Dr. Tairaのブログ

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今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?

はじめに

今年の冬は、新型コロナウイルス感染症COVID-19インフルエンザの同時流行が懸念されています。しかも、新型コロナについては、今まで以上の流行になる可能性があります。それに備えて、検査体制の拡充やインフエンザワクチンの接種を促すメッセージも国から出されています。一方で、国が示しているような検査体制でうまく回るのか、発熱などの有症状者が混乱なく受診できるか、迅速に確定診断まで行きつけるのかなど、心配なこともいろいろとあります。

現在の日本の流行状況を見ると、個人や事業者レベルでの公衆衛生に関する行動変容(マスク着用、手洗い、消毒、換気、対人距離確保など)以外にこれといった感染予防策がとられておらず、一方で経済活動を促進する方向に動いていますので、陽性者数について好転する様子が見られません。すなわち、毎日の新規陽性者数で言えば、日本全体では400人強、東京都においては150人前後がベースラインになっており、これ以上減少する傾向がうかがわれません。

おそらくこのままの無策の状態では、このベースラインから晩秋・冬に向かって感染者数が急増していくと予測されます。まずは、北海道をはじめとする北日本で感染者増加が顕著となり、その後全国的に蔓延していくでしょう。ここでは、この秋冬に備えるべき受診・検査体制について国の現在の方針で果たして大丈夫なのか、考えてみたいと思います。

1. 南半球におけるインフルエンザ流行

北半球では、上述したように、この冬のCOVID-19とインフエンザの同時流行、すなわちツインデミックが懸念されています。それでは、日本の真夏に冬であった南半球の国々では実際どのような状況であったのか、見てみたいと思います。

すでに何度となく報道されているように、オーストラリアや南アフリカなど南半球の国々では、2020年の冬、インフルエンザの流行が記録的に低く抑えられたことがわかりました。この事実をテレビの報道から拾ったのが図1です。オーストラリア、南アフリカでは2020年の冬(日本の2020年夏)は前年に比べてインフルエンザ発生数が激減していることがわかります。ブラジルにおいても減少傾向にありますが、前2カ国と比べると顕著ではありません。

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図1. テレビが伝えるオーストラリア、南アフリカ、ブラジルにおけるインフルエンザの新規患者数/日の推移(2020.09.26 日本TV 「ウェークアップ」より).

世界保健機構(WHO)は、南半球でインフルエンザが激減した理由について、各国で進められた衛生面や物理的距離の確保などのCOVID-19感染予防対策が、結果としてインフルエンザ予防にも効いたのではないかと推察しています(図1)。ブラジルの効果が他国と比べて低いのは、感染予防対策の差ではないかと思われます。

南半球の国の多くは、COVID-19抑制策としてロックダウン等の一連の措置を導入しました。とくにニュージーランド南アフリカ、アルゼンチンなどは、厳格な都市封鎖を行ないました。オーストラリアは、一部のビジネスや業種を除いて営業を制限しました。加えて大規模な集会の禁止や学校閉鎖にも踏み切りました。

COVID-19感染予防策としてとられた外国からの旅客便の乗り入れ制限も、インフルエンザも含めて抑え込む効果を上げていると考えられます。2020年3月以降、オーストラリア、ニュージーランド、南米のチリやアルゼンチンなどの国々は、国際便の乗り入れを禁止しています。

WHOが言うように、これらの政府の対策の上に、市民レベルでの衛生面での行動変容(マスク着用、手洗い、対人距離の確保といった習慣)が大きな効果を生んだと思われます。オーストラリア保健省は、COVID-19の流行に際してとられたさまざまな公衆衛生上の対策や、政府のメッセージを国民が守っていることが、インフルエンザの流行抑制に影響を与えている可能性が高いと述べています [1]

今年のインフルエンザ流行の激減については、このほかにも、ウイルスの干渉が影響しているのではないかということも言われています。これは、異なるウイルスが感染した細胞では、いずれかのウイルスの増殖が抑制されるという現象です。

現時点では、SARS-CoV-2とインフルエンザウイルスとの間で干渉が起こっているということについて、科学的証拠があるわけではありませんが、最近では、インフルエンザと風邪のウイルスが干渉している可能性を示す、英国グラスゴー大学の研究チームの興味深い論文があります [2]

本研究では、2005年から2013年における、ウイルス性呼吸器疾患の疑いがある患者4万4,230例の急性呼吸器疾患例の検体について、A型およびB型インフルエンザウイルス、ライノウイルス、RSウイルス、コロナウイルスなど11種類の呼吸器系ウイルスの感染パターンを調べました。その結果、35%が少なくとも1種類のウイルスに対して陽性を示し、このうち8%は複数のウイルスに感染していたことがわかりました。

ベイズ階層モデリングよる解析の結果、A型インフルエンザに感染している患者では、最も一般的な風邪ウイルスであるライノウイルスに感染する率が約70%低いことから、少なくともこれらの2つのウイルスの間では、混合感染を抑制する相互作用が生じることが判明しました。

研究チームは、呼吸器系ウイルスが気道内の細胞をめぐって争っている可能性や、あるウイルスに対する免疫応答による別のウイルスの感染妨害などを考察しています。

2. 日本におけるインフルエンザ流行

一方で、2019年−2020年冬の日本におけるインフルエンザ発生はどうでしょうか。厚生労働省が公表したデータ [3] を見ると、やはり今年は前年、前々年と比べると大きく減少していることがわかりました(図2)。とくに2020年9週以降は、COVID-19が本格的に流行し始めた時期であり、マスク着用などが徹底され始めた頃だと思います。

ちなみに、2020年第10週~2020年第14週では、インフルエンザウイルスのB型(67%)、 AH1pdm09(30%)、AH3 亜型(2%)の順に発生率が高かったと述べられています。

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図2. 日本における2017年からのインフルエンザ患者の発生(厚生労働省[3]より).

それでも、2019年12月から今年の1月にかけては週10万人を超えるインフルエンザの患者が見られています。この数は、これまで国内で記録されたCOVID-19の患者数よりも圧倒的に多いです。感染症対策でインフルエンザの発生抑制にも効果があるとはいえ、COVID-19患者数と同等かそれ以上の数のインフルエンザの患者が病院に押し寄せることも予測されます。

3. 同時感染の事例

今年のCOVID-19とインフルエンザの同時感染(co-infection)については、すでにいくつかの報文があります [4, 5, 6, 7]。また、混合感染によって重症化するのではないかという報道もあります [8]。同時感染は稀な事例かもしれませんが警戒は必要でしょう。

COVID-19感染予防対策がインフルエンザの感染予防になり得ることは確かであり、異種ウイルス間の干渉作用もあるかもしれませんが、この秋冬の同時感染の流行も確実に考えておくべきです。

4. マルチプレックスPCR検査

この秋冬のツインデミックの予測に鑑みて、COVID-19とインフルエンザ、あるいは季節性コロナウイルスによる風邪の識別診断は重要であり、そのためには検査が必須です。この面で最も効力を発揮するのはマルチプレックスPCRです。一つの検体で異なる遺伝子の存在を判定できるこの技法は、COVID-19かインフルエンザか、あるいは同時感染かを、最も高い精度で判定することを可能とします。

米国疾病管理予防センターCDCは、新型コロナとインフルの同時流行に備えて、すでに両方のウイルスを同時検出する検査プロトコールを発表しており、FDAによる緊急使用許可(EUA)を得ています [9]。"CDC Flu SC2 Multiplex Assay"と名付けられたこの検査法は、マルチプレックスプローブRT-PCRを利用してインフルエンザA型とB型、SARS-CoV-2を1回の操作で検出できます(図3)。

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図3. CDCが発表したSARS-CoV-2とインフルエンザウイルスの同時検出のためのPCRプロトコール [9].

このSARS-CoV-2とインフルエンザウイルスの同時検出キットは、以下のような特徴があります。

                  

1) 複数の遺伝子を標的として検出するPCRマルチプレックスPCR

2) 1つの遺伝子増幅に1プライマーセットとプローブ(TaqMan probe)を使うリアルタイムPCR(プローブRT-PCR

3) 標的とする遺伝子は3つ

 ・SARS-CoV-2のヌクレオカプシドN1遺伝子

 ・A型インフルエンザウイルスのmatrix(M1) 遺伝子

 ・B型インフルエンザウイルスのnonstructural 2(NS2)遺伝子

4) インフルエンザAをFAM、インフルエンザBをYAKIMA YELLOW、SARS-CoV-2をTEXUS RED Xの3色蛍光シグナル(コントロールのRNase PはCY5)で検出。

                  

CDCのホームページには、同キットとABI 7500リアルタイムPCR装置を使った操作手順が、動画付きで詳しく説明されています。

このほかロシュは、自社製自動PCR検査装置cobas® 6800/8800システムで使用する商業検査薬cobas® SARS-CoV-2 & Influenza A/B Testを開発しています [10]。本検査薬は、EU欧州連合)などのCEマーク準拠の各国で使用可能であり、米国FDAの緊急使用許可(EUA)も取得しています

日本では、澁谷工業とディックスバイオテック鹿児島大学認定ベンチャー)が共同で、糖鎖固定化磁性金ナノ粒子を使ったSARS-CoV-2、インフルエンザウイルスA型およびB型を同時検出を可能とする高速PCR検査装置を開発すると発表しています [11]

さらに、複数の細菌とウイルスを同時にPCR検出する「FilmArray 呼吸器パネル 2.1」(ビオメリュー・ジャパン株式会社)が、保険適用について承認されています [12]

しかし、日本の現状をみると、どういうわけかマルチプレックスPCRの開発は低調であり、簡易抗原検査の活用に傾いています。安倍前首相が提言した1日20万件検査体制の構築は、そもそも簡易抗原検査を念頭においたものです(→学会の検査の捉え方と1日20万件の検査の不思議)。

3. 日本の検査戦略

加藤厚労大臣(当時)は、9月4日の記者会見で、COVID-19と疑われる人が受診する際の相談先を、10月以降、診療所の「かかりつけ医」など身近な医療機関が担うという新たな医療体制を表明しました [13]。名目上は、「地域の実情に合わせて多くの医療機関で発熱患者を診療する」という、体制整備なのでしょうが、保健所の負担軽減ということも大きいと思います。

厚労省は、新たに構築する医療提供体制について「かかりつけ医」を主体とする診断と検査を想定しています(図4)。発熱などの症状が出た人は、まずは近くの病院(かかりつけ医)に電話相談し、対応可であればそこで診断と検査を受けます。もし、そこでので診療や検査ができない場合は、医師が可能な医療機関を紹介することになっています。かかりつけ医がいない場合や、どの医療機関に相談していいか迷う人は、帰国者・接触者相談センターから改称する「受診・相談センター」に相談するということになっています。

先のブログ「学会の検査の捉え方と1日20万件の検査の不思議」でも紹介ように、日本感染症学会はこのフローに準じた受診・検査の手順を公表しています。

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図4. 厚労省が公表した新しいCOVID-19(発熱)相談・受診のフロー

この受診相談・検査のフローを見ると、心配な点がたくさんあります。まずは、発熱相談に対応可能な「かかりつけ医・近隣の病院」を市民がどの程度利用できるかということです。そもそもこの対応可能な近隣の病院が増えなければ、始めから目詰まりを起こすことになります。事前の電話相談ということも医者の負担を増加させますし、果たしてどのくらいの病院が手を上げてくれるかという不安があります。特定の病院に相談が集中して、パンクする可能性もあります。

二番目に懸念されることは、検査に関することです。かかりつけ医が対応可能だとして、COVID-19とインフルエンザの識別診断を可能とする検査が適切に機能するかということです。使われる検査は、RT-PCRよりはるかに感度が落ちる簡易抗原検査キットによるものです。両方の病気は見かけ上識別診断がむずかしいので、検査で正しく病気の診断ができるか、偽陰性を陰性と判定したり、偽陽性が出てしまう危険性はないか、などの不安があります。

何よりも心配されることは、厚労省の指針では、発症から2日目から9日目の患者の簡易抗原検査では、陰性が出た場合は、そのまま確定診断としてよいということになっていることです。陰性の場合は、PCRの再検査も行なわれない結果、偽陰性はすべて見逃されてしまう危険性があります。

さらに厚労省は、感染軽減や検査の簡略化のために、患者の鼻の入り口の粘液も検体として使用できる方向に動いています。もしそうなれば、ますます偽陰性を発生させ、それを見逃す結果になりそうです。

加えて、季節性コロナウイルスによる通常の風邪の患者も紛れ込んでくる可能性があります(→学会の検査の捉え方と1日20万件の検査の不思議)。そうなると特異度でPCRに劣る簡易抗原検査では、偽陽性が頻繁に発生することも考えられます。単なる風邪の人がCOVID-19と誤診断される可能性もなきにしもあらずです。

三番目の懸念材料は、厚生労働省のいわゆる「PCR検査抑制策」の下で、この「かかりつけ医」の仕組みがうまく機能するかということです。つまり、かかりつけ医が適切に検査を勧める診断をしてくるかということです。そして、かかりつけ医が対応できない場合に、ほかの道筋でスムーズに検査までいくかどうかということです。紹介された医療機関で迅速に検査ができるか、「受診・相談センター」で応対が滞ることがないか、3-4月に検査の遅れで被害を拡大したことを考えると、十分に想定される不安材料があります。

おわりに

COVID-19感染防止策としての公衆衛生対策が、インフルエンザ感染予防としても有効であることはこれまでの状況から見えてきましたが、この冬のツイデンミックの可能性に対しては最大の警戒が必要だと思われます。この面で検査体制の整備が重要であり、マルチプレックスRT-PCRのような効率的で精度の高い検査法が望まれます。

不思議なことに、日本では国主導の新型コロナ・インフル用のマルチプレックスRT-PCRの開発は今のところ行なわれていないばかりか、PCR検査体制の整備も後退し、簡易抗原検査に取って代わられる状況で進んでいます [14]

簡易抗原検査の利点は簡便性と迅速性ですが、新型コロナ・インフルの流行下における対処症としては少々能力不足であり、今の厚労省マニュアルに従えば、誤診断で混乱する可能性があります。にもかかわらず、PCRの感度、特異度を持ち出しながら、あれだけ偽陰性偽陽性が出ると叫んでいる感染症コニュニティ」の専門家やPCR拡充不合理論をかざす人たちは、精度で落ちる簡易抗原検査についての批判は皆無です。

簡易抗原検査は、富士レビオ製キット「エスプライン」使用が前提になっており、成田空港検疫もPCR検査から富士レビオ製装置での精密抗原検査に替わっていて、何やら胡散臭い気もします。

いずれにしろ、このままの政府の無策の状態では、晩秋から冬にかけてSARS-CoV-2感染者は急増すると予測されます。しかも今のベースラインからでは、これまでにない(8月をはるかに上回る)数の陽性者と死亡者が出る可能性が高いです。

早急に、エッセンシャルワーカーや事前確率の高い場所でのスクリーニング検査・ローラー作戦を実施すべきところですが、国にはやる気があるでしょうか。GoTo事業や経済を回すことに熱心なくらいに、防疫対策にも取り組んでもらいたいところです。感染者が急増すればGoToなど中止せざるを得ないのですから。

引用文献・記事

[1] Australian Gorvernment Department of Health: Australia influenza surveillance report No.10 2020. 10 to 23 August 2020. https://www1.health.gov.au/internet/main/publishing.nsf/Content/cda-surveil-ozflu-flucurr.htm/$File/flu-10-2020.pdf

[2] Nickbakhsh, S. et al.: Virus–virus interactions impact the population dynamics of influenza and the common cold. Proc. Natl. Acd. Sci. U.S.A. 116, 27142–27150 (2019). https://www.pnas.org/content/116/52/27142

[3] 厚生労働省: インフルエンザの発生状況について. 2020.04.10. https://www.mhlw.go.jp/content/000620714.pdf

[4] Zheng, X. et al.: Co-infection of SARS-CoV-2 and Influenza virus in Early Stage of the COVID-19 Epidemic in Wuhan, China. J. Infect. 81, E128-E129 (2020). https://www.journalofinfection.com/article/S0163-4453(20)30319-4/fulltext

[5] Cuadrado-Payán, E. et al.: SARS-CoV-2 and influenza virus co-infection. Lancet 395, ISSUE 10236, E84 (2020). https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)31052-7/fulltext

[6] Kondo, Y. et al.: Coinfection with SARS-CoV-2 and influenza A virus. BMJ Case Rep. 13, e236812 (2020). https://casereports.bmj.com/content/13/7/e236812.full

[7] Azekawa, S. et al: Co-infection with SARS-CoV-2 and influenza A virus. IDCases 20, e00775 (2020). https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2214250920300834

[8] テレ朝news: インフルと新型コロナ 同時感染で重症化の恐れ. 2020.09.15. https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000193208.html

[9] Centers for Disease Control and Prevention: CDC’s diagnostic multiplex assay for flu and COVID-19 at public health laboratories and supplies. Sept. 3, 2020. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/lab/multiplex.html

[10] ロシュ・ダイアグノスティックス: 新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスA/B型を同時に検出するロシュのcobas SARS-CoV-2 & Influenza A/B遺伝子検査薬 がFDAの緊急使用許可を取得. 2020.09.07. https://www.roche-diagnostics.jp/ja/media/releases/2020_9_7.html

[11] 医療機器ニュース: 新型コロナ、インフルエンザA型、B型を同時検査できる高速PCR検査装置. 2020.09.24. https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/2009/24/news018.html

[12] (独)医薬品医療機器総合機構 医薬・生活衛生局: 新型コロナウイルス診断薬の承認について. 2020.06.02. https://www.pmda.go.jp/files/000235253.pdf

[13] 厚生労働省: 加藤大臣会見概要. 2020.09.04. https://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/0000194708_00273.html

[14] 首相官邸政策会議: 新型コロナウイルス感染症対策本部(第43回). 2020.09.25. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/sidai_r020925.pdf

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

コロナ禍の社会政策としてPCR検査

はじめにーソフトバンクの試み

ソフトバンクグループ株式会社の孫正義社長は、2020年9月24日、子会社として新型コロナウイルス検査センター株式会社(千葉県市川市 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター国府台病院内)を本格稼働させたことを発表しました。

孫社長は「日本国内では新型コロナウイルスの影響で経済が疲弊している。正常化のためには、一刻も早く、より多くの人がPCR検査を手軽に受けられるようにしなければならない。会社は社会貢献の一環としてを立ち上げたもので、低価格・高頻度の検査の輪を全国に広げていきたい。」と語っています。

報道に [1] によればこの検査センターは、現在約4,000件/日の検査が可能であり、まずは自治体や法人向けに検査サービスを開始するそうです。そして、今秋中までには1万件/日の検査能力に向上させることが発表されています。

この施設の特徴は、非医療行為として、SARS-CoV-2の唾液PCR検査を専門に行なう点にあります。唾液検体の自己採取とウイルスを不活化・輸送を可能とする検査キットを導入したことで、検査作業も大幅に効率化され、検査費用も1回当たり2,000円(税抜、配送料・梱包費などを除く)という低価格に抑えられています。

そして何よりも重要なのはその実効性です。孫社長は、今年3月、SARS-CoV-2用の簡易PCR検査を100万人に無償提供する計画を表明しながら、「医療崩壊する」などの批判が殺到したことで撤回に追い込まれた苦い経験があります [2]。その反省もあってか、今回は、国立国際医療研究センターの指導と協力という形で万全を期して臨み、結果として衛生検査所としての登録を認可され、実効性を高めたと言えます。

このようにこのコロナ禍(パンデミック下)において、社会経済活動を維持していく対策の一環として、無症状者に検査を積極的に活用していく考え方があり、世界的にはすでに多くの国で試みられています。しかし、日本では政府が感染症対策と経済活動の両立を掲げているにもかかわらず、一部のプロスポーツ、エンターテイメント分野などを除いて、本格的には導入されていません。

ここでは、コロナ禍における防疫を含む社会政策としての無症状者の検査を日本はどのように考えているのか、米国と比較しながら考えてみたいと思います。

1. 厚生労働省の検査の捉え方

まずは、厚生労働省の検査の見解をみてみましょう。ホームページの「感染拡大防止と医療提供体制の整備」というページに「新型コロナウイルス感染症に関する検査について」という項目があります [3]。そこに、PCR検査、抗原検査、抗体検査についての説明がありますが、以下に示すように、基本的に患者の確定と濃厚接触者のために検査を行なうということが述べられています。

                  

新型コロナウイルス感染症に関する検査について」(厚労省HPより)

感染症法に基づく医師の届出により、疑似症患者を把握し、医師が診断上必要と認める場合にPCR検査を実施し、患者を把握しています。患者が確認された場合には、感染症法に基づき、積極的疫学調査を実施し、濃厚接触者を把握します。濃厚接触者に対しては、感染症法に基づく健康観察や外出自粛等により感染拡大防止を図っています。

この記載に見られるように、厚労省はあくまでも発症者に対して検査を行なうという立場であり、無症状者に対する検査の意義や感染拡大防止における検査の位置づけについては、いかなる説明もありません。

2. 政府分科会の考え方

新型インフルエンザ等対策有識者会議の下部組織である新型コロナウイルス感染症対策分科会(会長:尾見茂氏)は、無症状者の検査に関する見解を示しています。しかし、この見解は厚労省のホームページの中にはなく、リンクから内閣官房のページに行かなければいけません [4]

分科会については、相変わらず議事録や議事概要はありませんが、第1回(2020年7月6日)と第2回(2020年7月16日)の会合の資料の中に、無症状者の検査に関する考え方が記されています。その概要についての私の批判コメントは、先のブログ「新型コロナ分科会への期待と懸念」でも示しましたが、ここで再度挙げてみたいと思います。

分科会は検査の対象者を図1のように、1) 有症状者および 2) 無症状者にわけ、さらに後者を、a 感染リスク及び検査前事前確率が高い場合と b 感染リスク及び検査前事前確率が低い場合とに分けています。これらの中で、2)-bが社会対策としての検査に当たりますが、「個別の事情に応じて検査を行なうことはあり得る」という慎重な言い方です。

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図1. 政府分科会の検査体制に関する基本的考えと戦略(新型コロナウイルス感染症分科会 令和2年7月16日 [4]).

図1につづいて、2)-bの「無症状者−感染リスク及び検査前確率が低い場合」の検査のメリットとデメリットが述べられています(図2)。ここで注目すべきことは、メリットについては、図2左上にあるように4点についてサラッと述べられているに過ぎませんが、デメリットについては、スライドの2ページわたって延々と述べられていることです。そして最後に「2)-bに検査を実施することについての見解」として釘を刺しています。つまり、社会政策としての検査には消極的あるいは否定的というニュアンスになっています。

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図2. 政府分科会が示す「無症状者−感染リスク及び検査前確率が低い場合」の検査のメリットとデメリット(文献 [4] からの転載図に加筆).

