Dr. Tairaのブログ

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mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出

はじめに

いま日本でも遅ればせながら、急速に新型コロナウイルス感染症COVID-19ワクチン接種が進められています。ワクチンと言っても、従来のような病原体を不活化させたものあるいはその一部を接種するというやり方ではなく、SARS-CoV-2スパイクタンパク質Sタンパクをコードする遺伝子(mRNA)を"ワクチン"として接種するというものです。

このブログでは、昨年3月にmRNAワクチンと集団免疫mRNAワクチンに触れましたが(→集団免疫とワクチンーCOVID-19抑制へ向けての潮流)、約1年で実現できたことには驚きを隠し得ません。mRNAワクチンはファイザー/ビオンテック社やモデルナ社のものに代表されますが、アストロゼネカ社のようにアデノウイルスベクターを使ったDNAワクチンもあります。DNAワクチンもmRNAワクチンも人類史上前例のないワクチンということになります。

最近、mRNAワクチンで誘導される抗原タンパクとウイルスのSタンパクが同様のコンフォメーションをとるという論文が、米国の研究グループによって出版されました [1]。また、モデルナ製mRNAワクチンを接種された人から抗原タンパク質と中和抗体が検出したする研究成果が、これも米国の別の研究グループによって報告されました [2]

体内でmRNAワクチンが実際に翻訳され、生成した抗原タンパク質に対して抗体ができるという予想どおりの結果だと思いますが、少し気になるところもあります。ここではそれらの話題を中心に紹介したいと思います。

1. mRNAワクチンの概要

ここで前置きとして、mRNAワクチンの復習をしたいと思います。このワクチンはこれまでとはまったく異なる新規なやり方であり、ワクチンの設計図であるmRNAを体に入れて体をダマして抗原となるタンパク質を作らせるという方法です。 

設計図によって作られるのは、SARS-CoV-2エンベロープ(外被)から突き出ているSタンパク質で、ヒトのACE2受容体を認識して結合する部分です。Sタンパク質全体の一次構造を図1Aに示します [3, 4]。スパイク全体は1273残基のアミノ酸配列から成るタンパク質で、S1とS2のサブユットから構成されます。この中で受容体に結合する領域(receptor-binding domain、RBD)はS1サブユニットの中程にあります。

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図1. SARS-CoV-2のスパイクタンパク質(Sタンパク)の一次構造(A)およびmRNAワクチンがコードする推定領域の構造(文献 [3, 4] に基づいて筆者作図).

mRNAワクチンについては図1Bのような構造が推定されます。厚生労働省は、ファイザー製およびモデルナ製のmRNA(それぞれトジナメランとCX-024414)について、ヒトの細胞膜に結合する働きを持つスパイクタンパク質の全長体をコードするmRNA、と説明しています [5, 6]

mRNAそのものは不安定でそのままでは翻訳されません。mRNAの安定化や翻訳促進には5'側にCap構造が必要であり、ここが工夫されています。その下流側には5’UTRを挟んでシグナルペプチド、さらにコード領域を組み込まれていますが、ここにはK986P、V987Pという二つの変異を挿入することで安定化を図り、中和抗体が産生されやすいようになっています [3]。さらに3'側は3'UTRを経てpolyAが付加されています。

さらに重要な点として、塩基配列のウラシルの部分が、修飾ウリジンに換えられていることが挙げられます。これはK. カリコ博士らが報告した修飾ウリジンへの置換によって翻訳が安定化し、タンパクの大量発現ができるという知見に基づいています [7]。実際には1メチルシュードウリジンに置換されていると思われます(図2)。しかし、この修飾mRNAが使われることによって、逆に体内で必要以上に翻訳活性をもったまま残存しかねないという安全性の面での懸念があります。

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 図2. ウリジンおよびそのアナログ(修飾ウリジン)の構造(筆者作図).

医薬品医療機器総合機構のウェブページ [8] には、モデルナ筋注適正使用ガイドという資料が掲載されており、その中にmRNAワクチンの作用機序についての説明図があります(図3)。ファイザー製mRNAについては、厚生労働省の報告書に詳細な情報があります [9]

図3のイメージでは、脂質粒子として包埋されたmRNAが体内に入り、抗原提示細胞(マクロファージや樹状細胞に取り込まれてそこでmRNAが放出され、リボソーム上で翻訳されてスパイクタンパク質(3量体構造)が作られるプロセスが示されています。3量体とはS1のRBDとNTDおよびS2(図1参照)のことです。そして、作られたタンパク質が細胞外に出ると、それが認識されて抗体が作られ、またT細胞を介した免疫が誘導されるということでしょう。

COVID-19ワクチンの免疫の賦活化の詳細については、前のブログ記事に示しています(→COVID-19ワクチン:免疫の活性化と課題)。

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図3. mRNAワクチンの作用機序(COVID-19ワクチンモデルナ筋注適正使用ガイド [8] から転載).

mRNAワクチンは脂質ナノ粒子として体内に投入されます。ガイドにはその成分も記されており、四つの脂質成分が含まれていることが分かります(図4)。

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図4. mRNAワクチンの構成物質(COVID-19ワクチンモデルナ筋注適正使用ガイド [8] から転載).

2. mRNAワクチンの安全性

mRNAワクチンにはアナフィラキシーを起こしたり、そのほかの副反応が出たりすることが知られています。mRNAワクチンの安全性については、前例のないワクチンということもあってよくわからないことがありますが、現時点においてはリスク/ベネフィット比が圧倒的に小さいという判断に基づき、全世界で接種が行なわれています。

厚生労働省やワクチン情宣サイト「こびナビ」の説明も含めて、安全性についてよく言われていることを以下にまとめます。

1) mRNAは核の中に入らないので、ヒトのゲノムに組み込まれることはない

2) mRNAは細胞に取り込まれてから20分〜数日以内で分解される

3) 作られたタンパク質も10日〜2週間以内には分解され、体内に残らない

4) アジュバント(免疫をつけるのを助ける補助剤)が入っておらず、mRNA以外の成分は膜になる脂質と、塩類、糖類のみであり、安全性が確認されている

しかしながら、短縮された臨床治験の限定的情報に基づいて緊急認可されたワクチンでもあり、前例がないワクチンという状況にも関わらず、従来の科学的知見に基づいて、理論上「そうなるはずである」という言い方の印象が強いです。そう言い切るためには、科学的根拠があまりにも弱いというべきでしょう。とくに上記1)〜3)については早急の検証が必要と思われます。

 3. ワクチンで誘導されるSタンパクはウイルスタンパクと同じ構造

米国ロックフェラー大学などの共同研究チームは、SARS-CoV-2に対するモデルナ製ワクチン(mRNA-1273)またはファイザー/ビオンテック製ワクチン(BNT162b2)を接種した20名のボランティアの抗体およびメモリーB細胞の反応について報告しました [1]

それによると、ワクチンの2回目の注射から8週間後、ボランティアから採取された血漿サンプルからは高レベルのIgMおよびIgG抗Sタンパクが検出され、RBD結に対する結合活性が見られました。さらに、血漿中和活性とRBD特異的メモリーB細胞の相対数は、自然感染から回復した人のそれと同等でした。しかし、E484K、N501Y、またはK417N/E484K/N501YのSARS-CoV-2変異体のSタンパクに対する活性は、わずかですが有意に低下しました。

ワクチンによって誘発されたモノクローナル抗体は、SARS-CoV-2を強力に中和し、自然感染した人から分離されたモノクローナル抗体と同様に、多くの異なるRBDエピトープを標的としていました。Sタンパク質の三量体と複合体を形成したモノクローナル抗体の三次元構造解析を行なったところ、ワクチンとウイルスがコードするSタンパクは同様のコンホメーションをとり、同等の機能を持つ抗RBD抗体を誘導することが示唆されました。

一方で、試験された17種類の最強のモノクローナル抗体のうち14種類は、K417N、E484K、N501Yのいずれかの変異によって中和効果が低下または消失しました。これらの結果から、臨床で使用されているモノクローナル抗体は、新規に発生した変異体に対して試験すべきであること、そして、mRNAワクチンは、臨床効果の低下を避けるために、定期的に更新する必要があることが示唆されています。

4. mRNAワクチン被接種者からの抗原、抗体検出

米国の別の研究チーム、オガタら(Ogata et al.)はきわめて興味深い研究結果を報告しています [2] 。この研究では、被験者13名を対象として、抗原、抗体の調査が行われました。2020年12月から2021年3月にかけて、SARS-CoV-2の感染歴がない18歳以上の医療従事者を対象に、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院で試験を実施したとあります。

被験者としては、米国FDAから緊急使用許可されたmRNA-1273ワクチン(Moderna, Cambridge, MA)を28日間隔で2回接種する予定の人が対象となり、病歴、服薬歴が収集された後、ワクチンの初回投与前(0日目)にベースラインとしての血液サンプルが採取されました。その後、初回投与から1日目、3日目、5日目、7日目、9日目、14日目、28日目に血液サンプルが採取され、続いて2回目の投与から1日目、3日目、5日目、7日目、14日目、28日目に採取されました。

図5に抗原タンパク(S1、スパイク、ヌクレオカプシド)および、それらに対するIgG抗体の分析結果を示します。

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図5. mRNAワクチン接種後の抗原タンパク(S1、スパイク、ヌクレオカプシド)および、それらに対するIgG抗体の消長(文献[2]より転載).

図5Aのように、S1抗原はワクチン接種後1日目という早い段階で検出され、最初の注射から平均で5日後に最大値となりました。その後、S1抗原はすべての被験者で減少し、14日目以降では検出されなくなりました。一方、0日目には(1名の被験者を除いて)S1抗原は検出されませんでした。0日目にS1が検出された1名については、他のヒトコロナウイルスとの交差反応が現れたものか、ワクチン接種時に無症状感染していたためと考えられます。これらの結果は、ワクチン接種後すぐにmRNAの翻訳が始まっていることを示しています。

図5Bに示すように、スパイクは13人中3人において初回注射から平均15日後にピークとして検出されました。2回目のワクチン接種後は、S1やスパイクは検出されず、両抗原とも56日目まで検出されない状態が続きました。1名については、2回目のワクチン接種の1日後である29日目にSタンパク質が検出され、2日後には検出されなくなりました。

さらに被験者13名について、Sタンパク、S1、RBD、ヌクレオカプシドに対する血漿中の抗体IgG、IgA、IgMが測定されました。SタンパクとS1、RBDに対するIgGレベルは初回接種後に上昇しましたが、ヌクレオカプシドに対するIgGは経時的変化がありませんでした(図5D、E、F)。したがって、ヌクレオカプシドのmRNAを含まないワクチンに特異的な免疫反応であることが確認されました。また、すべての参加者において、S1およびスパイクに対するIgGの増加は、2回目の注射によるS1またはスパイクタンパク質の減少に直接対応していました。

これらのデータについて著者らは、初回接種後の1日目までにS1が検出されることから、抗原タンパクが注射部位と関連する局所リンパ節を超えて存在することを示していると考察しています。また、IgGおよびIgAの免疫反応の誘発は、ワクチン接種後5日目という早い時期に検出され、スパイクおよびS1抗原の全身循環での消去に関連していると述べています。

今回の研究では、初回注射後の11人においてS1抗原を検出していますが(図5A)、これはmRNA-1273がコードするSタンパク質の性質によるものと著者らは述べています。すなわち、Sタンパク質には、切断可能なS1-S2部位があり、スパイク三量体からS1を放出することができます。ほ乳類細胞にはSタンパク質を切断できるプロテアーゼ(フーリン)や循環するプロテアーゼが含まれていますが、著者らはS1の検出をこれらを介した切断に起因すると仮定しています。

