Dr. Tairaのブログ

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PCR検査拡充非合理論の根っこにあるもの

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2020.07.26: 08:25am 更新

昨日(7月24日)、「PCR検査陽性は感染者を直接あらわすものではない」という言述を二度見聴きしました。もちろん新型コロナウイルス感染症COVID-19に関するものです。

一つは、テレビの情報バラエティー番組「ゴゴスマ」での愛知医科大学病院の後藤礼司医師の発言です。彼は、これまで私が見聴きした範囲だけでも「新型コロナは風邪プラス肺炎が起きる程度」、「インフルより感染性は低いので若者はマスクしなくて良い」、「コロナは4月に収束する」、「無症状者にPCR検査は必要ない」、「PCR検査を無症状の人にどんどん行うと偽陰性が増える」などと散々言ってきた人です。

COVID-19のように、新型感染症では当初何もわからない状況なので、(どのような危機の場合もそうですが)最悪を想定して最大限の対策をとるのが原則です。にもかかわらず、ほとんど情報がない中で、しかも「感染症の専門家」というふれこみで、よくここまで思い込みで言えるものだなと常々呆れて観ていましたが、久しぶりに彼のコメントを聴いて何も変わっていないと感じました。

番組では、MCの石井亮次アナウンサーが少々懐疑的にツッコミをいれていましたが、後藤医師はいつもの調子で自論を展開し、「何も対策をやってこなかった結果が現在」といささか無責任、トンチンカンな発言をしたかと思えば、最後には「批判するだけではなく、人が人を思いやる優しさ」など精神論へと展開する、およそ「専門家」とは思われないような述べ方でした。

もう一つはツイッター上での発言で、元厚生労働省医系技官である木村盛世医師によるものです。具体的には、「PCR検査陽性は、検査陽性者であり、感染者や有症状者を直接あらわすものではない」とツイートしています(図1上)。5月当初には、「新型インフルエンザより致死率が低くなるであろうと想定される感染症に対して、社会経済活動を止める合理的な理由が見つからない」と、これまた無責任な発言をしています(図1下)。

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図1. 木村盛世医師によるCOVID-19およびPCR検査に関するツイート.

PCR検査陽性は感染者を直接あらわすものではない」という言述は、細かいところでは間違いではありませんが、正しくもありません。曲解とミスリードに満ちています。PCR検査陽性者のほとんどすべては感染者です。昨日時点で世界で約1,550万人、国内事例で29,022人の陽性者が出ていますが、このような確定診断を否定する発言であり、またすべての臨床検査の診断に当てはまります。

医師の肩書きを表に出す人がテレビやツイッター上でこんなことを発言し、一般人を煙に巻くことをしてはいけません。百歩譲って、仮に発言するなら、世界の1,550万人、国内の29,000人の陽性者の中で、あるいはその他大勢の陰性者の中で、つまりこれまでPCR検査を受けた人の中で、「PCR検査陽性者であって感染者ではない」に該当する人が何人いるのか、そういう報告があるのか、根拠と数字を挙げて具体的に述べるべきでしょう。

木村氏の「有症状者を直接あらわすものではない」もまったく無意味な話です。PCR検査陽性者の中に有症状者と無症状者がいることは、素人であったとしても今や誰もが知っている事実です。

いずれにせよ、このような発言の裏側には、コロナ禍の今の日本を根強く支配する検査拡充不要論があるわけです。このような検査抑制の風潮は、世界のどこを見渡してもなく、日本独自のものです。新型コロナウイルスに対する検査抑制を主旨とする論文も見つけられません。

私は先のブログ「再燃に備えて今こそとるべき感染症対策」、「新型コロナ分科会への期待と懸念」ですでに指摘していますが、厚生労働省の医系技官、周辺の医療専門家や学会がコアとなって、感染症コミュニティが形成され、この集団の独自の考え方と姿勢が検査拡充を拒んでいる最大の要因であると推察してきました。

この集団が盛んに挙げるのが、感度(偽陰性)や特異度(偽陽性)という診断特性をベースにしたPCR検査の精度のでっち上げです。PCRの精度と感度や特異度については先のブログ(PCR検査をめぐる混乱PCR検査の精度と意義PCR検査の精度と意義ー補足新型コロナ分科会への期待と懸念)で述べていますので参照いただければと思います。検査のでっち上げまでして検査拡充の非合理性を掲げる理由は何か、少なくとも以下の7つが考えられます。

(1) PCR(とくにSARS-CoV-2検出用の多領域標的プローブRT-PCR)の原理や精度、確定診断もまったく理解していない(プローブRT-PCRを自身で実施したこともない)ことに由来する単なる誤謬

(2) 前回のインフルパンデミック以降、検査拡充の総括提言に対して検査拡充を怠ってきたことを逸らすための理屈付け

(3) クラスター対策と現行の積極的疫学調査を維持・正当化するための検査資源の調整と研究情報の独占

(4) 医療行為としてしか考えられない検査の位置づけ(防疫対策と社会政策としての検査の概念の欠落)と検査資源の出し惜しみ

(5) 偽陽性患者の隔離・入院という人権侵害および医療圧迫の回避という組織防衛

(6) 行政検査(国研・地衛研)が民間検査よりも優れているという特権・差別意識

(7) 世界の感染症対策・研究の流れに乗れない日本の感染症コミュニティの科学レベルの低さ

このように、上に挙げたいずれの可能性もありますし、複数の要因が絡んでいる場合もあります。上記の(2)–(4)については、とくに先のブログ記事「あらためて日本のPCR検査方針への疑問」で述べています。もっと言えば、予算獲得等の既得権益を優先する"感染症ムラ"とも言ってもいい集団が形成されているのかもしれません。なおこの集団に踊らされている一部の医療専門家、医師会、メディアには、そもそも検査拡充抑制に対する確固たる根拠があるはずもありません。

7月23日放送のテレビ朝日「モーニングショー」では、玉川徹氏による政府新型コロナ対策分科会メンバーである小林慶一郎氏へのインタビュー取材がありました。なぜPCR検査拡充が進まないのかということについて、分科会の中に入る小林氏が感じる医療専門家の印象から、答えてもらったというものです。要約すると小林氏は以下のように述べていました。

                    

大規模な検査をすると、一定の偽陽性が発生しまった場合に、隔離をしなければいけなくなる。そのような、人権侵害を起こすことにきわめて慎重になっている。

ある種、感染症対策のコミュニティというのがある。官僚と言っても医系技官という医師の資格を持った官僚の方々であるが、感染症の専門家といわれる、そのような人たちは感染症対策をずっと長年やってきた長い歴史があって、一つの感染症対策のコミュニティをつくっている。

そこでの相場観というか、職業倫理のようなところとして、数字とかによって補強されているわけであるが、根っこにはあるのは「人権侵害をやった」というふうに言われたくないという意識がある。感染の隔離にまつわって人権を制約したというふうに、検査の数を増やせる努力をしようというところまで、あまり至らないのではないか。

                    

つまり、小林氏によれば、厚労省医系技官を中心とする感染症コミュニティの検査に伴う人権侵害批判を過度に嫌う姿勢という、組織防衛に帰因するというものです。

玉川氏は厚生労働省の担当者に上記に関して「偽陽性で隔離ということが人権侵害上問題になるとのコンセンサスあり、検査拡充が進まないのか」という質問を投げかけています。これに対して、厚労省は当然否定する回答を示しています。しかし同時に「国民全員にPCRすると一定の割合で偽陽性が出るだろう。その場合、陽性という判断で入院になり医療資源をひっ迫させてしなうことは考慮しないといけない」と回答しています。これは厚労省の中に、人権侵害回避とともに、医療ひっ迫を恐れるがための、根深い検査抑制の考え方があるとも言えます。

このような厚労省の姿勢は、政府分科会が示す検査の方針に投影されています(→新型コロナ分科会への期待と懸念)。すなわち、日本の検査(行政検査)は、1) 発熱等の有症状者、2) 濃厚接触者、3) 感染リスクが高い無症状者の三つに限定されています。感染リスクの低い無症状者の検査や社会政策としての検査は念頭にありません。

今の行政検査の方針は、すでにいくつかの感染事例で問題となって現れています。千葉県松戸市特別養護老人ホームで発生したクラスター事例はこの典型例です。

この施設では6月29日に30代職員1人の感染が判明しました。続いて7月1日から10日にかけて30代職員2人と80-90代入所者2人の陽性が判明し、合計5人の陽性者が出ました。ところがこの間、施設側が入所者・職員160人の全員検査を依頼したにもかかわらず、行政検査の対象となったのは陽性職員などの濃厚接触者約40人だけでした。施設側は自費で残り全員の検査を行なった結果、幸いにも、全員陰性でした。

日本独自の検査抑制論および政府によるGoToトラベルに伴う社会経済活動の促進を見るにつけ、戦前の日本軍部の姿勢とダブってきます。

太平洋戦争の開戦に当たっては、エリートの精鋭を集めたシンクタンク総力戦研究所」が組織され、その見通しが研究されていました [2]。その研究結果が示すことは、開戦しても初戦や奇襲作戦は成功する可能性があるが、結局負けるというものでした。それにもかかわらず、当時の軍部はこれを聞き入れず、何とかなるという観念的精神論で戦争に突入し、日本を壊滅的敗北に導きました。そしていざ形勢不利となると、満州関東軍ソ連の侵攻の際、日本国民を現地に置き去りにしたまま退却するという恥ずべきことを行ないました。組織防衛を優先したわけです。

根拠に基づく合理的判断ができず政策の見切り発車をするところや、本来の目的から離れて組織防衛に走るという本末転倒の姿勢は、今の安倍政権や厚労省に繋がることではないでしょうか。つまり、政府専門家会議の科学的提言に耳を傾けようとせず、代わりにそれを自らの考えのお墨付き組織としての分科会に改組し、経済活動の再開に突っ走った政権の姿勢が挙げられます。

さらに今の日本の不幸は、既得権益と自己防衛への拘泥に染まった厚労省医系官僚を中心とする感染症コミュニティの思想が政府分科会に影を落とし、分科会自身が真っ当な科学的提言さえできない状況にあることです。

今日の新聞記事は、「PCRの戦略的拡大いまこそ 感染伝播の抑制に大きな力」という記事のサブタイトルとともに、沖縄臨床研修センター長である徳田安春氏の言述を紹介していました。「PCR検査の感度と特異度の議論はもう終わりにしましょう。今こそ、検査数を世界の国々なみに拡充させることが、経済と感染抑制の両方を達成するために必要なのです」。

引用文献・記事

[1] 朝日新聞DIGITAL: 千葉県で新たに13人感染 松戸の特養でクラスター発生. 2020.07.11. https://digital.asahi.com/articles/ASN7C739GN7CUDCB003.html

[2] 中公文庫編集部: 日本は必ず敗戦する…エリート集団「総力戦研究所」の予言が生かされなかった理由. 婦人公論.jp. 2020.07.24. https://fujinkoron.jp/articles/-/2321

[3] しんぶん赤旗: 新型コロナ 感染急拡大の現状と対策. 2020.07.25. https://rplroseus.hatenablog.com/entry/2020/06/01/173312. 2020;07/25. http://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-07-25/2020072503_01_0.html

引用した拙著ブログ記事

2020年7月7日 新型コロナ分科会への期待と懸念

2020年6月8日 PCR検査の精度と意義ー補足

2020年6月1日 PCR検査の精度と意義

2020年6月1日 再燃に備えて今こそとるべき感染症対策

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

2020年3月24日 PCR検査をめぐる混乱

          

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題

 

コロナ禍のこの期に及んでも何もしない国

昨夜(7月21日)のテレビの報道を観ていたら、米国での新型コロナウイルスSARS-CoV-2陽性者数が、現在一日あたり6〜7万人と最悪のペースで増え続けている中において、ニューヨーク市では、7月19日には陽性者数が5人、死者がゼロになったことを伝えていました [1]。一時は検査・隔離も追いつかず、医療崩壊に追い込まれ、一日に600人に迫る市民が亡くなっていたニューヨーク市ですが、劇的な減り方です。

報道では、ニューヨーク市の状況が好転した要因は、当初のロックダウンもありますが、検査・隔離・追跡のサイクルの徹底であると伝えていました。ニューヨーク市に住む知り合いの大学教授からも聞いたのですが、ニューヨーク州には、病院やクリニックはもとより、大学、薬局、教会などいたる所にPCR検査場があって、居住者であれば誰でも無料で回数制限なく検査を受けることができるようです。しかも、グーグルマップで簡単に最寄りの検査場を知ることができるということです。日本の対策とは雲泥の差です。

この感染症対策の成功には、A. クオモ知事の力が大きいとされており、現在の支持率は80%に達すると言われています。彼は、トランプ大統領に対して、コロナウイルスの共謀者(co-conspirator of COVID-19)になるなと求めています [2]

昨夜の報道では、ニューヨーク州での検査は、現在一日あたり7万件が可能と伝えていました。クオモ知事のツイートを覗いてみたら、それを裏付けようなコメントがありました(図1)。昨日の検査数は66,169件、835件が陽性で陽性率は1.29%とあります(図1左)。感染症対策の方針の一つとしての、検査数の充実が現れています。さらに入院数は724で2人が亡くなったとしており、情報が具体的です。

つづくツイートでは、州名を挙げて「ニューヨーク州に来るなら14日間の自主隔離をせよ」と指示しています(図1右)。これも対策としてシンプルですが具体的です。

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図1. A. クオモ知事のCOVID-19対策に関するツイートの例. 

ニューヨーク州では、さらに8月末まで検査が拡充される予定です。そして、段階ごとに経済活動を再開させるために州が設定されたガイドラインでは、特定の職種の人たちに検査が義務付けられています。

感染拡大の抑制に欠かせないのが、検査とともに濃厚接触者の接触追跡です。ニューヨーク州では、地域の制限解除の要件として、月間で住民1000人あたり30人のテストを実施することや、感染者との濃厚接触者を追跡する”トレーサー”を、10万人あたり少なくとも30人用意することなどを設けています [3]

トレーサーの仕事は陽性者の濃厚接触者を探し出し、新たな感染者を見つけることです。報道では、この追跡を行うトレーサーが、ニューヨーク州には3000人もいると伝えていました。アプリを使わずとも、マンパワー接触追跡を可能にしているという状況です。

非常事態宣言(外出禁止令)解除後の経済活動再開も、6月8日のフェーズ1から7月6日までのフェーズ3まで段階的に進められてきています。それでも、室内レストランでの会食は今なお禁じられており、違反には高額の罰金が課せられていると聞きました。

ニューヨーク州と東京都における新規陽性者数の推移を示したのが図2です。ニューヨークの場合、縦軸の最大値が東京より50倍ほど高いですが、減少傾向はよくわかります。東京の場合は6月下旬から流行が再燃し、陽性者数が増加しています。

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図1. ニューヨーク州(上)および東京都(下)における新規陽性者数の推移(wordometer COVID-19 Coronavirus Pandemicおよび東京都感染症対策サイトから転載).

図1では、積極的に対策をとったニューヨーク州と基本的に何もしていない東京都との差が如実に現れている格好です。東京都のみならず、国民に要請すること以外のことは、国も何も対策をとっていません

感染抑制対策において最も重要なのが、上述した検査・隔離・追跡のサイクルです。ニューヨーク州の対策は明確であり、制限解除できる要件として地域ごとの検査数とトレーサーの数を決めています。そして検査数も陽性率を十分に低くできるように(<2%)、〜7万件/日と実施されています。翻って日本においては、このような最低限の検査数やトレーサーの数が決められたことなど一度もありません。検査を義務づけている職種もありません。

私はこのブログで、検査・隔離・追跡に関する今やるべき対策(東京型ウイルスの解析と情報開示、検体プール検査、ローラー作戦、職種別検査、下水監視、QRコード+追跡アプリ)を提示していますが(→再燃に備えて今こそとるべき感染症対策)、何ら実現されていません。

そして、安倍政権は、何の感染症対策もないまま、Go To トラベル事業を前倒しで始めました。この事業が全国的な感染拡大の起爆剤になることは明らかであり、想像力のなさに呆れてしまいます。このコロナ禍でも有効な対策を打ち出せず、普通の感覚であれば、とても恐くて進められないと思うのですが、国のトップとしてはちょっと神経を疑います。しかもこの事業は二転三転の方針転換で、あげくに東京外し、対象者の枠も曖昧というおまけ付きです。

今日の政府分科会で、尾見会長は「今は社会経済活動と感染症対策という両立という大命題がある。自粛、外出控え、休業要請で抑制することができるが...」と言っていましたが、すべてお願い、呼びかけレベルで、国の対策としては何の提言もなく、分科会は機能しているのかという疑問を持ちます。全国的な感染拡大となれば(いや確実に拡大しますが)、分科会の責任も重大です。

安倍総理は昨日の自民党役員会で「重症者数はきわめて低く抑えられていて、医療提供体制も逼迫していない」と述べました。しかし今日、山口芳裕杏林大学教授は、「東京の医療は逼迫していないというのは誤りだ」として痛烈に批判しました。コロナ禍のこの期に及んでも何もしない国の姿勢は、一体何なのでしょうか。Go To トラベルの実施とともに決定的に全国的感染症拡大を許し、もはや対策が手におえない状況になり、陽性者収容や医療が機能不全に陥ることを危惧します。

引用文献・記事

[1] テレ朝News: 全米感染拡大も…ニューヨーク市“死者ゼロ”の理由. 2020.07.21. https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000188995.html

[2] CBS News: Trump is "enabling the virus," New York Governor Andrew Cuomo says. July 6, 2020. https://www.cbsnews.com/news/andrew-cuomo-trump-enabling-coronavirus/

[3] mashup NY: NY州 制限解除や事業再開の基準を提示. 2020.05.05. https://www.mashupreporter.com/nys-criteria-for-reopening/

引用した拙著ブログ記事

2020年6月1日 再燃に備えて今こそとるべき感染症対策

           

カテゴリー: 感染症とCOVID-19

カテゴリー: 社会・時事問題

 

早期の検査・隔離が重要

はじめに

7月16日、新型コロナに関する政府分科会が開催され、GoToトラベルの「東京発着旅行は対象外」とする政府案を承認しました [1]。懸念していたことですが、さっそくこの分科会が、「旅行自体は問題ない」として、コロナ禍でもGoTo事業を推進するという政府の意向にお墨付きを与える会として機能し始めたようです。この時期でのGoTo事業の開始は、禍根を残す結果になるかもしれません。

分科会の尾身茂会長はその後の会見で、新型コロナウイルスSARS-CoV-2)の検査体制の拡充をするための戦略をあらためて示しましたが、同時に「必要なのは、すべての無症状者への徹底的なPCR検査ではない」、「100%の安心は残念ながら、ない」という見解を示しました。BuzzFeedはこれを支持しながら記事にしています [2]

尾見会長はこの記者会見で、ランセット誌に掲載された論文まで引用しながら、「無症状者へのPCR検査は非合理」という方向で説明しています。このブログでは、尾見氏によるチェリー・ピッキングとも思える当該論文の引用と、彼の主張・説明の誤謬を、最近の論文2編を紹介しながら指摘したいと思います。これらの論文の主旨は、感染者の早期検査・隔離が重要であるということになります。

1. 尾見会長の言述とBuzzFeedの記事の問題点

上述したように、尾見会長は検査体制の拡充を表明しました。とは言っても、すでに症状がある人や、濃厚接触者、クラスター発生が疑われる場所にいたことから感染の可能性がある人(=事前確率の高い人)などについて、積極的にPCR検査を行うということで、従来の方針と基本的に変わりありません。多分、この分科会専門家が先導して、事前確率の高い人たちへのスクリーニング検査が積極的に行なわれるということも、この先ないでしょう。

問題の第一は、無症状者に対する方針です。つまり、症状がなく、かつ状況等からみて感染の可能性が低い人(=事前確率が低い人)に対する検査は、行政検査としては行わないという方針です。感染リスクおよび事前確率が低い無症状者を検査しても、陽性者を検出できる確率は低く、感染拡大の防止に対する効果は薄いというのが理由です。