この中でとくに気になったところに赤線(注1〜注6)を付けました。まず、図2注1に「膨大な検査をしても陽性者は僅かである。従って感染拡大防止に対する効果も薄い」とあり、検査の効果を否定的に捉えています。しかし、陽性者がわずかということは、逆に言えばそれだけ社会経済活動に復帰できる陰性の人が多くなることを意味しますので、メリットして挙げている海外渡航や興行(つまり経済を回すこと)に合致します。

図2注2の「 検査前確率が低いほど、偽陽性が出やすくなる」というのは、臨床検査における一般論であって、非特異的反応(交差反応)が起こりやすい、従来のインフル簡易抗原検査などに当てはまるものです。一方で、SARS-CoV-2検出に使われているプローブRT-PCRでは非特異的反応は起こりにくく [5]偽陽性の大部分は検体汚染というヒューマンエラーで起こるものです。つまり事前確率が低いと起こりにくくなり、極端な場合、汚染源である感染者が1人もいなければ、偽陽性はまず発生しません

図2注3の「再度検査を実施しても偽陽性を見分けることはできない」に至っては、誤謬であり、論理破綻しています。すなわち、PCRの場合、再検査をすれば偽陽性であったかどうかは無論判定することができますし、事実、国内で発生した数例の偽陽性事例は再検査で発覚しています。そしてもし「再検で偽陽性を見分けることができない」を前提とすると、すべての陽性が偽陽性と区別できないという矛盾に陥ります。

図2注4偽陰性の問題について「一般的にPCR検査の感度は70%程度といわれている」と述べているところは、一般論でも何でもなく、中国の研究チームが報告したCOVID-19患者の初回検査の値のみをチェリーピッキングした、彼ら自身を含めた日本の感染症コミュニティ"による創作言説です(パンデミック当初は海外でも見られた)。PCR検査の拡充の非合理性を説くために、これまで感染症専門家を中心に一部の医者やウェブ・メディアが散々持ち出してきた誤謬であり、このブログでも何度となく指摘しています(→コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁PCR検査の精度と意義PCR検査をめぐる混乱)。

図2注5では、検査に関わるコストという論点について、新宿区や東京都の全員検査を5日間で行なうという現実にはあり得ないことを事例として引用し、検査の拡大を否定するというダミー論証による詭弁を展開しています。

図2注6では、「適切な質が確保された検査を実施すること」としながら「簡便かつ低コストで負担がかからない」という無茶なことを言っています。「高品質」と「簡便・低コスト」は、現状の検査ではトレード・オフの関係にあります。あえて、簡便・低コストかつ高精度という実際にはあり得ない検査の例を挙げて、社会政策としての検査を否定するというニュアンスになっています。

以上のように政府分科会の検査についての基本的考えと戦略を見ると、経済を回すために検査を導入することにはきわめて消極的、あるいは否定的です。感染防止対策と社会経済活動を両立させるという(実際はそれは不可能に近いですが)、政府の方針に資する提言を行なうのが分科会の役割と思うのですが、そこには検査の活用がスッポリ抜けているように思えます。

一方で、「無症状の人を千人又は一万人ほど集めてPCR検査を推奨する考えもある」という、プール検査についての記載があったり(図3上-注1)、「下水のPCR検査も地域の感染状況を知るために参考になりえる」というサーベイランスにPCRを使うことにも触れています(図3下-注2)。

図3. 政府分科会が示すプール検査および下水検査(新型コロナウイルス感染症分科会 令和2年7月6日 [4]).

下水のウイルス監視は、先行指標である感染者全数をさらに先取りする(あるいは代替する)流行把握として有効であり(レーダーの役目)、各国で実用化されています。しかし、国内では、現在まで、プール検査も下水監視も実用化されていません。

3. コロナ専門家有志の会

政府分科会のメンバーを多く名を連ねているコロナ専門家有志の会のホームページを見ると、「感染防止対策と社会経済活動を両立させるために」というページがあります [6]。しかしこのページを見ても、本ブログを書いている時点で、検査には一切触れられていません。 

4. 関連学会および有識者団体

前のブログ記事「学会の検査の捉え方と1日20万件の検査の不思議」でも紹介したように、日本臨床検査医学会のホームページには「新型コロナウイルスに関するアドホック委員会」よる「新型コロナウイルス感染症検査の使い分けの考え方」(8月27日) という文書が掲載されており、COVID-19診断に関連する検査の見解があります。すなわち、検査の目的として以下の4つが掲げられています。

1) 有症状者を対象としたCOVID-19診断

2) 無症状者を対象としたスクリーニング(screening)

3) 濃厚接触者のスクリーニング

4) 渡航時やビジネス上の社会的ニーズ

このように、厚労省や分科会では明示していないスクリーニングや社会ニーズのための検査の活用について、臨床検査の中心である学会が具体的に挙げていることは注目されます。

より具体的に、社会政策も含めてPCR検査の利用目的を示しているのが日本医師会COVID-19有識者会議(座長:永井良三 自治医科大学長)です [7]。8月5日に発表されたCOVID-19感染制御のためのPCR検査等の拡大に関する緊急提言という文書に、PCR検査の利用目的が掲げてあります。

図4注1に示すように、PCR検査の利用目的と意義について4つが挙げられています。これらは、言い方は異なりますが、日本臨床検査医学会の見解と類似しています。これらの中で「社会経済活動の維持」と「政策立案のための基礎情報」が挙げられていることは注目に値します。

また、図4注2に示すように、事前確率(有病率)が高い場合、事前確率は低い(または不明だが)が集団リスクがある場合、無症状だが社会・経済的影響が大きい場合、に分けて行政検査と民間検査(自己負担)の振り分けを提案しています。

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図4. 日本医師会COVID-19有識者会議が示すPCR検査の利用目的(文献 [7] からの転載図に加筆). 

そして、図3注3に見られるように、「継続的な精度の確保のもとに、事前確率によらずにPCRの利用拡大することが必要である」と結んでいます。この見解は「日本医師会全体の見解を表したものではない」との断り書きがありますが、図1、図2に示した政府専門家会議の考え方とは明らかに異なり、より世界標準の考え方に近いと思われます。

世界標準とは何かと言うと、新型コロナの検査を「グローバルな公衆衛生、医療提供、社会経済、市民生活に多大な影響を与えるパンデミック」という観点から捉える考え方です。日本の政府分科会や感染症コミュニティの考え方は、「パンデミック」ベースではなく、「患者と医療」に重点を置いている(「エンデミック」ベースで考えている)ことに特徴があり、世界標準とは離れていると言えます。

さらに、有識者会議とは異なるメンバーでまとめられた「COVID-19感染対策におけるPCR検査実態調査と利用推進タスクフォース」中間報告書 (2020年5月13日)(座長:宮地勇人 東海大学医学部基盤診療学系)には、詳細な提言があります。

日本医師会COVID-19有識者会議の提言はきわめて真っ当で重要だと思われますが、なぜかマスコミにはほとんど取りあげられていません。しんぶん赤旗が記事にしている程度です [8]。さらに、この有識者会議の構成メンバーに舘田一博氏(東邦大学医学部微生物・感染症学教授、日本感染症学会理事長)の名もありますが、彼は政府分科会の構成員でもあります。政府分科会とはまったく異なるこの有識者会議の提言を、どう捉えているのでしょうか。

5. 米国の見解と実例

ここで諸外国の例として、米国を見てみましょう。米国におけるCOVID-19対策の主導的責務を担っているのが、米国疾病管理予防センター(CDC)です。米国保健福祉省(Department of Health and Human Services, HHS)配下の感染症対策の総合研究所であり、研究と広報の両方の役割を担っています。同様の組織は中国や韓国にもありますが、残念ながら日本にはありません。

CDCはパンデミック前の流行初期の2月21日には、COVID-19感染防止のためのガイドラインを公表しましたが、これはグローバルスタンダードとなっています。しかし、流行当初には、「健康な人はマスク不要」と発表して批判を受けたり、開発した検査プロトコールの不備や水際対策の失敗(初期対応の遅れ)もあり、対策に消極的なトランプ政権下ということもあって、世界最悪の大流行に至っていることは周知の事実です。

CDCは、COVID-19の検査について、日本の厚労省と同様な見解を示しています [9]。すなわち、検査を受けるべき対象として、1) COVID-19の症状を示している人、2) 濃厚接触者、3) 医師から勧められた人、の3つを挙げています。無症状者に対する検査の意義については、ここでは詳しく述べられていません。

一方で、米国食品医薬局(FDA)のホームページにはプール検体の検査とともに、スクリーニング、サーベイランスのための検査に関する解説があります [10]FDAは、米国保健福祉省(Department of Health and Human Services, HHS)配下の行政機関であり、文字どおり食品、医療品、化粧品などの安全管理を責務としています。SARS-CoV-2検出用の検査キットの認可も行なっています。

スクリーニングについては、「一つの集団内で個々について感染の疑う理由がなくても、意図的にCOVID-19感染を探し出すこと」と説明されています。つまり、ウイルス暴露がわからない無症状者を、検査の結果に基づいて陽性者かどうか判断するというものです。

スクリーニングは発症前の感染者を確定する場合と、無症候性者を探し出すという場合があり、それらの結果が、感染拡大を防止する対策の立案を可能とすることが述べられています。ここの下りは、日本医師会COVID-19有識者会議が述べているPCRの目的の一つと同様です。

FDAは、スクリーニングを、症状があるかどうか、ウイルスの暴露の疑いがあるかどうかに関わらず、社会経済活動再開を目的として実施されるものであると説明しています。そして、例として事業者が従業員に対して行なう場合や、学校が生徒や学生に対して行なう場合が挙げられています。

FDAは、スクリーニング用として高感度の検査が適切であることを示しています。これはおそらく標準検査法であるプローブRT-PCRを指していると思われます。これ以外の精度の低い検査を選択する場合には「相談してほしい」と勧告しています。このあたりの主張は、「簡便かつ低コストで負担のかからない検査」と言っている日本の政府分科会のそれとは、微妙に違います。

サーベイランスについては、個人の診断目的ではなく、社会・集団レベルでの流行の把握に使われるものであると説明されています。サーベイランスは、たとえば、政策としての物理的距離(ソーシャル・ディスタンス)の効果を見るために有効です。

プール検査については、被検者の数を増やす利点があることが述べられています。例として、4つのサンプルをひとまとめにして一つの診断用検体とすることが示されています。一方、希釈効果によって偽陰性が発生しやすいことにも言及があります。

サイエンス誌上 [11] で言及されているとおり、米国では、社会経済活動や学校の再開に向けて検査導入が進んでいます。すなわち、パンデミック下の検査方針です。このような検査方針については、日本とは異なり、専門家間や社会の中である程度コンセンサスができているように思われます。米国の動向については、日本語の記事でも紹介されています [12]

私も米国の知り合いの大学教授に尋ねてみましたが、大学の場合、全米的にではないにしろ、かつ課題もたくさんあるとしながらも、対面授業再開を可能とする事前検査について前向きであることを話していました。すでにいくつかの大学で、定期的なPCR検査[13, 14] や監視のための下水検査 [15, 16] が進められています。

米国は日本とは桁違いに感染者数も多いので、事情は異なりますが、日本が参考にできることも多いように思われます。とくに下水のサーベイランス(→下水のウイルス監視システム)は簡単で低コストがあり、日本でも施設、事業所、区域単位ですぐに行なうことのできる方法です。

6. 社会政策としての検査

社会政策としてのプール方式によるマス・スクリーニングについては、中国での成功例が有名です。たとえば、武漢市では1千万人近くの全市民のプール検査が行なわれ、300人の陽性者を検出・隔離しています。その後陽性者の発生は見られず、マス・スクリーニングの有効性が証明されています。

国内では東京都世田谷区の取り組みがあります。感染症の疑いがある有症状者や濃厚接触者のPCR検査に加えて、社会的インフラを継続的に維持するためのプール方式PCR検査(1,000人程度/日)の実施体制を整備・拡充する、としています [17]。課題は、国による支援を受けられるかどうかでしょう。

冒頭に、ソフトバンクによるPCR検査センターの設立を紹介しましたが、このほかにもポチポチと民間レベルでの社会政策としての検査の導入が進んでおり、メディア報道もあります。

最近では、学生の感染で一躍取りあげられることになった京都産業大学は、株式会社島津製作所との包括的連携協力を結び、対面授業の再開に向けて学内にPCR検査センターを設置しました [18]

那須塩原市では、レスポンシブル・ツーリズムという概念を提案し、条例制定を進めています。すなわち、観光客にも安全な観光を保証するために負担をしてもらうという考え方に基づき、入湯税を引き上げ、その一部を観光事業者の定期PCR検査にあてるという試みです [19]。この条例は今月28日に制定されるということです。

テレビでは先日、NHK「暮らし解説」が「新型コロナ、広がる検査とその課題」というタイトルで、社会政策としてのPCR検査を取りあげていました。とくに、リモートワークが困難な観光、建設、交通、エンターテイメント等の業種における、就業を可能とする検査のニーズについて解説していました(図5)。

番組では、検査で「職場の安心を確保したい」という言い方をしていましたが、「企業活動を可能とする科学的(客観的)根拠を得るための検査」という表し方がより適切であると思います。

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図5. NHK暮らし解説で取りあげた企業の検査ニーズ.

ところが、社会政策としての検査のメリットを紹介すると思いきや、「無症状の人への検査の注意点」として、解説委員が延々とデメリットを説明し始めました。基本的に図1、図2に示した政府分科会が強調する検査のデメリットと同じことです。さすがNHKと思いました。

図6に示すように、検査の限界として偽陽性偽陰性が発生すること、検査で陰性と判定されたとしてもすぐに感染する可能性があることが述べられていました。そして検査を受ける人の不利益にならないような確約が必要なことなどが強調されていました。

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図6. NHK暮らし解説で取りあげた無症状者への検査の注意点.

図6で示す検査のデメリットについては、さらに国際医療福祉大学の和田耕治教授が出てきて、以下のように解説していました。

「(検査によって)一瞬その場で不安がなくなり安心が増すかもしれませんが、それはあくまでも一時のもので不安はやがて生じてくるのだと思います。根底にあるのは陽性者を排除するという考えがどうしても残ってしまいます。それが行き過ぎると検査をしないことが責められるかもしれません。いわゆる自由意志による検査というのは忘れないでいただきたいと思います」。

7. 検査を巡る課題とロジスティクス

社会ニーズの検査体制については、上記のように、民間が先行して整えつつあります。しかし、政府の消極的姿勢とコンセンサスがない状況では、あらぬ批判も受けることもしばしばです。そのうちの一つが「もし検査で陽性者が出た場合はどうするのか」、「あとの診療フローは考えているのか」という指摘です。

そもそも「陽性者をどうするか」については、これは行政(厚生労働省)の仕事になりますので、この指摘はまったくの言いがかりであり、もし陽性者を無視すれば行政の不作為責任が問われるだけです。つまりこれは、厚労省の新型コロナ対策のロジスティクスの問題なのです。

厚労省は、今年5月、保健所の業務軽減のために、感染者全数把握のための入力システムHER-SYS(ハーシス)を導入しましたが、これは医師(医療機関)が確定診断した陽性者が対象です。保健所の業務軽減と言いながら、その実、労力・負担が医療で忙殺される医療機関に移っただけです。パンデミック下で多数の陽性者が想定される状況では、医師の確定診断に限定する理由はなく、市中検査を含めて検査結果が分かった時点、地点で担当者、あるいは受検者がリアルタイムで入力できる、効率的かつ労力分散のシステムに変更すべきでしょう

そのためには、120もある入力項目を簡略化する必要があります。現状では、ハーシス入力には、カルテの内容を理解する医療知識が求められるようですが、その知識がなくても入力できるような改修が必要でしょう。まずは、韓国が国民登録番号で一元管理しているように、たとえば氏名ではなく、国民健康保険者番号で管理するということが考えられます。これだけで氏名、性別、年齢、住所の入力作業が省略できます。全数把握だけなら数項目で済むはずです。

あらゆる場面での検査(自宅検査も含めて)でコロナ陽性かどうかを早期判定することは非常に重要であり、発熱外来への無用な殺到の防止、陽性者、陰性発症者のその後の医療アクセスの適切化などに有効に働きます。この検査を介したロジスティクスを考えるのが正しく厚労省の仕事なのです。

このためには、対策を担う厚労省も分科会も感染症コミュニティも、検査の位置づけとして「患者と医療」に限定するのではなく、パンデミックベースで考えることに頭を切り替えるべきです。逆に言えばここができないので、一向に検査が増えない、検査資源が充足されないということが起こっているわけですが、この先感染力を増したウイルス変異体の流行が襲来した時に、全く対応できない状況になり、深刻な問題となることは目に見えています。

おわりに

現在、新規陽性者数の下げ止まり感があり、これから再々度国内の感染拡大を抑える可能性があります。今だからこそ考えるべきは、感染拡大軽減策としての事前のマス・スクリーニング検査や市中検査の有効性です。10月1日から東京を加えてGoToトラベル事業を拡大するなら、検査とセットのパッケージツアーがあってもいいでしょう。日本政府は感染症対策と社会経済活動の両立を政策として掲げていますので、当然両方の対策に資する検査の導入があってもいいはずです。しかし、今なお積極的な方針を示していません。

また、政府分科会や感染症コミュニティの専門家は、社会の検査ニーズに対しては、検査のデメリットを挙げて、むしろ否定的な見解さえ示しています。政府アドバイザリー・ボードも現在の流行状況を静観しているように思えます。

したがって、日本医師会有識者会議などが、社会政策としての検査について真っ当な提言を行なっても、そもそも政府の見解が後ろ向きでありますので、残念ながら、日本では専門家の間でさえコンセンサスができていない現状になっています。これでは何も対策がとられず、ただ感染拡大を招くだけです。

パンデミック下において、いかに経済を回していくかは、ひとえに感染拡大をどのくらい抑えられるか、そして安全範囲をどの程度科学的に保証できるかにかかっています。人々は毎日更新される先行指標としての新規陽性者の数を横目に見ながら行動することでしょうし、有症状者の検査のみならず、無症状者の社会検査は、その行動範囲を決める補助手段として積極的に活用されるべきでしょう。

引用文献・記事

[1] ソフトバンクニュース: 検査費用は1回2,000円と実費負担のみ。「東京PCR検査センター」が本格稼働. 2020.09.25. https://www.softbank.jp/sbnews/entry/20200925_02

[2] 天野高志、日向貴彦、小野満剛: ソフトバンク孫氏、新型コロナ100万人検査計画を撤回―批判相次ぐ. Bloomberg 2020.03.12. https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-03-11/Q71SKJT0G1KX01

[3] 厚生労働省: 感染拡大防止と医療提供体制の整備/新型コロナウイルス感染症に関する検査について. https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kansenkakudaiboushi-iryouteikyou.html#h2_1

[4] 内閣官房:新型インフルエンザ等対策有識者会議. 新型コロナウイルス感染症対策分科会 令和2年7月6日、7月16日. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/yusikisyakaigi.html

[5] Corman, V. M. et al.: Detection of 2019 novel coronavirus (2019-nCoV) by real-time RT-PCR. Euro Surveill. 25(3):pii=2000045 (2020). https://doi.org/10.2807/1560-7917.ES.2020.25.3.2000045 

[6] コロナ専門家有志の会: 感染防止対策と社会経済活動を両立させるために. 2020.07.21. https://note.stopcovid19.jp/n/n72b2cb865af8

[7] 日本医師会COVID-19有識者会議: COVID-19感染制御のためのPCR検査等の拡大に関する緊急提言. 2020.08.05. https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/

[8] しんぶん赤旗: PCR検査拡充を医師会有識者会議の提言に見る. 2020.8.13. https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-08-13/2020081302_01_1.html

[9] CDC (Centers for Disease Control and Prevention): COVID-19 Testing Overview. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/symptoms-testing/testing.html

[10] FDA (U.S. Food & Drug Administration): Pooled Sample Testing and Screening Testing for COVID-19. https://www.fda.gov/medical-devices/coronavirus-covid-19-and-medical-devices/pooled-sample-testing-and-screening-testing-covid-19

[11] Service, R. F.: Radical shift in COVID-19 testing needed to reopen schools and businesses, researchers say. Science Aug. 3, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/08/radical-shift-testing-strategy-needed-reopen-schools-and-businesses-researchers-say

[12] 谷本哲也: 社会活動再開のための積極的検査@米国──コロナ世界最前線(11). Waseda Chronicle 2020.08.15. https://www.wasedachronicle.org/articles/covit19world/w11/

[13] REUTERS: 米大学、対面授業再開へ学生に新型コロナ検査実施. 2020.08.19. https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-usa-idJPKCN25F023

[14] Kaiser, J. Poop tests stop COVID-19 outbreak at University of Arizona. Sicence Aug. 28, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/08/poop-tests-stop-covid-19-outbreak-university-arizona

[15] Carlson, J. and Faircloth, R.: University of Minnesota begins testing dorm sewage for COVID-19 at Twin Cities, Duluth campuses. StarTribune Sept. 21, 2020. https://www.startribune.com/university-of-minnesota-begins-testing-dorm-sewage-for-covid-19-at-twin-cities-duluth-campuses/572473121/

[16] Whitehurst, L.: Colleges combating coronavirus turn to stinky savior: sewage. The Denver Post Sept. 7, 2020. https://www.denverpost.com/2020/09/07/colleges-coronavirus-testing-waste-water-sewage/

[17] 東京都世田谷区: 世田谷区におけるPCR検査体制と社会的検査の概要(まとめ). 2020.08.24. https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/fukushi/003/005/006/011/d00187389_d/fil/HP20200824_2.pdf

[18] NHK WEB NEWS: 学内にPCR検査センター設置へ 京都産業大 学生ら対象に検査. 2020.09.03. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200903/k10012597561000.html

[19] 日本経済新聞: 那須塩原市、宿泊施設にPCR 温泉街は客離れ懸念. 2020.09.20. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63995290X10C20A9ML0000/

引用した拙著ブログ記事

2020年8月26日 コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁

2020年7月7日 新型コロナ分科会への期待と懸念

2020年5月29日 下水のウイルス監視システム

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

菅政権の新型コロナ対策の危うさ

2020.09.20: 13:45更新

はじめに

菅義偉内閣が、9月16日、発足しました。菅総理自身は「安倍政権の継承」を表明し、「国民ために働く内閣」というスローガンも打ち出しました [1]。主要閣僚は実績と安定を重視する守りの布陣と言えます。ただ、派閥均衡を意識した人事とともに再任や横滑りも多く、モリ・カケ・サクラをはじめとする安倍政権の「負の遺産」も負うことになったことも確かです。安倍政権下の7年8ヶ月に亘る、官房長官としての強弁の責任は重大であるでと言えるでしょう。

私は菅政権がどのような新型コロナ対策を打ち出すか、興味深く注視していましたが、安倍政権の継承と言っているだけあって、あまり代わり映えしないというのが率直な印象です。まだ始まったばかりですが、彼の言動から気になる点もあります。このブログで、日本の流行現状とSARS-CoV-2の感染経路に関する最新情報も踏まえながら、新政権の対策を考えてみたいと思います。

1. 管総理の発言

私が菅総理の言葉で気になったのでは、9月14日のNHK NEWS WARCH9で彼が生出演したときのコメントです。管氏は、有馬MCから新型コロナ対策どうするのかを問われて、「以前と違ってだいぶわかってきた」、「キャバクラとかホストクラブを重点的に抑えれば...」という主旨の返しをしていました。

私はそれを聞いて思わず「えっ!?」という気持ちになりました。なぜなら、2–3ヶ月前ならいざ知らず、現在の再燃流行(メディアが呼ぶ第2波)は「会食」「職場」「家庭内」が主要感染源となっていることはもはや常識になっているからです(図1)。

私はNHKでの菅総理の発言を聴いて、少々失礼ながらすぐに以下のようにツイートしました。

図1は、以前のブログ記事「全国で新規陽性者1000人超え」の中で紹介した、東京都における新型コロナの感染経路の割合の円グラフです。経路判明中トップが家庭内(32%)であり、会食や職場内での感染から家庭内での二次感染に繋がっていることが分かります。つまり、「キャバクラ」や「ホスト」という環境に限定されるのではなく、歓楽街・繁華街の人出全般とそれに伴う会食が感染リスクを高めており、そこで伝播されたウイルスが家庭内に持ち込まれていると考えた方が合理的です。

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図1. 東京都におけるSARS-CoV-2の感染経路の割合(出典:2020.07.30 TBSテレビ「Nスタ」).

