Dr. Tairaのブログ

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連日の千人超えは危険信号

2020.11.08:00:05更新

今日(11月7日)の全国の新型コロナウイルスSARS-CoV-2新規陽性者は、1,331人になりました(図1)。一昨日の1,048人、昨日の1,145人と3日連続の1,000人超えであり、5都道府県で100人を超えています。今日は土曜日で、米国大統領選挙の陰に隠れてニュースでの取り扱いも今ひとつですが、確実に危険水域に入ってきたと思います。

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図1. 11月7日の都道府県別SARS-CoV-2新規陽性者数(出典:新型コロナウイルス 感染者数やNHK最新ニュース|NHK特設サイト).

これまでのこのブログで何度となく指摘してきましたが(新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?冬に向けて大流行の兆し)、日本では有効な防疫対策がほとんどとられておらず、いよいよ冬に向けて、大流行が始まる兆候です。

これまでの流行の中では、8月7日に最大の新規陽性者数1,605人を記録しています。しかし、この時は夏の暑い盛りであり、ウイルスの感染力が比較的抑えられる時期にありました。しかし今回は違います。ベースラインが約500人/日という高いところから増加が始まっており、種火としての市中感染者数が夏とは比べものにならないほど多く、それだけ感染拡大しやすいという懸念があります。そして、これからますますウイルスの感染力が維持されやすい冬に向かいます。北海道での爆発的とも言える陽性者数の増加は、全国の流行拡大の先駆けとも言えるものです。

加えてGoTo事業はいまフル稼働であり、人の移動がこれまでより激しくなっています。さらにイベントやスポーツ観戦における入場制限が緩和され、海外からの入国も緩和されています。テレビで観る映像では、人々の警戒感も以前よりは緩んでいるような印象も受けます。

このような状況にも関わらず、国の防疫対策はきわめてお粗末です。大流行に備えて、今まで以上の有効な対策をとらなければいけないと思いますが、国の動きは相変わらず鈍いです。今年2月24日、厚生労働省は、「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた専門家の見解」を発表しましたが(図2)、このときの基本方針の失敗がいまだに尾を引いているように感じます。 

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図2. 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた専門家の見解(2020年2月24日)(厚生労働省ホームページより).

厚労省と政府専門家会議は、当初から無症状感染者からの二次感染を認識しておきながら(図2赤線部)、PCR検査については、感染症予防の観点からはすべての人に検査することは有効ではないということ、および重症化しやすい人に集中的に適用されるべきという見解を示していました(図2赤枠部分)。しかしこの検査方針は、防疫対策としてはまったく不備であることは、専門家からも指摘されていました。

厚労省や政府専門家会議・分科会は、初動の方針の失敗を公式には認めておらず、何事もなかったかのように、検査方針を変更しながら、現在に至っています。そして、おそらく初動からの一連の対策の無謬性に拘泥するあまり、現在でも検査拡充や検査方針がきわめて不徹底です。

今では無症状の濃厚接触者までが行政検査の対象となっているものの、その範囲は依然としてあいまいです。分科会は、感染リスクの高い状況・場での事前スクリーニングの必要性を強調していますが、それが徹底的に行なわれている状況ではありません。そして、分科会の感染症専門家は、偽陰性偽陽性の発生推測を盾にして、「無症状者のスクリーニングPCR検査は有効ではない」ということを今でも主張しています。

NHK NEW WATCH9は、11月5日、「大きなクラスターになる前にしっかり見つけてしっかり防ぎ込む」という日本感染症学会の舘田一博理事長(東邦大学教授、政府分科会メンバー)の話を紹介していましたが、あまりにも当たり前すぎて拍子抜けしてしまいました(以下ツイート)。

当該学会は「無症状患者にはPCR検査をしない」というPCR検査限定の方針の旗を、先頭きってふってきましたが、 現在の理事長の言述(それ自体は当然なのですが)、これとはまったく整合性がとれません。クラスターの芽をつむためには、感染源となる無症状感染者をあぶり出すという事前の効果的なスクリーニング検査が必要ですが、当初からの専門家会議・分科会の消極的姿勢と矛盾が、これを実効性あるものにしていないと言えます。

米国ワシントン大学のIHME(Institute for Health Metrics and Evaluation)は、各国のこれからの流行に伴う死者数を予測しています。当初の日本のシナリオ(→新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本)からはだいぶ下方修正されましたが、それでも2月の累積死者数が11,398人と予測されています(図3[1]。このまま防疫対策の消極的姿勢の状態が続くと、この数字が現実のものとなりかねません。

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図3. 米国ワシントン大学のIHMEによる日本の死者数のシナリオ([1]より).