不思議なのは、S1が産生されてから平均8日後にSタンパクが13人中3人に出現していることです(図5B)。この研究で用いられているSimoa抗原測定法は、S1とS2の両方のサブユニットに抗体が結合して検出できるように設計されており、その結果、本法では切断されたSタンパクは検出できません。著者らは、本法は抗体動態を高解像度でプロファイリングするのに十分な感度を有しているものの、被験者の血漿中のSタンパク濃度が検出限界以下に分解されている可能性もあるとしています。

著者らは興味深い仮説を述べています。それは、ワクチン接種の数日後にはT細胞が活性化され、それによって引き起こされる細胞性免疫反応が、S1タンパクを発現している細胞を直接殺すことで、血流中にスパイクがさらに放出されるという仮説です。しかし、このような遊離S1放出のメカニズムは不明であり、さらなる研究が必要でしょう。

とはいえ、これが事実だとするなら、遺伝子ワクチンの根本的な欠陥を示していることになります。つまり、遺伝子情報を取り込んでスパイクタンパクを合成し始めた細胞すべてが、自己免疫システムの攻撃対象になるということであり、その範囲が広いほど、重篤な副作用を起こすということになります。

著者らは、今回の研究の限界として、サンプルサイズが小さいことと、健康な若年成人を登録したことによるバイアスの可能性をあげており、一般人口を代表するものではないかもしれないと言っています。とはいえ、mRNAワクチン接種によってスパイクおよびS1タンパク質が全身から検出されたという証拠は重要であり、これまでのワクチン研究では報告されていないとしています。

おわりに

今回の米国の研究チームの報告を見ると、mRNAワクチンの投入によってしっかりと翻訳され、SARS-CoV-2のスパイクが体内で合成されていることがわかります。

また、モデルナ筋注ガイド [8] およびオガタらの論文 [2] をみると、mRNAワクチンの人体内での残留時間と抗原タンパクの保持時間は一般に言われている以上に長そうです。ガイドには、マウス実験とは言え、臓器によっては最長5日間mRNAが検出できるとあります。しかも注射した筋肉部位のみならず、膝窩(しっか)リンパ節、腋窩(えきか)リンパ節を越えて、脾臓にまで達しているように書かれています。

Nature Neuroscience誌に掲載された研究では、市販のCOVID-19スパイクのS1をマウスに注射すると、血液脳関門を容易に通過し、調べた11の脳領域すべてで確認されたことから、脳実質空間(脳内の機能組織)に入っていくことが実証されています [10]。

オガタ論文でもこれらを証明するかのように、血漿サンプルからS1を初回接種から5日目でピークになるように検出していますし、スパイクに至っては13人中3人において初回接種から15日目でピーク値を記録しています。これはmRNAについても残留性が長いことを示唆しています。

S1が先に出てきて後からスパイクが検出されるというのは何とも不思議ですが、著者らの考察も合わせると、mRNA接種後すぐにスパイクが作られたとしても、宿主プロテアーゼですぐに分解されるためにスパイクではなくS1が検出されるということではないでしょうか。抗原タンパク合成、プロテアーゼの分解活性、中和抗体の合成・活性、細胞性免疫反応が複雑に絡み合っているので、スパイクの消長の定量的把握と解釈は簡単ではなさそうです。

いずれにせよ、抗原タンパク、とくにS1が注射部位と関連する局所リンパ節を超えて全身に存在すると著者らが述べていることはきわめて重要です。考えれている以上に、mRNAのlife timeが長く、SARS-CoV-2のスパイクおよび分解物が血流に乗って全身に行き渡り、それはひょっとすると細胞性免疫によるスパイクタンパク質合成細胞の攻撃・殺傷の結果かもしれないわけですから。この点は先のブログ記事で心配したとおりです(→COVID-19ワクチン:免疫の活性化と課題 )。

日本では(世界においても)、mRNAワクチンの効果としてもっぱら中和抗体に焦点が当てられているようですが、ヒト細胞におけるmRNAと抗原タンパクの持続性、消長、その影響についてもしっかりと追跡調査する必要があると思います。

引用文献

[1] Wang, Z. et al.: mRNA vaccine-elicited antibodies to SARS-CoV-2 and circulating variants. Nature 592, 616-622 (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03324-6

[2] Ogata, A. F. et al.: Circulating SARS-CoV-2 vaccine antigen detected in the plasma of mRNA-1273 vaccine recipients. Clin. Infect. Dis. ciab465, Published on line May 20, 2021. https://doi.org/10.1093/cid/ciab465

[3] Lee, P. et al.: Current status of COVID-19 vaccine development: Focusing on antigen design and clinical trials on later stages. Immune Netw. 21, e4 (2021). https://doi.org/10.4110/in.2021.21.e4

[4] UniProt: niProtKB - P0DTC2 (SPIKE_SARS2). https://www.uniprot.org/uniprot/P0DTC2

[5] 厚生労働省: ファイザー社の新型コロナワクチンについて. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_pfizer.html

[6] 厚生労働省: 武田/モデルナ社の新型コロナワクチンについて. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_moderna.html

[7] Karikó, K. et al.: Incorporation of pseudouridine into mRNA yields superior nonimmunogenic vector with increased translational capacity and biological stability. Mol. Ther. 16, 1833–1840 (2008). https://doi.org/10.1038/mt.2008.200

[8] 独立行政法人医薬品医療機器総合機構: コロナウイルス修飾ウリジンRNAワクチン(SARS-CoV-2). https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/GeneralList/631341E

[9] 厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課:審議結果報告書. 2021.02.12. https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000739089.pdf

[10] Rhea, E. M.: The S1 protein of SARS-CoV-2 crosses the blood–brain barrier in mice. Nat. Neurosci. 24, 368–378 (2021). https://www.nature.com/articles/s41593-020-00771-8

引用した拙著ブログ記事

2021年4月29日 COVID-19ワクチン:免疫の活性化と課題

2020年3月25日 集団免疫とワクチンーCOVID-19抑制へ向けての潮流

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

SARS-CoV-2の遺伝子がヒトDNAと組み込まれることを裏付ける新たな証拠

米国ホワイトヘッド生物医学研究所/マサチューセッツ工科大学の研究チームによって、2020年12月にバイオアーカイブ(bioRxiv)に投稿されたプレプリント論文 [1]SNS上で大きな波紋を呼びました。なぜなら、新型コロナウイルスSARS-CoV-2に感染すると、そのウイルスRNAが感染者のゲノムDNA内に組み込まれる可能性を示す内容だったからです。そして、mRNAワクチン接種の反対派を勢いづかせる、一見格好の材料を与えたからです。

この論文は、2021年5月、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に査読を経て掲載されました [2]。前のブログ記事でもこの論文を紹介しています(→新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる)。

サイエンス誌のスタッフ・ライターであるJohm Cohen氏は、この論文が与えたインパクトと騒動について記事にしています [3]図1)。ここでは、それを全文紹介したいと思います。 

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図1. Jon Cohen氏によるPNAS論文を紹介するサイエンス記事 [1].

以下、筆者による当該サイエンス記事の全文翻訳です。わかくりやすくするために適宜補足説明の言葉が入れてあります。

             

ある著名な科学者チームは、「私たちの染色体にパンデミックコロナウイルスの遺伝子の一部が組み込まれ、感染が終わった後もずっと残っている」という科学論争の仮説を再度確認するに至った。もしこの仮説が正しければ、〜懐疑的な人たちは実験室のアーチファクトである可能性が高いと主張しているが〜、COVID-19から回復しても、数ヵ月後に再度SARS-CoV-2の陽性反応が出るという珍しい現象も説明できる。

この研究を主導したホワイトヘッド生物医学研究所/マサチューセッツ工科大学の幹細胞生物学者 Rudolf Jaenisch 教授と遺伝子制御専門家 Richard Young 教授の研究チームは、2020年12月、バイオアーカイブプレプリントでこのアイデアを初めて発表したが、すぐにツイッター上で話題になった。著者らは、ウイルスが組み込まれたとしても、COVID-19から回復した人が感染力を維持していることにはならないと強調した。しかし、彼らを批判する人たちは、伝令RNA(mRNA)をベースにしたCOVID-19ワクチンが何らかの形でヒトのDNAを変化させるのではないかという、根拠のない不安を煽っていると非難した。

(一方、Janesich と Young は、彼らの自身の結果がオリジナルで新規性があり、mRNAワクチンがその配列を人間のDNAに組み込むことを示唆するものではないと強調している)。

他の研究者からはいくつかの科学的な批判が寄せられた。批判対象となったうちのいくつかについては、本日、PNASのオンライン版に掲載された論文で取り上げられている。Jaenisch は、「コロナウイルスの配列がゲノムに組み込まれることを示す明確な証拠が得られた」と語る。

COVID-19の原因ウイルスであるSARS-CoV-2は、RNAで構成された遺伝子を持っているが、Jaenisch、Young、および共著者らは、まれにヒトの細胞内の酵素がウイルスのRNA配列をDNAにコピーして、ヒトの染色体に滑り込ませることがあると主張している。この酵素逆転写酵素)は、LINE-1エレメント(レトロトランスポゾンの一種)にコードされている。LINE-1は、ヒトゲノムの17%を占めるDNA配列であり、レトロウイルスによる古代の感染症の名残である。研究チームは、バイオアーカイブプレプリント上において、LINE-1を増強させたヒトの細胞にSARS-CoV-2を感染させると、そのRNA配列がDNA化され、細胞の染色体に入り込むという証拠を発表した。

LINE-1やその他のレトロトランスポゾンを専門とする研究者の多くは、この主張を裏付けるにはデータが薄すぎると考えた。ヒトゲノム中のレトロウイルス群を研究しているコーネル大学の Cedric Feschotte 教授は、「もしこのデータであれば、私はその時点でどこへも論文投稿しなかったでしょう」と言う。彼をはじめとする研究者たちは、Jaenisch と Young のような優秀な研究者による、より質の高い研究を期待していたと述べた。その後、バイオアーカイブに掲載された2つの研究で、Jaenischらの結果が批判された。すなわち、ヒトとウイルスDNAの痕跡のキメラと思われるものが、Jaenischらが使用した染色体実験技術によって日常的に作られているという証拠が提示された。ある報告書では、ヒト-ウイルスの配列は「本物の逆転写、組み込み、発現の結果というよりも、使用した方法に由来する産物である可能性が高い」と結論づけている。

Jaenisch と Young らは、今回の論文の中で、彼らが使用した技術が偶然にヒト-ウイルスのキメラを作り出すことを認めている。「それは正しい指摘だと思う」とJaenischは言う。さらに、彼らがある雑誌に論文を最初に投稿した段階では、より強力なデータの必要性は感じていたので、査読の過程でそれを追加したいと考えていたと言う。しかし、その雑誌は、他の多くの学術誌と同様、COVID-19の結果をすぐにプレプリントサーバーに掲載することを著者に要求した。「判断を誤ってしまった」と Jaenisch は言う。

Feschotte は、Jaenisch氏とYoung氏の仮説を "もっともらしい "と評価している。SARS-CoV-2も、遺伝子を組み込まずに数カ月間、人の体内に留まることがあるという。

実際的な問題は、この細胞培養のデータが、人間の健康や診断に関連するかどうかである。Feschotte は、「COVID-19患者にウイルスRNAの組み込みの証拠がない場合、これらのデータから私が考えることは、LINE-1が過剰に発現している感染細胞株でSARS-CoV-2のRNAレトロポジション現象を検出できるということだけだ」と語る。これらの観察結果の臨床的または生物学的な意義があるかどうかは、現時点では純粋に推測の域を出ないという認識だ。

Jaenisch と Young の研究チームは、COVID-19患者の生体組織および検死組織において、SARS-CoV-2の組み込みを示唆する結果を報告している。具体的には、組み込まれたウイルスDNAによってのみ生成される一種のRNAが、細胞の転写過程で検出されたという。しかし、Young は、「まだその直接的な証拠はない 」と認めている。