このように、すでに7月の時点で主要な二次感染源は会食→家庭内であることが明らかになっており、さらにそれが世界的に認められている現状においては(後述)、上記した菅総理の発言はお粗末であり、感染症拡大抑制に本気で向き合っているのか心配になります。彼がGoTo事業開始前に「東京問題」と発言して、小池都知事と仲違いしたことも同様な問題です。

2. 政府の基本方針

ここで、菅氏の口から出てきたことの背景を考えるために、政権の基本方針 [2] を見てみましょう。図2に示すように基本方針の真っ先に「新型コロナウイルス感染症への対処」という項目があります。菅総理自身も最優先の課題は新型コロナウイルス対策だ」と述べています。

しかし、びっくりするのは、感染症への対処のはずなのに、冒頭から「感染対策と社会経済活動との両立を図る」とあることです(図2注1)。両者は二律相反するものなので、いきなりこのような言い方をされると、感染症対策を手抜きするためのエクスキューズに聞こえてしまいます。新規陽性者数が減らない限り、経済活動の基盤になる人の動きは戻らないので、その対策をしっかりと打ち出してもらいたいものです。

そして、「新型コロナウイルス感染症対策の経験をいかしてメリハリの利いた感染対策を行ないつつ...」と続きます。政府は「メリハリ」という言葉が好きなようですが、「メリ=ゆるむ」ことと「ハリ=張る」ことの使い分けが抽象的であり、対策の形容としては何の意味もありません。

検査拡充、医療体制の確保、ワクチンの確保は当然のことですが、ここでの検査拡充は医療診断用の簡易抗原検査のことだと思いますし、ワクチンについては海外の成果に依存するものであって見通しは立っていません。その意味で、感染症対策の基本である「新規陽性者数を減らす」という防疫の課題については、具体的対策は何もありません。感染者を減らすということが最大の経済対策でもあるのです。

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図2. 管政権の基本方針(文献 [2]より転載したものに加筆)

図2注2にあるデジタル化は、流行の感染拡大で浮き彫りになった、行政の電子運用・処理の遅れの問題を指しての目標ですが、菅総理は行政の縦割り打破の一環として「デジタル庁」創設を掲げています。新設されたデジタル相に充てられたのは平井卓也氏で、9月16日には早速記者団に、同庁創設に向けて、準備組織を早急に立ち上げる考えを示しました。

しかし、すでにHER-SYSG-SISのデータ運用や接触追跡アプリCOCOAの普及がうまくいっていない現状があるわけですから、まずはこれらに手を付けてもらいたいと思います。日本政府は目標を立てたり、何かを創ったりすることはできるのですが、問題解決へ向けて即応することや成果を上げることがきわめて苦手です。いわゆる「やってる感」は出すのですが、実績が伴いません。これは安倍政権下でとくに顕著でした。

さらに政府の「新型コロナウイルス感染症に関する今後の取り組みの概要」というページ [3] を見てみましょう(図3)。注1の部分を見ると「8割の人は他の人に感染させていない」という対策にとってはあまり意味のないことが書かれています。COVID-19への警戒感を薄めることを狙って書かれているのかもしれません。

また、注2にある「これまで得られた新たな知見等..メリハリの効いた対策」とは、菅総理が言っていたような"夜の街"関連をハイリスクとするアプローチでしょうか。「重症者や死亡者やできる限り抑制しつつ」ともありますが、後述するように、日本は現在、東アジアの中で圧倒的に多い重症者や死者を出しています。陽性患者が増えれば当然重症者も死者も増えるのです。

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図3. 政府の新型コロナウイルス感染症に関する今後の取り組みについて(文献[3]から転載したものに加筆).

注3にある「感染防止と社会経済活動の両立にしっかりと道筋」というところでは、現状では道筋に程遠いと言えます。両立は困難であり、感染拡大を長引かせるだけです。

3. 会食と家庭内が主要感染源

図1に日本における状況について示したように、家庭内がSARS-CoV-2の主要二次感染の場であることは、世界で常識化しつつあります。 

中国のLuoら [4] の研究チームは、広州でのSARS-CoV2の感染者391人とその濃厚接触3410人について、2020年1月6日から3月6日まで追跡した調査結果を報告しています。この調査は初期の流行の調査ですが、すでに濃厚接触者が主要感染源が家庭内であったことが明らかにされています。

本調査では、3410人の濃厚接触者のうち、3.7%に当たる127人が二次感染していることがわかりました。そして、感染源としては家庭内が最も多いことが判明し(10.3%)、病院内や公共交通機関での感染は1%以下と少ないことがわかりました(図4)。家庭内が主要二次感染源とするLueらの研究結果は、中国での他の研究 [5や米国での研究 [6] とも一致することが考察で述べられています。

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図4. 一次感染者の濃厚接触による二次感染リスク(文献[4]から転載).

一方、CDCが行なった有症状外来患者向けのアンケート調査では、SARS-CoV-2検査で陽性と判定された大人が発症までの2週間の間にレストランで飲食していた頻度は、陰性と判定された人の約2倍に上ることがわかっています [7]。そして、陽性判定者の42%が、感染者との濃厚接触があり、その相手は家族が51%を占めていました。

つまり、LuoらやCDCの報告を考え合わせると、図1で示したような会食がリスク要因であり、外での会食で持ち込まれたウイルスが家庭内で広がるということが、世界的にも当てはまるようです。菅総理が言ったキャバクラやホストクラブといった"夜の街"が感染源となることは、少ない例だと言えそうです。むしろ歓楽街・繁華街での人出と会食全般が感染リスクを高めているということになります。

Luoら [4] の研究では症状と二次感染の関係についても報告しています。二次感染率は一次感染患者の重症度が増すにつれて高くなり、無症状患者からは0.3%、軽症患者からは3.3%、中等症患者からは5.6%、重症患者からは6.2%となりました。結論として、一次感染患者からの二次感染は4%以下と少なく、より重い症状を持つ患者が高い感染力を有しており、無症状者からの感染力は限定的であるとしています。

彼らは、この結果について、世界保健機構WHOが2月に出した「無症状者からの二次感染は少ない」とする報告 [8] と一致するとしています。しかし、Luoらの研究では無症候性感染者と発症前無症状者を区別しておらず、一次感染者が濃厚接触者へ二次感染させる時に無症状であったかどうかについては調べていません。著者らもこの限界は認めています。

2月のWHOの報告はまだ情報が少なかったときの古い知見であり、現在ではむしろ発症前患者も含めた無症状者が主たる感染源となっていることが認識され始めています。たとえば、サイエンス誌に掲載された論文では、従来の感染伝播データに基づいた数理モデル解析で、無症状者からの感染伝播が52%(発症前感染者46%+無症候性感染6%)を占めるとされています [9]。米国CDCも最新の知見に基づいて無症状者がウイルスを伝播させるという見解を示しています。

さらに、米国のOran et al. [10] は、SARS-CoV-2感染者の40–45%は無症状者で占められると推察し、それらが感染性を有する可能性を述べています。そしてこれらによる潜在的感染拡大の危険性に鑑み、無症状者を含めた検査が緊急の課題であるとしています。そして検査のキャパシティーやコストへの依存性を考えると、それを補完するものとして、群衆移動のデジタルデータ解析下水汚泥モニターのような先進的公衆衛生学的サーベイランスが有用かもしれないと述べています。

4. 日本の流行の現状

前記したように、SARS-CoV-2の感染は世界的に会食や家庭内で最も多く起こっていること、そして無症状者からの二次感染が多いことがわかってきました。これはLuoら [4] の論文でも述べられていますが、家族と過ごす時間が長いこと、食事中はマスクを外し会話すること、無症状であれば自主隔離をしないことなどが影響していると考えられます。

日本の今の状況下では、菅総理が言っているような夜の街がリスクが高いわけではなく、むしろ私達の身近な生活の中にリスクがあることを物語っています。この延長線上にあるような GoToトラベルやGoTo Eatの事業促進は、繁華街・歓楽街への人出と会食を促し、感染拡大の要因として働く可能性があります。

菅総理大臣は、最優先課題は新型コロナウイルス対策と述べましたが、ここで再度彼の言ったことをメディア記事 [1] から拾ってみましょう。
                 

最優先の課題は新型コロナウイルス対策だ。欧米諸国のような爆発的な感染拡大は絶対に阻止し、国民の命と健康を守り抜き、社会経済活動との両立を目指す。そうしなければ、国民生活が成り立たなくなる。これまでの経験を生かしてメリハリのきいた感染対策を行い、検査体制を充実させ、必要な医療体制を確保したうえで、来年前半までにすべての国民に行きわたるワクチンの確保を目指す。

                 

上記の菅総理の言述で「欧米諸国のような爆発的な感染拡大は絶対に阻止しというのがありますが、そもそも欧米と日本を含めた東アジア諸国ではファクターXという未知の要因?もあって、圧倒的に陽性者数と死者数が異なります。つまり、ちゃんと対策をとっている限り、第一次流行における欧米のような爆発的な陽性者数や死者数の増加はないと予測されます。

しかし、防疫対策については国民自身の行動制限と衛生管理以外に基本的に無策であった日本政府は、今の再燃流行を長引かせています。政府は頻繁に新規陽性者数よりも重症者数が大事だと言ってきており、メディアは4月の流行時と比べて、現在は大幅に重症者数も死者数も少ないと言っていますが、果たして現状はどうなのでしょうか。

そこで、9月19日時点における重症者数と8月1日からの累積死者数について日本と世界各国を比べてみました。図5に見られるように、西洋諸国や東アジア・西太平洋の先進諸国と比べると、意外にも日本は決して重症者数や死者数が低いとわけでもありません。むしろ東アジアの先進諸国の中では最悪のように思われます。
 

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図5. 西洋先進諸国および東アジア・西太平洋先進諸国と比べた日本における重症数(9月19日)および最近の累積死者数(8月1日–9月19日)(9月20にアップデート).

日本は人口が多いので人口比で考えれば、各国と比べてもっと数字が低くなりますが、第一次の流行で10–100倍ほどの高い数字を見せていた西洋諸国と比べると今は余り差がなくなっていることがわかります。つまり対策を施した国と基本的に無策であった日本との差がなくなっており、東アジアの中では日本の無策ぶりが目立っているということではないでしょうか。

この先、GoToキャンペーン事業に加えて人出の制限緩和も進んでくると、感染が抑えられる要因がなくなってきます。8月から新規陽性者数の減少傾向が続いており、そして4連休も控えていることで、世の中もメディアの放送でも、新型コロナ対策についてユルユルになっているような気がしますが、本格的な秋を迎え、冬に突入すると流行は必ずぶり返します。しかもこれまでにない感染拡大が予測されます。

そうなると、GoToで予約していた客が一斉にキャンセルに走り、世の中はまた人の移動が停滞し、経済も回らなくなり、感染拡大と経済低下が長引くことになるでしょう。そうならないように政府には先手の対策を願うものですが、菅総理や西村経済再生担当大臣の言葉からは、経済を回すことしか伝わってきません。このままやり過ごせると思っているのでしょうか。

おわりに

私は学生の頃、社会学の授業で講師にこのように言われたことを覚えています。すなわち、「叩き上げと成り上がりは自分の成功を実力だと過信しがちであり、他者の批判に耳を貸そうとしない結果、ワンマンマネージメントに陥ることが多い」、「理論よりも実践を好み、大きな構造改革や喫緊課題の解決は苦手である」。

菅総理は、これまでの叩き上げの経験の上に、官房長官を7年8カ月務めた実績から「俺が永田町や行革を一番知っている」と自負があると思います。彼が上記の例に当てはまるとはいいませんが、少なくとも建設的な他人の批判には耳を傾ける姿勢をもってほしいと思いますし、これからのやり方でその質がわかってくるのではないでしょうか。

そして新型コロナ対策では、安倍政権の継承と言っているだけあって、合理的かつ具体的な方針が出てきません。このままでは、やはりこの秋冬再燃が拡大し、焼け野原になってしまわないかと心配しています。

追記(2020.09.20

このブログ記事を書いた後に、文献 [4として挙げているLuoらの論文を取りあげたウェブ記事 [11] を目にしました。産業医である奥田弘美氏が書いた東洋経済ONLINEの記事ですが、「無症状者からの感染は非常に稀である」という原著には出て来ない言い方をしていたので、ここで指摘しておきます。Luoらの論文は無症候性と発症前無症状患者を区別しておらず、濃厚接触時の症状についてもモニターしていないことも上述したとおりです。

同じ雑誌(Annal. Intern. Med.)に後日出版されたOranらの総説論文 [10]では、無症状者の検査が感染拡大抑制に緊急課題であるということが述べられていますが、なぜか奥田氏はこっちの論文は取りあげていませんいません。明らかにチェリーピッキング(→コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁)であり、しかもLuo論文のニュアンスを歪曲して記事を書いています。

引用文献・記事

[1] NHK政治マガジン: 菅首相が初会見「安倍政権の継承が使命」. 2020.09.16. https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/44943.html

[2] 首相官邸: 令和2年9月16日 基本方針. https://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2020/0916kihonhousin.html

[3] 内閣官房新型コロナウイルス感染症対策」: 「新型コロナウイルス感染症に関する今後の取り組み」について. 2020.08.28. https://corona.go.jp/news/news_20200828_01.html

[4] Luo, L. et al.: Contact settings and risk for transmission in 3410 close contacts of patients with COVID-19 in Guangzhou, China. Ann. Intern. Med. Aug. 13, 2020 : M20-2671. https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/M20-2671

[5] Bi, Q. et al. Epidemiology and transmission of COVID-19 in 391 cases and 1286 of their close contacts in Shenzhen, China: a retrospective cohort study. Lancet Infect. Dis. 20, 911-919 (2020). https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(20)30287-5/fulltext

[6] Burke, R. M. et al. Active monitoring of persons exposed to patients with confirmed COVID-19 - United States, January-February 2020. MMWR Morb. Mortal. Wkly Rep. 69, 245-246 (2020). https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/69/wr/mm6909e1.htm

[7] Fisher, K. A.: Community and close contact exposures associated with COVID-19 among symptomatic adults ≥18 years in 11 outpatient health care facilities — United States, July 2020. MMWR Morb. Mortal. Wkly. Rep. 69, 1258–1264 (2020). DOI: http://dx.doi.org/10.15585/mmwr.mm6936a5

[8] World Health Organization. Report of the WHO-China Joint Mission on Coronavirus Disease 2019 (COVID-19). Feb. 28, 2020. https://www.who.int/publications/i/item/report-of-the-who-china-joint-mission-on-coronavirus-disease-2019-(covid-19)

[9] Ferretti, L. et al.: Quantifying SARS-CoV-2 transmission suggests epidemic control with digital contact tracing. Science 368, eabb6936 (2020). https://science.sciencemag.org/content/368/6491/eabb6936

[10] Oran, D. P. et al.: Prevalence of asymptomatic SARS-CoV-2 Infection. Annal. Intern. Med. Sept. 1, 2020. https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/M20-3012

[11] 奥田弘美: コロナ感染より「隔離・制裁」を怖がる人が多い. 東洋経済ONLINE/Yahooニュース 2020.09.21. https://news.yahoo.co.jp/articles/55568d9fa14117c44023de60af3e0ca3f23ab4db?page=1

引用した拙著ブログ記事

2020年8月26日 コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁

2020年7月13日 感染拡大防止と社会経済活動の両立の鍵は検査

                                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

巷に氾濫する新型コロナのPCR検査に関する誤謬記事

2020.09.09: 10:15 a.m. 更新

このところ、相変わらずというか、新型コロナウイルスSARS-CoV-2)PCR検査に関するデマおよび詭弁を載せたウェブ記事を見かけることが多くなりました。このブログでは、最近のこの手の2つの記事について論評しました(→新型コロナについて詭弁を続けるウェブ記事–1 超過死亡はない?新型コロナについて詭弁を続けるウェブ記事–2)。PCR検査についてデマ・詭弁記事を掲載しているインターネットメディアとしては、BuzzFeed東洋経済ONLINE、PRESIDENT ONLINEなどが挙げられます。

今回は、本間真二郎医師の「新型コロナ「検査の陽性者」=「感染者」ではない…!PCR検査の本当の意味」という記事 [1] について論評したいと思います。プロフィールを見ると、米国国立衛生研究所NIHでウイルス学、ワクチン学の研究を行なっていたとありましたのでそれなりに期待したのですが、まずはタイトルからして専門家らしからぬ表現と感じました。なぜなら飛躍したキャッチーなタイトルに見えるからです。

以下それぞれのサブ項目について、本文を引用しながら見ていきたいと思います。

1. 「新規の感染者」とは、じつは単なる検査の陽性者

この記事ではPCRの検査の意味について冒頭に述べられています。その観点から、このサブタイトル自身は正しいです。本間氏は「私の結論から申し上げると、「検査の陽性者」=「感染者」ではありません」と言っていますが、厳密に言えばそのとおりです。一方で、テレビ等をはじめとするメディアが、検査の陽性者を感染者と呼んでいることも事実です。つまり、以下で述べるとおり、事実上陽性と感染は同じと考えでもいいと思います。

ちなみに、東京都はPCR検査陽性者を陽性患者と呼んでします。

2. PCR検査でわかるのは、ウイルスが「いる」か「いないか」だけ

このサブタイトルも正しい見方です。本間氏はさらにPCR検査で確定できないことはいくつもあるとして、以下の5つの例を示しています(引用1)。

引用1

(1)「ウイルスが生きているか」「死んでいるか」もわからない

(2)「ウイルスが細胞に感染しているかどうか」もわからない

(3)「感染した人が発症しているかどうか」もわからない

(4)「陽性者が他人に感染させるかどうか」もわからない

(5) ウイルスが「今、いるのか」「少し前にいた」のかも、わからない

上述した5つは基本的に言えば間違いではないですが、飛躍やミスリードがあり、SARS-CoV-2の場合については、全面的に正しいということもありません。枝葉末節や例外的なことを誇張して全体の主旨を曲げてしまうと詭弁になるということにも注意が必要です。以下この理由について説明します。

(1)については、ウイルスは厳密には生物の範疇からは外れるので、「生死」の概念が当てはまらないことは、本間氏も断り書きをしているとおりです。しかし、便宜上「生きている=増殖(=ウイルスの再構成)」と考えれば、その状況証拠は検査で得ることができます。

SARS-CoV-2の検査は、現在複領域標的の TaqMan PCRプローブRT-PCRというリアルタイムPCR(RT-PCRの変法(この技法については「PCR検査をめぐる混乱」参照)が世界標準として用いられています。この方法は、検体中に含まれている標的遺伝子のコピー数(=ウイルスの個数と考えてよい)を定量することができます。具体的にいうと、標的の核酸領域の増幅を繰り返し行い、増幅シグナルが立ち上がってくるカーブをある閾値で区切ったサイクル値(これをCt値という)に基づいて、元の検体中の遺伝子のコピー数を算出することができます。遺伝子のコピー数が多いほど、早いサイクル段階でのシグナルが見られますので、それだけCt値は小さくなります。

したがって、Ct値から算出されるコピー数に基づいて、ウイルスがどの程度増殖しているかということも間接的に知ることができます。一方、ウイルスの残骸(これ自体は曖昧な言葉で注意)が検体中に含まれる可能性を考えるとしても、この場合は、もはや増えていない段階なので、PCRで拾うことはまずありません(理由は後述)。

Ct値に対応する標的遺伝子のコピー数の実際の検量線作成では、高い濃度を10倍段階希釈した標準の標的DNA溶液でTaqMan PCRを行ない、Ct値に対して10倍段階希釈液中の標的遺伝子コピー数をプロットします。検出限界である1コピーの標準液をつくって実験することは現実的には不可能ですが、一般に、この検量線に従って、標的遺伝子が1コピーに相当するCt値を探ると、40–45の範囲になることがほとんどです(図1)。ただし、閾値のラインをどこにとるかでCt値は大幅に変わってきます(図1脚注参照)。

図1. TaqMan PCRの反応液中の初発遺伝子コピー数とCt値との関係. 既知濃度の細菌DNA断片溶液 [アンモニア酸化酵素遺伝子amoA] を10倍段階希釈したサンプルで得られたCt値(筆者未発表データ). 10コピーはCt=38、1コピーはCt=41に相当. このデータでの閾値のラインは蛍光シグナルの立ち上がりが直線的になったところで決定しているので、閾値ラインを立ち上がりのギリギリまで下げればCt値は2ほど低くなる(すなわち、10コピーはCt=36、1コピーはCt=39程度になる).

