Dr. Tairaのブログ

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「3密でなくても集団感染の恐れ」の今さら感

はじめに

今日、NHK WEB NEWSの「『3密でなくても集団感染のおそれ」という記事 [1] に目が止まりました。新型コロナウイルスSARS-CoV-2は、「密閉・密集・密接」のいわゆる「3密」の場面で感染が広がりやすいとされていますが、この記事では、屋外での飲食などの、「3密」ではなくても感染が広がったとみられるケースが相次いでいることを取りあげていました。そして、専門家は「2密」「1密」であっても感染すると考え、対策を徹底してほしいと呼びかけていることを記事で紹介していました。

また、今日の新聞報道で「マスクして打ち合わせでも職場感染」というのもありました [2]

私はこれらを読んでいて「何を今さら」という感じで少々気抜けする思いになりました。それは、当初から「3密」の3つの条件がそろわなくても感染は起きるとされていたからであり、世界では相当以前からSARS-CoV-2の空気感染についての指摘があったからです。私が「3密回避が誤ったメッセージになる」ことを指摘したのはもう1年以上も前のことです(→新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果

加えて今年に入ってからは、感染力が強いN501Y変異ウイルスの拡大で、3密に関わらない感染が余計に懸念されるようになってきました。それにもかかわらず、社会はまだ3密回避=安全、マスク着用=感染しない、に拘泥していたのかという思いを抱きました。

上記のNHKウェブ記事を読んでいたら、ちょうどNHKテレビの7時のニュースでもこの話題を取りあげていました。両者の報道を合わせながらここで紹介したいと思います。

1. NHKニュースでとりあげた3密に関わらない集団感染事例

横浜市では、密閉に条件に当てはまらない、河原で開いた大人数での飲み会で集団感染(クラスタ)が起こりました。感染したのは、大学のダンスサークルの学生たちで、参加した90人以上のうち、数日後に9人の感染がわかり、最終的には飲み会の参加者や関係者など、およそ60人の感染が確認されました(図1左)。

この集団感染は変異ウイルスではなかったと保健所は報告しています。つまり、野外のような開放系であっても、多数が集まって近接で会話する条件が揃えば、感染が広がるということです。

もう一つのケースとしては、演劇関係者の集団感染です。先月下旬、東京都区内の劇場で稽古をしていた演劇関係者に感染の疑いのある人がいることがわかり、検査したところ、20代から60代の男女9人の集団感染が判明しました(図1右)。このケースでは、全員がマスクを着用し、2メートル以上の対人距離をとって稽古をしていたそうなので、3密のうちの「密閉」の条件しかありませんでした。

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図1. 3密に関わらない集団感染の事例(2021.04.30 NHK 7 NEWSより).

保健所によると、この演劇関係者のケースについては民間の検査機関で感染が確認されたこともあり、変異ウイルスかどうかの検査は行われていないということです。しかし、たとえ感染力の強い変異ウイルスでなかったとしても、このような3密に関係ない感染リスクは常にあるということでしょう。

2. 最近の集団感染事例の特徴

さらに記事 [1] では、これまでには感染がほとんど見られなかった場面でも集団感染が発生していることを取りあげています。

神戸市では、今月初めの段階で90%以上が変異ウイルスに置き換わっていましたが、屋外でのいわゆるマスク会食での感染事例がありました。すなわち、中高生が部活が終わった後に屋外で車座になってジュースを飲んでいたのですが、これ以外はマスクをつけて話していたにもかかわらず感染が起こってしまいました。また、大学生のサークル活動の後での屋外での飲み会で感染した事例もあり、検査すると変異ウイルスだったということです。

現在の第4波流行では、感染者に占める若い世代の割合が多く、感染者の集団、クラスターは3密の条件がそろいやすい飲食店だけでなく、学校や職場などでの発生が多くなっています。先日は小学校での変異クラスターの報道があったばかりです。

東京都が4月28日発表したデータによると、東京都内で感染者のうちの20代と30代の割合は、2回目の緊急事態宣言が出たあと、2月15日の時点ではおよそ33%だったのが、解除後から再び増え始め、4月に入ってからはほぼ半分を占めています。厚生労働省の専門家会合でも、20–30代を若年層において全国的に感染拡大の傾向がみられ、飲食店に限らず、職場や部活、サークル活動などでの感染が報告されているとしています。

専門家会合で報告された最新の解析結果では、4月1日−23日の期間で全国各地で報告された5人以上のクラスターは463件であり、このうち、職場が96件(21%)と最も多くなっています(図2)。さらに、高齢者施設の86件に続いて、学校・教育施設での60件(13%)が目立っています。

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図2. 最近の集団感染の場所(2021.04.30 NHK 7NEWSより).