第二として、無症状者に対して行政検査は実施しないというだけでなく、民間による無症状者のスクリーニング検査にも関心を示さないという問題があります。「無症状感染者が主な感染源である」ということが常識になりつつある状況を、無視する姿勢だと思います。

そして第三として、ここからが問題の核心ですが、検査は万能ではなく、偽陰性偽陽性の問題が生じるとして、それらの発生を事前確率と結びつけて、無症状者のスクリーニング検査そのものを否定するような見解を示しています。偽陰性偽陽性も事前確率が低い場合に発生しやすいという、奇妙な理屈がまたもや登場しているのです。

この考えが誤りであることは、感度、特異度の問題も含めて、これまでのブログ記事(例:PCR検査の精度と意義新型コロナ分科会への期待と懸念感染拡大防止と社会経済活動の両立の鍵は検査)で何度となく指摘してきましたが、ここで再々度整理します。

臨床診断上の偽陰性とは、本来陽性である人を陰性と判断することを言います。ただし、後で追検査をしてその人が陽性であるとわかって、初めて偽陰性であったことが判断できます。つまり当たり前ですが、陽性者がいないと偽陰性は発生せず、陽性者が多いほど偽陰性が発生する確率も高くなるのです。

一方偽陽性(これも臨床診断上の)とは、本来陰性である人を誤って陽性と判断することを言います。ただし、追検査をして、あるいはその他の方法でその人が陰性であるとわかって、初めて誤りであったことが判断できます。そしてほとんどの場合、検体の汚染(陽性検体から陰性検体への混入)や"治癒後"のウイルスの残骸などが原因で偽陽性は発生します。つまり、ウイルスをもった感染者がいないと偽陽性も起こらないということになります。

そうすると、偽陰性偽陽性も感染リスクが高い(事前確率が高い)人が多くいるほど発生しやすくなるということがわかります。尾見会長の説明とはまったく逆です。極論すると、感染者がゼロのエリアでは、いくら検査しても偽陰性はもちろんのこと、偽陽性も発生しようがないのです。岩手県内でも、Jリーグでも、プロ野球でも、もし陽性者が一人も見つからなければ、いくら検査やろうが偽陰性偽陽性は出てこないということです。

SARS-CoV-2の検査に使われているTaqMan PCRプローブRT-PCR)は、原理上精度がきわめて高く、類似のコロナウイルスなどとも交差反応は起こらないことが確かめられています [3]。これを、非特異的反応が起こりやすいインフルエンザの抗原検査などと混同し、偽陰性偽陽性の発生確率を教科書的に述べてはいけないです。

にもかかわらず、尾見会長やその他の医療専門家と言われる一部の人たちは、検査に関わる誤謬や虚言を繰り返していると言えます。PCR偽陰性偽陽性を本当に理解しているのでしょうか。それとも、意図的に虚言を繰り返しているのでしょうか。

さらに尾見会長は、ランセット誌(Lancet Infect. Dis.)に掲載された論文 [4] の結果に言及しながら、自主隔離の方が網羅的な検査よりも感染症対策としての優位性があるとして、検査のデメリットを述べています。

先のブログ「感染拡大防止と社会経済活動の両立の鍵は検査」でも紹介したように、この論文では、発症時に自ら自宅待機(自主隔離)するだけで「実効再生産数」を約30%低下させることができる一方、人口の5%に毎週網羅的に検査を行い、陽性者を隔離したとしても、実効再生産数は2%しか低下しないと報告しています。しかし、自己隔離の条件を家庭や職場や学校といったクラスターが起こりやすい場所での発症者に限定しており、無症状者や市中感染は無視されています。その上でランダムな網羅的検査の条件と比較しているわけで、検査に対する優位性を語るものとしてはほとんど意味をなしません。

結局、「検査拡充の非合理性」という思い込みを補強するために、都合のよい論文を拾い上げて都合良く解釈し、検査の感度、特異度、偽陰性偽陽性という臨床診断の専門用語を持ち出して、一般人やマスメディアを煙に巻いている状況だと思います。

尾見会長は、網羅的な検査の例として、東京都民1400万人および東京都新宿区民35万人を5日間で検査する場合を例に出して、それぞれ280万件/日および7万件/日の検査数が必要だとして、検査に係る人材、物資、資金などの非合理性を挙げています。しかし、このような非現実的な例を出すのはストローマン論法であり、まったく不適切で悪質です。分科会が行なうべきことは、このような詭弁を繰り出すことではなく、検査拡充の方針を定量的に具体的に提言することです。

より現実的な方法の考え方はできます。私は2月の時点で自動検査機の導入と5万件/日の検査体制を提案していますが(→新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策)、検体プール検査(10サンプル1組)を行なえば、一次スクリーニングで東京都全員を1ヶ月(→世界が評価する?日本モデルの力?)、新宿区なら1日で完了できます。今の東京都の実績に近い5,000件/日の検査能力でも、新宿区だけなら1週間で終わることのできる量です。

要は、検査拡充をできるチャンスはこれまでいくらでもあったのに、やらなかったということです。検査拡充をやらないことに無謬性を求める、あるいは既得権益や自己都合がある厚生労働省国立感染症研究所、関連学会周辺の人たちがいるということでしょう。もし、クラスター戦略とセットの感染症と疫学の調査研究の成果を囲い込みたいがために、保健所や地方衛生研究所に負荷をかけ、結果として国民全体を実験材料とするような意図があるとすれば許されるものではありません。

BuzzFeedは、分科会の尾見氏発言も含めて、間違った言説をそのまま垂れ流すのではなく、きちんと検証した上で記事を書くべきでしょう。「偽陰性偽陽性は事前確率の低いところで発生する」などの日本の医療専門家の言説には、PCR検査に関してはまったくエビデンスがありませんが、その検証を放棄するのなら、もはやメディアとしての存在意義はありません。

2. たった一人の無症状感染者から市中感染は広がる

感染症においては、20%の感染者が二次感染の80%に貢献しているという、いわゆる20/80理論 [5] とともに、注視されているのがスーパースプレッダー(superspreader)の現象です [6, 7]スーパースプレッダーとは、一人で何人もの人たちに伝播させてしまう感染者のことを言います。

今月、米国疾病対策予防センター(CDC)のサイトに掲載された論文では、SARS-CoV-2感染の一人の無症候性感染者から、スーパースプレッダー現象(感染の連鎖)で、71人以上に感染が広がったクラスタ事例について報告しています [8]。そして、早期の検査がなかったことが、このクラスター発生を許したということが、この報告からうかがい知れます。

このクラスター発生の感染経路は非常に複雑ですので、この論文の掲載されている経路図を、以下に図1として掲げながら、経過を説明したいと思います。

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図1. サイレント・スプレッダーによる時系列でのクラスター発生と感染経路(文献[8]からの転載図に加筆)

最初の感染源は25歳の女性です(論文ではA0と呼称)。彼女は3月19日に米国から中国黒龍江省の自宅に帰宅しましたが、同省では3月11日から新規感染者は1人も出ていませんでした。帰国の際、女性A0は無症状だったのですが、自宅で自主隔離するよう指示されました。そして、3月31日と4月3日にPCR検査と抗体検査を受けたましたが、いずれも陰性でした。

さらに重要なことは、この期間、彼女が人と「接触」したと思われるのは自宅アパートのエレベーターに乗った時だけです。このエレベーターには女性の部屋の階下に住む男性B1.1が乗りましたが、同じ時間に乗ったわけわけではなく、無論女性A0に直接触れたわけでもないということです。この男性B1.1が最初に感染を受けます。

男性B1.1は、3月26日に泊まった母親B2.2とそのパートナーB2.3といっしょに、29日にパーティーに出かけました。4月2日、パーティーの参加者の男性C1.1が発作を起こし、同じくパーティーに出ていた息子二人(C1.2、C1.3)に付き添われて病院に搬送されました。そして4月7日、母親のパートナーB2.3がCOVID-19を発症し、2日後検査で陽性とされました。濃厚接触者であるB1.1、B2.1、B2.2、C1.1も陽性と確認されました。

そして、4月2日に発作を起こした男性C1.1が入院しているあいだに、病棟をシェアしていた28人がSARS-CoV-2に感染しました。さらに、看護師5人(図1赤枠、CC1.1、FF1.1、G1.1、S1.1、V1.1)、医師1人(図1赤枠、V1.1)、病院職員1人も感染しました。この男性が発熱後に別の病院に移りましたが、そこでも20人が感染しました。結局この入院男性は4月9日に検査で陽性と診断されました。

これらの感染事例の経路をたどる中で、やっと女性A0の存在が突き止められました。そして、4月10日と11日に再検査を行ったところ、IgG抗体が陽性と判明しました。つまり、以前にSARS-CoV-2に感染していたことを示唆する結果です。研究チームは、女性A0は無症状キャリアーであり、エレベーターのパネルなどを通じた接触感染で同じアパートの男性B1.1が最初に感染したと推察しました。ほかのアパートの住民は、検査の結果、全員が陰性でした。

そして、4月22日までに71人の陽性者が確定されました。女性A0は依然として無症状でした。

中国疾病対策センター(CCDCP)は、このクラスター発生の陽性者たちから採取したウイルスの全ゲノム解析を行ない、21サンプルのデータを得ました。その結果、18サンプルについては完全にゲノム配列が一致し、残りの3点も1、2塩基の違いがあるだけでした。つまり、このクラスターは単一の感染源から発生したことを示しています。

そして重要なことは、このクラスターで解析されたSARS-CoV-2のゲノム配列は、それ以前に中国で流行していたウイルスのそれと明らかに異なっていたことでした。これは、このクラスターの原因ウイルスが国外由来であること、すなわち、米国帰りの女性A0が持ち込んだものとみなすことができます。

論文では、SARS-CoV-2の無症候性感染者がたった1人いるだけで、広範囲の市中感染に発展する可能性があると結論づけています。これは、1人のスーパースプレッダーがいて、多数に感染にさせるということではなく、無症候性感染者からも次々と感染の連鎖が起こることを示しており、自主隔離でウイルスを抑制することのむずかしさを物語っています。その上で、検査などのリソースの不足と、封じ込めの課題も指摘しています。COVID-19のパンデミックを抑制・阻止するには、今後も引き続き予防策を講じ、感染者の「検査と隔離」を強化していくことが不可欠と論文は結んでいます。

このクラスター発生事例でのキーポイントは、感染源となった女性A0のPCR検査の遅れです。帰国時の3月19日から最初の検査日である3月31日まで12日間経っていて、ウイルス量がすでに検出限界以下になっていたと推察され、PCR陰性になった可能性があります。そしてまだ感染力があったと推察される3月19日−24日の5日間に、男性B1.1に接触感染させたと考えられます(図1)。自主隔離と同時にすぐに検査をしていたら陽性と確認され、より厳しい隔離処置になって、クラスター発生を防ぐことができたかもしれません。

3. 早期の検査と隔離がキーポイント

もう一つの論文は、7月16日にランセット誌(Lacet Public Health)に電子公開されたものです [9]。この論文では、数理モデルを使って、接触追跡する場合の検査と隔離の遅れの影響を検証しています。そして、古典的なアナログ的追跡とアプリを使用したデジタル追跡を比較しています。

このモデルでは、感染者がすぐに隔離され(day 0)、追跡率が100%である場合、そして発症前に40%の二次感染が起こるとことを対照として設定しています。そうすると、検査が1日遅れると、実効再生産数を1以下にするためは、追跡の遅れを1日に留め、追跡の範囲を少なくとも80%に保つ必要があるとされています。一方、検査が3日以上遅れると、最大限の対策をとったとしても実効再生産数を1以下にすることはできないという結果になりました。

伝播をどの程度に防ぐことができるかは、検査と追跡の遅れに依存しており、まったく遅れがなければ79.9%、3日の遅れで41.8%、7日の遅れで4.9%の防止率になりました。結論として、発症時からの検査の遅れを最小限にすることが、伝播を減少させるものとして最も効果があるとしています。検査に遅れがなく、最適化された検査と追跡・隔離で追跡アプリを使えばさらに効果は上昇し、伝播の80%を防ぐことができることを示しています。

問題として挙げているのは、無症状の感染者がたくさんいる場合や追跡できない未検査の接触者がいる場合です。しかし追跡アプリを使えば、捕捉率を上げることができるとしていますが、やはりプライバシーや普及率の問題は挙げています。

濃厚接触者のPCR検査については、感度の時間的変化について考慮して実施すべきとしています。すなわち、感染から3日目までは感度が低い(偽陰性が発生しやすい)という報告 [10, 11] に鑑みて、症状に関わらず4日目での検査を推奨しています。そして、多数の検査については、ウォークスルーやドライブスルーの検査の活用を挙げています。

おわりに

ここに挙げた2つの論文は、それぞれサイレント・スプレッダー現象によるクラスター事例、および検査・隔離・接触追跡の数理モデル解析という、まったく異なる内容ですが、防疫対策における早期の検査と隔離の重要性に示している点では共通しています。

最初の論文では、感染の連鎖を担う無症状のサイレント・スプレッダーがいること、そしてその早期検知と隔離が感染症拡大防止にいかに重要なことを示しています。2番目の論文は、とにかく早期の検査、隔離、接触追跡のサイクルと追跡アプリの活用が防疫対策として有効であることを示しています。

両論文とも、日本がとってきた当初のクラスター戦略の方針にはなかった概念を示しています。4月の流行ピーク時におけるクラスター対策においては、発症から検査までは約9日間かかっています。その上で、無症状感染者は無視されました。そして、日本ではいまだに検査、隔離、接触追跡が徹底されておらず(発症から検査まで約5日間)、首都圏においては陽性者の過半数が感染経路不明という有り様です。ましてや、無症状者の事前のスクリーニング検査など徹底する気もないようです。

現状では、検査拡充が叫ばれながら、それがなかなか進みません。もとより安倍政権の防疫に関する能力・関心のなさは言わずもがなですが、国民世論や政治の意向をも無視する、厚労省-感染研周辺の感染症コミュニティとも言える集団がいることが問題の根っこにあります。そして、尾見分科会長の言述にあるような、世界にはない誠に不思議な、日本独特の検査拡充不合理論が生まれていると思われます。

そして、もともとコロナが落ち着いたら始めるとされていたGoToキャンページ事業ですが、分科会のお墨付きを得て、強引に開始されることになりました。人の移動と接触が促進されるわけですから、「検査・隔離」に関して無策のままにこの事業が実施されている間は、決して感染者は減ることはないでしょう。夏の間はまだしも、冬に向かえば大変なことになります。

引用文献・記事

[1] 日テレNEWS24: 尾身会長「旅行自体に問題はない」との見解. 2020.07.16. https://news.yahoo.co.jp/articles/86369c82ad9d9b306852507467390ab4607199b1

[2] 千葉雄登: 必要なのは、全ての無症状者への徹底的なPCR検査ではない。尾身会長「100%の安心は残念ながら、ない」BuzzFeed News 2020.07.17. https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/senmonka-bunkakai-2-2

[3] Corman, V. M. et al.: Detection of 2019 novel coronavirus (2019-nCoV) by real-time RT-PCR. Euro Surveill. 25(3):pii=2000045 (2020). https://doi.org/10.2807/1560-7917.ES.2020.25.3.2000045 

[4] Kucharski, A. et al.: Effectiveness of isolation, testing, contact tracing, and physical distancing on reducing transmission of SARS-CoV-2 in different settings: a mathematical modelling study. Lancet Infec. Dis. Published June 16, 2020. https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(20)30457-6/fulltext

[5] Woolhouse, M. E. J. et al.: Heterogeneities in the transmission of infectious agents: Implications for the design of control programs. Proc. Natl Acad. Sci. USA 94, 338–342 (1997). https://www.pnas.org/content/94/1/338

[6] CDC: Severe Acute Respiratory Syndrome --- Singapore, 2003. MMWR 52(18), 405–411 (2003). https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5218a1.htm

[7] Lloyd-Smith, J. O. et al.: Superspreading and the effect of individual variation on disease emergence. Nature 438, 355–359 (2005). https://www.nature.com/articles/nature04153

[8] Liu, J. et al.: Large SARS-CoV-2 outbreak caused by asymptomatic traveler, China. Emerg. Infect. Dis. 26(9)-September 2020. https://wwwnc.cdc.gov/eid/article/26/9/20-1798_article

[9] Kretzschmar, M. E. et al.: Impact of delays on effectiveness of contact tracing strategies for COVID-19: a modelling study. Lancet Public Health Published online July 16, 2020. https://www.thelancet.com/journals/lanpub/article/PIIS2468-2667(20)30157-2/fulltext

[10] He, X. et al.: Temporal dynamics in viral shedding and transmissibility of COVID-19. Nat. Med. 26, 672-675 (2020). https://www.nature.com/articles/s41591-020-0869-5

[11] Kucirka, L. M.: Variation in false-negative rate of reverse transcriptase polymerase chain reaction–based SARS-CoV-2 tests by time since exposure. Anal. Int. Med. 13 May 2020. https://www.acpjournals.org/doi/pdf/10.7326/M20-1495

引用した拙著ブログ記事

2020年7月13日 感染拡大防止と社会経済活動の両立の鍵は検査

2020年7月7日 新型コロナ分科会への期待と懸念

2020年6月1日 PCR検査の精度と意義

2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?

2020年2月19日 新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策

          

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題

 

感染拡大防止と社会経済活動の両立の鍵は検査

はじめに

COVID-19流行の中で、いかにして社会生活や経済活動を維持していくかということは大きな課題です。国や東京都は、感染症対策と経済活動の両立を掲げていますが、いざ感染症対策となると、これと言った具体的対策は現在ないように思えます。

とはいえ、日本における当初の脆弱だった検査態勢の状況に鑑みて、時を経るにしたがって検査拡充が叫ばれるようになってきたのは事実です。いま第1波の再燃による、東京都を中心とする陽性確定者の増加が顕著です(メディアは第2波と呼んでいるところが多いようですが)。

ここでは、感染症拡大防止と社会経済活動の両立の鍵となる、検査拡充の意義について述べたいと思います。併せて、日本では相変わらず検査拡充を非合理とする医療専門家の方々がいますので、BuzzFeedに掲載された彼らの最近の言説 [1] も挙げながら、その矛盾と誤謬を指摘したいと思います。

1. 検査拡充の意義

これまで何度も指摘してきたように、感染症拡大の予防原則は「検査と隔離」です。SARS-CoV-2も含めてウイルスはヒトの中でしか増殖できませんので、人と人が接触しなければウイルス伝播は起こりません。したがって感染している人を検査で見つけ出し、いち早く隔離すること、あるいは人と人が接触しないようにロックダウンを行なうことが感染拡大を防ぐ決定的方法です。

しかし、古典的なロックダウン大規模接触機会削減のみでは、経済的ダメージが大きく、人の生活そのものが成り立たない可能性があることは、すでに日本のみならず世界中の人たちが経験済みです。そこで、いま模索されているのが、本来はトレードオフの関係にある感染防止と経済活動の両立であり、そのための前者への近代的ツールの導入です。

SARS-CoV-2の感染様式は、飛沫感染エアロゾル感染接触感染、そして最近指摘されている空気感染です。これらを考えると、人々の行動変容や生活様式(いわゆる"new normal)は、感染症拡大抑制に寄与することは容易に想像できます。たとえば、マスク着用、手洗い励行、物理的距離(physical、distance)の維持、遮蔽物の設置、換気、時差行動、リモートワークなどが含まれます。しかし、これらが感染防止に効果があることは何となくイメージできるものの、その組み合わせの有効性について具体的にかつ定量的に報告した例はまだないようです。

一方、近代的な検査(testing)、隔離(isolation)、接触追跡(contact tracing)のサイクルの実施は最も感染防止に効果があり、世界標準の感染症対策になっています。なぜなら、このサイクルが感染リスクの排除を科学的に証明できる確実な方法だからです。その意義に関する論文や論説はたくさんありますが、ここではスイスの医療専門家が出した論文 [2] を取り上げて、あらためて解説してみたいと思います。

SARS-CoV-2の基本再生産数R0は2–3とされていますが、流行の中での実際の再生産数(実効再生産数)Rを1以下にできれば、理論上流行は減衰に向かいます。R<1にするためには、伝播の50–70%を抑える必要がありますが、もちろん検査だけではこれを達成すことはできません。その上で当該論文では、検査拡充の戦略(liberal testing strategy)について次のような意義を挙げています。

                   

1. 陽性者を隔離、あるいは病院に収容し、濃厚接触者を追跡する起点になる
2. 事実、韓国では網羅的な検査によって新規感染者数を劇的に減らした
3. 致死率を正確に見積もるのに必須である
4. 感染者を正確に把握することは医療資源の確保、とくに必要な病床数やICUを準備するための情報として必須である(軽症、中等症、重症感染者の比率を正確に知ることが重要)
5. 流行の全体像を明確に把握できる(感染者数が不明瞭であれば、感染症対策が有効であったかどうか評価することはむずかしいし、対策の修正が必要な時点もわからない)

                   

検査拡大や接触追跡にはコストがかかります。しかし長期的に見た場合、検査・隔離による早期の制御が、接触削減対策にかかる経済コストや社会的コストを軽減できると、論文は指摘しています。何よりも検査が十分になされなければ、正確な疫学情報も得られず、科学的根拠に基づく対策もできないということです。

2. 無症状者への検査の必要性

SARS-CoV-2については、不顕性感染からの二次感染が起こることはもはや常識になっています。考えてみればこれは当たり前で、感染者が自覚症状のない段階で行動をするために、知らないうちに感染を広げているということになるでしょう。症状が出てしまった人や具合が悪い人は、自宅で療養するか、検査を受け、隔離されるのが普通なので、無症状者に比べれば、スプレッダーになる機会は少ないと考えられます。

2020年5月にサイエンス誌に掲載された論文では、従来の感染伝播データに基づいた数理モデル解析で、無症状者からの感染伝播が52%(発症前感染者46%+無症候性感染6%)を占めると報告されました [3](図1)

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図1. 感染後からの発症前無症状者、有症状者、無症候性感染者、および汚染環境の二次伝播(R0)に対する寄与の程度と日数 (文献[3]からの転載図に加筆).