国立感染研究所SARS-CoV-2の検査マニュアル [2] では、45サイクルまでPCRを行なうことを勧めていますが、これは上記の理由によるものと思われます。

理論上は1コピーでも検出はできるということになりますが、実際の検体では、DNA増幅を阻害するような様々な雑侠物が混入している可能性があります。実際を考えると、反応液中に数コピー〜10コピー程度の標的遺伝子がないと検出は難しいでしょう。

英国の研究チームは、Ct値とウイルスの培養性(culturability)の関係する研究報告を行なっています(→発症前から発症時の感染者の伝播力が高い?)。それによると、Ct=25以内では、ウイルスの培養性が高いことが認められています。つまり、Ct≤25で増幅シグナルが立ち上がってくるような検体では、実際に「活性をもつ=感染性をもつ="生きている"」ウイルスが入っていることを示すものです。培養性というのは、ウイルスを細胞に感染させてその細胞を培養し、その結果ウイルスが増えるかどうかという意味です。

ウイルスは細胞の中でしか増殖できませんので、Ct値25以下のようなコピー数の高い検体の患者では、細胞に感染して増殖していることを示すものです。したがって、上記の(1)と(2)については標準のPCRだけを考えれば間違いではないですが、現行のSARS-CoV-2のPCR検査を考えれば、必ずしも正しいとは言えないということになります。

(3)の「感染した人が発症しているかどうかもわからない」、および(4)の「陽性者が他人に感染させるかどうかもわからない」は、まったくのミスリードです。なぜなら、ここで論じていることはPCR検査についてであり、標的のウイルスの存在と、その量が論点の範囲です。「発症」とか「感染させるかどうか」については、診断上や解釈の問題であって、PCR検査自体の論点から外れます。あえて言う必要のないことであり、言いすぎると詭弁になります。SARS-CoV-2の感染者は無症状の場合が多々あり、二次感染させる過半数も無症状者(発症前無症状者+無症候性感染者)と言われているのでなおさらです。

とはいえ、日本の行政検査においては、基本的に発症者についてPCR検査を実施しており、確定診断としてPCR検査を用いているので、検査で陽性となれば、その人は自動的にCOVID-19発症者、あるいはCOVID-19感染者ということになります。

また、他者に感染させるかどうかという伝播力については、感染源とされる唾液のPCR検査で陽性となり、ウイルス量が算出できれば、間接的な答えを得ることができます。本間氏の以下(引用2)の言述の前半部分は、PCR検査の限定的な場合と当たり前のことを引用して、感染性を否定しているつもりですが、「感染性がわからない」という命題とは繋がりません。「うつすことはできません」という「わかる例」をひっぱってきているからです。

引用2の後半部分では、「ウイルスが感染するためには、数百〜数万以上のウイルス量が必要になります」という明解な感染性の答えを出していながら、「感染性がわからない」とするのは話が繋がらず、矛盾しています。上述したようにSARS-CoV-2のPCR検査ではウイルス量が算出できますので、伝播力について間接的な答えを出すことができます。

そして「体内に1個〜数個のウイルスしかいない場合でも陽性になる場合があります」は、明らかに間違いです。上述したように、理論上Ct値=40–45は遺伝子1コピーに相当しますが(実測では5コピーでCt値38に相当 [3])、これは反応液中に遺伝子が1コピー存在するということであり、元の検体中のコピー数を表しているのではありません

引用2

体内のウイルスが死んでおり、断片だけが残っている場合は他人に移すことはありません。また、ウイルスが生きていても、その数が少なければ人にうつすことはできません。

通常ウイルスが感染するためには、数百〜数万以上のウイルス量が必要になります。しかし、PCR法は遺伝子を数百万〜数億倍に増幅して調べる検査法なので、極端な話、体内に1個〜数個のウイルスしかいない場合でも陽性になる場合があります。

それでは反応液中の1コピーが元の検体中の何コピーに相当するのか、感染研の検体輸送・検査マニュアルに従って計算してみましょう。

当該マニュアルによれば、鼻咽頭ぬぐい液の場合、ぬぐった綿棒を1–3 mLのウイルス輸送液に浸します。そのうちの140 μLを取り出してRNAの抽出とcDNAの合成(逆転写反応)を行い、60 μL のバッファーに溶かしてPCR検査用試料とします。この操作手順での回収率は通常50%程度と予想されます。そして、この試料 5 μL を使ってPCRを行ないます。

したがって、回収率50%ということを前提にすると、このプロトコールにおける理論上の検出限界である1コピー/反応チューブは、元の検体中において、(1000/140) × (60/5) × 2 =171(コピー数)に相当するという解釈になります。

実際、感染研のマニュアル [2] では、標的遺伝子によって検出限界は異なり、Nセットでは7コピー/反応チューブ、N2セットでは2コピー/反応チューブとなっていますので、それぞれ171×7=1197、171×=342のコピー数が検体輸送液1–3mLに存在しないと、PCR検出がむずかしいということになります。

つまり、PCR検査でCt値=40–45で陽性となるためには、検体中に最低でも数百〜千個程度のウイルス量が必要であり、検体採取で数個のウイルスがとれたとしても、実際のPCR検査では検出できないのです。ましてや、環境中のウイルスが検体中に数個混入したとしても、PCRで検出するのは不可能であり、安全キャビネット内で操作するので、反応チューブ内にウイルスが混入することもないです。Ct値≥37を偽陽性とみなすような論調がありますが、これも科学的根拠がないことはおわかりでしょう。

「ウイルスの残骸」という言葉もあいまいで何を指しているのかよくわかりません。細胞内で増殖してそれが細胞外に飛び出したウイルスが検体として拾われ、その遺伝子をPCRで検出しているわけなので、「残骸がPCRで検出される」という言い方には具体性がありません。実際にSARS-CoV-2感染者において、経時的に残存するウイルスのゲノムRNAと分解されたゲノムRNAとの両比については何もわかっていません。

とはいえ、標的遺伝子や用いる試薬キットが異なれば、検出限界や増幅効率も異なりますので、実用上の陽性判定のためにCt値をどこで切るかも変わってくる可能性があります。これらを考えて主要メーカーのRT-PCRのキットは、検査条件が最適化されているのです。実際上の検出では数コピーの存在が必要であり、これらを加味した上で、メーカーおよび各国のSARS-CoV-2の検出基準では、Ct値37–38を陽性の限界としているところが多いようです。これは、繰り返しますが、それ以上高いCt値の検出が信用できないということではないのです。

PCRでこのような状況ですから、感度で1000倍以上劣る迅速抗原検査の場合は、陽性反応が出た場合、それが非特異的反応(偽陽性)でない限り、数十万〜数百万コピーのウイルスの存在を意味するわけです。すなわち、陽性=感染という意味になります。

(5) の「ウイルスが「今、いるのか」「少し前にいた」のかも、わからない」に関しては以下のように述べています(引用3)。

引用3

一度感染すると、ウイルスの断片は鼻咽頭からは1〜2週間、便からは1〜2か月も検出されることがあります。これらはあくまで遺伝子の断片です。

この言述にはPCR検査の論点について「陽性→遺伝子の断片」という極論化,歪曲化した引用がなされていて、今、いるのか、少し前にいたのかも、わからない」という結論に誘導しています。これはダミー論証(ストローマン)の一種であり、詭弁です。そして部分的には事実誤認です。

なぜなら、繰り返しますが、検査で得られるCt値に基づいてウイルス量が算出できる(=増殖量がわかる)ので、「今ウイルスがいる」ことが証明されるからです。ウイルスが増殖しなくなると、急速に分解されていきます。したがって、これらの残骸をPCRで拾う可能性は、限りなく低いでしょう(実際はあり得ない)。

3. 感染とは「生きたウイルス」が細胞内に入ることで、発症とは別

このサブ項目については基本的に正しく、コメントすることはありません。

4.「検査陽性者」を「感染者」とすることが問題になる理由

このサブ項目で、「検査陽性者を感染者とすることは問題」という本間氏の主張には異論はありません。なぜなら偽陽性の問題があるからです。

しかし、ことさら「陽性=感染ではない」を強調すると詭弁になります。上述したように、偽陽性でない場合、検査感度からみて陽性=感染になるからです。以下の引用4での主張には明らかな飛躍があって詭弁です。検査陽性をすぐに感染と結びつけるのは問題ですが、「発症者」の病気を確定診断するには検査陽性が必要ですので、逆に「検査陽性=ウイルスがいる」状態は感染している可能性を示すものです。

あくまでもこの可能性が前提とならなければならないのに、「PCR検査陽性→病気→国民の全員が風邪」と飛躍的展開を行なっています。つまり「感染の可能性」をも否定する言述になっていて問題です。

引用4

もし、ウイルスが「いる」状態(PCR検査陽性)を感染=病気としたら、風邪の場合は国民のほぼ全員が感染している、つまり風邪をひいているということになります。

つまり「検査陽性=ウイルスがいる」ことだけでは「感染といってはいけない」のです。

そして、ここでは「風邪のウイルスには、裸で寝ようが普通に寝ようが、私たちは普段から常に接触しているのです。つまり、常にウイルスは気道上(のどや鼻)に「いる」のです」と比喩しながら、あたかもSARS-CoV-2に暴露されただけでPCR検査で陽性となるような誤謬も犯しています。

5.  ウイルスをもらっても感染しなければ何も問題はない

このサブ項目には以下のような驚くような言述があります(引用5)。「ウイルスがいても感染しなければいい、感染しても発症しなければいい、たとえ発症しても重症化しなければいい」という、それら自体は当たり前のことを、半ば開き直り気味に言うことに何の意味があるのでしょうか。

引用5

ウイルスをもらっても(ウイルスがいても)感染しなければ何も問題はありません。感染しても発症しなければいいのです。そして、たとえ発症しても、重症化しなければいいのです。

その一方で、自分はPCR検査を否定するものではないというエクスキューズもあります(引用6)。

引用6

ただし誤解のないように申し添えると、私はPCR検査に問題があるといっているわけではありません。PCR法は一般にはウイルスをもれなく見つける精度はとても高い検査になります。

ただ、以下の引用7の言述にはデマが含まれています。前半に見られる「精度は70%」というところは「感度が70%」という意味だと思いますが、この感度70%は感染症コミュニティの専門家を中心に発し続けられている全くのデマであることは先のプログ(コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁)で指摘したとおりです。現時点で「PCR検査の固有感度は決められない」というのが科学的態度です。

そして「精度は70%」という言い方は、引用6の「精度はとても高い検査」というところとまったく矛盾します。

引用7

しかし、新型コロナウイルスに対してでは、この「もれなく見つけるという能力」が低く、精度は70%ほどと推定されており、せっかくのメリットが生かされていません。

この能力が低い理由は様々なことが考えられますが、大きくはウイルス量が少ないこととウイルスが変異していることの2点になると思います。にもかかわらず、新型コロナウイルスの検査法ととし、PCR法が世界で共通して行われているのは、他の検査法がないためという点に尽きます。

さらに、引用7後半に”能力が低い"理由として挙げられている「ウイルス量が少ないこととウイルスが変異していることの2点」は、そのままでは意味がよくわかりません。感染直後はウイルス量が低くてPCRで検出できない、ウイルスが変異してPCRプライマーがかからないなどの補足説明が必要でしょう。ウイルスの変異でPCR検出に影響があることは考えられますが、実際に、変異で現行PCRのプライマーが機能しなくなったと言う報告は、現時点ではありません(→ウイルスの変異とPCR検査)。

6. 陽性者が少ない状態で検査数を増やすと、間違いばかりが多くなる

このサブ項目にも誤謬があります。すなわち、次の引用8前半にある「陽性者が少ない状態で検査数を増やすと、この間違えて「陰性を陽性」としてしまう数ばかりが多くなってしまう」という考え方は、「そのままPCR検査に適用できない」ということを理解していない日本の医クラの人たちが単純によく犯す間違いです

一般に、陰性を陽性としてしまう、いわゆる分析上の偽陽性は、特異度が高くない検査法で起こる可能性があります。たとえば特異度99%の検査法であれば、1万人の非感染者を検査すると100人を陽性としてしまう確率になり、事前確率が高いほど偽陽性の絶対数は小さくなっていきます。その意味で引用8の言及は間違いではありません。

ところがこの考え方は、交差反応等の非特異的反応を起こす検査法に通用する話(古典的医学ドグマ)であって(たとえばインフルエンザの簡易抗原検査など)、非特異的反応が起こりにくいPCR検査 [4] では通用しないのです。PCR検査の偽陽性は原理上まず起こらず(理論上、特異度100%)、発生するとすれば感染者の検体の汚染(クロスコンタミ)がほとんどです [5]。つまり、感染者がいない(事前確率が低い)と偽陽性は発生しようがなく、1万人の非感染者集合体を検査すればすべて陰性と判定するでしょう。

引用8

間違いの頻度が少なくても、数が多くなると問題が大きくなります。とくに陽性者が少ない状態で検査数を増やすと、この間違えて「陰性を陽性」としてしまう数ばかりが多くなってしまうのです。

..........

つまり、PCR検査とは、無症状の人を含めて闇雲に検査をするものではなく、医師が診察して(あるいは問診などにより)コロナウイルスの検査が必要だと判断した人(陽性の可能性が高い人)に対して行う検査なのです。

そして、引用8後半の「PCR検査とは、無症状の人を含めて闇雲に検査をするものではなく....」の下りは、感染症としての新型コロナの性質を理解していない言及であり、これも日本の医クラに多く見られます。

まずは、SARS-CoV-2の二次感染の過半数は、無症状の人(無症候性や発症前伝播)から起こっている科学的知見があり、すでに常識化しています(→感染拡大防止と社会経済活動の両立の鍵は検査)。つまり、ウイルスの基本再生産数がそれほど高くないという条件付きですが(あまりにも高いと感染・伝播抑制は困難)、無症状者・無症候性感染者を含めた「検査・追跡・隔離」を行なわないと、感染拡大の抑制はできないということです。

4月をピークとする当初の流行は緊急事態宣言解除とともに減衰しましたが、このときは無症状感染者の追跡と検査はほとんど行なわれていませんでした。その結果、今回の8月頭をピークとする再燃流行を招きました。そして、検査を拡げた結果、若年層の無症状者からの飲食感染、職場感染、家庭内感染が、今回の流行の主体であったこともわかりました。逆に無症状者の検査を行なっていなかった5月までの流行においては、ウイルスの変異を見過ごしてしまうという失敗を、国立感染症研究所は犯してしまいました。

無症状者も含めた検査拡充は感染拡大の抑制や流行の把握のために必須であるだけでなく、社会経済活動を可能とするために重要であると考えられます。このシステムがないと次に流行が起こった時にまた経済活動が止まってしまいます。世界の先進諸国は積極的にこの対策を行なっていますが、日本はまったくと言っていいほど無策です。

この本間氏の記事もそうですが、PCR検査を医療行為としてしか見ることができず、防疫対策や社会政策における検査の視点を欠く人たちが、一貫して無謬や詭弁を続けているようです。

6. 検査に精力を傾けるよりもみずからの暮らし方や食生活を見直す

このサブ項目まで来ると本間氏の主張は詭弁が目立ち、そして精神論・観念論に陥っています。

まずは次の主張です(引用9)。彼は冒頭でPCR検査の意義を「ウイルスがいるかいないかを判定するだけ」とせっかく言述しているのに、「PCR検査→陰性→絶対に安全とはいえない→費用や煩雑さの問題」と恣意的に歪曲して引用し、冒頭からは論理的にズレた展開になっています。そして最終的にPCR検査の否定に結びつけています。

しかも「絶対に」と形容を用いています。世の中に絶対ということはありません。「コロナにかかっても絶対死ぬとは限らない」、「車を運転していても絶対安全とは限らない」というような言い方は、論点をズラして、あり得ないことや当たり前のことを新たに攻撃材料にして、元を否定するというのはストローマン論法の典型であり、詭弁です。

引用9

もう一点、逆の視点から補足すると、「検査陰性」でも絶対に安全とはいえないのが、PCR検査でもあるのです。

ウイルスをもらってすぐ、あるいは細胞に感染してすぐの状態でウイルスが増えていない場合では、結果は陰性になります。また、検査した後に新たにウイルスをもらっている可能性がありますので、検査が陰性であっても、絶対に安全とはいえません。

安全性を高めるためには、定期的に繰り返しの検査が必要になりますが、それでも絶対にはなりませんし、費用や煩雑さの問題も生じます。

次の引用10の主張も矛盾しています。つまりPCR検査の陰性を「絶対に安全とはいえない」と述べながら、「新型コロナを恐れない」と論理的な破綻を起こしています。そして、主題の「PCR検査の本当の意味」に対して、暮らし方や食生活を見直す」、「自然に沿った暮らし方に改めていく」、「自然治癒力を高めていく」はまったく関係のない主張になっています。

引用10

そこに精力を注ぐよりも、みずからの暮らし方や食生活を見直し、不自然な日常をひとつずつでも自然に沿った暮らし方に改めていくことが、自分自身の免疫力や自然治癒力を高めていくことにつながります。それこそが、新型コロナを恐れない根本的、かつ、唯一の方法と信じています。

ここまで来ると、それまでの論点や科学的主張から脈絡がなくなっています。もはや精神論や観念論になってしまっていて、この記事の科学的論述がいっぺんに意味のないものに変わってしまいます。

7. 現在の流行は「感染の第2波」ではなく「第1波のくすぶり」ととらえるべき

このサブ項目の主張については細かい点で反論もありますが、サブタイトル「...第1波のくすぶりととらえるべき」は、私も基本的に同じ考えです。私は「第1波の再燃」と呼んでいます(→流行第1波の再燃)。なぜなら、流行が始まってから1日たりとも陽性者がゼロになっておらず、ウイルスの系統も4月のピーク時から引き継いでいるからであり最初から流行は続いていると考えた方が妥当です。とはいえ、これがいわゆる第1波と異なる変異ウイルスでもたらされた流行であるなら、第2波と言った方がよいでしょう。

おわりに

上述したように、検査の陽性は感染を意味しないというのは間違いではないですが、精度の高いPCR検査の場合はこれは当てはまらず、そして感染した細胞から排出された最低でも数百〜千コピーのウイルスを検体として拾った上で成立する検査だと言えます。

世界各国では新型コロナ感染症の拡大抑制と社会経済活動維持に向けて、日々蓄積されていく科学情報に基づいて検査の意義を考え、その運用を合理的に進めようとしています。一方で、日本は、相変わらず有症状者の患者確定のための行政検査が中心であり、経済活動に必須な防疫対策もほとんどなされておらず、検査の意義付けもなされていません。そして、この行政検査さえも抑制しようかという流れになりつつあります。

防疫対策としての検査拡充が非合理である言う人たちは、今回の流行に関する科学的考察をすっ飛ばしていきなり、いきなり「新型コロナは恐れることはない」、「季節性インフルエンザ並み」という楽観論に傾いているように思われます。そこには現時点では科学的根拠はありません。したがって、検査拡充不要論を説くために無理にデマや詭弁を使わざるを得ないということなのでしょう。

PCR検査は単純にウイルスの遺伝子を検出するためのものです。それなのに、「感染とは言えない」とか「人にうつすかどうかわからない」とか「発症するとは限らない」とか、臨床診断上の話を持ち出して、検査自体の価値を貶めたり、否定するような論調は一体何なのでしょう。

これだけPCR検査に関するデマや詭弁記事が氾濫する国は、世界広しといえども日本だけであり、そして医クラの人たちを中心にこの手の主張が見られます。ここに来て、またデマ記事が増えている気がします。大変残念ですが、コロナ禍で、日本のこの分野の科学力の低下と科学的態度の劣化が露になったことをつくづく感じます。そして、この手の検査デマが蔓延している限り、これからやってくるであろう第3、第4、第5...の流行の波での被害を、想像以上に大きくしてしまう懸念があります。

引用文献・記事

[1] 本間真二郎: 新型コロナ「検査の陽性者」=「感染者」ではない…!PCR検査の本当の意味. 2020.09.03. https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75285?imp=0

[2] 国立感染症研究所: 病原体検出マニュアル 2019-nCoV Ver.2.9
令和2年3月18日. https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/2019-nCoV20200318v2.pdf

[3] 京都大学医学部附属病院 検査部・感染制御部: 「SARS-CoV-2 核酸検出」PCR反応系の比較検討. 2020.03.24. https://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/~ict/clm/wp-content/uploads/2020/03/SARS-CoV-2PCR200324.pdf

[4] Corman, V. M. et al.: Detection of 2019 novel coronavirus (2019-nCoV) by real-time RT-PCR. Euro Surveill. 25(3):pii=2000045 (2020). https://doi.org/10.2807/1560-7917.ES.2020.25.3.2000045 

[5] Sethuraman, N. et al.: Interpreting Diagnostic Tests for SARS-CoV-2. JAMA 323(22), 2249-2251 (2020). https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/2765837

引用した拙著ブログ記事

2020年3月24日 PCR検査をめぐる混乱

2020年9月5日 新型コロナについて詭弁を続けるウェブ記事–2

2020年9月3日 新型コロナについて詭弁を続けるウェブ記事–1 超過死亡はない?

2020年8月26日 コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁

2020年8月15日 発症前から発症時の感染者の伝播力が高い?

2020年7月13日 感染拡大防止と社会経済活動の両立の鍵は検査

2020年7月3日 流行第1波の再燃

2020年6月11日 ウイルスの変異とPCR検査

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

新型コロナについて詭弁を続けるウェブ記事–2

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はじめに

先のブログ(→新型コロナについて詭弁を続けるウェブ記事–1 超過死亡はない?)でも紹介しましたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)PCR検査について詭弁を続けるインターネットメディアとしては、BuzzFeed Japan が有名です。これと並んででデマ記事を流し続けるメディアとして東洋経済 ONLINE があります [1, 2]。昨日(9月4日)、また東洋経済のこの手の記事 [3] が出ましたのでこれを論評したいと思います。

当該記事を書いたのは、大阪大学医学部附属病院感染制御部の医師である森井大一氏です。これがまたとんでもない内容なので、以下適宜どこがおかしいか、誤っているかを原文のサブ項目と原文をそのまま引用しながら指摘したいと思います。

1. 冒頭の矛盾

この論説の冒頭、森井氏は「有症状・無症状にかかわらず、感染者を早期に発見し隔離することは、現時点においても公衆衛生上の意味があると考えている」と言っています。ところが、すぐ後に「たとえ有効なワクチンや治療薬が開発されていなくても、無症状の患者をせっせと見つける努力自体が「バカらしい」「無駄」と見なされるようになるであろう」と述べながら、「重症者だけ見つけてそこに集中的に医療資源を投下すればいい」というやり方を肯定しています。

この下りは一体何なのでしょう? 前段と後段は明らかに説明として矛盾しています。あるいは、「自分はやみくもに検査をひろげるべきではない」論者だが、そのエクスキューズのためにあえて「有症状・無症状にかかわらず、感染者を早期に発見し隔離することは...」という一文を出しているに過ぎないということなのでしょう。

私はここまで読んで、多分この記事には論理的展開は期待できないなと想像しましたが、事実そうでした。そして以下の文章が続きます。

引用1

二類感染症相当(結核SARSなどと同様)を五類相当(季節性のインフルエンザと同様)とするのかという問題の本質は、社会が新型コロナウイルスの流行についてどの程度までなら仕方ないものとして許容し、そのためにどの程度の負荷(不便、わずらわしさ、費用等)を引き受けるのかということである。仮に季節性インフルエンザと同等の扱いをするとなったときに、社会のあらゆる場面でPCRスクリーニングを課すのはあまりにバカバカしい姿に映ることだろう。

この引用1にある「仮に季節性インフルエンザと同等の扱いをするとなったときに、社会のあらゆる場面でPCRスクリーニングを課すのはあまりにバカバカしい姿に映ることだろう」という言述もおかしいです。

もし五類相当になったなら、法令上、基本的にPCRスクリーニングはもはや必要ありません。ところが、「やらなくていいこと」をわざわざ持ち出して「スクリーニングを課すのはバカバカしい」と攻撃しているのです。これはストローマン論法の一種です(→コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁)。つまり、PCRスクリーニングを否定するために、現実にあり得ない話を引用して攻撃で返すという詭弁を展開しています。

そして「流行をどの程度なら仕方のないものとして許容し...」とありますが、「リスクをどの程度許容するか」というこの手の主張は、日本の感染症コミュニティ("感染症ムラ")の医療専門家や感染症専門家に特有のものであり、4月の流行ピークの後にとくに顕著になってきた言述です。パンデミックにある中で、このような主張が日本国内で出てくることは唐突感しかなく、そのような主張の国際論文はないように思います。政治家が言っているだけです。

COVID-19やSARS-CoV-2についてはまだ分からないことがたくさんあり、特効薬もなくワクチンも開発途中の段階です。もしファクターXがあるとするばらば、それが何かもわかっていません。ましてや、パンデミックの最中で世界的には収束の徴候さえ見せていません。日本の流行がなぜ再燃したか、そしていま緩やかに新規陽性者数が減っている原因を科学的に説明できる人はいませんし、この冬今まで以上の流行が襲ってくる可能性もあります。

このような段階では「リスクをどこまで許容するか」と言えるほどの材料も科学的根拠もほとんどなく、それを言い出すこと自体が科学的態度とは言えません。

2. 非効率な検査に公衆衛生上のメリットはない

このサブ項目「非効率な検査に公衆衛生上のメリットはない」の冒頭にも森下氏のエクスキューズがあります。「現時点ではまだ意味がある、とした理由は、新型コロナが1年の四季を通してどのような流行の形をとるのかが、まだわかっていないからだ」、「現状では数量的にも足りていないし増やすべきだ。その意味で、筆者は一貫してPCR拡大論者である」と言っています。にもかかわらず、引用1の言述をしているところはまったくの矛盾です。

以下の引用2、3でまたしても論理的無謬が出てきます。

引用2

本来重要なことは「感染が疑われる人(=検査を最も必要とする人)が速やかに検査されること」である。ところが、「国民全員に検査を」「希望する人は誰でも」というような、国民全体の有病率がそのまま検査前確率であるような人々に対する検査を求める声が根強い。このような、「疑わしい要素が特段にない人まで検査すべき」という主張を、以下、「巷のPCR拡大論」と呼ぶ。この「巷の拡大論」の問題点は、PCR検査の量的拡大の意義をまったく誤解していることにある。ただ検査の数だけが増えればいいのではないのだ。検査することで、一人でも多くの感染者を見つけ出すことこそが重要なのだ。

引用2の最後の文章「検査することで、一人でも多くの感染者を見つけ出すことこそが重要」は正論であり、PCR拡充の意義の一つです。ところが、疑わしい要素が特段にない人まで検査すべき」という主張を、以下、「巷のPCR拡大論」と呼ぶ」として、ここでもPCR拡充→国民全員に検査を→要素が特段にない人まで検査すべき」と歪曲・拡大解釈しています。そして「PCR検査の量的拡大の意義をまったく誤解していることにある。ただ検査の数だけが増えればいいのではないのだ」と、PCR拡充論の要素にないことを加えて攻撃しています。

PCR拡充論に関して、果たして森下氏が指摘するようなことを言っている人がいるのでしょうか。もしそのような国際的な論説があるなら、是非引用してほしいものです。それがなければ「巷のPCR拡大論」は自作自演の詭弁にしかなりません。