菅首相は、今日、感染再拡大に強い懸念を示しながら「爆発的な感染拡大は絶対に阻止し、国民の皆さんの命と健康をしっかりと守り抜きます」と述べました [2]。そうしてもらいたいと思いますが、現時点で感染拡大抑制策は何も示していません。このままでは、行動制限(接触削減)大規模な営業制限という、前回の方法を繰り返すことになるでしょう。そして、医療崩壊という最悪の事態に陥ることが危惧されます。

菅首相が述べた「爆発的な感染拡大」という言葉は気になります。なぜなら、以前の尾見茂専門家会議座長が「欧米のような爆発感染には至っていない」という言葉が耳に残っているからです。つまり、たとえ図3のような衝撃的な結果になったとしても、「欧米に比べたら抑えられた」といういい訳に使われる可能性もあります。

しかし、このままでは、爆発的な感染拡大と死者数増加は確実にやってくるのです。

引用文献・記事

[1] IHME: COVID-19 Projections. IHME COVID-19 Projections. https://covid19.healthdata.org/japan?view=total-deaths&tab=trend

[2] TBS NEWS: 菅首相「爆発的な感染拡大は絶対阻止する」 2020.11.07. http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4121376.html

引用した拙著ブログ記事

2020年11月1日 冬に向けて大流行の兆し

2020年10月9日 日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?

2020年9月30日 今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?

2020年8月30日 新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

冬に向けて大流行の兆し

はじめに

今朝(11月1日)のTBSテレビ「サンデーモーニング」で、ヨーロッパにおいて、そして国内では北海道や宮城県において、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の新規陽性者が増加していることを伝えていました。陽性者数が増えている要因として気温低下や湿度低下を挙げています。

冬に向けてCOVID-19の流行が顕著になることは、このブログでも繰り返し伝えてきました。すなわち、冬の始めにおいて、日本での死者数が激増することが予測されていること(新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本)、インフルエンザの流行といっしょのツインデミックで検査・診断の混乱が懸念されること(今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?)、流行の予兆に対して実質無策であること(日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?)などを記してきました。そして飲食業やエッセンシャルワーカーに対して、早急にスクリーニング検査が必要なことも指摘してきました。

ここで、テレビが伝えた情報を踏まえながら、世界と日本の現在の流行を今一度確認しておきたいと思います。

1. 世界の流行と対策

まず、世界、ヨーロッパ、北アメリカ、アジアにおける新規陽性者数の推移を、図1に示します。現在、世界の1日当たりの新規陽性者数は50万人を超えており、この数字を押し上げているのが、主にヨーロッパであることがわかります。北米でも増える傾向を示していますが、アジア全体では顕著ではなく、むしろ減少傾向にあります。これは東アジアの主な先進諸国が、今のところ感染者数を抑え込んでいるためです。

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図1. 世界、ヨーロッパ、北アメリカ、アジアにおける新規陽性者数の推移(出典: Our World in Data).

テレビでは、ヨーロッパでの再燃流行に対して、各国で行動規制が行なわれていることを伝えていました(図2)。部分的なロックダウンや、飲食店の営業規制が多いようです。ジョンソン首相の会見を観ていると、対策が後手後手になった印象は否めません。

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図2. テレビが報道するヨーロッパでの相次ぐ行動規制(2020.11.01 TBS「サンデーモーニング」より).

2. 国内の流行の現状

日本の現状はどうかというと、全国レベルではやはり増加傾向にあります(図3)。10月30日には、ついに累積陽性者数が10万人を超えました。晩秋から冬にかけて激増する可能性を示していますが、主要ニュース(米国大統領選挙、GoToキャンペーン、国会、学術会議任命拒否問題、大阪都構想、芸能人の事故など)の報道の影に隠れてしまっている印象があります。図示はしていませんが、死亡も依然として続いており、10月から微増傾向にあります。

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図3. 日本全国における新規陽性者数の推移(出典:新型コロナウイルス感染症まとめ - Yahoo! JAPAN).