このサイエンス論文では、聞き取りなどによるアナログ的接触追跡調査によって感染流行を制御していくことは、不可能であるとしています。そして自動追跡と感染を迅速通知を可能とするアプリの活用が、流行を抑えるのに有効だと述べています。

日本のクラスター対策では、聞き取りによるアナログ的調査がメインでしたが、厚生労働省は6月にやっと接触確認アプリCOCOAの導入に踏み切りました。アプリ導入は一歩前進ですが、課題はアプリの普及率です。上記論文では、アプリが効果的に働くためには60%以上の人が利用する必要があるとしています。日本のアプリの普及率は現在1千万人にも及ばず、機能する段階になっていません。

先月、米国アカデミー紀要に出版された論文は、やはり伝播のモデル解析で、二次感染の半分以上(約51%)は、発症前無症状者と無症候性感染者を合わせたサイレント・スプレッダーによって起こると報告しています [4]。そして、有症状者の隔離だけでは意味がなく、感染拡大を人口の1%以下に留めるためには、無症状感染者の1/3以上が隔離される必要があるとしています。したがって、有症状者の隔離に加えて、無症状感染者の検査と追跡が補完されなければならないというのが結論です。

反対の見解もあります。英国では4月に、インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究グループが、網羅的な検査よりは医療従事者などの高リスクの集団に検査を集中適用した方が、感染拡大抑制に効果は高いという報告を出しました [5]。英国NHSも当初このような検査方針でした。しかし、現実として、英国の感染抑制対策がうまくいったとは必ずしも言えません。結局、現在は「症状があれば一刻も早く検査しろ」というように方針変更されていますし、無症状者も医師の判断があれば検査を受けられるようになっています [6]

またこれも英国の研究チームの論文ですが、数理モデリングによって、事前確率の高いと考えられる環境での発症時の自己隔離と濃厚接触者の探知が、集団検査よりも二次伝播の減少効果が高いことを示しています [7]。すなわち、二次伝播の減少率は、発症時の自己隔離のみが29%、自己隔離+家族レベルでの隔離が37%、自主隔離+家族レベルでの隔離+すべての濃厚接触者の探知で57%となりました。これに比べて、1週間で人口5%ペースの集団検査単独では2%の減少にしかなりませんでした。

ただし、このモデルは家庭、職場、学校などの集団発生が起こりやすい環境での伝播を前提としており、無症状者からの市中感染は考慮されていません。また、集団検査といっても実際の流行対策では有症状者やその濃厚接触者も加えてまずは集中的に検査され、ランダムな集団検査が行なわれることはありませんが、その点はこの論文では無視されています。よって単に有症状者の自己隔離と集団検査との比較はあまり意味がないでしょう。そして、中国武漢での全集団検査のような場合では、この論文モデルは意味をなしません。

このように感染症拡大抑制に対する世界の取り組みは、無症状感染者も含めた検査、隔離、接触追跡のサイクルの実施の方向に流れています。その究極は、上述した中国武漢市における全員検査(1,000万人近い検査数で300人の無症状感染者を検出)でしょう。感染者を逃さず検出し、隔離すれば感染は起こらないという強力な科学的証拠提示の実例がここにあります。ただし、他国がこれを真似できるかどうかは別ですが。

社会経済活動を維持する上での検査の意義は、それに携わる人々の科学的安全性(リスク排除)の証拠を提示することです。そして、その科学的証拠によって人々は、経済活動の動機付けとなるための安心感を与えられることになります。逆に検査によってリスクがあると判断されれば、経済活動は修正・縮小を強いられます。ここでの基準は、症状があるかどうかは関係なく、感染を広げる恐れのあるウイルスの伝搬媒体(感染者)であるかどうかということになります。

米国の疾病予防管理センターCDCは、無症状者の検査も含めてSARS-CoV-2ウイルスのPCR・抗原検査の対象者を5つのカテゴリーに分けています [8]。すなわち、1) COVID-19が疑われる有症状者、2) ウイルス汚染が疑われる無症状者(伝播の制御)、3) ウイルス汚染に関係ない無症状者(特別な区域・場所における前検査)、4)治癒・隔離解除対象者、5) 公衆衛生監視における集団被検者、の5分類です。

ここで、CDCの検査の分類も踏まえて、目的に応じたPCR検査の個人的な考え方を表1にまとめます。検査は大きく4つのカテゴリーと目的に分類されていますが、いずれもSARS-CoV-2の遺伝子断片を検出するということでは同じです。

表1. 検査の四つのカテゴリーと目的(事前確率が高い[++]、中程度[+]、低いまたは当てはめられない[印なし]場合に分けて表示)

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表1カテゴリー1は、従来のクラスター対策で用いられていたような事前確率(有病率)が高い場合の検査の目的です。カテゴリー2aの濃厚接触者の追跡はクラスター対策でも行なわれていましたが、無症状者は検査対象外でした。カテゴリー2bは病院、高齢者介護施設、新宿のホストクラブなどで行なわれた集団検査(スクリーニング)が当てはまりますが、中国武漢での集団検査のように、事前確率が不明な場合もあります。カテゴリー3は上記したように経済を回すための検査です。カテゴリー4は少々特殊ですが、下水の監視(→下水のウイルス監視システム)などが相当します。

2. PCR検査の拡充と限界の誤謬

2.1 日本の現状

まずは現在の日本の検査の状況はどうでしょうか。検査拡充は声高に言われるようになりましたが、それに対する動きは依然として鈍いです。東京都では新規陽性者が200人/日を越えるようになり、検査数が増えたことが要因として挙げられていますが、それでも3千人/日程度の検査レベルです。全国的にも9千人/日を越えません。

そして、感染症防止策としての検査の位置づけ検査拡充の方針が、依然として明確でありません。表1のカテゴリー2bについては、新宿におけるホストクラブの集団検査、カテゴリー3については、プロサッカーやプロ野球における自発的な安全証明検査などの散発的な事例はありますが、政府の方針として明示・徹底されていません。

すでに1日の新規陽性者数が日本を下回るようになったドイツでは、いま6万件/日の検査実績があり、さらに拡充の動きがあります。この検査数を可能としている理由は、250の民間会社が分散して仕事を担っているからです [9]

日本では、厚生労働省-国立感染研究所が統括しながら、地方衛生研究所でPCR検査を担うという行政検査システム、積極的疫学調査クラスター対策の初動方針の思想が、負の側面からいまだに尾を引いていると言えるでしょう。今でこそ、民間会社が検査の中心を担うようになりましたが、検査が一気に広がらない根っこがここにあります(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問)。

流行当初、本来なら、重症者を生まないように検査を広げて早期発見、早期治療を行なうべきだったのに、検査態勢の脆弱性前回のパンデミック以降検査拡充を行なわなかった国の怠慢)もあって、とられた苦肉の策がクラスター対策でした。受診の目安まで設けて検査を絞り込み、重症者を探し出すという戦略をとることで、当時の検査方針が正当化されたように思えます。つまり検査と隔離という防疫の基本原則を捨て、意図的に医療という枠で検査の囲い込みを行なったと言えます。

そしてその初動方針の無謬性を保つために、既得権益を守るために、いまだに変な理屈がまかり通っているとも言えます。あるいは、依然として医療の観点(表1のカテゴリー1)からしか検査を考えられていないのかもしれません。表1に示した検査の多目的を頭に入れながら、一部の医療専門家の主張の誤りを指摘していきたいと思います。

2-2. 分科会での話

その変な理屈の一つが、旧専門家会議の中心メンバーである医療専門家による言説です。新型コロナウイルス感染症専門家の分科会の尾身茂会長は、7月6日の第1回会合後の記者会見で、検査体制拡充を戦略的に進める必要性を強調しました。

しかし、相変わらずPCR検査の診断特性としての感度特異度を持ち出して「偽陽性と判定されれば、感染していないにもかかわらず本来必要のない自宅待機やホテル療養などの措置を取られる可能性がある」、「偽陰性であれば知らずに感染を広げてしまうリスクがある」と、従来の検査拡充反対に使われた論理を展開していました。

また、「リスクが低いところで、ほとんど感染者のいないポピュレーション(集団)を対象にやると、どんどんと偽陽性が増え、偽陰性が減っていく。これは感染症対策の常識なんです」という、ベイズ定理に基づく教科書的確率論を述べていました。感染症対策の常識と言っていますが、これは従来の臨床検査における一般論です。

一方で、PCR検査の感度や特異度、ベイズ推定に基づく確率論は詭弁であることを、先のブログ記事「新型コロナ分科会への期待と懸念」、「PCR検査の精度と意義」、「PCR検査をめぐる混乱」で、散々指摘したとおりです。分科会長の立場での見解は影響力が大きいので、発言は慎重にお願いしたいものです。

2-3. BuzzFeedの記事

似たような主張が、また、7月10日のBuzzFeedの記事 [1] で述べられていました。この記事では、米国国立研究機関博士研究員の峰宗太郎医師(ウイルス学、免疫学)および神戸大学病院感染症内科教授の岩田健太郎医師の言述を紹介していました。

峰宗太郎医師は「検査前確率(事前確率)が低い場合には、やはり偽陽性の可能性は特異度がかなり高くてもゼロではない。偽陽性では本当は感染していないのに隔離されてしまう、時に感染のリスクが上がるようなところへ入れられてしまうなど、より人権的に問題になる結果を招くこともある。いずれにせよ、どこまでも問題です」と述べています。

結論から言うと、この偽陽性に関するこの言説は従来の臨床検査に当てはまることであり、その発生メカニズムが異なるPCR検査には当てはめることができません。この言説の発端の一つは、1994年に出版されたBMJ論文です [10]。この論文では、「感染流行の程度が低い(事前確率が低い)場合は検査の偽陽性の発生リスクが高くなる」と述べられていますが、現行のSARS-CoV-2検査に使われているリアルタイムPCRが登場する以前の話です。

先のブログ「新型コロナ分科会への期待と懸念」でも書いていますが、ここで再度指摘します。SARS-CoV-2のPCR検査で偽陽性が出ることは、その検出原理から言ってほとんどないですが、(私が知る限り)唯一報告している論文の例 [11] から、偽陽性が発生する場合を考えてみましょう。

たとえば、SARS-CoV-2のプライマー/プローブに反応した未知のウイルスを拾ったり、プローブのオフターゲット結合による非特異的分解で陽性シグナルが出る場合などが想定されます。しかし、このような具体的な非特異的反応はこれまで報告がありません。

繰り返しますが、上記のような原因での偽陽性は滅多に起こることではありません(まず起こらない)。より偽陽性が起こる可能性が高いのは、ヒューマンエラーで検体の汚染(コンタミ)が起こったり、治癒しているのにウイルスの残骸があったりして遺伝子を拾う場合です。ただし、これらは臨床診断としての偽陽性であって、分析上は完全な陽性です。

そして、岩田教授も「岩手の検査は合計で1000件程度です。もし、これを1万、10万とやれば偽陽性の問題が出てくるリスクが高まると言えるでしょう」と言っています。しかし、そもそも感染者がいなければ、コンタミが起こる機会もウイルスの残骸を拾う機会もないわけですから、偽陽性は発生しようがありません。つまり有病率が低いほど、事前確率が低いほど、偽陽性は起こらないのです。もし、岩手県に感染者がいないのなら、いくら検査しても偽陽性は出ないでしょう。この意味で分科会が言っていることも、PCR検査については正しくありません。

なぜこのような誤解が起こるかと言えば、繰り返しますが、教科書に載っているベイズ推定に基づく確率論で単純に偽陽性を語っているからです(→新型コロナ分科会への期待と懸念)。ベイズ推定では一定の確率で偽陽性が発生することを前提としていますから、事前確率が低いほど真陽性に対する偽陽性の割合が高くなり、陽性的中率が下がります。しかし、PCRのように、非特異的反応が起こりにくく、主にコンタミネーションよって偽陽性が起こる検査では、ベイズ確率論は当てはめることはできません

日本のこれまでの状況を考えたらよく分かります、これまでPCR検査されて陰性となった人たちが約40万人、陽性になった人が約2万人います。それでは、偽陽性が原因で隔離・入院措置を受けたという人が何人いるでしょうか。そのような報告は皆無です。

記事には、「新型コロナウイルスによる死者を減らす上で重要なことは、重症者を見つけることと適切な治療を行うことだ」とクラスター対策の初動方針と同じようなことが述べてありました。しかし、これも繰り返しますが、重症者を見つけるということでは本末転倒です。検査で感染者をあぶり出し、早く治療を開始して重症化を防ぐこと、そして、当たり前ですが、感染者を増やさないことが重症者や死亡者を減らす上で最も重要なことです。

さらに、「無症状者かつ事前確率の低い人に対する検査というのは、妥当性は低い」と峰医師は説明しながら、その理由を以下のように挙げています(図2)。

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図2. BuzzFeed [1] からの記事の抜粋-1

この論理はすべておかしいので、逐次以下に挙げていきます。とくに図2-注1は、誤謬や的外れがあります。

(1)の「事前確率が低ければ、実際に感染している可能性はそもそも非常に低い」というのは当たり前。しかし、事前確率が低いから感染者がいない、見逃してよいということにはならない。

(2)、(3)の「安心」という言葉を出している部分は、安心と安全を取り違えている。社会経済のための検査は安全(あるいはリスク)を判定するために行なう。

(4)「偽陰性の問題はどこまでもつきまとう」は、検査数が多くても少なくてもどこでも起こる問題であるので、まったくの的外れ。

(5)検査は感染を証明するために行なうものであり、その後に感染するかどうかは関係のない話で詭弁。なぜなら感染の機会はすべての人に当てはまることであるから。そもそもこの文脈は「検査」や「安心」とは関係ない。「検査をするより予防」、「普通に生活をする方がよい」で、感染しない保証はないし、検査なしでは感染の有無さえわからないという、およそ非科学的で観念的な話に陥っている。

驚いたのは、記事で「偽物の安心」という峰医師の言葉が出てきたことです(図3)。上述したようにこの人は安全と安心の意味がわかっていないようです。まず、偽陰性をとりあげて「複数回検査を行なえば見落とさないという考え方は明確な誤りなのです」と言っていますが、そもそも偽陰性偽陽性も2回以上検査して初めてわかることです。つまり、追検査で確定診断する必要があります。偽陰性を問題として挙げておきながら、複数回の検査の考えを否定するとするというのは論理破綻です。

そして真の安全、偽物の安心という言葉が出てきますが(図1-注1)、検査の目的は安全性(あるいはリスク)の判定のためであって、安心のためではありません。安全とは、具体的なリスクが排除され、そのことが科学的に(客観的に)裏づけされている状態を言います(→食の安全と安心)。すなわち、検体にウイルスの遺伝子が入っていないという検査による科学的裏付けによって、安全性(その逆であればリスク)が証明されるわけです。したがって、「真の安全性」という言い方はあり得ません。

そして、その安全性を得たことに基づいて、初めて被検者の安心という感情が入ります。安心というのはあくまでも主観によるものなので、それに本物も偽物もありません。逆に安全と言う科学的事実があっても、まだ不安と思う人がいるかもしれません。このように、安全(客観性)と安心(主観性)は異なるものです。

社会経済活動の中での検査(表1-3))の意義は、検査→安全性の確定→安心がセットになって活動の実施に向かう起点になることです。したがって、図3-注1にある「安心のための検査」がそれを指してのことなら、「安心のための」は「社会経済活動のための」と読み替えるべきでしょう。そして、検査が科学的安全性を保証し、そこから生まれる安心が実施への動機付けになるわけですから、それを非合理的と考えるのはまったくのナンセンスです。

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図3. BuzzFeed [1] からの記事の抜粋-2

図2-注2にある、完全な封じ込めが無理なことはむしろ当たり前です。不可能なことを挙げて、封じ込めと言う論点を否定することはストローマン的論法であり、詭弁です。

この論点においては、R<1にするための科学的根拠に基づいた対策を考えるべきであって、検査はその中心になるものです。そのようなアプローチを無視しながら、「予防策を徹底した生活」とか「新しい生活様式」というような、自ら非科学的、観念的な話に飛躍しています。

「どこまで行っても、この流行状況においては、『あらゆる人に検査を』は机上の空論、偽物の安心感、そしてコスト無視の、決して妥当ではない言説です」という峰医師の言説は、それこそありもしない話に飛躍させた、非科学的な空論というものでしょう。

岩田教授も、「有病率が非常に低いところでPCRをやるとたいていは陰性に出ます。しかし、まれに陽性に出た場合に、それが偽陽性になる可能性が高まる。少なくとも、有病率が高いところよりはずっと高まる。これが特異度の問題です」と言っており、完全に同じ間違いを犯しています。

いやはや、一体どこからそのような言説が出てくるのでしょう? 感度や特異度をやり玉に挙げたかと言えば、今度は有病率とか事前確率とか言い出して、世界のどこを探しても見当たらない、わけの分からない詭弁を展開しています。これらの人たちは、当初の自己推論の怪しさに対する批判に引っ込みがつかなくなり、つじつまを合わせようとしてどんどんおかしな論理展開になっている感じがします。

検査の限界はもちろんあります。「今日陰性であっても明日は陽性となるかもしれない」という話し方をする医療専門家は欧米にも少なからずいます [12]。ただ、ここからが日本と違うところですが、検査の限界を指摘しながらも検査拡充に否定的な意見になることはまずありません。検査の限界性に鑑みて、さまざまな検査や衛生意識に立脚した行動変容の総合的な組み合わせが、社会生活を維持するのに必要だという見解になるのが普通です [12]

蛇足ですが、BuzzFeed Japanはメディアの責任として、上記のような新型コロナの検査に関する流言飛語とも思えるような医療専門家の言説を載せるのではなく、国の検査拡充の方針に沿った適切な見解をもつ、しっかりとした専門家の意見を記事にすべきでしょう。

3. 感染防止と経済活動の両立のシミュレーション

経済活動と感染拡大防止の両立させるためには、検査と隔離だけでも、ロックダウンだけでも、生活・行動の変容だけでも困難です。これらのアプローチをうまく組み合わせて、社会経済活動を維持しながら、最小限の感染に抑える方法が模索されています。近代的な検査、隔離、接触追跡はその中心になる要素です。

先のブログ記事「流行第1波の再燃」でも紹介したように、九州大学の小田垣孝名誉教授(社会物理学)は、経済活動と感染拡大防止の両立を想定して、一般的な「SIRモデル」を改良して、「検査と隔離」の効果のシミュレーション結果を公表しています。

その結果、感染状況を1/10に減らすためには、もし検査数を倍増にするなら接触機会が5割減でも14日で達成できること、検査数が4倍増なら接触機会をまったく削減しなくても8日で達成できることを導きました。つまり、検査・隔離の拡充の効果がきわめて大きいことを示したことになります。

英国ダラム大学の経済学者 T. アブダラヒム教授は、数理モデル(SIRモデル)を使って、感染抑制と経済活動の両立を可能とする検査の頻度を算出しています[13]。私は数理モデルについては門外漢なので、彼の論文を読んでいても詳細は理解できませんが、概要だけは掴むことができます。

結論として彼のモデルでは、R<1を達成するための検査率は、30%削減で1.5%、10%削減で4%になっています。そして、65%の接触削減をかけても0.1%/日の検査率であれば、感染防止はむずかしいだろうと述べています。これを東京都に当てはめると、30%削減なら21万人/日、10%削減なら56万人/日という検査率になります(図4)。現在、東京の検査数が最大で3,000件/日と言われていますので、もう比較にならないほど足りません。おそらく無理です。

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図4. R<1を達成するための人口に対する検査率と経済活動削減率との関係.