引用3

「巷の拡大論」の問題点を言い換えれば、それは検査前確率の無視ということになる。疑ってもいない人の検査を増やしても、陰性という当たり前の結果が増えるだけに終わる。その一方で、なんらかの症状や接触歴がある「検査すべき人」に速やかな検査がなされないという根幹の問題には何の改善ももたらされない。社会的資源を使って無駄な検査をすることは、公共政策の観点からは害悪でしかない。

ここでも「検査前確率の無視」、「疑ってもいない人の検査を増やしても」という、検査拡充論の要素を超える飛躍した論述をしています。念のため言いますが。検査拡充の意義は、彼が言っているとおり「検査することで、一人でも多くの感染者を見つけ出すことということです。そこからなぜ飛躍した展開になるのでしょうか。

SARS-CoV-2感染者は無症状である人も多く、「検査前確率」は検査しないと分かりません。有症状者だけを検査すれば、「検査前確率」は上がるでしょうが、これは単に治療すべき患者を探しているだけのことであって(それ自体は重要ですが)、二次伝播や流行の把握などの防疫・公衆衛生上の視点が欠けています。検査陽性=発症者という従来の感染症に関する医学ドグマから抜け出せていないのです。

次の引用4は、「検査やみくもに広げるな」論者のデマをまたしても挙げている文章です。

引用4

PCR検査の感度が7割とされていることはかなり知られるようになった(新型コロナウイルス感染症対策分科会の資料)。10人の感染者を集めてきて検査をしても、陽性となるのは7人で残りの3人は陰性になる。「陰性証明」なる不思議な言葉があるが、1回のPCR検査で陰性を証明するのは不可能である。

果たしてPCR検査の感度が7割という固有値はどこで知られるようになったのでしょうか? 便宜上、様々な感度の数字(感度は変化する)を挙げていても、固有値として示している国際論文は一つもありません。これは、坂本史衣氏(聖路加国際病院)や政府分科会専門家をはじめとする"感染症ムラ"発信の「感度7割」デマです(→コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁)。それをそのまま踏襲しているようでは科学レベルの程度が知れます。

「陰性証明」なる不思議な言葉という言述がありますが、これには私も同意します。PCR検査は陽性か、陰性かを判定するための科学的証拠を提出することだけなので、陰性証明のための検査という言い方はおかしいです。とはいえ、陰性証明という論点ずらしの言葉を盛んに使っているのは、実は検査拡充非合理論側の人たちです。

森下氏は続けて「1回のPCR検査で陰性を証明するのは不可能である」と述べています。これもPCR検査に対して飛躍した要素を加えて述べています。つまり、感度7割というデマを前提にして、それを恣意的に一般論へと展開する自作自演の詭弁です。仮に感度7割という固定値を用いると、発症した感染者全員を陽性とするためには、最低でも3回以上検査しないと確定ができないことになります。

3. 無作為検査では1人見つけるのに数千万円の公費投入

前述のように、森下氏は「検査することで、一人でも多くの感染者を見つけ出すことPCR検査拡充の意義を説いています。ところが前後する文章は「やみくもに広げるな」というニュアンスで貫かれており、次の引用5のパラグラフに至っては、手術前、入院前、出産前の検査を非効率と述べています。

引用5

ひとまず目の前の患者に陰性のお札(ふだ)を貼って安心したい一部の医療者が、手術前・入院前・出産前などさまざまな場面でのPCR検査を保険収載するように働きかけ、これが実現されてしまった。このような「特に感染が疑われるわけではない人をあえてふるい分ける」検査を総称してスクリーニング検査という。スクリーニング検査で陽性となる頻度については、これまでに公表された大規模な調査はないが、筆者の見聞の範囲では数千例に1度程度の陽性率である。

............

加持祈祷と実質的に変わらない陰性証明や極めて非効率な陽性者捕捉のために、こうした数字を広く国民に周知して議論することなく、多額の公金を投入していることは問題である。

できる限り陽性者を見つけることの重要性を説きながら一方で「数千例の1件程度の陽性率」として、スクリーニング検査を否定的に述べるところなどは、自らを検査拡充論者とエクスキューズしたつもりが、矛盾した言述で墓穴を掘るような展開になっています。

入院・手術前はもとより、出産前のスクリーニング検査は院内感染を防止するためのものとしてきわめて重要です。事実、日本では事前検査をしなかったために院内感染があちこちで繰り返され、多数の死者を出した苦い経験もあります。

出産前のスクリーニング検査については国際的な常識になっていますので、スクリーニングを推奨する論文をいくつか挙げておきます [4, 5, 6]。これらの論文には、流行の程度が国・地域で異なることを考慮する必要があることが述べられていますが、森下氏は、数千例に1件の陽性率としてスクリーニングを否定するなら、国際的常識の一般論と各論を照らし合わせて反論すべきでしょう。

そして、人命に関わるような院内感染の問題を、「加持祈祷と実質的に変わらない陰性証明や極めて非効率な陽性者捕捉のために」と形容しながら、お金の問題にすり替えて論じているところなどは、この人は本当に医師かというような印象です。スクリーニング検査の「感染者を見つける」、「院内感染を防ぐ」という意義を、「無作為検査では1人見つけるのに数千万円の公費投入」と元にない飛躍した要素で返しているところはストローマン話法であり、まったくの詭弁です。

公費投入と言っていますが、それは基本的に患者確定と濃厚接触者の検査に限定される行政検査に限定される話です。東京都世田谷区がエッセンシャルワーカーを中心にPCR検査を拡大し、それをすべて公費で賄う計画を発表していますが、防疫と社会活動政策については、少なくとも現時点では費用対効果で述べられるべきではありません。感染症を含めた自然災害の対策については、やりすぎるということはないのです。

4. ご利益があるかのように偽るシンプルな詐欺

サブ項目ご利益があるかのように偽るシンプルな詐欺に至っては、次のようなひどい内容があります(引用6)。

引用6

これらは、社会経済活動を進めていくうえでの「安心」のための検査だという。言い換えれば、陰性という結果を得たいがために検査するものということだ。

陰性という結果が、「感染していないこと」を保証しないことは医療の場合と同じである。むしろ、非専門家である非医療者に、実態とかけ離れた安心を不用意に与えることの問題のほうが大きい。本来は、医療者がこのような検査の使い方の誤用を指摘し、専門知識に基づいて社会をリードする必要があるが、日本の医療者自身が上述のとおりなので、つける薬がない。

上の文章には、「安心」のための検査という表現がありますが、そのような検査はありません。検査は陽性か、陰性かの科学的根拠を提示する手段にしか過ぎません。陽性であれば活動はできないし、陰性であれば活動できるという原則しかありません。にもかかわらず「社会経済活動を前提とする検査→安心のための検査」と歪曲して引用し、さらにそれは「使い方の誤用」と、それこそまったく誤謬の返しをしています。あげくには「つける薬がない」という自分の詭弁を補強する比喩展開まで行なっています。

次の引用7においては、森下氏は社会経済活動を前提とするPCR検査の意義が理解していないのか、誤謬を繰り返しています。

引用7

PCR検査の陰性」があたかも「感染していないことの科学的証明」であるかのごとくこのサービスを提供することは、控えめに言って経済学で言うところの情報の非対称である。

社会経済活動のためのPCR検査の意義は上述したとおりで、陽性であれば活動停止、陰性なら活動維持という単純なものであり、世界中でこの観点からの検査が行なわれています。この世界の流れに関する情報と知識の共有ができていないというならば、それこそ彼自身が「情報の非対称性」に陥っていると言えます。

ここでも「PCR検査の陰性があたかも感染していないことの科学的証明であるかのごとく」と、1本の木で森全体を表すような歪曲表現をしています。現在まで日本ではPCR検査150万件分に相当する人数が陰性となっていますが、彼はこれらの人たちを指して感染していないとは言えないとするのでしょうか。

次の引用8のパラグラフは、ある経済学者に聞いた話としながら述べているのですが、誰に聞いた話なのか、何を言っているのかまったく理解できません。「医療や科学を装った”専門家”に一般人が騙されている限り」とはどの専門家のことでしょう? 「シンプルな詐欺」とは何も指しているのでしょう?

検査に関するデマや詭弁も繰り返している感染症ムラの人たちの言述を詐欺というのならわかりますが。

引用8

「非医療におけるPCRに関しては、確かに情報の非対称性問題がある。しかしこれまでのところ、結果として生じているのは逆選択(非効率)やその結果の市場崩壊ではなく、むしろその逆だ。医療や科学を装った”専門家”に一般人が騙されている限り、市場は崩壊などせず、むしろ活況を呈している。価格も上昇し、顧客も満足しているのだから、ご利益がないものをあると偽ったシンプルな詐欺だ」というのである。

日本では、防疫対策としての検査に関してはほとんど無策と言ってもいいほどです。ちなみに社会経済政策のための検査は、日本ではまだスポーツやエンターテイメント分野などの限られた範囲でしか行なわれていません。そしてこれらは公費ではなく、自費で行なわれています。

5. 無作為検査で人権侵害や不利益を被るリスク

サブ項目「無作為検査で人権侵害や不利益を被るリスク」では、無症状者の検査を人権侵害というところにまで歪曲引用しています。次の引用9、10を見てください。

引用9

スクリーニング検査は、「感染を疑わせる症状も曝露歴もないが、念のために陰性を確認する」ことを目的に行われる検査である。そこでは、検査する側もされる側も陰性を確認することしか頭にない。しかし、もし陽性が出たらそれをどう解釈するつもりか。症状や曝露歴での絞り込みを行わずに検査前確率が低いままスクリーニング検査を行うということの意味を、陽性になった場合も含めて考えておく必要がある。

引用10

新型コロナウイルス感染症感染症法上の指定感染症であり、いったん確定診断されると行政に届出される。届出を受けた行政は、周囲に接触者がいないかを詳細に聴取し、それに基づいて家族や職場の同僚なども次々検査される。そのような中で、理不尽なスティグマ(汚名、烙印)を負わされ、退院後もなかなか職場復帰できないなどのケースも起こっている。指定感染症である以上、感染者は法令に基づいた人権の制約を引き受けざるをえないが、それ以上に多くの不利益を被ることが少なくない。

引用10にあるように、検査の意義について「スクリーニング検査→念のために陰性を確認する→陰性を確認することしか頭にない」と間違った引用がなされています。検査はどこまで行っても陽性か、陰性かの科学的根拠を示す手段にしか過ぎません。「陽性が出たらそれをどう解釈するつもりか」の下りに至っては、理解していないのか恣意的なのか、まったく間抜けとも言える誤謬の返しです。

そして、引用10とサブタイトル「無作為検査で人権侵害や不利益を被るリスク」を合わせて、「スクリーニング検査=無作為検査→人権侵害」と思わせる無茶苦茶な大飛躍の展開に至っては開いた口が塞がりません。

まとめ

PCR検査拡充の論点や実態について歪曲する、拡大解釈して引用する、元にない要素を加えるなどして、論点をすり替え、その上で検査拡充を攻撃したり、否定したりする、いわゆるストローマン論法は、「やみくもに検査広げるな」論者の専売特許とも言えます。この森下氏の記事にもそれが随所に見られました。

これらの人たちに共通することは、PCR検査を医療行為(患者確定)としてのみ考えていることであり、社会政策としてのスクリーニング検査の意義を認めない、あるいは理解できないということです。そこから行政検査や医療行為の検査以外を極端に蔑むという言動に結びついています。そこには防疫対策における、まずは「検査・隔離」という基本概念が抜けていると言えます。合理性のない主張に無理矢理正当性を持たせようとするがために、ストローマンを含めた詭弁で自説を展開せざるを得ないのでしょう。

森下氏の記事の中で情報の非対称性という言葉が出てきましたが、おそらく彼はPCR検査やスクリーニング検査に関する論文を一切読んでおらず、世界の流れも知らないのでは(あるいは無視しているのでは)ないかと思われます。でなければ、このような蛸壺的論述は簡単にできるものではありません。情報の非対称性は彼自身に当てはまることだと感じます。日本の感染症コミュニティの科学レベルの低下の例をまた一つ見た気がします。

引用文献・記事

[1] 大崎明子: 「PCR検査せよ」と叫ぶ人に知って欲しい問題 ウイルス専門の西村秀一医師が現場から発信. 東洋経済ONLINE. 2020.05.12. https://toyokeizai.net/articles/-/349635

[2] 大崎明子: 「PCR検査・隔離」の膨張が引き起こす現実の問題 感染症と検査の現場から西村秀一医師が訴える. 東洋経済ONLINE. 2020.08.23. https://toyokeizai.net/articles/-/370721

[3] 森井大一: 「誰でもPCR」は公費の大半を捨てることになる うっかり検査を受けた人の陽性・陰性のリアル. 東洋経済ONLINE. 2020.09.04. https://toyokeizai.net/articles/amp/373155

[4] Sutton, D. et al.: Universal screening for SARS-CoV-2 in women admitted for delivery. N. Engl. J. Med. 383, 2163-2164 (2020). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2009316

[5] Abeysuriya, S. et al.: Universal screening for SARS-CoV-2 in pregnant women at term admitted to an East London maternity unit. Eur. J. Obstet. Gynecol Reprod. Biol. 252, 444–446 (2020). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7373691/

[6] Goldfarb, I.T. et al.: Universal SARS-CoV-2 testing on admission to the labor and delivery unit: low prevalence among asymptomatic obstetric patients. Infect. Control Hosp. Epidemiol. Published online June 15, 2020. https://doi.org/10.1017/ice.2020.255

引用したブログ記事

2020年9月3日 新型コロナについて詭弁を続けるウェブ記事–1 超過死亡はない?

2020年8月26日 コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁

                 

カテゴリー:感染症とCOVID-19

新型コロナについて詭弁を続けるウェブ記事–1 超過死亡はない?

はじめに

インターネットメディアであるBuzzFeedの岩永直子氏は、新型コロナウイルス感染症COVID-19に関する記事をシリーズで流しています。タイムリーな話題を記事にすることはいいのですが、問題はその中身です。これまでの全部の記事が、いわゆる政府よりの感染症コミュニティの専門家や医師らのインタビュー記事であり、やみくもに検査をやるべきでないという検査拡充非合理論者の側に立つ誤謬や詭弁が目立つものになっています。

昨日(9月2日)出た「「検査を増やせば新型コロナ感染者を減らせる」は正しいのか? 疫学の専門家に聞きました」というタイトルの記事 [1] もそうです。この論述のどこがおかしいか、記事のサブ項目と原文を引用しながら検証してみたいと思います。超過死亡については事実誤認と思われるところがありますので、とくに指摘したいと思います。

超過死亡についてはメディアによる先行した報道がありましたが(→超過死亡に見る日本の新型コロナ対策と医療事情)、先日国立感染症研究所による8月の分析結果が公表されたばかりです [2]

1. 検査を増やせば新型コロナ感染者を減らせる?

このBuzzFeed記事はタイトルからして詭弁が含まれています。「検査を増やせば新型コロナ感染者を減らせるは正しいのか?」とありますが、「検査を増やせば新型コロナ感染者を減らせる」という言い方をしている国や専門家はおそらく世界中どこを探してもいないと思います。そのような主張の論文も、少なくとも私は見たことがありません。

なぜこのような創り話が出てくるのか? おそらく、世界中で言われている「検査・接触追跡・隔離」という感染症拡大抑制の基本原則の意味を意図的に歪曲引用し、元の文脈・語脈にはないような「検査を増やすと感染者を減らせる」という表現に変えているものと思われます。つまり、「検査の拡充」という主張に対して攻撃しやすくするためのネタとして「検査増→感染者減」を創り上げ、論点をすり替えているのです。

もし、「検査を増やすと感染者を減らせる」という主張が現実に存在するなら、記事なり、論文なりを実際に引用した上で話を進めるべきでしょう。

記事の冒頭にある「PCR検査を増やせば、感染者数も抑え込めるはずだ」という文章も同様です(図1赤線部)。検査→隔離→接触追跡というサイクルで感染拡大を抑えるという防疫対策の基本に対して、繰り返しますが、隔離・追跡を飛ばして「検査→感染者を抑える」と短絡的に引用しています。その上で、検査拡大は感染者抑制にならないと否定的見解を示すわけですから、これはストローマン論法の一種です(→コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁)。要は、検査拡充非合理を説くために、詭弁を駆使した自作自演をしているということになります。

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図1. BuzzFeed記事の一部抜粋-1.

念を押しますが、今行なわれているPCR検査は、あくまでも被検者の検体にSARS-CoV-2の標的遺伝子が含まれているか否かという、陽性と陰性を判定する科学的根拠を提示するための手段にすぎません。したがって、PCR検査を広げれば広げるほど、陽性と陰性の確定者数も増えていくことになりますが、そこから「感染者を抑える」という展開はまったくの論理的誤謬です。

世界で用いられている感染者を抑える手段は、無差別的なロックダウン(接触機会削減)か陽性者の選別隔離しかありません。

図1にあるように、鈴木貞夫教授(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学)に検証してもらったという下りがありますが、前提がおかしいので、図2のグラフの提示も意味をなしていません。

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図2. BuzzFeed記事の一部抜粋-2(人口当たりの検査数と患者数の関係).

患者は検査で確定されていますので、患者数が多いということは検査数も多いということになります。図2の右上のバーレーンの100万人当たりの陽性者数は約31,000、1,000人当たりの検査数は670であり、左下にある台湾はそれぞれ21、3.7になります(いずれも9月3日の時点)。各国の患者数と検査数を二次元プロットすれば正の相関が得られるという当たり前の話を、図2は示しています。

ところが本記事は図2を敢えて提示して「検査を増やしたからと言って、感染者は抑えられているとはこのグラフから読み取るのは難しいということだ」と述べています。つまり、「検査を増やすと感染者を減らせる」という創作した論点への攻撃材料として、何の科学的根拠にもならないグラフを持ち出して暗黙的に否定するという、二重の詭弁を犯しています。まったくの自作自演です。

検査数は必ず陽性者数以上になり、かつ両者は比例関係にあるわけですから(図2)、両者の関係について国による違いを語るためには、それは陽性率の違いを見ることしかできません。図2で言えば、回帰直線を引いてその右側にくれば検査が充足している(陽性率が低い)、左側にくれば不足している(陽性率が高い)という見方になりますが、人口や極端に感染者が多い国と少ない国での検査数のバイアスが出てきます。

少なくとも、同様な陽性者数が見られる国々で比較するとか、ファクターXの恩恵を受けていると推察される東アジアの国々で比較するとかの工夫を行なう必要があるでしょう。

図3は、例として9月3日の時点で累積陽性者数が40–50位にある国々を順に並べたものです。日本は45位に位置します。これらの国々で1,000人当たりの検査数を比べると、日本は12となり、中南米やアフリカの国々と肩を並べて最低の部類に入ってしまいます(図3中)。ただ、これは人口当たりの陽性者数の順位で近いもの同士で語る必要があります。

その点陽性率は、陽性者数に対して検査数が十分であるかを直接判断するのに有効な指標であり、人口比の影響も排除できます。図1下に示すように、陽性者1人を探し出すのに要した検査数は日本は22件です。陽性率にすると約4.5%です。累積陽性者数40–50位の11カ国の中では6位に位置し、この範囲だけでは高いとも低いとも言えません。

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図3. 世界40-50位の累積陽性者数(上)、1,000人当たりの検査数(中)、および陽性者1人当たりの検査数(下)(worldometerの集計データ [2020年9月3日現在] に基づいて筆者が作図).

ちなみに累積陽性者数で現在1、2、3位にある米国、ブラジル、インドの陽性率はそれぞれ7.4%、28%、8.6%になり、感染拡大にまったく検査が追いついていない状況と言えるでしょう。インドで言えば新規陽性者数は約8–9万人/日ですから、1日当たりの検査数は100万件近くに相当します。日本がこれまで行なってきた検査数全部(約160万件)を2日でやってしまうというようなペースですが、それでも感染者の増加に追いついていないのです。

このことからも「検査を増やすと感染者を減らせる」という言説はまったくの誤謬ということになるのですが、この記事ではそれを攻撃の対象として敢えて創り出したということになります。検査数の意義や妥当性については、陽性率に基づいて検査数が足りているか否かということくらいしか言えません。

2. 安心のための検査

この記事の2つ目の誤りは「安心のための検査」、「社会・経済活動をする際の安心を得るために受けたい人」という言い方です(図4赤線部)。前述したように、検査の目的はあくまでも被検者の検体にウイルスの遺伝子(PCR検査)、あるいは抗原(抗原検査)が含まれているか否かの証拠を提示すること、つまりウイルス存在の陽性か陰性かを判定することです。したがって「安心」という主観に依存する感情表現をくっつけて検査を形容することは不適切です。

安心は、検査による陰性という科学的証拠が提示されて初めて主観的感情として生まれるものであり、陽性という証拠が提示されれば逆に「不安」になるでしょう。

コロナ禍の中で社会経済活動を維持する一つのアプローチは、事前にPCR検査でスクリーニングを実施し、陰性者だけを選別して社会経済を回すという方法です。一方、この段階で陽性者が出れば、自主隔離か症状に応じて入院措置となります。これは今世界中で広く行なわれている感染症拡大抑制と社会経済を両立させる対策です。

ところがスクリーニング検査に否定的な人たちは、「スクリーニング検査→陰性証明→安心のための検査」という歪曲した解釈を持ち出します。

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図4. BuzzFeed記事の一部抜粋-2.

この記事で鈴木教授は、歪曲した解釈を持ち出した上で、以下のようなことが述べています。すなわちスクリーニング検査を「陰性証明に使っている」と指摘しながら、一方で「陽性者の半分ぐらいは感染させない人になります」という飛躍した脈絡のない言述をしています。

                  

これだけ患者数が減っているのに検査が増えているということは、患者をあぶり出す、発見するというより陰性証明に使っているのではないかと推測します」

「保健所で検査を行なっている症状のある人や濃厚接触者は感染してから間もない人がターゲットですから、陽性と出たら必ず感染性があるとみてよい。検査で見つける意義があります」

「でも無症状者をランダムに検査すれば、感染時期もランダムですから、感染させることがない、本来隔離する必要のない人も拾ってしまうことになります。陽性者の半分ぐらいは感染させない人になります」

                  

スクリーニング検査で陽性と判定された場合、「半分くらいは感染させない人になる」とは一体どのような根拠に基づいているのでしょうか。そのような論文があるのでしょうか。スクリーニング検査を否定するために根拠のないことを言い出しているとしか思えません。

下の鈴木教授の言述は、行政検査を賞賛し、民間検査やスクリーニング検査を蔑む政府分科会専門家を含む感染症コミュニティの一般的な見解と同じです。

                  

「保健所がクラスター対策など陽性に出る確率が高い人を仕分けて検査をしており、日本は合理的に検査を行なっていると思います。その結果、検査をやらないことによる見逃しは他の国と比べて少ない。私はこの日本のやり方をとても高く評価しています」

「その中には保健所の仕分けによって検査を断った事例もたくさんあると思います。断るのにも能力が必要です。断られた方は腹が立つと思いますが、逆に言えば、断って緊急度のより高い人を優先したから限られた検査を有効に使うことができ、今のような低い被害に抑えられているという見方もできます」

                  

ここでも想像でものを言っているところがあります。「検査をやらないことによる見逃しは他の国と比べて少ない」とは、どのような根拠に基づいているのでしょうか。「今のような低い被害に抑えられているという見方もできます」というのもそうです。低い被害とは何を指しているのでしょうか。ファクターXの恩恵を受けていると推察される東アジアの先進諸国の中では、日本は100万人当たりの死者数も累積感染者数もいつの間にかトップクラスになっています。

検査を断った事例もたくさんあると思います。断るのにも能力が必要です」に至っては、科学的にも倫理的にもひどい言い方です。検査を断られた人たちを何と思っているのでしょうか。検査の拒否や遅れによって重症化の割合を高くし、被害を大きくしてしまったのが日本の実状であることは、海外の論説によっても指摘されています(→新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本)。

3. コロナによる超過死亡はほとんどない?

