Dr. Tairaのブログ

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元首相の死で浮かび上がった少数政党の主張

2022.07.11:00:25更新

はじめに

いま参議院選挙の投票が終わりました。各局は早速投票結果の解説を始めていますが、この二日間のプロパガンダとも言える異様なテレビ報道で、すっかりメディアの堕落と劣化を感じることとなりました。その思いを以下のようにツイートしました。

メディアの堕落と感じたのは、故安倍元首相に哀悼の意を表すのは当然だとして、彼の功罪や政歴評価は今直ぐできるものでもないのに、どのテレビ局もほぼ無批判に礼讃することに終始していたことです。祖父の岸信介、父の安倍晋太郎まで登場させ、その後継者とか華麗なる一族とか、日本政治の諸悪の根源である世襲政治をまったく批判することなく(むしろ称賛する風に)、報じていました。これでは北朝鮮と同じです。

しかも、今日は投票日だったわけです。投票日当日まで集中的にこのような報道をすることで、それが自民党にとって有利なプロパガンダの様相を呈していたことは否めません。自民党を始め、改憲勢力が大きく議席を伸ばすことでしょう。

そして、安倍殺害事件の動機のキーワードとして出てきた宗教団体について、各局も大手新聞も一切のその名を明らかにしていないという異常さがあります。この点も含めて、今回のテレビ報道を「違和感を感じる」として批判するウェブ記 [1] がありますし、SNS上でも批判が展開されていますその点、海外のメディアは事実を淡々と報じているところが多いようです。

1. 日曜討論での放送事故

今回の安倍元首相の殺害に関して、Bloombergが興味深い記事を配信しているのを今日目にしました [2]。何と、先月のNHK日曜討論における放送事故ともとれるNHK党黒川敦彦幹事長(つばさの党党首)の主張を取り上げたのです。黒川幹事長は日曜討論で司会の制止にも気に留めず、安倍批判を展開する暴走ぶりを発揮し、最後には綾野剛ネタをぶっこみ「安倍のせいだ〜♪」と歌い始めました。YouTubeにその部分の動画がありますので引用します。

www.youtube.comなぜ、Bloombergがこんなことを取り上げたのか、そこには陰謀論的な匂いもするけれども、本質的なものを彼らは感じたからではないかと思います。すなわち、安倍殺害で一躍クローズアップされている当該宗教団体やその背景のことです。

ちなみに私はNHK党をまったく支持するものではないですが、Bloombergの当該記事は、今回の安倍殺害事件、NHK党、つばさの党に関して、論評抜きで事実を淡々と伝えているところは、非常に興味深く感じました。

2. Boom記事の内容

Bloomberg記事 [2] の見出しは、このブログ記事のタイトルに書いたとおりで、「NHK党員、選挙戦で安倍首相と宗教団体を結びつける」、「宗教団体に怒り爆発か: 共同」というサブの見出しがついています(下図)。

以下、全翻訳文を紹介します。

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安倍晋三元首相が暗殺されたことで、日曜日の参議院選挙を前に、宗教団体とのつながりがあるとして安倍氏を批判していた少数政党に注目が集まっている。ソーシャルメディアユーザーは、先月のNHKでの選挙討論会での発言を取り上げている。それはNHK党の黒川明彦幹事長が「外国のスパイ活動の隠れ蓑として使われているとされる日本の宗教団体への不明瞭な資金提供は、安倍元首相の責任である」と主張したことだ。

NHK党は、日本の「国営放送」の財源に使われている強制受信料を廃止する目的で2013年に結成されたが、この党と容疑者には直接的なつながりはない。一方で、この党の政治家の発言は、犯人の動機に光を当てる可能性のある政治の系統を浮き彫りにしている。その中には、日本でも人気を博しているQAnonが流布している陰謀を彷彿させるような疑惑もある。

共同通信によると、安倍首相暗殺の容疑者である山上徹也容疑者は、当初、自分の母親がある宗教団体に多額の寄付たことで破産したと考え、その宗教団体のリーダーを攻撃するつもりだったと警察に語ったという。彼はまた、安倍元首相に恨みを抱いており、元首相が日本でその宗教団体を宣伝したと警察に主張したという。一方で、政治的動機による銃撃は否定しているという。

黒川氏とNHK党首の立花孝志氏は金曜日の記者会見で、安倍首相への襲撃を非難した。NHK党のウェブサイトに掲載された声明で、立花氏は銃撃事件に「大きな衝撃を受けている」と述べ、同時に「安倍」自民党の政策も批判した。

「デフレがインフレに変わる一方で、与党はデフレの時に削減した年金や社会保障の水準を引き上げていない」と立花氏は述べた。「もちろん政策をめぐる議論に暴力は許されないが、生活苦にあえぐ人々やこの国の一部の人々が、こうした政策の遅れによって絶望的な状況に置かれていることが、一つの要因である可能性も見過ごせない」とも語った。

土曜日に黒川氏に話を聞こうとしたが、成功しなかった。NHK党の代表は、黒川氏を党首とする「つばさの塔」に黒川氏に関する質問を問い合わせたが、同党のウェブサイトに記載されている固定電話への電話は不通であった。

つばさの党は全国的な存在ではないが、2人の党員が東京近郊の市議会議員を務めている。ホームページには、消費税廃止や反グローバリズムなどの政策が掲載されている。サイトにはいくつかの動画もあり、そのうちのひとつは「ユダヤの麻薬資金、アイゼンバーグ、安倍家と麻生家 」と題した安倍氏の画像を使ったものだ。

NHK党は小規模な政党だが、放送の公平性の観点から、選挙期間中は放送出演時間が確保されている。選挙の比例代表で2%以上の得票を得たグループが政党として認められている。

先月、黒川氏はNHKの討論番組で、日本は外国からの資金で潤う宗教団体の「静かな侵略」に苦しんでいると語った。司会者が改憲の話題に限定するよう促しても、黒川氏はその制止を聞かず、次の言葉で始まる歌で発言を締めくくった。「安倍のせいだ、安倍のせいだ、日本がこうなったのは」。

黒川氏はまた、安倍首相の祖父である岸信介元首相が、集団結婚式で知られる韓国系の統一教会を日本に持ち込んだことを非難していた。また、連立与党の公明党を支持する仏教徒組織である創価学会中国共産党の密接な関係にも言及した。

NHK党のホームページでは、安倍首相に対する疑惑には一切触れず、公共放送の報道と資金調達に対する批判に重点を置いている。

昨年9月、日本共産党機関紙赤旗」は、安倍首相が統一教会関連の団体の集まりに祝辞のビデオメッセージを送ったと報じた

自身もNHKの元職員である立花氏は、2019年の参院選で当選したが、1カ月後に辞職し、同党の次点者に議席を譲り渡した。今年1月には、NHKの受信料データをネット上に流出させると脅したとして、執行猶予付きの判決を受けたと毎日新聞は報じている。

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翻訳は以上です。

おわりに

日本の大手メディアは、先月の放送事故の件も、今回の宗教団体のことも具体的に伝えていません。当該宗教団体が、統一教会(現:世界平和統一家庭連合)であることは明白であるにもかかわらずです。統一教会という名を出せば、安倍晋三元首相のみならず、岸信介元首相、そして自民党との関係が否応無く表に出てくることになり、それを嫌っている、あるいはそうなることを自主規制(忖度)していることの現れでしょう。

私がメディアの堕落を感じるのは、そのような自主規制をする一方で、元首相の称賛報道に終始したことであり、しかも選挙の直前、当日にそれを展開したことです。TBSサンデーモーニングのコメンテータは民主主義を鍛え直さなければならないと言っていましたが、それはまさしくメディア自身に向けられるべき言葉だったと思います(以下、今日の筆者のツイート)。

2022.07.11:00.25更新

最初の記事ではNHK党党首立花氏の名の漢字が間違っていました。ツイッター上での指摘により修正しました。

引用記事

[1] 鎮目博道: 「宗教団体の名前を伏せる」「各局揃って喪服」……「安倍元首相銃撃事件」テレビ報道への4つの“違和感”. 現代ビジネス. 2020.07.09. https://gendai.ismedia.jp/articles/amp/97303?skin=amp&imp=0

[2] Bloomberg News: Shinzo Abe’s Death Highlights Fringe Japan Political Party That Criticized Him. Bloomberg. 2022.07.09. https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-07-09/shinzo-abe-s-death-highlights-fringe-japan-political-party-that-criticized-him

                 

カテゴリー:社会・政治・時事問題

COVID-19パンデミックにBA.4/BA.5変異体がもたらすもの

いま、欧州諸国において、オミクロン変異体の亜系統であるBA.4およびBA.5の流行が拡大しています。日本においてもこの夏はBA.5による大流行(いわゆる第7波)に襲われることは確実です(→この夏の第7波?流行)。政府は第7波につながりかねないとして警戒を強めているとのことですが、全国旅行支援に関しては「もう少し感染状況を見守りたい。特に期限は区切っていない」と、開始のタイミングを慎重に検討する方針を示すなど、相変わらずののんびり対応です [1]

過去最大の被害と犠牲者を出した第6波の失敗を繰り返さないためにも、政府には緊急の対策をお願いしたいところです。先行事例として、5月からのポルトガルの流行を参考にできます。また、先月下旬にはネイチャー誌に、「BA.4/BA.5の台頭でパンデミックがどのようになるか」という記事が掲載されています [2]。この記事には、東京大学医科学研究所佐藤啓教授のコメントも載っています。

このブログ記事では、ポルトガルの事例を挙げながら、このネイチャーの記事を紹介したいと思います。合わせて第7波への対策を考えたいと思います。

1. ポルトガルでのBA.4/BA.5流行波から学ぶこと

まずは、ポルトガルにおけるオミクロンの感染者数と死者数の推移を図1に示します。この冬に起きた初期のオミクロン流行(BA.1)に比べると、4月下旬からのBA.4/BA.5流行では感染者の数は少ないことがわかります。一方で、死者数は冬の流行と今回の流行とであまり変わらないように見えます。

この原因は何なのでしょうか。現在までのところ、BA.4/BA.5は従来のオミクロンと比べて伝播力は強いけれども重症化度には変化がないと言われています。かつ免疫逃避の性質が強くなっている可能性も言われています。そうすると、個人的に勝手に思うのは、ワクチン接種の影響もあるのではないかということです。後述するように、ポルトガルはワクチン完全接種率(87%)もブースター接種率(66%)も高い国です。ブースターの効力が失われているか、ひょっとしたらワクチンの負の面が出ているかもしれません。あるいは、実際にBA.5はこれまでのオミクロンに比べて重症化しやすいのかもしれません。

図1. ポルトガルにおけるオミクロンの初期波およびBA.4/BA.5波の感染者と死者数の推移(日本の流行を比較して図示、Our Word in Dataより転載).

ポルトガルはイタリアと並んで海外では高齢化率が高い国です。ワクチン接種率や高齢化率で似ている日本は、ポルトガルでの先行例を大いに参考にすることができます。懸念されることは、第7波で感染者の絶対数が増えると同時に高齢者の死亡が増え、第6波以上の被害になることです。

最近投稿されたプレプリントでは、オミクロンの急増が始まって以来、成人の3回目接種の集団には、目に見えるようなワクチン効果はないことが示されています [3]。ここで言えることは、第7波では偏に感染拡大防止に努め、ワクチン接種の有無にかかわらず、早期検査、早期治療を徹底し、特に高齢者の感染と重篤化を防ぐことです。急増すると思われる自宅療養者については、しっかりとしたモニタリングと医療ケアを行ない、容態急変、重篤化を見逃さないことが重要です。

2. ネイチャーの記事

先月下旬、ネイチャー誌は、「うんざりするほど続編を次々と発表するハリウッド映画のように、オミクロンが帰ってきた」と評しながら、オミクロン亜系統BA.4/BA.5に関する記事(NEWS EXPLAINER)を掲載しました [2]。同誌は、BA.4とBA.5の台頭がパンデミックどのような意味をもつのか探っている、としています。

ここでその記事を翻訳しながら紹介したいと思います。適宜引用文献も添えます。

オミクロンBA.2型が世界的に急増したわずか数週間後に、さらに2つのオミクロンスピンオフ型が世界的に増加しています。これらがBA.4とBA.5です。4月に南アフリカの科学者によって最初に発見され、その後の感染者数の増加を見せている、オミクロン亜型ファミリーの最新メンバーです。現在、これらのウイルスは世界の数十カ国で検出されています。

BA.4およびBA.5亜型は、他の流行性オミクロン亜型(主にBA.2、今年の初めに感染者数を急増させた)よりも伝播力が強いため、世界中で急増しているのです。しかし、これまでのところ、これらの最新オミクロン亜型は、旧来の亜型に比べて死亡や入院の数が少ないようです。これは、ヒト群集の免疫力の向上が、COVID-19急増の直接的な影響を和らげていることを示しています。

●BA.4とBA.5とは何?