ただ、英国は日本と比べると累積感染者数が14倍なので、単純にその数で割って東京都に必要な検査率を出せば、30%削減で15,000人/日、10%削減で40,000人/日の検査率になります。30%削減なら現在の検査数の約5倍になり、それほど非現実的な数字ではなくなります。東京都は当面10,000件/日の検査能力を目指すとしているようです。

不思議なのは、日本の政府クラスター斑や数理モデルの専門家から、このような検査と隔離の効果を考慮したシミュレーションの試みが示されないことです。先日、第84回日本循環器学会学術集会オープニングセレモニーで、山中伸弥教授と西浦博教授の特別対談がありましたが、ここでも接触機会削減と検査拡充の組み合わせによる感染拡大抑制については話題となっていませんでした。西浦教授は「スマートな接触削減」を提言しているようですが、検査拡充に関心がないのでしょうか。それとも検査に政治的臭いを感じてあえて避けているのでしょうか。

おわりに

緊急事態宣言解除の際に、安倍総理大臣は、上述のサイエンス誌の論文内容 [3] にまで言及して「接触確認アプリの導入」を進めると表明しました。そして民間検査機関への支援や大学にある検査機器を活用する「検査機能の拡大」を進めると述べました [14]接触アプリは導入されましたが、その普及も検査の拡充も依然として進んでいません。

つまり、従来以上の感染症防止策としては何もないのが現状です。社会経済活動の維持を目指すと言うなら、それを可能とするかもしれない上記の近代的ツール(遺伝子・分子検査+アプリ)の拡充が必須であるわけですが、国も東京都もその他の自治体も具体策として見せていません。

根っこには政治介入さえ拒む、検査拡充の非合理性を唱える一部の医系官僚や医療専門家の集団がいるということでしょう。これは、検査を医療の論理のみでしか考えられない、あるいは検査拡充に対して不都合な意識がある集団を指します。社会における検査の活用を論じる時に、特異度や有病率(事前確率)などを持ち出して本末転倒の言説(虚言)を展開するという、感染症対策を進める上での阻害の存在でしかありません。

政権は、経済復興策としてGoToトラベルキャンペーンを前倒しで進める計画のようですが、肝心の防疫対策ができていない現状では、感染拡大キャンペーンになることは火を見るより明らかです。せめて検査とセットのGoToトラベルのようなメニューを出せないものでしょうか。

マスクを着ける、3密を避ける、物理的距離をとる、手を洗うなどの要請は、言われなくても国民はわかっています。要請をする以前に、国はやるべきことをやってほしいと願う次第です。

引用文献・記事

[1] 千葉雄登:「あらゆる人に検査を」で得られるのは偽物の安心。PCR検査の特異度が99.9999%でも、議論は変わらない. BuzzFeed. 2020.07.10.
https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/covid-19-pcr-false-positive

[2] Marcel, S. et al.: COVID-19 epidemic in Switzerland: on the importance of testing, contact tracing and isolation. Swiss Medical Weekly, 150 (11-12). w20225 (202). ISSN 1424-7860. https://smw.ch/article/doi/smw.2020.20225

[3] Ferretti, L. et al.: Quantifying SARS-CoV-2 transmission suggests epidemic control with digital contact tracing. Science 368, eabb6936 (2020). https://science.sciencemag.org/content/368/6491/eabb6936

[4] Moghadas, S. M. et al. : The implications of silent transmission for the control of COVID-19 outbreaks. Proc. Natl. Acd. Sci. USA. first published July 6, 2020. https://doi.org/10.1073/pnas.2008373117

[5] Grassly, N.C. et al.: Report 16: Role of testing in COIVD-19 control. Imperial College London (23-04-2020), doi: https://doi.org/10.25561/78439.

[6] NHS: Coronavirus (COVID-19). https://www.nhs.uk/conditions/coronavirus-covid-19/

[7] Kucharski, A. et al.: Effectiveness of isolation, testing, contact tracing, and physical distancing on reducing transmission of SARS-CoV-2 in different settings: a mathematical modelling study. Lancet Infec. Dis. Published June 16, 2020. https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(20)30457-6/fulltext 

[8] CDC: Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) Testing Overview. Updated July 2, 2020. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/hcp/testing-overview.html

[9] 熊谷 徹: 日独のコロナ検査体制はなぜ大きく異なったのか?(下). 日経ビジネス 2020.06.08. https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00023/060400173/.

[10] Altman, D. G. and Bland, J. M. Diagnostic tests 2: predictive values. BMJ 309, 102 (1994). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2540558/pdf/bmj00448-0038a.pdf

[11] Katz, A. P. et al.: False‐positive reverse transcriptase polymerase chain reaction screening for SARSCoV‐2 in the setting of urgent head and neck surgery and otolaryngologic emergencies during the pandemic: Clinical implications. Head & Neck First published 12 June 2020. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/hed.26317

[12] Binnicker, M.: Coronavirus tests to reopen the economy have important limitations, notes this diagnostics expert. Forbes 2020.04.24. https://www.forbes.com/sites/coronavirusfrontlines/2020/04/24/coronavirus-tests-to-reopen-the-economy-have-important-limitations-notes-this-diagnostics-expert/#41aa97636ed0

[13] Abderrahim, T.: COVID-19 control and the economy: test, test, test (June 19, 2020). Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=3631364 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.3631364

[14] 首相官邸: 新型コロナウイルス感染症に関する安倍内閣総理大臣記者会見. 2020.5.25. https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0525kaiken.html

引用した拙著ブログ記事

2020年7月7日 新型コロナ分科会への期待と懸念

2020年7月3日 流行第1波の再燃

2020年6月1日 PCR検査の精度と意義

2020年5月29日 下水のウイルス監視システム

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

2020年3月24日 PCR検査をめぐる混乱

2018年3月11日 食の安全と安心

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題

 

新型コロナ分科会への期待と懸念

はじめに

政府の旧専門家会議が発展的に解消・改組されてできた新型コロナウイルス感染症対策分科会は、昨日(7月6日)、初会合を開きました。昨日、今日とメディアはこの話題を取り上げています。テレビから流れる画像や新聞が伝える内容を参照しながら、ここではこの分科会に寄せる期待と懸念を述べたいと思います。

1. 初会合の概要と担当大臣の会見

分科会は旧専門家会議のメンバーの8人に加え、分野別に医療3人、経済2人、労働・コンサルティング2人、マスコミ1人、リスクコミュニケーション1人、および県知事1人が参画した計18人から構成されています。分科会長は尾身茂氏(地域医療機能推進機構理事長)で、脇田隆字氏(国立感染症研究所 所長)が副会長に就いています。

東京都内では、昨日までに感染者が5日連続で100人超となりましたが、分科会はこの東京都内の感染状況を中心について議論を行ったとメディアは伝えています。具体的には以下のとおりです。

                      

分科会議論内容

●東京および首都圏の感染状況と今後の対応

●7月10日の経済活動緩和について

PCR検査などの拡大

クラスター・市中感染探知

●データ収集体制について

                      

会議後に会見した西村康稔経済再生担当相は、分科会の目的・意義として「感染拡大防止策と社会経済活動の両立を持続させるために幅広い分野の方に入っていただいた」と述べました。そして、いまの感染状況について「感染者は若者が多く、重症者は少ない、医療提供体制はひっ迫していない」した説明した上で、「検査体制も整備されてきた。緊急事態宣言を発出した4月上旬と状況は異なるとの共通認識を得た」と述べました。

確かに、東京都の確定感染者は新宿や池袋など、いわゆる"夜の街"を中心に感染が拡大しており、30代以下の接客業に従事する若年者が多く、重症化する症例が少ない状況にあります。入院患者数も5月初旬ピーク時の1,413人(病床2,000確保)に対して、今日現在413人(病床3,000確保)と余裕があります。また、重症者数も4月下旬ピーク時の105人に対して、今日現在8人と激減しています。

そして、PCR検査の実施件数も、4月上旬に比べて約10倍に伸びています。最近の最大の検査人数は、7月3日で2669人/日を記録しています。PCR検査が可能な病院も3月では68病院であったのに対し、6月段階では218病院に増えています。この主な理由として、唾液検体による検査が可能になったことからと考えられます。

さらに、緊急事態宣言や休業要請を出すべきという意見は政府からも分科会からも出なかったとし、政府が定めた社会経済活動の目安であるイベントの開催人数制限については、当初の予定通り7月10日に一段階緩和することで了承されたと、西村大臣は述べました。

しかしながら、感染経路が不明な陽性者数が一定程度あること、若年者でも重症化する症例があること、中高年の感染者の割合も今後増えてくると予測されることから、予断を許さない状況にあることは確かです。西村大臣は、この日の分科会で「危機感を共有した」と述べています。

いま東京で100人を越える陽性確定者が連日で出ていますが、これらは3–4月のクラスター対策とセットの行政検査ではほとんど探索していなかった(見逃していた)市中感染者を見ているとも言えます(→第1波流行の再燃)。クラスター戦略で見ていた感染者の実体の中心は、これから増えるかもしれない高齢者を中心とする有症状者・重症者ということになるでしょう。

しかし、3–4月の状況と異なることは、無症状者も含めて市中感染者は順次隔離されているということであり、その効果が有症状者・重症者の発生数の抑制となって現れるかもしれません。検査数が増えている分だけ陽性者数が増えることは当然考えられますが、検査数が増えているのに陽性率が高くなることには注意が必要です。それは検査数が追いつかないくらい感染者が増えていることを意味します。その場合、すぐに1日当たり、200人、300人...と新規陽性者が増えていくことになるでしょう。

いずれにしろ、以前とは異なる疫学情報の中身が、隔離の効果をも含めた予測をむずかしくさせます。その意味で、クラスター対策の初動方針(入院患者へのPCR検査の集中適用)が生んでしまった偏った疫学情は、科学的見地からもつくづく罪だと思います。実効再生産数の計算さえ無意味にしてしまった可能性、そして接触機会8削減の妥当性さえも根拠となる数字が偏っていた可能性があります。

2. 感染症対策と社会経済活動の両立に向けた検査方針

西村経済再生担当相が述べたように、この分科会のミッションは、感染症対策と社会経済活動を両立する施策を提言することです。これはもう「検査と隔離」の基本原則が示すように、総論としては答えは出ています。すなわち、市中にいる感染者の隔離事例が増えれば増えるほど感染の実効再生産数は下がり、それらが人々や社会に安心感を与え、経済活動への動機付けになるということです。したがって、会合で専門家が戦略的な検査体制の構築を提言したということですが、当然のことでしょう。

尾身会長は会合後の記者会見で、「検査の拡充に向けた基本的戦略については十分議論されていなかった」と振り返り、迅速な検査体制構築への必要性を強調しましたが、遅きに逸した感はあります。何せ、最初の国内感染事例からもう半年も経過しようとしています。

そして、ずうっと問題にされてきた疫学情報データの共有という点については、尾見会長は「自治体や保健所に複雑な問題があり、改善されていない」と述べましたが、今さらながらこの状況には呆れるばかりです。

分科会の専門家の提言では、場所や人に応じて感染リスクを3つのカテゴリーに分け、それぞれに応じた適切な検査体制を構築する必要があるとしています。

第1のカテゴリーは症状のある人です。これらの人については、唾液を用いたPCR検査や抗原検査も実施できるようになり、検査を受けやすい環境になっています。尾見会長も医療関係者の負担リスクや感染リスクも軽減され、改善傾向であると述べています。

第2のカテゴリーは、無症状で感染リスクの高い人(場所)です。一度でも感染事例がある病院、高齢者施設、いわゆる"夜の街"のクラスター"関連に当たる人や場所で、濃厚接触者はもちろん該当します。手術前の患者や高齢者施設に入所する人なども、こうした対応を検討すべきとされています。今回、とくに焦点が当てられたのが「無症状者への検査の実施のあり方」であり、このカテゴリーについては徹底的に検査を行なうと提言されていることに、前進の跡がうかがわれます。

そして第3のカテゴリーですが、無症状で感染リスクの低い人(場所)です。これは安心のために検査を受けたい人で、特定のビジネス、スポーツ、映画関係者が該当します。これについては、どのような検査方針でいくのか決定する時期にきているとしています。

第1、2のカテゴリーは、いち早く感染者を隔離するという方針に立っていますが、第3のカテゴリーはこれまでにない概念です。しかし、プロ野球やプロサッカー関係者で独自に先行している実績があります。

感染症対策と社会経済活動の両立を成し遂げるためには、いかに感染者を隔離して感染者数の数字を下げ、非感染者の活動に安心感を与えるかということに尽きるわけです。その意味では、医療専門家だけではなく、社会政策の観点から検査を考えられる経済などの専門家が分科会に入ったことは、それが機能する限りはよかったと思います。

3. 分科会医療専門家への懸念

しかし、一方で分科会への懸念もやっぱりあります。それは、第3のカテゴリーの人への検査の議論で出てきた医療専門家の意見に対して感じました。このカテゴリーには、濃厚接触者ではなく、単に「安心のために検査を受け、地域のなかで社会・経済・文化活動等を行いたい人」が入ります。

このカテゴリーに対する検査についても「一定のコンセンサスを構築する時期にきたのではないか」と指摘されているのはいいですが、その中で偽陰性偽陽性のリスクが持ち出されていたことには驚きました。

つまり、医療専門家から「偽陽性と判定されれば、感染していないにもかかわらず本来必要のない自宅待機やホテル療養などの措置を取られる可能性がある」、「偽陰性であれば知らずに感染を広げてしまうリスクがある」と、従来の検査拡充反対に使われた論理が依然として展開されていたことです。

私は、似たようなことを、厚労省医系のトップ(医務技監)である鈴木康裕氏が「集中」のインタビュー [1] で述べていたことを思い出しました。すなわち、「検査数は多ければ多い方がよいか?」という問いに対して、彼は「そうではない」と応えています。そして、感度や特異度を持ち出しながら「陽性者の半分が疑陽性(偽陽性)だとしたら、医療機関の病床を本当に必要でない人が埋めてしまう事になる」と、PCR検査の拡大方針を牽制するような主張をしています。

私はまだこんなことを言っているのかと半ばあきれると同時に、「やはり厚生労働省とこのような一部の医療専門家の人たちの言説が、検査拡充方針の障害になっているのだ」とつくづく感じました。新聞もテレビも、分科会によるこの偽陰性偽陽性の指摘を真に受けて、そのまま課題として垂れ流ししている有り様です。

今朝のテレビのワイドショーでも、この偽陰性偽陽性の問題を取り上げていました。念のため言っておきますが、ここで挙げられている感度や特異度は臨床検査の診断特性であり、分析法の感度や特異度とは異なります(→PCR検査をめぐる混乱PCR検査の精度と意義)。つまり、100人の新型コロナ感染者をPCR検査した時に、30人を陰性と判定してしまうとそれは偽陰性となり、70%の感度となります。一方、100人の非感染者を検査した時に、1人を陽性と判定してしまうとそれは偽陽性となり、特異度99%となります(図1左)。

番組ではPCR検査を特異度を99%とすると、1万人を検査した時に100人の感染者を見つけ出したとしても、ほぼそれに相当する99人の偽陽性者が出る危険性があると伝えていました(図1右)。

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図1. 分科会で指摘された感染リスクが低い人への検査で生じる特異度(偽陽性)の問題(2020.07.7 TV朝日「モーニングショー」で図示されたものをリトレース).

図1の仮定のどこがおかしいか、実際の感染者の状況に当てはめてみれば、すぐにわかります。非現実的な空論なのです。

今日現在、厚生労働省の集計データによれば累積PCR検査人数は422,820人です(図2)。そして、今日までの陽性確定者は約20,209人です。これらの人数に図1の考え方を当てはめてみましょう。

特異度99%とするなら、日本でこれまで、(422,820−20209)×0.01=4,026人の偽陽性が出ていることになります。びっくりするような数字ですが、確定陽性者約2万人に対して約4千人もの偽陽性者が出たとするなら、それこそ大変な問題です。

では実際に、これらの数の偽陽性者が病床を埋めて問題になっているでしょうか。そのような報道がなされているでしょうか、それとも政府や専門家会議は大量の偽陽性者が出ていると認識しているでしょうか。答えは否です。そのような事実は一切ありませんし、あり得ない話です。

なぜこのようにおかしな話になるかと言うと、図1の推定が医学の教科書にあるベイズの定理(Bayes' theorem)をそのまま当てはめた確率論だからです。この推定法では一定の偽陽性率(特異度)を前提としていますので、罹患率が低い集団ほど真の陽性に対する偽陽性の割合が高くなり、陽性的中率が低くなるという性質があります。

この推定法は、非特異的反応等による偽陽性を発生すやすい検査の場合は適用できますが、PCRのような非特異的反応が起こりにくい高精度の検査には当てはめることができません。つまり、高精度のPCR検査に感度や特異度を固有値を仮定して、教科書そのままのベイズ推定で偽陰性偽陽性の発生確率や陽性的中率を述べていることが誤りなのです。

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図2. PCR検査の新規実施人数(厚生労働省ホームページより転載).

