Dr. Tairaのブログ

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ヒトのゲノムに組み込まれる?

前のブログ記事で、新型コロナウイルスRNAがヒトの細胞にDNAとして組み込まれるという現象を報告した論文(→新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる)、およびその解説記事(→SARS-CoV-2の遺伝子がヒトDNAと組み込まれることを裏付ける新たな証拠)を紹介しました。これらの論文・記事が出た直後に、今度はそれらの批評記事がサイエンスの姉妹雑誌であるScience Translational MedicineにBiological Newsとして掲載されました [1]有機化学・薬学の専門家であるデレク・ロウ(Derek Lowe)博士による批評です。そこで、その全文を訳したものをここに載せたいと思います。

以下、筆者による全文翻訳ですが、わかりやすくするために適宜意訳したり、補足する言葉を入れたりしています。

            

Integration Into the Human Genome? by Derek Lowe

私は、最近出版されたPNAS論文 [2] について、いくつかのコメントを求められていた。この論文は、SARS-CoV-2RNA配列のヒト細胞への組み込みについて述べたものである。喜んでコメントさせていただくが、まず最初に、この論文が注目されているのは(悲しいことに)反ワクチン活動家によるものが多いようである。彼らは、ワクチンを接種すると永久にコロナになるという恐怖心を煽っている。これは、以下に示すようにナンセンスである(この部分は最後まで読んでほしい!)。

この論文自体の背景については、こちらの記事(John Cohen, Science May 6, 2021 [3])が参考になるので、それを勧める。コロナウイルスRNAウイルスなので、細胞のDNAゲノムに組み込むには大きな障壁があることをまず念頭に置く必要がある。つまり逆転写酵素が必要ということである。通常のテープを逆に走らせるように、代わりにRNAの配列からDNAを作る酵素だ。ヒトは逆転写を行なわないが、ウィルスには逆転写を行うものがたくさんある。何千年もの間、私たちは多くのウイルスに感染してきたが、それらのウイルスのガラクタが、私たちのゲノムにかなりの量として詰め込まれている。もしそれを知ったら驚いてしまうだろうが、私たちのゲノムDNAの約520%は、古代のレトロウイルスの残骸であることは事実だ。なぜか、"インテリジェント・デザイン"の人たちがこのことを無視していることは不思議だ。これらの多くは大昔に起こったことであり、元のいい状態を保っているというわけではない。しかし、その中には人間の病気に関わっているものもあり、場合によっては、ウイルスのタンパク質の一部を継続的に発現させている可能性もある [4]

その証拠としてレトロトランスポゾンが挙げられる。レトロトランスポゾンはレトロウイルスが起源となっていると考えられ、内在性レトロウイルスのように働くことができる。私たちのDNAの中にはレトロトランスポゾンがたくさん内蔵されているが、それはレトロウイルスが自分自身をコピーできるからだ。特によく研究されているのがLINE1配列である。ゲノムの中にはたくさんのLINE1配列があり、そのほとんどは劣化して不活性化している。しかしその中にはタンパク質として発現できるものがあり、その一つとして、LINE1 DNAを作成してゲノムに挿入することができる、逆転写酵素がある。哺乳類においては、これらの配列は細胞内で進化を遂げているようで、長期にわたる「軍拡競争」の歴史が示されている。

したがって、私たちの細胞は逆転写酵素そのものを必要としていないが、LINE1のおかげで逆転写酵素が走り回っている。今回PNAS誌に掲載された論文では、ある条件下で、この酵素が感染中のコロナウイルスRNAを拾い、その配列からDNAを作り、それを細胞のゲノムに挿入し直すことができるという証拠が示されている。しかし、この論文では、その条件として、通常よりもLINE1の量が多くなるように細胞株を改変したことが示されており、そのことが実験結果を実際の感染症にまで拡大することができない理由のつになっている。また、この論文のプレプリントの段階では、検出されたヒトとウイルスのキメラ配列がアーチファクトとして作られる可能性があるという批判を受けていたが、今回の最新バージョンでは、こうした懸念の多くが解消されているようだ。

また、重要なこととして、ウイルス感染によってLINE1の活性が実際に抑制解除される可能性もあり、このメカニズムを排除できない(今回のコロナウイルスだけに当てはまるわけではなく、他のRNAウイルスでも起こりうる)。もしこれが起これば、ヒトとウイルスの混合タンパク質断片が生成されることで、(おそらく)自己免疫疾患を引き起こす可能性がある。また、ウイルスの配列が内在化することで、ウイルス配列を標的とする診断テストが混乱する可能性もある。これらのことはまだ解明されておらず、一般的に言えば、研究する価値はあるだろう。とはいえ、今のところ、コロナウイルスに感染した患者でこのプロセスが起こっているという確たる証拠はない。

