T cell responses. Nature 586, 594–599 (2020). https://www.nature.com/articles/s41586-020-2814-7

[8] Pardi, N., Hogan, M. J., Porter, F. W. & Weissman, D. mRNA vaccines — a new era in vaccinology. Nat. Rev. Drug. Discov. 17, 261–279 (2018). https://www.nature.com/articles/nrd.2017.243

[9] Sayedahmed, E. E., Elkashif, A., Alhashimi, M., Sambhara, S. & Mittal, S. K. Adenoviral vector-based vaccine platforms for developing the next generation of influenza vaccines. Vaccines 8, 574 (2020). https://doi.org/10.3390/vaccines8040574

[10] Yao, Y. et al. Induction of autonomous memory alveolar macrophages requires t cell help and is critical to trained immunity. Cell 175, 1634–1650 (2018). https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.09.042

[11] Paik, D. H. & Farber, D. L. Anti-viral protective capacity of tissue resident memory T cells. Curr. Opin. Virol. 46, 20–26 (2020). https://doi.org/10.1016/j.coviro.2020.09.006

引用した拙著ブログ記事

2021年4月11日 ワクチン後進国の日本

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19