BA.4/BA.5変異型は、昨年末にほとんどの国でオミクロン波を引き起こしたBA.1よりも、BA.2に似ていることが分かっています。その中には、スパイクタンパク質のL452RとF486Vの変異が含まれており、宿主細胞に付着する能力や免疫反応を回避する能力を変えている可能性があります。

5月に発表されたプレプリントが記すところでは、BA.4とBA.5が初期のオミクロン変異体と起源を同じくすることが判明しています。しかし、進化遺伝学者ベット・コルバー(Bette Korber)氏とウィリアム・フィッシャー(William Fischer)氏(ニューメキシコ州ロスアラモス国立研究所)が主導した分析(未発表)では、これらの変異体はおそらくBA.2から派生したものであることが示唆されています。

また、コルバーとフィッシャー両氏は、公開データベースでBA.2と分類されているゲノム配列の多くが、実際にはBA.4またはBA.5であることを発見しました。その結果、BA.2型が現在も増え続けていることや、BA.2型が持つ変異の多様性を過小評価している可能性があることがわかりました。彼らは、ネイチャー誌に電子メールを送り、「パンデミックにおけるこの瞬間、これらを正しく呼称することが重要である」と書いています。

●なぜ世界的に増加しているのか?

ウイルスがより多くの人々に、より速く感染することを可能にするような遺伝的変異を起こせば、その変異体が感染に有利になることがあります。しかし、BA.4とBA.5の増加は、むしろ初期のオミクロンや他の亜型に免疫があった人々に感染させる能力に起因しているようだと、ベルン大学の計算疫学者クリスチャン・アルタウス(Christian Althaus)氏は述べています。

アジア以外のほとんどの国では、SARS-CoV-2の対策はほとんどなされていないので、BA.4とBA.5の増加、そして必然的な減少は、ほぼ完全にヒト群集の免疫によって引き起こされるとアルタウス氏は付け加えています。

BA.4の有病率が低いスイスでBA.5が増加していることから、アルタウス氏はスイスでは約15%の人が感染すると推測しています。しかし、COVID-19の流行歴やワクチン接種率が異なるため、現在では各国の免疫プロファイルが異なる可能性があります。その結果、BA.4とBA.5の流行波の規模は場所によって異なるかもしれません。「ある国では5%かもしれないし、別の国では30%かもしれない。それはすべて、その国の免疫プロファイルに依存する」と彼は述べています。

●BA.4とBA.5は社会にどのような影響を与えるのか

どのような影響を及ぼすかは、これも国によって異なります。ヨハネスブルグにある南アフリカ国立感染症研究所の公衆衛生専門家、ワシーラ・ジャサット(Waasila Jassat)氏と彼女の同僚は、南アフリカにおけるBA.4とBA.5の流行期間中、同国の以前のオミクロン波と比較して、入院率は同等であるが死亡率はわずかに低いことを見いだしました。これらオミクロンの両波は、以前の猛烈なデルタ波と比較して、入院や死亡の面ではるかに穏やかであることが証明されています。これらの知見は、近々メドアーカイヴ・プレプリントサーバーに投稿される予定です。

一方で、COVID-19のワクチン接種率とブースター接種率が非常に高いポルトガルでは、最新のBA.4/BA.5波による死亡と入院のレベルは、最初のオミクロン波によるものと類似しています(上記図1参照)。この差異は、ポルトガルの人口動態に起因している可能性があるとアルタウスは述べています。つまり、高齢者が多ければ多いほど、病気も重くなるし、その国の免疫の性質も結果の違いを説明できるというわけです。

南アフリカの成人の約半数がワクチン接種を受けており、ブースターを受けたのはわずか5%です。しかし、このことと以前のCOVID-19の流行による感染率が非常に高いことが相まって、「ハイブリッド免疫」の壁が築かれ、特にワクチン接種を受けた可能性が最も高い高齢者において、重症化から強く保護されていると彼女は付け加えています。

●ワクチンはどの程度効果があるのか?

これまでの研究によると、ワクチン接種によって生じた抗体は、BA.1やBA.22-6といった初期のオミクロン亜型を阻止するのに比べ、BA.4やBA.5を阻止する効果が低いことが一貫して示されています。このため、ワクチンを接種して免疫力を高めた人でも、複数のオミクロンに感染する可能性がある、と科学者たちは一応に考えています。ワクチン接種とオミクロンBA.1への感染によるハイブリッド免疫を持っている人でさえ、BA.4とBA.5を無効にするのには苦労するでしょう。この原因は、この変異型のL452RとF486Vのスパイク変異であると研究チームは考えています。

この説明のひとつは、ワクチン接種後にBA.1に感染すると、SARS-CoV-2の祖先株(ワクチンの基となった武漢株)を認識する感染阻止型の「中和」抗体が、オミクロン変異体を認識するよりも強く働くらしいといものです [4, 5]。英国ケンブリッジ大学のウイルス学者であるラビンドラ・グプタ(Ravindra Gupta)氏によれば、BA.1に感染すると中和抗体反応が起こりますが、それは予想よりも少し狭く、結果としてBA.4やBA.5といった免疫逃避型の変異体に対する感染を許してしまうということです。

●次に何が来るか?

この問いに対して「それは誰にもわからない」と東京大学のウイルス学者佐藤啓氏は答えています。 オミクロン亜型のパレードは続き、新しい亜型は既存の免疫の穴をさらに開けるかもしれません。「BA.4/5が最終型とは誰も言えない。オミクロンの亜型がさらに出現する可能性は高い」と彼は述べています。研究者たちは、ワクチンや過去の感染によって誘発される抗体のスパイクタンパク質へのいくつかの認識スポットを特定していますが、これらが将来のオミクロン亜型で変異する可能性があることも想定しています。

科学者たちは、オミクロンやアルファなどの変異体は、おそらく数ヶ月に及ぶSARS-CoV-2の慢性感染から生まれたと考えるようになってきています。しかし、オミクロンとその亜系統が支配的であればあるほど、慢性感染から全く新しい変異体が出現する可能性は低くなると、英国オックスフォード大学のウイルス進化学者マハン・ガファリ(Mahan Ghafari)氏は述べています。

ウイルスが成功するためには、将来の変異体は免疫を回避する必要があります。しかし、そのような変異体には、他にも私たちにとって気がかりな性質があるかもしれません。佐藤教授のチームは、BA.4とBA.5がハムスターではBA.2よりも致死率が高く、培養肺細胞への感染力も強いことを発見しています [6]。ジャサット教授が主導した疫学研究によれば、COVID-19の一連の波は穏やかになりつつあるようです。しかし、この傾向を鵜呑みにしてはいけないと、佐藤教授は注意を促しています。つまり、ウイルスは進化することで必ずしも致死率が下がるわけではないということです。

また、次の亜型がいつ登場するかも不明です。BA.4とBA.5はBA.1とBA.2のわずか数ヵ月後に南アフリカで出現し始め、このパターンは現在英国や米国を含む地域で繰り返されています。しかし、ワクチン接種と感染の繰り返しで世界的な免疫ができてくると、SARS-CoV-2の波の頻度も少なくなってくるとアルタウス氏は予想しています。

SARS-CoV-2の将来の可能性としては、他の4つの季節性コロナウイルスのように、季節によってレベルが変動し、通常冬にピークを迎え、通常3年おきくらいに再感染するようになることだとアルタウス氏は述べています。大きな問題は、COVIDの症状がどんどん軽くなって、long COVIDの問題が徐々に消えていくのかどうかです。「もし、今のような状態が続くのであれば、深刻な公衆衛生上の問題となる」と彼は述べています。

以上がネイチャー記事 [2] の内容です。

おわりに

ポルトガルでの先行流行には大いに学ぶべきものがあります。ネイチャー記事では、南アフリカポルトガルの被害の差異は、人口動態や免疫プロファイルの違いによるものとしています。ただ、ポルトガルにおけるBA.1とBA.4/BA.5の流行とで後者で死亡率が上がっているのは、高齢化率だけでは説明できません。ワクチン接種・ブースター接種が進んでいるほど、致死率が高くなっているとも考えられます。

最近NEJM誌に掲載された書簡(Correspondence)では、ワクチン接種によるオリジナル株(WA1/2020株)に対する中和抗体価と比較すると、BA.1に対して6.4倍、BA.2に対して7.0倍、BA.2.12.1に対して14.1倍、BA.4あるいはBA.5に対して21.0倍低くなっていることが示されています [7]。一方、自然感染とワクチン接種の場合は、それぞれの変異体に対する中和抗体価の低下はより緩やかです。

南アフリカの事例と比べてポルトガルで死亡例が増えていることは、上記のようなハイブリッド免疫とワクチン接種による中和抗体価の差異だけで説明できるのでしょうか。もう一つの可能性として、ブースター接種の負の影響は考えられないでしょうか。すなわち、修飾型mRNAワクチン接種による細胞性免疫の抑制 [8](mRNAワクチンのブースター接種を中止すべき感染増強抗体(NTD抗体)の増強です。BA.5では、スパイクタンパクにさらに変異が加わって中和抗体価は低下しているのに対し、NTD(N-teminal domain)には変異がないのでNTD抗体(いわゆる悪玉抗体)は増強される可能性があるのです。

BA.5がもつL452Rはデルタ変異体と同じで、感染力と病毒性が高まっている可能性もあります。この変異により、日本人に多いHLA-A24による細胞免疫から逃避する可能性もあります。

日本の第7波では、感染者・自宅療養者の絶対数の増加、ブースター接種を済ませた高齢者、基礎疾患のある人の感染が特に要注意でしょう。政府や専門家は4回目の接種を推奨していますが、果たして大丈夫でしょうか。政府、専門家がよく言う重症者数が大事という主張、そしてBA.5は重症化しにくいという従来の主張パターンが単に繰り返されるようでは、今回も失敗を重ねることになります。オミクロンは従来の基準の重症化を経ずに、軽症からいきなり衰弱して死に至る場合があるのです。そして、全国旅行支援などの経済対策については、早めの規制が必要と考えられます。

引用文献・記事

[1] JIJI COM: 政府、感染「第7波」警戒 全国旅行支援、なお判断保留 新型コロナ. Yahoo Japanニュース 2022.07.02. https://news.yahoo.co.jp/articles/d808ef7806afec756e8744033cdeec8596d42026

[2] Callaway, E.: What Omicron’s BA.4 and BA.5 variants mean for the pandemic. Nature 606, 848–849 (2022). https://www.nature.com/articles/d41586-022-01730-y

[3] Emani, V. R. et al.: Increasing SARS-CoV2 cases, hospitalizations and deaths among the vaccinated elderly populations during the Omicron (B.1.1.529) variant surge in UK. medRxiv Posted June 28, 2022. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2022.06.28.22276926v1

[4] Cao, Y. et al.: BA.2.12.1, BA.4 and BA.5 escape antibodies elicited by Omicron infection. Nature Published  June 17, 2022. https://doi.org/10.1038/s41586-022-04980-y

[5] Reynolds, C. J. et al.: Immune boosting by B.1.1.529 (Omicron) depends on previous SARS-CoV-2 exposure. Science Published June 14, 2022. https://www.science.org/doi/10.1126/science.abq1841

[6] Kimura, I. et al.: Virological characteristics of the novel SARS-CoV-2 Omicron variants including BA.2.12.1, BA.4 and BA.5. bioRxiv Posted May 26, 2022. https://doi.org/10.1101/2022.05.26.493539 

[7] Hachmann, N. P. et al.: Neutralization escape by SARS-CoV-2 Omicron subvariants BA.2.12.1, BA.4, and BA.5. N. Eng. J. Med. Published June 22, 2022. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2206576

[8] Krienke, C. et al.: A noninflammatory mRNA vaccine for treatment of experimental autoimmune encephalomyelitis. Science 371, 145–153 (2021). https://doi.org/10.1126/science.aay3638

引用したブログ記事

2022年6月21日 この夏の第7波?流行

2022年6月7日 mRNAワクチンのブースター接種を中止すべき

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

海外出羽守の脱マスク論

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

今日(7月1日)、ツイッターのタイムラインを見ていたら、BuzzFeed Japan Medicalの以下のツイートが目にとまりました。デンマーク在住のジャーナリスト井上陽子氏による「日本のマスク着用に違和感」という内容の記事の紹介です。

私は早速 BuzzFeed の当該記事 [1] にアクセスし、読んでみました。読んだ後の感想で浮かんだフレーズは「出羽守の脱マスク論」です。なぜそう思うかと言えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する感染対策が全く異なる日本とデンマークの事情を抜きにしてマスク着用を論じるべきではないし、かつ感染防止策としてのマスク着用の有効性に関する科学的知見 [2](→地域社会のマスク着用向上がコロナ感染を減少させる)を抜きに語るべきではないからです。

記事から一部を抜粋してみましょう。

最初の頃は、多くの人がワクチン接種を終え、相当数が一度は感染したデンマークの人々とは違って、日本ではコロナへの警戒感がまだ強く、感染対策を徹底しているのだと思っていた。

