Dr. Tairaのブログ

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遅すぎたそして的外れの"感染再拡大防止の新指標"の提言

はじめに

政府の分科会は、4月8日、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の感染拡大の兆しを捉えて強い対策を早く行うための新たな指標についてまとめました [1]。分科会は去年8月に感染状況を見るための「ステージ」の指標を提言しましたが、それが十分機能しなかったことによる見直しと思われます。私もこのステージの指標に対する疑問をこのブログで示しました(→政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問)。

この新しい指標については今日(4月15日)、分科会の尾身茂会長が会見を開いて公表しました [2](図1)。ここでそれを紹介しながら、中身を検証してみたいと思います。一言で表すなら、この見直しは「遅すぎた」という印象です。そしていまだに分科会の考え方は的外れではないかということを感じざるを得ません。というのは「医療ひっ迫を防止したい」と言いながら、指標や分科会の姿勢がそのようになっていないということです。

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図1. 4月15日の政府分科会尾見会長の記者会見 [2].

1. 見直しの背景

分科会が昨年8月に示した「ステージ」は、感染状況(病床使用率やPCR検査の陽性率などの項目)に応じて4段階に分けられていました。しかしこれまでは、国と自治体、専門家との間でこの認識が迅速に共有されず、感染が拡大しそうなときに急ブレーキをかけるための「サーキットブレーカー」として機能しないこともあったと、今回の提言で尾見会長は述べました。今回の見直しは、このような背景に踏まえ、感染が拡大する兆しをより早く捉えて対策につなげるために行なったということです。

しかし、ステージの指標がサーキットブレーカーとして機能しなかったことは中身の問題ももちろんありますが、そもそもステークホルダー間のリスクコミュニケーションの欠如という日本特有の問題が大きいように思います。つまり、感染症対策の当事者である専門家と政策決定者である政治家との間のコミュニケーションの悪さがあると言えます。加えて、厚生労働省官僚が政策の無謬性に拘泥するあまり、しばしば情報の恣意的操作や隠蔽を図ることが、国民への正確な情報伝達を阻害しているということがあるでしょう。

その端的な例が、厚労省といわゆる"感染症コミュニティ"を発信源とする検査抑制論です。彼らは検査を医療資源としてのみ捉え、かつ2009年のパンデミック後に提言を受けたはずの検査拡充をサボり続けてきたことのゴマカシとして、その限定的使用を打ち出し、ことさらPCR検査の精度が悪いというデマ情報を流してきました。それによって日本の感染症対策は危機的というくらいに遅れ、被害を拡大したことは明らかであり、その責任はきわめて重いと言えます。

それはさておき、分科会が示した見直しの内容をここでチェックしていきましょう。

2. 新しい指標の提言

今回の見直しでの大きな変化は、これまでの「ステージ」の指標に加え、「感染拡大の兆しを早期に捉えるための指標」と「強い対策をとるタイミングの指標」が新しく設けられたことです(図2)。

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図2. 政府分科会が示した新しい指標(2021.04.15. NHK NEWS WATCH9より).

具体的には、「感染拡大の兆しを早期に捉えるための指標」として、感染が若い世代を起点に高齢者に広がることから、20〜30代の若年層を中心とした感染者数の動向PCR陽性率歓楽街の夜間の人出などの5つの項目があげられています。また、強い対策をとるタイミングの指標」として、都道府県が最大限確保する病床が2〜4週間で満床に達することが想定される場合や、夜間の人出が2週連続で大きく増加した場合などの3項目を示されています。

尾身会長は「新しく決めた指標は、病床のひっ迫を防ぐことにより重点を置いたものだ。感染拡大が一定以上進めば早晩、医療がひっ迫するおそれがあり、先手を打ってまん延防止等重点措置などを実行に移す必要がある。タイミングが遅れれば医療のひっ迫が深刻になるため、行政には今回の指標をもとにした迅速な判断を求めたい」と述べました [2]

私はこれを聴いていて、相変わらず勘違いしているのではないかと率直に感じました。図1にも示すように「感染者を減らしたいのはもちろんだが、一番重要なのは医療のひっ迫を防ぐこと」と尾見会長は述べています。これは矛盾した言い方です。収容できる病床数は有限ですから、結局は感染者数を抑えることが最重要課題なのです。以下に具体的に2つの点を挙げます。

まず1点目ですが、単純な話、感染者が増えなければ患者も重症者も増えず、医療もひっ迫することはありません。つまり、医療ひっ迫を防ぐためには、前線の感染者数を抑えることが第一であり、そのための監視体制の強化と感染拡大防止のための強い対策を早めに打つことが重要なのです。尾見氏が言う「先手を打つ」、「タイミングが遅れれば医療のひっ迫」というのは正論ですが、であるなら、それを実行できるような指標とその運用法にしなければなりません。

監視機能として有効なのは、新規陽性者の数と検査陽性率であることは誰にも理解できることと思います。仮に今分科会が掲げているステージIIIの新規陽性者数(15人/10万人)を基準とすれば、東京で1日約300人、大阪で1日約190人に相当します。 検査陽性率で言えば、WHOは5%以下が感染流行が制御されている(検査と隔離が機能する)段階という一つの目安を出していますし、韓国では2%以下を目標としています。

そこで仮に間をとって検査陽性率を3%以内となるように日常的に検査を実施するとしましょう。そうすると、東京で10000件以上/日、大阪で6800件以上/日という検査を実施していればよいということになり、この条件で東京で7日移動平均で300人/日、大阪で190人/日になったら、強い対策をとるタイミングであるという目安をつくることができます。

実に単純な話で、医療をひっ迫させたくないなら、まずここを死守することが重要なのです。翻って東京や大阪で、上記の数字に基づいてこれまで何か強い対策がとられたことがあるでしょうか? 否です。今回の第4波で言えば、大阪でこのステージIII基準(15人/10万人)の数字になったのは3月26日です。しかしこの時点では何も対策がとられず、10日後になってやっとまん延防止措置の適用が始まったという体たらくです。しかもまん延防止というからには、防止機能がなければいけないのに、すでにまん延させてからの措置するというギャグみたいな話です。

次に2点目ですが、医療ひっ迫を防ぐことが重要と言いますが、日本は構造的に医療提供体制が感染症拡大に対応しておらず、医療ひっ迫は必然的なものと考えられます。まず欧米に比べて病床数は格段に多いものの、医療従事者(とくに看護師)の数が不足しています。これは収益性をあげるために人員整理をし効率化を図ったためです。そして、感染症を治療することと、軽症、中等症、重症者を診るという病院ごとの役割分担ができていないということが問題なのです。全国に数十カ所ある国立医療機関にコロナ専門病院をつくるということもできたはずですが、これは実現できていません。

そもそも発熱外来は全医療機関の一部にしかなく、民間病院の数は多くても感染症を診るための設備とスタッフの整った大病院は少ないという状況です。今COVID-19患者の治療に当たっている病院でも、軽症、中等症患者と重症者患者をいっしょに入院させている場合も多く、非常に非効率的に患者対応を行なっているのです。

これが日本が欧米に比べて圧倒的に感染者数が少ないにもかかわらず、すぐに医療ひっ迫になってしまう理由です。したがって単に病床を増やせばいいという問題でも、民間病院を活用すればよいというも問題でもなく、人手不足と医療体制のアンバランスというきわめて深刻な構造的な問題があるために、実際に機能する病床数を簡単には増やせないということなのです。仮に、大阪府医療崩壊だからという理由で、他府県に看護師を要請してもすぐにはそのようには対応してもらえないでしょう。

3. 4段階のステージ

今回の分科会の提言では、去年8月に発表した感染状況を4段階の「ステージ」に分ける考え方に変更はありませんでした(表1)。

表1. 感染状況の4段階のステージと内容

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分科会ではこれまでステージを判断する指標として、「医療提供体制等の負荷」、「監視体制」、「感染の状況」の3つのカテゴリーに以下の6つの項目を示していました。

医療提供体制等の負荷
1. 病床のひっ迫具合
2. 療養者数
監視体制
3. PCR陽性率
感染の状況
4. 新規報告数
5. 直近1週間と先週1週間との比較
6. 感染経路不明割合

それが今回の提言ではの上記の「5. 直近1週間と先週1週間との比較」がなくなって5項目に減り、「医療のひっ迫具合」に新たに入院率(すべての療養者に占める入院できている人の割合)が加わりました。

この入院率とは、COVID-19患者のなかで実際に入院している人の割合を示します。本来入院する必要があるのに、入院できずに自宅や施設で療養する人が増えると「入院率」は低くなります。すなわち、数値が低いほど受け入れることができない患者が増え、医療がひっ迫している可能性があることになります。

表2に旧ステージ指標と新しいステージ指標を比較して示します。

表2. 政府分科会による感染状況の変化に対応した対策の実施に関する指標及び目安についての新旧対比(赤字部分は変更されたところ)

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今回新しくなったのは、入院率が加えられてステージIIIで40%以下、ステージIVで25%以下となったこと、療養者数がステージIVで30人以上/10万人と引き上げられたこと、そしてPCR陽性率がステージIIIで5%と引き下げられたことです。

提言では、基本的にはステージIIIになれば感染が拡大しそうなときに、それを阻止するために「サーキットブレーカー」として速やかにまん延防止等重点措置を含む強い対策を早期に講じることが重要であるとし、感染が急拡大する兆しが見られる場合は、ステージIIの段階から用いることも考えられるとしています。

特に今は、感染力の高いN501Y変異ウイルスの出現でこれまで以上に医療がひっ迫しやすくなっているため、先手を打って強い対策を講じる必要があるとしました。そのためにはさまざまな指標を総合的に判断する必要があるとして、分科会は感染拡大の予兆を早期に探知するための指標を新たに設定したということです。

4. 再度、分科会提言指標が機能しない理由

今回のパンデミック感染症対策で最も重要なのは、特に日本では医療提供体制が十分でないことを鑑みて、感染者数を増やさないことです。つまり医療提供体制への圧迫を避けるためには、ステージII以下の感染状況を維持することが重要です。その上で分科会が提言する指標がうまく機能しない理由をここで再度まとめてみます。大きく以下の三つの理由が挙げられます。

               

1) 指標が多すぎる(複雑すぎる)

2) タイムラグがある監視体制と医療提供体制の指標が同列で考えられている

3) 指標の基準が甘い

               

1)については、指標が多すぎると、どうしてもそれらを総合的に判断せざるを得ず(事実尾見会長は指標を総合的に判断する必要があると言っている)、すべての指標において赤信号が点滅する段階になって初めて強い対策を考えるということになりがちです。したがって、指標を多くすることは、判断をわざわざ遅らせるようなものです。