フレッド・ハッチンソン癌研究センターのヒトゲノム中の古代ウイルスの専門家である Harmit Malik は、ウイルスを除去したはずの人がPCR検査で陽性になることがあるのはなぜかという疑問は「真っ当な疑問」であると言う。しかし、ウイルスが組み込まれているという説明には納得していない。「通常の状況下では、人間の細胞には逆転写装置がほとんど存在しない」とMalik は言う。

2020年12月から、この論争は明らかに市民権を得てきた。Jaenisch と Young 両氏は、自分たちのキャリアの中で最も厳しい批判に曝された研究であったと語っている。その理由のひとつは、今回認可されたばかりのmRNAワクチンについてデマを流すワクチン懐疑論者の手先になるのではないかと心配する研究者がいたからである。「削除すべきプレプリントがあるとすれば、それはこのプレプリントだ。関連する証拠がまったくないのに、プレプリントとして掲載すること自体が無責任だ」ーバージニア大学微生物学者Marie-Louise Hammarskjöld教授は、当時バイオアーカイブにこのようにコメントを投稿していた。

それで最初に投稿した論文は?「彼らはそれを却下した」 とJaenisch は言う。

             

筆者あとがき

上記のように、JaenischとYoungの研究チームがバイオアーカイブに投稿した原稿は、批判の嵐に巻き込まれました。このプレプリントに対するツイートは7000件を超え、直接的にも50以上のコメントが寄せられました。それらの多くは、掲載すべきでない、反ワクチン派に手を貸すべきでない、という批判的なものです。そして、最初に投稿した査読付き雑誌では掲載が却下されたようです。

幸いにして、JaenischとYoungの研究チームの研究成果はPNAS誌に掲載されました。研究成果そのものは特筆すべき内容であり、上記のように「LINE-1を過剰に発現している感染細胞株におけるSARS-CoV-2のRNAレトロポジション現象」を証明したという真っ当なものです。

私は画期的な研究成果ほど、そして投稿のタイミングによっては、猛烈な批判の対象になるということを、あらためて認識させられました。今回のPNAS論文は生命科学の常識を覆すというほどではありませんが、mRNAワクチンに対して疑念を抱くには十分な内容であり、かつプレプリントサーバーへの投稿がmRNAワクチンの普及の時期と重なり、不運でした。

mRNAワクチンがこれまで実用化されなかった理由はいろいろあります。それらを乗り越えてというか、パンデミックを早急に終わらせなければいけないという緊急性と使命感から、今回COVID-19用mRNAワクチンが短期間で開発され、人類史上初めて大量に接種されているわけです。

それだからこそ、予期しないことが起こる可能性も残されています。mRNAがヒトゲノム中に組み込まれるのではないかという仮説もその一つです。多くの生命科学者もワクチン専門家も「原理から言ってそれはあり得ない」と否定しています。しかし、ただ否定するだけでは問題は解決しないでしょう。何せ今回のワクチンにはmRNAの翻訳プロセスという、従来のワクチンにない余計なステップが加わっているのですから。そして(たとえばモデルナ製mRNAワクチンの場合)、体内に入ったmRNAは最大5日間残存することが示されています [4]。

LINE-1による細胞内mRNAのレトロポジションは知られている事実であり、今回も特定の条件とは言え、コロナウイルスRNAのDNAへの組み込みが証明されました。であるなら、「mRNAワクチンがDNAに組み込まれることはない」と否定しているだけではなく、念のためにそれを早急に調べて否定すればよいのです(技術的には簡単ではないですが)。

引用文献・記事

[1] Zhang, L. et al.: SARS-CoV-2 RNA reverse-transcribed and integrated into the human genome. bioRiv Posted December 13, 2020. https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.12.12.422516v1

[2] Zhang, L. et al.: Reverse-transcribed SARS-CoV-2 RNA can integrate into the genome of cultured human cells and can be expressed in patient-derived tissues. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2105968118 (2021). https://www.pnas.org/content/118/21/e2105968118

[3] Cohen, J.: Further evidence supports controversial claim that SARS-CoV-2 genes can integrate with human DNA. Science May 6, 2021. https://www.sciencemag.org/news/2021/05/further-evidence-offered-claim-genes-pandemic-coronavirus-can-integrate-human-dna

[4] 独立行政法人医薬品医療機器総合機構: コロナウイルス修飾ウリジンRNAワクチン(SARS-CoV-2). https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/GeneralList/631341E

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:ウイルスの話

 

感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わる

はじめに

感染症はすべての感染者が二次伝播に関わるのではなく、一部の感染者によって広められることが知られています。たとえば、20%の感染者が伝播の80%に関わる、いわゆる20/80ルールというものが古くから報告されています [1]新型コロナウイルス感染症の場合も、スーパースプレッダーとよばれる一部の感染者が大部分の二次感染に関わることを、1年前のブログ記事で紹介しました(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問)。

今月(2021年5月)、米国コロラド大学の研究チームは、SARS-CoV-2の90%は感染者の2%のスーパースプレッダーによって広められているということを、米国科学アカデミー紀要に発表しました [2]。20%どころか、たった2%によって感染が広がるというのはあらためて驚かされます。このブログではこの論文について簡単に紹介したいと思います。

1. コロラド大学の研究成果

研究チームは72,500検体超分の唾液サンプルのリアルタイムPCR(RT-PCR)の検査結果について分析を行ないました。これらのサンプルはB.1.1.7系統英国型変異ウイルスやそれ以降のVOC(variants of concern)が米国で報告される前に集められたものであり、また被験者は採取時点ではすべて無症状であったということです。

三つのプライマー・プローブセット(CU-N、CU-E、およびPNasePコントロール)を用いるマルチプレックスRT-PCR検査の結果、1405人が陽性と分かりました。検出されたウイルス(ビリオン)量はプライマーセットによって異なりましたが、1 mL当たり中央値で10の5乗から7乗の範囲にあり、最大で6.1x10の12乗、最低でたったの8個になりました(図1A)。

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図1. プライマーセット別による検体のウイルス量(viral load)とCt値(A)およびプライマー別によるCt値の相関(B、C)(文献[2]より転載).

これらの結果は、陽性者が極端に広い範囲のウイルス排出量の状態にあったこと、および無症状(一見健康と思われる)状態であってとしても高い排出量のケースもあることを示しています。今回の徹底比較では,CU-Eプライマーセットが他のプライマーセットと最も高い整合性を示したため,Ct値に基づく唾液中のウイルス排出量データとしてはすべてこのプライマーセットのものが採用されています。

研究チームは、検出された陽性者すべてのウイルス排出量に対する各々のCt値が記録された陽性者の貢献度を解析しました。その結果、無症状、有症状に関わらず、これらの陽性者の約半分はウイルスの放出がほとんどない非伝染状態(noninfectious phase、Ct値>28.8)にありました(図2)。一方、無症状者の場合、ビリオン(ウイルス粒子)の最大90%はわずか2%の感染者(Ct値<19)に起因し、99%は10%の感染者(Ct値<23.7)に起因していることがわかりました。

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図2. 無症状感染者(A)および有症状感染者(B)のウイルス排出量(Ct値)および陽性者数への貢献度(文献[2]より転載).

図2の結果は、約2%の少数の感染者が圧倒的に二次伝播に関わっていることを示していおり、従来の知見 [345] と一致するものだと著者たちは述べています。そして重要なことは、英国型などの変異ウイルスが記録される前の結果であるということで、当初のオリジナルのSARS-CoV-2に当てはまる伝播様式であり、変異ウイルスの場合はまた変わってくる可能性を示しています。

2. 無症状スーパースプレッダーの重要性

今回のコロラド大学の研究チームの結果は、SARS-CoV-2の伝染においてス少数のスーパースプレッダーが重要であること、そしてそれが無症状者であることで感染が急速に広がりやすいことをあらためて認識させるものです。これらのスーパースプレッダーは、無症状であってもCt値<19という高ウイルス排出量を示していますが、これは世田谷区の社会検査で明らかになった無症状者のなかに高いウイルス排出が認められたことと同様な結果です(→感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク)。

著者らは検体によってウイルス排出量に広範囲のバラツキがあったとことは、サンプリングのステージが異なることが考えられるとも述べています。ピーク時のウイルス負荷は個人間で大きく異なることがわかっているので、個人によってウイルスの生成量が異なるというのが妥当な説明であるとしています。

これが、免疫反応の違いによるものなのか、ACE2受容体を含むウイルス複製をサポートする宿主因子の違いによるものなのか、感染する特定の変異体によるものなのか、あるいは初期の感染部位や感染量によるものなのかは、まだ解明されていません。

著者らはこの点をさらに検討するため、分析したウイルス保持量の分布を、Q-Qプロットを用いて理論的な正規分布と比較しました。その結果、ウイルス保持量が最も高い集団の一部を含め、両端で正規分布から外れていました。これは、ごく一部の個人が、他の集団とは異なる感染能力を持つユニークな集団を代表しているという仮説と一致するとしています。

とはいえ、サンプリング時点ではウイルス排出量が少なかったとしても、それ以前やその後はスーパースプレッダーになり得るウイルス量になる可能性もあるわけです。その意味で、繰り返しの検査検査・隔離における濃厚接触者の範囲を広げてトレーシングすることは非常に重要になると考えます。

いずれにせよ、今回の研究でも強調されていることは、わずか少数の無症状スーパースプレッダーがいて、彼らが無自覚のまま行動することが大きく感染拡大につながる可能性があり、そのために無症状者の社会検査が重要だということです。

おわりに

このブログでも何度となく指摘してきましたが、日本では不幸にして無症状者の検査は積極的に行なわれてきませんでした。多くの感染症専門家や医者は無症状者の検査は必要ないとさえ主張してきました。しかし、今回のコロラド大学の研究結果も含めて言えることは、いかにして無症状スーパースプレッダーを検知するかが感染拡大防止に重要だというです。これはもう私が1年以上前から指摘していることです(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問)。

有症状者はすでに発症しているわけですから、すぐに検査対象となるでしょう。重要なことは無症状感染者の多くは他者に伝染させないということではなく、わずか数%の発症前の人をも含めた無症状スーパースプレッダーを早く見つけ出すかということです。この意味で、繰り返しますが、Ct値に基づくスーパースプレッダーの同定と、その濃厚接触者や周辺環境に広げたトレーシングがきわめて重要になります。

引用文献

[1] Woolhouse, M. E. J. et al.: Heterogeneities in the transmission of infectious agents: Implications for the design of control programs. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 94, 338–342 (1997).  https://doi.org/10.1073/pnas.94.1.338

[2] Yang, Q. et al.: Just 2% of SARS-CoV-2−positive individuals carry 90% of the virus circulating in communities. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2104547118 (2021). https://doi.org/10.1073/pnas.2104547118

[3] Adam, D. C. et al.: Clustering and superspreading potential of SARS-CoV-2 infections in Hong Kong. Nat. Med. 26, 1714–1719 (2020). https://www.nature.com/articles/s41591-020-1092-0

[4] Kupferschmidt, K.: Why do some COVID-19 patients infect many others, whereas most don’t spread the virus at all? Science May 19, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/05/why-do-some-covid-19-patients-infect-many-others-whereas-most-don-t-spread-virus-all

[5] Bi, Q. et al.: Epidemiology and transmission of COVID-19 in 391 cases and 1286 of their close contacts in Shenzhen, China: A retrospective cohort study. Lancet Infect. Dis. 20, 911–919 (2020). https://doi.org/10.1016/S1473-3099(20)30287-5

引用した拙著ブログ記事

2021年4月13日 感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

再びPCR検査の精度と「感度70%」論の解釈

カテゴリー: 感染症とCOVID-19

はじめに

インターネットを見ていたら、「PCR検査感度70%は誤判定が多い』…医師に求められる対応」という幻冬舎の記事 [1] が目に留まりました。昔の記事かと思って日付を見たら、5月19日..何と今日の配信ではありませんか!  よく見たら、「本記事は、岩田健太郎氏の著書『僕が「PCR原理主義に反対する理由』(集英社インターナショナル)より一部を抜粋・再編集したものです」とあります。

