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COVID-19対策に対する反省なき見解、誤謬、そして詭弁

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の専門家会議、アドバイザリーボード、分科会のメンバーの幾人かはメディア上でもお馴染みですが、その中の1人が押谷仁教授(東北大学大学院医学研究科)です。パンデミック下における彼をはじめとする政府系専門家の努力には本来なら敬意を表したいところですが、それさえも躊躇うくらいに、PCR検査の限定使用というお粗末な感染対策を先導し、被害を拡大したことは否めないでしょう。

最近、押谷氏は「COVIDの日本からの教訓:適切なメッセージが市民を力づける」と題する記事をネイチャー誌に寄稿しました [1]下図)。私は早速これを読んでみましたが、過去に蓋をするような、相変わらず反省なき見解だなというのが率直な印象です。そして誤謬、あるいは詭弁と思われる箇所も見られます。

押谷氏や専門家会議のメンバーの感染対策に対する見解については、このブログでも当初から何度も批判してきました(→COVID-19に関するNHKスペシャルを観て感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと専門家会議の5月29日記者会見とその記事への感想)。ここでは、押谷氏によるネイチャー記事 [1] を全翻訳して紹介し、どこに誤謬や詭弁があるかを指摘したいと思います。

以下翻訳文です。

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日本におけるCOVID-19の6流行波を通して、一人当たりの患者数および死亡数は、他のG7諸国と比較して有意に少ないことが分かった。世界で最も高齢者が多く、人口が密集しているにもかかわらず、である。確かに、日本は特に高齢者のワクチン接種率が高いし、マスク着用も普通のことである。しかし、どちらも完全な説明にはなっていない。ワクチン接種が始まる前から死亡者数は少なく、アジア全域でマスクは一般的である。

日本は、この病気の広がりとリスクを理解し、社会的・経済的活動を維持しながら、死亡や入院を最小限に抑えることに適用することを追求してきた。しかし、これらは不安定なトレードオフに支えられている。強い社会的圧力が、マスク着用などの防護策を後押しし、危険な行動を最小限に抑えることにつながったと思われる。全体として、政府は国民に保護行動をとるための情報を迅速に提供し、硬直的な処方箋を避けた。

2003年、私は世界保健機関(WHO)の西太平洋地域事務所で新興感染症担当官として、重症急性呼吸器症候群SARSの発生を担当した。中国で肺炎を起こした人から同様のコロナウイルスSARS-CoV-2)が検出されたことを初めて知ったとき、おそらくこの大流行も同じような経過をたどるだろうと思った。

しかし、私はすぐに別の点に気がついた。SARSではほとんどの人が重症化した。しかも、SARSと違って、病気にならずに感染を広げることができるという点だ。つまり、COVID-19は「見える化」されていないため、封じ込めが難しい。

日本では憲法上、厳重なロックダウンが禁じられているため、感染を抑えるために別の方策が必要だった。パンデミックに先立ち、日本では400の保健所において8000人以上の保健師が、結核などの病気の感染経路を特定するための「遡及的」コンタクトトレーシングを行っていたが、このシステムはすぐにCOVID-19に応用された。

2020年2月末までに、科学者たちは多くの感染クラスターを特定し、ほとんどの感染者は誰にも感染させず、少数の人が多くの人に感染させていることに気づいた。私はこれまでの研究で、呼吸器系ウイルスは主にエアロゾルを介して感染することを知っていた。そこで、同僚と私はスーパースプレッダー現象に共通する危険因子を探し、より効果的な公衆衛生メッセージを考えた。このメッセージには、SARS-CoV-2がエアロゾルを介して伝播する可能性があるという早めの指摘が折り込まれた

そこで、密閉、密集、密接に接触する環境という「3C(3密)」を警戒するようになった。他国が消毒に力を入れる中、日本ではカラオケ店やナイトクラブ、屋内での食事など、リスクの高い行為を避けるように呼びかけ、大々的に情宣した。その結果、多くの人々がそれに従った。アーティスト、学者、ジャーナリストで構成される委員会は、2020年の日本の流行語大賞に「さんみつ (sanmitsu)」を選定した。

私たちは、パンデミックの発生以来、スーパースプレッダー現象がどのように異なるかを追跡してきた。他国では、経済的な理由から感染制限を完全に解除し、「通常の状態に戻る」ことを試みているが、再び感染者が急増し、多数の死者が出ている。特権階級や免疫力のある人たちだけを助ける単純な解決策は、弱い立場の人々がそのような政策の矢面に立たされる一方で、「ニューノーマル」として受け入れられることはないのである。

現在のデータは、日本国民が適応していることを示唆している。4月下旬から5月上旬にかけて、日本ではゴールデンウィークがあった。今年は、飲食店の閉店時間やアルコール提供の有無など、特別な制限はほとんどなかった。人出も増えたが、流行前の数年に比べれば少なく、風通しの良い場所を確保するなどの注意事項が強調された。以前の大流行では、感染者が減ると人々は元の状態になり、次の大流行を促す結果となった。しかし、今年の初めに急増した後の行動は、制限的な措置が講じられていないにもかかわらず、今までとは異なっているように思われる。

状況はより複雑になってきている。ワクチンの普及率が高く、オミクロンの致死率が低いため、患者が急増しているにもかかわらず、人々は厳しい措置を受け入れることを躊躇している。特に日本のような高所得国では、ブースターワクチン、抗ウイルス剤、より良い臨床ケア、公共施設の換気を把握するためのCO2モニターなどの公衆衛生対策など、より多くの介入方法が可能だ。