2)については根本的な問題ですが、感染者数が増えると入院患者数が増え、それから重症者が増え、病床が埋まるということになるので、これらを時系列を同じにして考えてはいけないのです。監視体制・感染状況の指標が赤信号になったら即座に強い対策をとり、病床のひっ迫を防ぐということがまず第一です。そして、さらに医療提供体制に赤信号がついたらさらに強い対策をとるという二段構えが必要です。

3)については、依然として監視体制や感染状況の基準が甘いということです。旧ステージIII、IVの指標ではPCR陽性率10%という、とんでもない数値が掲げられていました。これは感染が広がりすぎて検査が機能しなくなっている段階です。新しい指標ではステージIIIで5%に引き下げられましたが、上述したようにここは3%程度に、そしてステージIVを5%程度に厳しくするべきでしょう。新規陽性者数もステージIIIおよびIVでそれぞれ10人/10万人、20人/10万人に引き下げられるべきです。

さらに依然として感染経路を50%としているのもおかしいです、この数字は検査・追跡・隔離ができていないレベルの話であり、このままでは市中感染を許しすぐに再燃させる危険性があります。ステージIIIではせめて30%程度に引き下げられるべきでしょう。

具体的に、関西の感染拡大の兆候が見られた3月23日から28日での6指標の数値変化を首都圏、関西圏、福岡、沖縄で示したのが図3です。この間に大阪府兵庫県では医療提供体制(指標1、2、3)がステージIVの段階になっています。にもかかわらず、監視体制(PCR陽性率)はすべての自治体でクリアし、新規感染者数も感染経路不明も大阪がステージIII以外はほとんどのクリアされているのです。一方で病床利用率においては、半数以上がステージIII以上になっています。

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図3. 3月23日から28日における都道府県の6指標数値の変化(NHK特設サイト「新型コロナウイルスより転載).

つまり、監視体制や感染状況を飛び越えて先に医療提供体制に赤信号が点滅しているような状況なのです。監視体制や感染状況の数値基準が甘いために、本来の機能を果たせず、いきなり医療ひっ迫という事態になる可能性が高いにもかかわらず、全体の指標を総合的判断するために、それに気づかない(対応が遅れる)という状況になっているわけです。

結局、分科会が新しく設けた図2の基準のほとんどはなくても済む話であり、逆に新たに指標を増やすことで、余計に"総合的判断"と対策が遅くなる可能性があります。上記表2で言えば、監視体制と感染状況に当たる項目3、4、5のみで十分に感染拡大予防策として成立します。

ここで、大阪府の例を出しながら、いつ強い対策を出すべきだったかを検証したいと思います(図3)。大阪府は吉村知事の要請を受けて2月末をもって緊急事態宣言が解除されました(左端の赤矢印)。しかしこの解除は危険であり、直ぐに再燃を許すことになることをこのブログで指摘しました(→大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請)。

なぜなら、この時点で新規陽性者数は下げ止まりになっており、感染経路不明者が50%を超え(すなわち市中感染が起こっており)、そしてN501Y変異ウイルスの拡大が予測されていたからです。緊急事態制限を解除するならこの時点で一気に検査を拡大し、変異ウイルス感染者も含めて陽性者を徹底的に検出・隔離すべきでした。

次のチェックポイントは、上記したように3月23−28日の間です。3月26日(真ん中の赤矢印)、旧ステージIIIの感染状況の3指標(15万人/10万人、直近1週間が先週より多い、感染経路不明50%)すべてにおいて基準を超えました(図3参照)。これ以降ずうっと15万人/10万人超えが続くことになります(図4、薄赤の影部分)。強い対策を打つなら正にこの時点でしたが、結局まん延防止措置が導入されたのはおおよそ10日後になりました。

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図4. 大阪府の新規陽性者の推移(NHK特設サイト[3]からの転載図に加筆、黒線は7日間移動平均、赤矢印は左から緊急事態宣言解除、指標15人/10万人超え、まん延防止等重点措置開始をさす).

このようになぜ判断が遅れるかと言えば、繰り返しますが、表2にあるように指標が多すぎて(かつ感染状況の数値基準が甘い)、すべて(あるいは大部分)が赤点滅になるまで待ってしまうからです。監視体制と医療提供体制は時間的ズレがありますので、医療提供体制の基準を超えた時にはもう手遅れということが起こります。表2の医療提供体制の指標は基準を超えるまで、判断を保留してはいけないのです。

そして流行を予測するという意味では、地域全体の検体プール検査とも言える下水検査がきわめて有効だと言えましょう(→下水のウイルス監視システム下水検査の現状)。分科会自身も下水検査という発言をしたことがありますが、相変わらず積極的に押し進める様子はありません。

おわりに

私は毎日NHKの特設サイト「新型コロナウイルス[3] を見ていますが、そこでは新規陽性者が出た都道府県は地図上で黄色で示されます。この2日間連続で全都道府県において陽性者がゼロでなかったことを確認して、今日以下のようにツイートしました。

おそらく明日以降も全国真っ黄色の状況が続いていくのではないでしょうか。 それだけ今の変異ウイルスによる第4波がこれまでの流行の波のなかで最悪であるということです。

政府はまん延防止措置の拡大でお茶を濁していますが、そんなことでよろしいのでしょうか。分科会の新指標の提言が遅すぎたように、政府のやることも何もかも遅すぎます。かつ対策も甘過ぎです。

今や、関西や首都圏は緊急事態宣言発出で緊張感を高めた上で、具体的な数値を伴った大規模接触削減や人流制限を行なうべきであると思います。しかし、菅首相はバイデン大統領に会うことで頭がいっぱいと推察しますし、この先東京五輪や総選挙もあります。これらが足かせになって、とても緊急事態宣言発出をするようなマインドにはなっていないのでしょう(だから代わりにまん延防止措置を用意したということではないでしょうか)。

引用文献・資料

[1] NHK NEWS WEB: “感染拡大の兆し 早めに捉える指標に” 政府分科会で提言案. 2021.04.08. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210408/k10012963961000.html

[2] NHK NEWS WEB: 新型コロナ 政府分科会 感染再拡大防止の新指標 提言まとめる. 2021.04.15. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210415/k10012976261000.html

[3] NHK: 特設サイト「新型コロナウイルス」 https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/#infection-status

引用した拙著ブログ記事

2021年3月30日 下水検査の現状

2021年2月25日 大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請

2020年8月8日 政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問

2020年5月29日 下水のウイルス監視システム

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク

はじめに

現在関西を中心に、B.1.1.7系統N501Y変異ウイルス(いわゆる英国型ウイルス)の感染拡大が顕著です。今日は大阪府で初めて1,000人を超える新規陽性者数になりました。緊急事態宣言解除が誘発した"気の緩み"が春先の人流増加を促し、感染拡大に繋がったという可能性が大です。首都圏も数週間遅れでこれに続くでしょう。

緊急事態宣言解除後は、何も強い対策を打たない限り感染が拡大するであろうということは、当初から予測されたことであり、各自治体知事らの判断の責任は重大です(→大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念)。とくに大阪府における重症化病床使用率はほぼ満杯であり、この先医療崩壊が起こり、その被害をどれだけ最小限に留めるかという段階になっています。

今回の感染流行は、疫学・ウイルス学的には感染力を増した変異ウイルスの伝播によるところが大きいですが、国や自治体の感染症対策としては、ウイルスの空気感染(エアロゾル感染)を軽視したことにもあるのではないかと思っています。厚生労働省のホームページの一般向けQ&Aを見ても、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の感染様式としてあるのは、依然として飛沫感染接触感染のみであり、空気感染については触れていません(→緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念)。

1. マスク会食による感染事例

空気感染軽視の最たるものがマスク会食の勧めです。神奈川県黒岩知事や大阪府の吉村知事が盛んに勧めている感染防止対策です。マスク会食自体はいいのですが、やはり対人距離の確保や換気量の確保などがセットになっていないと、感染リスクは高くなります(→マスク会食の是非)。

今日のテレビ朝日の「モーニングショー」では、マスク会食で感染したと思われる事例を紹介していました。ここで感染の対象者となったのはAさんです。彼は先月1人で飲食店へ行きましたが、4日後に濃厚接触者の連絡を受け、検査を受けた結果、変異ウイルス陽性が判明し、入院となりました。

感染場所となった飲食店は一見さんお断りの店であり、入店時にはマスク着用と検温チェック、それに消毒がありました(図1)。

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図1. マスク会食での感染事例-1(2021.04.13 TV朝日「モーニングショー」より).

お店でAさんは何も食べず、お酒を2杯飲んだだけで、飲む時だけマスクを下げていました。滞在時間は1時間弱です。店主も常にマスクをつけており、この間一回もマスクを外していないということでした(図2)。したがって、陽性が判明した時に、感染経路についてわからないというのがAさんの実感でした。

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図2. マスク会食での感染事例-2(2021.04.13 TV朝日「モーニングショー」より).

結局感染源は店主であり、マスク越しに会話をしたAさんに伝播し、そしてAさんとマスクをして会話した他の客にも感染したということが判明しました(図3)。

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図3. マスク会食での感染事例-3(2021.04.13 TV朝日「モーニングショー」より).

ここにマスク会食を過信した店主やAさんの不幸があったと思います。お店には窓はなく換気は不十分でした。客の間にはアクリル板などの遮蔽物はありませんでした。その結果、このお店では客と従業員併せて14人の感染者(いわゆるクラスター)を出してしまいました。

マスクは飛沫をある程度防止し、暴露を防ぐ効果も少なからずありますが、材質によってその効果は大きく異なり(ウレタンマスクや布マスクでは効果半減)、不織布マスクの場合はとくに上と横からの漏れが起こります。そのためにマスクをつけた会話でも相当量エアロゾルを発生し、換気が悪い閉所空間や対人距離がないところで長くいることは、空気感染を起こすリスクが高いのです。しかもマスク会食では、マスクをしない時間が相当長く発生するということが重要で、感染リスクを高めます。

2. 無症状感染者からの感染リスク

ここで空気感染のヒントになるような世田谷区の社会検査のデータがあります [1]。モーニングショーではこの世田谷区のデータを図として取りあげていました。ここでは、モーニングショーで紹介されたデータの図のオリジナル(3月26日記者会見資料)を図4として示します

これは世田谷区の無症状者を対象とした社会検査(リアルタイムPCR)で陽性となった78件について、Ct値と件数、ウイルス量の関係について示したものです。ここで注目すべきことは、無症状者でありながらCt値=15から24の範囲に27件(約35%)の陽性があったことです。この中で、17件はCt=19.84–24.13の範囲にあり、10件はCt=15.55–19.84という範囲にありました。

Ct=15.55–24.13は、0.01 mLあるいはそれ以下のミストで感染させるくらいの高いウイルス量に相当します。これはマスクなしでの会話や会食で容易に感染が成立する、極めて感染リスクが高いレベルです。

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図4. 世田谷区の社会検査における陽性者の件数とウイルス量 [1].

