Dr. Tairaのブログ

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地域社会のマスク着用向上がコロナ感染を減少させる

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の防御に、マスク着用が一定の効果があることは何となく理解されていると思いますが、実は学術論文レベルで見ると、「効果がある」というものと「効果はない」とする相反する報告がありました。最近、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に、これにケリを付けると思われる英国の研究グループの論文 [1] が掲載されましたので、ここで紹介したいと思います。結論は、「地域社会でのマスク着用率の上昇がSARS-CoV-2の伝播(実効再生産数、R)を減少させる」というものです。

1. 研究の背景とアプローチ

これまで、SARS-CoV-2 の感染抑制におけるマスク着用の有効性については、賛否両論がありました。医療現場でのマスク着用は疾患感染を大幅に減少させることが知られていますが、社会環境における研究は一貫性のない結果を報告してきました。実は、このような研究の多くは、政府のマスク義務化によってどの程度感染が防御できるかということに焦点を当てて、マスクの有効性を判断したものでした。

しかし、そもそも義務化に関わらず世界的に自発的なマスク着用が広く行われていることは周知の事実です。日本を含む東アジア諸国では、義務化されずとも当初からマスク着用が高いことが知られています。この PNAS 論文では、義務化に依存しない自発的なマスク着用やその他の要因の制限から、義務化の効果はマスク着用効果の代用にはならないことを発見しました。

この研究では、マスク着用行動に関する最大規模の調査(𝑛=2000万人)を含む、6大陸92地域をカバーする複数のデータセットを用いて、マスク着用が SARS-CoV-2 感染に及ぼす影響を直接分析しました。ベイズ階層モデルを用いて、自己申告された着用レベルと各地域で報告された症例を関連付けし、移動性や大規模集会の禁止などの非医薬物介入(non-pharmaceutical intervention, NPI)を考慮しながら、不確実性を定量化し、マスク着用による感染への効果を推定しました。

今回の分析は、既往研究に比較して、マスク着用データの質、ランダムサンプリングによる規模(約100倍)、地理的範囲,半機械的感染モデル、結果の検証などにおいて大きく改善されており、信頼性が向上していることが特徴です。

2.分析結果の概要

この研究では2020年5月から9月までのデータを用いていますが、米国での第2波の始まりで終了する時期に当たります。この時期は、国による NPI が地域ごとに細分化されているため、国自体の分析はあまり有益でなくなることが示されています。

この研究では、ベイズ型階層モデルを用いていますが、このモデルは R を介して、マスク着用レベルと各地域の患者報告数を関連付け、感染症非線形な指数関数的増大または減衰の性質を捉えることができます。既往研究に対する改善点として、NPI を考慮したことに加えて、移動度の変化も考慮しています。ウイルスの疫学的特性、地域間の伝播の違い、感染から COVID-19 の発症登録までのラグの影響など、事前分布を通じて多くの不確実性の要因を定量化しています。

図1は、今回の研究の結論を示す図で、マスク着用ゼロと100%着用の場合の R の差を表したものです。いくつかの公共の場において、マスク着用ゼロと、ほとんどの時間マスクをしていると自己申告した人(100%)の差は、平均で25%[95%範囲:6%、43%]の R 減少に相当することがわかりました(図1上 [B])。

実際には、100%のマスク着用は不可能であり、複雑な社会的・文化的要因に左右されます。そこで、このような違いを捉えるために、推定した着用効果の中央値(すなわち、図1上の事後値の中央値)に、各地域の着用率の中央値(時間平均)を乗じて表してみました。それが図1下(C)です。地域平均でみると、マスク着用によって平均19%の R の減少になりました。

図1. (上、B): マスク着用率(自己申告)が0から100%に増加した場合の R の減少の事後推定値(全ての国から算出). (下、C): 92地域のマスク着用による R の減少の事後平均値(Bの平均値に各地域の時間平均の着用率を乗じたもの). 文献 [1] より転載.

つまり、ある地域で人々が全くマスクをしない場合と平均的なマスク着用率の場合とでは、後者で少なくとも19%の感染減少になるということです。

研究グループは、マスク着用義務化の意義を再考するために、義務化が着用に対して瞬間的な効果を持つ、徐々に増加する効果を持つ、または義務化が発表されたがまだ実施されていないときに始まる効果を持つものとしてモデル化しました。その結果、義務化は平均8.6%しか着用率を増加させませんでした(図2)。

図2. マスク義務化の時期に対する自己申告のマスク着用状況(2020年5月~9月に新たに国のマスク義務化が行われた全地域の平均、破線は義務化開始日)(文献 [1] より転載).

図2の結果について、研究グループは、義務化のタイミングの問題ではなく、義務化が粗く、不均質であるためとしており、義務化の効果がマスク着用効果の代用にはならないことの根拠としています。

3. 考察と意義

今回の研究の第一の意義は、世界の92地域から得られた膨大なデータセットと最新のベイズ型階層モデルを用いて、マスク着用が SARS-CoV-2 感染の顕著な減少に関連するという証拠を提示したことです。そして、マスク着用義務化の相関関係を分析した結果、義務化以外の要因が着用レベルに強く影響することが示したことが挙げられます。

とはいえ、マスク義務化が感染を抑制する上で何の役割も果たさないということを意味するものではありません。むしろ,大量のマスク着用が感染を減らすという証拠があり、その点で、義務化とその他のマスク着用促進要因が合わさって、マスクの使用を改善または増加させ、COVID-19 感染を減らす可能性があることを著者らは強調しています。