しかしそれにしては、スーパーやコンビニの列に並んでいても、後ろの人がけっこう間を詰めてくる。デンマークではソーシャルディスタンスを取る習慣が残っているので、これほど距離を詰められると、ちょっと居心地が悪い。

さらに言えば、消毒液を使っている人がほとんどいない。

店に入る時に消毒液を使っているのが、私とデンマーク人の夫くらい。しかも、夕食の時間帯になると、居酒屋などではコロナ前のように、普通にマスクなしで盛り上がったりしている。

じゃあやっぱり、コロナ感染をすごく警戒しているというわけじゃないのか。

そうなると、マスクを外さないのは、よく言われる”同調圧力”なのかなと思ったのだが、周りの人の話を聞いていると、どうも好んで着けている人も一定程度いるとわかってきた。

記事からわかるように、日本のマスク着用に違和感を覚えながら、なぜ日本人はマスクをしているのかという疑問を展開させています。当たっている部分もあり、??と思える部分もあります。

まず、デンマークはマスクの習慣がなく、政府によるマスク義務化と義務解除に従って国民はメリハリをつけて着用、脱マスクを行なっていることを踏まえておく必要があります。一方、日本は元々花粉症や風邪などで多くの人がマスクをする習慣があり(人々も見慣れている)、いわば文化として根付いている部分もあります。政府がマスク着用を義務化しなくとも、感染に対する警戒感もあって、推奨というだけで割とすんなりとマスクをつけている事情があります。満員電車に揺られて通勤、東アジア特有の人口密度の高い都市という、いわゆる3密条件に曝される環境も影響しているでしょう。

つまり、両国のマスクに対する考え方や習慣、環境が全く異なるわけであり、日本人の付和雷同性(同調圧力に従順)ということを考慮しても、ここを抜きにして語るべきではないのです。簡単に言えば余計なお世話です。

逆に、社会的距離(ソーシャルディスタンス)をとらない、消毒液を使う人が少ない、というのは、まさしく日本人にはそのような習慣がないからであり、義務化もされていないからです。したがって、多くの人がそれらを忘れてしまう行動の現れだと思います。そして社会的距離について言えば、そもそも肝心の政府や専門家がそれを強く推奨する場面もきわめて少なく、日本人の頭にあまり入っていないでは思います。

続いて、当該記事の核心部分を以下に引用します。

ワクチン接種が進んだことで、コロナ規制が撤廃となったデンマークでも、病院やハイリスクの高齢者がいる施設では、マスク着用のルールは続いている。

こうした脆弱な層への配慮は続ける一方で、さまざまな年齢層で構成する社会全体として、「生きる」だけではなく「より良く生きる」ことも大事、という考え方が、規制撤廃の背景にあったように私は理解している。特に子供たちへの目配せがしっかりしていた。

ワクチン接種が進んだいま、日本では「コロナ感染のリスク」と「コロナ対策による悪影響」が逆転している状況が出ているのではないだろうか。特に、子供への悪影響が心配だ。

専門家で作る厚生労働省のコロナ対策アドバイザリーボードは、「過度な感染予防策によって子どもたちの遊びと学びを奪うのではなく、周囲の大人達が適切に感染対策を実施することなどで対応すべき」と指摘している

上記のように「コロナ感染のリスク」に対して「より良く生きる」、「コロナ対策による悪影響」というフレーズを引用して、暗に感染リスク防止の行動(マスク着用)を否定する展開になっています。これは一種のストローマン論法であり、詭弁になりかねません。つまり、感染リスクと対策の悪影響は言わば特殊なトレードオフの関係であり、一方だけを引き立てて一方を否定することはできないのです。

ここで「特殊」と言ったのは、本来「コロナ感染」は全く不要のものであり、それがなければリスクも存在しないという意味からです。

そのトレードオフの関係を、デンマークにおいては、政府による義務化・その解除という手段をとることで、国民が考慮することなく行動しやすくなっていると言えます。一方、日本では、国民自身がそれを考慮しながら手探りで慎重に対処しているわけです。繰り返しますが、政府の介入の仕方が異なり、国民の習慣・文化も異なり、上記のトレードオフの関係を抜きにして、マスク着用の是非に関する比較はできないのです。

ここで、あらためて日本とデンマークの感染状況や対策を比較してみましょう。表1に示すように、デンマークではこれまで国民の2人に1人が感染しており、人口比で日本の約7倍の感染率になります。死亡率も日本に比べて約4.4倍高いです。一方で、検査数をみれば、国民1人が約22回検査を受けたことに相当する数字であり、日本の約49倍に当たります。単純に感染率で割ると、日本の7倍多く検査していることになります。

表1. 日本およびデンマークのCOVID-19感染者数、死者数、検査数(いずれも累計)の比較.

このように感染状況は両国で大きく異なりますが、いわゆるファクターXの恩恵の有無が関係しているのかもしれません。ちなみに、ワクチン接種率はブースターも含めて両国では大きな違いはありませんので要因としては考えにくいです。

一方、前のブログ記事(→日本メディアのコロナ報道にみるバイアス)でも述べたように、デンマークでは感染対策における政府の介入が厳しく、検査やゲノム解析も徹底しているなど、日本とは比べようがありません。その上で「自由を得るためにある程度の犠牲を受け入れる」withコロナの方針をとっています。日本は、withコロナを(犠牲の容認をすっ飛ばして)単に社会・経済活動を促進することと誤解し、「コロナとの共生(共存)」などとわけの分からないことを言っている状態です。

日本と異なり、マスクを義務化しない限り、デンマーク国民はマスクをつけないでしょう。デンマークに限らず欧州諸国はみなそうです。それが最近になって、フランスをはじめとしてBA.5変異体による流行が拡大しつつあることで、再びマスク着用推奨がなされるようになっています(→オミクロン亜系統BA.5の拡大:再びマスクの推奨)。図1に示すように、デンマークでも、フランスほどではないですが、感染者が増加中です(ただし従来のようにトレーシングを行なっていない)。このあと、どうなるでしょうか。おそらくマスク着用が再び議論されることでしょう。

図1. 日本およびデンマークにおける最近の感染者数の推移(2022年4月24日〜6月30日、Our World in Dataより転載).

COVID-19の流行は、政府の介入の程度や人々の行動の仕方で大きく変わりますので、マスク着用だけで論じることはできません。しかし、マスク着用率が高ければコロナ感染のリスクを減少させるという科学的根拠があります(地域社会のマスク着用向上がコロナ感染を減少させる)。

パンデミックは依然として進行中であり、日本では第7波が始まっています(→この夏の第7波?流行)。この時点での「日本では「コロナ感染のリスク」と「コロナ対策による悪影響」が逆転している状況がある」という一過性の指摘 [1] は、実際、全くの害にしかならないと思います。

コロナ感染のリスク軽減は必要であり、この面でマスク着用は科学的に有用なのです。その悪影響があるとするなら、それがどのようなものか、科学的にも社会的もにきちんと検証し、感染リスク軽減とのバランスの上で対策を講じるべきです。今は第7波流行下での感染リスクを睨みながら、マスク着用の意味を考えるべきです。

その前提として、日本のwithコロナ戦略を明確にし、世界のスタンダードに近づけるメリハリの効いた感染対策を政府も専門家も出すべきでしょう。「コロナとの共生」など曖昧なフレーズを唱えるべきではありません。実際、文字どおりの共生(co-existing, living together)は不可能であり、何ら意味のないスローガンです(元々withコロナ自体に感染対策上の意味はない)。

しかし、BuzzFeedは、ことコロナに関しては、害にしかならないような記事を配信し続けていますね。

引用文献・記事

[1] 井上陽子: 一時帰国した日本で見るマスクを外さない子供たち そのコロナ対策、子供に悪影響を与えませんか? BuzzFeed 2022.07.01. https://www.buzzfeed.com/jp/yokoinoue/mask-kids

[2]  Leech, G. et al.: Mask wearing in community settings reduces SARS-CoV-2 transmission. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 119, e2119266119 (2022).
https://doi.org/10.1073/pnas.2119266119

引用したブログ記事

2022年6月28日 オミクロン亜系統BA.5の拡大:再びマスクの推奨

2022年6月21日 この夏の第7波?流行

2022年6月3日 地域社会のマスク着用向上がコロナ感染を減少させる

2022年2月13日 日本メディアのコロナ報道にみるバイアス

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

オミクロン亜系統BA.5の拡大:再びマスクの推奨

はじめに

欧州ではこの春から減衰していたCOVID-19の流行が、6月から拡大しています。日本でも第7波の流行が始まろうとしています(→この夏の第7波?流行)。これらの流行の主体になろうとしているのがBA.5変異体です。これは、SARS-CoV-2のB.1.1.529系統、いわゆるオミクロン変異体から派生した変異ウイルスであり、世界保健機構(WHO)をはじめ、各国で「懸念される変異体」(Variant of Concern, VOC)に分類されています [1]

このブログ記事では、欧州での流行の中心になっているフランスの現況を取り上げ、再びマスク着用推奨の声が上がっている状況を紹介します。

1. フランスの状況

ここで、この2ヶ月間における欧州各国のCOVID-19の新規報告事例の推移を示します(図1)。いずれに国においても6月から新規陽性者が増加しており、特にフランスはドイツなどとともに増加傾向が顕著であることがわかります。フランスでの流行はすでにさまざまなメディアで取り上げられています [2]

図1. 欧州各国における新規感染者数の推移(2022年4月30日〜6月26日、Our World in Dataより転載).

一昨日、フランスの友人(微生物学者)とメールのやり取りをする中で、私はフランスのCOVID-19の状況を尋ねてみました。彼女は、特に今月からBA.5変異体の台頭が顕著であることや、感染者の多くはワクチンのブースター接種であることを話してくれました。そして、Le Journal des Femmesに近況が記事 [3] として載っていることを教えてくれました。

Le Journal des Femmesは、フランスの女性向けのウェブメディアで、雑誌も発行しています。当該記事は、Santé(健康・保健)のコーナーで、"Variant Covid BA.5 : symptômes, quelle durée de contagion?"というタイトルで書かれていますが、フランス語が不得手な私は、DeepLで翻訳しながら読んでみました。以下に概要を紹介します。

Santé Publique France によれば、6月6日~12日の週の調査では、配列が解読可能な検体の中で、BA.2が33%、BA.4が6%、BA.5が41%でした。前の週では、BA.2が55%、BA.5が23%というデータでしたので、BA.5が増加していることがわかります。

BA.2は3月の流行の起点となりましたが、すでに12~1月に流行したオミクロン変異体とは異なり、より伝播力を増していました。BA.4とBA.5はさらに伝播性が強くなり、同時にワクチンの逃避性があります。このことは、ウイルスがワクチン免疫をかわすように、かつ感染を拡大させるという進化的な能力を示しています。

BA.4とBA.5はCOVID-19のオミクロン変異体の亜系統です。この2つの亜系統はBA.2とよく似ていますが、スパイクタンパク質にはL452R/F486Vと復帰のR493Qの変異が追加されています。ECDCによると、これらの亜系統は南アフリカで2022年1月と2月に発生し、Santé Publique Franceによるとフランスでは4月上旬に確認されたそうです。ポルトガルでは、5月にこの亜系統による流行がCovid-19の新しい波として拡大し、特に80歳以上の人たちがこの猛威に見舞われました。

Santé Publique Franceによると、BA.4およびBA.5亜型の感染で最も一般的な臨床症状は、疲労、咳、発熱、頭痛です。また、オミクロンの初期変異体であるBA.1に比べて、「嗅覚障害、味覚障害のほか、吐き気、嘔吐、下痢の可能性が高くなる」と当該保健機関は強調しています。臨床症状の持続期間は、平均7日程度であり、他のオミクロンのケースでと比べてやや長くなっています。フランスで調査した症例の年齢中央値は47歳で、BA.1症例の年齢中央値(35歳)より高くなっています。

しかし、「症状が重くならないことも分かっている」と、感染症専門医のAnne-Claude Crémieux氏は6月22日付のFranceinfoで述べています。数カ国で蓄積されたデータでは、BA.4およびBA.5に関連する重症度の増加は観察されていません。 6月15日にSanté Publique Franceが報告した最新のECDC疫学レポートによると、「BA.4またはBA.5に感染したケースでは、他のオミクロン亜系統と比べて重症度に変化があるという証拠は今のところない」としています。

6月7日、Académie de Médecine on EuropeのCovidユニット会長であるイブ・ビュイソン氏は、「BA.4/BA.5は感染力が強く、ワクチン接種後の免疫から少し逃れられるので、今後数週間は新しい患者の増加が続くだろう」と説明しています。

記事の概要は以上です。

彼女(友人の微生物学者)は、フランスでのBA.5拡大に伴い、再びマスク着用が推奨されているとも話していました。フランスでは5月にマスク着用の義務が解除されましたが [4]、今回は義務化ではなく、政府からの強いお願い程度のものだそうです。もともと義務化されたからマスクを着けているという国民の感覚なので、再度着用をお願いしても効果は疑問と彼女は話していました。