ミスト0.01 mLという量は実感がつかみにくいと思いますが、バクテリアなら最大10個程度、ウイルス(SARS-CoV-2)なら最大100個程度の数が含まれる容積に相当します。

図4について、児玉龍彦教授(東京大学先端科学技術センター)は、無症状者がスプレッダーになる可能性があることを示す結果として重要だという見解を示しています(図5)。また、西原広史教授(慶應大学医学部)は、同様に無症状者がスーパースプレッダーになる可能性を指摘しています。

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図5. 世田谷区の社会検査の結果に対する専門家の見解 [1].

3. あらためて空気感染の重要性

前述したように、厚労省のホームページには新型コロナの空気感染についての記述がありません。一方、米国CDCはSARS-CoV-2の空気感染について明確に示しています [2]。とはいえ、感染は主に近接での飛沫感染によって起こるという説明があり、空気感染はずっと少ないという見解です。飛沫感染の場合、感染者からのどのくらいの距離で、どのくらいの時間的ズレで感染するかについては確固たる証拠はないとしています。

空気感染が起こる場合として、図6に示すように、閉所空間、長時間のエアロゾルへの暴露、不適切な換気の3点をあげています。これらは私たちがすでに常識として持っているものだと言えます。

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図6. 米国CDCが示す空気感染が起こりやすい条件 [2].

上記のモーニングショーが取りあげたマスク会食での感染の事例は、CDCが示す閉所と換気の悪さの2点が該当し、さらに大声ではないものの、会話をしていたということであればエアロゾルへの暴露も相当するでしょう。しかし、会話時はマスクをしていたということなので、すくなくともN501Y変異ウイルスの場合においては、CDCが示す条件以上に空気感染は起こりやすいものだという認識が必要ではないでしょうか。

それと最近、これまで考えられてきた接触感染、飛沫感染、空気感染の3様式の中で、接触感染はほとんど起こらないという見方が広まってきました [3]。米国CDCも同様な見解を示しています。

しかし、私の個人的見解ではこれは少し短絡過ぎるのではないかと思います。微生物の専門家だったら経験していることですが、微生物のリアルタイムの(即時的な)コンタミネーションというのは容易に起こります。これは微生物に直接触れるか、汚染されたものに触れることで起こるわけですが、時間的経過とともに、接触による微生物汚染の確率は低下していきます。

ウイルスにおいても同様なことが言えると思います。つまり閉所空間で感染者がいるような場合、飛沫やエアロゾルによってあらゆるものがウイルスで汚染され、同時にあるいは時間的ラグが短い間にそこに非感染者がいる場合、接触感染も起こりやすいと考えられるのではないでしょうか。

SARS-CoV-2の伝播や感染様式に関する論文を読んでいても、感染力のあるウイルスが固体表面にどの程度残存するかということに焦点が置かれ、リアルタイムでの接触感染にはほとんど触れられていないように思えます。そもそも空気感染か接触感染か、あるいは同時に起こっているかを証明することもきわめて難しいです。

WHOも各国の感染症対策当局も手指衛生を勧め、私たちが手洗いや手の消毒に努めるのは接触感染に対する防御です。空気感染、飛沫感染接触感染は即時的には一体化して起こるものとして考えるべきでしょう。

おわりに

日本の新規陽性者の中では感染経路不明という数が非常に多いです(だいだい半分程度)。クラスター以外の追跡調査をきちんとやっていないとか、疫学調査に非協力的な濃厚接触者もいるとは思われますが、多くの人はどこで感染したか心当たりがないということ(マスクをしていたのに感染した)が実状でしょう。この事実は、空気感染や接触感染が割と多いのではないかということを推測させるものです。

今は感染力を増したN501Y変異ウイルスが猛威をふるい始めています。これまで以上に空気感染への警戒が必要と思われますし、マスクのつけ方一つとっても改善の余地があるでしょう(→変異ウイルス対応のマスクのつけ方)。

引用文献・資料

[1] 世田谷区: 令和2年度第11回世田谷区長 定例記者会見. 2021.03.26. https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/kusei/001/002/003/d00190932_d/fil/siryou.pdf

[2] Centers for Disease Control and Prevention: Science brief: SARS-CoV-2 and potential airborne transmission. Updated Oct. 5, 2020. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/science/science-briefs/scientific-brief-sars-cov-2.html?CDC_AA_refVal=https%3A%2F%2Fwww.cdc.gov%2Fcoronavirus%2F2019-ncov%2Fmore%2Fscientific-brief-sars-cov-2.html

[3] Lewis, D.: COVID-19 rarely spreads through surfaces. So why are we still deep cleaning? Nature Jan. 29, 2021. https://www.nature.com/articles/d41586-021-00251-4

引用した拙著ブログ記事 

2021年4月10日 変異ウイルス対応のマスクのつけ方

2021年4月6日 マスク会食の是非

2021年3月23日 緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念

2021年2月25日 大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

ワクチン後進国の日本

カテゴリー:感染症とCOVID-19

はじめに

昨年末から、各国において新型コロナウイルス感染症COVID-19に対するワクチン接種が始まりました。主流は米国ファイザー社やモデルナ社のmRNAワクチンです。そこであらためて明らかになったのが、日本のワクチン対策の遅れです。ここでその現状と問題点についてふれたいと思います。

1. 世界のワクチン接種率の比較

Our World in Data(OWD)にアクセスすると、これまでの世界各国のワクチン接種状況を知ることができます。現在ワクチン接種率でトップを走るのがイスラエルです。これに主要先進国OECD加盟国を加えて、日本との人口比ワクチン接種率を比較したのが図1です。日本では今年2月から医療従事者を対象にワクチン接種が始まりましたが、現時点で1%未満の接種率であり、図1の中では最低のランクです。

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図1. 世界主要先進国OECD加盟国におけるワクチン接種率(少なくとも1回接種)の推移(Our World in Dataより).

さらに、世界保健機構WHOの基準による西太平洋諸国における日本の接種状況を比較したのが図2です。断トツはシンガポールであり、接種率が20%に達しているので図2には加えてありません。またOWDには中国の正式なデータはありません。図2を見ても、日本の接種率は芳しくなく、韓国、マレーシア、ニュージーランドに遅れをとり、フィリピンと肩を並べている状況です(オーストラリアについては直近のプロットがないのに注意)。

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図2. 西太平洋諸国(WHO基準)におけるワクチン接種率(少なくとも1回接種)の推移(Our World in Dataより).

なお、日本よりワクチン接種率が低いタイ、台湾、ヴェトナムはいずれも感染拡大抑制に成功している国であり、woldometerにある世界の219の国・地域の中での比感染者数は、それぞれ世界198位、211位、212位と最低レベルです(表1)。

つまり、東アジア・西太平洋諸国を見渡しても、感染拡大抑制に成功しているか、あるいは感染者数を増やしている場合ではワクチン接種に手を打っているというのがほとんどであり、そのどちらでもない(感染拡大を許し、ワクチン対策でも遅れている)のが日本なのです

表1. 西太平洋諸国(WHO基準)における100万人当たりの累計陽性者数と世界での順位(2021年4月10日時点、worldometerのデータより作成)

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2. ワクチン接種率と感染状況

mRNAワクチンの感染予防効果は先のブログで紹介したとおりです(→mRNAワクチンの感染予防効果)。ここで図1に示したワクチン接種率のトップ4の国の新規陽性者数の推移を見てみましょう(図3)。接種率1位のイスラエル、2位の英国では新規陽性者数の激減が顕著であり、最近では日本の新規陽性者数を下回っています。

一方、チリと米国では感染者減という傾向はまだみえていません(後者では下げ止まり)。米国では少なくとも高齢者施設の感染者数と病院内の重症者数は激減していると言われています。ワクチンの種類、接種の時期、他の感染症対策にも影響するので、この時点で一概に比較するのはむずかしいかもしれません。

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図3. ワクチン接種率トップ4(現時点)の国における新規陽性者数の推移(Our World in Dataより).

いま主流のmRNAワクチンは、SARS-CoV-2のスパイクタンパクの遺伝子の転写物(mRNA)を脂質ナノ粒子に包んで細胞内に送り込み、その翻訳でつくられるスパイクタンパク質を認識して抗体をつくらせるというものです。この強力な中和抗体をつくり出す特異的獲得免疫が作用する場合、長期的な自然免疫系との関係はどうなるのでしょうか。かえってブレイクスルー感染を容易にすることになりはしないでしょうか。そして、ウイルスの免疫逃避の問題もあります。

少なくとも言えることは、パンデミックというウイルスが広がり過ぎた状態では、ワクチン接種プログラムは地域的、時間的に常に接種率にムラを生じることになり、他の動物種にも常にリザーバーが存在するため、集団からSARS-CoV-2を根絶することは難しいと考えられます [1]

mRNAワクチンが感染者の発症・重症化抑制や流行抑制をもたらす一義的効果については異論はないとしても、実際にはmRNAワクチン接種と感染者数の関係には、複雑な要因が絡んでいると思われます。実際にはロックダウンとワクチンのセットで感染者の減少に繋がっていることに留意しなければなりません。そして、ワクチンが感染防止効果をもつという過大な期待は禁物です(→mRNAワクチンの感染予防効果)。

3. 国内の状況

河野太郎ワクチン担当大臣は、4月6日の記者会見で、4月12日に開始する高齢者(約3600万人)へのワクチン接種をめぐり、一部自治体で接種の予約が殺到していることを受けて「接種を希望する人は確実に打てるから、慌てずにお願いしたい」と述べました [2]

しかし、感染拡大を許し、ワクチン対策でも遅れをとっているのは日本政府であり、その不始末でこのような状況になっていることも事実です。混乱の原因はひとえに、国から自治体へ伝えられる供給スケジュールが曖昧だからと言えます [3]。河野大臣が国民に向かって「確実に打てるから慌てるな」という言い草はなく、もう少し丁寧な言い方をしてもらいたいです。

しかも先行している医療従事者へのワクチン接種は、まだ完了には程遠い状態です。厚生労働省によれば、対象者480万人への2回接種分供給が完了するのは5月となっています(図4)。現在の医療従事者の接種率がまだ約1割と言われていますが、この段階で高齢者への接種を始めるというのは、やはり政府のヤッテル感を演出するためではないかと思いたくなります。

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図4. 厚生労働省による医療従事者等への接種についての通知 [4].

