Dr. Tairaのブログ

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東京都の新しい指標で思ったこと

東京都は6月30日夕方、今後の新型コロナウイルス感染症への警戒を呼びかけるための新たな指標を公表しました。今朝の(7月1日)の大手新聞の扱いは小さいですが(たとえば朝日新聞は26面)、一応にこの新指標を報道しており、テレビのワイドショー・ニュースでも取り上げています。

私は昨日の小池百合子都知事の記者会見を視聴し、そしてこれらのメディアの報道を観て、正直言って非常に残念に思いました。簡単に言えば、東京都の新しい指標に基づく取り組みは、警戒を発するための具体的な数値基準は設けず、医療提供体制の状況を重視しながら、各指標項目を総合的に分析するというものです。そして、東京都独自の専門家による分析を踏まえて、必要に応じて、不要不急の外出の自粛といった注意喚起を呼びかけていく方針といいます。要は、感染拡大抑制の対策の方針も根拠を伴った定量的基準がなく、まるっきり観念的な方針表明だと感じました。

都は、全業種への休業要請を解除するまでは、週平均で1日あたりの感染者が20人以上なら「東京アラート」を発し、50人以上なら「休業を再要請する」と、一応の数値基準を示していました(→緊急事態宣言の継続・解除の基準)。今後はこの数値基準を外し、感染のピーク時と比べて医療提供体制が確保できているなどとして、当面、経済活動を優先しながら新たな休業要請は求めないとしています。  

この数値基準外しに戸惑いを受けた市民も多くいるのではないでしょうか。昨夜のテレビが伝える街頭インタビューでも「漠然としている」、「数値なしにどのように行動変容したらいいのか」という市民の批判的意見が多く聞かれました。

今日のテレビのワイドショーがこれらの新たな指標を紹介していました(図1)。新しい指標は感染状況として「新規陽性者数」、「#7119[救急]における発熱等相談件数」、および「新規陽性者における経路不明者数・増加比」の3項目、医療提供体制として「検査の陽性率(PCR・抗原)」、「救急医療の"たらい回し件数」、「入院患者数」、および「重症患者数」の4項目で、合計7項目です図1左)。そして医療体制の整備として、1週間以内にレベル2の3000床の病床確保を医療機関に養成するとしています(図1右)。

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図1. テレビのワイドショーが伝える東京都の新型コロナ対策における新しい指標(TBSテレビ「ひるおび」2020.07.01).

記者会見で小池百合子都知事は、具体的な数値を設けなかったことに対して、「特定の数字だけをみてスイッチをオン・オフするということではなく、全体像をつかんでいかなければならない」、「医療体制が逼迫(ひっぱく)しているかどうかが一番重要なことなので、そこを項目として精査した」「必要な警戒をしながら感染拡大の防止と、経済社会活動との両立を図っていく」と説明しました。

これらの説明は、良く言えば、できる限り休業要請を避けて経済活動を維持するために、明確な数値基準を置かず、柔軟に運用できるようにしたということになります。言い換えれば、感染状況に関する数値基準を外すことで、都がひんぱんに方針変更をする必要がなくなり、市民の生活や事業者の営業活動に影響が及ぶことが避けられるということでしょう。

悪く言えば、経済活動優先のために休業・自粛要請をしたくない(それとセットの補償をしたくない)という意図と、ある程度の感染が起きてもとりあえず目をつぶり、やり過ごせるという考えが見え隠れしますし、後からの批判をかわすために、数値的基準を設けなかったということもあるでしょう。とにかく、都合の悪い情報はオープンにしたくないという意図が見えます。

この新指標の方針には、感染拡大の防止と、経済社会活動との両立」と言いながら、感染拡大防止の戦略がまったくと言っていいほど見えてきません。都が日々の感染状況よりも医療提供体制に軸足を置いたことを強調していることに、それが現れています。感染状況の指標に「東京消防庁への発熱相談件数」を追加してありますが、これはすでに感染が逼迫している状況の指標です。入院患者数も重症患者数も感染拡大の結果の指標です。あくまでも感染防止対策を施した上で、感染状況の指標がどうなるかという視点が必要なのです。

つまり、コロナと言う敵が攻めてくるのに、レーダー(検査)も使わず、前線でそれを叩くこと(隔離)も、かわすということ(物理的距離、接触削減)もせず、そこでたとえ被害が出ようとも、本丸(医療)を固めておけばよいという方針です。入院患者数やベッド数を挙げながら医療提供体制に軸足を置いたと強調することで、あたかも感染症拡大抑制対策をやっているように見せかけているところに大きな罪があります。

巷では、新規陽性者数について「今日は何人だった?」と毎日話題になるくらいになっています。この指標については、今後は休業・自粛要請に対する数値基準は示されません。理由の一つとして考えられるのは、東京アラートの失敗でしょう。前回のように、数値基準を設けてそれがオーバーした時にレインボーブリッジを赤くライトアップしてはみたけれど、結局基準を下回ることはなく、経済活動の邪魔にもなるし、あるいは都知事選も控えていることだし、さっさと引っ込めてしまった方が無難ということだったのでは?と思います。