この記事の3つ目の誤りは、最も気になる部分ですが、「コロナによる超過死亡がほとんどない」、「日本では抗体検査の陽性率も思ったより低く、隠れコロナの死亡を表す超過死亡もなかった」と言っていることです(図5赤線部)。これはどういう根拠で言っているのでしょうか。

確かに東京、大阪、岩手を対象とした精密抗体検査の結果では、抗体保有者率は少ないことがわかりましたが、それでも確定陽性者数の約6.2倍の数に上っています(→新型コロナウイルス抗体検査の状況)。それに抗体は長続きしない可能性もあり、隠れコロナ死亡者がいたとしてもまったく不思議ではないわけです。

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図5. BuzzFeed記事の一部抜粋-3.

国立感染症研究所感染症疫学センターは、先日2020年8月までの超過死亡に関する分析(2020年1月−5月のデータ分析)結果を発表しました [2]。超過死亡の推定には、米国疾病予防管理センター(CDC)の用いるFarringtonアルゴリズム、および欧州死亡率モニター(EuroMOMO)の用いるEuroMOMOアルゴリズムの2つが用いられています。

表1に推定された各都道府県の超過死亡数のレンジを示します。用いたアルゴリズムで若干結果は異なりますが、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、富山、静岡、愛知、大阪、奈良、徳島、香川、福岡の14都府県では明らかに超過死亡が見られ、全国では最大で6547人となっています(EuroMOMOアルゴリズム、補正ありの場合)。

表1. 日本の超過死亡の推定 (2020年1月〜5月) (文献[2]からの転載)

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今回の超過死亡は、すべての死因を含むため、COVID-19を直接の原因とする死亡の総和ではないことに注意をする必要があります。その上で感染研は超過死亡の原因として、以下のような四つの解釈をしています。

1)COVID-19と診断され、実際にそれが原因とする死亡

2)他の原因で死亡したにもかかわらず、COVID-19を直接死因と診断された死亡(ただし、COVID-19の診断がPCR検査に基づく現状では該当例はほぼない)

3)COVID-19を直接死因と診断されず(他の病因と診断された)、実際にはCOVID-19を原因とする死亡

4)COVID-19を直接死因と診断されず、(新型コロナ流行による間接的な影響で)他の疾患を原因とする死亡(例えば、病院不受診や生活習慣の変化に伴う持病の悪化による死亡)

一方で、同時期にCOVID-19以外を原因とする死亡が過去の同時期より減少した場合、COVID-19を直接死因とする超過死亡を相殺することがあり得るとしています。

このようにBuzzFeed記事における鈴木教授の超過死亡に関する言述(図5)は、明らかに事実誤認です。この記事のインタビューは、感染研の8月分析のレポートを知る前のものかもしれませんが、公表だけでも1,000人以上のCOVID-19死者が出ているわけですから、超過死亡が出ることについては容易に想像がいくはずです。

ところで、上記の感染研の超過死亡の報告を見ていて疑問に思ったことがあります。それは検査で新型コロナ陽性と判定された人が死亡した場合でも(あるいは死亡後に陽性が判明した場合でも)、他の死因とされているケースがあるというニュアンスが受け取れるのです。確かインフルエンザの場合は、検査で陽性であればすべてインフルによる死亡としてカウントされているはずです。COVID-19の場合は、なぜ死亡の基準が違うのでしょうか。

先日もテレビは「SARS-CoV-2検査で陽性ということよりも、医師の診断が死因として優先される」ということを伝えていました。

4. 検査数の変化と共に患者数は変化するのか?

この記事では、鈴木教授が作成した人口100万人当たりの患者数と人口1,000人当たりの検査数の関係の経時変化を示すグラフを紹介しています。グラフは英国、ドイツ、米国、日本を例に挙げて示してあります。

各国の流行における感染症対策としての検査の位置づけを考察するにはいいグラフですが、各国の対策は異なることから、陽性者数と検査数との関係について何らかの一般的傾向を見るためには無意味でしょう。記事のタイトルにある、「検査を増やすと感染者を減らせる」という創作論点を否定するために取りあげているという作為しか読み取れません。

たとえば、英国とドイツは感染者数が増加するにつれて検査数が上がり、その後一気に減ったのに、検査数を増やし続けていることが述べられています。これは防疫対策としてスクリーニング検査の重要性に鑑みて両国がとっている方針です。政府が率先して行なうか、個人が自主的に申し出て検査を受けるかの違いがあるだけで、防疫効果は同様です。

ところが鈴木教授は以下のように述べています。

                  

陰性証明が海外でどのように使われているかはわかりませんが、これだけ患者数が減っているのに検査が増えているということは、患者をあぶり出す、発見するというより陰性証明に使っているのではないかと推測します。

                  

ここでも「陰性証明」という感染症コミュニティが好きな言葉で検査を歪曲的に解釈しています。再々度言いますが、PCR検査の意義は、あくまでも検体中のウイルス遺伝子の有無について科学的証拠を提示することであり、臨床診断上の陽性か陰性の判定を下すことです。陽性であれば患者として入院するか自主隔離するかの処置がとられ、陰性であれば通常の生活と社会経済活動ができます。

すなわち、医療行為であろうが社会・防疫政策であろうが検査の意義はどこまでも同じであるにもかかわらず、「陰性証明」という言葉を用いて後者を差別し、蔑む姿勢がここに見られます。検査を医療行為としてしか考えられない日本の感染症コミュニティの科学的後進性が現れています。

5. コロナによる死亡をどこまで受け入れるか

最後に、コロナによる死亡をどこまで受け入れるか」というとんでもないサブ項目があります。まず図6には「3割見落としがある検査ですから」という、"感染症ムラ"発信のデマがここでも見られます(→コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁)。これを言い出す人はまず科学者として失格でしょう。それこそ多数の医療専門家や研究者が「感度7割」、「見落とし3割」を言っていますので、それだけ日本の科学レベルが低いということになります。

一部の人が死亡することを、どの程度社会が許容するか」、「一部の死因がコロナであることを是が非でも止めなければいけないかと言われたら、そうとも言い切れません」という言述は恐ろしいです。患者を救うための医療現場の努力と事実を飛ばして、「目的のためには犠牲は必要、亡くなってもかまわない」という差別や優生思想にも繋がることを、暗黙的に言っているようなものです。

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図6. BuzzFeed記事の一部抜粋-4.

このような「リスクをどこまで許容するか」という類いは、最近盛んに感染症コミュニティから発せられるフレーズであり、感染症対策や科学的議論をスルーして、精神論や観念論に入り込む日本政府の流れとも合致します。図6にあるように、「科学的根拠だけでは決められない」と言うことを科学者や研究者が言うべきではありません。

おわりに 

事前確率の高い対象に検査を集中するという考え方は、当初のクラスター対策の検査方針と基本的に変わっておらず、この思想はこのBuzzFeedの記事でも再確認することができました。そして行政検査を誉め称え、民間検査や防疫対策としてのスクリーニング検査を蔑む思想も根強くあります。

ここには医療行為としての検査しか認めないという前提があり、敢えて感度7割などのPCR検査の精度や限界を持ち出して、防疫・社会政策としての検査拡充の非合理性を唱えているという姿勢があります。ここからは接触追跡を積極的に行ない、陽性者を1人でも多く見つけ出して感染拡大を防ぐ、一方で陰性者は社会経済活動に参加するという考え方はうかがわれません。

そして、日本のクラスター対策を中心とするやり方は成功しており、COVID-19の超過死亡者などたいしたことはなく、仮にこの対策の網から漏れた感染者や死亡者が少々出ようとも、リスクとして許容できる範囲だという考え方が感染症コミュニティを支配しているようです。

ある程度のリスクを許容すべきとか、二類相当から五類相当へ緩和すべきという話はこの延長線上にあるものでしょう。

引用文献・記事

[1] 岩永直子:「検査を増やせば新型コロナ感染者を減らせる」は正しいのか? 疫学の専門家に聞きました. BuzzFeed 2020.09.02./Yahooニュース. https://news.yahoo.co.jp/articles/8d3d88b7ea610b9f8000af1715c90a50df3824cd

[2] 国立感染症研究所感染症疫学センター: 我が国における超過死亡の推定 2020年8月. https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-idsc/493-guidelines/9835-excess-mortality-20aug.html

引用した拙著ブログ記事

2020年8月26日 コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁 

2020年6月13日 超過死亡に見る日本の新型コロナ対策と医療事情

                

カテゴリー::感染症とCOVID-19

 

ブログ開設1年に思う

本ブログの読者の方にはいつも感謝しております。

今日(9月2日)Hatenaより以下のメールが届き、まったく念頭になかったのですが、このブログを開設して1年が経ったことに気づきました。思えばそれまで2年近く続けていたYahooブログがプロバイダーの都合で突然の閉鎖ということになり、どうしたものかと思考した結果、このはてなブログにたどり着きました。

その際、Yahooブログからの記事の移行はほぼ問題なく行なえたのですが、元のフォーマット影響があるのか、1年前より古い記事は現在の形式とやや異なっています。

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私が学んできた、および仕事として行なってきた専門領域は生命科学微生物学、食の安全、生活衛生科学などであり、自然観察指導員となってからは、外来昆虫のフィールド調査研究も行なっています。それゆえ、このブログではもっぱらそれらに関する記事を多く書いてきました。しかし、この半年間では、ほぼ新型コロナウイルス感染症の話題一色になってしまいました。

新型コロナの流行は、世間並みに私の生活も一変させてしまいました。大学を定年退職してフリーランスとなった今は、もともとデスクワークとリモートワークが多いので、その分においては影響はあまりないのですが、グループでのフィールド調査やボランティア活動は従来のようにできなくなりました。大学での非常勤講義、講演会、ワークショップなどの人が集まる場での仕事はすべてキャンセルとなってきました。秋にもいくつか講演会やセミナーが予定されていますが、これらもどうなることやら。

新型コロナの流行はこの冬が正念場と思っています。現在死者数についてあまり報道されることがなくなり、リスクをある程度許容するような風潮があることに懸念を抱いています。政府の動きを見ていると対策にあまり期待が持てないのですが、今の流行をも含めて被害ができる限り小さくなることを願っています。

最後に、今後とも引き続き本ブログをよろしくお願いいたします。

             

カテゴリー:日記・その他

 

学会の検査の捉え方と1日20万件の検査の不思議

はじめに

安倍総理大臣は、2020年8月28日、辞意表明を行うとともに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のパッケージの中身の一つとして1日20万件の検査を行なうことを発表しました。現在の検査能力と比べると、20万件/日という検査数はかなり増えるように思えますが、実はこれはPCR検査ではなく、簡易(迅速)抗原検査のことのようです。

簡易抗原検査は、ウイルスを抗原とする酵素免疫反応とイムノクロマトグラフィーを利用して、陽性の場合に現れる発色を目視で定性的に判定できるようにしたものです。本検査はPCR検査に比べると迅速に診断できるというメリットがありますが、一方で感度(おそらく特異度も)が低いことが知られています。

つまり、偽陰性偽陽性を頻繁に発生させる可能性があるということなのですが、大量に導入されようとしています。そして、PCR検査の偽陰性偽陽性を挙げながらその拡充の不合理性を唱えている感染症コミュニティの人たちは、この簡易抗原検査の大量導入に対してはなぜか口をつぐんでいます。

ここでは、関連学会の検査に対する捉え方を確認しながら、SARS-CoV-2検査における偽陰性偽陽性の問題をあらためて考えてみたいと思います。そして、20万件の簡易抗原検査が導入される背景と理由について考えてみたいと思います。

1. 日本臨床検査医学会の見解

SARS-CoV-2検査の学術的・運用面の中心的立場にあるのが、日本臨床検査医学会です。当学会のホームページには「新型コロナウイルスに関するアドホック委員会[1] による「新型コロナウイルス感染症検査の使い分けの考え方」(8月27日) という文書が掲載されており、COVID-19診断に関連する検査として、核酸検査抗原検査抗体検査が挙げられています。これらの中で、ウイルスの存在を検査するものとしては前二者です。

ここで、核酸検査(PCRLAMPなど)は、最も検出感度が高く、パンデミックの当初から国際的にも標準的な検査方法として広く利用されていると紹介されています。一般的に核酸検査は抗原検査よりも少ないウイルスを検出できる一方、抗原検査と比較して結果の判明までに時間がかかると述べられています。

抗原検査には、簡易キットによる定性検査と化学発光酵素免疫測定法による定量検査があり、後者は専用の測定機器を用いて測定すると紹介されています。そして、簡易キットによる抗原定性検査は、ある程度のウイルス量がないと検出できず、疑い症例で判定が陰性であった場合には、核酸検査による確認が必要であると述べられています。

検査が適用される場面については、図1のような見解を示しています。すなわち、有症状者を対象としたCOVID-19診断、無症状者を対象としたスクリーニング、濃厚接触者のスクリーニング、渡航時やビジネス上の社会的ニーズの四つの場合を挙げています。

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図1. COVID-19の検査の利用場面について(文献 [1]より転載したものに赤線加筆).

図1の見解の上で当委員会では、有症状者と無症状者とに分けて検査の適用法を考えています。有症状者でCOVID-19の診断を目的とする場合は、鼻咽頭ぬぐい液を材料として核酸検査を行うことが最も検出感度の面で優れるとしながらも、検査体制が十分でないことで、対応の遅れに繋がる懸念に触れています。

その面で迅速に活用できるのが抗原検査です。治療や感染制御上の対応などを早期に開始するためには、迅速性に優れる簡易抗原検査の優先的使用が有用であり、抗原検査が陰性の場合でも、疑いが拭いきれない場合は必要に応じて核酸検査を実施し、総合的に診断を行うことを推奨しています。

無症状者でより確実にCOVID-19と診断することが求められる場合は、鼻咽頭ぬぐい液が最適としていますが、無症状者を対象に検査する場面では、対象数の多さと負担軽減の面から、唾液を検体とすることも想定しています。その場合、比較的ウイルス量が少ないと想定されることから、唾液と鼻咽頭検体との間で、または核酸検査と抗原定量検査の間で結果に乖離が出る可能性があることにも言及しています。

濃厚接触者のスクリーニングなど、偽陰性を減らすことが優先される場合には、鼻咽頭ぬぐい液を検体とする核酸検査を行うことが推奨されるとしています。無症状者を対象としては簡易キットによる抗原定性検査は推奨しないと記されています

2. 臨床検査の偽陽性偽陰性について

2-1. 日本臨床検査医学会の解説記事

上述したように、日本臨床検査医学会アドホック委員会では、簡易抗原検査で発生する偽陰性の可能性について触れています。しかし、簡易抗原検査の感度や特異度については具体的に記されていません。これはPCR検査についても同様です。

同学会のホームページでは、三宅⼀徳氏(順天堂⼤学医学部附属浦安病院臨床検査医学科) による「臨床検査の偽陽性偽陰性について」 という解説 [2] が掲載されています(図2)。これは一般向けの解説記事であり、偽陰性偽陽性、的中率がわかりやすく説明されています。

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図2. 検査における偽陰性偽陽性、的中率(文献 [2]から転載) 

この解説記事には、事前確率に依存した陽性的中率についても説明されています。この解説に基づいて作成したのが図3です。ここではある疾患について、1万人の人を対象として感度99%、特異度99%の検査をしたときの陽性的中率を示しています。図2上は、実際に50%の人が罹患していた場合、図2下は1%の人が罹患していた場合を示しており、罹患率で陽性的中率が異なる(それぞれ99%、50%)ことを示しています。

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図3. ある疾患の罹患率が異なる集団について感度99%、特異度99%の検査を実施した場合の陽性的中率.

つまり、罹患率が高い集団に検査をしたときには陽性的中率は高くなりますが、罹患率が低い集団では、疾患なしの人たちの多くに偽陽性を生じてしまい、陽性的中率が下がってしまうということです。

この教科書的な理論は、従来の臨床検査一般に当てはめることができますが、問題は多くの医者やメディアの人たちが、PCR検査にも当てはめて誤用してきたことです。図2の確率論は、あくまでも一定の非特異的反応(交差反応)を発生し、一定の感度や特異度が決まっている検査については述べることができますが、非特異的反応もほとんど起こらず、特異度も決まっていない(ほぼ100%の)PCR検査については当てはめることはできないのです。WHOも米国CDCも同じ間違いを犯しているように思えます。

PCR検査の偽陽性は滅多に起こるものではありませんが、発生するとしたら非特異的反応ではなく、検体のクロスコンタミなどのヒューマンエラーやウイルスの残骸などによるものです。つまり、実際に罹患した人が集団内にいない(事前確率が低い)と偽陽性は起こりにくいのです。

たとえば、岩手県では感染者がほとんどいないという状況であったため、2020年7月まで1428人をPCR検査して全員陰性という結果になり、偽陽性は起こりませんでした。中国武漢では市民全員の990万人をPCR検査して、陽性者はたったの300人(全員無症状)でした。仮にこの300人全員が偽陽性だとしても、偽陽性率はたったの0.003%(特異度99.997%)になります。

このように、感染者がきわめて少ない地域では、無症状者に対してPCR検査しても偽陽性はほとんど起こらないことは、分析原理上はもとより、実例上も証明されているのです。PCR検査について、単に図2の確率論に基づいて陽性的中率について論じることは、ただの数字のトリックと誤謬になってしまいます。

一方で、簡易抗原検査も特異度が高いと言われていますが、非特異的反応が起こる可能性があります。偽陽性と陽性的中率についてもっと述べられるべきものですが、当該学会のHPにおいては言及がありません。

2-2. 日本疫学会の検査の精度に関する見解

日本疫学会も検査の精度について述べています。本学会のホームページにも新型コロナウイルス関連情報という特設ページがあり、その中に新型コロナウイルス感染予防対策についてのQ&Aコーナーが設けられています [3]

Q1の「新型コロナウイルス検査は、どのくらい正確なのですか?」という問いについては、Radiologyに出版されている原著論文も引用しながら、「PCR検査は、ある程度のウイルス量があれば、ほぼ正確に診断できると言えますが、検体の取り方や場所、感染からの経過日数などによってその正確さは変わります」と結論が述べられています。一方で抗原検査については言及がありません。

Q1の追加説明についてという部分では、PCR検査についてのより詳細な記述があります。原著論文を引用しながら丁寧な説明がしてありますが、以下のようにPCR検査自体の精度の問題ではないこと、感度については決められないことが述べられています。

検体の採取部位・種類、さらには、感染あるいは発症からの経過時間によりPCR検査の結果が異なること、それはPCR検査自体の問題ではなく、検体採取部位におけるウイルス量(RNAコピー数)の問題であることを説明してきました。
PCR検査の感度は?についての結論ですが、PCR検査の感度については、PCR検査自体以外の要因の影響が大きいこともあり、一概に感度は何パーセントであると言い切れないのが実情です。

敢えて挙げればとして、Kucirka et al. [4] の論文を引用しながら「感度として一番よい値になるのが、感染から8日目(症状発現の3日後)の80%(95%信頼区間:70%-88%)となります」と述べられています。しかし、Kucirka論文で示されているのはベイズ階層モデリングによる確率論であり、実際の感度とは区別されるべきであることは先のブログ(→PCR検査の精度と意義PCR検査の偽陰性率を推定したKucirka論文の見方)で示したとおりです。

「検査の正確さの指標」で臨床検査医学会と同様な感度、特異度、的中率に関する説明があります。

3. 日本感染症学会の見解

上記のように、日本臨床検査医学会では、COVID-19の検査の利用場面と精度に関して、PCRと抗原検査のそれぞれについて見解を示しています。それでは医療の立場から日本感染症学会は検査をどのように考えているのでしょうか。当該学会から出されている「"今冬のインフルエンザとCOVID-19に備えて”の提言に際して」という文書 [5] を見れば、その考え方が理解できます。

この秋冬はインフルエンザとCOVID-19の両方が流行ることが懸念されています。両者は症状から見分けがつきにくいので、診断上で頼りになるのは検査です。そこで日本感染症学会は両方が流行した場合、両方の検査が望ましいとの指針を出しています。

図4に示すように、インフルエンザを疑う場合、COVID-19を疑う場合、および鑑別が困難な場合の3つに分けて、検査と外来診断のやり方のフローが提案されています。これは、COVID-19に対する検査キットについては供給量が十分ではないことから、臨床現場の実情にあった、医療の混乱を防ぐ診療の在り方ということを念頭において、提案されているものです。

インフルエンザの場合は従来から簡易抗原検査が使われていますが、COVID-19の場合も簡易抗原検査が適用できることが全面的に打ち出されています。むしろPCR検査よりも簡易抗原検査を推奨しているようにも見えます。 

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図4. インフルエンザおよびCOVID-19を疑う患者の外来診断のフローチャート(文献[5]より転載).

この提案書には、国内での抗原検査キットとして富士レビオ株式会社のエスプラインSARS-CoV-2が認可されていることが紹介されています。そして、本キットで陽性の場合は確定診断とできること、陰性の場合は発症後 2-9⽇⽬以内であれば、追加のPCR検査は必須ではないことが示されています。陰性の場合にPCR検査で確かめなくてよいのか心配になりますが、これは後述のように厚生労働省ガイドラインに沿ったものです。

一方で、簡易抗原検査は、PCR検査に比べて、検出に⼀定以上のウイルス量が必要であり、無症状者では検査前確率が低いと想定されることより、無症状者に対してやスクリーニング⽬的での使⽤は推奨しないと書かれています。さらに簡易抗原検査の検体として用いることができるのは鼻咽頭ぬぐい液のみであること、唾液検体が使⽤できるのは、PCR検査、LAMP検査、抗原定量検査であることも記されています。

4. 確定診断法としての簡易抗原検査と精度

4-1. 厚生省のガイドライン

それでは、厚生労働省から出された「SARS-CoV-2抗原検出用キットの活用に関するガイドライン」(2020年5月16日、6月16日改訂)[6] を見てみましょう。このガイドラインでは、富士レビオ株式会社のエスプライン SARS-CoV-2を使用することを前提として書かれています。現時点ではこのキットに加えて、デンカ株式会社の「クイックナビ-COVID19 Agが保険適用とし認可されています [7]

図5に示すように、簡易抗原検査キットについては次のことが記載されています。すなわち、1) 検体は鼻咽頭ぬぐい液のみを対象とする注1)、2) 本キットで陽性となった場合は確定診断とすることができる注2)、3) 発症後2日目以降から9日目以内の者については、 陰性となった場合は追加の PCR検査等を必須とはしない注3)、4) 無症状者に対する使用は適さない注4)となっています。

さらに、医師がCOVID-19を疑う症状があると判断した者に対して、必要性を認めた時に使用することも示されています。

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図5.  抗原検査キット(富士レビオ製エスプライン SARS-CoV-2)の特徴と使用法(文献[6]からの転載図に加筆).