そしてやはり気になるのが、ワクチン接種における人員確保も含めた運用体制です。ワクチンの輸入量はもちろんのこと、供給スケジュールの行方は不透明な場合でも、ワクチンの搬送・保管体制を整えなければなりません。超低温冷凍庫のコールドチェーンを構築したとしても、ワクチンの有効期限(ファイザーの場合6ヶ月)までに接種を完了しなければなりません。

この面で日本は人員確保と接種スケジュールの設定ができているのか、非常に不安になります。足りない分にはまだしも、有効期限内に接種しきれず廃棄ということがないようにしてもらいたいです。

4. ワクチン対策の遅れの理由

日本発のワクチン開発が遅れている理由としてはいろいろとあげられています。たとえば、「ワクチンの安全性や有効性に対する慎重な国民性」、「ワクチンの副反応をめぐる過去の薬害訴訟を受けてのワクチン開発に対する国の及び腰」、「感染症ワクチン開発企業の減少」、「新規医薬品の治験に関わる医療機関の体制の脆弱性」などがあげられています。

田村厚労大臣は、日本は欧米に比べて感染者数が少なく、治験できる体制が十分にできなかったと述べましたが、それはいい訳にしかすぎないでしょう。日本はこれまで約50万人の感染者を出し、感染者数で世界39位につけています。日本よりはるかに感染者数が少ない中国では自国のワクチンを開発し、海外に向けてワクチン外交を展開しています。単に、いつのまにか日本は迅速に自国ワクチンを開発できないくらいに国力(科学技術力+政治力+民度)が低下してしまっているということでしょう。

おわりに

世界でのワクチン接種は始まったばかりですが、mRNAワクチンの接種が進んでいる国々でその後の感染拡大や感染抑制に差があるように見えることは気になるところです。上述したとおり、この要因は複雑であり、果たして国民全員に接種していいものかという不安感を個人的には抱いています。しかし、ワクチン対策の遅れはこれとは別の話です。

今回の日本の主なワクチン対策は、米国企業による製品を輸入し、日本国民に接種するというものです。この調達の遅れは、ひとえにワクチン戦略の失敗と政治力のなさによるものです。感染症対策においては予防、診断、治療という基本があるわけですが、検査(予防、診断)で遅れ、医療体制(治療)で遅れ、そしてワクチン(予防)出遅れてしまった日本であり、それがこれまでのCOVID-19の被害と現在の第4波の感染拡大に現れているといっていいでしょう。

少なくとも自然免疫が低下する高齢層(たとえば65歳以上)のワクチン接種を急ぎ、重症化・死亡リスクを軽減することが急務でしょう。

引用記事

[1] Teijaro, J. R. & Farber, D. L.: COVID-19 vaccines: modes of immune activation and future challenges. Nat. Rev. Immunol. Published March 5, 2021. https://doi.org/10.1038/s41577-021-00526-x

[2] 産經新聞: ワクチン「確実に打てるので慌てずに」予約殺到に河野担当相. 2021.04.06. https://www.sankei.com/politics/news/210406/plt2104060011-n1.html

[3] 日刊ゲンダイ: ワクチン接種“大渋滞”…予約殺到し医療従事者は後回し、供給もグジャグジャで菅政権は仕切り最悪. Yahooニュース 2021.04.06. https://news.yahoo.co.jp/articles/66da7d83a575a6654ff10e000a4cec55306ca6f3

[4] 厚生労働省: 医療従事者等への接種について. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_iryoujuujisha.html

引用したブログ記事

2021年4月2日 mRNAワクチンの感染予防効果

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

変異ウイルス対応のマスクのつけ方

今朝起きてTwitterを見ていたら、物理学者のE. Topol氏のツイートが目に留まりました。新型コロナウイルス感染症のような呼吸器系感染症に対するより安全で確実なマスクのつけ方について紹介しているものでした。

このツイートの引用図にあるように、一般人の安全なマスクのつけ方として以下の三つあります。いずれも前提となるのはポリプロピレン性マスク(不織布)のような多層構造マスクであることであり、マスクからの漏れをよりなくす方法として示されているものです。

1) 横漏れ防止のマスクをつける

2) 二重マスクにする

3) マスクの上にフィッター(brace)をつける

米国CDCはマスクのつけ方について具体的に説明し、その情報を日々アップデートしています [1]。最新版は4月6日に更新されていました。Topol氏がツイートしたものと基本的に同じマスク着用の方法が指南されています。

まずは、マスクの効果を高める重要な以下の2点が強調されています(図1)。一つ目は顔面に密着させてマスクをつけること(漏れを防ぐこと)、二つ目は多層構造(例:不織布)のマスクをつけることです。

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図1. マスクの効果を高めるための重要ポイント(CDCのページ[1]からの転載).

そして具体的にどうやってマスクをつけるかが図解付きで示されています。図2にあるように、1) 使い捨てマスクの上に布(あるいはウレタン)を重ねる、2) 多層マスクの上にフィッターをつける、3) ワイヤーと横絞りのマスクで漏れを防ぐ、の三つです。

ちなみにCDCは、一環して布マスク"cloth masks"という表現を用いており、不織布マスク"non-woven masks"という言葉を使っていませんが、「多層にする」、「密着させる」という2つのキーポイントを述べるだけで対策は網羅されていると思います。つまり、この指針から考えられるオプションは、基本的に不織布フィルターを入れた布マスクか3層構造の不織布マスク、および4、5層マスク(→高性能マスクについて)しかありません。

一方、日本では1層の不織布マスクも売られています。

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図1. マスクの効果を高めるための三つの方法(CDCのページ[1]からの転載).

さらにCDCは、二重マスクについて、してはいけないことにも説明しています。一つは、サージカルマスク(不織布マスク)などの同じタイプの使い捨てマスクを二重にしてはいけないということです。これは、サージカルマスクを重ねても密着度が向上するわけではないためです。もう一つは、N95マスクのように1枚だけで十分な効果があるマスクの場合は、上から重ねることに意味はないということです。

このようにマスクのつけ方について、国民がそれを励行するかどうかは別問題として、国の機関が具体的に示していることが重要な点です。ワクチン接種で日本よりはるかに先行している米国ですが、なお感染症対策についても怠らないという姿勢がみられます。

一方、日本はどうでしょうか。いま関西を中心にB.1.1.7系統N501Y変異ウイルスの感染拡大が顕著ですが、マスク着用も含めて一般人に対する国の感染症対策の指針はきわめて観念的、抽象的です。上記のCDCのマスクの指針についての忽那賢志医師の解説記事も出ていますが、二重マスクについて「両端の隙間をなくしフィットさせるための方法」として折角挙げているのに、最後には「マスクが二重かどうかよりも、正しく装着することが大事」と詭弁もどきの曖昧な説明になっています [2]

そして、テレビに出てくる医療専門家でさえ"正しいマスク着用"の方法について何ら言及するでもなく、口を揃えて「今までの対策をきちんと行なうことが重要です」を繰り返すばかりです。これでは何のメッセージにもなっていません。

マスク着用で言えば、富岳のシミュレーション解析を行なった理化学研究所の担当者が「マスク1枚を正しくつけていれば二重マスクは必要ない」と言っていましたが、これは誤ったメッセージになった可能性があります(→マスク着用シミュレーション結果のミスリード)。自治体の知事らが何ら具体的指示もせずマスク会食を勧めていますが、これも感染リスクを考慮しない誤った指示と言えるでしょう。おまけに医療専門家が「(マスク会食において)マスク着用は飛沫防止になる」と軒並み言っていることも、論点がズレています(→マスク会食の是非)。

既出の研究データは、飛沫が直接かかって感染する経路よりも、5 μm以下のエアロゾル粒子の暴露による感染の方がはるかに確率が高いことを示しています [34]。マスク着用の指針は、エアロゾル感染のリスクを下げるためのベストなつけ方という観点からあるべきです。単にマスクをしていれば感染を防げるような伝え方も、「正しく着用すること」という言い方も、具体的な指針伴っていなければ誤ったメッセージになる危険性があります。

上記変異ウイルスは感染力が強いことが知られており、この先のますますの感染拡大が懸念されます。検査で遅れ、医療体制で遅れ、ワクチンで遅れるという近代の感染症対策に失敗した日本ですが、100年前の"スペイン風邪"でも考えられた「マスクの効果」でさえまともに指南できない状況では、被害を拡大させるばかりではないでしょうか。

引用文献

[1] Center for Disease Control and Prevention: COVID-19/Improve How Your Mask Protects You. Apr. 6, 2021. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/your-health/effective-masks.html

[2] 忽那賢志: 感染防止のために「二重マスク」にすべきなのか? Yahoo JAPAN ニュース 202.02.13.
https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20210213-00222371/

[3] Fennelly,K. P.: Particle sizes of infectious aerosols: implications for infection control. Lacet Res. Med. 8, 914–924 (2020). https://doi.org/10.1016/S2213-2600(20)30323-4

[4] Azimi, P. et al.: Mechanistic transmission modeling of COVID-19 on the Diamond Princess cruise ship demonstrates the importance of aerosol transmission. Proc. Natl. Acd. Sci. 118, e2015482118 (2021). https://doi.org/10.1073/pnas.2015482118

引用した拙著ブログ記事

2021年4月6日 マスク会食の是非

2021年3月5日 マスク着用シミュレーション結果のミスリード

                                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

マスク会食の是非

大阪府兵庫県は4月5日、「まん延防止等重点措置」が適用されたことを受け、対象地域の飲食店などに営業時間を午後8時までとするよう要請しました。さらに大阪府では併せて、飲食店でのマスク会食を義務づけることを発表しました。大阪府のホームページの冒頭には、知事からのメッセージとして、マスク会食に関する以下の指示が並んでいます(図1)。

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図1. 大阪府のホームページにあるマスク会食を含む感染症対策に関する知事からのメッセージ.