とはいえ、やはり専門家は規制解除に慎重であるべきと、マスクも着用すべきという見解をとっていて、政治とのギャップがあると言っていました。市民の中にもマスク着用を主張する人もけっこういるようです。

そして、彼女が心配していたのは、救急病院閉鎖や患者が増えたときの医療ひっ迫です。フランスでは法律で医療従事者はワクチン接種をしていないと従事できないことになっていますが、未接種の医師が結構多く、併せて医者の感染が増えている状況で、病院閉鎖と医療ひっ迫が起きると述べていました。

私は英国のウイルス研究者にも訊いてみましたが、やはり専門家は全ての規制解除に反対が多かったのに対し、世論とジョンソン首相の政治的思惑の流れで、一気に規制解除が進んだと言っていました。そして、感染者と長期コロナ症(LongCovid)による労働者不足は深刻であり、医療提供にも影響があると話していました(ちなみに一般医療のみで公的な国民保健サービス [NHS] は慢性崩壊)。このような欧州における政治と専門家の見解のギャップや医療ひっ迫も含めた感染拡大の社会的影響は、日本のテレビ報道からは全くわかりませんね。

2. 再びマスク着用を推奨

彼女とのメールのやりとりをした後、ちょうど英国のメディアが「新型コロナウイルスがフランスを襲い、人々は「公共交通機関では再びマスクを着用すべき」と主張」というタイトルの記事 [5] を出しているのが目にとまりました。これも少し紹介したいと思います。

先月末から、フランスでの新規感染者は着実に増加しており、1日の新規感染者の7日間移動平均は、5月27日の17,705人から月曜日の71,018人と4倍以上に増加しています。今のところ、この数字は年初に記録した366,179人の5分の1にとどまっている段階です。

フランスの Brigitte Bourguignon 保健相は、公共交通機関、職場、店舗などの密閉空間でマスクを着用することは、「市民の義務」であると述べました。「強制すべきとは言わないが、公共交通機関ではマスクを着用するようフランス国民にお願いしている」と語っています。

フランスの予防接種責任者であるアラン・フィッシャー氏は先週、この国は他のヨーロッパ諸国と同様、新しいCOVIDの波の中にあると述べました。そして、公共交通機関でのフェイスマスク着用義務化の復活に賛成であると主張しました。

フランスの病院で治療を受けている人の数は、6月18日に6カ月ぶりの低水準となる13,876人に減少したが、その後1,223人増の15,099人となり、4週間ぶりの高水準となりました。COVIDの感染者と入院者の間には2週間の遅れがあり、その後COVID関連の死亡者数にも同様の遅れがあるのが通例です。フランスのCOVIDによる死亡者数は24時間で48人増加し、149,406人となりました。

イングランドの病院では、6月27日に7,822人の患者がコロナウイルスに感染し、前週より37%増加したことがNHSの数字で示されています。これは約2ヶ月ぶりの高数値ですが、今年初めのオミクロンBA.2感染のピーク時である16,600人を、まだ大きく下回っています。

BA.5はBA.2よりも約35%増殖が速く、BA.4は19%速く増殖します。つまり、BA.5がまもなく英国におけるCOVIDの主流となる可能性があることが、英国健康安全局の調査によって示唆されています。しかし、この2つの亜型が以前の亜型よりも重症化させるという証拠は「今のところ」ありません。

記事の概要は以上です。

おわりに

日本のテレビは、海外ではマスクもしていない、インフルエンザのようなものだという人々の活動を取り上げた表面的な報道しかせず、ウィズコロナ戦略における(戦略という大それたものは元々ないですが)、政治と専門家との見解のギャップや感染拡大が社会活動に及ぼしている深刻な悪影響については今のところ一切言及していません。

欧州ではBA.5による流行の波が訪れていますが、すでに前のブログ記事でも指摘したように、日本でも8月に向けて急拡大していくでしょう(→この夏の第7波?流行)。今年は梅雨が早く明けてしまい、猛暑による部屋の締め切り冷房と雨が降らないことが、残念ながらウイルスの伝播・拡大を促進する方向に働くかもしれません。相変わらず、政府のCOVID-19対策はお粗末であり、もはや今回の流行に対する介入はないでしょう。第6波のように、感染者の爆発的増加と死者数の増加になりかねないこと、そして前波以上の被害になるかもしれないことを案じています。

引用文献・記事

[1] 国立感染症研究所: 感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される 新型コロナウイルスSARS-CoV-2)の変異株について (第17報) . 2022.06.03. https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2551-cepr/11180-covid19-17.html

[2] ロイター: 仏で再びコロナ感染の波、オミクロン派生型が拡大=当局者. 2022.06.22. https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-france-infections-idJPKBN2O4056

[3] Ducoudray, M.: Nouveau Variant Covid BA.5 : symptômes, 41% en France. Le Journal des Femmes 2022.06.24. https://sante.journaldesfemmes.fr/fiches-maladies/2822907-nouveau-variant-covid-ba4-ba5-symptomes-frequent-france/

[4] FRANCE 24: Covid-19: Masking requirements to be lifted on French transport, European flights. 2022.05.11. https://www.france24.com/en/europe/20220511-covid-19-france-to-end-mask-requirement-on-transport

[5] sky news: COVID-19: People in France 'should wear masks again on public transport' as new coronavirus wave hits nation. June 27, 2022. https://news.sky.com/story/covid-19-people-in-france-should-wear-masks-again-on-public-transport-as-new-coronavirus-wave-hits-nation-12641476

引用したブログ記事

2022年6月21日 この夏の第7波?流行

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

この夏の第7波?流行

このところ来る参院選の論戦が熱を帯びてきましたが、各政党の党首が掲げる公約にはコロナあるいはCOVID-19という言葉はほとんど出てきません。今は物価高で賃金も停滞のままですから、物価高対策に焦点が行くのは当然なのですが、それにしても国民の意識から遠ざけるようなことだけにはなってほしくありません。

世の中はコロナはもう終わったような雰囲気もあり、脱マスク論も声高々になってきていますが、もちろんパンデミックはまだ収束していません。それどころか、新規陽性者数は下げ止まりの様相を見せ、リバウンド傾向にあります。COVID-19は全身性の長期症状をもたらし、神経変性疾患のリスクも高くなり、就労にも影響を与えるということがわかってきたいま、かつ高齢者にとっても依然として高い致死率を考えると、いま一度意識を引き締める必要があるのです。

このような状況を鑑みて、先日、私は以下のようにツイートしました。

リバウンド傾向はフランスをはじめとするヨーロッパ諸国で顕著であり、多くの国で新規陽性者数が増加傾向にあります(図1)。日本では、新型コロナウイルスの水際対策が6月1日から大幅に緩和され、6月10日からは入国制限緩和も始まりました [1]。海外からのウイルス持ち込みの機会と感染リスクはこれから激増するでしょう。合わせてこれからの選挙戦は感染拡大を促進します。

図1. ヨーロッパ諸国における感染事例の推移(Our World in Dataより転載). 一部の国(英国など)は感染者の全数把握を止めているので注意. 4月終わりから高い感染レベルに至っているポルトガルは図示せず.

そして、あまり専門家も指摘しないことですが、日本と米国の流行の波が連動している傾向があります。これについて、私は以下のようにツイートしました。米国からの観光客や帰国者に加えて、検疫を通らない米軍関係者の影響もあるかもしれません。米国でも感染者のリバウンドが起こっていますので、日本にその影響があるでしょう。

ヨーロッパで新たに感染者の急増を引き起こしているのが、SARS-CoV-2 オミクロン変異体BA.2から派生した亜系統のBA.4BA.5であり [2]、米国ではB2.12.1が主流です。これらの変異体の重症化度については現段階で不明ですが(ただデルタと同じL452R変異をもつ)、感染力が従来のオミクロンより強いと言われています [3, 4]

東京大学医科学研究所の佐藤圭教授の研究グループは、細胞培養実験およびハムスターを用いた感染実験により、BA.4/5はオリジナルのBA.2よりも病原性が高く、L452R/M/Qを持つBA.2関連オミクロン変異体(特にBA.4とBA.5)の世界に及ぼす健康リスクは、BA.2より大きい可能性があることを報告しています [3]

東京ではすでに感染者の10%以上をBA.5が占めており、宮城 [5]、大阪 [6]、鹿児島 [7]、沖縄 [8] を含む12の都府県で見つかっています。B2.12.1も増えていますが、いずれBA.5に置き換わるでしょう。つまり、欧州と米国から侵入したそれぞれの変異体が、いま日本でまん延し始めているという状況が見えているわけです。昨年の東京五輪大会前と同じように、これからの本格的な夏に向けて、BA.5による第7波の大流行が襲ってくるのです。

過去最大の被害となった第6波の二の舞だけにはなってほしくありませんが、それも淡い願望に終わるでしょう。なぜなら、もはや国による感染対策の介入がない成り行き任せの現状、改善されていない検査・防疫システム、前のめりの経済優先の姿勢、国民の馴れと嫌気から来る気の緩みなどが、伝播力を増したBA.5の爆発的感染を許すからです。そして、救急医療を含めた医療ひっ迫、医療崩壊が繰り返されるでしょう。

高齢化率の高いポルトガルでの先行事例(感染者数に対する致死率が高い)を見れば、第6波以上の犠牲者が出る可能性があります。日本は世界断トツの高齢化が進んだ国です。しかし、政府も政府系専門家も全くと言っていい程警戒感が感じられません。早期検査・診断・治療の体勢づくり、および医療提供体制を今まで以上に強化しなければならないにも関わらずです。

医療専門家の間では、COVID-19を、感染症法における現在の2類相当から5類相当へ変更すべきという意見が出されています。一般の病気の一つとして考えようという意図なのでしょうが、一般の病気がパンデミックを起こすはずがありません。このようなマインドからは、全く不十分な診療へのアクセスと医療提供体制、検査資源不足の問題を改善・解決しようという動きは起こらず、この夏に予測される第7波の蔓延で太刀打ちできなくなった時に、また「一般の病気」、「オミクロンは軽症」という言い訳が持ち出されるでしょう。

医者のなかには、「新型コロナ感染症はすでに私たちの脅威ではなくなっています」、「よっぽどでないと簡易抗原も行いません。治ればよいのですから検査する必要はありません」という呑気なことを言い出す始末です [9]

しかし、医者が、感染症の流行や病気を甘くみるような、一般人の油断を許すような個人的見解を軽々しく述べるべきではありません。医療ひっ迫や医療崩壊を起こすような今の防疫体制と医療提供体制のアンバランスな状態で、5類相当へ変更とか、季節性インフルエンザ並みとか、脅威がなくなっているとか言い出すべきではないのです。当たり前ですが、法的変更や願望だけで、病気の性質が変わるわけでもパンデミックが収まるわけでもありません。

上述したように、長期症状を起こし、高齢者・基礎疾患を持つ人のみならず幼児・小児にも時として重症化し、容態急変するこの感染症は、その脅威を保ち続けています。鳴り物入りで導入された遺伝子ワクチンも、結局ゲームチェンジャーとはなり得ず、かえってネガティヴな影響を心配しなければならない状況になっています。決定的な治療薬もありません。

世界保健機関 (WHO) が制定した実験室生物安全指針では、病原体の危険性に応じて4段階のリスクグループが定められており、そのリスクに応じた取り扱い(バイオセーフティー、BSL)レベルが定められています。SASR-CoV-2は、SARSウイルス、MERSウイルス、鳥インフルエンザウイルスと同じく、上から2番目のリスクグループ3(BSLレベル3)に分類されています。ちなみに普通のインフルエンザウイルスのカテゴリーは、一つ下位のリスクグループ2(BSL2)です。

日本の感染症の取り扱いでは、これまでリスクグループ3による感染症は、すべて2–3類感染症として分類されています。リスクグループ3のウイルスは、それだけ、危険な病原体であるということです。その感染症が脅威でなくなったということは、少なくとも現時点ではありません。リスクグループ3の感染症が5類相当になった前例はありません

引用記事

[1] NHK首都圏ナビ: 入国制限緩和 外国人観光客も受け入れ再開 日本からの海外旅行は? 2022.06.07. https://www.nhk.or.jp/shutoken/newsup/20220601b.html

[2] Roberts, M.: BA.4 and BA.5 Omicron: How worried should we be? BBC News June 15, 2022. https://www.bbc.com/news/health-55659820

[3] Kimura, I. et al.: Virological characteristics of the novel SARS-CoV-2 Omicron variants including BA.2.12.1, BA.4 and BA.5. bioRxiv Posted May 26, 2022. https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2022.05.26.493539v1

[4] 国立感染症研究所: 感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される 新型コロナウイルスSARS-CoV-2)の変異株について (第17報). 2020.06.03. https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2551-cepr/11180-covid19-17.html

[5] 河北新報: オミクロン株派生型「BA・5」宮城初確認. 2022.06.17. https://kahoku.news/articles/20220617khn000030.html