しかし、ウイルスを一掃する銀の弾丸はない。確かに、日本の対応は完璧ではなく、批判もある。確かに、日本の初期検査能力は限られていたが、広範囲な検査をするだけでは感染の抑制には十分ではない

科学者と政府のアドバイザーは、長期的な視点での適切なバランスがまだわかっていないという事実に取り組まなければならない。彼らは、ウイルスと人々の行動が変化することを理解し、そのような変化の展開に応じて勧告を調整しなければならない。

ウイルスの脅威と無縁だった時代を懐かしむ人々によって、「出口戦略」や「元通り」といったフレーズがしばしば使われる。しかし、私たちは今、正常な状態に戻っているわけではない。各国は、感染の抑制と社会・経済活動の維持の最適なバランスを追求し続けなければならない。どのように?文化、伝統、法的枠組み、既存の慣行など、手元にあるあらゆる手段を用いて、世界中の人々の苦しみを最小限に抑えるのだ。

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翻訳は以上です。

押谷記事の冒頭にある、日本の一人当たりの患者数および死亡数は、他のG7諸国と比較して著しく少ないというのは事実です。しかし、世界全体や東アジア・西太平洋諸国と比べて優れているかと言えば、必ずしもそうとも言えません。

現時点での日本の人口当たりの感染者数は世界131位で、ほぼ世界平均です。日本より下位にある東アジアの国としては順にタイ、フィリピン、ラオスインドネシアミャンマー、中国が並び、ネパール、インドも日本より下位です。日本の人口当たりの死者数は若干順位を下げ、世界148位です。これより下位に位置する東アジア・西太平洋諸国としては、順にシンガポールニュージーランド、台湾、ラオス、中国があります。

押谷記事で抜けているのは、他のG7諸国と比べて日本は唯一オミクロン流行で死者数を増やしてしまったことです。図1に示すように、世界平均と比べても、日本は第6波以降で被害を拡大していることがわかります。つまり、過去に学ばず、対策に生かすことをしてこなかったということの現れかと思います。

当初からの最大の悪手であった検査抑制策がたたり、第6波では検査資源不足まで引き起こし、挙げ句には全国に向けて「検査を増やすな」という号令まで出したこと(→国が主導する検査抑制策)によって、患者の発見と治療の遅れに繋がったことは否めないでしょう。その結果、オミクロン変異体の特性も見誤ったことと合わせて、最大の死亡数になったと言っても過言ではありません。

図1. 日本と世界におけるCOVID-19感染者数(上)と死者数(下)の推移(Our World in Dataより転載).

このように、第1波から第6波まで一貫した検査抑制策が、日本の被害を大きくしてしまったことは疑いようのない事実だと思います。押谷記事の後半部分にある「日本の初期検査能力は限られていたが、広範囲な検査をするだけでは感染の抑制には十分ではない」というのは、検査の乏しさを彼自身が認めている言述だと思います。同時に、「検査だけでは感染の抑制には十分でない」と飛躍した引用をし、検査抑制を正当化しているともとれます。これは、いわゆるストローマン論法であり、詭弁です

この押谷記事で私が最も驚いたのが「SARS-CoV-2がエアロゾルを介して伝播する可能性があるという早めの指摘が織り込まれた」という部分です。これは本当でしょうか。ここで2020年2月24日の専門家会議の見解 [2] を見てみましょう(図2)。

図2注2に示すように、「飛沫感染接触感染が主体です。空気感染は起きていないと考えています」とあります。つまりエアロゾル感染(空気感染)を当初から考慮していたということはこの文章からは読み取れません。むしろ空気感染を否定しているともとれます。専門家会議や分科会は、つい最近までエアロゾル感染を「マイクロ飛沫感染」と言っていたくらいですから、当初からエアロゾルで伝播するということを考えていたとは到底思えません。

図1. 専門家会議による新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解(これまでに判明してきた事実、2020年2月24日)[2].

また、図2注1、注3、注4は、症状と感染とは相関しないこと、無症状感染者から伝播する可能性があることを認めながら、PCR検査抑制(重症になるそうな患者への限定使用)を正当化していることが読み取れます。

記事にもあるいわゆる「3密対策」は日本発のオリジナルとして評価すべきものと思いますが、それをエアロゾル感染や検査と結びつけられず、国民へのリスクコミュニケーションとして十分に機能させられなかったことは反省すべき点です。

このように、押谷記事は「3密対策」や「正常に戻っているわけではない」という正論の中に、従前対策への無反省のままに誤謬、詭弁、ウソが巧妙に折り込まれ、憲法まで持ち出して、自説の正当化に終始しているというのが印象です。World Viewというこの記事ですが、世界のネイチャーの読者の目にはどのように映ったでしょうか。

引用文献・記事

[1] Oshitani, H.: COVID lessons from Japan: the right messaging empowers citizens. Nature 605, 589 (2022). https://doi.org/10.1038/d41586-022-01385-9

[2] 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解. 2020年2月24日 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00006.html

引用したブログ記事

2022年2月14日 国が主導する検査抑制策

2020年5月30日 専門家会議の5月29日記者会見とその記事への感想

2020年4月19日 感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと

2020年4月13日 COVID-19に関するNHKスペシャルを観て

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)