吉村知事は、「飛沫感染を防ぐ、口元を防いでいかなければいけない。マスク会食の義務化が1つのポイント」と述べています。マスク会食を義務化し、大阪市内の飲食店が命令に応じない場合過料を科すことができます。一方、これに対して、兵庫県神戸市の久元市長は、「食事中にマスクを着けたり外したりすると、マスクに付着したウイルスを触る可能性がある」として、否定的な見解を示しました [1]

これらを見ていて、私は、マスク会食に対する疑問として3日前に次のようにツイートしました。マスク会食に否定的なことは久元市長と同様ですが、マスクに触って危険というよりも、実効性や空気感染の観点から批判しました。

 今日のテレビの情報番組でもマスク会食を取りあげていました。それらも踏まえて、今一度マスク会食の効果について考えてみたいと思います。

マスク会食の是非で言えば、私の結論は「非」です。その理由の第一は、マスクの着脱着と人間の行動生態から考えて実効性がきわめて低いからです。マスクをつけて入店まではよいですが、お店内での飲食時には頻繁にマスクを外すことになります。これが問題なのです。マスク会食という言葉からはあたかもマスクをつけているいうイメージを持ちやすいですが、飲食をすればするほどマスクをつけない無防備な状態(しかも近接対面)で過ごす時間が長くなります

人間である限り、特にお酒が入った状態で、マスクなしの状態で深い息やすべての会話を避けるということはまず無理です。マスクの着脱着と会話の制御を徹底することは限りなく難しいと言えましょう。

第二の理由は、空気感染接触感染の問題です。マスク会食とはいえ、エアロゾル・飛沫核は必ず発生し、仮に近接対面で1時間飲食を行なったとすると(3密の密閉、密接条件下)相当量のエアロゾルに暴露されることでしょう。空気感染のリスクはきわめて高くなります。そして目の前の料理やマスクを外したときはその内側もエアロゾルで汚染されることになります。マスクに手を触れなかったとしても、密接とマスクなしの状態で、空気とマスクと料理からウイルスを体内に入れる危険性があるのです。

さらに、そもそも眼はまったくの無防備です。もし眼鏡なしで近接で長時間マスク会食を続けたなら、感染リスクは高まるでしょう。

第三の理由は上記と関係がありますが、マスクの種類やつけ方によっては飛沫さえも防げないということです。マスクの効果については、以前のブログ記事で何度となく取りあげていますが(→マスク着用シミュレーション結果のミスリードリアル実験によるマスク着用の効果あらためてマスクの効果について新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果)、ここで理化学研究所を含めた共同研究チームのマスク効果のシミュレーション結果を再度示します [2]図3)。

図3に示すように、不織布、ポリエステル、布のいずれのマスクを正しくつけたとしても、上部隙間からの飛沫の漏れがあります(黄色の点)。そして、ポリエステル(ポリウレタン相当)や布ではマスク正面からの漏れ(青色の点)も生じます。

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図2. マスクの種類による飛沫防止効果とエアロゾルの漏れ [2]

さらに、図2は正しくマスクを着用した場合ですが、実際には不織布マスクを密着させてつけることはほぼ不可能であり、横漏れが起こります。このため米国CDCは、不織布の上にウレタンを重ねる二重マスクを勧めているほどです。

上記のマスクの材質による飛沫排出と吸い込みの防止効果を定量的に示したのが図4です。これは理研と共同研究を行なった豊橋技術科学大学が、昨年10月プレスリリースしたデータです。それによれば、飛沫の吐き出しは不織布で80%、布で66–82%、ウレタンで50%防止できるとされています。一方、吸い込みは不織布で70%、布で35–45%、ウレタンで30–40%の防止効果となっています。これも理想的にマスクをつけた場合です。

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図3. マスクの種類による飛沫防止とエアロゾル吸い込み防止効果 [3].

豊橋技科大の研究グループは、飲食で唾液の分泌が高まる結果、通常の会話よりも飛沫量が3-4割増加することを報告しています [3]。これに感染力の強い変異ウイルスという条件が加われば、さらに感染リスクが高まります

さらに、ウェブ記事から西村秀一医師(国立病院機構仙台医療センター)のマスクの素材別の効果に関する実験結果を拾うことができました [4]。私は、西村氏のPCR検査に対する考え方には必ずしも賛同しないのですが、彼の実験結果は妥当性があると思うので、ここで載せます(図5)。基本的には図4と同じ結果であり、不織布マスクに比較して、布、ポリエステル、ウレタンマスクの効果が顕著に落ちるということです。

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図4. マスクの種類による飛沫およびエアロゾルの防止効果 [4].

このようにマスクと言っても素材によって効果は大きく異なり、布やウレタンマスクでマスク会食することはきわめて危険であることが言えるでしょう。リアルな実験によってもそれは確認されています(→リアル実験によるマスク着用の効果)。マスク会食と一絡げにしていますが、マスク効果が素材で大きく異なることは留意しなければならないことです。

不織布マスクについても飛沫防止効果は(理想的につけた状態で)70–80%と考えてよく、実際は隙間からのエアロゾルの漏れは相当あると考えてよさそうです。これが近接対面で1時間以上というような長時間条件であれば、かなりのエアロゾルを浴びることになると予測されます.

ちょっと驚くのは、テレビに出てくる医療専門家がいずれも飛沫防止になるとして、マスク会食を勧めていることです。今日のTBS「ひるおび」では北村義浩氏(日本医科大学特任教授)がマスク会食を勧めていたのに始まり、倉持仁氏(インターパーク倉持呼吸内科院長)、小坂健氏(東北大学医学部教授)、三鴨廣繁氏(愛知医科大学教授)の3人による、マスクに触ることに神経を尖らすことは無意味という主旨見解を紹介していました(図5)。

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図5. マスク会食に関する医療専門家の見解(2021.04.06. TBS「ひるおび」より).

医療専門家によるマスクが飛沫防止になる、マスクに触ることは問題にならないというのはちょっと論点を矮小化しすぎではないでしょうか。 要約しますが、マスク会食の問題点は、頻繁にマスクを外すこと、マスクの素材によっては効果が低いこと、マスクをつけたとしてもエアロゾルは発生し、空気(飛沫核)感染の危険性があること、そしてそもそも人間の行動生態からみてマスク会食が徹底できないことです。

その点、テレビ朝日の「モーニングショー」でふじみの救急病院クリニックの鹿野晃院長が「マスク会食は徹底するのが難しい」と述べていたことは印象的でした。

実に不思議なマスク会食ですが、それを為政者が率先して勧めているのは、世界を見渡してみても日本だけです。マスク会食を勧めるにしても、まずは対人距離の確保、対面の回避、入店人数の制限、換気などを優先して進めるべきだと思います。そして、「マスク会食が効果がある」ということについては科学データもない状態なので、まずは科学的な検証が必要でしょう。

引用文献・資料

[1] FNNプライムオンライン: ”マスク会食”…神戸市長「かえって危険」 大阪府は飲食店に”周知を要請”も 自治体で”温度差” 2021.0402. https://www.fnn.jp/articles/-/164067

[2] 理化学研究所計算科学研究センター: 飛沫やエアロゾルの飛散の様子を可視化し有効な感染対策を提案 ~「富岳」による新型コロナウイルス対策その1. https://www.r-ccs.riken.jp/highlights/pickup2/

[3] 国立大学法人豊橋技術科学大学 Press Release: 令和2(2020)年度第3回定例記者会見. 2020.10.15. https://www.tut.ac.jp/docs/201015kisyakaiken.pdf

[4] 島沢優子: 実験で新事実「ウレタンマスク」の本当のヤバさ. 東京経済ONLINE. 2021.02.03. https://toyokeizai.net/articles/-/409607

引用した拙著ブログ記事

2021年3月5日 マスク着用シミュレーション結果のミスリード

2021年2月15日 リアル実験によるマスク着用の効果

2020年11月27日 あらためてマスクの効果について

2020年3月18日 新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果

                                    

カテゴリー: 感染症とCOVID-19

 

mRNAワクチンの感染予防効果

カテゴリー:感染症とCOVID-19

はじめに

現在、先進諸国を中心に新型コロナウイルス感染症COVID19に対するワクチン接種が急速に進行中です。ワクチンの主体は、米製薬大手ファイザー社や米バイオ企業モデルナ社のmRNAワクチンです。思えば、このブログでmRNAワクチンに言及したのが去年の3月ですが(→集団免疫とワクチンーCOVID-19抑制へ向けての潮流)、その時はこんなにも早く接種が実現するとは想像もできませんでした。

1. 海外での成績

疾病対策センター(CDC)は、今年3月29日、ファイザーとモデルナのmRNAワクチンが発症や重症化抑制のみならず、感染防止にも有効だという暫定調査結果を発表しました [1]。この調査結果は日本の新聞も取りあげています [2]

CDCの調査は、米国6州の医療従事者ら3,950人を対象として、昨年12月14日から今年3月13日まで13週にわたって行なわれ、未接種の人、1回のみ接種した人、2回接種した人について感染割合が比較分析されました。感染の有無は、自主採取された参加者の鼻腔ぬぐい検体をリアルタイムPCR(RT-PCR)にかけて、SARS-CoV-2遺伝子が検出されるかどうかで判定しています。その結果、感染予防効果は1回目の接種から2週間以上経過した後に80%の参加者にみられ、2回目の接種から2週間以上たった後には90%の参加者にみられました。

ファイザーはすでに、イスラエルでの接種で無症状の感染を予防する効果が94%に上ったことを発表していますので、CDCの調査結果はこれに類似するということが言えます。今回の調査についてCDCの調査チームは、米国のワクチン接種の取り組みが効果を上げていることの証明としています。

mRNAのワクチンの感染予防効果は、今日のテレビの情報番組でも伝えていました。英国は最も早くワクチン接種(ファイザーおよびビオンテック)を開始した国ですが [3]、少なくとも1回接種を終えた人が人口の45.5%に達し、新規陽性者数、死者数とも急激に減少しています(図1図2)。この減少は、ワクチン接種率が10%をちょっと超えたヨーロッパの国々と比べると、その差が顕著です。

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図1. テレビ情報番組が伝えるmRNAワクチンの感染予防効果(2021.04.02. TBS「ひるおび」)

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図2. 英国、フランス、イタリア、ドイツ、スペインにおける100万人当たりの感染者数の推移(新規陽性者数の7日間移動平均、Our World in Dataより).

2. 日本の状況

一方、日本でもファイザー社のワクチン接種が開始されていますが、現在の接種率は人口の0.1%程度です。別のテレビ情報番組では、ワクチン接種が与える東京都の感染者数への影響に関するシミュレーション結果を示していました(図3)。それによれば、これから毎日11万5千人が接種を受けたとしても、5月中旬をピークとする第4波の感染拡大は避けられず、東京五輪(できるかどうかわかりませんが)後の第5波を避けられる程度であると示されていました。

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図3. テレビ情報番組が伝える東京都感染者数に与えるワクチン効果の影響のシミュレーション(2021.04.02. テレビ朝日「モーニングショー」).