4. 偽陽性の議論ーどこが間違いか

では、ベイス推定に基づく偽陽性の確率論が誤りにかかわらず、なぜこのような議論がされてしまうのでしょうか。それには二つの理由があると思います。

一つは、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の確定診断法として使われている、PCR検査の感度特異度についての誤解に由来するものです。今のところ、新型コロナ検査用にPCRより優れた技法がないので、PCRが唯一と言っていいくらい確定診断法として使われています。つまり、比べられる優れた相手がないので、早い話がPCR検査について感度も特異度も固有値として決められないのです。

この前提の上に立てば、図1にある感度70%や特異度99%のような固有値を用いて、仮定の話をすることがナンセンスであることがわかると思います。感度や特異度を論じる時は、あくまでも、PCRによる確定診断時の数(つまり感度100%、特異度100%)に比べて、事前、事後の検査で陽性数、陰性数がどうなったかという、その時々で変化する割合について議論することしかできないのです。

PCR検査で偽陽性が出る原因のほとんどは、非感染者の検体に感染者の検体が混入するという汚染事故(いわゆるコンタミ)がほとんどです。厳密に管理された工程で検査が行なわれれば事故が起こることはなく、1万人の非感染者を検査すれば確実に感染者ゼロと判定できます。したがって、集団の罹患率が低いほど(極端に言えば感染者がいない場合)偽陽性は起こりようがなくなります。このPCR偽陽性の発生メカニズムを理解していないままに、安易に教科書そのままにベイズ定理による確率論を展開しているのが、分科会も含めた感染症コミュニティの人たちです。

そもそも、いま新型コロナの仕事をしている検査技師のなかで、100人あるいは1,000人の検体のうち1つは間違えてしまうというような人は、日本はおろか世界のどこにもいないでしょう。そんな状況では、とても仕事になりません。特異度99%とすることが、いかに空論かつ失礼な話かということにもなります。

二つ目の理由として、PCR検査を医療・研究資源としか捉えられず、そこへの圧迫を避けたい、あるいは検査を広げることで生じるかもしれない市民とのトラブルを回避したいということから、敢えて感度(偽陰性)や特異度(偽陽性)の固有値を持ち出して、PCR検査の精度と言う問題にすり替えていることが挙げられます。

この背景には、感染症対策・研究のコミュニティの中で長年培われてきた常識があり、既得権益を守りたいという思考性があるでしょう。そして、初動方針の無謬性に拘る、そして組織防衛に走るという官僚の特質があるかもしれません。これらは、これまでずうっとこの国の感染症抑制対策を遅らせてきた元凶とも言える構造的体質です。

5. それでも偽陽性偽陰性

新型コロナのPCR検査がいかに高精度で偽陽性が起こりにくいかということは、その原理を考えたらわかります。PCRはDNAを増幅する技術ですが、目的のDNA領域(予めウイルスRNAをDNAに逆転写したもの)を増幅するのに、その両端にプライマーという短いDNAをくっつけてその挟まれた領域をDNA合成酵素で増やしていきます(→PCR検査をめぐる混乱ウイルスの変異とPCR検査)。

プライマーは鋳型となるDNA(SARS-CoV-2のRNAから逆転写したcDNA)にしかない塩基配列を認識して相補的に結合しますので、その2本のプライマーセットの設計がしっかりしていれば、確実にSARS-CoV-2だけを検出します。

そして、実際に使われているPCRでは、プライマー間の領域に別の短い蛍光標識のDNAをプローブ(いわゆるTaqManプローブ)として相補的に結合させ、両側のプライマーから合成が起こってそのブローブが分解される時に蛍光シグナルが出るような仕掛けがしてあります。これをリアルタイムにPCR装置で検出します(プローブRT-PCRと称します)。つまり、確実にプライマーの両側からDNA合成が起こっていることをプローブの分解(蛍光発出)で証明しているわけです。

さらに、標的となるDNA領域を2カ所あるいは3カ所選んで、それらが同時に検出されてはじめて新型コロナ陽性と判定できるようになっています。つまり、3本の特異的プライマー/プローブの組み合わせを最低でも2セット使うことで、限りなく新型コロナだけを検出できるようにしてあります。

このようにいま使われているPCR検査は、どの標的に何が結合するのか、設計上完全にリファインされた技法であり、この点が、非特異的な反応も起こりやすい抗原検査や簡易抗体検査と違うところです。

それでも非常に稀に偽陽性が出ることはあります。それは上述したように、ほとんどの場合、検体の汚染などの検査ミスで起こります。日本では愛知県で24人、神奈川県で38人の検査ミスによる偽陽性の事例がありました(→PCR検査の管理と体制改善)。これらの検査ミス事例は、検体を「陽性」として報告した後すぐに訂正されました。あとは埼玉県で書類上の取り違えで誤って陽性と判定した事例があります。

日本で公表されている偽陽性の事例については、私が知る限り、上記の2事例62人であり、約40万人の検査陰性者に対する特異度は99.98%です。特異度の固定値を仮定するにしても、この日本の実績を無視して、なぜ分科会の医療専門家の方々は特異度99%を用いるのか、ベイズ定理による確率論を持ち出すのか、意味がわかりません。

SARS-CoV-2の検出については、限りなく偽陽性ということは起こらないので、世界的に見渡しても、偽陽性を問題にした論文もまったくと言っていいほど見当たりません。ましてや、日本の医療専門家が言っているような「偽陽性と判定されれば、非感染者にもかかわらず必要のない自宅待機やホテル療養などの措置を取られる可能性がある」のような主旨の論文や記事は皆無です。

偽陽性に関して、唯一私が目にしたものが米国の研究チームによる論文で、手術前の入院患者に対してSARS-CoV-2をスクリーニングした時に、偽陽性が発生した事例を報告しています [2]。この論文では、偽陽性が発生する可能性を三つ挙げています。一つは検体の汚染、二つ目はSARS-CoV-2に酷似した未知のウイルスが存在した場合、そして三つ目がプローブのオフターゲット結合による非特異的分解です。

未知のウイルスがPCRで引っかかる可能性はまったくゼロではないですが、これは、検出されたアンプリコンの塩基配列を解読しない限りわかりません。ブローブの非特異的結合・分解もやはり考えにくいです。私は、環境や食品からのウイルスや微生物の検出にブローブRT-PCRを数えきれないくらい実施してきましたが、一度たりとも偽陽性の反応が出た経験はありません。

もう一つ、査読前のプレプリント論文に偽陽性を論じているものがありますが、これは従来のウイルスの検出における偽陽性の発生率からSARS-CoV-2における偽陽性の発生を推測したものであり、その原因としてやはり検体の汚染に注意すべきことを述べています [3]

一方、SARS-CoV-2のPCR検査で偽陰性が出ることは割とあります。この原因の多くは、感染の初期段階での検体採取によって、あるいは検体そのものの採り方が悪くて検出限界以下のウイルス量しか存在せず、陰性と判定されてしまうことが挙げられます。

偽陰性の大きな問題は、それを陰性と判断してしまうことで感染を見逃すことです。その結果、院内感染を起こしたりすることもあります。つまり、院内感染防止のためには、時として偽陰性を疑え(陰性とするな)ということです。多くの偽陰性関連の論文では、具体的な数字を挙げての前提そのものはおかしいのですが、症状から見て疑わしい場合は、検査で陰性でも感染を排除せず、再検査するまで総合的に判断するべきという主張になっています [4, 5]

ましてや、PCR検査には偽陰性の問題があるから「検査は無意味」とか「検査を広げるのは問題」という主張の論文は皆無です。上記の偽陰性の論文を取り上げて、ツイッター上などで「検査無意味の論文が出た」などとコメントしている人たちがいることには閉口します。

上記の分科会会合で出た「偽陰性であれば知らずに感染を広げてしまうリスクがある」という言説を唱える人たちは、その論理破綻に気づいていないようです。ここで、100歩譲って感度70%のPCR検査を仮定しましょう。そうすると、100人の感染者を検査した時に70人は感染を検出して隔離できますが、30人は見逃すことになります。一方、まるっきり検査しなかったらどうなるでしょう。100人の感染者を全員見逃し、圧倒的に感染を広げてしまうことになるのです。どうすべきかは明らかです。

6. もう一つの懸念

安倍政権はコロナ禍の中経済活動促進へ舵を切っています。その最たるものの一つがGo Toキャンペーン事業です。そして政府専門家会議を廃止して分科会へと移行させたことは、政権の意向に沿うように組み替えしたともとれます。

そこで懸念されることは、政権の経済活動方針にそのままお墨付きを与える専門家組織として分科会が利用されることです。つまり、官邸や官僚が打ち出した結論を、そのまま了承する単なる御用会議に陥ってしまう懸念があるということです。分科会は独自性を出せるかどうか、その存在意義を問われていると思いますし、それがうまく機能すれば有効なコロナ対策が出てくると期待されます。

おわりに

分科会への、感染拡大防止策と社会経済活動の両立を持続させる方策の提言というミッションには、名目上は期待するものがあります。一方で、防疫対策と経済対策は本来分離・独立して進められるべき危機管理の原則があります。日本政府は敢えてこの原則に則らない方針を立てたわけです。その意味で、感染症専門家によるアドバイザリーボードの提言がより重要になってくるでしょう。

尾身分科会長は「経済との両立が求められており、感染リスクをどこまで許容できて、どこまで防ぎたいのか、国民的なコンセンサスが必要」との考えを述べましたが、まずは分科会には、防疫対策としての検査拡充へのより明確な方策を出してもらいたいと思います。

一方で、懸念されることは、いまだに医療専門家が専門用語を持ち出して主張することによって、検査拡大の方針の議論が歪められる可能性があることです。また、医療に関する指標(入院患者数、重症患者数、空き病床数など)は、感染症拡大抑制策とは直接関係なく、議論がすり替えられる懸念もあります。現在の防疫上の大きな課題は、感染症の治療に向けての医療態勢を考えることよりも、いかにして市中の感染拡大を抑え、安全安心の社会を保証するかということです。

医療専門家以外の方々が分科会に参画したことは、一応歓迎できるものです。とはいえ、経済の専門家が、感染拡大抑制が最大の経済対策であるということを再認識できるかということ、かつ彼らが医療専門家らの煙に撒く話に惑わされないことが重要になってきます。感染抑制対策も不十分なままに、政府による前のめりの経済活動の意図に利用されることもないように願いたいものです。人間の都合だけで、感染の広がりは抑えられるものではありません。

引用文献・記事

[1] 集中・MediCon:「新型コロナ対策」として 厚生労働省が行ってきた事. 2020.06.01. https://www.medical-confidential.com/2020/06/01/post-10798/

[2] Katz, A. P. et al.: False‐positive reverse transcriptase polymerase chain reaction screening for SARSCoV‐2 in the setting of urgent head and neck surgery and otolaryngologic emergencies during the pandemic: Clinical implications. Head & Neck First published 12 June 2020. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/hed.26317

[3] Cohen, A. N. and Kessel, B.: False positives in reverse transcription PCR testing for SARS-CoV-2. medRxiv Posted May 20, 2020. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.04.26.20080911v2

[4] Kucirka, L. M.: Variation in false-negative rate of reverse transcriptase polymerase chain reaction–based SARS-CoV-2 tests by time since exposure. Anal. Int. Med. 13 May 2020. https://www.acpjournals.org/doi/pdf/10.7326/M20-1495

[5] Woloshin, S. et al.: False negative tests for SARS-CoV-2 infection — Challenges and implications. N. Engl. J. Med. June 05, 2020. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2015897

拙著引用ブログ記事

2020年7月3日 第1波流行の再燃

2020年6月11日 ウイルスの変異とPCR検査

2020年6月1日 PCR検査の精度と意義

2020年5月2日 PCR検査の管理と体制改善

2020年3月24日 PCR検査をめぐる混乱

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題

流行第1波の再燃

はじめに

7月に入り、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の陽性確定者が増えてきました。東京都では二日続けての100人越えです。もっとも東京都の集計はどうもはっきりしないところがありますので、先月からすでに急激に増えていた可能性もありませす。とはいえ、このところ陽性者が急に増えてきたことは全国的な傾向のようです。

ここでは、陽性者数が増えてきたことについての解釈と、感染拡大抑制の対策についての個人的見解を述べたいと思います。

1. 第2波というよりも第1波の再燃

今日(7月3日)までの最近2ヶ月の陽性確定者の推移を図1に示します。今日の新規陽性者は東京で124人(図1上)、全国で250人(図1下)です。

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図1. 東京都(上)および全国(下)におけるCOVID-19流行状況ー7月3日までの新規陽性確定者数の推移(NHK集計データ[1] からの転載図に加筆).

5月25日、安倍首相は記者会見で「日本ならではのやり方で、わずか1ヶ月半で今回の流行をほぼ収束させることができた。まさに日本モデルの力を示したと思う」と述べました。

しかし、私は、これは収束というよりも、第1波の残り火がくすぶっている状態だけなので、経済活動が再開されれば、積極的な感染拡大抑制対策に行なわれない限り、1ヶ月後に再燃することを述べました(世界が評価する?日本モデルの力? )。事実3月下旬以来、全国レベルで見れば1日当たりの新規陽性者数は20人以下になったことはありません(図1下)。とても収束と言えるものではありません。

昨日、今日のテレビのニュースやワイドショーを見ていると「第2波の襲来か?」などと伝えていますが、第1波の再燃と捉えた方がよいと個人的には思います。本格的な第2波(マスコミ的には第3波)は今年の秋以降になると予測します。

ただし、この再燃は国内変異のウイルスの可能性もあります。もし、これまでの欧州型ウイルスと表現型が異なるウイルスの流行ということになれば、第2波とよばれるべきでしょう。しかし、国立感染症研究所は、この再燃流行になっているウイルスのゲノム解析情報を公表していません。

2. 流行モデルが示す再燃

感染症流行は、感染者がゼロにならない限り、人々が接触を再開すればまた元にも戻ることは感染症学や疫学の常識です。政府クラスター斑の西浦博教授(北海道大学)が描く流行予測についてのモデルは、これを如実に表しています [2]図2この図は東京都の動画アーカイブ(2020年5月15日)で見ることができますが、小池百合子都知事に対する西浦教授の説明で使われたものです。4月頭をピークとする東京のCOVID-19の流行パターンが、今後どのようになっていくかを予測したものです。

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図2. 東京都のCOVID-19流行を予測する西浦モデル(東京都動画アーカイブ[2]からの転載図に加筆したもの).

図からわかるように、何も対策がとらなければ6月下旬以降流行がぶり返し、4月前の感染拡大と同じようになるか、それ以上の流行が予測されています。クラスターのような高リスク伝播が10%削減されれば流行のピークがやや遅れ、30%減になるとかなり抑えられることを示しています。ただ、これが検査数や接触機会削減の程度とどのような関係があるかはよくわかりません。

図2で示すように、小池都知事は、何もしなければ流行がぶり返すというレクチャーを受けていたわけですから、このような事態は予測できたはずであり、それを避けるためのより積極的な対策もとれたはずです。にもかかわらず、部分的な"夜の街"の集団検査以外にはこれといった新しい対策はとられませんでした。先般、小池都知事は東京都の新しい指標を公表しましたが、感染症拡大抑制の対策としては、依然として何もありません(→東京都の新しい指標で思ったこと)。

3. 現状をどう見るか

いまの流行の再燃について、図1図2を比較しながら見ることについては、気をつけなければいけないことがあります。それは、現在と以前とではPCR検査の方針が違うので、新規陽性確定者の増加の見方については、その影響を考慮しなければならないということです。

図2の4月をピークとする流行時においては、クラスター対策とセットの積極的疫学調査の方針のために、重症化しやすい有症状者を優先的に検査し、無症状者は検査しないというものでした(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問)。したがって自ずから、重症化しやすい高齢者に偏った陽性患者が記録されていたということがあります。

しかも、相談・受診の目安が設けられて検査が抑制されていたために、全体的に検査を受けるまでのタイムラグを生じています。そうすると、検査を受けないまま自然治癒した軽症の人も相当いたと考えられます。つまり、この時期は、無症状感染者はもとより、軽い症状になりやすい若い世代の感染者ほどカウントされていない可能性があるのです。

一方いまは方針が変わり、無症状の濃厚接触者も検査され、集団検査も行なわれるようになりました。つまり、検査数は依然として十分とは言えないものの、以前よりははるかに網羅的に検査が行なわれているわけです。したがって、感染者の中心である20–30代の若者がやっと広範囲に検出されるようになったと言えます。今日のテレビの報道番組では、4月4日ときょう(7月3日)の陽性確定者の年齢構成の違いを示していましたが、まさしく検査の方針の違いが現れていると思います(図2)。

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図2. テレビの報道番組が伝える東京都の4月4日と7月3日の陽性確定者の年代別割合ー現在は圧倒的に20–30台が多い.

そうなると、4月4日と7月3日の陽性確定者数にはあまり違いはないものの、流行の状況はまったく異なる可能性があります。4月4日は多くの若い世代の感染者が検査から漏れている状況にあること、そして7月3日と比べて40–50代や60–70代がそれぞれ2.3倍、5倍の数になっていることを考えると、現在よりも相当流行が進んでいたと推察することができます。

逆に7月3日は4月4日よりも流行の前段階と考えると、これから著しく陽性確定者が増える可能性があります。たとえば、今後何も対策がとられなければ、4月4日と同じ40–50代、60–70代の陽性者数を数える頃には、全体としては450人/日の新規陽性者数になっている計算になります。現在のペースの倍加時間(約9日)とすれば、これは2週間後に当てはまる数字ということになります。

実際には人々の行動変容(例:マスク着用や物理的距離の確保)の意識や以前とは違い、検査・隔離が早くなっていることも考えれば、そして休日の検査数の減少を考慮すれば、感染者増加はより鈍化することもあり得ます。上記の450人/日に達する時期は少し後ろにズレて、7月末頃になるかもしれません。そしてこの増加分の多くは、以前は検査をされないで放置されていた市中感染者があぶり出されている分ということになります。

上記のように、図2の西浦モデルは、根拠となる新規感染者のパラメータそのものにバイアスがあるということになります。つまり4月をピークとする前回の流行は、無症状・軽症者や若年世代の多くの推定感染者数を除いた不正確な数字に基づくものであり、またこの数字に基づけば、正確に実効再生産数を割り出すことはむずかしかったということになるでしょう。そして、緊急事態宣言に伴う接触機会削減の効果の検証することも容易でないことがわかります。

この意味で、そして以前と今とでは異なる流行パターンの考え方をしなければならないほど、国が当初採ってきた検査限定適用とセットのクラスター対策は罪深いと思います。命と健康を守るために必要な事実を知る権利がある国民に対して、不利益とも言うべき不完全な、偏った疫学情報を生み出したことになるわけですから。

4. あらためて「検査と隔離」

国の対策の基となるCOVID-19流行のシミュレーションは、クラスター対策班の西浦教授が担っています。今後、政府専門家会議は分科会として位置づけられる予定ですが、形を変えたとしてもクラスター斑もいままで同様に仕事を行なうことになるでしょう。そこで私は、西浦モデルに期待したいのは、単純なクラスター伝播の削減や接触機会削減のみを対策として考慮するのではなく、「検査と隔離」の概念をパラメータとして入れてほしいということです。

これまで何度ととなく西浦教授のシミュレーション結果を見てきましたが、なぜか一切検査拡充と隔離の効果が考慮されていません。検査で隔離される感染者が多ければ多い程、それだけ感染の広がりは抑制することができます。にもかかわらず、これがパラメータと考慮されていないということは、クラスター戦略の当初のPCR検査抑制の方針が影響しているのでしょうか。

一方、九州大学の小田垣孝名誉教授(社会物理学)は、経済活動と感染拡大防止の両立を想定したシミュレーションモデルを使って、検査と隔離の効果を定量的に示しています [3]。ここで使われているのは一般的な「SIRモデル」を改良したモデルであり、公表値を使って独自に計算しています。

SIRモデルは、未感染の人(S)、感染者(I)、治癒あるいは死亡した人(R)の数が時間とともにどう推移するかを示す数式です。疫学の専門家でなくても理解できる平易な数式なので、国内外の多くの専門家や一般人がこの数式を改良しながら、さまざまな計算結果を導いています。

小田垣氏は、計算の前提として、無症状や軽症のため検査を受けずに生活を続ける「市中感染者」と、PCR検査で陽性と判定されて隔離生活を送る「隔離感染者」の二つに感染者を設定し、前者は周囲に感染させるが、後者は感染させないと仮定しています。さらに、陽性と判定されたらすぐに隔離されると仮定し、検査が増えるほど隔離感染者が増えて伝播が抑え込まれるということを考慮してモデルを改良し、計算しています。

モデルを使って、当時の流行状況に対して、異なる対策によって新規感染者数が10分の1に減るのにかかる日数を計算したところ、接触機会8割削減で23日、都市封鎖に相当する10割削減でも18日かかることがわかりました。一方、検査数が倍増するなら接触機会が5割減でも14日しかかからず、検査数が4倍増なら接触機会をまったく削減しなくても8日で達成するという結果になりました、つまり、接触機会削減よりも検査・隔離の拡充の方が対策として有効であることを示したことになります。

最近出版されたネイチャー誌論文では、COVID-19流行の抑制に検査と隔離が有効であることが報告されています [4]。この研究では、人口3,200人のイタリアのボー(Vo’)市において、市民85%以上をPCR検査しています。検査の標的はE遺伝子とRdRp遺伝子です(→ウイルスの変異とPCR検査参照)。その結果、陽性者の42.5%が無症状であり、無症状感染者が、有症状患者と同様のウイルス量を保持することも明らかにしています。