当該本は2020年12月に出版された神戸大学医学部教授岩田健太郎氏による著書です。「非専門家たちの意見や予測は、ことごとくと言っていいほど、間違っている、検査原理主義を続けていくのは、日本医療の崩壊」、「医学常識の嘘を鋭く解き明かす傑作、ここに誕生」というキャッチフレーズがつけられた本です。しかし、それとは裏腹に、その中身と言ったら誤謬やデマだらけということがSNS上で指摘され、一躍有名になった本でもあります。

私も読んでみましたが、その内容になるほどと思う反面、SNS上で批判されているとおりの記述があることは認めますし、残念ながら岩田氏も含めて一部だとは思いますが、日本の医療クラスターの心配なくらいの科学リテラシーの低さも再認識したものです。

何でこの時期こんな記事がYahooニュースで出てくるのかという思いもありますし、ここで今さら説明するのもくどいのですが、新型コロナウイルス感染症PCR検査をめぐる世界および日本の「感度70%」論を比較しながら、PCR検査の精度に関して日本が犯した誤りを再指摘したいと思います。

1. NIJM論文に記載された感度70%

結論から言えば、後述するように、「感度70%」としてPCR検査の固有感度で話をするのは誤りです。然るにこの感度70%というのは、いったいどこから来ているのでしょう。岩田氏の以下のコメントにその引用元が記されています。NEJM(New England Journal of Medicine)という有名な医学雑誌です。

世界最高レベルの医学専門誌『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に掲載された論文において、執筆者たちは「PCRの感度は70パーセント」と見積もっています。僕の体験的実感でも、だいたいそんなところかなと思います。

(文献 [1] より)

では彼が引用したNEJM誌の論文というものをみてみましょう。

これは"Perspective"として米国の研究チーム、Woloshinらが出版した論説 [2] です。ちなみに、本論文は2020年8月に掲載されて以来、今日までの時点で251回引用されています。一般的に、直近の2〜3年で1年間に10回引用されればよい方だと言われる学界の論文の傾向を考えればきわめて被引用度が高く、NEJM誌が高インパクトファクター(IF=74.699 [2020])を有する雑誌だということも頷けます。

ただ(蛇足ですが)NEJM誌も含めていま権威ある医学雑誌といわれているものは、引用されやすい総説や論説の掲載が多く、自ずからインパクトファクターが高くなる傾向にありますので、その点で原著論文を中心に掲載する学術誌との単純な比較はできません。

そしてこれも当たり前ですが、個々の論文内容の質は高インパクファクターの雑誌に掲載されたかどうかということとは直接関係がありません。Woloshinらの論文もオリジナルな新規データを含む原著というわけではなく、敢えて誤解を恐れず言えば、BMJ誌に掲載された従来の論説 [3] の焼き直しの感が強いです(ただし、内容は本質的ですが)。そして、彼らがSARS-CoV-2検査の標準法であるプローブ・リアルタイムPCR(TaqMan PCR)の分析上の特質を理解していないのではないかと思われるフシもあり、この点の前提のオカシさもあります。

前置きが長くなりましたが、この論文の主旨は、一言で表せば「PCR検査には偽陰性の問題があり、検査陰性の解釈にはむずかしさがある、そのための対処が必要」ということになります。それを具体的に示すために、ベイズ定理(Bayes’ theorem)を用いて、事前(検査前)確率(pretest probability)と一定のPCR検査の感度(70%および90%)と特異度(95%)を想定した時のシミュレーションを行ない、「検査陰性」の解釈がどうあるべきかについて論じています。その結果が図1です

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図1. 事前確率に応じた感度70%と感度90%の検査(特異度95%)の事後確率の解釈(文献 [2] より転載).

図1は、「検査が陰性の時に確率が5%以下なら病気がないとみなす」という 仮定の基に(図中の破線のレベル)、感度が70%の場合には事前確率が15%(矢印A)、感度が90%の場合には事前確率が33%(矢印B)を超えると「検査陰性」の結果を妥当に解釈することができないということを示しています。

では、岩田氏に「執筆者が感度70%と見積もった」と言わしめた本論説ですが、一体どのように書かれているのでしょうか。その記載は以下のようになります。

But sensitivity for many available tests appears to be substantially lower: the studies cited above suggest that 70% is probably a reasonable estimate. At this sensitivity level, with a pretest probability of 50%, the post-test probability with a negative test would be 23% — far too high to safely assume someone is uninfected.

(文献 [2] より)

つまり、この論説では「先行研究は『70%がおそらく合理的な値』ということを示唆している」と言っているにすぎません。既出論文を参考にした推定値以上のものではないことがわかります(極論すれば、著者らが勝手に決めた数字)。そして感度70%という仮定値に基づいて「事前確率が50%のとき、PCR検査で陰性と出た時の検査後確率は23%程度となり、検査が陰性であっても感染していないと断定するにはあまりにも高すぎる」と述べているわけです。

では感度70%とするに至った先行研究とは何でしょう。このNEJM論文には5つの論文が引用されているので、それらのどれかを見た上での総合判断なのだろうと思います。この中で、感度70%に結びつきそうな引用論文は、Watsonらの論文 [3]、Yangらの論文 [4]、およびArevalo-Rodriguezらの論文 [5ということになるでしょう。

2.Watsonらの論文

それではまず、Watsonらの論文 [3] をみてみましょう。このBMJ誌に掲載された論文は、「COVID-19検査の結果をどう解釈するか」という課題について、ベイズ定理を用いて事前確率と偽陰性偽陽性の出現確率を考察したものであり、Woloshinらの論説の基となった総説です。

この論文は、100%正確な検査というものは存在せず、その検査の精度を知る上で指標になるのが感度と特異度であるということを述べています。これらは、最も精度の高いゴールドスタンダードと言われる別の検査の結果と比較することで求めることができますが、COVID-19検査では、まだ明確なゴールドスタンダードが存在しないと指摘しています。

言い換えると、COVID-19の標準検査法としてプローブRT-PCR法が用いられているのですが、それ以上の精度の高いゴールドスタンダードが現時点では存在しないために、PCR検査自体の精度を(したがって固有感度も)求めることがむずかしいのです*(注1)。ではいまPCR検査の感度や特異度と言われているものが何かと言うと、時系列で異なる検体や種類の異なる検体の検査結果に基づいて算出しているにすぎません。つまり「検体群AのPCR」と「検体群BのPCR」の結果を比べて述べているわけです。

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*(注1

PCR検査の「固有の感度や特異度」を算出するためには、「検体群AのPCR」と同じ「検体群Aの別の技法(PCRよりも高精度)=ゴールドスタンダード」を比べる必要があるが、現時点でそのような技法は存在しない。

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Watsonらは、一例として濃厚接触者の確定陽性者のPCR検査の臨床診断上の偽陰性の発生率は2–29%(感度71–98%)であるとしています。したがって、感度も偽陰性も知るためには、少なくとも2回以上のPCR検査が必要であり、この繰り返し検査が言わばゴールドスタンダードになっていると述べています。

ここでわかるように、いま世間で言われているPCR検査の「感度」というものは、あくまでも臨床診断上の指標(分析上の指標ではない)であって、2回以上検査を行なって「確定した結果と1回目の結果を比べたものにすぎません。

Watsonらは、先行研究結果に基づいて感度を70%と特異度を95%と低めにセットして(これ自体は合理性がない)、後発のWoloshinら [2] と同様なシミュレーションを行ない、事前確率に応じた検査陰性の解釈について考察しています。その一例としてあげられているのが図2です。

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図2. 事前確率80%、検査感度70%、特異度95%としたときの100人の被験者の検査結果の現れ方 (文献[3]より転載).

図2では、感染リスクの高い100人の事前確率を80%として感度約70%、特異度95%のPCR検査を実施した場合、陽性と判定されるのが57人(図中)、陰性と判定されるのが43人(図中水色)であることが示されています。しかし、実際は陽性者の一人は偽陽性であり(図中)、陰性者のうち24人は偽陰性です(図中黄色)。偽陽性の1人は自主隔離を言い渡される一方、24人の偽陰性者は隔離は必要がないと告げられ、外で感染を広げてしまう可能性があることが示されています。

どこかで聞いたような話ですね。そうです。日本の専門家会議や政府分科会が盛んに言ってきたことと同じです。尾見茂会長を含め、沢山の感染症コミュニティー専門家や医者がPCR検査の精度の低さに言及し、偽陰性の人が外出して感染を拡大する危険性があるので、むやみに検査を広げるべきではないと主張したのがこれです。

ここまでだと、このBMJ論文と日本の感染症コミュニティ・医クラのみなさんの主張は同じように見えますが、実はここからが大きく違います。図3(注1)に示すように、症状が疑われる患者の場合は、1回の検査陰性でCOVID-19を排除すべきでないと言っています。そして、中国のCOVID-19防止のハンドブックを引き合いに出して、偽陰性者が外出して他者に感染させるリスクを下げるために、検体の採取と検査を繰り返すべきと強調しています。

つまり、検査の限界性と偽陰性のリスクに言及しながら、検査拡大を主張しているわけです。日本とは正反対です。

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図3. COVID-19の検査について知っておくべきこと(文献 [3] より転載).

いずれにしろ、感度70%、特異度95%はこの論文ではっきり記述されていますが(上述したように、それ自体は根拠がない)、その持ち出しの目的は、日本の"感染症ムラ"の専門家のそれとはまったく異なるということです。

3. YangらおよびArevalo-Rodriguezらの論文

次にYangらの論文 [4] を見てみましょう。この論文は、中国広東省CDCによる確定COVID-19入院患者から鼻咽頭ぬぐい液、喀痰、中咽頭ぬぐい液を採取し、検体ごとのPCR検査の陽性率をみたものです。結果としてそれぞれ、53.1–85.3%、73.4–84.5%、45.7–72.7%の陽性率になりました。敢えてこれらを平均すれば約70%になります。

結論として、この論文は、検体の種類と採取時期および患者の症状によって検査の感度に違いが出るため、たとえ検査陰性でも感染の可能性を排除せず、CTなどを併用して診断すべきだと言っています。そしてこの時の感度というのは、確定患者数を100%としたときの検体の種類、採取時期、症状ごとの相対比(%)ということになります。

繰り返しますが、COVID-19患者ということは通常PCR検査によって確定しますので、上記論文の感度はPCRによる確定数を分母として、異なる検体のPCR陽性数から導き出されたことになります。PCRPCRを比べて感度を出しているわけですから、PCR検査自体の固有の感度を出せるはずもありませんし、事実論文中ではPCR検査自体の固有の感度も述べていません。

ただし、論文には患者確定をPCR検査で行なったかどうかの記述がありません。当然のこととして省略しているのでしょうか。科学論文としては明らかに手落ちだと思います。

最後にArevalo-Rodriguezらの論文 [5] を見てみましょう。この論文はWatsonらのBMJ論文でも引用されています。この論文は34の異なる研究例に含まれる12,057人の陽性確定患者のプール解析によって、1回目の検査時における陰性結果の現れ方についてまとめたものです。偽陰性の発生率は2–58%の範囲であり、中央値は11%と報告しています。

したがって、1回目の検査の感度は42–98%(中央値89%)になります。このように1回目の検査感度は、大きく値が異なることがわかります。患者の症状、検体の種類、検体の採取時期などに大きな違いがありますので、感度が大きく異なることは当然です。

ちなみにこの論文では、おそらく日本で最初にPCR感度70%を述べたと思われる坂本史衣氏(聖路加国際病院 QIセンター感染管理室 マネジャー)の引用元である、Fangらの論文データ(→PCR検査をめぐる混乱)も含まれています。