ワクチン接種回数についてはこれから急増していくでしょうから、毎日11万5千人接種という低いレベルにはならないと思いますが、第4波流行はもとより、第5波流行の抑制にもワクチンの効果は到底期待できない(間に合わない)と、個人的には思います。そして流行の間隔が短くなってきていることを考えると、第5波はもっと早く襲来し、東京五輪を直撃すると予測します。

3. ワクチンの感染予防効果への疑問

ワクチン接種の主目的は発症を抑えること、発症しても重症化を防ぐことです。個人的に疑問に思うのは、それらに加えて、mRNAワクチンに感染予防効果があるとみなすのは時期尚早ではないか、あるいは過大な期待ではないかということです。米国の場合は被験者数が少なすぎるということがあります。イスラエルの場合は、感染しても発症が抑えられるならば、ワクチン接種によって多くの無症候性感染者を生じているということも意味します。

このようなワクチン・ブレイクスルー感染者が無症状なら、おそらく検査もされず、陽性者としてもカウントので、表面上、感染予防効果があるとみなされます。これらのワクチン接種済感染者の非感染者への伝播性はよくわかっていませんが、ブレイクスルー感染から二次伝播することは十分に可能性があることです。

加えて、ワクチン接種から日数が経ってくれば、おそらく効力も低下してきて、感染のリスクが上昇するものと思われ、近いうちにこれらのワクチン接種先進国の間でリバウンドが起こると予測されます。

最も危惧されるのは、ウイルス変異体の出現です。一般的に、RNAウイルスのRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)は合成におけるフィデリティ(複製の忠実度)が低く、エラーが入りやすいといわれていますが、コロナウイルスではRdRp(Nsp12)の機能をNsp14 による校正機能でそのエラー頻度を下げていると予測されています [4]

しかし、SARS-CoV-2を見ているとそんなことはなく、きわめて高頻度に表現型として現れるような変異を生じているように思われます。これは宿主とウイルスの相互作用(抗ウイルス活性 [RNA編集] とその選択圧)がウイルス変異の主因になっているからだと思われます [5]。英国で猛威を振るったB.1.1.7系統N501Y変異ウイルス(いわゆる英国型ウイルス)は、いま関西圏を中心に広がり始めていますし、インドでは新たな変異体(B.1.617系統)によるものと思われる感染爆発が起こっています(図4)。

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図4. インドおよび日本における新規感染者数の推移と現在の感染拡大(Our Word in Dataより).

このような、これから次々と変異体が現れることによって、ワクチンの免疫逃避が起こることもきわめて可能性が高いと考えられます。現在のmRNAワクチンは特異性が高い局所最適型のプラットフォームになっていますので、免疫逃避を許しやすいことが容易に考えれます。

おわりに

mRNAワクチンは今のところ、感染予防効果があるという結果が顕著に出ています。しかし、上述したように、SARS-CoV-2とワクチンの両方の性質を考えた場合、感染予防ということへの過大な期待は禁物です。ワクチン・ブレイクスルーは次々と起こるのではないでしょうか。

一方で、ワクチンの意義は別にして、日本はワクチン戦略に政策的に失敗し、先進諸国と比べて完全に出遅れてしまいました。第4波、第5波に向けて、しばらくは強力な感染症対策を進めるしかありませんが、当初から検査・隔離も含めた防疫対策はきわめて心もとないです。 

そして、mRNAワクチンおよびその他のCOVID-19ワクチンが行き渡ったとして、果たしていい方向でのゲームチェンジャーになり得るのか、この先のワクチンとウイルスの戦いを見極める必要があります。つまり、いわゆるブースター接種やワクチンの設計変更で対応したとしても果たして、集団免疫効果をもたらすかということです。

これはいくつかの論文でも指摘されていますが、これだけパンデミックの規模が大きくなるとワクチンによる集団免疫は期待できないでしょう。これはワクチン接種率とウイルスのリザーバーのムラを生じるためであり、この間に免疫逃避変異体の出現を促すためです。そして、ワクチンが感染防止にも有効だという過大な期待(つまりワクチン至上主義)が、日本の感染防止策に誤った方向に進めるのではないかと危惧します。

加えてmRNAワクチンの安全性への疑問があります(→mRNAを体に入れていいのか?)。このワクチンは、体内がスパイクタンパク質の生産工場になることを前提としていますが、そのプロセスの安全性については、全く検証されていません。しかし、いまや政府、全ての専門家、医療従事者が「ワクチンは安全」「ワクチンの利益が感染のリスクを上回る」という一色で染まっているように思います。

引用文献・資料

[1] Centers for Disease Control and Prevention (CDC): CDC Real-World Study Confirms Protective Benefits of mRNA COVID-19 Vaccines. Mar. 29, 2021. https://www.cdc.gov/media/releases/2021/p0329-COVID-19-Vaccines.html

[2] 蒔田一彦: ファイザー製とモデルナ製、ワクチンが感染も予防…2回接種で効果90%. 読売新聞 2021.03.30. https://www.yomiuri.co.jp/medical/20210330-OYT1T50125/

[3] BBC News Japan: イギリスで新型コロナウイルスのワクチン接種開始 米ファイザー製. 2020.12.08. https://www.bbc.com/japanese/55226431

[4] 神谷亘: 1. コロナウイルスの基礎. ウイルス 70, 29-36 (2020). http://jsv.umin.jp/journal/v70-1pdf/virus70-1_029-036.pdf

[5] Simmonds, P.: Rampant C→U Hypermutation in the genomes of SARS-CoV-2 and other coronaviruses: Causes and consequences for their short- and long-term evolutionary trajectories. mSphere 5, e00408-20 (2020). https://doi.org/10.1128/mSphere.00408-20

引用した拙著ブログ記事

2020年11月17日 mRNAを体に入れていいのか?

2020年3月21日 集団免疫とワクチンーCOVID-19抑制へ向けての潮流

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

下水検査の現状

今朝のテレビ朝日「モーニングショー」では、下水中の新型コロナウイルスSARS-CoV-2PCR検出について取りあげていました。下水中に変異ウイルスが検出されたことや地域の下水処理場を調査することで集中的な検査が可能になることなどをトピックとして伝えていました(図1)。

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図1. 下水中の変異ウイルスの検出と下水処理場の調査法(2021.03.30 テレビ朝日モーニングショーより).

現在は、技法や検査システムの開発・改良が進んでおり、朝下水を採取すれば夕方には結果がわかること、50カ所の下水処理調査で4000万人のデータを網羅できること、自動化が可能でゲノム解析にも繋げられること、などの特徴や利点が取りあげられていました(図2)。

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図2. 下水中のSARS-CoV-2の検出法の利点と自動化およびゲノム解析(2021.03.30 テレビ朝日モーニングショーより).

ゲストコメンテータとして北海道大学大学院工学研究院の北島正章助教がリモート出演していて、この下水検査について解説していました。彼は、イタリア、オーストラリア、米国の研究者と共著で、世界で初めてともいえる下水検査に関する優れた総説を昨年10月に出版しています [1](図3)

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図3. 下水検査に関する総説論文(KItajima et al. 2020 [1])のグラフィックアブストラクト.

印象的だったのは、番組では視聴者の質問コーナーがあって、「1年前から下水検査は言われているのに実用化にここまで時間がかかっている理由は?」という問いに対する北島氏の答えです。答えは日本はウイルスの濃度が薄くて、その濃縮法の開発などに時間がかかったことを理由としてあげていました。

彼らの総説にも重要ポイントとしてあげられているのがウイルスの濃縮です。これまで限外ろ過、ポリエチレングリコール沈殿、電荷陰性膜への吸着などがこの目的に使われていることが紹介されています。私が行なっていた時代にはウイルスの濃縮に超遠心分離や限外ろ過を使っていましたが(ブログ→下水のウイルス監視システム)、今ではこのような濃縮キットにも優れた市販品が出ています。

しかし番組でも総説でも触れられていませんが、オーストラリアや米国などでは下水検査がいち早く実用化され、実際の感染拡大の予兆モニタリングに使われていることは周知の事実です。とくにオーストラリアでは簡便な塩酸濃縮法を使って下水検査を行なっています [2]。日本よりも感染者数が少ないオーストラリアでできるわけですから、日本でできないはずはありません。

学術レベルでの技法開発は、論文出版に耐えるものが必要なので、慎重にならざるを得ませんが、いまはパンデミックという危難時であるため、とりあえずやってみるという迅速性と実用性が必要です。オーストラリアや米国はこの合理的な考えのもとに実務が先行し、実際に防疫対策として役に立っているわけですが、日本にはそれが少し足りないように思います。その意味で、番組上での北島氏にはもう少し踏み込んで答えてほしかったと思いましたが、無理な注文でしょうか。

思えば、下水PCR検査の有効性がランセット系雑誌やネイチャー誌の論説で指摘されたのは昨年の4月初頭です [3, 4]。そこからもう1年も経っているのに日本では下水検査がいまだに実用化に至っていない現状は、日本独自のPCR検査抑制論も多少なりとも影響しているのではと思います。

引用文献

[1] Kitajima M. et al.: SARS-CoV-2 in wastewater: State of the knowledge and research needs. Sci.Total Environ. 739: 139076. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2020.139076

[2] NSW Government: COVID-19 Sewage Surveillance Program. https://www.health.nsw.gov.au/Infectious/covid-19/Pages/sewage-surveillance.aspx

[3] Lodder, W. and de Roda Husman, A. M.: SARS-CoV-2 in wastewater: potential health risk, but also data source. Lancet Gastroentrol. Hepatol. 5, 533-534 (2020). https://www.thelancet.com/journals/langas/article/PIIS2468-1253(20)30087-X/fulltext

[4] Smriti Mallapaty: How sewage could reveal true scale of coronavirus outbreak. Nature 03 April 2020. https://www.nature.com/articles/d41586-020-00973-x

引用した拙著ブログ記事

2020年5月29日 下水のウイルス監視システム

                                      

カテゴリー:感染症とCOVID-19

緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念

今年1月に発出されていた緊急事態宣言は、2月末に大阪府京都府兵庫県・愛知県・岐阜県・福岡県の6府県で先行解除され、そして3月21日に都道府県で解除されました。これと同じくして政府は緊急事態宣言解除後の対応を国民向けに示しました(図1)。しかし、今回の解除には、今後の感染急拡大を誘発せる懸念材料がたくさんあります。ここでそれを述べてみたいと思います。

f:id:rplroseus:20210401122732j:plain図1. 内閣官房HPに掲載された緊急事態宣言解除後の対応.