この街ではロックダウン前の陽性者の割合は2.3%だったのに対し、解除後では1.2%に減少しました。すなわち、集団検査と患者の隔離の迅速な対応が感染拡大抑制に有効なことが証明されています。論文では、感染者が自覚症状がない間にも伝播させる可能性を示唆しており、さらに全市民を検査することで、感染が拡大して手に負えなくなる事態が避けられる手段が得られると述べています。

おわりに

国の対策のための流行状況予測に関する提言は、クラスター斑が責任を担うものです。流行の再燃に際して、西浦教授には是非この小田垣モデルと同様な観点からの、経済活動を可能とするシミュレーション結果を示してほしいです。5月15日は、小池都知事に対して高リスクの伝播の削減効果を示しているわけですが、「クラスターを抑えればよいという旧態依然の概念」に基づくものであり、経済活動を優先したい都知事に対して新しい対策を促すほどの説得力はなかったかもしれません。いまはクラスターだけではなく、市中感染者も含めて、流行がリバウンドしていることを考慮する必要があります。

引用文献・記事

[1] NHK: 特設サイト 新型コロナウイルスhttps://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/#infection-status

[2] 東京都: 令和2年5月15日 東京都新型コロナウイルス感染症最新情報 ~小池知事から都民の皆様へ~<アーカイブ版>. https://www.youtube.com/watch?v=aI8zvZAdSTM

[3] 小田垣 孝: 新型コロナウイルスの蔓延に関する一考察. (第 1 稿 2020.5.8)(改訂第 5 稿 2020.6.22. http://www001.upp.so-net.ne.jp/rise/images/%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E4%B8%80%E8%80%83%E5%AF%9F.pdf

[4] Lavezzo, E. et al. Suppression of a SARS-CoV-2 outbreak in the Italian municipality of Vo’. Nature published June 30, 2020. https://doi.org/10.1038/s41586-020-2488-1

引用拙著ブログ記事

2020年7月1日 東京都の新しい指標で思ったこと

2020年6月11日 ウイルスの変異とPCR検査 

2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

                          

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題

東京都の新しい指標で思ったこと

東京都は6月30日夕方、今後の新型コロナウイルス感染症への警戒を呼びかけるための新たな指標を公表しました。今朝の(7月1日)の大手新聞の扱いは小さいですが(たとえば朝日新聞は26面)、一応にこの新指標を報道しており、テレビのワイドショー・ニュースでも取り上げています。

私は昨日の小池百合子都知事の記者会見を視聴し、そしてこれらのメディアの報道を観て、正直言って非常に残念に思いました。簡単に言えば、東京都の新しい指標に基づく取り組みは、警戒を発するための具体的な数値基準は設けず、医療提供体制の状況を重視しながら、各指標項目を総合的に分析するというものです。そして、東京都独自の専門家による分析を踏まえて、必要に応じて、不要不急の外出の自粛といった注意喚起を呼びかけていく方針といいます。要は、感染拡大抑制の対策の方針も根拠を伴った定量的基準がなく、まるっきり観念的な方針表明だと感じました。

都は、全業種への休業要請を解除するまでは、週平均で1日あたりの感染者が20人以上なら「東京アラート」を発し、50人以上なら「休業を再要請する」と、一応の数値基準を示していました(→緊急事態宣言の継続・解除の基準)。今後はこの数値基準を外し、感染のピーク時と比べて医療提供体制が確保できているなどとして、当面、経済活動を優先しながら新たな休業要請は求めないとしています。  

この数値基準外しに戸惑いを受けた市民も多くいるのではないでしょうか。昨夜のテレビが伝える街頭インタビューでも「漠然としている」、「数値なしにどのように行動変容したらいいのか」という市民の批判的意見が多く聞かれました。

今日のテレビのワイドショーがこれらの新たな指標を紹介していました(図1)。新しい指標は感染状況として「新規陽性者数」、「#7119[救急]における発熱等相談件数」、および「新規陽性者における経路不明者数・増加比」の3項目、医療提供体制として「検査の陽性率(PCR・抗原)」、「救急医療の"たらい回し件数」、「入院患者数」、および「重症患者数」の4項目で、合計7項目です図1左)。そして医療体制の整備として、1週間以内にレベル2の3000床の病床確保を医療機関に養成するとしています(図1右)。

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図1. テレビのワイドショーが伝える東京都の新型コロナ対策における新しい指標(TBSテレビ「ひるおび」2020.07.01).

記者会見で小池百合子都知事は、具体的な数値を設けなかったことに対して、「特定の数字だけをみてスイッチをオン・オフするということではなく、全体像をつかんでいかなければならない」、「医療体制が逼迫(ひっぱく)しているかどうかが一番重要なことなので、そこを項目として精査した」「必要な警戒をしながら感染拡大の防止と、経済社会活動との両立を図っていく」と説明しました。

これらの説明は、良く言えば、できる限り休業要請を避けて経済活動を維持するために、明確な数値基準を置かず、柔軟に運用できるようにしたということになります。言い換えれば、感染状況に関する数値基準を外すことで、都がひんぱんに方針変更をする必要がなくなり、市民の生活や事業者の営業活動に影響が及ぶことが避けられるということでしょう。

悪く言えば、経済活動優先のために休業・自粛要請をしたくない(それとセットの補償をしたくない)という意図と、ある程度の感染が起きてもとりあえず目をつぶり、やり過ごせるという考えが見え隠れしますし、後からの批判をかわすために、数値的基準を設けなかったということもあるでしょう。とにかく、都合の悪い情報はオープンにしたくないという意図が見えます。

この新指標の方針には、感染拡大の防止と、経済社会活動との両立」と言いながら、感染拡大防止の戦略がまったくと言っていいほど見えてきません。都が日々の感染状況よりも医療提供体制に軸足を置いたことを強調していることに、それが現れています。感染状況の指標に「東京消防庁への発熱相談件数」を追加してありますが、これはすでに感染が逼迫している状況の指標です。入院患者数も重症患者数も感染拡大の結果の指標です。あくまでも感染防止対策を施した上で、感染状況の指標がどうなるかという視点が必要なのです。

つまり、コロナと言う敵が攻めてくるのに、レーダー(検査)も使わず、前線でそれを叩くこと(隔離)も、かわすということ(物理的距離、接触削減)もせず、そこでたとえ被害が出ようとも、本丸(医療)を固めておけばよいという方針です。入院患者数やベッド数を挙げながら医療提供体制に軸足を置いたと強調することで、あたかも感染症拡大抑制対策をやっているように見せかけているところに大きな罪があります。

巷では、新規陽性者数について「今日は何人だった?」と毎日話題になるくらいになっています。この指標については、今後は休業・自粛要請に対する数値基準は示されません。理由の一つとして考えられるのは、東京アラートの失敗でしょう。前回のように、数値基準を設けてそれがオーバーした時にレインボーブリッジを赤くライトアップしてはみたけれど、結局基準を下回ることはなく、経済活動の邪魔にもなるし、あるいは都知事選も控えていることだし、さっさと引っ込めてしまった方が無難ということだったのでは?と思います。

言わば小池都知事の思いつきとやってる感出しのための東京アラートだったと推察できますが、陽性者の数値基準を設けても、そもそもそれが下がるような対策をしていないわけですから土台無理な話です。これは感染経路不明者数・増加比にも言えることです。これまでは、感染者数全体に占める感染経路不明者の割合を指標としてきましたが、50%というのはあり得ないほどの基準ですし、これでさえも従来のクラスター対策と同じようなやり方では絶対にクリアできません。

実際、東京都も政府も、流行抑制のための対策を何もやっていません。たとえば、夜の街、夜の街と名指して騒ぐなら、国と都は当該地域の集団検査でも区域の検体プール検査でも迅速かつ本格的に網羅的にやればいいわけです。検査の効率性を考えるなら、全自動PCR検査も、抗原検査も、唾液の検査も導入できます。QRコード接触追跡アプリがセットのICT活用もできます。

密閉、密集、密接のいわゆる3密だけではなく、無症状者が主要感染源であること [1]、大声を出すことがエアロゾル発生を増やすこと [2]、症状が軽ければ自宅に留まることもなく、移動によって感染させる機会を増やしてしまうこと [3] が、事実および想定として重要なことです。これらを考えれば、「夜の街」への検査も注意喚起も行動変容勧告も、行政はより積極的に実施できるはずです。

県知事や経済・医療の専門家らおよそ110人のグループは、ことしの秋までに医療や検査の態勢を強化すべきとの提言をまとめています。その中には、11月までにPCR検査20万件/日ができる体制整備を行なうことが含まれています。このグループを代表して、政府の諮問委員会の委員を務めている小林慶一郎氏(東京財団政策研究所 研究主幹)や湯崎英彦広島県知事らが、オンライン記者会見を開いて発表しています [4]

いや11月ではもう遅いです。私は、緊急事態宣言が解除された際のブログ記事「世界が評価する?日本モデルの力?」で、東京都民の検体プール検査が1ヶ月で終了できる、首都圏1日5万件のPCR検査体制を全自動検査機の導入とともに至急進め、区域毎のサーベイランスを開始すべきだと述べました。もうそれから、1ヶ月以上も経過しています。全自動検査機導入に至っては2月から言及しています(→新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策)。政府も都も一体何をやっているのでしょうか。

テレビや新聞では、ここ1週間、都内の新たな感染確認は平均50人以上と高止まりしていると報道しています。この状況について、都は「警戒すべき段階」としつつ、いわゆる夜の街関連での感染者が主体であり、市中感染が広がっている状況ではないと説明しています。いやはや、メディアや都も何という楽観的な見解でしょうか。

第1波は収束しておらず、消火しきれなかった残り火が再燃し、今急激に拡大しようとしている状況です。先のブログ記事「緊急事態宣言の継続・解除の基準」で述べたように、流行収束は少なくとも2週間以上感染者が出ないことを前提とするべきであり、感染者ゼロでない限り、そして具体的な感染拡大防止策がない限り、緊急事態宣言も休業要請も解除すべきではなかったのです。

図2に示すように、6月末までの東京都の陽性患者数は大きく増減していますが、都や保健所に寄せられる相談件数は、最大時期に比べても半分も減っていません [5]第1波の流行は健在なのです。都は、新しい指標の大半の項目については、これまでのものを踏襲した形ですが、項目の一つだった都と保健所の受診相談窓口への相談件数は、東京消防庁への発熱相談件数に変えました。図2からわかるように、保健所の受診相談窓口への相談件数を指標にすると、都合が悪いからです。

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図2. 東京都の6月までにおける陽性患者数と相談件数の推移 [5].

4年前、小池氏は東京都の政治・行政はブラックボックスだと訴えて、都知事選に勝利しました。しかし、今まさに、彼女自身が新型コロナ対策を通じて、東京都政をブラックボックス化していると言えるのではないでしょうか。陽性者数の増加を見込んで、あるいはすでに知っていて、新しい指標を発表したのかと疑いたくもなります。

いま都知事選の街頭演説の真っ盛りです。一度たりともマスクもフェイスシールドもせず、集まった聴衆に向けて大声で訴える候補者を見るにつけ、どんなに聞こえのよいことも言ったとしても、この候補者は大衆のことは考えていないと思う次第です。

引用文献

[1] Ferretti, L. et al.: Quantifying SARS-CoV-2 transmission suggests epidemic control with digital contact tracing. Science 368, eabb6936 (2020). https://science.sciencemag.org/content/368/6491/eabb6936

[2] Asadi, S. et al.: Aerosol emission and superemission during human speech increase with voice loudness. Sci. Rep. 9, Article number: 2348 (2019). https://www.nature.com/articles/s41598-019-38808-z

[3] Kupferschmidt, K. and Cohen, J.: Will novel virus go pandemic or be contained? Science 367, 610-611 (2020). https://science.sciencemag.org/content/367/6478/610.long

[4] NHK政治マガジン: PCR検査 主要国並み1日20万件に強化を」提言. 2020.06.18. https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/40006.html

[5] 東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト: 都内の最新感染動向. https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/

引用拙著ブログ記事

2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?

2020年5月15日 緊急事態宣言の継続・解除の基準

                

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カテゴリー:社会・時事問題

 

新型コロナウイルス抗体検査の状況ー抗体は長続きしない

はじめに

前のブログ記事「新型コロナウイルス抗体検査陽性の意味」では、新型コロナウイルスSARS-CoV-2抗体検査の陽性の意味について考えました。ある人が抗体検査を受けて陽性の反応が出れば、単純にSARS-CoV-2に感染したという証明になります。これが抗体陽性の一義的な解釈ですが、現状においては、それがどの程度維持されるのか、そして再度感染をしないだけの免疫力があることを意味するのかどうかについてはわかっていません。

したがって、現時点での抗体検査は、個人レベルでの免疫パスポートのような使い方ができるものではなく、あくまでも疫学的な意味での集団レベルでの感染状況を知る手段であるという共通認識に留まる段階です。しかも検査キットによっては、抗原としてのSARS-CoV-2以外にも非特異的に反応する偽陽性の問題があるので、集団の中での非常に低い陽性率が得られた場合は、その数字そのものに基づいて議論することはあまり意味をもちません。

最近世界各国のみならず、日本国内でのSARS-CoV-2抗体獲得者の調査が進み、抗体の研究についても新しい知見が報告されるようになりました。厚生労働省も3都府県における抗体調査結果を発表しました [1, 2]。このブログでそれらをまとめながら考察してみたいと思います。

1. 厚労省による調査

6月16日、加藤勝信厚生労働相閣議後の会見において、国主導のSARS-CoV-2抗体検査を東京、大阪、宮城で実施したことを発表しました。抗体陽性率は東京が0.10%、大阪が0.17%、宮城0.03%だということでした(詳細は表1参照)。抗体がSARS-CoV-2への再感染をどの程度防ぐ効果があるのか、国立感染症研究所でさらに研究すると述べていました。この調査概要は図1に示すとおりです。

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図1. 厚生労働省による抗体調査概要(厚労省HPより転載).

厚労省主導による抗体調査は、2020年6月1日~7日にかけて、東京都、大阪府宮城県在住の20歳以上の一般住民を無作為抽出して行われました [2]。被検者は東京都1,971人、大阪府2,970人、宮城県3,009人の計7,950人です。今回の調査で特徴的なことはその方法です。従来発表されているような簡易キットを使う方法ではなく、大型測定装置を用いる精密検査と呼ばれるものであり、かつ陽性の判定をより正確に行うため、2種の検査試薬の両方で陽性が確認されたものを「抗体保有」と判定しています。

用いられた測定法は、米国・アボット(Abbott)社の化学発光免疫測定法(CLIA法)およびスイス・ロシュ(Roche)社の電気化学発光免疫測定法(ECLIA法)であり、それぞれメーカーの大型精密装置を使って自動検出されています。参考として、米国モコバイオバイオテクノロジー(Mokobio Biotechnology)社の蛍光免疫測定法(FIA法)の試薬・装置が用いられています。

結果は厚労省のホームページで公表されています(表1)。にあるように、二つのメーカーの測定法でいずれも陽性と判定された人は、東京で2人(0.10%)、大阪で5人(0.17%)、宮城で1人(0.03%)という少数でした。

表1. 厚労省のホームページにある抗体保有調査結果 [2].

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2020年5月31日時点の東京都、大阪府、および宮城県の累積感染者(陽性患者)数は、それぞれ5236人、1783人、88人であり、人口の0.038、0.020、0.004%に当たります。したがって、単純に抗体保有者数は感染者数と比較すると2.6–8.5倍(平均6.2倍)多いということになります(図2)。

この結果をそのまま解釈すれば、検査で検出されなかった無症状感染者や、検査で確定されていないCOVID-19有症状者や死亡者が相当いることを暗示させます。そして、公表の感染者を対象として抗体保有者として調べられていないことと(表1に含まれていない)、後述するように、抗体は消失する可能性もあるので、実際の感染者数はもっと多いのではないか(ざっくり言って公表感染者数の10倍程度)と推定されます。

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図2. 東京都、大阪府、および宮城県におけるSARS-CoV-2抗体保有者と感染者(陽性確定者)の割合の比較.

現在、国内で出回っている抗体検査薬・簡易キットは約15製品ですが、これまでの性能評価では性能がよくなかったり、不明とされるものがありました。一方、今回の抗体調査は、大型の機器を使ういわゆる「精密検査」であり、使用されたアボットとロシュの抗体検査薬は、米国食品医薬品局(FDA)の性能評価で精度が高いとされています。それでも、偽陰性偽陽性が一定の割合で出てくる問題はあります。

表1を見ると、アボット法とロシュ法のいずれかで抗体陽性となった割合が、東京で0.4%、大阪で0.71%、宮城で0.27%出ています。今回これらは抗体保有者から外されていますが、これらを偽陽性と判断するかどうかで大きく結果に影響します。つまり、表1の結果はいずれも陽性率が低いため、検査の精度から考えると、誤差の影響を大きく受けてしまうということです。

今回の抗体調査結果から、一応図2のような傾向は出せますが、その値の小ささと任意選択の対象者しか調べられていない(PCR確定感染者は外されている)という観点から、数字そのものについての解釈はむずかしいところでしょう。とはいえ3都府県で同様な傾向が見られるので、「日本人のほとんが感染していない」、そして「公表の感染者よりもはるかに多い感染者がいた」ということは確実に言えると思います。

この数日、テレビのワイドショーなどでも厚労書の精密抗体調査の結果を伝えていました。図3は今日放送されていた内容です。日本は欧米と比べる抗体陽性率がきわめて低いことがわかります。

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図3. テレビのワイドショーが伝える国の精密抗体調査結果と海外の結果との比較.