[6] NHK NEWS WEB: 大阪府 新型コロナ 新たな変異ウイルス「BA.5」2人確認. 2202.06.20. https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20220620/2000062530.html

[7] 南日本新聞: 鹿児島でオミクロン株派生型2種を初確認 BA・5とBA・2.12.1に計4人感染、全員軽症 新型コロナ. 2022.06.21. https://373news.com/_news/storyid/158083/

[8] 沖縄タイムス: オミクロンの新たな派生型「BA・5」沖縄で4人初確認 県「市中感染の可能性ある」2022.06.21. https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/978392

[9] 大和田潔: 「マスクは人の目を気にして着用するものではない」現役医師が"マスク離れ"できない人たちに伝えたいこと. PRESIDENT Online 2022.06.12. https://president.jp/articles/-/58491

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

SARS-CoV-2スパイクタンパク質のアミロイド形成能

はじめに

SARS-CoV-2は、ホモ三量体の表面スパイクタンパク質(S-protein)を用いて、ヒト細胞の受容体(ACE2)に結合し、細胞内に侵入します。それゆえ、このウイルスのスパイクタンパクの機能や毒性は、パンデミックが始まって以来、多くの研究者の焦点となっており、COVIDワクチンの標的にもなっているわけです。

スパイクタンパクには、アルツハイマー病などの病気に見られるようなアミロイド線維を形成するためのモチーフがあると推測されています。また、一部の科学者は、スパイクタンパクの線維がCOVID-19の重症化や長期慢性疾患(long COVID)に関与しているのではないかと考えています。

最近、スウェーデンのリンケーピン大学(Linköping University)のSofie Nyström(ソフィエ・ニストロム)氏とPer Hammarström(パル・ハマルストロム)氏の研究チームが、スパイクタンパクのペプチドが実際にこれらの線維を形成することを明らかにしました [1]。JACS誌にCommunicationとして掲載されていますので(下図)、このブログでそれを紹介したいと思います。

1. 研究の背景

ヒトにおけるコロナウイルス感染症は一般的ですが、COVID-19以前では、呼吸器系の症状を示すウイルスが主でした。一方、COVID-19は呼吸器以外の臓器を含む様々な症状を示すことが特徴であり、病態は多因子性で複雑です。これらには、肺障害をもたらす自然免疫系の炎症反応による急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、サイトカインストーム、心筋炎を含む心臓障害、腎臓障害、神経障害、血流低下をもたらす循環器系の障害、が含まれます。そして、長期慢性疾患としての様々な症状も知られています。Long COVIDとよばれるこれらの症状には、持続的な情緒障害や神経変性疾患に似た精神状態が含まれます。

このようなCOVID-19の病態の原因はまだよくわかっていませんが、S-タンパクの関わりが強く考えられています。

アミロイドとよばれる線維状の異常タンパク質によるアミロイドーシスは、全身性および局所性の障害として現れる病気ですが、多様な病態が報告されているCOVID-19の症状と被るところがあります。ARDSを含む重症炎症性疾患とS-タンパクの凝集が組合わさることで、全身性AAアミロイドーシスを誘発する可能性が提唱されています。COVID-19患者では、血流中の細胞外アミロイド線維凝集体に関連した血液凝固が報告されています。実際、S-タンパクを実験的にスパイクした健常人ドナーの血漿で、凝固亢進/線溶障が証明されています。

アミロイドーシスは、脳アミロイド血管障害、血液凝固障害、線溶系障害、FXII Kallikrein/Kinin活性化、トロンボイン炎症と関連しており,S-タンパクのアミロイド形成とCOVID-19の病態との関連性が示唆されています。

そこで、研究チームは、S-タンパクとアミロイド形成との間に分子的な関連性があるのではないかと考え、S-タンパクのはアミロイド形成能の証明と形成メカニズムの解明にチャレンジしました。

2. 研究結果の概要

研究チームは、SARS-CoV-2 S-タンパク(ProteinID:P0DTC2)全体のペプチドスキャンから、15個のアミノ酸からなる316のペプチドプールライブラリー(2つのサブプールに分かれている)を得ました。両方のペプチドサブプールでin vitroのアミロイド線維が形成されました。

この結果に気をよくしたチームは、繊維形成がS-タンパクのどの部位が関与しているのか、さらに探索することにしました。ルーヴェンカトリック大学(Katholieke Universiteit Leuven)のフレデリック・ルソー(Frederic Rousseau)とヨースト・シムコヴィッツJoost Schymkowitz)が開発したアルゴリズムを用いて、どのペプチドがアミロイドを形成する可能性が最も高いかを予測しました。その結果、S-タンパク内に7つのアミロイド形成性配列を確認することができました。

次に、ペプチドライブラリー混合物のアミロイド線維アッセイを行ないました。すなわち、これらの7つのペプチドを合成・単離し、37℃でインキュベーションしたところ、すべて凝集体を形成しました。このうち、スパイクタンパクの配列における最初のアミノ酸の位置から名付けられた Spike192 と呼ばれるものが、アミロイドを形成に特に優れていることがわかりました。

3種類の20アミノ酸長の合成スパイクペプチド(配列番号192-211, 601-620, 1166-1185)は、アミロイド線維基準である、ThTによる核形成依存重合速度、コンゴーレッド陽性、および超微細線維形態の3つを満たすものでした。

研究チームは、ヒト細胞の酵素(プロテアーゼ)がS-タンパクを分解して、この線維形成ペプチドを作るのではないかと考えました。そこで、S-タンパクとプロテアーゼである好中球エラスターゼ(NE)を in vitro で24時間インキュベーションしたところ、明らかな分岐を持つアミロイド様フィブリルが形成されることを確認しました。NEは S-タンパクを効率的に切断し、アミロイド形成セグメントを露出させ、最もアミロイド原性の高い合成スパイクペプチドの一部であるアミロイド形成ペプチド194-203を蓄積させました。

一般に、NEはウイルス感染による炎症部位で過剰発現しています。今回、一部の免疫細胞が感染時の炎症に反応して放出されるNEが、S-タンパクを切断して Spike192 とほぼ同じペプチドにすることが、実験で証明されたことになります。

これらのデータに基づいて、研究チームは、SARS-CoV-2 S-タンパクのアミロイド形成が内部タンパク分解(endoproteolysis)によって促進されるという分子機構を提唱しています。そして、COVID-19に関連した病態においてS-タンパクのアミロイド形成を考慮することが、この病気と long COVID を理解する上で重要だとしています。

3. 研究の意義

今回の研究 [1] の重要性は、SARS-CoV-2のS-タンパクの線維化を実験的に証明しているだけでなく、それが実際のCOVID-19患者のなかでどのようにして形成可能かという生成機構まで明らかにしていることです。すなわち、ウイルス感染時の炎症に反応して放出されるNEが、S-タンパクを切断してアミロイド線維形成に最適な大きさのペプチドにすることがわかったことです。

すでに、S-タンパクがCOVID-19患者の血栓の形成を誘導することが明らかになっていますが、今回の結果(スパイクペプチドを使って、フィブリノゲンのアミロイドを誘導できたこと)はこの現象の説明を補強するものです。研究チームは、重度のCOVIDとlong COVIDにおけるスパイクアミロイドと血栓形成の関係をさらに研究する予定だとしています。

おわりに

今回の論文を読んで個人的に思ったことは、スパイクタンパクで起こることならCOVID-19ワクチンでも起きることはないのか?ということです。つまり、mRNAワクチンによって体内で生成されたスパイクタンパクがNEによって切断され、アミロイドを形成することはないのか?ということです。

アミロイドーシスは、線維状の異常タンパク質(アミロイドとよばれる)が様々な臓器に沈着し、全身性および局所性の機能障害として現れる病気です。全身性アミロイドーシスとしては、 免疫グロブリン性アミロイドーシス、AAアミロイドーシス、老人性全身性アミロイドーシスなどがあり、限所性アミロイドーシスとしては、アルツハイマープリオンなどが知られています。プリオン病の代表としてはクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease、CJD)があります。

COVID-19患者がCJDを発症したケースリポート [2] やCOVID-19ワクチンの接種後のCJDの事例 [3, 4] もいくつかあります。セネフらは総説でワクチンによるプリオン病発症の懸念を示しています [5]。果たして、COVID-19ワクチンを接種してCJDあるいはプリオン病になることはないのか? CJD/プリオン病に限らず、ワクチン接種によってアミロイド形成・血栓形成につながることはないのか、疑問は尽きません。

引用文献

[1] Nyström, S. and Hammarström, P.: Amyloidogenesis of SARS-CoV-2 spike protein. J. Am. Chem. Soc. 144, 8945–8950 (2022). https://doi.org/10.1021/jacs.2c03925

[2] Tayyebi, G. et al.: COVID-19-associated encephalitis or Creutzfeldt–Jakob disease: a case report. Neuro. Dis. Manag. 12, 29-34 (2022). https://doi.org/10.2217/nmt-2021-0025

[3] Kuvandık, A. et al.: Creutzfeldt-Jakob Disease After the COVID-19 Vaccination. Turk. J. Intensive Care https://cms.galenos.com.tr/Uploads/Article_50671/TYBD-0-0.pdf

[4] Moret-Chalmin, C. et al.: Towards the emergence of a new form of the neurodegenerative Creutzfeldt-Jakob disease: Twenty six cases of CJD declared a few days after a COVID-19 “vaccine” Jab. https://www.researchgate.net/publication/358661859_Towards_the_emergence_of_a_new_form_of_the_neurodegenerative_Creutzfeldt-Jakob_disease_Twenty_six_cases_of_CJD_declared_a_few_days_after_a_COVID-19_vaccine_Jab?channel=doi&linkId=620e1cd5f02286737ca524ed&showFulltext=true

[5] Seneff S. and Nigh G.: Worse than the disease? Reviewing some possible unintended consequences of the mRNA vaccines against COVID-19. Int. J. Vac. Theo. Prac. Res. 2, May 10, 2021, 402.
https://ijvtpr.com/index.php/IJVTPR/article/view/23/34

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

mRNAワクチンのブースター接種を中止すべき

はじめに

6月6日、日本ではCOVID-19ワクチンブースター接種(3回目)が、全人口の約60%に達したことが報道されました [1]。ワクチンとは言いながら、実体は抗原となるSARS-CoV-2スパイクタンパク質を宿主細胞に作らせるように設計された修飾mRNA型生物製剤であり、その利点と同時に、従来のワクチンとは異なるリスクがあることが懸念されてきました。にもかかわらず、日本の全人口の大半が完全接種を受け、ここに来てブースターが過半数を軽く超えたことになります。

当初から懸念されているmRNAワクチンの問題は、IgG4抗体の誘発、抗体依存的細胞障害(ADCC自然免疫力(細胞性免疫)低下抗体依存性増強(NTD抗体増強)スパイクタンパクの毒性などがあります。重篤な有害事象や接種後死亡例が多いことも特徴であり、心筋炎、心膜炎など副作用としての因果関係が認められているものもある一方、因果関係が不明とされるものが大部分です。加えて、スパイクタンパク質に局所最適化されたワクチンが、ウイルスの免疫逃避を促す選択圧的効果をもつ懸念もあります。

政府はCMによる情宣までしてワクチンを推進し、ワクチンや免疫の専門家もこぞって右にならえで進めてきたわけですが、ワクチン接種プログラムを中止すべきという専門家も国内外に少数ながらいます。このようななか、mRNAワクチンのブースター接種を中止すべきという、山本賢二氏(心臓血管外科下肢静脈瘤センター長、岡村記念病院、静岡)による見解(Comment)が、BMCジャーナルの一つに掲載されました [2](下図)。ここでは、この山本論文を紹介したいと思います。

1. 山本論文のアブストラク

アブストラクトは以下のとおりです。

最近、ランセット誌にCOVID-19ワクチンの効果と時間経過による免疫力の低下に関する研究結果が掲載された。この研究では、COVID-19ワクチンを2回投与した8ヵ月後のワクチン接種者の免疫機能は、ワクチン未接種者のそれよりも低いことが示さた。欧州医薬品庁の勧告によると、COVID-19のブースター接種を頻繁に行うと、免疫反応に悪影響を及ぼす可能性があり、効果が発揮できないかもしれない。免疫力の低下は、N1-methylpseudouridine、スパイクタンパク質、脂質ナノ粒子、抗体依存性増強、元の抗原刺激など、いくつかの要因によって引き起こされる可能性がある。これらの臨床的変化は、COVID-19ワクチン接種と帯状疱疹との間に報告された関連性を説明できるかもしれない。安全対策として、今後のブースターワクチン接種は中止すべきである。また、患者のカルテに接種日を記録しておく必要がある。免疫力低下を防ぐための実際的な対策がいくつか報告されている。それらは、深部体温を維持するためのアセトアミノフェンを含む非ステロイド性抗炎症薬の使用制限、抗生物質の適切な使用、禁煙、ストレスコントロール、周術期の免疫抑制を引き起こす可能性のあるプロポフォールを含む脂質乳化剤の使用制限などである。以上より、COVID-19ワクチン接種は、重症患者における感染症の大きなリスクファクターであることがわかる。