まずは、昨日(3月22日)時点での全国、東京、および大阪の感染状況をみてみましょう(図2)。新規陽性者数の1週間の移動平均で見ると、全国で約1,400人、東京で約300人、大阪で約130人となっています。東京では下げ止まりでほぼ横ばい状態ですが、大阪は完全に再燃が始まっています。陽性者は指数関数的に増えていくので、今は増加が緩やかなように見えても、この先急激に増加することが予測されます。

とくに今は感染力が強いB.1.1.7系統ウイルス(N501Y変異)が拡大しているので、今月中には検査が追いつかないくらいの蔓延流行状態になるでしょう。特に、感染拡大が先行している大阪は医療崩壊が心配です。

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図2. 全国、東京、および大阪における新規陽性者の推移( NHK特設サイト「新型コロナウイルス」より転載」

大阪の場合は、先行して吉村知事が政府に緊急事態宣言解除を要請した結果、他5府県とともに3月1日に解除されていました。この先行解除は完全に判断ミスであることは先月のブログで指摘したとおりです(→大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請 )。すなわち、N501Y変異ウイルスを前にして、何ら強力な防疫対策を打つこともなく緊急事態宣言を解除することは、人流増加を誘発し、確実に感染流行の再燃に繋がると指摘しました。図2にはすでにその兆候が現れています。

おそらく吉村知事は、まもなく政府に蔓延防止等重点措置を要請することになるでしょう。たとえ緊急事態宣言相当の急速な感染拡大になっても(その可能性大ですが)、まん延防止要請になることは確実です。この理由は二つあります。

一つは、緊急事態宣言を解除してまだ間もないのに感染拡大を招き、また緊急事態宣言要請では、逆戻りの印象を府民や社会に与えるからです。その印象を避けるという大阪府や国の政治的判断で、まん延防止要請とその決定ということになるでしょう。

二つ目は、日本の感染症に対する危機管理の根本的欠陥なのですが、「速く」、「強く」という対策がとれないことです。できる限り引き延ばした後に手始めに軽い手をうち、様子を見た上で、あわてて次の強い手を打つ、そして効果が見えてきたら一気に解除するというのが日本のパターンです。世界の常識は、始めに強い手を打ち、効果が出て来たら段階的に緩めるというものですが、日本はまったく逆のことをやるクセがあります。そして世界標準は、外出禁止、休業と休業補償であり、自粛要請なんていう日本的やり方は感染拡大抑制策として成立しません。

東京は3週間遅れで緊急事態宣言解除となりましたが、単に解除を先延ばしただけのことなので、このまま強力な対策がなければ、大阪に引き続き2–3週間遅れで感染拡大となることが予測されます。大阪の二の舞になることは、これも確実です。

本質的なことを言えば、まん延防止措置だろうが緊急事態宣言だろうが、政治判断によるものなのでそれ自体はどうでもよくて、問題は実効性のある合理的対策が打てるかどうかということです。大阪府はこの時点でまん延防止措置をしたとしても手遅れです。もっと強力な手を打たなければ変異ウイルスの急拡大は防ぐことはできません。

ちょっとお粗末なのは、緊急事態宣言解除後の国の感染症対策と国民に対するメッセージです。そもそも国の感染症対策については、たとえばステージ3/4の目安に見られるように、タイムラグがある防疫対策(前線の対策:例、検査陽性率)と陽性患者対策(その後の対策、病床占有率)が同じ時系列で考慮されていて、感染拡大抑制策になっていません(→政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問)。しかも検査陽性率10%という目安は、完全に監視体制が突破された後の蔓延状態の数字です。

政府の国民に対するメッセージは図3にあるとおりです。外出や移動について相変わらずの3密回避、対人距離、マスクの着用、手洗いなどの手指衛生という行動変容に関わることが並んでいて具体性に欠けます。これで本当に変異ウイルスによる感染急拡大に対応できるのか、懸念材料満載です。

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図3. 新型コロナウイルス感染症対策に関する国民へのメッセージ(内閣府官房HPより転載).

そして、おそらく3密回避とマスク着用は、国民へ対して誤ったメッセージになっている可能性があります。すなわち「3密が重なるところを避ければ大丈夫」、「マスクをしていれば大丈夫」という誤解です。政府は「1密」でも感染リスクがあること、そしてマスク着用については、材質と着用の仕方を具体的に示すなどの対応が必要でしょう。

「マスクは正しくつけることが重要」とことさら言われますが、不織布マスクを密着させてつけることはほぼ不可能です。横からの漏れは必ず出ます。米国CDCはこの漏れを改善するために2重マスクを勧めていますが [1]、日本では具体的な指示がなく、「正しく着用」と言うだけです。おまけに「不織布マスク1枚を正しくつけていれば、2重マスクは必要ない」とも言い出す始末です。

そして極めつけはよく為政者が言うマスク会食です。複数の飲食で近接かつ唾液のでやすい条件のもとで、頻繁にマスクを着脱着する行為は極めて感染リスクを高めます。飲食しながら正しくマスクをつけることなど到底できないでしょうし、そもそもマスク会食に対するお店のチェックもセルフチェックの徹底もほぼ不可能だと言えます。海外ではマスク会食など聞いたこともありません。マスク会食の実効性に関する論文はなく、科学的な検証もされていません。

知事、感染症対策当事者、医療専門家らがマスク会食を勧めることは、4人以下のマスク会食ならよい(安全だ)という誤ったメッセージになってしまいます。マスク会食が感染を広げる行為になりかねないのです。

豊橋技術科学大学の研究チームは、飲食時の会話の飛沫量は通常のスピーチよりも3、4割増えることを報告していますが  [2]、このような行為をマスク会食で制御することも困難と予想されます。マスク会食は近接対面という条件で、飲食時にマスクを頻繁に外すことが問題なのです。食べ物やマスクへのコンタミネーションの危険もあり、証明はされていませんが食べることによる感染、汚染マスクに触ることによる感染の可能性も十分に考えられます。一方、国の指針は、「大人数の会食を控えてください」とあるだけです(図3)。

そして問題は空気感染(エアロゾル、飛沫核感染)です。マスク着用は飛沫防止の効果がありますが、空気感染については、ある程度軽減することはできても防御はできません。しかもこれは不織布マスクを理想的につけた場合であって、普通につけた場合では横がスカスカであり、さらにウレタンマスクや布マスクの場合は、対人距離をとらない条件では、格段に感染リスクが高まります。

したがって、とくにN501Y変異ウイルスの感染防止策としては、"正しい"マスク着用(不織布着用や2重マスクなど)、対人距離(例: 2m以上)の確保、長時間(30分以上)の対面回避、換気がセットになる必要があります。

先日も今日もテレビで医療系専門家が言っていましたが、変異ウイルス拡大を受けて何か対策を変えるべきところはあるかという問いに対して「基本的に変わることはない、今までの感染症対策をしっかりやっていけばよい」という答えが聞かれました。何と呑気なことでしょう。

極めつけは厚生労働省の一般向けのQ&Aにある新型コロナウイルス感染症の感染様式の説明です(図4)。飛沫感染接触感染が述べられているだけで、空気感染については触れられていません。どうりでマスク会食が勧められるわけです。WHOも米国CDCのページにもしっかりと空気感染の説明があるように、空気感染は今や世界の常識です。

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図4. 厚労省のホームページにある新型コロナウイルス感染症の感染様式(転載図に加筆).

常に後手後手になる日本の感染症対策と上記のような懸念材料を踏まえて、私は国や自治体が進めるべき以下の緊急対策をあげたいと思います。緊急事態宣言を解除した今だからこそ、まだ新規陽性者数が急増していない状況だからこそ、徹底的に行なうべきものです。急拡大してからでは手遅れです。

もし、市民の自粛と飲食店の時短営業に頼るような従来の感染対策の延長という手しかなければ、4月は関西圏を中心に変異ウイルスの拡大でとんでもない惨状になるでしょう。そして医療崩壊と死者数の増加です。遅れて関東圏にそれが及びます。

                               

1) 検査・隔離の徹底

・陽性率を常に5%以内(できれば3%以内)に抑えるPCR検査の拡大

・変異ウイルスの検査拡大(病院、地衛研、民間会社へのゲノム解析拠点の拡大

・無料PCR検査場の設置

・検査場としての大学の活用

・民間自主検査の結果の行政検査への効率的紐付け

・地域ごとの大規模接触削減・移動制限対策(いわゆるロックダウン)

2) 介護・高齢者施設、飲食施設等の頻回検査

・唾液PCR、鼻腔スワブ抗原検査キットによる頻回検査

3) 飲食店・商業施設の感染対策

・客席数を減らす対策(テーブル間の距離1.5 m以上)

・1人飲食

・複数の場合は家族・同居人に限定(非対面会食)

・入店人数制限

・換気(排気)量とCO2濃度基準(大気中濃度の2倍以下)の設定

4) サーベイランスの強化

・施設、区域ごとの下水検査によるモニタリング

・下水アンプリコンによる変異ウイルスの解析

               

ステージIIIの指標のうち、まったく機能しないPCR陽性率10%は別として、新規陽性者の基準は有効に生かすべきです。新規陽性者数の指標・基準である「10万人あたりの新規報告数15/週」、「直近1週間と先週の比較で1倍以上」、「感染経路不明者50%」に達したら即緊急事態宣言の発出をすべきではないでしょうか。なぜなら、今は感染力の強い変異ウイルスとの戦いになるわけですから。そして医療提供体制の負荷の指標については、基準の数値超えを待つべきではないと思います。

引用文献・資料

[1] Brooks, J. T. et al. Maximizing fit for cloth and medical procedure masks to Improve performance and reduce SARS-CoV-2 rransmission and exposure, 2021. MMER Feb 19, 2021; 70(7):254–257. https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/70/wr/mm7007e1.htm

[2] 豊橋技術科学大学Press Release: 令和2(2020)年度第3回定例記者会見. 2020.10.15. https://www.tut.ac.jp/docs/201015kisyakaiken.pdf

引用した拙著ブログ記事

2021年2月25日 大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請

2020年8月8日 政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

関東でE484K変異ウイルスが広がる?

はじめに

新型コロナウイルスSARS-CoV-2は時間軸に対して一定の確率で変異します。この変異は、宿主(ヒト)内で増殖する際のRNAポリメラーゼによるRNAゲノムの複製エラー、および宿主のRNA編集の組み合わせによって起こりますので、感染者数が多い程増殖の機会が多くなり、その変異のスピードも大きくなると予測されます。このほかに外界での変異原(紫外線など)も変異を起こす要因です。

一般に、ウイルスの変異は生物のそれと同じようにランダムに起こるものであり、方向性がない中立的な変異です。このような変異は、それが非同義置換(アミノ酸の変化を伴う変異)である場合、ウイルスが"子孫をつなぐ"ことにとっては害になることが多く、ほとんどが消えていきます。しかしながら、ときとして表現型(感染性や毒性など)を変えるような変異が起こっても、それが宿主に適応した場合、勢力を拡大するようになります。

1. これまでの感染流行の波とウイルスの系統

国立感染研究所によれば、昨年の日本の感染流行においては初期の武漢型ウイルスに替わって、2020年3~4月には欧州系統(Pangolin2系統B.1.1.114)の流入が認められ、いわゆる第1波の感染流行になりました。続く第2波の主流は、この欧州系統から派生した弱毒化したB.1.1.284であり、一方、第3波においてはB.1.1.214による感染流行であるとされています(→第2波の流行をもたらした弱毒化した国内型変異ウイルス)(図1)。

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図1. 中国武漢を発端とするウイルス流入からの時系列における異なるウイルス系統の分布 (文献 [1]より転載).