3. 何が問題か

臨床診断上の「感度」は陽性の人を正しく陽性と判定できる割合を意味します。そして、分母になるPCR検査で確定診断したCOVID-19陽性者数です。繰り返しますが、現状でPCR以上の精度の高い検査も「ゴールドスタンダード」として存在しないので、PCR検査自体の感度の固有値を出すことはむずかしいのです。

にもかかわらず、Woloshinらの論文 [2] ではPCR検査の感度を70%と固定したところに第一の問題があります。この論文では特異度も95%と決めて議論を展開していますが、これも科学的根拠はなく、かつ明らかに低い値です。ブローブRT-PCRはきわめて特異度が高い技法として知られており、特異度はほぼ100%です(検査自体の偽陽性[交差反応、非特異反応]はまず発生しない)。そしてベイズ定理を用いたシミュレーション自体も以下で述べるように問題があります。

岩田氏も事前確率が低い環境でのPCR陽性は疑わしいとよく言っていますが、疑わしいとする理由は何もありません。1万人の中に1人感染者がいる場合(事前確率0.01%)、その1万人をPCR検査を検査したら確実に0〜1人が陽性になります。0〜1と範囲があるのはその感染者のウイルスの排出量が分析上の検出限界以下であれば、感度0になるからであり、それ以上であればほぼ100%の確率で1人陽性となります。

ここで上記の事前確率で、PCRの感度を90%、特異度を99.9%と仮定して、ベイズの定理に基づいて事後確率を計算すると、たった8%にしかなりません。なぜこうなるかと言えば、ベイズ定理では、事前確率に応じて検査の精度(事後確率)が大きく変わるようになっているからです。ここが根本的問題であり、PCR検査ではありえません。言い換えればPCR検査にベイズ定理を当てはまること自体が科学的に無理があるのです。

ただ、Woloshinらの論文は、PCR検査の感度70%や特異度95%を問題にしているわけではありません。「分析上の感度、特異度」と「臨床診断上の感度、特異度」が異なることもイントロダクションで述べられています。いくら感度が高い検査法でも偽陰性は発生するという前提で、検査陰性の解釈を事前確率との関係で考えるために、便宜上感度70%という低めの推定値を用いてベイズ定理でシミュレーションしているわけです。

つまり、プローブRT-PCRの特性を考慮せず、現時点では算出がむずかしい感度や特異度の固有値を用いて単純に古典的なベイズ定理で偽陰性偽陽性の発生確率を論じていることは科学的にはおかしいのですが、そこから検査の限界を突破するにはどうしたらよいかという、危機管理の面から誤判定の想定範囲を広げてポジティヴに問題解決へ向けて展開していることが本質なのです。

以下のように、「高感度の検査であっても陰性の結果は感染を排除できない」、「典型的有症状患者の検査陰性は偽陰性を疑え」、「検査を繰り返すことで感度の限界を克服することは可能(ただしこの戦略は検証が必要)」と結論づけていま

Fourth, negative results even on a highly sensitive test cannot rule out infection if the pretest probability is high, so clinicians should not trust unexpected negative results (i.e., assume a negative result is a “false negative” in a person with typical symptoms and known exposure). It’s possible that performing several simultaneous or repeated tests could overcome an individual test’s limited sensitivity; however, such strategies need validation.

(文献 [2] より)

上述したように、このような「疑わしい場合は陰性を排除するな」、「検査を繰り返せ」という見解は、Watsonらの論文 [3] でも同じです。ベイズ解析の結果に基づいて、検査陰性の解釈に注意を促すとしても、決してそこから「検査は無意味」とか「検査を広げるな」とはなっていないのです。むしろ解決法として頻回検査を推奨しています。

一方、岩田氏は、検査原理主義という言葉を使って、さらには医療崩壊に繋がるというフレーズも持ち出しながら、あたかも検査拡大を否定するようなニュアンスで語っています。その前提としてPCR検査の感度70%論を持ち出しているわけですが、「僕の体験的実感でも、だいたいそんなところかなと思います」というコメントも含めて、今ひとつ信頼性に欠けるのは私一人だけの印象ではないでしょう。分析上の感度や特異度とともにPCR検査を知っている人なら、実際に担当している人なら決してそのような印象にはならないと思います。

岩田氏が引用したWoloshinらの論文 [2] は、Watsonらの論文 [3] やKucirkaらの論文(→PCR検査の偽陰性率を推定したKucirka論文の見方)とともに、日本の感染症コミュニティーや医クラに盛んに取りあげられてきた論文であり、「PCR検査の正確性の低さ」と「検査抑制論」の拠り所として使われてきました。しかし、感度70%というような表面的な記述だけを捉え、論文の主旨をまったく理解していないような言述は、論文をちゃんと読んでいないのか、理解力が足りないのか、あるいは確信犯的にそうしているのか、いずれにしても誤謬または詭弁といわれる類いのものです。

私は日頃から論文やウェブ上の情報、SNSを注視していますが、不思議なことに、PCR検査抑制論を唱えてきた人達が、より感度が低い簡易抗原検査(迅速抗原検査)を広めようという動きに対しては異を唱えているところを一度も見たことがありません。空港検疫で用いられている定量抗原検査も批判の対象にしていません。一体どうしたのでしょうか。

おわりに

今回のパンデミックにおいては、新型コロナウイルスの感染者は無症状者が多く、無症状であってもスーパースプレッダーになり得るということが特徴です。これはパンデミック当初からわかっており、感染拡大抑制においては無症状感染者対策がキーポイントでした。

防疫の基本策として「検査・隔離」が重要であり、検査をしなければ決して感染者も見つけられないはずです。しかし、不幸にして日本では「無症状者の検査は無意味」、「検査拡大は医療崩壊につながる」などのフレーズとともに検査抑制論が幅を利かし、そのためにしばしばPCR検査感度70%論(および特異度95%)とともに検査の精度の悪さがやり玉に上げられてきました。

同じ感度70%論でも、世界では「感染症に対する検査の限界をどう克服するか」という危機管理の側面から便宜上使われてきたのに対し、日本では感染症に対する危機管理のなさがそれを生み、海外の論文の表面部分だけを自己都合に解釈し、そして検査抑制論につながったいうことが言えます。

その線上において、日本では2020年2月の時点から感染症コミュニティーの専門家が、中国の研究チームの論文を引用しながら感度70%論を唱え(→PCR検査をめぐる混乱)、メディアや出版社がそれに乗り、論点を飛躍させたり歪曲させたりする多くの医者もいて、無用の社会の混乱を生んでしまいました。これらが日本の感染対策を遅らせ、余計に被害を拡大させてしまったことは否めないでしょう。そして日本が犯したこれらの誤謬や詭弁が、いまだにメディアを支配していることが気になります。

引用文献・記事

[1] 幻冬舎GOLD ONLINE: PCR検査「感度70%は誤判定が多い」…医師に求められる対応. Yahoo Japanニュース 2021.05.19. https://news.yahoo.co.jp/articles/d7f0dab3423b5bb81baccb81b8ad3b8c0c09cdde?page=3

[2] Woloshin, S. et al.: False negative tests for SARS-CoV-2 infection — challenges and implications. N. Eng. J. Med. 383, e38 (2020). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2015897

[3] Watson, J. et al.: Interpreting a covid-19 test result. BMJ 369, m1808 (2020). https://doi.org/10.1136/bmj.m1808

[4] Yang, Y. et al.: Laboratory diagnosis and monitoring the viral shedding of SARS-CoV-2 infection. The Innovation 1, 100061 (2020). https://doi.org/10.1016/j.xinn.2020.100061

[5] Arevalo-Rodriguez, I. et al.: False-negative results of initial RT-PCR assays for COVID-19: A systematic review. PLOS One Published: December 10, 2020. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0242958

引用した拙著ブログ記事

2020年8月19日 PCR検査の偽陰性率を推定したKucirka論文の見方

2020年3月24日 PCR検査をめぐる混乱

               

カテゴリー: 感染症とCOVID-19

新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる

この記事は以下のURLに移動しました。

https://drtaira.hatenablog.com/entry/2021/05/15/111046

 

全国都道府県の異常な真っ黄色状態が警告だった

はじめに

今日(5月7日)、5月11日までとされていた4都府県の緊急事態宣言が延長されると同時に、福岡と愛知が追加措置されることが発表されました。また、まん延防止措置の決定も行なわれ、結局14都道府県で緊急事態宣言の延長・追加とまん延防止措置の延長あるいは拡大となりました。

政府は短期集中という形容を用いて今回の緊急宣言を行なったわけですが、当初からなぜ5月11日が期限なのか、こんな短期間では効果は出ないという疑問はありました。5月17日のIOCバッハ会長の来日予定に合わせたのではないかという憶測もありました。この来日は見送りになったようですが。

そしてもう一つの疑問というか、問題点は緊急宣言の発出が明らかに遅れたことです。1ヶ月前の私のツイートから拾ってみると、当時の感染状況が危険信号になっていたにもかかわらず、政府や専門家は対応が遅れ、認識が甘かったことがわかります。そこで、あらためてこの1ヶ月間のツイートを振り返りながら、政府の対策の問題点を指摘したいと思います。

1. 4月初旬の菅首相の認識ー第4波といううねりにはなっていない

まずは菅首相の対応を批判した4月5日のツイートです。この時点で全国的に完全に再燃状態(いわゆる第4波)に突入していました。緊急の対策を打つべき段階であったにもかかわらず、菅氏はまん延"防止"措置を「必要なら躊躇なく」と言っている呑気な状態でした。

そして、このときの菅首相は「第4波といった全国的には大きなうねりとはなっていない」という認識であり、事態を甘く見ていたことがわかります。 

結局この日、政府は大阪へのまん延防止措置の決定ということでお茶を濁しますが、明らかに緊急事態宣言発出の時期だったと思います。緊急宣言にできなかった理由は先のブログで述べたとおりです(→緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念)。

4月12日の週はもう第4波の高さは相当顕著になっていました(前週で記録した陽性最多数は全国で約3800人、大阪で991人、東京で570人)。第3波流行が減衰した際のバックグランドは全国で約千人/日でしたから、もう4倍近い新規陽性者数になっていたわけです。しかし、依然として菅首相は第4波にはなっていないという、驚くべき認識でした。

2. 英国型変異ウイルスの拡大と専門家の見解

4月5日からの週は、大阪で変異ウイルスの拡大により新規陽性者が急増し、上記のように1000人/日に迫ろうかという勢いでした。4月7日の時点では東京でN501Y変異ウイルスの拡大の影響が出てきました。私は東京が大阪の比ではない惨状になる可能性に危惧を抱きました。

そして問題だったのは、専門家の多くが変異ウイルスの拡大に言及しながらも、この時点においても「対策は基本的に変わらない」と口を揃えて言及していたことです。一例として、4月8日のツイートを挙げます。変異ウイルスへの対応に関する記者や情報番組での司会者の質問に、専門家の一人は「何も変わることはない」と答えていました。

3. 全国が真っ黄色

そして、このブログ記事のタイトルにもなっている、全国の異常な"真っ黄色状態"が続くようになりました。私はNHK特設サイト「新型コロナウイルス」の全国感染状況を毎日観ていますが、4月14日に全国すべての都道府県で陽性者が出た(全国が真っ黄色になった)ことについて、以下のようにツイートしました。

4月16日は3日連続で全国真っ黄色という異常な状態になっていました。面的な広がりが顕著になっている証拠です。もう全国レベルでの緊急事態宣言を発出の時期はとっくに過ぎているという警告だったと思います。

4月21日には、全国の緊急事態宣言の段階ではないかということを再度述べました。この日には4都府県への緊急宣言発令手続きを4月23日に行なうというニュースが流れましたが、実にのんびりな対応です。

やっと4月25日に4都府県への緊急事態宣言が発出されたましたが、その後は九州、四国、北海道などに感染拡大しました。この週の陽性最多数は福岡で333人、北海道で160人であり、とくに私の故郷である福岡の状況は深刻でした。

ゴールデンウィーク中は検査数が減って、新規陽性者数も一時的に減りました。それにもかかわらず、全国への面的な広がりはますます顕著になりました。私は英国型(N501Y)のみならず、インド型(L452R)の変異ウイルスの拡大の可能性を考えて恐くなりました。5月5日には以下のようにツイートしています。

そして今日(5月7日)も全国真っ黄色です。これほど全国黄色が続くのは初めてであり、今の第4波がいかに脅威であるかということを物語っています。今日東京の新規陽性者は907人ですが、今後これを大きく上回り、最多を更新していくでしょう。他の県も同様で、パンデミック始まって以来の最多を更新していくと思います。

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図1. 5月7日における全国都道府県の新規陽性者数(NHK特設サイト「新型コロナウイルスより).