2. 本論の内容

以下、当該論文 [2] を翻訳しながら、引用された文献も適宜挙げながら、内容を紹介したいと思います。

COVID-19の大流行により、mRNAワクチンやウイルスベクターワクチンなどの遺伝子ワクチン(正確には核酸型生物製剤)が広く使用されるようになりました。また、ブースター接種も行なわれていますが、オミクロン変異体に見られる高度に変異したスパイクタンパクに対する有効性は限定的です。

山本医師は、最近のランセット論文 [3] で示されたワクチン接種者における免疫低下を挙げています。この研究は、スウェーデンのワクチン接種者と未接種者を対象として行なわれ、COVID-19ワクチン2回接種後に8カ月経過したワクチン接種者の免疫機能は未接種者に比べて低下しており、特に高齢者や既往症のある人においてより顕著であることが示されました。ただし、この論文の結論は、ワクチンは時間経過とともに効力が低下するが、有効性はなお良好に維持されており、「ブースターとして3回目のワクチン接種を行うことの根拠を補強するものである」というものです。

欧州医薬品庁は、頻繁なブースター接種が免疫反応に悪影響を及ぼし、有用でない可能性を勧告しています [4]。各国はブースター接種に慎重な姿勢をとっており、イスラエル、チリ、スウェーデンなどいくつかの国では、4回目の接種をすべての人にではなく、高齢者やその他のグループのみに提供しています。

免疫力の低下はいくつかの要因によって引き起こされますが、山本医師は、まず、ワクチンmRNAにはウラシル塩基の代用してN1-メチルシュードウリジンが使われていることを挙げています、サイエンス雑誌に掲載された論文 [5] を引用しながら、この修飾されたmRNA(山本コメントではタンパク質となっている)は、制御性T(Treg)細胞の活性化を誘導し、結果として細胞性免疫の低下を招く可能性があるとしています。

通常のmRNAと比べて、修飾塩基が導入されたmRNAは、Toll様受容体 (TLR) と反応しにくく、細胞内の様々なRNAセンサー分子の感知(つまり、自然免疫の活性化)を回避できることが知られています。

このサイエンス論文 [5] は、まさにT細胞に起因する抗原特異的な炎症による自己免疫病を、Treg細胞を誘導できる修飾mRNAワクチンを用いて抑える可能性を調べたものです。研究では、実験的に自己免疫性脳脊髄炎を誘導するポリペプチドアミノ酸11個)をコードする天然型および修飾型のmRNAを作り、これを脂質ナノ粒子(LNP)に包んでモデルマウスに静脈注射し、脾臓での炎症性サイトカインを調べました。その結果、天然型mRNAでは炎症性サイトカインが強く誘導されている一方、修飾mRNAではほとんど誘導がありませんでした。すなわち、修飾mRNAは、エフェクターT細胞の減少とTreg細胞の誘発(自然免疫抑制)を促すということです。

上記の性質があるため、mRNAワクチンが投与された後、発現したスパイクタンパク質はすぐに減衰するわけではないと山本医師は指摘しています。エクソソーム上に存在するスパイクタンパク質は、4ヶ月以上にわたって体内を循環しています [6]。さらに、ファイザーによるモデル動物を使った薬物動態試験では、LNPが肝臓、脾臓、副腎、卵巣に蓄積することが示されていますし、LNPに内包されたmRNAは炎症が強いこと [7] もわかっています。

さらにコメントで指摘されていることは、新しく生成されたスパイクタンパク質の抗体が、抗原タンパク質を生成するためにプライミングされた細胞や組織を損傷させること [8]、血管内皮細胞が血流中のスパイクタンパク質によって損傷を受けること [9]、これにより副腎などの免疫系器官が損傷を受ける可能性があること、抗体依存性増強が起こり、感染増強抗体が中和抗体の感染予防効果を減弱させること [10] などです。また、武漢型ワクチンの抗原原罪(original antigen sin) [11] も挙げられており、これらのメカニズムがCOVID-19の悪化に関与している可能性があります。

免疫刷り込みによって、変異体対応のブースター接種をしたとしても、元の武漢型ウイルスに対する抗体が呼び起こされるだけというのは容易に予測されることであり、私の1年前のブログ記事で指摘しています。

すでに、COVID-19ワクチンと帯状疱疹を引き起こすウイルスの再活性化との関連を示唆する研究もあります。この状態は、ワクチン後天性免疫不全症候群(vaccine-acquired immunodeficiency syndrome, VAIDS)と呼ばれることもあります [12]

この山本論文では、静岡県立岡村記念病院心臓血管外科では、2021年12月以降、COVID-19以外にも、制御困難な感染症の症例に遭遇していることが述べられています。たとえば、開心術後に炎症による感染症が疑われ、複数の抗生物質を数週間使用しても制御できない症例が数例あったこと、患者に免疫低下の兆候が見られ、死亡例も数例あったことが述べられています。感染症のリスクが高まる可能性もあり、今後、術後予後を評価する様々な医療アルゴリズムの見直しが必要になるかもしれないとしています。

ワクチン投与による免疫性血小板減少症(VITT)などの有害事象は、これまでマスコミの偏向報道により隠されてきました。当該病院では、このような原因が認められるケースに多く遭遇し、手術入院患者のヘパリン起因性血小板減少症(HIT)抗体スクリーニングをルーチンに実施するなどの対策をとっているものの、解決には至っていないこと、ワクチン接種開始以降、4名のHIT抗体陽性者が確認されていることが述べられています。このような頻度でHIT抗体陽性者が発生することは過去に例がなく、COVID-19ワクチン投与後のVITTによる死亡例も報告されています [13]

山本論文では、安全対策として、これ以上のブースター接種は中止することが提言されています。また、日本では本疾患群に対する医師や一般市民の認知度が低いため、インフルエンザワクチン接種のようにCOVID-19の接種歴が記録されないことが多いですが、患者のカルテには、接種日および最終接種からの経過を記録しておく必要があることが強調されています。さらに、免疫力の低下を防ぐために実施可能な対策として、深部体温を維持するためのアセトアミノフェンを含む非ステロイド性抗炎症薬の使用制限、抗生物質の適切な使用、禁煙、ストレスコントロール、周術期の免疫抑制を引き起こす可能性のあるプロポフォールを含む脂質エマルジョンの使用制限、などの報告があることが紹介されています。

これまで,mRNAワクチンのメリット・デメリットを比べながら,ワクチン接種が推奨されてきたわけですが、パンデミックの抑制が進むにつれて、ワクチンの後遺症も顕在化してきました。これに関連する仮説として、遺伝子ワクチンのスパイクタンパク質は、心血管疾患、特に急性冠症候群増加の起因となるというものがあります。また、免疫機能の低下による感染症のリスクのほか、循環器系を中心に、これまで明確な臨床症状として現れずに隠れていた未知の臓器障害のリスクも考えられます。

山本医師は、侵襲的な医療行為に先立つ慎重なリスク評価が不可欠であり、これらの臨床的観察を確認するために,無作為化比較試験がさらに必要であることを強調しています。結論として,COVID-19ワクチン接種は,重症患者における感染症の主要な危険因子であると結んでいます。

おわりに

今回の論文 [2] のように、現場の医師から、mRNAワクチンのブースター接種を中止すべきという声が出てきたことはきわめて重要です。確かに、ワクチン接種は、デルタ変異体による流行において発症、重症化、死亡リスクを減らす効果があったと考えられますが、最近では接種者と未接種者であまり差がないことが、アドバイザリーボードの資料でも明らかになっています。むしろ、ワクチン接種のデメリットや回数が増えることによるリスクの方が大きいことを示す研究が増えているような気がします。

VAIDSをはじめとして、ワクチンの負の効果を指摘しているセネフらの主張 [12] は相変わらず、デマ扱いをされています [14]。彼女らの論文が、メジャーな医学・生物学雑誌に掲載されていないことからも風当たりが強いことがうかがわれます。一方で、多発性硬化症などの自己免疫疾患の治療のために、「非炎症性mRNAワクチン」が有効ということもわかっているのです [5]。非炎症性ということは、抗原特異的エフェクター制御性T細胞の拡大を誘発する、すなわち細胞性免疫を抑えるということであり、同じ修飾型mRNAを使っているCOVID-19ワクチンにも言えることです。

免疫刷り込みによる、新規変異体対応ワクチンの「空振り」は起こりえることであり、ブースター接種の繰り返しに効果がなく、かえって免疫に害があることは昨今の海外の当局の対応に現れています。おそらく厚生労働省もそのうちブースターの対応を見直す時期が来るのではないでしょうか。

テレビからは依然としてワクチン推奨のCMが流れてきます。各自治体もブースター接種を進めています。しかし、個人的には、高齢者に対するブースター接種のメリットはまだあるにしても、一般的に修飾mRNA型生物製剤を健康体に打つメリットは、デメリットを上回ることはないと考えます。つまり、接種を避けるべきと思いますが、その正否に対する答えがわかるのは数年後になるでしょう。

引用文献・記事

[1] NHK NEWS WEB: コロナワクチン3回目接種終了 全人口の59.8% (6日公表). 2022.06.06. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220606/k10013660061000.html

[2] Yamamoto, K..: Adverse effects of COVID-19 vaccines and measures to prevent them. Virol. J. 19, 100 (2022). https://doi.org/10.1186/s12985-022-01831-0

[3] Nordström, P. et al.: Risk of infection, hospitalisation, and death up to 9 months after a second dose of COVID-19 vaccine: a retrospective, total population cohort study in Sweden. Lancet 399, 814–823 (2022). https://doi.org/10.1016/S0140-6736(22)00089-7

[4] European Centre for Disease Prevention and Control: Interim public health considerations for the provision of additional COVID-19 vaccine doses. Sept 1, 2021. https://www.ecdc.europa.eu/en/publications-data/covid-19-public-health-considerations-additional-vaccine-doses

[5] Krienke, C. et al.: A noninflammatory mRNA vaccine for treatment of experimental autoimmune encephalomyelitis. Science 371, 145–153 (2021). https://doi.org/10.1126/science.aay3638

[6] Bansal, S. et al. Cutting edge: circulating exosomes with COVID spike protein are induced by BNT162b2 (Pfizer–BioNTech) vaccination prior to development of antibodies: a novel mechanism for immune activation by mRNA vaccines. J Immunol. 207, 2405–2410 (2021). https://doi.org/10.4049/jimmunol.2100637

[7] Ndeupen, S. et al.: The mRNA-LNP platform’s lipid nanoparticle component used in preclinical vaccine studies is highly inflammatory. iScience 24, 103479 (2021). https://doi.org/10.1016/j.isci.2021.103479.

[8] Yamamoto K. Risk of heparinoid use in cosmetics and moisturizers in individuals vaccinated against severe acute respiratory syndrome coronavirus. Thromb J. 2021. https://doi.org/10.1186/s12959-021-00320-8.

[9] Lei Y, Zhang J, Schiavon CR, He M, Chen L, Shen H, et al. SARS-CoV-2 spike protein impairs endothelial function via downregulation of ACE 2. Circ Res. 2021;128:1323–6. https://doi.org/10.1161/CIRCRESAHA.121.318902.

[10] Liu Y, Soh WT, Kishikawa JI, Hirose M, Nakayama EE, Li S, et al. An infectivity-enhancing site on the SARS-CoV-2 spike protein targeted by antibodies. Cell. 2021;184:3452-66.e18. https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.05.032.

[11] Cho A, Muecksch F, Schaefer-Babajew D, Wang Z, Finkin S, Gaebler C, et al. Anti-SARS-CoV-2 receptor-binding domain antibody evolution after mRNA vaccination. Nature. 2021;600:517–22. https://doi.org/10.1038/s41586-021-04060-7.

[12] Seneff, S. et al.: Innate immune suppression by SARS-CoV-2 mRNA vaccinations: the role of G-quadruplexes, exosomes, and MicroRNAs. Food Chem. Toxicol. 164, 113008 (2022). https://doi.org/10.1016/J.FCT.2022.113008.

[13] Lee, E. J. et al. Thrombocytopenia following Pfizer and Moderna SARS-CoV-2 vaccination. Am J Hematol. 96, 534–537 (2021). https://doi.org/10.1002/AJH.26132.