この厚労省ガイドラインでちょっとびっくりするのは、上述したように、発症後2–9日間の患者で陰性と出た場合でも確定診断としてよいとしているところです。つまりRT-PCRによる再検査は必要ないということです。

前述したように、日本臨床検査医学会では「抗原検査で陰性の場合、疑いが拭いきれない場合は必要に応じて核酸検査を実施し、総合的に診断を行うこと」を推奨しています。この学会見解とは、厚労省ガイドラインは異なっています。

また、後述するようにRT-PCRと比較した迅速抗原検査の感度の低さはよく知られており、これでは偽陰性が頻出するのではないかと危惧されます。抗原検査で陰性と出た場合にRT-PCRで再検査で陽性と出れば偽陰性であったことがわかりますが、再検査がなければ陰性として判断されてしまい、院内感染を含めて二次感染を広げる危険性があります。

では厚労省ガイドラインでは、迅速抗原検査の精度はどのように記載されているのでしょうか。メーカーが実施した国内臨床検体、行政検査検体を用いた結果、および川崎健康安全研究所、東邦大学医療センター(15例)、国立国際医療センター(10例)が実施した試験結果が示されています。

まずはメーカーが実施したエスプラインSARS-CoV-2の試験では、国内臨床検体を用いてRT-PCRと比較した場合、陽性一致率は37%(44/45例)、陰性一致率は98%(10/27例)と示されています。行政検査検体を用いた場合では、陽性一致率66.7%(16/24例)、陰性一致率100%(100/100例)とされています。

東邦大学国立国際医療センターの結果では67-88%の一致率が記載されていますが、検体数が少なすぎます。さらには川崎の試験では、RNA1600コピー以上の検体での一致率は100%、100コピー以上での検体での一致率は83%としていますが、後者は1600コピー以下の結果について述べるべきでしょう。

一方、「クイックナビ-COVID19 Ag」の試験では、国内の131検体を用いたRT-PCR 法との比較では、陽性一致率が53%(55/103)、陰性一致率が96%(27/28)とされています。また、発症後2日目以降9日目以内かつ初回採取された検体についての陽性一致率については、RNA1,600コピー/テスト以上の検体に対し96%(24/25)、400コピー/テスト以上の検体に対して92%(24/26)であったとされています [7]

いずれにしても結果の触れ幅が大きく、評価がむずかしいですが、少なくともRT-PCRに比べてかなり感度が低く、ウイルス量が少ない検体では適用がむずかしいということは言えるでしょう。またメーカーの違いによる精度の差は、少なくとも富士レビオとデンカの間では、小さいように思われます。

4-2. 海外での評価

迅速抗原検査の精度は、海外の研究チームの論文でも報告されています。香港の研究チームは、鼻咽頭ぬぐい液を検体として迅速抗原検査キットBIOCREDIT COVID-19 Ag(BioVendor)の精度をRT-PCRと比較しました [8]。その結果、迅速抗原検査の分析感度はRT-PCRの10万倍鈍く診断上の感度は11.1–45.7%となりました。結論として、迅速抗原検査は単独で診断には推奨しないとしています。

ベルギーの研究チームは同様にBIOCREDIT COVID-19 Agを使って性能を評価しました [9]。その結果、RT-PCRと比べた診断上の感度は30.2%となり、やはり単独での使用は推奨しないとしています。ウイルスが高濃度に存在する場合にのみ有効という、香港のチームと同じ見解を示しています。

これらの海外の研究結果と比べると、国内のキットは査読前論文の結果 [10] も含めて同等かやや高い感度を示しているように見えます。しかし、これらはあくまでも予備的試験の結果という性格が強く、今後多くの検体での検証が必要でしょう。

PCR検査はリファインされた技法なのでキットによって精度に大きな違いはないと思われます。一方、ラテラル・フロー・イムノアッセイ(Lateral Flow Immunoassay)を利用している抗原検査キットは、国内外のメーカーによって多少なりとも精度に違いがあることが考えられます。それを考慮したとしても、現時点での迅速抗原検査の使用は、ウイルスのコピー数が高い検体に限られるというところではないでしょうか。

米国CDCは、簡易抗原検査についてもっと高い感度(>80%)とPCR並みの特異度(100%)を記しているようですが、これについては日をあらためてまた述べます。

4-3. 唾液検体での感度

厚労省ガイドラインで迅速抗原検査の検体を鼻咽頭ぬぐい液に限定しているのは、唾液検体ではPCR検査との陽性一致率が低いという結果 [10] があるためと思われます。唾液についての研究結果は日本の研究チームによる報告があります [11]表1、図6)。

表1. 唾液検体を対象とした場合の、種々のRT-PCR検査、自動検査、および簡易抗原検査の成績(文献[11]からの転載)

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表1に示すように、発症から9日目までのサンプルについて簡易抗原検査はRT-PCRに比べて半分から1/3以下の感度しかないことが示されています。また図6右に示すように、簡易抗原検査は陽性となる検体は、Cobas(自動検査)のRT-PCRでCt値=25前後のRNAコピー数を含むものであり、それ以上のCt値になると陰性になることが示されています。

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図6. 検出感度に関するLAMPとCobasとの関係(A)およびCobasと簡易抗原検査との関係(文献[11]からの転載).

結論として、この論文では、簡易抗原検査は唾液の検体には推奨しないとしています。この結果が根拠になって、厚生省のガイドラインでは、簡易抗原検査の適用は鼻咽頭ぬぐい液に限定するとなったものと考えられます。

したがって、唾液を対象とする簡易抗原検査は、ウイルス排出量の多い(感染性の高い)人の診断には適用できると思いますが、通常のSARS-CoV-2の診断となるとむずかしいでしょう。逆に言えば、唾液抗原検査は、感染力を維持している感染者のスクリーニングに使える可能性はありますが、RT-PCRのCt値25以下の感染者を捉えられないことが、感染性の陽性者をどの程度見逃すことになるか、検証が必要でしょう。

5. 抗原検査拡充での不可解

厚生省のガイドラインや日本感染症学会の方針を見ていると、COVID-19対策として簡易抗原検査にずいぶんシフトしているような印象を受けます。この検査のメリットは何と言っても迅速性にあるわけですが、一方でPCR検査に比べて感度が落ちるということは厳然たる事実であり、その分誤判定や誤診断に繋がりやすいと考えらます。この問題はPCR検査の比ではないと思われます。にもかかわらず、簡易抗原検査の精度に関する批判は専門家からほとんど聞こえて来ないように思うのですが、どういうわけでしょうか。

これまでも散々このブログでも取りあげてきましたが、"感染症コミュニティ"の専門家を中心にPCR検査の感度70%、特異度99%に基づいた偽陰性偽陽性の発生の詭弁が展開されてきました(→コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁)。これらの詭弁のベースにはPCR検査を医療行為としてのみ捉える思想があります。PCR検査の無症状者やスクリーニングへの適用を否定するために、このような詭弁が使われてきたと推察されます。

ところが感染症コミュニティを含めて、PCR検査の精度をあれほど問題にしてきた感染症の専門家や医師は、まったくと言っていいほど簡易抗原検査のそれについては口をつぐんだままです。なぜでしょう? 医療行為としてのみ使えば簡易抗原検査は問題ないというのでしょうか。

そうではないでしょう。なぜなら、上述したように、厚生省のガイドラインや日本感染症学会の検査方針に問題があるように思えるからです。つまり、「発症後2日目以降から9日目以内の者については、 陰性となった場合は追加のPCR検査等を必須とはしない」という方針は、偽陰性の発生を危険性を高めるものです。偽陰性を疑うことができればよいですが、陰性判定されたまま(実際は偽陰性)だと、院内感染にも繋がる恐れがあります。

そして簡易抗原検査については、非特異的反応(交差反応)による偽陽性についてほとんど検討されていないように思われます。たとえば季節性コロナウイルスに対しては非特異的反応は起こらないのか、十分に検討されていないように思われます。

山形県衛生研究所は4種の季節性コロナウイルス(風邪)の流行について興味深い研究報告をしています [12]図7に示すように、過去10年間におけるコロナウイルスの陽性者は2月をピークとして冬場に多く、9月を最低に夏場に減ることが示されています。

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図7. 過去10年間における4種の季節性コロナウイルスの陽性者数の周年変化(文献[12]からの転載図).

つまり、冬場はコロナウイルスによる風邪が多く、インフルエンザやCOVID-19とともに注意を払う必要があることを示すものです。

もし図4の診断方針において、コロナウイルスによる風邪が混じってきたらどうなるでしょう。偽陰性偽陽性が頻繁に発生し、混乱するのではないでしょうか。ただ、インフルエンザウイルスの場合も含めて、ウイルス同士の干渉もあるので、SARS-CoV-2の蔓延が優占することも考えられます。

おわりに

おそらく次の政権では、安倍総理の検査20万件体制方針が継承されるでしょう。下馬評で確率が高い菅政権となればなおさらです。PCR検査ではなく、簡易抗原検査の20万件拡充を進めようと言う政府の意図は、その利便性(迅速性)のメリットだけではないように思えます。

繰り返しますが、厚労省の簡易抗原検査ガイドラインでは、PCR検査を排除し、誤判定を生むような指針になっています。わざわざ富士レビオのエスプラインSARS-CoV-2がガイドラインに示されていることも気になるところです。

専門家からPCR検査よりはるかに低い簡易抗原検査の精度について、依然として声が上がらないことも不可解なことです。簡易抗原検査キットの導入については、これからの動きに注視する必要があるでしょう。

引用文献・記事

[1] 日本臨床検査医学会:  新型コロナウイルスに関するアドホック委員会. https://www.jslm.org/committees/COVID-19/index.html

[2] 三宅一徳: 臨床検査の偽陽性偽陰性について. 日本臨床検査学会 2020.04.27. https://www.jslm.org/committees/COVID-19/20200427.pdf

[3] 日本疫学会: 新型コロナウイルス感染予防対策についてのQ&A. https://jeaweb.jp/covid/qa/index.html

[4] Kucirka, L. M. et al.: Variation in false-negative rate of reverse transcriptase polymerase chain reaction–based SARS-CoV-2 Tests by Time Since Exposure. Annal. Int. Med. 2020. https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/M20-1495

[5] 日本感染症学会: “今冬のインフルエンザとCOVID-19に備えて”の提言に際して. 2020.08.03. http://www.kansensho.or.jp/uploads/files/guidelines/2008_teigen_influenza_covid19.pdf

[6] 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部: SARS-CoV-2 抗原検出用キットの活用に関するガイドライン. 2020年5月13日(6月16日改訂).https://www.mhlw.go.jp/content/000640554.pdf

[7] 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部: 新たに薬事承認・保険収載された新型コロナウイルス感染症に係る抗原検査の取り扱いについて(周知). 2020.08.11. https://www.mhlw.go.jp/content/000658371.pdf

[8] Mak, G.C.K. et al.: Evaluation of rapid antigen test for detection of SARS-CoV-2 virus. J. Clin. Virol. 129, August 2020. 104500. https://doi.org/10.1016/j.jcv.2020.104500

[9] Scohy, A. et al.: Low performance of rapid antigen detection test as frontline testing for COVID-19 diagnosis. J. Clin. Virol. 129, August 2020, 104455. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1386653220301979#!

[10] Takeda, Y. et al.: SARS-CoV-2 qRT-PCR Ct value distribution in Japan and possible utility of rapid antigen testing kit. medRxiv Posted June 19, 2020. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.06.16.20131243v1

[11] Nagura-Ikeda, M. et al.; Clinical evaluation of self-collected saliva by quantitative reverse transcription-PCR (RT-qPCR), direct RT-qPCR, reverse transcription–loop-mediated isothermal amplification, and a rapid antigen test to diagnose COVID-19. J. Clin. Microbiol. 58, e01438-20 (2020). https://jcm.asm.org/content/58/9/e01438-20.

[12] Komabayashi, K. et al.: Seasonality of human coronavirus OC43, NL63, HKU1, and 229E infection in Yamagata, Japan, 2010–2019. Jpn. J. Infect. Dis. Published online Aug. 1, 2020. https://doi.org/10.7883/yoken.JJID.2020.525

引用拙著ブログ記事

2020年8月26日 コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁

2020年8月19日 PCR検査の偽陰性率を推定したKucirka論文の見方

2020年6月1日 PCR検査の精度と意義

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本

はじめに

安倍総理大臣は、8月28日、記者会見で辞意表明すると同時に新型コロナウイルス感染症に対する対策の見直しをパッケージとして発表しました。しかし、相変わらずの成果・検証抜きで新たな目標設定を行なうやり方であり、実効性は不明です。つまり、何か問題が起こると、それに対する検証、総括は行なわず、当該問題を「今後はこのようにします」という目標設定にすり替えてしまうのが現政権のやり方です。

これまでの対策の成果や問題の検証をしないままでは、いくら目標設定をしても単なる絵に描いた餅しかなりません。この秋冬にはCOVID-19インフルエンザを加えた大流行が予測されています。ここでは、日本の流行の現状やこれまでの感染症対策を踏まえ、かつ世界から見た日本の評価をも加えながら、問題点を考えてみたいと思います。

1. 日本の流行の現状

まず、日本が今どのような流行状況にあるかということを示します。図1に、2020年8月30日までの世界と日本における新規陽性者数と死者数の推移を示します。世界での流行は高止まり傾向にはありますが、この先減るような徴候は見られません(図1上)。陽性者は2500万人に達し、死者は80万人を超えました。一方、日本では再燃流行(メディアは第2波と読んでいますが)は8月1日前後にピークに達し、新規陽性者数は緩やかな減少傾向にあります(図1左下)。とはいえ遅れる傾向にある死者数は増加しています(図1右下)。

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図1. 世界(上)および日本(下)におけるCOVID-19流行の新規陽性者数/日(左)と死者数/日(右)の推移(曲線は7日の移動平均、worldometerからの転載図に加筆).

日本の流行を具体的な数字として表1に示します。これまでの累積陽性者数と累積死者数に加え、8月30日時点での新規陽性者数・死者数、100万人当たりの陽性者数と死者数も示します。これだけだと世界における日本の状況がわかりづらいので、数字の世界順位も併記してあります。

表1. 日本におけるCOVID-19流行の現状(2020年8月30日):実数および世界の中の順位(出典: worldometer)

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たとえば累積陽性者数・死者数は世界44–45位につけていますが、現在の日当たりの新規陽性者数・死者数は26–29位と順位が跳ね上がります。これは現在の日本の再燃流行が、世界に比べて対策ができずに起こったことを示唆するものです。

一方、100万人当たりの累積の陽性者数と死者数は137–153位と順位は大きく下がります。東アジアの国々はこの順位かもっと下がりますので、2月からの流行全体でみれば、日本はやはりファクターX?の恩恵を受けているかもしれないことが言えなくもないです。ただ、100万人当たりの検査数は、他の東アジアの国々と比べても下位の150位になりますので、検査態勢も含めた対策の遅れが再燃の一因になっているかもしれません。

2. 日本と各国との比較

具体的に対策の効果を見るために、直近1ヶ月(7月28日〜8月29日)における日本と東アジア・西太平洋の諸国の流行状況を比べてみましょう(図2)。1ヶ月間の累計陽性者数(図1上)、累計死者数(図1下)ともに、ほとんどの国では確実に抑えられているのに対し、日本は実質無策のフィリピン、インドネシアに次いで陽性者数が多く、死者数も東アジアの中では目立っています。先進諸国の中ではオーストラリアと日本のみが死者数を増やしています。

やはり、日本の対策が遅れていることが言えるでしょう。

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図2. 直近1ヶ月(7月28日〜8月29日)における東アジア・西太平洋諸国の累積陽性者数と累積死者数の比較. 

日本と西洋諸国は比べた場合はどうでしょうか。4月をピークとする当初の流行においてはファクターXという要因もあって、日本と西洋諸国との間では陽性者数・死者数に10–100倍の開きがありました。ところが直近1ヶ月の累積陽性者数・死者数では、日本は西洋諸国とはあまり差がありません(図3)。最も差がでやすい100万人当たりの死者数で見ても、ほとんど国との間で数倍の開きしかなく、流行全般で言うと日本はドイツ並みということになります。

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図3. 直近1ヶ月(7月28日〜8月29日)における日本と西洋諸国との累積陽性者数と累積死者数の比較

図2には、参考のために入れた韓国のデータを入れてありますが、これを見るとやはりファクターXの影響の上に対策の効果が現れているように思われますが、日本においてはどちらの恩恵もないように見えます。当初の4月流行から何も学ばず、対策が遅れた(むしろ無策の)結果によるものと考えられます。

気になるのは、スペイン、フランスで、また陽性者が増え始めていることです。ヨーロッパをはじめとして、冬に向かうにつれ大流行になることを想像させます。

3. 新型コロナのリスクと対策の見直し

安倍総理は、5月25日、緊急事態宣言の解除とともに日本モデルの力が流行の収束をもたらしたと自賛しました。しかし、これに対する海外のメディアは反応は、称賛というよりも不思議な国、不可解な国という書きぶりでした(→世界が評価する?日本モデルの力?)。

その後政府は政府専門家会議を廃止し、分科会を設けましたが、この会の科学的提言力が弱く、効果的に働いているとは必ずしも言えません。会の議事録も公開されておらず、提言決定と政府の意思決定のプロセスが相変わらず不透明です。

そして安倍総理によるコロナ対策についての今後の取り組みの発表となったわけです。これは以下のように大きく4つの取り込みに分けられます。

●ワクチン、来年前半までに全国民に提供

●検査体制、1日20万人程度に拡充

感染症法に基づく運用見直し

雇用調整助成金の特例措置を年末まで延長

これらのなかで感染症対策に関するものは上3つです。ワクチン供給は早くても来年のことであり、ワクチンの実用化そのものが実現するかどうかも含めて、まだ不確定要素の大きいものです。来年前半までに国民全員に提供というのはとても無理でしょう。

検査体制の1日20万人は、PCR検査の拡充だけではなく、多分簡易抗原検査を指しているものと考えられます。これはこの冬にインフルエンザが流行ることを想定して、病院でインフルとCOVID-19の両方を迅速に診断するための方策だろうと考えられます。基本的に検査抑制をベースに走ってきた路線を引きずっていますので、これも実現は難しいと思います。

迅速抗原検査は発症した人に対する検査ですので、冬の大流行に備えるための防疫対策としては機能しません。感染拡大を防ぐためには、事前の無症状者(とくにスーパースプレッダー周辺環境)に対する徹底的なトレーシングと検査が必要であり、これにはPCR検査の拡充しかありません。

感染症法に基づく見直しは、いま2類相当の新型コロナの措置を緩和するということです。現在、考えられていると緩和の一つは、2類相当から季節性インフルエンザ並みの5類相当にするというものです。もし5類相当になれば入院勧告、就業制限、検査・治療の公費負担、無症状者の宿泊療養、隔離措置、医師の届け出のすべてが必要なくなります。

この緩和のメリットは医療現場や保健所の負担軽減や経済活動の活性化が挙げられます(図4左)。一方、デメリットとしては医療費の自己負担への完全切り替え、ウイルス対策への支障、危機感の薄れによる感染拡大などが挙げられます(図4右)。

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図4. 新型コロナウイルス感染症を2類相当から緩和する(例:5類相当)場合のメリットとデメリット(2020.08.29「ウェークアップ」より).

このようにしてみると、メリットの中には防疫・感染症対策に関するものはなく、もっぱら現状の仕事の負担軽減や経済活動促進という面しかないように思われます。一方でデメリットとしては、感染症対策や防疫対策の後退、高額な治療費に対する自己医療費の急騰という面が見えてきます。何よりも対策・措置を講じるという政府の責任がなくなるという面が大きいでしょう。

5類相当になれば、行政検査も接触追跡も隔離もなくなりますので(積極的疫学調査は要請時のみ)、ウイルスの伝播・感染、無症状感染者は野放しということになります。そうなれば爆発的な感染拡大に繋がる可能性があり、受診や検査も遅れることになるでしょう。実質、経済的な面からに受診を控える人も増えるかもしれません。そして、いまは発熱外来で診ている患者を、院内感染等を起こさずに一般病院を診ることができるかという問題があります。

また、現時点で特効薬がありませんので、開業医レベルでの受診機会を増やせたとしても、手に負えない重症化患者が増えて病院は入院患者であふれることになるでしょう。メリットは医療現場の負担軽減と言いながら、かえって医療現場がひっ迫し、機能不全になることが容易に想像されます。また、受診拒否も増えるかもしれません。

ウイルスの感染力が強い、無症候性感染者が多い、特効薬とワクチンがない、抗体が長続きしないコロナウイルスの特性、インフルより高い致死率などの特性を考えれば、季節性インフルと同じ5類相当への変更というのは、現時点で無謀というしかありません。

4. 失敗を繰り返す日本への世界の警鐘

世界からは、日本の感染症対策について厳しい意見が出されています。まず、今回のCOVID-19パンデミックの2年前に、世界保健機構WHOは日本の健康保健統括体制について、米国CDCに相当するようなemergency centerがないなどのコア・キャパシティーの不備と脆弱性について指摘しています [1]

パンデミック下においては、行政、専門家、市民などのステークホルダー(利害関係者)間で、リスクについて相互に意思疎通を図ることが、対策を有効にすること、そして感染拡大を防ぐことにおいてきわめて重要です。ところがWHOは、このリスクコミュニケーションのシステムが日本においてきわめて弱いことを指摘しています(図5)[1]

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図5.日本の国際健康保健統括制御(International Health Regulations )コア・キャパシティに関するWHOジョイント外部評価(リスクコミュニケーションが低評価)(文献 [1]から転載).

英国のE. モシアロス教授の研究チームは、今月、英医学雑誌Britich Medical Journal(BMJ)に"Resurgence of Covid-19 in Japan"という論説(筆頭著者名:K. Shimizu)を発表しました [2]。このShimizu論文の主旨は、「日本は流行対策において失敗を繰り返そうとしているように見える」というもので、日本の今回のCOVID-19に対するほとんど無策とも言える姿勢を痛烈に批判しています。

人口100万人当たりの死者は西太平洋地域ではフィリピン、オーストラリアに次ぐワースト3になったと手厳しく指摘し(実際にはインドネシアが上位に来るので日本は4位)、以下の日本の「失敗の本質」を挙げています。

                   

 PCR検査拡充の努力を怠ったため、保健所による検査拒否と未診断症例数が増え、市中感染や院内感染が増加した。

●患者情報の報告を非効率な紙ベースのシステムに依存したため、不正確な情報や二重報告の原因となった。

●市民は3密回避などの自主的行動変容が求められたが、政府のコミュニケーション戦略は緊急事態宣言下でも不十分であり、自主隔離、物理的距離、手洗いなどの重要性の伝達は、行動変容につながるほどの説得力をもたなかった。

●専門家会議の独立性が不十分であり、経済学・行動科学・コミュニケーションなど重要な分野の代表が含まれておらず、意思決定のプロセスがほとんど説明されなかった。

●政府は説明責任と透明性を欠いていた。

                   

Shimizu論文はさらに以下のように続けています。すなわち、最初の失敗(4月ピークの流行)から学ぶためには政府の対応の詳細な検証が必要であるが、政府は6月に専門家会議を廃止してしまい、透明性と検証はさらに遠のいてしまったと指摘しながら、最悪なことに、7月下旬に流行が再燃すると同時にGo Toトラベルキャンペーン(domestic tourism campaign)が始まり、公衆衛生の問題は置き去りにされたと批判しました

また、PCR検査は日当り4万件にも届かず、流行を抑えるためのホテル等の隔離施設も十分でなく、検査をどのように拡充するか、デジタル化をどのように進めるかについての検討もまったく不足しているとしています。

さらに、司令塔としてのコントロールセンターと明解なコミュニケーションが国民の行動を変えるためには必須であること、検査の拡充、無症状者の網羅的検査、効果的な接触追跡と隔離が必要であること、加えて実効再生産数の変化をモニターし効果的な対策のためのデジタル疫学情が必要であることを指摘しています。これらはWHOが指摘したリスクコミュニケーションの脆弱性そのものです。

コロナと闘うための兵站戦略はきわめて重要です。Shimizu論文では、患者と最前線の医療従事者と患者を守るためは個人防具調達の重要性が、あらためて強調されています。そして最後に以下のように結んでいます。

Unless the Japanese government shifts from cluster based countermeasures to a response based on the above principles, examines and learns from previous mistakes, and deploys cutting edge science such as genetic sequencing and big data analytics, Japan’s health services will be overwhelmed again and more lives will be needlessly lost in the months ahead.