言わば小池都知事の思いつきとやってる感出しのための東京アラートだったと推察できますが、陽性者の数値基準を設けても、そもそもそれが下がるような対策をしていないわけですから土台無理な話です。これは感染経路不明者数・増加比にも言えることです。これまでは、感染者数全体に占める感染経路不明者の割合を指標としてきましたが、50%というのはあり得ないほどの基準ですし、これでさえも従来のクラスター対策と同じようなやり方では絶対にクリアできません。

実際、東京都も政府も、流行抑制のための対策を何もやっていません。たとえば、夜の街、夜の街と名指して騒ぐなら、国と都は当該地域の集団検査でも区域の検体プール検査でも迅速かつ本格的に網羅的にやればいいわけです。検査の効率性を考えるなら、全自動PCR検査も、抗原検査も、唾液の検査も導入できます。QRコード接触追跡アプリがセットのICT活用もできます。

密閉、密集、密接のいわゆる3密だけではなく、無症状者が主要感染源であること [1]、大声を出すことがエアロゾル発生を増やすこと [2]、症状が軽ければ自宅に留まることもなく、移動によって感染させる機会を増やしてしまうこと [3] が、事実および想定として重要なことです。これらを考えれば、「夜の街」への検査も注意喚起も行動変容勧告も、行政はより積極的に実施できるはずです。

県知事や経済・医療の専門家らおよそ110人のグループは、ことしの秋までに医療や検査の態勢を強化すべきとの提言をまとめています。その中には、11月までにPCR検査20万件/日ができる体制整備を行なうことが含まれています。このグループを代表して、政府の諮問委員会の委員を務めている小林慶一郎氏(東京財団政策研究所 研究主幹)や湯崎英彦広島県知事らが、オンライン記者会見を開いて発表しています [4]

いや11月ではもう遅いです。私は、緊急事態宣言が解除された際のブログ記事「世界が評価する?日本モデルの力?」で、東京都民の検体プール検査が1ヶ月で終了できる、首都圏1日5万件のPCR検査体制を全自動検査機の導入とともに至急進め、区域毎のサーベイランスを開始すべきだと述べました。もうそれから、1ヶ月以上も経過しています。全自動検査機導入に至っては2月から言及しています(→新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策)。政府も都も一体何をやっているのでしょうか。

テレビや新聞では、ここ1週間、都内の新たな感染確認は平均50人以上と高止まりしていると報道しています。この状況について、都は「警戒すべき段階」としつつ、いわゆる夜の街関連での感染者が主体であり、市中感染が広がっている状況ではないと説明しています。いやはや、メディアや都も何という楽観的な見解でしょうか。

第1波は収束しておらず、消火しきれなかった残り火が再燃し、今急激に拡大しようとしている状況です。先のブログ記事「緊急事態宣言の継続・解除の基準」で述べたように、流行収束は少なくとも2週間以上感染者が出ないことを前提とするべきであり、感染者ゼロでない限り、そして具体的な感染拡大防止策がない限り、緊急事態宣言も休業要請も解除すべきではなかったのです。

図2に示すように、6月末までの東京都の陽性患者数は大きく増減していますが、都や保健所に寄せられる相談件数は、最大時期に比べても半分も減っていません [5]第1波の流行は健在なのです。都は、新しい指標の大半の項目については、これまでのものを踏襲した形ですが、項目の一つだった都と保健所の受診相談窓口への相談件数は、東京消防庁への発熱相談件数に変えました。図2からわかるように、保健所の受診相談窓口への相談件数を指標にすると、都合が悪いからです。

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図2. 東京都の6月までにおける陽性患者数と相談件数の推移 [5].

4年前、小池氏は東京都の政治・行政はブラックボックスだと訴えて、都知事選に勝利しました。しかし、今まさに、彼女自身が新型コロナ対策を通じて、東京都政をブラックボックス化していると言えるのではないでしょうか。陽性者数の増加を見込んで、あるいはすでに知っていて、新しい指標を発表したのかと疑いたくもなります。

いま都知事選の街頭演説の真っ盛りです。一度たりともマスクもフェイスシールドもせず、集まった聴衆に向けて大声で訴える候補者を見るにつけ、どんなに聞こえのよいことも言ったとしても、この候補者は大衆のことは考えていないと思う次第です。

引用文献

[1] Ferretti, L. et al.: Quantifying SARS-CoV-2 transmission suggests epidemic control with digital contact tracing. Science 368, eabb6936 (2020). https://science.sciencemag.org/content/368/6491/eabb6936

[2] Asadi, S. et al.: Aerosol emission and superemission during human speech increase with voice loudness. Sci. Rep. 9, Article number: 2348 (2019). https://www.nature.com/articles/s41598-019-38808-z

[3] Kupferschmidt, K. and Cohen, J.: Will novel virus go pandemic or be contained? Science 367, 610-611 (2020). https://science.sciencemag.org/content/367/6478/610.long

[4] NHK政治マガジン: PCR検査 主要国並み1日20万件に強化を」提言. 2020.06.18. https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/40006.html

[5] 東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト: 都内の最新感染動向. https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/

引用拙著ブログ記事

2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?

2020年5月15日 緊急事態宣言の継続・解除の基準

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題