マスコミは、第4波流行における全国真っ黄色(すべての都道府県で感染者発生)の状態が続いていることをまったく報道していません。これまでの3回の流行にはみられなかった深刻な状況に気がついていないのでしょうか。

おわりに

今回の緊急宣言の延長と追加措置は感染拡大抑制策としてはきわめてチグハグです。そもそも、まん延防止措置から入って後で、より強い緊急事態宣言に移行するというところから間違っています。強い対策から入り効果が出たら緩めるというのが基本です。また、まん延防止措置を要請して適用が見送られた県(石川、茨城、徳島)があると思えば、宮城県のように解除された県もあります。北海道は緊急宣言相当と思われますが、まん延防止措置になりました。

延長に伴って、カラオケ店や酒提供は休業要請が継続される一方で、デパートのような大型施設はこれまで休業要請だったのが20時までの営業という緩和になりました(これは自治体によって独自に対応されるようですが)。イベントの原則無観客も上限5000人、収容人数は50%までと緩和になりました。

もとより感染拡大抑制策にはなっておらず、今回の延長と追加措置には政治判断が色濃く出ています。おそらく5月中には1万人を超える新規陽性者数になるのではないでしょうか。もう全国への緊急事態宣言の時期はとっくに過ぎています

引用した拙著ブログ記事

2021年3月23日 緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

政府による「山梨モデル」グリーン・ゾーン認証制度の全国拡大

毎日新聞は、昨日(5月2日)、政府が新型コロナウイルス感染防止を強化するため、飲食店が講じた対策を第三者が認証する制度を導入するよう、全国の都道府県知事に通知したことを伝えました [1]。この制度では、飲食店内の座席の間隔を1メートル以上確保すること、換気設備で必要換気量(1人当たり毎時30立方メートル)を確保するといった項目が示されており、地方創生臨時交付金(事業者支援分)を使い、換気設備やパーティションなど対策にかかる費用を補助することも要請しているとしています。

これはまさしく、山梨県が先行して実施しているやまなしグリーン・ゾーン認証制度 [2] (いわゆる山梨モデル)そのもであり、それを全国へ導入するというものです。今日のテレビのワイドショーでもそれを紹介していました(図1)

菅義偉首相はこの制度の導入の検討を指示していたとのことですが、政府がコロナ対策の基本的対処方針で、第三者認証制度の普及促進に言及したのが4月23日、首相と山梨県長崎幸太郎知事が面会したのが4月27日と伝えられています。そして、内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室が同室長と厚生労働省生活衛生・食品安全審議官、農林水産省食料産業局長の連名で事務連絡を出したのが4月30日です(図1)

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図1. 政府によるやまなしグリーン・ゾーン認証制度の全国拡大についての経緯(2021.05.03. TBSテレビ「ひるおび」より).

私はこの経緯を見聞きしていて、またしても政府の対策は周回遅れではないかという感じを抱きました。なぜなら長崎知事がグリーン・ゾーン認証制度の構想を発表したのが1年前であり、すでに山梨県は半年前からこの制度を導入し [3]、成果を上げていたからです。そして、テレビも1ヶ月半前には山梨県の感染対策としての当該制度の有効性を伝えていました。

たとえば、3月23日のNHKのNEWS WATCH9によるグリーン・ゾーン認証制度の紹介を観て、私は以下のようにツイートしました。

その2日後には今度はテレビ朝日の「モーニングショー」が本制度を取りあげていました。これを受けて以下のようにツイートしました。 

テレビがグリーン・ゾーン認証制度を伝えていたのが、2回目の緊急事態宣言が解除された直後のことです。この時点で、本制度が少なくとも首都圏や関西圏で導入されていたら、第4波の始まりは後ろにずれ、その波の大きさも今よりも小さかったのではないかと思われます。少なくとも、対応策を準備する時間的余裕を与えたのは確かではないかと考えられます。感染が広がってからでは効果も半減します。

5月2日までの直近1週間での山梨県の感染者数は、10万人当たり12.45人で全国33位でです。変異ウイルスの影響でさすがに少し感染者数が増加気味ですが、それでも東京に隣接する県としては抑えられている方です。私は1ヶ月前には以下のようにツイートしました。

 政府による山梨モデルの全国拡大は歓迎したいところですが、どうせやるならもっと早くしてほしかったというのが実感です。これまで現政権は、早く、強く、そして短くという感染対策の基本とは無縁の姿勢をとり続けており、対策は常に優柔不断で曖昧です。それがことさら被害を大きく長期にわたってもたらしていることは明白でしょう。

引用文献・資料

[1] 梅田啓祐:「山梨モデル」を全国導入へ 飲食店にコロナ対策認証制度. Yahoo Japan ニュース/毎日新聞 2020.05.02. https://news.yahoo.co.jp/articles/1ffa45bdfbaf8bd98ffc4c997a60cd30c4759daf

[2] やまなしグリーン・ゾーン認証. https://greenzone-ninsho.jp/

[3] 甲府市:やまなしグリーン・ゾーン認証について. 2020.12.15. https://www.city.kofu.yamanashi.jp/shoko/gleen.html

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

「3密でなくても集団感染の恐れ」の今さら感

はじめに

今日、NHK WEB NEWSの「『3密でなくても集団感染のおそれ」という記事 [1] に目が止まりました。新型コロナウイルスSARS-CoV-2は、「密閉・密集・密接」のいわゆる「3密」の場面で感染が広がりやすいとされていますが、この記事では、屋外での飲食などの、「3密」ではなくても感染が広がったとみられるケースが相次いでいることを取りあげていました。そして、専門家は「2密」「1密」であっても感染すると考え、対策を徹底してほしいと呼びかけていることを記事で紹介していました。

また、今日の新聞報道で「マスクして打ち合わせでも職場感染」というのもありました [2]

私はこれらを読んでいて「何を今さら」という感じで少々気抜けする思いになりました。それは、当初から「3密」の3つの条件がそろわなくても感染は起きるとされていたからであり、世界では相当以前からSARS-CoV-2の空気感染についての指摘があったからです。私が「3密回避が誤ったメッセージになる」ことを指摘したのはもう1年以上も前のことです(→新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果

加えて今年に入ってからは、感染力が強いN501Y変異ウイルスの拡大で、3密に関わらない感染が余計に懸念されるようになってきました。それにもかかわらず、社会はまだ3密回避=安全、マスク着用=感染しない、に拘泥していたのかという思いを抱きました。

上記のNHKウェブ記事を読んでいたら、ちょうどNHKテレビの7時のニュースでもこの話題を取りあげていました。両者の報道を合わせながらここで紹介したいと思います。

1. NHKニュースでとりあげた3密に関わらない集団感染事例

横浜市では、密閉に条件に当てはまらない、河原で開いた大人数での飲み会で集団感染(クラスタ)が起こりました。感染したのは、大学のダンスサークルの学生たちで、参加した90人以上のうち、数日後に9人の感染がわかり、最終的には飲み会の参加者や関係者など、およそ60人の感染が確認されました(図1左)。

この集団感染は変異ウイルスではなかったと保健所は報告しています。つまり、野外のような開放系であっても、多数が集まって近接で会話する条件が揃えば、感染が広がるということです。

もう一つのケースとしては、演劇関係者の集団感染です。先月下旬、東京都区内の劇場で稽古をしていた演劇関係者に感染の疑いのある人がいることがわかり、検査したところ、20代から60代の男女9人の集団感染が判明しました(図1右)。このケースでは、全員がマスクを着用し、2メートル以上の対人距離をとって稽古をしていたそうなので、3密のうちの「密閉」の条件しかありませんでした。

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図1. 3密に関わらない集団感染の事例(2021.04.30 NHK 7 NEWSより).

保健所によると、この演劇関係者のケースについては民間の検査機関で感染が確認されたこともあり、変異ウイルスかどうかの検査は行われていないということです。しかし、たとえ感染力の強い変異ウイルスでなかったとしても、このような3密に関係ない感染リスクは常にあるということでしょう。

2. 最近の集団感染事例の特徴

さらに記事 [1] では、これまでには感染がほとんど見られなかった場面でも集団感染が発生していることを取りあげています。

神戸市では、今月初めの段階で90%以上が変異ウイルスに置き換わっていましたが、屋外でのいわゆるマスク会食での感染事例がありました。すなわち、中高生が部活が終わった後に屋外で車座になってジュースを飲んでいたのですが、これ以外はマスクをつけて話していたにもかかわらず感染が起こってしまいました。また、大学生のサークル活動の後での屋外での飲み会で感染した事例もあり、検査すると変異ウイルスだったということです。

現在の第4波流行では、感染者に占める若い世代の割合が多く、感染者の集団、クラスターは3密の条件がそろいやすい飲食店だけでなく、学校や職場などでの発生が多くなっています。先日は小学校での変異クラスターの報道があったばかりです。

東京都が4月28日発表したデータによると、東京都内で感染者のうちの20代と30代の割合は、2回目の緊急事態宣言が出たあと、2月15日の時点ではおよそ33%だったのが、解除後から再び増え始め、4月に入ってからはほぼ半分を占めています。厚生労働省の専門家会合でも、20–30代を若年層において全国的に感染拡大の傾向がみられ、飲食店に限らず、職場や部活、サークル活動などでの感染が報告されているとしています。

専門家会合で報告された最新の解析結果では、4月1日−23日の期間で全国各地で報告された5人以上のクラスターは463件であり、このうち、職場が96件(21%)と最も多くなっています(図2)。さらに、高齢者施設の86件に続いて、学校・教育施設での60件(13%)が目立っています。

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図2. 最近の集団感染の場所(2021.04.30 NHK 7NEWSより).