2. 岩手県での調査

これまで全国都道府県のなかで、唯一COVID-19の患者および感染者が確認されていないのが岩手県です。ただし、先のブログ記事「超過死亡に見る日本の新型コロナ対策と医療事情」で述べたように、岩手県でもこの春の超過死亡については、平年に比べて増加しています。とはいえ、本県内での公表感染者が記録されていないことを考えると、本県内での抗体獲得者の割合を調べることは非常に意義あることです。

岩手県立中央病院(盛岡市)の中村明浩災害医療部長らの研究グループは、ことし4月–5月に行われた院内医療従事者の健康診断で採取した血液サンプル1,000人分について抗体検査を実施しました。その調査結果は、6月19日、査読前論文集メドアーカイヴに発表されましたが、抗体を保有している人が1人もいないことが分かったということです [3]

筆頭著者である中村医師は、今回の結果を感染者が出ていないことを裏付けるデータの1つだと分析しています。県内の感染状況をどの程度反映しているかは不明だとしても、感染リスクが高いはずの医療従事者の中に抗体陽性者がいなかったことは、県内で過去に感染した人が限りなくゼロに近いと考えられます。

3. 従前の調査結果との比較

従前の国内の抗体検査については先のブログ記事「新型コロナウイルス抗体検査陽性の意味」でも紹介していますが、医療従事者や病院での一般受診者の数百〜数千人を対象とした簡易検査キットによる調査がほとんどです。それらの調査によれば抗体保有率1–5.9%が得られており、上記の国の調査に比べて陽性率が高くなっています。この理由として、主として病院に関わる被検者というサンプリングバイアスや検査キットの偽陽性の問題が挙げられます。

一方、多人数および広範囲の被検者の対象としたものとして、ソフトバンクグループによる簡易抗体調査があります。この調査では、全国の社員と取引先社員3万8216人、および医療従事者5,850人を対象として行われ、6月9日に結果が発表されました [4]

この調査においては、ソフトバンク・取引先ではOrient Gene社、医療機関ではINNOVITA社の簡易検査キットが用いられました。それによると。全体の抗体陽性率は0.43%で、このうちソフトバンク・取引先の被検者については0.23%、医療従事者については1.79%の抗体陽性率でした。医療従事者の方が陽性率が高いというのは、納得が行くところです。

ソフトバンク・取引先の中では、店頭スタッフが0.04%、社内業務や営業、技術などのオフィス社員が0.17%、コールセンターでは0.41%が陽性でした。そして、コールセンターの陽性者29人のうち24人が、一カ所のコールセンターに所属していましたが、これはよく言われる集団発生のパターンを現していると思います。医療従事者の中で最も陽性率が高かった職種は受付・事務の2.0%であり、以下順に医師1.9%、看護師1.7%、歯科助手0.9%、歯科医師0.7%となりました。

このソフトバンクの調査では、全体の抗体検査陽性者191人のうち、42人に対しては前後してSARS-CoV-2のPCR検査も行われています。この42人の中で、13人がPCR陽性、29人が陰性でした。PCR陽性者13人のうち、11人は先にPCR検査を受け陽性となった人であり、あとの2人は抗体検査で陽性となった後にPCR検査を受けて陽性となった人です。つまり、PCR検査陽性者はすべて抗体検査でも陽性となっています。

PCR検査で陰性と判定されたにもかかわらず、その後の抗体検査では陽性となった人が29人いたという事実は、一部抗体検査の偽陽性の可能性があるにしても、ウイルス感染がPCR検査で見逃されていたということになるでしょう。しかし、これはPCR検査自体の精度の問題ではなく、主に検体の採取の仕方と採取時期の問題と思われます。感染の初期であれば検出限界以下のウイルス量しか存在しない可能性があり、鼻咽頭からの採取法が悪ければ検出に必要なウイルス量を取り損なうこともあります。つまり、時空間的に異なる検体に依存する診断特性としての「感度」低下の問題です。

COVID-19を疑う症状があるのに、PCR検査では陰性が出る場合には、そのまま陰性と判定するのではなく、疫学的、臨床学的に総合的に判断すべきというのが、繰り返し論文で指摘されています [5, 6]。つまり「偽陰性を疑え(=感染の可能性を排除するな)」ということです [7](→PCR検査の精度と意義)。そうした患者の診断においては、唾液のPCR検査とともに、抗体検査が役立つ可能性があります [8]

厚労省が行なったような精密抗体検査は、そのほかでも行われています。新型コロナウィルス抗体検査機利用者協議会は6月4日、児玉龍彦名誉教授(東京大先端科学技術研究センター)をプロジェクトリーダーとする研究グループによる精密抗体調査結果を発表しました [9]。本年5月、都内において2回に分けて採血された1,000人のサンプルを対象として調べたところ、7人が抗体(IgG)を保有していました。つまり抗体保有率0.7%です。

一方で、この協議会参加の医療機関で2019年以前の検体100例を測定した結果、陽性例はなかったとされています。つまり、本精密抗体検査の結果は、SARS-CoV-2の感染状況を現すものとして信頼度が高いということになります。そして厚労省による精密抗体調査の結果と照らし合わせると、やはり人口が多い首都圏でさえも日本ではほとんどの人が感染していない(感染率<1%)ということが言えかもしれません。

児玉名誉教授らの精密抗体分析については、NHKの番組「クローズアップ現代」でも取り上げられていました [10]。放送の中で興味深かったのは、福島の病院の医師や看護師など680人の血液の精密抗体検査の結果です。これらの検体の中で6人が陽性と判定されたことを受けてPCR検査を行われましたが、現在の感染は確認されず、しかも、これまでも感染を疑う症状はなかったということです。つまり、この6人は過去に感染したものの、無症候性のままウイルスが消失したと考えられるのです。

この結果は、病院内のどこが感染源であったかを検証し、さらに感染防止のためにはどのような措置を施せばいいのかという、将来への備えに対する有用な情報を与えるとされていました。抗体調査情報の一つの活用例を提示しています。

番組内でもう一つ興味深かったのは、蔵野信准教授(東京大学医学部附属病院 臨床検査医学)の話です。彼は「抗体が早く上がる人もいれば、あまり上がらない、遅く上がってくる人もいる」「抗体価が早く上がるような人は重症化しやすいことが分かってきた」と述べています。すなわち、IgM抗体は、軽症の患者の場合は発症後あまり増えず、重症化患者の場合は急激に増える傾向にあるとしています。

4. 抗体の持続性に関する研究

中国の研究グループが報告したCOVID-19の患者285名の抗体検査では、発症後19日以内にすべての患者で抗体IgGが見られたとしています [8]。この研究で興味深いのは、最初にIgMがつくられ、後でIgGが生産されるという通常の抗体発現のパターンではなく、両方の抗体が同時に作られるということです(図4)。そして、それらの抗体価が6日以内にプラトーに達するということが認められています。したがって、PCR検査で陰性の場合や無症状者の場合の感染同定に、IgG抗体検査が有用であるかもしれないと述べられています。

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図4. COVID-19発症後のSARS-CoV-2へのIgMとIgG抗体の反応(文献 [8]からの転載図).

ところが、最近上記と同じ中国の研究チームによって、抗体検査の有用性に課題を投げかけるような論文が出されました [11]。この研究チームは、37人の有症状患者と37人の無症状感染者のSARS-CoV-2に対する抗体のでき方を比べました。その結果、無症状者は有症状者よりも弱いIgG抗体価しか得られませんでした。そして、回復期において90%の人で抗体価が低下し、有症状者の12%および無症状者の40%において、比較的早い段階でIgG抗体が消失したとしています。

これらの結果は、SARS-CoV-2に感染後、それに対するIgG抗体は(とくに無症候性者においては)ウイルスが消失した後2、3ヶ月程度しかもたないかもしれないということを暗示するものです。コロナウイルスの抗体が消失しやすいことは、すでに古い論文で指摘されています [12]図4のIgGの立ち上がりのデータは交差免疫があるかもしれないと思わせるものですが、同研究グループによる追試研究の結果はこれを打ち消しするかのようです。やはり、感染して免疫を獲得したとしても、長期間それが持続するということはないのかもしれません。

集団を対象とした抗体調査は、過去の感染状況の把握に有用であることは間違いなく、疫学情報の収集にとってきわめて重要です。しかし、その調査時期によっては、感染の実態を過小評価してしまうという懸念も出てきました。

そして、上記の中国の研究グループのデータは、ワクチン開発にも微妙な影響を与えます。これまでコロナウイルス感染症については、ワクチンが実用化された例はありません。SARS-CoV-2については、mRNAワクチンDNA(アデノウイルスベクター)ワクチンが治験段階に入っていますが、早期に開発に成功したとしても、運用上の困難さがあらためて出てくるかもしれません。すなわち、これらの核酸ワクチンを接種して中和抗体を得たとしても長続きしない可能性があるのです。

おわりに

これまでのSARS-CoV-2の抗体に関する研究においては、感染をすれば抗体ができることが確認されているものの、抗体検査で検出されている抗体が、再度の感染を防ぐ能力があるかどうかはまだわかっていません。しかも無症候性感染者の場合は抗体価が弱く、持続性もなさそうなことがわかってきました。一頃言われた、抗体検査を経済活動のための免疫パスポートとして使うことなど、実際上むずかしいでしょう。

厚労省が行なった精密抗体調査を含めて、これまでの国内の抗体調査結果をみると、日本では欧米と比べてほとんどの人が感染していないことが言えます。民間のクリニックなどでは、簡易の抗体検査を実施しているところがたくさんあるようですが、このような低い感染率の状況下においては、あえて精度の低い簡易検査を個人が受けることにあまり意味はないでしょう。せめて「かかっていなかった」という安心材料を与えるくらいでしょうか。

一方で、一定規模の集団を対象にした抗体獲得率に関する疫学調査は、これまでの感染状況の検証にとってきわめて重要と思われます。とくに精密抗体調査は威力を発揮することでしょう。そして、第2波、第3波の流行も警戒されるなか、抗体調査に基づく感染の実態の疫学情報は、今後の感染流行対策の立案に生かされるべきだと思います。

さらに核酸ワクチンが実用化されても、その運用上においては、獲得抗体が長持ちしないという問題が出てくる可能性があり、頻繁に接種するなどの対応に迫られるかもしません。

引用文献・記事

[1] 富田洸平、後藤一也、野口憲太、服部尚: 抗体検査の陽性率発表 東京0.1%、大阪0.17%. 朝日新聞デジタル. 2020.06.16. https://digital.asahi.com/articles/ASN6J3H1YN6JULBJ001.html

[2] 厚生労働省: 抗体保有調査の結果について. 2020.06.16. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11892.html

[3] Nakamura, A. et al: Seroprevalence of antibodies to SARS-CoV-2 in healthcare Workers in non-epidemic region: A hospital report in Iwate Prefecture, Japan. medRxiv Posted June 19, 2020. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.06.15.20132316v3#disqus_thread

[4] 安藤 亮: 全国4万人規模の抗体検査、0.43%が陽性. 日経メディカル 2020.06.11. https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t344/202006/565972.html

[5] Fang, Y. et al.: Sensitivity of chest CT for COVID-19: comparison to RT-PCR.Radiology Published Online Feb. 19, 2020 https://pubs.rsna.org/doi/10.1148/radiol.2020200432

[6] Kucirka, L. M.: Variation in false-negative rate of reverse transcriptase polymerase chain reaction–based SARS-CoV-2 tests by time since exposure. Anal. Int. Med. 13 May 2020. https://www.acpjournals.org/doi/pdf/10.7326/M20-1495

[7] Woloshin, S. et al.: False negative tests for SARS-CoV-2 infection — challenges and implications. N. Engl. J. Med. Published June 5, 2020. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2015897

[8] Long, Q.-X. et al.: Antibody responses to SARS-CoV-2 in patients with COVID-19. Nat. Med. 26, 845–848 (2020). https://www.nature.com/articles/s41591-020-0897-1

[9] 新型コロナウィルス抗体検査機利用者協議会: 新型コロナウィルス抗体 第二回東京の500例測定結果について. 2020.06.04. https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/report/20200604.html

[10] NHKクローズアップ現代: 第2波への備えとなるか“精密抗体検査” 2020.06.17. https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4430/index.html

[11]Long, Q.-X. et al.: Clinical and immunological assessment of asymptomatic SARS-CoV-2 infections. Nat. Med. Published 18 June 2020. https://www.nature.com/articles/s41591-020-0965-6

[12] Callow, K. A. et al. The time course of the immune response to experimental coronavirus infection of man. Epidemiol. Infect. 105, 435–446 (1990). https://www.cambridge.org/core/journals/epidemiology-and-infection/article/time-course-of-the-immune-response-to-experimental-coronavirus-infection-of-man/6C633E4EFDAEB2B4C0E39861A9F88B01

引用拙著ブログ記事

2020年6月1日 PCR検査の精度と意義

2020年5月5日 新型コロナウイルス抗体検査陽性の意味

                   

カテゴリー: 感染症とCOVID-19

 

新型コロナ死亡の情報を不明確にする行政

はじめに

先のブログ記事「超過死亡に見る日本の新型コロナ対策と医療事情」で、日本のこの春における超過死亡新型コロナウイルス感染症COVID-19)対策との関係について記しました。例年と比べて都府県によっては10%以上も高い超過死亡が出ていることは、明らかにCOVID-19に関わる死亡が多いことを推測させるものです。

しかし、公表されているCOVID-19の死者数は、今日(6月15日)時点で929人であり、超過死亡全体数と比べると圧倒的に少ない数です。おそらくこの中には、カウントされていない隠れコロナ死者が相当含まれているのではないかと推測させるものです。

一方で、感染者が死亡として確認されている中でも、コロナ死者から除外されることも起きています。このような隠れコロナ死者やコロナ死者の定義に関係する報道が、新聞やテレビニュースで流れていましたので、これらをまとめてここに記したいと思います。

1. 20代の死亡

まずは、厚生労働省のホームページに掲載されている、COVID-19の感染者と死亡者の年齢別割合を図1に示します。感染者は20代をトップとして20–50代の若年層に多いことがわかります(図1左)。一方、死亡者は年齢が高くなるにつれて多くなり、ほとんどが60代以上に集中していることがわかります(図1右)。

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図1. COVID-19の国内発生動向(厚生労働省ホームページ [2020年6月15日]からの転載図).

ここで死亡者の図で注視しなければならないことは、20代以下の年齢層で死亡者がゼロになっていることです。これは以下に記すように、事実を正確に伝えていません。

日本相撲協会は、5月13日、大相撲の高田川部屋に所属する三段目の勝武士(本名・末武清孝さん)が新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全のため東京都内の病院で亡くなったことを発表しました [1]。28歳でした。大相撲でCOVID-19で力士が亡くなったのは初めてであり、また20代の死亡も日本で初めてです。

相撲協会によると、末武さんは4月4日ごろから発熱症状、けん怠感のほか、息苦しさなどの症状を訴えていましたが、受け入れ先の医療機関が見つからなかったそうです。4月8日にやっと都内の病院に入院しましたが症状が悪化し、4月10日になってPCR検査で陽性が確認されました。そして4月19日から集中治療室で治療を続けていました。しかし、1ヶ月近くの闘病もむなしく死亡に至りました。

この国内初の20代のCOVID-19患者の死はテレビや新聞で大きく報道されましたが、保健所に電話がつながらず、診療機関をたらい回しされるなどの例が多発している発症者の受け入れ問題も、あらためて浮き彫りになりました。

厚生労働省が把握しているかぎり、20代以下の人が死亡したのは初めてだということです。ところが、末武さんの死からすでに1ヶ月が経過しているにも関わらず、上述したように、ホームページ上では20代の死亡がゼロになっているのです。

日刊ゲンダイは、この件について厚労省に問い合わせしたことを記事にしています [2]。それによると、厚労省では自治体からの情報を集計しているが、20代の死亡は自治体から上がってきていない」(対策本部広報班)となっています。

ところが、同日の同紙の取材に、東京都の感染症対策課は「20代の死者は、厚労省に報告している」と回答しています。私も見てみましたが、確かに、「新型コロナウイルスに関連した患者の死亡について(第344報)」に「番号/9、年代/20代、性別/男性、居住地/都内、診断日/4月10日、死亡日/5月13日」との記載があります [3]

ここからの厚労省の対応はテレビでも報道していました。メディアの問い合わせに対して厚労省は「東京都が20代の死者を発表していることは承知しているが、正式なルートで詳細を記した個別の具体的な報告が上がってきていない」と答えています。一方で東京都は、「第344報のように日々の報告をしているだけであり、従来から厚労省に詳細な報告はしてもいないし、厚労省から詳細な個別的な報告も求められていない」(前出の感染症対策課)と答えています。

東京都の第344報には上記のNo.9も含めて2名の死亡者の記録がありますが、厚労省はこの2名とも統計データに入れていないと言うのでしょうか。厚労省の言い分だとそういうことになります。それとも意図的に20代の死亡だけ外しているのでしょうか。

 「一体どちらが悪いのか」という問いは別にして、厚労省は国として正確な疫学的情報に基づく統計データを作成する義務があります。各メディアが相撲界から20代の死亡者が出たことを大々的に取り上げていたので、当初から厚労省の担当者が知らないわけがありませんし、メディアからの取材もきているわけですから、同省は適切に対応すべきでしょう。

現状では厚労省は、20代のコロナ死亡者を認識しながらその記載を放置し、1カ月近くも国民を欺き、そしてWHOを含めた世界の統計機関に“誤報”を発信し続けているということになります。彼の死を公表記録上なかったことにすることはできません。

このような情報の隠蔽や改ざんと思われるようなことは、厚労省管轄の国立感染症研究所のインフルエンザ・肺炎の超過死亡のグラフにも見られます(→超過死亡に見る日本の新型コロナ対策と医療事情)。

さらに、自身のツイッターをTL上から消したり、政府専門家会議の議事録を作らなかったりする厚労省情報隠蔽体質は枚挙にいとまがありません(→感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと)。

2. 自治体によるコロナ死亡の記載除外

 新聞やテレビでは、自治体によってCOVID-19の死亡の捉え方が異なることも報道しています [4, 5]。つまり、COVID-19の患者が死亡した場合でも、それをコロナ感染による死亡としないという奇妙な統計的取り扱いの事実です。

まず埼玉県ですが、COVID-19患者として公表した人のうち、13人の死亡が確認されていたにも関わらず、これをコロナ感染による「死者」として発表していなかったことがわかりました(図2)。この理由として、県は「死因は別にある」と判断し、COVID-19による死者から除外したとしています。

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図2. 埼玉県がCOVID-19死亡者13人を「コロナ」死者から除外したことを伝えるTVニュース(TBSテレビ「NEWS23」2020.06.15)

埼玉県は、上記の13人について「死亡後の退院」として「退院者」の統計に含めており、「コロナによる死亡かそうでないのか、区別するのは当然だ」と話しているようです [4]

埼玉県は、保健所を通して主治医に死因を聞き取り、死因を記録しているようですが、医師による死亡診断書の原因欄に「ウイルス性肺炎」と記載されているにもかかわらず、コロナ死亡から除外されている例もあるとされます [4]。県が「コロナによる死者を少なくしようといった意図はない」といくら主張したとしても、恣意的に統計データをとっている疑いは拭えません。

このようなCOVID-19患者の死亡について死因が別にあるとした例は、後述するように横浜市や福岡県でも発生しています。

 COVID-19の重症者では呼吸器系症状のみならず、全身症状になることはすでに知られています。コロナに感染すると血栓症になりやすく、脳梗塞心筋梗塞を起こしやすいほか、多臓器不全などで死亡することもあります(→COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価)。その場合、死亡した原因がコロナではないと、どのように見分けるのでしょうか。

3. 新型コロナウイルス感染症の「死者」の定義がない?

新聞やテレビはまた、COVID-19の「死者」の定義が、自治体ごとに異なることを報道しています。感染者が亡くなった場合、多くの自治体がそのまま「コロナ死者」として集計していますが、上記の埼玉県の例があるように、一部では死因が別にあるとして、コロナ死者から除外しています。この原因として、国が「コロナ死者」について明確な定義を示しておらず、各自治体がバラバラに独自に判断していることが挙げられます。

読売新聞は47都道府県と、66市の計113自治体に対し、コロナ死者についての集計方法などを取材しています[5]。それによると、これまで感染者の死亡を発表した62自治体のうち44自治体は、死因に関係なくすべてコロナ死者として集計していました。その理由として、「高齢者は基礎疾患のある人が多く、ウイルスが直接の死因になったのかどうか行政として判断するのは難しい」、「全員の死因を精査できるとは限らない」などが挙がっています。

一方、13自治体は、「医師らが新型コロナ以外の原因で亡くなったと判断すれば、感染者であっても死者には含めない」という考え方を示しています [5]。このような除外事例は、すでに埼玉県、横浜市、福岡県で起こっています。

福岡県では、県と北九州市でコロナ死者の定義が異なるという事態となっています。北九州市では、COVID-19患者が亡くなればすべて「コロナ死者」として計上していますが、福岡県は、医師の資格を持つ県職員らが、主治医らへの聞き取り内容を精査して「コロナか否か」を判断しています(図3)。

この結果、これまでに4人の感染者について、北九州市は「コロナ死者」として計上し、県は除外するというズレが生じているのです。

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図3. 福岡県と北九州市で「コロナ」死者の判断が異なることを伝えるTVニュース(TBSテレビ「NEWS23」2020.06.15)

厚労省では、都道府県のホームページ上の公表数を積み上げてコロナ死者数を算出し、この死者数をWHOに報告しているとメディアの取材に答えています。そうなると、上述した20代の死者が除外されていることとは矛盾しますが、それはともかく、より正確な疫学的統計情報を得るためにも、「コロナ死者」についての定義を自治体に知らせる義務があるでしょう。

新聞記事 [5] は、新谷歩氏(大阪市立大学教授、医療統計)による「死者数は世界的な関心事項で、『自治体によって異なる』では、他国に説明がつかない。国際間や都道府県間での感染状況を比較するためにも、死者の定義を国が統一し、明示すべきだ」という指摘を載せています。

さらに記事では、大曲貴夫氏(国立国際医療研究センター・国際感染症センター長)による「第2波に備える意味でも、ぜひ定義を統一してほしい」というコメントと、「迅速性が重要なので、人の判断を挟まない方法がよいのではないか」という提案も載せています [5]

上述したように、全身症状に及ぶとされるCOVID-19について、その死因について断定することはきわめてむずかしいと思われることは、素人でもわかります。すでに多くの自治体でも採用しているように、感染が確定してからの入院中の死亡については、すべて確定コロナ死者として記録するというのが最も合理的だと思われます。