報道でも言われていますが、日本でも気温低下が先行する北海道や北日本で陽性者の増加が顕著です(図4)。これまでの北海道でのクラスター発生の半分は10月に集中しており、クラスター発生のタネ(市中感染)が広がっていることをうかがわせます。危惧していたことが起こってしまったようです。

鈴木直道知事は10月30日の記者会見で、「これ以上感染が拡大した場合、不要不急の外出の自粛をお願いしなければならない。集団感染対策で連鎖を断ち切る」と強調しています [1]f:id:rplroseus:20201101103444j:plain

図4. 北海道における新規陽性者数の推移(出典:新型コロナウイルス感染症まとめ - Yahoo! JAPAN).

北海道と並んで、北日本で増加が顕著なのは宮城県です(図5)。やはり、大都市を抱えている都道府県では、とくに警戒しなければならないことをうかがわせます。このような北日本における新規陽性者の急増は、これから全国の流行がどうなるかということを予兆させるものです。

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図5. 宮城県における新規陽性者数の推移(出典:新型コロナウイルス感染症まとめ - Yahoo! JAPAN).

大都市圏でとくに増加が懸念されるのが大阪府です。このところ新規陽性者が急増しています(図6)。今日は大阪都構想住民投票を行なっていますが、ホントならそんなことやっているヒマはないと思えるのですが。

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図6. 大阪府における新規陽性者数の推移(出典:新型コロナウイルス感染症まとめ - Yahoo! JAPAN).

一方で東京はどうでしょうか。一見すると、新規陽性者数は横ばいで続いているように思えますが、週始めにおけるパターンから見ると、やはり微増傾向にある印象です。これから急増することは間違いないでしょう。

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図7. 東京都における新規陽性者数の推移(出典:新型コロナウイルス感染症まとめ - Yahoo! JAPAN).

このところ、吉村府知事とともに、めっきりメディアでの露出が少なくなった小池都知事ですが、この先に向けての対策はどうなっているのでしょうか。都医師会はかなりの危機感を持っているようですが。

3. 感染力に及ぼす気温と湿度の影響

香港大学の研究チームは、すでに今年4月の段階で、SARS-CoV-2は気温が低下するとそれだけ感染力を維持しやすくなることを報告しています [2](この論文は日本語でも紹介されています [3])。すでにスパコン富岳のシミュレーション解析からも出ているように、空気が乾燥すると、飛沫粒子が小さくなり、空気中に浮遊しやすくなります。その分エアロゾル感染(空気感染)が起こりやすくなると考えられます。

上記した「サンデーモーニング」でも、湿度とウイルスの感染力との関係について、各国の研究チームの研究成果に基づいて伝えていました(図8)。

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図8. SARS-CoV-2の感染力に及ぼす湿度の影響(2020.11.01 TBS「サンデーモーニング」より).

図8に示したシドニー大学武漢大学の共同研究によれば、湿度1%の低下で新規感染者が7–8%増加するようです [4]。研究を担当したWard教授は、湿度が低いと空気が乾燥してエアロゾルが小さくなり、感染性の微粒子が空気中に長く浮遊したままになって他の人への影響が大きくなると述べています。

また、乾燥によって、私たちの粘膜のウイルス排除機能や鼻粘膜の修復機能も低下するようです(図8)。

少し前に発表された生のコロナウイルスの実験では、気温低下で明らかにウイルスの活性は維持されやすくなりますが、湿度との関係は単純ではなさそうです。固体表面においては、相対湿度50%に比べて、20%や80%でウイルスの活性が残りやすいことが報告されています [5]

おわりに

今朝配達された新聞の折り込みの中に、私が住む街の広報が入っていました。その一面を見たら市内の新規陽性者数のグラフが載っていて、9月8日の週からの1ヶ月間で約1.4倍に増えていることが示されていました。このうち、半数以上が常に感染経路不明者で占められていることもわかりました。

この傾向は日本の主要都市にも当てはまるのではないかと思います。政府は依然としてクラスター対策を推進と強調していますが、市中感染者数が過半数を超えるような状況ではもはやクラスター対策は意味をなしませんクラスターのタネが市中のいくらでもあるからです。

政府分科会は、感染拡大の急所である大都市の歓楽街や飲食店の集中的な検査が急務であることを強調しています。一方で、この期に及んで、依然として「広く検査すると誤った結果が出る場合がある」、「無症状者に広く検査して感染制御に成功したという科学的根拠はない」と言い続けています [6]。検査とセットで経済を回すという発想はないのでしょうか。