[14] Reuters: Fact Check-‘VAIDS’ is not a real vaccine-induced syndrome, experts say; no evidence COVID-19 vaccines cause immunodeficiency. 2022.02.11. https://jp.reuters.com/article/factcheck-vaids-fakes/fact-check-vaids-is-not-a-real-vaccine-induced-syndrome-experts-say-no-evidence-covid-19-vaccines-cause-immunodeficiency-idUSL1N2UM1C7

                       

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

ノババックス・ワクチンでも心筋炎か

COVID-19ワクチンとして、mRNAワクチンに続いて組換えタンパクを用いるノババックス社のワクチンが、今年4月19日に薬事承認されています [1]。薬事承認申請したのは武田薬品工業株式会社です。各自治体ではすでに接種が始まっています。

ところが、6月4日(現地時間)、米食品医薬品局(FDA)が当該ワクチンについて心筋炎などのリスクを懸念していることを、ロイター [2] やブルーバーグなどの海外のメディアが伝えました。このブログ記事ではロイターの記事を全翻訳して紹介します。なお、ロイターの日本語ウェブ記事 [3] も今日出ています。

以下、ロイター記事 [2] の翻訳文です。

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ノババックス社は、自社のワクチンが軽度から重度のCOVID-19疾患状況を低減できることをデータで示したが、それにもかかわらず、米食品医薬品局(FDA)は、当該ワクチンの心臓炎症のリスクの可能性について懸念している。

ノババックスによって、2020年12月から2021年9月にかけて実施された約3万人の患者を対象とした試験において、タンパク質ベースの注射後20日以内に心筋炎タイプの心臓炎症が4例検出された。

FDAスタッフは、「これらの事象は、mRNAワクチンで報告されたものと同様に、このワクチンとの因果関係の懸念を生じさせる」と、金曜日に発表された説明文書に記している。

ノババックス社の株価は、FDAによる同社の試験データの分析後、14%近く下落した。

FDAは、ノババックス社に対し、心筋炎ともう一つの心臓の炎症である心膜炎を「重要な確認リスク」として資料に明記するよう要求したという。同社はまだそのことに同意していない。

ノババックスは、FDAが指摘した安全性の懸念に対して、心筋炎は、十分に大規模なデータベースにおいては、自然発生的な事象として予想できると述べた。「NVX-CoV2373を支持するすべての臨床データの解釈に基づき、...因果関係を立証する証拠は不十分であると考えます」と同社は声明で述べている。

この試験では、プラセボ投与後に心筋炎を報告した患者が1名いた。

ノババックスは、NVX-CoV2373という注射が、これまで予防接種をためらっていた人たちのワクチン接種を促進する役割を果たすだろうとし、ワクチンの選択に関する教育的活動を開始したと述べている。

「認可または承認されたワクチンが広く利用可能であるにもかかわらず、SARS-CoV-2の流行は米国では十分にコントロールされていない...よく理解された技術プラットフォームを用いて開発されたワクチンへの要望がある」と語っている。

FDAは、オミクロンデルタ変異体が優勢になる前のノババックスの試験データを分析した。

「このワクチンの臨床試験における有効性の推定値に基づいて、このワクチンはオミクロンによるCOVID-19に対して、特により重症な疾患に対して、何らかの意味のあるレベルの防御を提供する可能性が高い」と、FDAスタッフは述べている。このワクチンは、米国とメキシコの成人を対象としたノババックスの試験で、90.4%の有効性を示した。

FDAのコメントは、5月7日に開催されるFDAの外部アドバイザーの会合に先立ち作成されたブリーフィングノートに記載されている。

このFDAコメントは、火曜日に、これらの外部アドバイザーによって検討され、ワクチン承認を推奨するかどうかについて決定される。FDAは外部の専門家の助言に従うことを義務づけられてはいないが、通常は従う。

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翻訳は以上です。

筆者あとがき

mRNAワクチン(正確にはmRNA型生物製剤)の心筋炎等の副作用はすでに確認されていますが、ノババックスの組換えタンパクワクチンについては、実例上まだ不明です。厚生労働省の安全性に関する説明では心筋炎については言及がありません(以下 [1])。

mRNAワクチンでは、スパイクタンパク質を合成する細胞自身が自己免疫の攻撃を受ける可能性がありますが、組換えタンパクではこの点は避けることができます。しかし、同じスパイクタンパク質を抗原と使うことは同じなので、心筋炎などの副作用がスパイクタンパク自身に関連することであるならば、同様のリスクはあると言えるでしょう。

引用記事

[1] 厚生労働省: 武田社の新型コロナワクチン(ノババックス)について. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_takeda.html

[2] Mishra, M. et al.: U.S. FDA flags risk of heart inflammation after Novavax COVID vaccine. Reuters June 4, 2022. https://www.reuters.com/world/us/us-fda-staff-says-novavax-vaccine-lowers-covid-risk-2022-06-03/

[3] ロイター: 米FDA、ノババックス製コロナワクチンの心筋炎リスクを懸念. Yahoo Japan ニュース.2020.06.06. https://news.yahoo.co.jp/articles/07458c563b5796ae46f53cb9f4c199f6091c4dd5

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

地域社会のマスク着用向上がコロナ感染を減少させる

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の防御に、マスク着用が一定の効果があることは何となく理解されていると思いますが、実は学術論文レベルで見ると、「効果がある」というものと「効果はない」とする相反する報告がありました。最近、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に、これにケリを付けると思われる英国の研究グループの論文 [1] が掲載されましたので、ここで紹介したいと思います。結論は、「地域社会でのマスク着用率の上昇がSARS-CoV-2の伝播(実効再生産数、R)を減少させる」というものです。

1. 研究の背景とアプローチ

これまで、SARS-CoV-2 の感染抑制におけるマスク着用の有効性については、賛否両論がありました。医療現場でのマスク着用は疾患感染を大幅に減少させることが知られていますが、社会環境における研究は一貫性のない結果を報告してきました。実は、このような研究の多くは、政府のマスク義務化によってどの程度感染が防御できるかということに焦点を当てて、マスクの有効性を判断したものでした。

しかし、そもそも義務化に関わらず世界的に自発的なマスク着用が広く行われていることは周知の事実です。日本を含む東アジア諸国では、義務化されずとも当初からマスク着用が高いことが知られています。この PNAS 論文では、義務化に依存しない自発的なマスク着用やその他の要因の制限から、義務化の効果はマスク着用効果の代用にはならないことを発見しました。

この研究では、マスク着用行動に関する最大規模の調査(𝑛=2000万人)を含む、6大陸92地域をカバーする複数のデータセットを用いて、マスク着用が SARS-CoV-2 感染に及ぼす影響を直接分析しました。ベイズ階層モデルを用いて、自己申告された着用レベルと各地域で報告された症例を関連付けし、移動性や大規模集会の禁止などの非医薬物介入(non-pharmaceutical intervention, NPI)を考慮しながら、不確実性を定量化し、マスク着用による感染への効果を推定しました。

今回の分析は、既往研究に比較して、マスク着用データの質、ランダムサンプリングによる規模(約100倍)、地理的範囲,半機械的感染モデル、結果の検証などにおいて大きく改善されており、信頼性が向上していることが特徴です。

2.分析結果の概要

この研究では2020年5月から9月までのデータを用いていますが、米国での第2波の始まりで終了する時期に当たります。この時期は、国による NPI が地域ごとに細分化されているため、国自体の分析はあまり有益でなくなることが示されています。

この研究では、ベイズ型階層モデルを用いていますが、このモデルは R を介して、マスク着用レベルと各地域の患者報告数を関連付け、感染症非線形な指数関数的増大または減衰の性質を捉えることができます。既往研究に対する改善点として、NPI を考慮したことに加えて、移動度の変化も考慮しています。ウイルスの疫学的特性、地域間の伝播の違い、感染から COVID-19 の発症登録までのラグの影響など、事前分布を通じて多くの不確実性の要因を定量化しています。

図1は、今回の研究の結論を示す図で、マスク着用ゼロと100%着用の場合の R の差を表したものです。いくつかの公共の場において、マスク着用ゼロと、ほとんどの時間マスクをしていると自己申告した人(100%)の差は、平均で25%[95%範囲:6%、43%]の R 減少に相当することがわかりました(図1上 [B])。

実際には、100%のマスク着用は不可能であり、複雑な社会的・文化的要因に左右されます。そこで、このような違いを捉えるために、推定した着用効果の中央値(すなわち、図1上の事後値の中央値)に、各地域の着用率の中央値(時間平均)を乗じて表してみました。それが図1下(C)です。地域平均でみると、マスク着用によって平均19%の R の減少になりました。

図1. (上、B): マスク着用率(自己申告)が0から100%に増加した場合の R の減少の事後推定値(全ての国から算出). (下、C): 92地域のマスク着用による R の減少の事後平均値(Bの平均値に各地域の時間平均の着用率を乗じたもの). 文献 [1] より転載.

つまり、ある地域で人々が全くマスクをしない場合と平均的なマスク着用率の場合とでは、後者で少なくとも19%の感染減少になるということです。

研究グループは、マスク着用義務化の意義を再考するために、義務化が着用に対して瞬間的な効果を持つ、徐々に増加する効果を持つ、または義務化が発表されたがまだ実施されていないときに始まる効果を持つものとしてモデル化しました。その結果、義務化は平均8.6%しか着用率を増加させませんでした(図2)。

図2. マスク義務化の時期に対する自己申告のマスク着用状況(2020年5月~9月に新たに国のマスク義務化が行われた全地域の平均、破線は義務化開始日)(文献 [1] より転載).

図2の結果について、研究グループは、義務化のタイミングの問題ではなく、義務化が粗く、不均質であるためとしており、義務化の効果がマスク着用効果の代用にはならないことの根拠としています。

3. 考察と意義

今回の研究の第一の意義は、世界の92地域から得られた膨大なデータセットと最新のベイズ型階層モデルを用いて、マスク着用が SARS-CoV-2 感染の顕著な減少に関連するという証拠を提示したことです。そして、マスク着用義務化の相関関係を分析した結果、義務化以外の要因が着用レベルに強く影響することが示したことが挙げられます。

とはいえ、マスク義務化が感染を抑制する上で何の役割も果たさないということを意味するものではありません。むしろ,大量のマスク着用が感染を減らすという証拠があり、その点で、義務化とその他のマスク着用促進要因が合わさって、マスクの使用を改善または増加させ、COVID-19 感染を減らす可能性があることを著者らは強調しています。

第二の意義は、これまでマスクの効果に結論が出なかった過去の研究例を挙げ、これらがマスクの特性や装着行動に関する要因を考慮に入れていないことが一因であることを示したことです。これらの要因には、マスクの品質、マスクの装着性、装着の環境(たとえば、店舗、学校、公共交通機関)、マスクの再使用、リスク補償、文化規範・慣習などが含まれます。本研究では、これらの要因に派生する不確実性を十分に除去できていませんが、著者らが言うようにさらなる研究が必要でしょう。

今回の研究では、マスクの特性と行動を集計して、大量のマスク着用の効果を推定していますが、使用されているマスクのほとんどが最も効果の低い布製(またはその他の未評価マスク)であったとしています。日本や東アジア諸国では大部分が不織布マスクを使っています。したがって、著者らも指摘しているように、大量着用の実際の効果は、今回の推定(19%の R 減少)よりも大きいと思われます。

著者らは、最も一般的な種類の一つである布製マスクを対象とした既往研究はほとんどなく、臨床研究に基づく保護効果は実際の効果を反映していない可能性があることも指摘しています。さらに、マスク着用が文化的要因に強く左右されるにもかかわらず、ほとんどの研究は特定の社会的条件のみで実施されており、それらの妥当性に限界がある可能性も指摘しています。

重要なことは、今回の研究のマスク効果推定は、調査によるマスク着用の自己報告に依存していることです。したがって、マスク着用率100%の真の効果は、過大申告の量に比例して、今回の推定値よりも大きくなることが予想されます。他方で、メリーランド大学の調査にあるように、「マスク着用」の定義は厳密ではなく、公共交通機関のみ布製マスクを着用する人が半分以上いる一方、外出時は常に N95 呼吸器を着用する人が1割強とされています。このことは、今回のデータでマスク着用率が非常に高いと報告されている地域でも、よりマスク着用率を高める余地がある、と著者らは述べています。

結論として、地域社会でのマスク着用率の上昇が感染の顕著な減少に関連していることになります。パンデミックが始まってからの世界的なマスク着用率の向上には、義務化以外の要因が寄与してことも浮き彫りになりました。たとえば、自発的な着用がすでに高い水準にある場合、政策立案者は他の手段を用いてマスクの効果を高めることができると著者は指摘します。これには、正しいマスクのつけ方、品質に関する教育、感染リスクが高い環境における義務付けなどです。

おわりに

マスクの感染防止効果については、マスク自体の飛沫・エアロゾル防止のシミュレーションや多くのリアル実験によって確かめられてきました。大方の結論は、着用の仕方が適切であれば、マスクの材質の如何を問わず、SARS-CoV-2の空気感染を多少なりとも防ぐことができるというものです [2]。不織布や N95 タイプであればさらにその効果が増します。この科学的知見はしっかり認識しておくべきでしょう。

一方で、地域社会でのマスク着用率の上昇がどの程度感染防止に繋がるかについては、明確な結論がありませんでした。そのなかで、2020年から2021年にかけてバングラデシュで行われた大規模な調査研究がサイエンス誌に掲載され [3]、マスク着用が SARS-CoV-2 感染の減少に効果があることを示す最も説得力のあるものの一つとして広く賞賛されています。