おわりに

日本は今回のCOVID-19流行で、超過死亡の統計情報のみならず、現行のコロナ患者の死者の統計についても、誠にお粗末であること、情報後進国であることを露呈してしまいました。厚労省も含めて、日本の行政は一体どうなっているのでしょうか。本来は政治の力でこのような問題を是正していくのでしょうが、肝心の現政権が隠蔽体質であることも考えると、まったく政治力が働いていないとも言えます。

厚生労働省国際課によると、世界保健機関WHOから死者の定義は示されていないとうことらしいですが、同省が定義を示さなくてもよいという理由にはなりません。何よりも正確な定義に基づく統計情報は、国民の生命と健康を考える上においても、そして第2波の対策を立てる上においてもきわめて重要になります。「国が統一的な定義を示してほしい」という声は、自治体からも専門家からも上がっていますが、当然でしょう。

同省は、「人口動態統計」を毎年公表していますが、現在のコロナ死者の数字は自治体の発表に基づく速報値・目安であるとの見解を示していますので、この人口動態統計でコロナ死者数が見直され、同省の意図も加担して、少なくなる可能性もあります。

 引用文献・記事 

[1] NHK WEB大相撲 新型コロナ感染の力士が死亡 28歳 20代以下は初めて. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200513/k10012428091000.html

[2] 日刊ゲンダイ: 勝武士のコロナ死数えず「20代ゼロ」の“誤報”続ける厚労省. 2020.06.10. https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/274391

[3] 東京都防災ホームページ: 東京都新型コロナウイルス 感染症対策本部報/(第344報)新型コロナウイルスに関連した患者の死亡について. 2020年5月14日 19時15分. https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/taisaku/saigai/1007261/1007892.html

[4] 読売新聞: 感染13人「コロナ死」除外、「退院者」に含める…県「死者数少なくする意図ない」. 2020.06.14. https://www.yomiuri.co.jp/national/20200614-OYT1T50106/

[5] 安田龍郎、田野口遼:「コロナ死」定義、自治体に差…感染者でも別の死因判断で除外も. 読売新聞 2020.06.14.  https://www.yomiuri.co.jp/national/20200614-OYT1T50084/

引用拙著ブログ記事

2020年6月13日 超過死亡に見る日本の新型コロナ対策と医療事情

2020年5月18日 COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価

2020年4月18日 感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題

 

超過死亡に見る日本の新型コロナ対策と医療事情

はじめに

昨日(6月12日)、新聞、ウェブ記事、テレビニュースを観ていたら、一斉に日本のこの春における超過死亡が多いことについて報道していました。そこでこれらの記事を紹介しながら、日本の新型コロナ対策と医療事情との関係について考えてみたいと思います。

超過死亡とは、感染症が流行した一定の期間の死亡数が、過去の平均的水準に比べてどれだけ上回っているか示す指標であり、国民の生命や健康に関わるものとしてきわめて重要です。とくに大災害や感染症が及ぼす致死への影響を見る根拠となるために、世界各国で超過死亡の綿密な統計データが録られ、分析されています。

ここでは、直近4–5年の平均死者数と比べた今年の死者数の増加分として見ていきたいと思います。

1. サンケイビズの記事 [1]

まずサンケイビズに掲載されていた「都内死者が3、4月過去最多 「超過死亡」コロナ公表人数の12倍」と言う記事です[1] 。2020年3月、4月の東京都内の死者数は10,694人および10,107人で、記録の残る1999年以降、最多を記録したとしています。

図1に示すように、直近5年(2015-2019年)の平均死者数に比べた3、4月の死者数はそれぞれ423人および1,058人増となり、合わせて1,481人の「超過死亡」を記録しました。これは両月のCOVID-19患者の公表死者数119人の12倍に相当します。

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図1. 東京都における2020年3–5月における超過死亡(ウェブ記事[1]の図をリトレースして掲載).

通常の人口変動による影響を差し引いて算出した10万人当たりの死者数でも、3月は905人、4月は882人で、1年のうちでも比較的高い2月の数値を1999年以降、初めて上回ったとしています。

死者数の変動に影響する要因としてインフルエンザ流行がありますが、流行の規模は過去3季に比べて小さく、その他自殺者数も例年より少なく推移しているとしています。つまり、この超過死亡数の実体として、公表されているものの他に、公表されていない新型コロナ感染者の死亡者が含まれるのではないかということを暗示するものです。

記事では、浦島充佳氏(東京慈恵会医科大学教授、公衆衛生学)による「他に死者数を押し上げた要因は見当たらず、超過死亡の相当数に新型コロナが直接、間接に影響した可能性がある」という指摘を紹介していました。

確定COVID-19患者の死亡以外で超過死亡を招いた要因としては、記事での分析も含めて、以下のようなことが推察されます。

 1) COVID-19を疑われたがPCR検査で陰性と判定された

 2) 持病があり検査を受けることなく持病が死因とされた

 3) そもそも検査を受けられず亡くなった

 4) 救急医療の逼迫で適切な治療を受けられなかった

 5) 接触削減対策と外出自粛で医療へのアクセスが制限され、病状が悪化した

上記の1)–5)は、いずれも日本の新型コロナ対策におけるPCR検査の患者確定への集中適用という方針と、それに伴う検査と入院の遅れが直接的、間接的に関係していると思われます。医療現場への患者受け入れが制限されたことにより、かえって地域医療と救急医療の逼迫した状態を生み、公表数よりも多い隠れコロナの死亡者を生み、そして、それ以外の死亡者も増加した可能性があります。

2. テレビの報道

テレビではTBSの「Nスタ」で東京都における超過死亡を取り上げていました。内容は上記のサンケイビズの記事とほぼ同様で、2016–2019年の4年間の平均死者数と比べて2020年の死者数がどの程度増加していたかというデータです(図2)。

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図2. 東京都における2020年3、4月における超過死亡(東京都調べ)

やはり、隠れコロナ死亡例が相当あるのではないかという可能性が、番組内で指摘されていました。

3. 日本経済新聞の記事 [2]

日経新聞では、特定警戒都道府県とされた自治体のなかで、データが非公開の北海道を除いた12都府県の4月の超過死亡について報道しました [2]。記事では、住民基本台帳に基づく県別の人口月報を入手し、過去4年間(2016-2019年)の平均死亡数と比べて統計的な上限値を超えて増加したかどうかを分析しています。

図3は当該新聞の分析データに基づいて、私が作図したものです。超過死亡がみられない岐阜県を除いて、すべての都府県で死亡数の増加が認められ、とくに、東京、埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、福岡の計7都府県では平年より1割以上増えています。

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図3. 警戒12都府県における直近4年間の4月および2020年4月における死者数(下)および2020年の超過死亡の割合(上)(新聞記事[2]の集計データに基づいて作図)(増加率を示す棒グラフの上の数字は四捨五入をしたもの).

総務省の「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数(平成31年1月1日現在)」によれば、高齢化の影響によって死亡者数は例年自然増の傾向(直近4年間で約1.7%/年)にあります。この自然増を考慮したとしても、図3上に示す岐阜と石川を除いた増加率の値は、明らかに超過死亡ということを示しています。

日経新聞のデータ [2]図3) に基づいて、これまで公表されているCOVID-19死者数と超過死亡者数との関係を調べてみました。その結果、両者には指数近似で表される正の相関関係があることがわかりました(図4)。したがって、超過死亡の増加は、COVID-19による死者数増加の影響を受けていることは明らかだと考えられます。

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図4.  特定警戒都府県における超過死亡者数と公表COVID-19死者数との関係.

住民基本台帳に基づく死者数は、肺炎として届出された以外のすべての死亡を含みます。COVID-19は、多臓器不全や脳梗塞心不全、肝不全、腎障害など全身症状に及ぶので(関連ブログ: COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価)、必ずしも肺炎が死因とされない場合や、持病を抱えた感染者ではその持病が死亡原因とされる場合もあります。このため、検査で確定されていないCOVID-19の死亡例が多数含まれている可能性(事例1)-5))があることは上述したとおりです。図3の11都府県の4月の超過分を合計すると5,745人にも及びます。

当該記事では岩手県についても触れていました。すなわち、これまで感染報告がゼロである岩手県でも、4月は平年に比べて死亡数は103人(7.8%)増え、超過死亡が起きていたと指摘しています。記事では、五十嵐中氏(横浜市立大学准教授、医療経済)による「医師が感染に気づかなかった見逃し事例より、感染対策で入院を制限するなどした間接的な影響の可能性がある」という推測を載せています。

超過分6千人強弱の死者数のどのくらいがCOVID-19の見逃し例なのかわかりませんが、今日(6月13日)時点での公表累積COVID-19死者数が925人ということを考えると、その2–3倍であるとしても軽くお釣りが来る数字です。しかも、超過6千人弱という死者数は4月分だけの数字ですから、3月から6月までの合計で考えれば、見逃されたCOVID-19死者数は数千人になるのでは、と想像しただけでも恐ろしくなります。

日本法医学病理学会では、死因が不明な遺体のPCR検査に関して保健所に断られる事例を報告していますし、死因を別にされたCOVID感染者が相当いる可能性は容易に想像されます(→COVID-19感染の検査体制を補う大学の力)。いずれにしろ、4月分だけでも公表新型コロナ死者数の5倍もある不明の超過死亡数については、国は分析と公表が必要と考えます。

3. 国立感染研究所の謎のデータ修正

超過死亡数は、住民基本台帳に記録されているものだけではありません。国立感染症研究所は、別途インフルエンザおよび関連肺炎の超過死亡数を公表しています。これは各市区町村が死亡届を受理してから、約2週間以内に死因欄に肺炎が記載されている人数を保健所が記録し、その集計に基づいて国立感染症研究所が平年の肺炎死亡数と比較して超過死亡者数として公表しているものです。ただし、この超過死亡数のデータは、時系列での推移をグラフ化してホームページに掲載しているだけで、実数や推定値は公表されていません。

5月13日のブログ記事「日本の新型コロナの死亡率は低い?」において、東京におけるこのインフル・肺炎の超過死亡者の推移が、この春異常なパターンを示していることを指摘しました。すなわち、超過死亡者が不自然に3月から4月上旬に増え、その後急激に低下していることです(図5左)。表向きはインフルエンザ・肺炎となっていますが、この超過死亡者はひょっとしてCOVID-19患者の死亡者ではないか、そして4月以降はちゃんとCOVID-19としてカウントされるようになって、急激にそれが減少しているのではないか、と当該記事で推測しました。同様な指摘はツイッターなどSNS上でもいくつかありました。

ところが1ヶ月後の今日、このページを再度見たところ、驚くべきことに、図5右のようにグラフが様変わりしていたのです。まったく同じ期間の東京における超過死亡のグラフですが、前回明らかに見えていた3、4月(9–13週)の超過が、今回すっかりなくなっており、4-6週目にやや飛び出しているものの全体的に平たくなっています。さらにY軸の最大値が140人になっていたのが、300人まで不釣り合いに上げられています。残りの20都市のグラフは変更されておらず、Y軸に最大値は横浜の140です。

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図5. 国立感染研究所(https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/2112-idsc/jinsoku/1852-flu-jinsoku-7.html)が公表している東京都におけるインフルエンザ・肺炎超過死亡数の推移のグラフの変更(左: 5月24日以前; 右: 5月24日以後; 上の日付は筆者がスクショを録ったた時点を示す).

これは一体どういうことでしょうか。一度公表されたデータがまるっきり変更されるということは通常ありません。実は日本経済新聞が図5左のグラフを取り上げて、超過死亡は新型コロナの影響ではないかということを、5月24日に記事にしています [3]。まさしくその日のタイミングで(つまり推測するに日経新聞の取材を受けた直後に)感染研はグラフを変更しているわけです。

ウェブ記事を探索していたら、このグラフの変更について「捏造ではないか?」と指摘する、ジャーナリスト佐藤章氏による5月27日の記事がありました [4]。この記事では、佐藤氏がこのグラフの変更について感染研にメールで問い合わせた顛末が記されており、「保健所から遅れて出て来る届出のために、後から変更もあり得る」という主旨の感染研からの回答があったことが書かれていました。

この感染研の回答はどう考えても変であり、合理的説明になっていません。後から届出が来れば通常は死亡者数が上積みされるはずですが、図5右はどう見ても全体的に平坦化されているように思えます。このようなデータ変更が保健所から届くことは考えられません。そして、変更後のY軸の上げ幅が大きいこともおかしいです。意図的に超過死亡を小さく見せているような気がします。数値データを公表しないことも怪しいです。少なくともこのような疑義を生じるようなことを、合理的説明なしに、そして数値の生データを示すことなしに国立の研究所がしてはいけません。

現安倍政権下における公文書の隠蔽、破棄、捏造は日常茶飯事になっていますが、新型コロナ感染症対策専門家会議の議事録が作成されなかったり、PCR検査が控えられて感染者数の全体像が掴めなかったりして、今回の感染症流行に関する科学的情報も不十分で、かつ歪められています。図5を見ていると、ついに国立感染研の科学的・統計情報も改ざんされるようになったのではないか?とつい思いたくもなります。

感染研には詳細な超過死亡の分析を期待したいものです。

4. 感染症流行に関する統計情報への危機感

今年の超過死亡数の増加は日本だけに留まらず、世界的な傾向であり、COVID-19患者の死亡増加が影響していることは明らかです。このために、海外の国々では、PCR検査でCOVID-19患者として確定している人のみならず、検査で確定していない人の死亡についても、その死亡原因を推定する調査が行われています。

図6に、米国疾病管理防止センターCDCが公表している、ニューヨーク市における超過死亡のグラフを示します [5]。グラフに見られるように、超過死亡の中で、過半数は確定COVID-19患者の死亡で占められていますが、それに加えて症状や状況証拠から判断してCOVID-19と推定される死亡が積算されています。

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図6. 米国ニューヨークにおける超過死亡数の推移(2020年1月–4月)(文献[4]からの転載図に加筆).

このように、欧米先進国では全死亡数、超過死亡、その内訳を迅速に公開しています [6]。海外の行政当局やメディアが伝えるところでは、今回のパンデミックにおける死亡数は平年より5~6割多いと分析しているところが多いようです。

一方の日本では、今、原因不明な超過死亡がたくさん出ているわけですが、情報が迅速に公開されることもなく、分析もされていません。この状況は、これまでの感染症対策を総括する上においてもこれからの対策を考える意味においても、きわめて由々しき事態です。政府はこれまで稼働しているインフルエンザのシステムに加えて、肺炎を対象に新たなシステムを立ち上げるようですが、新聞報道では、調査対象は特定警戒都道府県だった13都道府県となっています。

今回のパンデミックで、日本は科学情報・統計の後進国であることを露呈してしまいました。果たして日本は、超過死亡の詳細情報とともに、諸外国の統計情報に見られるような「推定COVID-19患者(擬似症患者)の死亡」という名目の数字を、国民の前に示すことができるでしょうか。

ちなみに和歌山市保健所は、死亡者ではないですが、COVID-19擬似症患者数の統計情報を公開しています [7].

5. 不明な超過死亡を招いた新型コロナ対策と医療事情

上述したように、この春における超過死亡の多さは、新型コロナの影響以外には考えられる要因がないように思われます。そして、カウントされていないCOVID-19患者の死亡が相当数あるとすれば、その原因は、PCR検査で陰性と判定された、持病のために検査を受けることなくそれが死因とされた、検査が受けられなかった、救急医療体制の逼迫で適切な治療を受けられなかった、などが考えられます。

このような状況を招いた根本原因としては、以下の三つが考えられます。第一には、国が進めたクラスター戦略と積極的疫学調査の効率的遂行のために、PCR検査を患者確定の集中適用し、病床数の空きを見ながら、重症化しやすい感染者を制限しながら入院させる、という方針(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問 )が挙げられます。第二点としては、国が進めた大規模接触削減によって、医療へのアクセスが大幅に制限されたことが考えられます。そして第三点として、そもそも救急医療も含めた地域医療全体の脆弱性があったのではないか、ということが考えられます。

国の新型コロナ対策の方針では、重症化と死亡を防ぐという目標が掲げられていましたが、その実、検査がきわめて選択的に絞り込まれたために大量の検査難民を出してしまい、入院を待つ間に市中で病状を進行させてしまう事態を招いてしまったと言えます。結果として、全体的な入院の遅れとともに、高齢化率の高さの影響もあって重症化の割合を上げてしまったのでないかと推察されます。

患者の制限的入院という医療側の都合によって、現場の医療崩壊という事態はギリギリで避けられたかもしれません。しかし、その代償として市中に大量の有症状者があふれ出し、検査も治療も受けられず、そのまま死亡してしまったという事例や、コロナの煽りを受けて救急医療が受けられず亡くなった事例がたくさんあるのではないでしょうか。

言い換えれば、検査限定を方針とした新型コロナ対策および大規模接触削減対策とセットの外出自粛によって、医療アクセスへの制限が起こり、病院現場の機能不全はかろうじて避けられたものの、地域医療・救急医療体制の崩壊は実質起きていたと言えるかもしれません。超過死亡の多さを説明するには、そのほかの要因では考えにくいです。

日本は欧米と比べてCOVID-19の死者数が少ないので、超過死亡に対する新型コロナの影響はないのではないかと考える専門家もいるようです。しかし、日本と欧米の間の感染者数と死者数の大きな差異を生じる謎の要因(→日本の新型コロナの死亡率は低い?COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価)を考えれば、比べる対象が間違っています。日本で記録の残る1999年以降、超過死亡が最多を記録したことについて、考察を深めるべきだと思います。

海外諸国にはほとんど現れない、日本における異常な陽性患者数と死者数の増加パターンを見るにつけ(関連ブログ:日本の新型コロナの死亡率は低い?世界が評価する?日本モデルの力?日本における謎の死亡率上昇の要因ー高齢化の影響?)、引き伸ばされた入院治療の影響と、本来は積算されるべき見逃されたCOVID-19死亡者の影響を考えざるを得ません。

おわりに

日本におけるこの春の超過死亡の多さは、新型コロナの影響があることは確かですが、そもそも国が全容を公表していないですから、実態の詳細はわかりません。しかし、上述したような見逃された(あるいは他の死因とされた)COVID-19患者、および検査を受けられなかった感染者の死亡が相当数に上ることは十分に考えられます。国はこの超過死亡の原因について詳細な調査を行うべきです。

そして、国立感染研究所の一見データ改ざんとも思えるような状況は不自然であり、グラフの変更についての丁寧な説明とともに、元の数値データの公表が必要でしょう。そして、国の超過死亡の分析には感染研が中心となる役割を担っているわけですから、詳細な超過死亡の分析を逐次公表してくれることを期待するものです。

引用文献・記事

[1] サンケイビズ: 都内死者が3、4月過去最多「超過死亡」コロナ公表人数の12倍. 2020.06.12. https://www.sankeibiz.jp/macro/news/200612/mca2006122009020-n1.htm

[2] 日本経済新聞: 平年より死者上回る「超過死亡」 特定警戒11都府県で発生. 2020.06.12. https://www.nikkei.com/article/DGKKZO60266010R10C20A6CR8000/

[3] 日本経済新聞; コロナ感染死、把握漏れも「超過死亡」200人以上か. 2020.05.24. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59508030U0A520C2NN1000/

[4] 佐藤章:「超過死亡グラフ改竄」疑惑に、国立感染研は誠実に答えよ! 論座 2020.05.27. https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020052600001.html?page=1

[5] CDC: Preliminary Estimate of Excess Mortality During the COVID-19 Outbreak — New York City, March 11–May 2, 2020. MMWR Morb. Mortal. Wkly. Rep. 2020;69:603–605. https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/69/wr/mm6919e5.htm

[6] Ritchie, H. et al.: Excess mortality from the Coronavirus pandemic (COVID-19). Our World in Data. https://ourworldindata.org/excess-mortality-covid

[7] 和歌山市保健所: 新型コロナウイルス感染症疑似症患者の現状について. 2020.06.07. http://www.kansen-wakayama.jp/pdf/corona/c_001.pdf

引用拙著ブログ記事

2020年5月28日 日本における謎の死亡率上昇の要因ー高齢化の影響?

2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?

2020年5月18日 COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価

2020年5月13日 日本の新型コロナの死亡率は低い?

2020年4月27日 COVID-19感染の検査体制を補う大学の力

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

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