職場でのクラスターは、今年1月はおよそ11%でしたが、2月は13%、3月は18%、そして4月で21%と割合が増える傾向となっています。学校での感染事例は、今年2月にはおよそ7%だったのが、3月はおよそ10%になり、4月13%とさらに増えていることになります。学校では、部活やクラブ、サークルなどでの発生が大学でおよそ44%、高校ではおよそ22%にのぼっています。

3. 政府や専門家のリスクコミュニケーションの欠落

「3密」の条件がそろうところで特に集団感染のリスクが高いと言い出したのは旧専門家会議と厚生労働省です。しかし、3密の条件が揃わなくても感染リスクは常にあるというのも1年前からある話です(→新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果)。にもかかわらず、政府も自治体もメディアも3密に拘泥しながら市民の行動変容を促してきたことは、逆に被害を大きくしたことも否めないと思います。

上記記事 [1] では、東北医科薬科大学の賀来満夫特任教授の話を伝えています。すなわち、賀来氏は「従来から屋外のバーベキューなどでの感染はあったが、変異ウイルスは感染力が強いので『2密』や『1密』であっても感染すると考えなければならない。マスクをきちんと着ける、人との距離をさらに取る、屋外でマスクを着用していても飲酒を伴う会食は避けるなど、さらに対策を徹底する必要がある」と話しています。

この時期になって、屋外で感染する事例はあったとしながら、「2密や1密であっても感染すると考えなければならない」とはどういう意味でしょうか。屋外感染事例の段階で(もっと言えば1年前に)言うべきことではないでしょうか。

日本は変異ウイルスの脅威に対して(→変異ウイルスの市中感染が起きている第2波の流行をもたらした弱毒化した国内型変異ウイルス)、時期的な遅れも含めて明らかに対応を誤りました。テレビに出てくる専門家と称する人たちは、口を揃えて「変異ウイルスだからといってやるべきことは変わらない」と言っていたことを覚えています。

彼らが言っていたことは、ひたすら3密回避、マスク着用、手指衛生であり、このような抽象的表現のままでは誤解を与えます。変異ウイルス対応なら、より具体的な事例(→感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク)もあげながら、マスク着用(→変異ウイルス対応のマスクのつけ方)や行動変容についてもっと具体的に教示すべきでしょう。

政府と分科会の間、そして国民との間におけるリスクコミュニケーションの欠落を強く感じます。そしてそのことが、日本の新型コロナの被害をことさら大きくしていると思われます。

おわりに

今月半ば、英国と米国の共同研究グループは、「SARS-CoV-2の空気感染を支持する10の理由」という論説をランセット誌に掲載しました [3]。筆頭著者のオックスフォード大学Greenhalgh教授は、この論説に対する批判について丁寧に回答し、以下のようにツイートしています。

翻って、厚生労働省は(言葉の問題だとして)空気感染を依然として認めていません。政府系の専門家(たとえば押谷仁教授)もそうです。 3密を強調する一方で、空気感染の警鐘をならすことを避けている政府や専門家の姿勢は、国民の誤解を生むものとしてきわめて責任重大です。

引用文献

[1] NHK NEWS WEB: 「3密」でなくても集団感染のおそれ. 2021.04.30. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210430/k10013006461000.html

[2] 堀川勝元「マスクして打ち合わせ」でも職場感染 変異株の影響か. 朝日新聞DIGITAL 2021.04.30. https://digital.asahi.com/articles/ASP4Z6HCZP4ZOIPE02K.html

[3] Greenhalgh, T. et al.: Ten scientific reasons in support of airborne transmission of SARS-CoV-2. Lacet 397, 1603–1605.
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(21)00869-2/fulltext

引用した拙著ブログ記事

2021年4月13日 感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク

2021年4月10日 変異ウイルス対応のマスクのつけ方

2021年2月10日 第2波の流行をもたらした弱毒化した国内型変異ウイルス

2021年1月18日 変異ウイルスの市中感染が起きている

2020年3月18日 新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果

               

カテゴリー: 感染症とCOVID-19

 

COVID-19ワクチン:免疫の活性化と課題

はじめに

いま世界中で、新型コロナウイルス感染症COVID-19のワクチン接種プログラムが進行中です。日本での進行状況も前のブログで紹介しました(→ワクチン後進国の日本)。

先月(2021年3月)、Nature Review Immunology 誌に、COVID-19ワクチンに関する総説が掲載されました [1]。少々専門的ですが、ワクチンの作用メカニズムと課題について理解するにはいい内容だと思いますので、ここで論文の翻訳文を掲げながら紹介したいと思います。

以下筆者による全訳文です。

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COVID-19 vaccines: modes of immune activation and future challenges [1]

1. 主旨

SARS-CoV-2に対する新しいワクチンは、その特異性、世界レベルでの普及性、そして新たに認可されたmRNAプラットフォームを含んでいるという点で斬新である。ここでは、承認されたワクチンがどのように自然免疫を誘発して永続的な免疫記憶を促進するかを説明し、これらのワクチンで集団を保護することの将来的な意味を考察する。

2. イントロダクション

SARS-CoV-2の世界的な大流行は、多くの人命を奪い、生活や人生に多大な支障をきたし、経済的、社会的、心理的なダメージを広範囲に与えている。急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、多臓器不全、死亡を伴う重症のCOVID-19は、感染による最も深刻な脅威であるが、軽症からの長期にわたる後遺症も報告されている。

高い感染力無症候性キャリアの存在、新しい変異体の出現は、過去1年以上にわたって世界の人々に長期的な影響を与えている。ここでは、新たに承認されたワクチンがどのように自然免疫反応と適応免疫反応を誘導するのか、その持続・耐久性の程度、そして集団保護機能としての進行中および将来の課題について考察する。

2. 承認されたワクチンの処方

過去10年間の最先端のワクチン技術の進歩により、2種類のSARS-CoV-2ワクチンが緊急用として使用承認された。これは現代医学において前例のないことである。ファイザー社とモデルナ社が開発したワクチンは、mRNA技術脂質ナノ粒子(LNP)送達システムを用いており、一方、アストラゼネカ社、ジョンソン・アンド・ジョンソン社、Gam-COVID-vac社(スプートニクV)が承認した製剤は、DNAを非複製型組換えアデノウイルス(AdV)ベクターシステムで送達している [2, 3, 4, 5]。mRNAワクチンとAdVワクチンは、ともにSARS-CoV-2のスパイク(S)タンパク質の産生をコードしており、このタンパク質は、自然感染により産生される中和抗体や治療用モノクローナル抗体の主要な標的となっている [2]

現在までに行われた第3相臨床試験の結果では、ファイザー/ビオンテックのBNT162b2とモデルナのmRNA-1273のmRNAワクチンは、COVID-19に対して90〜95%の防御効果を示したが [2, 3]、AdVワクチン(ChAdOx1 nCoV-19)とGam-COVID-vac(Sputnik V)は、やや低い防御効果を示した(それぞれ平均70%、91%)[4, 5]。いずれのタイプのワクチンも、接種後2〜4週間の血液中で、有意な中和抗体価とウイルス特異的T細胞応答を示した [6, 7]。これらの試験には、合計で10万人以上が参加しており、全世界の人々に迅速かつ広範にワクチンを接種するための説得力のある根拠となっている。

AdVワクチンはエボラ出血熱に対するライセンスを取得しているが、mRNAワクチンは新たにライセンスを取得した製剤である。このように、これらのワクチンがどのように免疫反応を誘導するのか、防御の耐久・持続性はどうか、また、新たな変異体、株、疾患の発現に対してどのように最適化していくのかについては、まだ多くのことを学ぶ必要がある。

3. 自然免疫反応と適応反応のトリガー

適応免疫を促進するためには、ワクチンには病原体特異的な免疫原とアジュバントが必要である。アジュバントは自然免疫系を刺激し、T細胞の活性化に必要な二次シグナルを提供する。最適なアジュバントは、重篤な副作用を引き起こす可能性のある全身性の炎症を引き起こすことなく、自然免疫を刺激する。

mRNAワクチンでは、mRNAが免疫原(ウイルスのタンパク質をコードしている)とアジュバントの両方の役割を果たすことができる。細胞内に侵入した一本鎖RNA(ssRNA)や二本鎖RNA(dsRNA)は、エンドソームや細胞質に存在する様々な自然免疫センサーによって認識され、ウイルスに対する自然免疫反応の重要な部分を形成する。エンドソームのToll様受容体(TLR3およびTLR7)はssRNAに結合し、細胞質ではMDA5、RIG-I、NOD2、PKRなどのインフラマソームの構成要素がssRNAやdsRNAに結合する。その結果、細胞が活性化され、I型インターフェロンや複数の炎症性メディエーターが産生される [8]図1)。

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図1. mRNAワクチンとアデノウイルスベクターワクチンはいかに免疫を誘導するか (文献 [1]からの転載図):mRNAワクチン(SタンパクをコードするmRNAを脂質ナノ粒子に封入したもの)と、Advワクチン(Sタンパクをコードするアデノウイルスベクター)の2種類のワクチン製剤は、注射部位やリンパ節内の樹状細胞(DC)に侵入し、Sタンパク質を高レベルで産生させる。さらに、ワクチンに内在するアジュバント活性によって自然に備わるセンサーが作動し、I型インターフェロン、複数の炎症性サイトカインやケモカインが産生される。mRNAワクチンでは、Toll-like receptor 7 (TLR7)やMDA5などがRNAセンサーとなり、AdVワクチンではTLR9が二本鎖DNAセンサーとなる。その結果、活性化されたDCは、Sタンパク質特異的なナイーブT細胞に抗原と共刺激分子を提示し、活性化されてエフェクター細胞に分化し、細胞傷害性Tリンパ球やヘルパーT細胞を形成する。濾胞性T細胞(TFH)は、S蛋白質特異的B細胞が抗体を分泌する形質細胞に分化するのを助け、高親和性の抗S蛋白質抗体の産生を促進する。ワクチン接種後、Sタンパク質特異的記憶T細胞とB細胞が発達し、高親和性のSARS-CoV-2抗体とともに循環し、これらが相まって、その後のSARS-CoV-2の感染を予防する。TCR, T cell receptor.

現在のワクチンには、TLRや免疫センサーとの結合を抑えるためにヌクレオチドが修飾され、かつ試験管内で転写された一本鎖のmRNAの精製物が含まれている。その結果、I型インターフェロンの過剰な産生や、細胞内の翻訳を抑制する機能を阻止することができる [8]LNPキャリアは、mRNAをさらに保護し、リンパ管への送達を目標とし、リンパ節(LN)でのタンパク質翻訳を促進することができる [8]。LNに到達したLNPは、樹状細胞(DC)に取り込まれ、DCはその後、抗原を産生してT細胞に提示し、適応免疫反応を活性化する。

AdVワクチンには、免疫原をコードするDNAを内包したウイルス粒子に固有のアジュバント特性がある。注射後、AdV粒子は、DCやマクロファージなどの自然免疫細胞を標的とし、dsDNAに結合するものを含む複数のパターン認識受容体(特にTLR9)と結合して自然免疫反応を刺激し、I型インターフェロンの分泌を誘導する [9]

mRNAワクチンは、AdVベクターとは異なり、TLR9とは結合しないが、どちらのワクチン製剤もI型インターフェロンの産生に収束する(図1)。Sタンパク質をコードするワクチン由来の核酸を取り込んだI型インターフェロン産生DCやその他の細胞は、抗原性と炎症性の両方のシグナルを、注射部位から排出されるリンパ節のT細胞に伝えることができる。これにより、Sタンパク質特異的T細胞が活性化され、SARS-CoV-2に対する適応免疫が動員される(図1)。

mRNAワクチンやAdVワクチンは、自然免疫反応とともにSタンパク質の細胞内産生を促進する能力があるため、CD8+ T細胞とCD4+ T細胞の両方がエフェクターとメモリーサブセットに分化する担い手として期待される。特に、ワクチン誘導によるI型インターフェロンの産生は、炎症性および細胞傷害性メディエーターを産生するCD4+ およびCD8+ エフェクターT細胞と、抗体を分泌する形質細胞へのB細胞の分化を促進するCD4+ 濾胞性ヘルパーT細胞(TFH)細胞の分化を促進する(図1)。

mRNAワクチン、AdVワクチンの両方とも、最適な防御効果を得るためには、3〜4週間の間隔をあけて2回接種する必要があり、注射部位の痛み、一過性の発熱、悪寒などの軽度から中等度の副反応があるが、これらの副反応は2回目の接種で増強される可能性が指摘されている。このような炎症反応の二次的増強は、「訓練された免疫」と呼ばれる現象によるマクロファージなどの自然免疫細胞の短期的な変化 [10] や、最初の注射で生じた記憶T細胞やB細胞の活性化に由来すると考えられる。I型インターフェロンは、T細胞の記憶を増幅し、B細胞の分化と生存を促進することが示されており、ブースター接種での炎症は、長期的な免疫学的記憶の生成と持続をさらに促進することが示唆されている。

4. 持続性と今後の課題

臨床試験およびヒトを対象とした臨床試験の初期の結果によると、どちらのワクチンも接種後数カ月間、抗Sタンパク質IgGおよびウイルス特異的中和抗体反応を示すことがわかっているが [6, 7]、T細胞に関するデータはまだ十分に解明されていない。このような短期的な耐久・持続性は、SARS-CoV-2の拡大を抑制し、正常な状態に戻る道を歩み始めるのに十分であると考えられる。しかし、SARS-CoV-2が世界的に蔓延していることや、Sタンパク質の変異体が出現していることから、ワクチンの有効性が制限される可能性がある。ワクチンを接種していない人や他の動物種にもリザーバーが存在するため、集団からSARS-CoV-2を根絶することは難しいと思われる。