現段階で、国や自治体は何も手を打っていません。そして、この先起こるであろう惨状に想像が働かないのか、GoToキャンペーン事業の推進に、相変わらず旗を振り続けています。

マスク着用、手洗い、消毒、換気、対人距離の維持などの、個人の行動様式の徹底はもちろんのことですが、国民の努力だけでは感染拡大は抑えられるものではありません。国、自治体が主導する検査・追跡・隔離、社会政策としての事前(自主)検査、リスクの高い施設・環境でのスクリーニング検査、そして行動制限など、すべての対策を効果的に組み合わせて迅速に対処し、この晩秋・冬に臨む必要があります。時すでに遅しの感もありますが、これからが本番です。

引用文献・記事

[1] 日本経済新聞: 北海道、コロナ最多69人感染 知事「対策で連鎖断つ」 2020.10.30. https://r.nikkei.com/article/DGXMZO65687170Q0A031C2L41000?s=4

[2] Chin A.W.H. et al.: Stability of SARS-CoV-2 in different environmental conditions. Lancet Microbe 1, E10. DOI:https://doi.org/10.1016/S2666-5247(20)30003-3

[3] 大西淳子: 多くの環境下でSARS-CoV-2は長時間安定. 日経メディカル 2020.04.14.
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t344/202004/565136.html

[4]  Ward, M. P. et al.: The role of climate during the COVID‐19 epidemic in New South Wales, Australia. Transbound. Emerg. Dis. 2020;00:1–5. https://doi.org/10.1111/tbed.13631

[5] Casanova, L. M. et al.: Effects of air temperature and relative humidity on coronavirus survival on surfaces. Appl. Environ. Microbiol. 76, 2712–2717 (2010).  https://aem.asm.org/content/76/9/2712.long 

[6] NHK: 政府の分科会 歓楽街での感染対策 PCR検査など議論. 2020.10.29. https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/committee/detail/detail_19.html

引用した拙著ブログ記事

2020年10月9日 日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?

2020年9月30日 今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?

2020年8月30日 新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

COVID-19パンデミックの科学的コンセンサスー私たちは今行動すべき

2020.10.18: 23.49更新

10月15日、医学雑誌ランセット(The Lancet)に、"Scientific consensus on the COVID-19 pandemic: we need to act now"というタイトルの書簡記事が掲載されました [1]図1。このブログのタイトルはそれを邦訳したものです。この記事は英国、ドイツ、スイス、米国、オーストラリアの16名の研究者の連名によるもので、現時点におけるCOVID-19の科学的コンセンサスを集約した内容になっています。

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図1. Lancetに掲載された書簡記事 [1].

ツイッターなどのSNS上でもこの記事はすぐに取りあげられて話題になっていますが、投稿の中には少し誤解も見られるようです。加えて、この記事には事実誤認もあります。最後のパラグラフに以下の文章が出てきます。

             

Japan, Vietnam, and New Zealand, to name a few countries, have shown that robust public health responses can control transmission, allowing life to return to near-normal, and there are many such success stories.

             

つまり、「日本が強固な公衆衛生対策で感染をコントロールできている」と言っています。日本を含む東アジア・西太平洋諸国は、西洋諸国に比べて圧倒的にCOVID-19患者も死者数も少ないので、こう言いたいいのはわかりますが、この地域の先進諸国のなかで日本は最悪の成績です(→日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?)。ここで挙げられているヴェトナム、ニュージーランドとは比較になりません。韓国、台湾などいくらでも成績がよい国はあるのに、なぜ日本が挙げられているのか不思議です。

本ブログでは、以下に、この記事のほぼ全訳を文体で載せたいと思います。

             

10月12日のWHOの報告によれば、世界的にすでに3500万人以上がSARS-CoV2に感染し、100万人以上が死亡した。ヨーロッパは第2波に見舞われているように、冬が迫るとともに 私たちはCOVPID-19がもたらす危険性について、明確なコミュニケーションとウイルスと闘う効果的戦略をもつ必要がある。ここでは、COVID-19に関する証拠に基づく統一的見解を共有したい。