日本政府はクラスター対策から上述の戦略にシフトすること、過去の失敗から学び研究すること、そしてシークエンス技術やビッグデータ解析等の最先端の科学を活用することが必要 − それらなしでは、これから数ヶ月、日本は再び医療現場の崩壊に向かい、不必要に多数の命が失われることになる

                   

米国ワシントン大学のIHME (Institute for Health Metrics and Evaluation)は、今後のCOVID-19流行における死者数を予測しています [3]。それによると日本の死者数は衝撃的な数字になっています。

図6に現時点(8月30日)および12月1日の時点におけるアジア各国の死者数を示します。それによると、中国、韓国、台湾、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドなどにおいては、現在と12月ではほとんど死者数は変わりません。一方日本は、カザフスタン、インド、イラン、イラク、フィリピンなどとともに、著しく死者数を増やし、何と累積で約6万2千人になると予測されています。

さすがにこれは大げさかとは思いますが(将来的にはあり得るか)、年明けには累計死者数が今の10倍になり、1万人を超えることも大いにあり得ます。

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図6. IHMEによるアジア・西太平洋諸国におけるCOVID-19死者数の予測(8月30日と12月1日の比較)[3].

WHOによるジョイント外部評価、モシアロス教授の研究チームの論説、IHMEの予測を考え合わせると、日本においては感染症対策をコントロールする司令塔としての組織がなく、過去にも学ばずほとんど無策であり、その結果として、この秋冬、そして来年にはとんでもない被害者と犠牲者を出すのではないかということを懸念せざるを得ません。

おわりに

これまで8ヶ月間、安倍政権はこれといった感染症対策を行なってきませんでした。かろうじてクラスター対策とそれに伴う積極的疫学調査を実施してきましたが、感染が拡大するとそれは全く機能しないことが明らかとなりました。

現在も感染症対策としてはほぼ無策の状態であり、感染抑制のためには国民の自粛と行動変容にほぼ頼る状況です。8月初旬をピークとする今回の再燃流行も、なぜこのような緩やかな減少に至っているのかの科学的検証も行なわれていません(少なくとも国民の前には発表されていません)。

今は暑く湿気の多い夏なので、この程度の流行で済んでいることも考えられます。GoToトラベル事業がいま進行中ですが、大規模接触削減もないこのままの状態では5月のような収束にはならないでしょう。今の緩やかな減少もやがて下げ止まりになり、やがてこの冬に向けての感染爆発への大きなジャンプ台になる可能性があります。

まさしくWHOやShimizu論文が指摘する問題点がそのまま放置されている状況です。永田町もマスメディアも安倍総裁の後継者選び一色になっていますが、新型コロナウイルスは待ってくれません。9月に臨時国会が召集されても、このまま何も対策がとられなければ、この冬、焼け野原状態になることが現実のものとなるかもしれません。

引用文献・記事

[1] WHO: Joint external evaluation of IHR core capacities of Japan
Mission report: 26 February - 2 March 2018. https://www.who.int/ihr/publications/WHO-WHE-CPI-REP-2018.23/en/

[2] Shimizu, K. et al.: Resurgence of covid-19 in Japan. BMJ 370, m3221 (2020) (Published 18 August 2020). doi: https://doi.org/10.1136/bmj.m3221 

[3] IHME: COVID-19 Projections. University of Wachington. https://covid19.healthdata.org/united-states-of-america?view=total-deaths&tab=trend

引用した拙著ブログ記事

2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?

                   

カテゴリー:感染症とCOVID-19

コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁

はじめに

コロナ禍の日本において顕著になったことの一つとして、PCR検査に関する詭弁やデマの流布があります。そして、これらがいわゆる感染症対策の中心を担う"感染症コミュニティ"から発信されることで、異常とも言える混乱を招いてきたという事実があります。

日本では意図的に虚偽の情報を流して人を扇動しようとするさまを指してデマと言っています。しかし、本来デマゴーグ(独: Demagog)は、民衆の感情や無知などに訴えることにより、政治的目的を達成しようとする大衆煽動を意味します。ここでは、虚偽の情報かどうかにかかわらず、感情や無知に訴えるという意味でデマという言葉を使います。

PCR検査を巡るデマや詭弁を見ていると、多用されているテクニックがあることがわかります。それはストローマン(straw man)、クオート・マイニング(quote mining、contextomy)、チェリー・ピッキング(cherry picking)などと呼ばれている手法です。そして、それらのほとんどが「検査を拡充することは非合理」という言説の正当化のために、あるいは単に「PCR検査は医療資源」という立場から使われています。ここでは実例を挙げながら、説明したいと思います。

1. ストローマンの例

ストローマン論法とは、相手の主張を歪めて引用し、その歪めた論点に基づいて反論するという誤った論法です。ワラ人形論法あるいはダミー論証とも言われます。簡単に言えば論点のすり替えや脱線誘導です。また一般論や当然の事実を歪めて引用し、それを特定の論点にすり替えて攻撃するテクニックとしても用いられます。

ストローマンは相手が示した論点を巧妙に避けて、論破しやすい架空の論点や想定を創り上げ、あるいは極端な例や挙げる必要のない当たり前の例を挙げて、それらを攻撃することで第三者に対して相手の主張が誤っているような印象を与えることが目的で実行されます。この論法はテレビで行なわれる討論やコメンテータの評論でも、非常に多く見ることができます。

ストローマンが多用される理由はその使い方が容易であり、そして非常に効果を発揮するテクニックだからです。すなわち、相手の意見の一部を歪めたり、または一部のみを取り上げて誇大解釈して反論することは、その意見の合理的解釈に基づいて論理的に反論するよりもはるかに簡単です。そして、自分の都合のよい論点に誘導して明解に攻撃すれば、第三者から見ると、さも妥当であるような印象を与えることができます。

ストローマンはしばしば意図的に行なわれることがありますが、その場合は詭弁と言います。もし無意識に行なわれているとすれば、論証上の誤り(非形式的誤謬)になります。明らかに詭弁でありながら、それが論理的言述の中に織り込まれると、その言説自身が詭弁で補強され、全体として非常に説得力があるように映ります。

マスメディアがこのようなストローマンが入った対抗意見を記事にする場合、情報リテラシーがあれば、より論理的な意見を好意的に支持して掲載します。しかし、当該事項を充分に取材しなかったり、情報リテラシーに欠ける場合は、両論併記などの形で報道することがほとんどです。また、メディア自身がストローマンを駆使する場合もあります。

ではこのコロナ禍における、とくにPCR検査を巡るストローマンの実例を挙げてみましょう。次のA氏とB氏の対話を見てください(例1

                     

例1

A氏: 感染者をより多く見つけるためには検査を広げなければならない。
B氏: そうは思わない。なぜなら全員に検査するのは不可能だからだ。感染者全員を見つけることは不可能。

                    

テレビやツイッターなどのSNSを通じてよく見られるこの種の対話ですが、どこがおかしいでしょうか。

A氏の論点には「感染者を見つける」という意図と「検査を広げる」という言及しかありません。ところがB氏は、「検査を広げる→全員」と暗黙的に誘導し、さらに「感染者全員を見つけることは不可能」という、元の論点からは飛躍した要素を加えて返しています。つまり論点がすり替わり、相手の言い分は無意味という印象を与えているのです。

そもそも国民全員検査など不可能ですし、現にそんなことをやっている国は、人口の少ないルクセンブルグのような例を除いて、世界中どこを探してもありません。にもかかわらず、このように現実的にあり得ないことをワザと持ち出して、相手の言述の印象を悪く見せる手法は、その有効さゆえに多用されています。不可能なことに対して「なぜやるのか」と攻撃するわけですから、第三者にとってはあたかも説得力があるように見えてしまうのです。

次の例はもう少し巧妙なストローマンの例です。

                    

例2

A氏: 感染拡大の抑制には検査の拡充が重要だと思う。
B氏: 検査拡充は人員や資源の限界があり、その準備なしにやれば混乱するだろう。検査さえ増やせばいいというものではない。

                    

例2の場合、A氏の論点は、「感染拡大の抑制」という課題とそのための「検査の拡充」という対策になります。それに対し、B氏は課題についてはスルーし、かつ「検査を広げる」という対策を歪めて「人員や資源の限界」という方法論として引用し、論点をすり替えています。これは後述するクオート・マイニングにも通じるところがあります。そして「検査さえ増やせばいいというものではない」という元にはない要素で主張しているわけです。

次に例3です。

                     

例3

A氏: 感染を広げないためには検査と隔離が重要だ。
B氏: いや、そもそも完全な封じ込めは不可能だ。むやみやたらな検査は意味がない。

                    

この対話におけるB氏の論法も同じように、A氏の言述に対する誘導と飛躍があります。つまり「検査と隔離→完全な封じ込め」と不可能なことへ誘導することによって反論しやすくしています。その上で、「むやみやたらな検査は意味がない」と飛躍した要素を加えています。やはり論点をすり替えて攻撃しているのです。

さらに例4です。

                     

例4

A氏: まずは、感染症対策をしっかりやらなければいけない。
B氏: そんなことを言っていると経済が回らなくなる。

                    

これは、政府や政府分科会からも聞こえてきた論法です。「感染症対策」という論点に対して、「経済」という論点へのすり替えが行なわれています。経済が回らないということを強調することで感染症対策をマスクする効果とともに、第三者に妥当性を与える印象になっています。

ストローマンが使われる主な理由としては、1) 論点を意図的に避けたい、2) 論点に対する回答が見つからない、3)(非形式的誤謬に多いですが)論点を理解していない、そして、4) そもそも論理的思考ができない、ということが挙げられます。つまり、ストローマンを使う人に共通することは、自らに解決策がないために代わりの言い訳を持ち出す、論点がわからない、あるいは相手はどうでもよく「自分が素晴らしい」が解決策になっている場合が多いということです。

テレビに出てくる評論家やコメンテータの中でもストローマンを駆使する人たちはたくさんいます。その代表格と言えば橋下徹氏でしょう。この人の話をよく聞いていると、必ずと言っていいほど元のスレッドから外れた位置で自説を展開します。論点をすり替えて自分の得意の土俵に持ち込んで発言するので、聴いている人はついつい納得させられてしまうのかもしれません。

2. 感染症コミュニティにおける例

感染症関連の専門家でもストローマンを使う人は多く、とくに政府分科会や検査拡充非合理論者では専売特許になっています。その中でも顕著な1人が押谷仁教授(東北大学)です。たとえば、先日の日本感染症学会大会の講演での発言の一部を以下に示します。

                    

日本感染症学会(2020.08.20)

第1波に比べて、現在の流行ではある程度リスクを制御することはできているが、これをゼロにしようとすると社会・経済活動を著しく制限せざるをえない。今後、どこまでリスクを許容するか、社会的な合意を得るため真剣に考えていく必要がある。

                    

一見まともなことを言っているように思われますが、「これをゼロにしようとすると...」という飛躍した言述をしています。リスクゼロなどそもそも不可能なのに敢えて持ち出しているわけです。これは「どこまでリスクを許容するか..」という言葉の伏線になっています。リスクをどこまで「抑えるか」ではなく「許容するか」という表現になっているところがミソです。

また、押谷教授はテレビの番組で以下のようなことを言っています(→COVID-19に関するNHKスペシャルを観て

                    

NHKスペシャル(2020.04.11)

本当にすべての感染者を見つけようとすると、国内のすべての人を一斉に検査する必要がある。

                    

上記の「すべての感染者を見つける」、「国内のすべての人を一斉に検査する必要がある」も不可能なことであり、ここにも飛躍した要素を加えているわけです。

押谷教授だけでなく、いわゆる"感染症コミュニティ"と呼ばれる集団や「むやみやたらな検査は非合理」論の人たちには、このようなストローマンの表現が非常に多いです。全員検査感染者全員のあぶり出し完全な封じ込めリスクゼロなどのような実現困難あるいは不可能なことをわざわざ挙げて「そういうことを目指すと...の弊害がある」、「そんなことはできるわけないので...」と、当たり前のことを言って「説得力がある」と見せかけるのが特徴です。

PCR検査には限界がある」もよく聞かれるフレーズです。すべての検査には限界があることは常識です。この一般論をことさらPCR検査に当てはめて、非常に精度の高いこの検査をあたかも精度が低いように見せかける論法が幅を利かせています。そして「検査にたよるべきではない」という飛躍した展開になります。この論法を多用している代表として、坂本史衣氏(聖路加国際病院)が挙げられます(→PCR検査をめぐる混乱)。

3. クオート・マイニング

ストローマンとセットになって使われるのがクオート・マイニングです。これは、相手の発言にある元の文脈を無視して引用することです。間違って解釈したり、勝手な解釈への誘導と言ってもいいでしょう。このような文脈無視の引用をしながら、本来の意味とは異なる印象を与えるように提示すればストローマンになります。 ちょうどテレビの番組でMCの加藤浩次氏がこの手の論法を見せていたので、これを例に挙げたいと思います。

8月24日、東京都世田谷区が、区内すべての介護施設職員や保育士ら計約2万人を対象に、発熱など症状の有無にかかわらず、SARS-CoV-2のPCR検査を一斉に行う方針を固めたことが報道されました [1]。検査はプール方式で行なわれる予定で完了まで2ヶ月を要するとされています。費用は総額約4億円ですべて公費負担の予定です。日本においては、自治体による大規模検査はきわめて異例です。

この報道に対して8月25日、テレビの番組でMCを務める加藤浩次氏が以下のような意見を述べました [2]。これはメディアによる記事ですが、私も番組を観ていて内容を確認していましたので、例1としてそのまま載せます。

                  

例1

結果が出るまで4日かかるとしたら、その4日間に感染する可能性もありますから。感染した後に“陰性”って出て何の意味があるの?

陰性だったらと安心した人が街に出てしまって、その人が偽陰性の可能性がありますからね。偽陰性の可能性もあるのにそれ(大規模検査)をやることに何の意味があるのかな。

                  

加藤氏の発言は確固たる知識や深い思慮があるわけではなく、単なる巷の言説の受け売りと思われますが、これはクオート・マイニングです。彼自身にはもちろんその意識はないでしょう。以下に説明してみましょう。

まずは世田谷区の大規模検査の目的は、エッセンシャル・ワーカーを対象として感染の広がりを知ることです。すなわち、どこにどの程度の割合で陽性者が存在するかという情報を得ることによって、社会活動の対策の基礎とすることです。

それに対して加藤氏の発言は、「結果が出るまで4日かかるとしたら、その4日間に感染する可能性もありますから」、「偽陰性の可能性もある」としていわけですから、元の趣旨からはまったく外れて、世田谷区に関する報道を引用していることがわかります。さらに「4日までかかるとしたら」という誘導を行なっています。そして文脈を無視した後に「検査の意味はない」と返しているわけですから、これはストローマンです。

この発言は、感染症コミュニティから散々PCR検査のデメリットとして強調されてきた「陰性と出ても翌日陽性になるかもしれない」、「偽陰性の人が安心して出歩き感染を広げる」という言説とまったく同じです。そして「陰性証明はできない」、「検査を広げることはかえって感染を広げて危険」と誘導された言説が繰り返されてきました。

新型コロナ用のPCR検査の目的は、いずれの場合もSARS-CoV-2のRNAがある(陽性)か、ない(陰性)かを科学的に判定することです。この趣旨とは関係ない「陰性証明はできない」、「検査拡大は感染を広げる」という言説は、まったくの詭弁であるということになります。

大規模検査に対する例1と同じような発言は、しばしば現場の医師からも出されています(例2)。

                  

例2

大規模に検査したとしても、その時点での陽性、陰性がわかるだけで、陰性の人はいつまた感染するか分からない。だからこのような検査はあまり意味がない。

                  

大規模検査の意義は、検査対象者の中の陽性者の隔離による感染拡大抑制、および感染の広がりや局所化のデータを得ることによる社会活動のための対策立案に資することなどが考えられます。この基礎データによってどの場所を重点的に、どの程度の頻度で検査をしたらよいかもわかってきます。

例2の発言はこの文脈から外れて「陰性の人はいつ感染するか分からない」とまったく異なる引用をしています。その上で「このような検査は意味がない」としているのでストローマンです。

4. チェリー・ピッキング

チェリー・ピッキングとは、数多くの事例の中から自らの論証に都合のよい部分だけを取りあげて、論点をさばこうとする論理上の誤り(誤謬)であり、詭弁の一つです。語源としては、「サクランボの熟した実を熟していないものから選別する」というところから来ています。転じて「良いところだけを取る」の意味で使われます。

チェリーピッキングについても枚挙にいとまがありませんが、最も顕著な一つが「PCR検査の感度は70%(偽陰性30%)」、「PCR検査は3割は間違う」、そしてそこから「PCR検査は精度が低い」という言説です。感染症コミュニティの専門家が散々この言説を取りあげた結果、今ではありとあらゆる媒体で取りあげられ、あの政府対策批判で有名なTV朝日の「モーニングショー」でさえ、「PCR検査の感度は70%」と紹介しています。

この言説自体は、中国のFangらの研究チームがRadiology2020年2月19日号に電子出版した論文から来ています [3]。当該論文では、COVID-19患者81人の初回RT-PCR検査で、71%しか陽性にならなかったとしています(図1右)。一方、この論文の1週間前に出た同じRadiologyのXieらの論文 [4]では、患者167人の初回検査では97%が陽性になったと報告されています(図1左)。

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図1. Xieら(左)およびFangら(右)が報告したCOVID-19患者(RT-PCRによる確定診断)の初回RT-PCR検査における陽性割合.

ここで注意しておかなければいけないことは、Fang論文もXie論文でも患者全員をPCRで確定診断していますので、この確定診断100(母数)に対する初回の陽性の相対比(分子)がそれぞれ71%、97%であるということです。したがって、時系列での感度の変化を述べることはできても、PCR検査固有の感度は決められないということになります(関連ブログ記事:PCR検査をめぐる混乱PCR検査の精度と意義)。

FangらはXieらの論文を引用していて、「どうして感度が低くなったかわからない」としながら検査キットの不備をも含めた推定要因を挙げています [3]。つまり、技法としてのPCRそのものではなく、発症から患者の経過日数、検体の採取、キットの問題などの要因で感度が低くなっている可能性があるわけです。

にもかかわらず、どういうわけか、坂本史衣氏を筆頭に日本の感染症コミュニティを中心とする一部の医療専門家の人たちは、ことさらFang論文のみを取りあげて、PCR検査の感度=70%という自論を展開してきました。そしてメディアの中では、BuzzFeed Japanが積極的にこの言説を後押ししてきました [5]

さらに、坂本氏は、Fang論文と同時にZhang & Zhaoの査読前論文 [6]を引用して、PCR検査の感度を30–50%と述べています [5]。ところがこの感度30–50%は、当該論文[6]のオリジナルとして示されているわけではなく、あくまでも論文中で引用されている二次情報であり、しかも引用元の記載が不完全でどこからの情報か不明です。通常はこのような不完全な情報をもって、感度を言うことは不適切であり、悪意があるとしか思われません。

このような引用の仕方は、検査を広げたくないために、数ある論文の中で自説に都合のよい論文を探し出して「PCR検査は精度が低い」と展開するという、まさしくチェリー・ピッキングの典型です。

なぜ、このようなPCR検査抑制や検査拡充非合理論が生まれているかという背景や原因については、先のブログ「あらためて日本のPCR検査方針への疑問」、「PCR検査拡充非合理論の根っこにあるもの」で述べています。

問題は、感染症コミュニティを発信源とするこの手のデマが、メディアやSNS上で広く取りあげられることになり、半ば常識化してしまったことです。このコロナ禍で、情報を発信する側も、それを受け取る側も、科学レベルと情報リテラシーが低いことを露呈してしまいました。

5. 偽陰性の誤った解釈の流布

上記のようにFangらの論文を取りあげて日本の感染症集団の専門家は感度70%を盾に、PCR検査は偽陰性が起こるので精度が低い、したがってやみくもに検査をすべきでないという詭弁を展開してきました。偽陰性の発生確率を示したものとしては、前回のブログで紹介したKucirkaらの論文もあります(→PCR検査の偽陰性率を推定したKucirka論文の見方)。この論文も感染症コミュニティによって都合良く解釈され、検査拡充は非合理という言説の拠り所とされました。

PCR検査で技法以外の要因で偽陰性が発生する可能性は当たり前のこととしてありますが、だからこそ海外の論文ではおしなべて「偽陰性の発生に気をつけろ、陰性判断するな、偽陰性を疑え」という論調で、COVID-19患者を見逃さないというのが主旨になっています。つまり、偽陰性の可能性を踏まえた上で、再検査、再々検査で陽性として確定診断し、適宜治療を施す(あるいは隔離する)ことが重要なのです。

PCR検査の偽陰性を取りあげて「精度が悪い検査を広げるな」という詭弁を展開する人たちは、偽陰性である"陽性者"をどうするかという視点が決定的に欠けています。元の論文の主旨さえ歪曲して、日本を混乱に巻き込んでしまったと言えます。そしてこれは、日本の感染症対策にきわめて悪い影響を及ぼしてきたと考えられます。

おわりに

以上、PCR検査に関する詭弁、非形式的誤謬、デマについて実例を挙げて説明しました。コロナ禍で氾濫するこのような詭弁やデマは、ほとんどの場合、検査拡充非合理論者や「PCR検査は医療資源」としか考えられない人たちから出ていて、ストローマンやチェリーピッキングなどが多用されています。

なぜこのような詭弁をすることになるのか。それは感染症対策において検査拡充に否定的であることは科学的に無理があるからであり、そのつじつま合わせのために詭弁や非形式的誤謬を持ち出さざるを得ないということです。自らの詭弁や非形式的誤謬に気がついた人たちは、次々と言説を取り消したり、HPから削除しています(例として神奈川県医師会→PCR検査の精度と意義ー補足)。

不幸にして、PCR検査に関してこのような詭弁やデマが展開されているのは世界の中では日本だけであり、感染症対策がなかなか進まない大きな足かせになっています。

引用文献・記事

[1] 読売新聞: 世田谷区の保育士ら2万人、一斉PCR検査へ…症状の有無問わず. 2020.08.24. https://www.yomiuri.co.jp/national/20200824-OYT1T50054/

[2] Sponichi Annex: 加藤浩次 世田谷区の2万人PCR検査に猛反対「一時の安心にどれだけお金をかけるのか…全く意味ない」2020.08.25. https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2020/08/25/kiji/20200825s00041000110000c.html

[3] Fang, Y. et al.: Sensitivity of Chest CT for COVID-19: Comparison to RT-PCR. Radiology Published online Feb. 19, 2020. https://pubs.rsna.org/doi/10.1148/radiol.2020200432

[4] Xie, X. et al.: Chest CT for Typical Coronavirus Disease 2019 (COVID19) Pneumonia: Relationship to Negative RT-PCR Testing. Radiology Published online Feb. 12, 2020. https://pubs.rsna.org/doi/pdf/10.1148/radiol.2020200343

[5] 岩永直子: 新型コロナ、なぜ希望者全員に検査をしないの? 感染管理の専門家に聞きました. BuzzFeed News. 2020.02.26. https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-sakamoto

[6] Zhang, Q. and Zhao, Q.: Inactivating porcine coronavirus before nuclei acid isolation with the temperature higher than 56 °C damages its genome integrity seriously. bioRxiv Posted Feb. 22, 2020.
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.02.20.958785v1

引用した拙著ブログ記事

2020年8月19日 PCR検査の偽陰性率を推定したKucirka論文の見方

2020年7月25日 PCR検査拡充非合理論の根っこにあるもの

2020年6月8日 PCR検査の精度と意義ー補足

2020年6月1日 PCR検査の精度と意義

2020年4月13日 COVID-19に関するNHKスペシャルを観て

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

2020年3月24日 PCR検査をめぐる混乱

              

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題