第二の意義は、これまでマスクの効果に結論が出なかった過去の研究例を挙げ、これらがマスクの特性や装着行動に関する要因を考慮に入れていないことが一因であることを示したことです。これらの要因には、マスクの品質、マスクの装着性、装着の環境(たとえば、店舗、学校、公共交通機関)、マスクの再使用、リスク補償、文化規範・慣習などが含まれます。本研究では、これらの要因に派生する不確実性を十分に除去できていませんが、著者らが言うようにさらなる研究が必要でしょう。

今回の研究では、マスクの特性と行動を集計して、大量のマスク着用の効果を推定していますが、使用されているマスクのほとんどが最も効果の低い布製(またはその他の未評価マスク)であったとしています。日本や東アジア諸国では大部分が不織布マスクを使っています。したがって、著者らも指摘しているように、大量着用の実際の効果は、今回の推定(19%の R 減少)よりも大きいと思われます。

著者らは、最も一般的な種類の一つである布製マスクを対象とした既往研究はほとんどなく、臨床研究に基づく保護効果は実際の効果を反映していない可能性があることも指摘しています。さらに、マスク着用が文化的要因に強く左右されるにもかかわらず、ほとんどの研究は特定の社会的条件のみで実施されており、それらの妥当性に限界がある可能性も指摘しています。

重要なことは、今回の研究のマスク効果推定は、調査によるマスク着用の自己報告に依存していることです。したがって、マスク着用率100%の真の効果は、過大申告の量に比例して、今回の推定値よりも大きくなることが予想されます。他方で、メリーランド大学の調査にあるように、「マスク着用」の定義は厳密ではなく、公共交通機関のみ布製マスクを着用する人が半分以上いる一方、外出時は常に N95 呼吸器を着用する人が1割強とされています。このことは、今回のデータでマスク着用率が非常に高いと報告されている地域でも、よりマスク着用率を高める余地がある、と著者らは述べています。

結論として、地域社会でのマスク着用率の上昇が感染の顕著な減少に関連していることになります。パンデミックが始まってからの世界的なマスク着用率の向上には、義務化以外の要因が寄与してことも浮き彫りになりました。たとえば、自発的な着用がすでに高い水準にある場合、政策立案者は他の手段を用いてマスクの効果を高めることができると著者は指摘します。これには、正しいマスクのつけ方、品質に関する教育、感染リスクが高い環境における義務付けなどです。

おわりに

マスクの感染防止効果については、マスク自体の飛沫・エアロゾル防止のシミュレーションや多くのリアル実験によって確かめられてきました。大方の結論は、着用の仕方が適切であれば、マスクの材質の如何を問わず、SARS-CoV-2の空気感染を多少なりとも防ぐことができるというものです [2]。不織布や N95 タイプであればさらにその効果が増します。この科学的知見はしっかり認識しておくべきでしょう。

一方で、地域社会でのマスク着用率の上昇がどの程度感染防止に繋がるかについては、明確な結論がありませんでした。そのなかで、2020年から2021年にかけてバングラデシュで行われた大規模な調査研究がサイエンス誌に掲載され [3]、マスク着用が SARS-CoV-2 感染の減少に効果があることを示す最も説得力のあるものの一つとして広く賞賛されています。

ところが、懐疑的な研究者は、この研究における統計解析や様々な側面における弱点を指摘し、結果の重大性に疑問を投げかけました。たとえば、ベイズ型因果関係モデリングのアプローチを用いて厳密な分析にかけると、COVID-19 感染に対するマスク介入の明確な効果はなかったという Fenton [4] の主張があります。

今回の PNAS 論文 [1] で示された大規模調査研究は、これらの論争に一応の決着をつけるものとして高く評価できるものです。普段、着用の習慣がなく、着用率が低い国での義務化後のデータも幅広く考慮したことで、マスクの有効性に関するより妥当な結論が得られたと思います。これがもともと自主着用率が高い日本で調査したら、このような結論は導き出せないでしょう。

つまり、もともとマスク着用率が低い国・地域において一定の流行があり、同一集団が同質のマスク着用をした場合に、着用の効果が初めて見いだせるものと言えましょう。したがって、流行の規模、実効再生産数、マスクの品質、装着性、装着の環境、マスクの再使用、文化規範・慣習、法的義務化など様々な要因が関わる中で、社会的マスク着用の効果について、異なる論文を同列にレビューしたりすることはほとんど意味がないと言えます。

日本では、このところ脱マスク論も盛んになり、特に子供に対するマスク着用の是非についても議論されていますが、地域社会のマスク着用率の高さがSARS-CoV-2の感染防止を有効にするものとして、改めて認識したいところです。

引用文献

[1] Leech, G. et al.: Mask wearing in community settings reduces SARS-CoV-2 transmission. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 119, e2119266119 (2022).
https://doi.org/10.1073/pnas.2119266119

[2] Ueki, H. et al.: Effectiveness of face masks in preventing airborne transmission of SARS-CoV-2. mSphere 5, e00637-20 (2020). 
https://doi.org/10.1128/mSphere.00637-20

[3] Impact of community masking on COVID-19: A cluster-randomized trial in Bangladesh”. Science 375, eabi9069 (2022). https://doi.org/10.1126/science.abi9069 

[4] Fenton, N. The Bangladesh Mask Study provides no evidence that masks reduce Covid-19 infection. May 3, 2022. https://www.normanfenton.com/post/the-bangladesh-mask-study-provides-no-evidence-that-masks-reduce-covid-19-infection

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)