SARS-CoV-2は飛沫やエアロゾルに触れることで、そしてより広範囲にはエアロゾルを通じて拡散する。とくに換気が不十分な条件では広がりやすい。ウイルスの高い感染力は、新型ウイルスに暴露されたことがない人々の感受性と相まって、急速に社会に拡散していく条件をつくりだす。COVID-19の致死率は季節性インフルエンザよりも数倍高く、感染すれば若い人や健康な人でも病気が継続する。免疫がどの程度の期間効果を発揮するかは明らかになっておらず、季節性コロナウイルスと同様に、すでに病気にかかった人であっても再感染する可能性がある。しかし、再感染の頻度については不明である。ウイルスの感染は、物理的距離の維持、フェイスガード、手洗いなどの衛生管理により、そして密集や換気の悪い環境を避けることで緩和できる。また、迅速な検査、濃厚接触者の追跡、そして隔離は感染制御に必須である。WHOはパンデミックの初期からこれらの対策を提唱している。

パンデミックの初期において、多くの国がロックダウン(自宅待機や在宅勤務を含む移動制限)を実施し、ウイルスの急速な広がりを抑えようとした。これは死者数を減少させ、医療崩壊を防ぐとともに、ロックダウンの次への感染抑制対策を錬るための時間稼ぎとして必須であった。ロックダウンは、人々の精神と身体の健康をかなり害することになり、経済に損害を与えなど混乱を招いたが、これらの悪影響は、ロックダウンの間あるいはその後、パンデミック制御のシステムを構築する時間を有効に使えなかった国々においてより大きかった。パンデミックに対処するための適切なストックと社会へのインパクトがない状態で、これらの国々では制限を継続する羽目になっている。

これは、当然のことながら、広範囲の意気喪失をもたらし、信頼性を失わさせた。第2波の襲来とともにそれへ向けた現実的対処法として、いわゆる集団免疫獲得アプローチへの興味が再度持ち上がっている。集団免疫は、低リスクの人たちに対する広範囲の制御なしの集団感染を許すことで、脆弱な人たちへの保護効果をもたらすことを示唆する。集団免疫支持者は、低リスク集団の自然感染による集団免疫獲得によって、結果的に脆弱な人たちを保護することができるだろうと提案している。

しかし、これは科学的証拠としては支持されない危険な推論である。

COVID-19の自然感染による免疫に頼る、いかなるパンデミック対処法も欠陥がある。若年層における野放しの感染伝播は全世代にわたって病気と致死の危険性をもたらす。人件費に加えて、これは全体として労働力に影響を与え、救急医療体制に大打撃を与えるだろう。さらに、自然感染後SARS-CoV-2に対する獲得免疫が持続するという証拠はないし、免疫が弱まる結果として風土病的な感染が起こるようになれば、脆弱な人たちを将来の見通しがないまま危険にさらすことになろう。そのような戦略はCOVID-19パンデミックを終わらせることにはならないばかりか、流行を繰り返す結果になるだろう。これはワクチンが発明される前のたくさんの感染症で見られたことである。それはまた、経済や医療従事者に対して受容できないほどの責任を負うことになるだろう。すでに多くの医療従事者がCOVID-19で亡くなっているし、医療災害の結果としてのトラウマを抱えている。加えて、誰が”long COVID”に苦しむことになるか、今なお理解していない。誰が脆弱であるか定義することはむずかしいが、たとえ重症化の危険にある人として考慮した場合でも、いくつかの地域では人口の30%の比率になる。人口のある大集団を長期間隔離することは実際上不可能であり、かつ著しく非倫理的である。多くの国に実証された根拠として、市中感染の流行を特定の社会集団に限定して制御することはできないことを示している。また、そのようなアプローチはパンデミックによって露にされた社会経済の不公正を悪化させ、構造的差別を増長させる危険をはらんでいる。最弱者を保護するための特段の努力は必要であるが、それは緊密な協力の下で、各世代・集団別に対する戦略として進めなければならない。

再度、我々はCOVID-19陽性者数の急増に直面しているが、それはヨーロッパで顕著であり、米国やその他の国々おいても見られる。断固として緊急に行動することが重要である。感染拡大を抑える効果的な対策が施される必要があるし、それらは社会の反応を勇気づけるような、そしてパンデミックによって増幅された不公正を是正するような財政的、社会的プログラムによってサポートされなければならない。行動制限の継続は将来のロックダウンを避けるためには必要であり、感染を軽減するために、そして効果的でないパンデミック対策を改善するために、短期間では必要であろう。このような行動制限の目的は、局所的な感染発生を迅速に検出できる程度の、そして効果的な発見、検査、追跡、隔離を通じて迅速な対応ができる程度の低レベルに、SARS-CoV-2感染を抑えることである。それによって全面的な制限をすることなしに日常に近い生活に戻すことができる。我々の経済を守るということは、COVID-19をコントロールすることと密接に関係している。我々は全労働を守り、そして長期の不確実性を避けなければならない。