変異型S配列と追加のSARS-CoV-2タンパク質を含む新しいワクチン製剤を作成し、残存株や季節的変異型に対して毎年または半年に1回、SARS-CoV-2ワクチンを接種することができる。mRNAワクチン製剤は、変異型Sタンパク質を含む異なるmRNAを迅速に合成してLNP担体に封入できるできるため、繰り返しの接種または修正されたワクチン接種に理想的である。対照的に、AdVベクター製剤では、AdV特異的な免疫が形成されるため、免疫を介したベクターのクリアランスにより、繰り返しのブースター接種の効果が限定的になる可能性がある。

前例のない大量のワクチンを世界中の人々に一斉に接種した場合、ワクチン接種の反応は間違いなく不均一性を生じることになり、強固な抗体反応が得られない人や保護されない人が出てくる可能性がある。呼吸器系ウイルスに対する免疫は、初感染時に肺に定着し、非循環集団として保持され、ウイルスの再感染時にその場で防御反応を媒介する組織常駐型メモリーT(TRM)細胞によって媒介される可能性がある [11]。TRM細胞は、弱毒化したウイルスワクチン製剤を部位特異的に接種することで生成することができる [11]

一つの興味ある試みとしては、mRNAワクチンを鼻腔内に投与することで、TRM細胞が促進され、肺が保護されるかどうかを調べることだ。また、自己複製型のmRNAワクチン(ウイルスの複製を模倣したもの)を開発することで、T細胞の保護免疫を高めることができるかもしれない。このような製剤や送達経路の変更は、免疫状態や年齢に応じてワクチンを最適化するために利用できる。

結論として、SARS-CoV-2パンデミックは、現在および将来のパンデミックに対して私たちの免疫システムを強化することに希望を与えるような、有望なワクチン製剤のライセンス供与を加速させている。

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翻訳文は以上です。

筆者あとがき

いま日本で進められているワクチン接種プログラムはファイザー/ビオンテック社のmRNAワクチンを用いるものです。mRNAワクチンは、特定の遺伝子(Sタンパク)の発現で擬似的なウイルス感染を起こさせ、細胞性免疫、液性免疫の両方を活性化するというものですが、この総説は(かなり専門的ですが)、ワクチンによってどのように免疫が獲得されるかを理解するのに役立ちます。

一方で、mRNAワクチンやAdvワクチンの問題も見えてきたように思えます。やはり一番問題なのは、パンデミック下で大量にワクチンが接種された例がないということ、そしてそれも前例のない核酸ワクチンだということで、この先がどうなるかわからないということでしょう。

生ワクチンや不活化ワクチンとは異なり、遺伝子コード型ワクチンは局所最適化されたものであり、細胞性タンパク質生産工場を生み出します。理想と思われる局所最適化のプロセスが、後々になって集団的に大きな問題になるということは、これまでの薬剤開発、材料開発の歴史のなかで私たちは嫌という程経験しています。核酸ワクチンが目的の効果を発揮する一方でどのような二次的影響を及ぼすのか、持続・耐久性や短期・長期的副反応などについて、いま正に人体実験中です。

ここで気になるのは、論文中にある「mRNAワクチンは、抗原性と炎症性の両方のシグナルを誘発し、注射部位から排出されるリンパ節のT細胞に伝えることができる」、「これにより、Sタンパク質特異的T細胞が活性化され、SARS-CoV-2に対する適応免疫が動員される」という一節です。ひょっとして、SARS-CoV-2だけでなく、スパイクタンパク生産工場である細胞自身が、細胞性免疫の攻撃対象になることはないのか?という疑問を抱きます。

世界規模の感染に対するワクチン接種プログラムは、当然地域や人種で接種率にムラを生じます。その間に抗体の低下や消失、ウイルスの変異(特に免疫逃避変異体)の問題も出てきます。ワクチンを接種していない人や他の動物種にもリザーバーも常に存在しますが、それらのリザーバーが枯渇すれば、今度はワクチンを受けた人々が免疫逃避変異体の標的になります。集団からSARS-CoV-2を根絶することは難しいと思われるという論文の指摘は正しいでしょう。ワクチンへの過大な期待は禁物です。

その意味で、ワクチンが普及すれば感染流行が抑えられるという短絡的なワクチン至上主義に陥っているわが国の状況は、いささか危険だと言えるのではないでしょうか。そして、「新薬のライセンス供与」という論文の結びは、背後に大きな商業的思惑や利権があることをうかがわせるものです。

引用文献・記事

[1] Teijaro, J. R. & Farber, D. L.: COVID-19 vaccines: modes of immune activation and future challenges. Nat. Rev. Immunol. 21, 195–197 (2021). https://doi.org/10.1038/s41577-021-00526-x

[2] Baden, L. R. et al. Efficacy and safety of the mRNA-1273 SARS-CoV-2 vaccine. N. Engl. J. Med. 384, 403–416 (2021). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa2035389

[3] Polack, F. P. et al. Safety and efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 vaccine. N. Engl. J. Med. 383, 2603–2615 (2020). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa2034577

[4] Voysey, M. et al. Safety and efficacy of the ChAdOx1 nCoV-19 vaccine (AZD1222) against SARS-CoV-2: an interim analysis of four randomised controlled trials in Brazil, South Africa, and the UK. Lancet 397, 99–111 (2021). https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)32661-1

[5] Logunov, D. Y. et al. Safety and efficacy of an rAd26 and rAd5 vector-based heterologous prime-boost COVID-19 vaccine: an interim analysis of a randomised controlled phase 3 trial in Russia. Lancet 397, 671–681 (2021). https://doi.org/10.1016/S0140-6736(21)00234-8

[6] Widge, A. T. et al. Durability of responses after SARS-CoV-2 mRNA-1273 vaccination. N. Engl. J. Med. 384, 80–82 (2021). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2032195

[7] Sahin, U. et al. COVID-19 vaccine BNT162b1 elicits human antibody and TH1 T cell responses. Nature 586, 594–599 (2020). https://www.nature.com/articles/s41586-020-2814-7

[8] Pardi, N., Hogan, M. J., Porter, F. W. & Weissman, D. mRNA vaccines — a new era in vaccinology. Nat. Rev. Drug. Discov. 17, 261–279 (2018). https://www.nature.com/articles/nrd.2017.243

[9] Sayedahmed, E. E., Elkashif, A., Alhashimi, M., Sambhara, S. & Mittal, S. K. Adenoviral vector-based vaccine platforms for developing the next generation of influenza vaccines. Vaccines 8, 574 (2020). https://doi.org/10.3390/vaccines8040574

[10] Yao, Y. et al. Induction of autonomous memory alveolar macrophages requires t cell help and is critical to trained immunity. Cell 175, 1634–1650 (2018). https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.09.042

[11] Paik, D. H. & Farber, D. L. Anti-viral protective capacity of tissue resident memory T cells. Curr. Opin. Virol. 46, 20–26 (2020). https://doi.org/10.1016/j.coviro.2020.09.006

引用した拙著ブログ記事

2021年4月11日 ワクチン後進国の日本

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

全国への感染拡大と政治的思惑に支配されるコロナ対策

新型コロナウイルス感染症第4波全国に拡大し、今日(4月21日)新規陽性者数は5000人を超えました(図1)。全国自治体の新規陽性者数を示す黄色のマークは、連日埋まった状態で空白がありません。そして図1のなかで赤色で示すように、関西圏を中心に新規陽性者数最多を更新した自治体が5府県に及びました。すでに全国へ緊急事態宣言を発出する段階に来ていると個人的には思います。

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図1. 4月21日の全国自治体の新規陽性者数(2021.04.21. NHK NEWS WATCH9より).

思えば、大阪は緊急事態宣言解除後に何も強い対策を打たなければ、感染急拡大すると予測したのが約2ヶ月前(→大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請)、そして首都圏も宣言解除後は後を追うだろうと指摘したのが約1ヶ月前です(↓(→緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念)。予測は外れてほしいと思いながらも、しばらくフリーランスの仕事ができなくなるのではと不安も抱えていましたが、残念ながら予測と不安が的中してしまいました。

大阪府の吉村知事の緊急事態宣言解除の判断とその後の対策の認識は、きわめて甘かったと思います。今でこそ「従来型と現在の変異ウイルスの対策では違う」と言っていますが、緊急事態宣言解除の時点でなぜそれを考えられなかったのか疑問であり、逆にいまそのように言っていることがその時々のパフォーマンスにしかすぎないことを現しているような気がします。 

そして、緊急事態宣言をいち早く要請しながら「迅速に対応している」という印象を与えていますが、ヤッテル感以上のものではないと思えます。なぜなら、これまでの彼自身の対応のまずさから感染は拡大し、甚大な健康被害に至り、医療崩壊に起こしているからです。いま大阪は重症者用病床以上の重症者数に至り(図2)、自宅療養中に亡くなる人も続出しています。

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図2. 大阪府における重症者用病床数と重症数の推移(2021.04.21. NHK NEWS WATCH9より).

東京都小池知事も似たようなところがあって、これまでの数々の言葉遊びのような感染対策スローガンを見ていると、やはりパフォーマンスが目立つという印象は拭えませんし、さまざまな発言の裏には政治的思惑が透けて見える場合もあります。

各メディアは、今夜、東京都が政府に対して緊急事態宣言を出すよう要請したことを報道しました [1]。それによれば、宣言の期間は4月25日から5月9日あるいは11日までとする案を軸に、政府と協議を行う方針であるとなっています。

私はテレビでこれを視聴していて「あれっ?」という感じを受けました。東京都が感染の急拡大を防ぐため、政府に対して緊急事態宣言を要請するのは当然なのですが、宣言の期間があまりにも短すぎではないか?それで効果が出るのか?という疑問です。

報道によれば、今回の宣言要請は、大型連休の人出を大幅に減らすことを念頭にということのようです。小池知事も直前に記者団に対して「大型連休の前のタイミングで緊急事態宣言をぴしっと出すことも必要だ」、「期間は協議するが、私の感覚として、ずっと長いと途中でだれてしまう。今回はできるだけ効果が高く、だらだらしない方法がいいのではないかと考えている」と述べていました。

しかし、3週間も経たずして緊急事態宣言を解除というのは、効果の点からみたら性急すぎるでしょう。おそらくは、この短い緊急事態宣言の期間の裏には、表向きの発言と違う政治的思惑があるのでは?とふと思いました。それはバッハIOC会長の来日です。来日は5月17日ですが、それまでに緊急事態宣言を解除したいという思惑が見え見えな感じです。

一方の菅首相ですが、緊急事態宣言発出のタイミングについてのモタモタぶりは相変わらずです。元々、迅速かつ合理的に判断するという能力の問題に加えて、東京や大阪の知事のパフォーマンスに振り回されることを嫌っている面もあるのではないでしょうか。この点について私は以下のようにツイートしました。

今回の緊急事態宣言は、おそらく東京や大阪など一部の都府県に限定して実施され、5月10日の週で解除ということになるでしょう。短期集中といえば聞こえはいいですが、菅首相の頭には東京五輪や休業補償などがあることは当然でしょう。緊急事態なのに発出が緊急ではないというのはいつものことですが。

いずれにしろ、政府や自治体のトップの政治的思惑やパフォーマンスで感染症対策が決められていると思えばやりきれません。結局被害を受けるのは国民です。 

引用文献

[1] NHK NEWS WEB: 東京都 緊急事態宣言を出すよう政府に要請. 2021.04.21. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210421/k10012989281000.html

引用した拙著ブログ記事

2021年3月23日 緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念

2021年2月25日 大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19