ところが、懐疑的な研究者は、この研究における統計解析や様々な側面における弱点を指摘し、結果の重大性に疑問を投げかけました。たとえば、ベイズ型因果関係モデリングのアプローチを用いて厳密な分析にかけると、COVID-19 感染に対するマスク介入の明確な効果はなかったという Fenton [4] の主張があります。

今回の PNAS 論文 [1] で示された大規模調査研究は、これらの論争に一応の決着をつけるものとして高く評価できるものです。普段、着用の習慣がなく、着用率が低い国での義務化後のデータも幅広く考慮したことで、マスクの有効性に関するより妥当な結論が得られたと思います。これがもともと自主着用率が高い日本で調査したら、このような結論は導き出せないでしょう。

つまり、もともとマスク着用率が低い国・地域において一定の流行があり、同一集団が同質のマスク着用をした場合に、着用の効果が初めて見いだせるものと言えましょう。したがって、流行の規模、実効再生産数、マスクの品質、装着性、装着の環境、マスクの再使用、文化規範・慣習、法的義務化など様々な要因が関わる中で、社会的マスク着用の効果について、異なる論文を同列にレビューしたりすることはほとんど意味がないと言えます。

日本では、このところ脱マスク論も盛んになり、特に子供に対するマスク着用の是非についても議論されていますが、地域社会のマスク着用率の高さがSARS-CoV-2の感染防止を有効にするものとして、改めて認識したいところです。

引用文献

[1] Leech, G. et al.: Mask wearing in community settings reduces SARS-CoV-2 transmission. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 119, e2119266119 (2022).
https://doi.org/10.1073/pnas.2119266119

[2] Ueki, H. et al.: Effectiveness of face masks in preventing airborne transmission of SARS-CoV-2. mSphere 5, e00637-20 (2020). 
https://doi.org/10.1128/mSphere.00637-20

[3] Impact of community masking on COVID-19: A cluster-randomized trial in Bangladesh”. Science 375, eabi9069 (2022). https://doi.org/10.1126/science.abi9069 

[4] Fenton, N. The Bangladesh Mask Study provides no evidence that masks reduce Covid-19 infection. May 3, 2022. https://www.normanfenton.com/post/the-bangladesh-mask-study-provides-no-evidence-that-masks-reduce-covid-19-infection

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

COVID-19対策に対する反省なき見解、誤謬、そして詭弁

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の専門家会議、アドバイザリーボード、分科会のメンバーの幾人かはメディア上でもお馴染みですが、その中の1人が押谷仁教授(東北大学大学院医学研究科)です。パンデミック下における彼をはじめとする政府系専門家の努力には本来なら敬意を表したいところですが、それさえも躊躇うくらいに、PCR検査の限定使用というお粗末な感染対策を先導し、被害を拡大したことは否めないでしょう。

最近、押谷氏は「COVIDの日本からの教訓:適切なメッセージが市民を力づける」と題する記事をネイチャー誌に寄稿しました [1]下図)。私は早速これを読んでみましたが、過去に蓋をするような、相変わらず反省なき見解だなというのが率直な印象です。そして誤謬、あるいは詭弁と思われる箇所も見られます。

押谷氏や専門家会議のメンバーの感染対策に対する見解については、このブログでも当初から何度も批判してきました(→COVID-19に関するNHKスペシャルを観て感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと専門家会議の5月29日記者会見とその記事への感想)。ここでは、押谷氏によるネイチャー記事 [1] を全翻訳して紹介し、どこに誤謬や詭弁があるかを指摘したいと思います。

以下翻訳文です。

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日本におけるCOVID-19の6流行波を通して、一人当たりの患者数および死亡数は、他のG7諸国と比較して有意に少ないことが分かった。世界で最も高齢者が多く、人口が密集しているにもかかわらず、である。確かに、日本は特に高齢者のワクチン接種率が高いし、マスク着用も普通のことである。しかし、どちらも完全な説明にはなっていない。ワクチン接種が始まる前から死亡者数は少なく、アジア全域でマスクは一般的である。

日本は、この病気の広がりとリスクを理解し、社会的・経済的活動を維持しながら、死亡や入院を最小限に抑えることに適用することを追求してきた。しかし、これらは不安定なトレードオフに支えられている。強い社会的圧力が、マスク着用などの防護策を後押しし、危険な行動を最小限に抑えることにつながったと思われる。全体として、政府は国民に保護行動をとるための情報を迅速に提供し、硬直的な処方箋を避けた。

2003年、私は世界保健機関(WHO)の西太平洋地域事務所で新興感染症担当官として、重症急性呼吸器症候群SARSの発生を担当した。中国で肺炎を起こした人から同様のコロナウイルスSARS-CoV-2)が検出されたことを初めて知ったとき、おそらくこの大流行も同じような経過をたどるだろうと思った。

しかし、私はすぐに別の点に気がついた。SARSではほとんどの人が重症化した。しかも、SARSと違って、病気にならずに感染を広げることができるという点だ。つまり、COVID-19は「見える化」されていないため、封じ込めが難しい。

日本では憲法上、厳重なロックダウンが禁じられているため、感染を抑えるために別の方策が必要だった。パンデミックに先立ち、日本では400の保健所において8000人以上の保健師が、結核などの病気の感染経路を特定するための「遡及的」コンタクトトレーシングを行っていたが、このシステムはすぐにCOVID-19に応用された。

2020年2月末までに、科学者たちは多くの感染クラスターを特定し、ほとんどの感染者は誰にも感染させず、少数の人が多くの人に感染させていることに気づいた。私はこれまでの研究で、呼吸器系ウイルスは主にエアロゾルを介して感染することを知っていた。そこで、同僚と私はスーパースプレッダー現象に共通する危険因子を探し、より効果的な公衆衛生メッセージを考えた。このメッセージには、SARS-CoV-2がエアロゾルを介して伝播する可能性があるという早めの指摘が折り込まれた

そこで、密閉、密集、密接に接触する環境という「3C(3密)」を警戒するようになった。他国が消毒に力を入れる中、日本ではカラオケ店やナイトクラブ、屋内での食事など、リスクの高い行為を避けるように呼びかけ、大々的に情宣した。その結果、多くの人々がそれに従った。アーティスト、学者、ジャーナリストで構成される委員会は、2020年の日本の流行語大賞に「さんみつ (sanmitsu)」を選定した。

私たちは、パンデミックの発生以来、スーパースプレッダー現象がどのように異なるかを追跡してきた。他国では、経済的な理由から感染制限を完全に解除し、「通常の状態に戻る」ことを試みているが、再び感染者が急増し、多数の死者が出ている。特権階級や免疫力のある人たちだけを助ける単純な解決策は、弱い立場の人々がそのような政策の矢面に立たされる一方で、「ニューノーマル」として受け入れられることはないのである。

現在のデータは、日本国民が適応していることを示唆している。4月下旬から5月上旬にかけて、日本ではゴールデンウィークがあった。今年は、飲食店の閉店時間やアルコール提供の有無など、特別な制限はほとんどなかった。人出も増えたが、流行前の数年に比べれば少なく、風通しの良い場所を確保するなどの注意事項が強調された。以前の大流行では、感染者が減ると人々は元の状態になり、次の大流行を促す結果となった。しかし、今年の初めに急増した後の行動は、制限的な措置が講じられていないにもかかわらず、今までとは異なっているように思われる。

状況はより複雑になってきている。ワクチンの普及率が高く、オミクロンの致死率が低いため、患者が急増しているにもかかわらず、人々は厳しい措置を受け入れることを躊躇している。特に日本のような高所得国では、ブースターワクチン、抗ウイルス剤、より良い臨床ケア、公共施設の換気を把握するためのCO2モニターなどの公衆衛生対策など、より多くの介入方法が可能だ。

しかし、ウイルスを一掃する銀の弾丸はない。確かに、日本の対応は完璧ではなく、批判もある。確かに、日本の初期検査能力は限られていたが、広範囲な検査をするだけでは感染の抑制には十分ではない

科学者と政府のアドバイザーは、長期的な視点での適切なバランスがまだわかっていないという事実に取り組まなければならない。彼らは、ウイルスと人々の行動が変化することを理解し、そのような変化の展開に応じて勧告を調整しなければならない。

ウイルスの脅威と無縁だった時代を懐かしむ人々によって、「出口戦略」や「元通り」といったフレーズがしばしば使われる。しかし、私たちは今、正常な状態に戻っているわけではない。各国は、感染の抑制と社会・経済活動の維持の最適なバランスを追求し続けなければならない。どのように?文化、伝統、法的枠組み、既存の慣行など、手元にあるあらゆる手段を用いて、世界中の人々の苦しみを最小限に抑えるのだ。

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翻訳は以上です。

押谷記事の冒頭にある、日本の一人当たりの患者数および死亡数は、他のG7諸国と比較して著しく少ないというのは事実です。しかし、世界全体や東アジア・西太平洋諸国と比べて優れているかと言えば、必ずしもそうとも言えません。

現時点での日本の人口当たりの感染者数は世界131位で、ほぼ世界平均です。日本より下位にある東アジアの国としては順にタイ、フィリピン、ラオスインドネシアミャンマー、中国が並び、ネパール、インドも日本より下位です。日本の人口当たりの死者数は若干順位を下げ、世界148位です。これより下位に位置する東アジア・西太平洋諸国としては、順にシンガポールニュージーランド、台湾、ラオス、中国があります。

押谷記事で抜けているのは、他のG7諸国と比べて日本は唯一オミクロン流行で死者数を増やしてしまったことです。図1に示すように、世界平均と比べても、日本は第6波以降で被害を拡大していることがわかります。つまり、過去に学ばず、対策に生かすことをしてこなかったということの現れかと思います。

当初からの最大の悪手であった検査抑制策がたたり、第6波では検査資源不足まで引き起こし、挙げ句には全国に向けて「検査を増やすな」という号令まで出したこと(→国が主導する検査抑制策)によって、患者の発見と治療の遅れに繋がったことは否めないでしょう。その結果、オミクロン変異体の特性も見誤ったことと合わせて、最大の死亡数になったと言っても過言ではありません。

図1. 日本と世界におけるCOVID-19感染者数(上)と死者数(下)の推移(Our World in Dataより転載).

このように、第1波から第6波まで一貫した検査抑制策が、日本の被害を大きくしてしまったことは疑いようのない事実だと思います。押谷記事の後半部分にある「日本の初期検査能力は限られていたが、広範囲な検査をするだけでは感染の抑制には十分ではない」というのは、検査の乏しさを彼自身が認めている言述だと思います。同時に、「検査だけでは感染の抑制には十分でない」と飛躍した引用をし、検査抑制を正当化しているともとれます。これは、いわゆるストローマン論法であり、詭弁です

この押谷記事で私が最も驚いたのが「SARS-CoV-2がエアロゾルを介して伝播する可能性があるという早めの指摘が織り込まれた」という部分です。これは本当でしょうか。ここで2020年2月24日の専門家会議の見解 [2] を見てみましょう(図2)。

図2注2に示すように、「飛沫感染接触感染が主体です。空気感染は起きていないと考えています」とあります。つまりエアロゾル感染(空気感染)を当初から考慮していたということはこの文章からは読み取れません。むしろ空気感染を否定しているともとれます。専門家会議や分科会は、つい最近までエアロゾル感染を「マイクロ飛沫感染」と言っていたくらいですから、当初からエアロゾルで伝播するということを考えていたとは到底思えません。

図1. 専門家会議による新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解(これまでに判明してきた事実、2020年2月24日)[2].

また、図2注1、注3、注4は、症状と感染とは相関しないこと、無症状感染者から伝播する可能性があることを認めながら、PCR検査抑制(重症になるそうな患者への限定使用)を正当化していることが読み取れます。

記事にもあるいわゆる「3密対策」は日本発のオリジナルとして評価すべきものと思いますが、それをエアロゾル感染や検査と結びつけられず、国民へのリスクコミュニケーションとして十分に機能させられなかったことは反省すべき点です。

このように、押谷記事は「3密対策」や「正常に戻っているわけではない」という正論の中に、従前対策への無反省のままに誤謬、詭弁、ウソが巧妙に折り込まれ、憲法まで持ち出して、自説の正当化に終始しているというのが印象です。World Viewというこの記事ですが、世界のネイチャーの読者の目にはどのように映ったでしょうか。

引用文献・記事

[1] Oshitani, H.: COVID lessons from Japan: the right messaging empowers citizens. Nature 605, 589 (2022). https://doi.org/10.1038/d41586-022-01385-9

[2] 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解. 2020年2月24日 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00006.html

引用したブログ記事

2022年2月14日 国が主導する検査抑制策

2020年5月30日 専門家会議の5月29日記者会見とその記事への感想

2020年4月19日 感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと

2020年4月13日 COVID-19に関するNHKスペシャルを観て

                    

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