職場でのクラスターは、今年1月はおよそ11%でしたが、2月は13%、3月は18%、そして4月で21%と割合が増える傾向となっています。学校での感染事例は、今年2月にはおよそ7%だったのが、3月はおよそ10%になり、4月13%とさらに増えていることになります。学校では、部活やクラブ、サークルなどでの発生が大学でおよそ44%、高校ではおよそ22%にのぼっています。

3. 政府や専門家のリスクコミュニケーションの欠落

「3密」の条件がそろうところで特に集団感染のリスクが高いと言い出したのは旧専門家会議と厚生労働省です。しかし、3密の条件が揃わなくても感染リスクは常にあるというのも1年前からある話です(→新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果)。にもかかわらず、政府も自治体もメディアも3密に拘泥しながら市民の行動変容を促してきたことは、逆に被害を大きくしたことも否めないと思います。

上記記事 [1] では、東北医科薬科大学の賀来満夫特任教授の話を伝えています。すなわち、賀来氏は「従来から屋外のバーベキューなどでの感染はあったが、変異ウイルスは感染力が強いので『2密』や『1密』であっても感染すると考えなければならない。マスクをきちんと着ける、人との距離をさらに取る、屋外でマスクを着用していても飲酒を伴う会食は避けるなど、さらに対策を徹底する必要がある」と話しています。

この時期になって、屋外で感染する事例はあったとしながら、「2密や1密であっても感染すると考えなければならない」とはどういう意味でしょうか。屋外感染事例の段階で(もっと言えば1年前に)言うべきことではないでしょうか。

日本は変異ウイルスの脅威に対して(→変異ウイルスの市中感染が起きている第2波の流行をもたらした弱毒化した国内型変異ウイルス)、時期的な遅れも含めて明らかに対応を誤りました。テレビに出てくる専門家と称する人たちは、口を揃えて「変異ウイルスだからといってやるべきことは変わらない」と言っていたことを覚えています。

彼らが言っていたことは、ひたすら3密回避、マスク着用、手指衛生であり、このような抽象的表現のままでは誤解を与えます。変異ウイルス対応なら、より具体的な事例(→感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク)もあげながら、マスク着用(→変異ウイルス対応のマスクのつけ方)や行動変容についてもっと具体的に教示すべきでしょう。

政府と分科会の間、そして国民との間におけるリスクコミュニケーションの欠落を強く感じます。そしてそのことが、日本の新型コロナの被害をことさら大きくしていると思われます。

おわりに

今月半ば、英国と米国の共同研究グループは、「SARS-CoV-2の空気感染を支持する10の理由」という論説をランセット誌に掲載しました [3]。筆頭著者のオックスフォード大学Greenhalgh教授は、この論説に対する批判について丁寧に回答し、以下のようにツイートしています。

翻って、厚生労働省は(言葉の問題だとして)空気感染を依然として認めていません。政府系の専門家(たとえば押谷仁教授)もそうです。 3密を強調する一方で、空気感染の警鐘をならすことを避けている政府や専門家の姿勢は、国民の誤解を生むものとしてきわめて責任重大です。

引用文献

[1] NHK NEWS WEB: 「3密」でなくても集団感染のおそれ. 2021.04.30. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210430/k10013006461000.html

[2] 堀川勝元「マスクして打ち合わせ」でも職場感染 変異株の影響か. 朝日新聞DIGITAL 2021.04.30. https://digital.asahi.com/articles/ASP4Z6HCZP4ZOIPE02K.html

[3] Greenhalgh, T. et al.: Ten scientific reasons in support of airborne transmission of SARS-CoV-2. Lacet 397, 1603–1605.
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(21)00869-2/fulltext

引用した拙著ブログ記事

2021年4月13日 感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク

2021年4月10日 変異ウイルス対応のマスクのつけ方

2021年2月10日 第2波の流行をもたらした弱毒化した国内型変異ウイルス

2021年1月18日 変異ウイルスの市中感染が起きている

2020年3月18日 新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果

               

カテゴリー: 感染症とCOVID-19