つまり、これまでの3回のピークを伴う感染拡大は、それぞれ異なる変異型ウイルスによってもたらされたということになります。このように変異ウイルスの動態と消長は、感染流行の大きさや重症化などに大きく影響するため、常にモニタリングしておくことが非常に重要です(→変異ウイルスの市中感染が起きている)。

2. 英国型、南アフリカ型、ブラジル型変異ウイルス

国立感染症研究所は、2月22日、現在の変異ウイルスの検出状況をウェブ上で報告しました [2]。第3波の流行が見かけ上減衰し、下げ止まりになっているこの時期において懸念されているのが、三つの変異ウイルスの脅威です。日本国内ではいずれもこの冬から検出されるようになったもので、一つ目は英国型の変異ウイルス(VOC-202012/01 [B.1.1.7])です。二つ目は南アフリカ型の501Y.V2(B.1.351)であり、三つ目はブラジル型の501Y.V3(P.1)です。

この三つの変異ウイルスに共通することは、Spikeタンパク質にN501Y変異をもつことです。Spikeタンパク質はコロナウイルスの表面を覆うエンベロープ上の突起タンパクで、ヒト受容体であるACE2タンパク質に結合します。ここにN501Y変異があることで、従来より感染力が強くなることが指摘されており、たとえば英国型の場合、感染力が最大で1.7倍強いことが報告されています。

ちなみにN501Yというのは、Spikeタンパク質の501番目のアミノ酸残基がアスパラギン(N)からチロシン(Y)に変異したという意味です。つまり、極性非電荷側鎖アミノ酸(N)からベンゼン環を有する極性電荷側鎖アミノ酸(Y)に置き換わったということですから、結合力に何らかの変化があるだろうということは容易に想像できます。参考のために、アミノ酸名とその略号について表1に示します。

表1. アミノ酸名と略号

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さらに、南アフリカ型とブラジル型に共通するのは、同時にE484K変異があることです。ヒトの感染防御においては、Spikeタンパク質の結合領域(receptor-binding domain)に親和性を示す中和抗体が最も有効であることが知られていますが、このE484Kに変異があると、ワクチン効果を減弱させる免疫逃避の可能性があると指摘されています。

E484Kは酸性アミノ酸であるグルタミン酸(E)から塩基性を示すリジン(K)への変異です。グルタミン酸はreceptor-binding domainのACE2結合に重要であり、かつ中和抗体の中心エピトープに配置されるアミノ酸残基であるため、ここが塩基性のリジンにかわってしまえば、抗体の効果が減弱する可能性は容易に想像されます [2]。

N501Y変異ウイルスは感染力の強さから、今後の感染拡大の主流になるのではないかと懸念されているウイルスです。現在N501Yの検出を強化する対策がなされているようですが、全PCR陽性検体に対する追加の変異ウイルス検査の割合はまだ低く(10%程度)、果たしてこれでうまく監視ができているのか疑問です。

3. E484K変異ウイルス

国立感染研は、南アフリカ型やブラジル型として報告されている変異株に加えて、N501Y変異は有していないものの、同一のE484K変異を有するB.1.1.316系統を検出したと報告しています [2]。この変異ウイルスの検出件数は、2月2日時点で、空港検疫で2件、関東全域で91件となっています。

国立感染研はこのB.1.1.316について、欧州系統B.1.1.114(図1水色の系統)から13塩基変異(およそ7カ月間の時間差)を有しており、この13塩基変異の空白リンクを埋める国内検体もこれまで見当たらないことから、日本国内で変異したものではないとしています。一方で、同時にゲノムデータベースであるGISAIDを検索しても、このB.1.1.316株がどの国由来かも特定できないとしています。

図2に、E484K(B.1.1.316)株と他の変異ウイルス株の一次構造上の変異マップを示します。E484型は、他の変異ウイルスと異なり、ORF1aに変異がほとんど入っておらず、Spikeタンパク質部分を含む下流領域に変異が集中しています。また、総変異数が21塩基と国内型(B.1.1.284およびB.1.1.214)19–20塩基に類似しています。少なくとも総変異数から見た場合、日本と同様な感染流行(感染者数の規模)の中で変異を重ねてきた株のようにもみえます。

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図2. 国内で検出されたSARS-CoV-2変異株とスパイクタンパク質におけるE484K変異 (文献 [2]より転載).

そこでE484K型の起源のヒントを得るために、SARS-CoV-2の系統のデータベースであるPANGO lineages [3] を参照してみました。そうすると、図3に示すように、世界中でE484K型が最初に見つかったのは昨年5月17日(北米)と古いですがわずか1件であり、今年の冬から急増していることがわかりました。そして、北米、メキシコ、ヨーロッパに散在して検出されているものの、約50%は日本で検出されていることも分かりました(図5中ヒスイ色のヒストグラム)。

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図3. 世界におけるB.1.1.316系統ウイルス(E484K変異)の検出頻度の推移(PANGO lineages [3]から転載.このグラフでは2020年10月23日にアジア[日本]の最初の検出例がプロットされているが、感染研の報告では10月24日となっている [2]).

さらにB.1.1.316系統の中でR.1とR.2という亜系統への進化が見られ、 R.1亜系統の検出のトップが日本であることもわかりました(図4上)。とくに時系列でのR.1系統の検出頻度を見ると、日本で優占的に検出されていることが分かります(図4下、ヒスイ色のヒストグラム

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図4. 世界におけるB.1.1.316の亜系統ウイルスR.1の検出総数(上)と検出頻度の推移(文献[3]から転載).

図4のデータは何を意味するでしょうか。国立感染研はE484K(B.1.1.316)が日本国内で変異したものではないとしていますが、総変異数が従来の国内変異ウイルスと似ていること、そして世界中で日本で優占的に検出されていることから考えて、R.1亜系統については(オリジナルは北米?だとしても)日本で変異したものと考えてもおかしくないような気がします。

そして、関東から91件の検出例があることは、この変異が関東(東京)中心で起こったものと推測することもできます。今も従来の変異ウイルスに替わって勢力を拡大していることでしょう。

E484型が従来の国内変異ウイルスと13塩基の違いがあり、その空白を埋められていないとしても、そもそも陽性検体のごく一部しか調べていないわけだし、無症状感染者はまったく調べていないわけですから、取りこぼしがあったとしてもおかしくはありません。図1にある4月ピーク流行の欧州型に続き、8月ピークの国内変異型が現れた時も、6塩基の空白があると感染研は述べていました(→ウイルスの分子疫学と沖縄の流行把握への期待)。

おわりに

先月、国内においてもワクチン接種が開始されました。一方、免疫逃避の性質を有すると考えられるE484K型は、これからのワクチンによる集団免疫に影響を与えるかもしれないウイルスということで監視強化していく必要があると思われます。不思議なことにこのE484K型はN501Y型と比べてほとんどまったくと言っていいくらい報道されていません。そして、感染者の中の追跡も行なわれていないようです。どういう理由によるものでしょうか。

いずれにせよ、国内での変異ウイルスの動態解析と早期探知は、感染流行の制御のために必須なものです。国立感染研のみならず、大学病院、自治体研究所、民間検査会社などにゲノム解析拠点を置き、それらをネットワーク化した迅速かつ継続的なゲノム監視体制の確立が重要であると思われます。

引用文献・資料

[1] 国立感染症研究所新型コロナウイルスSARS-CoV-2ゲノム情報による分子疫学調査(2021年1月14日現在). 2021.01.29. https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2488-idsc/iasr-news/10152-493p01.html

[2] 国立感染症研究所: 新型コロナウイルスSARS-CoV-2 Spikeタンパク質 E484K変異を有するB.1.1.316系統の国内流入(2021年2月2日現在). 2021.02.22. https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2488-idsc/iasr-news/10188-493p02.html

[3] PANGO lineages: https://cov-lineages.org/lineages.html

引用した拙著ブログ記事

2021年1月25日 第2波の流行をもたらした弱毒化した国内型変異ウイルス

2021年1月8日 変異ウイルスの市中感染が起きている

2020年8月7日 ウイルスの分子疫学と沖縄の流行把握への期待

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

マスク着用シミュレーション結果のミスリード

今年になってフィールドワークとデスクワークが忙しくなり、ブログの更新がなかなか進まない状況になっていますが、もちろん新型コロナウイルス感染症に関して気になっていることは山盛りです。そのうちの一つは、大阪など6府県で「緊急事態宣言」が解除されたことです。飲食店への時短要請は継続するとなっていますが、大阪市内に限定され、しかも時短営業は午後9時までと延長されています。

これでは大阪府全域や兵庫などの周辺で飲食店への人流が加速されることは明らかであり、再燃拡大して再度緊急事態宣言相当(まん防など)の要請がされることは必至です(ブログ→大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請)。

もう一つ気になったのは、理化学研究所などの共同研究によるマスク着用効果のシミュレーション結果です。要約すれば2重マスクと1枚の不織布マスクを正しく着用した場合の飛沫防止効果の差はないというものです。そこから2重マスクをする必要はなく、不織布マスク1枚で十分というものです。これについて私は以下のようにツイートしました。

2重マスクの効果(暴露防止)については2月に米国CDCが報告しています [1]。この主旨は、マスク1枚では隙間ができやすく(正しく着用することがむずかしい)、そのために2重にして隙間をなくすというものです。図1は2重マスクの効果(飛沫、エアロゾルの暴露防止)を示しています。

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図1. CDCによる二重マスクの効果を示す実験結果 [1].

そこをどう勘違いしたのか、理研の研究担当者はマスク1枚を正しくつけるのが重要と強調したのです。これは明らかなミスリードです。実際にシミュレーションだけでなく、理研はリアルな実験をやってみるべきです。不織布マスク1枚をできるかぎり隙間なく密着させてつけたとしても、「正しくつければ」という条件を達成するのほぼ困難であり、漏れはでるのです。CDCは実験の結果の上で2重マスクの効果を指摘しているわけです。

研究担当者は、まさかCDCの論文を知らなかったというわけでもないでしょう。だとすれば内容をよく読んでないか、読んだとしても主旨を理解できなかったとか..。

何ともはや富岳という高価なマシーンを使って、こんなシミュレーション結果で提言をするなんて、時間とお金の浪費だと言ったら言い過ぎでしょうか。むしろ、感染力の強い変異ウイルスの拡大が予測される状況においては、このようなプレス発表は有害にしかならないような気がします。

これでまた為政者がマスク会食を言い出したらたまったもんじゃありません。不織布マスクで少しでも漏れを防ごうとするなら、CDCが言うように不織布とウレタンマスク(あるいは布マスク)を重ねることが合理的なのです。とはいえ、こんな2重マスクでは会食もできません。万が一途中で顎マスクでもしようものなら感染リスクが高まり、危険極まりないです。

引用文献

[1] Brooks,J. T. et al.: Maximizing Fit for Cloth and Medical Procedure Masks to Improve Performance and Reduce SARS-CoV-2 Transmission and Exposure, 2021. MMWR February 19, 2021 / 70(7);254–257. https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/70/wr/mm7007e1.htm

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19