今回使用された細胞培養条件であっても、著者らは、ウイルスゲノムの一端(3′側)からの可変長の挿入を見ているにすぎないことにも注意が必要である。このプロセスでは、感染力のあるウイルスは生成されない。また、この結果は、「mRNAワクチンによってスパイクタンパク質が細胞のDNAに組み込まれることを意味するものではない」と著者自身が述べていることも重要である。ワクチンに含まれるmRNAは、ウイルスゲノムの3′末端とは似ても似つかぬものであり、非翻訳領域(UTR)も全く異なるし、何よりスパイクタンパク自体が実際のウイルスゲノムの3′末端には存在しない。ワクチンを接種すると、免疫システムが将来的に働くようになるが、これは規模的にも多くの細かい部分においても、ウイルスに感染したのとは違う。

このPNAS論文の研究が反ワクチン派に取り上げられていることに著者らは不満を感じているようだが、私はその研究者らに同情する。私も頭にきている。同時に、一般的に言ってウイルス感染症については、可能性は低いが、調べる価値のある仮説だとは思う。また、反ワクチン運動のために何でも掴む人がいることは、一般的に残念なことだ。もしこの論文がなければ、彼らは他のことで盛り上がっていたに違いない。

            

筆者あとがき

ここで紹介した批判記事も含めてこれまでの文献・記事をと、論点を二つに分けなければならないように思います。一つはPNAS論文 [2] で報告された培養細胞におけるウイルスRNAのレトロポジション現象が、実際にSARS-CoV-2の感染者で起こりえるかということです。 

もし、それが起こるとするなら、感染性のあるウイルスが再生産される可能性は非常に低いとしても、ヒトとウイルスのキメラタンパク質が作られ、それが自己免疫疾患の原因になりはしないかという問題が考えられます。また、ウイルスRNAがゲノムDNAに組み込まれることで、ウイルスを標的とするPCR検査で陽性になり、診断に混乱を及ぼす可能性もあります。これはロウ博士の批評記事で述べられているとおりです。

もう一つの論点は、今使われているようなmRNAワクチンのスパイクタンパク質がゲノムDNAに取り込まれる可能性はないかという疑問です。PNAS論文の著者らの主旨は「mRNAワクチンがDNAに組み込まれることを意味するものではない」という言い方であって、必ずしもそれを否定しているわけではありません。ロウ博士の批評もこの点は曖昧であり、mRNAワクチンのレトロポジションが起きない理由をはっきり述べているわけではありません。組み込まれたウイルスの3'側の可変領域とワクチンのスパイク配列が全く違うと言っているだけです。

はっきりしていることは反RNAワクチン派があたかもmRNAが害があるように煽っていることは間違いであり、そしてPNAS論文が反ワクチン派の主張にお墨付きを与えているということもないということです。この点に対するロウ博士の批判ははっきりしています。

いずれにしろ、前のブログ記事でも述べましたが、mRNAワクチンのレトロポジションがあるかどうかは、ワクチンを受けた人達のDNAを調べればわかることなので、念のためにその追跡調査はやるべきでしょう。そうでなくても、PNAS論文 [2] で用いられた同じアッセイ系、あるいは他のモデル細胞系でmRNAワクチンの導入実験をやれば、ある程度(少なくとも逆転写が起こるかどうかの程度)の結論は出るでしょう。

そして逆転写酵素活性は特に精子細胞などで発現していることが知られているので、万が一のことを考えて若い人たち(特に20歳以下)へのワクチン接種は、少し待った方がいいと個人的には思います。

ただ、ワクチン接種者のDNAを調べるとなると、それだけで国やメーカーや研究者から圧力がかかったり、批判されたりしそうですね。それを危惧します。

引用文献・記事

[1] Lowe, D.: Integration Into the human genome? Sci. Trans. Med. May 10, 2021. https://blogs.sciencemag.org/pipeline/archives/2021/05/10/integration-into-the-human-genome

[2] Zhang, L. et al.: Reverse-transcribed SARS-CoV-2 RNA can integrate into the genome of cultured human cells and can be expressed in patient-derived tissues. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2105968118 (2021). https://www.pnas.org/content/118/21/e2105968118

[3] Cohen, J.: Further evidence supports controversial claim that SARS-CoV-2 genes can integrate with human DNA. Science May 6, 2021. https://www.sciencemag.org/news/2021/05/further-evidence-offered-claim-genes-pandemic-coronavirus-can-integrate-human-dna

[4] Donohue, B.: Genes from ‘fossil’ virus in human DNA found to be active. UW Medicine. Nov. 4, 2019. https://newsroom.uw.edu/news/genes-%E2%80%98fossil%E2%80%99-virus-human-dna-found-be-active

                 

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