比較的少数の国を挙げるとすれば、日本、ヴェトナム、ニュージーランドは強力な公衆衛生対策で感染をコントロールできており、日常に近い生活に戻すことができている。そして成功事例がたくさんある。証拠は非常にクリアであって、安全と効果的なワクチンと治療法が数ヶ月後に登場するまでに、COVID-19の感染拡大を制御することが社会や経済を守るための最良の方法である。我々は効果的な対策に躊躇している余裕などないのだ。証拠に基づいて緊急に行動することが必要である。

             

上記したように、ランセット誌の記事は「感染拡大抑制が社会経済を守る」という主旨で、これがCOVID-19の科学的コンセンサスだということを明確に伝えています。そして、対人距離の維持、密集の回避、マスク着用や手洗いなどの公衆衛生学的管理という人々の行動変容とともに、迅速な検査、濃厚接触者の追跡、そして隔離が感染制御に必須であることを強調しています。

記事の中で"long COVID"という言葉が出てきますが、これはネイチャー誌の記事 [2] を引用したものであり、COVID-19に罹患した人が「長期間症状に苦しむ状態」を指しています(図2)。検査陰性でCOVID-19が治ったということではなく、いわゆる後遺症としての有症状期間も加味して「治癒した」と定義すべきというニュアンスです。前のブログ記事「"Long COVID"という病気」で紹介しています。

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図2. "Long COVID"を伝えるネイチャーの記事 [2].

引用文献

[1] Alwan, N. A. et al.: Scientific consensus on the COVID-19 pandemic: we need to act now. Lancet. Published October 15, 2020. https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)32153-X/fulltext

[2] Nature Editorial: Long COVID: let patients help define long-lasting COVID symptoms. Nature 07 October 2020. https://www.nature.com/articles/d41586-020-02796-2

引用した拙著ブログ記事

2020年10月12日 "Long COVID"という病気

2020年10月9日 日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?

         

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

"Long COVID"という病気

この記事は以下のURLに移動しました。

https://drtaira.hatenablog.com/entry/2020/10/12/230416

 

世界と比べた日本の今の流行ー第1波から何を学んだのか?

2020.10.10: 08:15 a.m. 更新

10月に入り、日本はついに、新型コロナウイルス感染症COVID-19の累計陽性者数で中国を抜いてしまいました。10月6日、この件についてツイートしましたが↓、10月8日0:00現在(厚生労働省)の累計陽性者数は 86,571人、累計死者数は1,612人、100万人当たりの死者数は13人です。これらの数字は東アジアの先進諸国の中では最悪の部類になります。

一部のジャーナリストや医療専門家が、2–3月の流行の始めに、中国のような感染拡大は起こらないと言っていたことが記憶に残っています。中国は全員検査という明確な方針でとりあえず感染を封じ込め、経済再開に至っています。一方日本はほぼ無策のまま経済再開です。

現在、国内のテレビはGoTo事業キャンペーンの報道でにぎわっています。流行を忘れさせるような画像が流れてきますが、もちろん状況は好転していません。むしろ、これから危機的に悪くなるでしょう。菅政権は感染対策と経済の両立を掲げていますが、「両立という言葉で感染対策がなおざりにされている」ことに、メディアも国民も気づくべきでしょう。

そこで、ここでは、日本の現況をより理解するために、あらためて世界の国々の流行と比べてみたいと思います。ここで示すデータ(図)は、すべてOur World in Dataから取得したものです。

まず、世界全体の流行を示すのが図1です。毎日の新規陽性者数は依然として右肩上がりであり、パンデミックは下降傾向どころか、ますます拡大・進行していることがわかります。最近では30万人/日を超える陽性者が出ています。

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図1. 世界における日当りの新規陽性者数.

次に北米(米国およびカナダ)の状況を示したのが図2です。米国は3月と7月に流行の山があり、現在は4–5万人/日の陽性者数で横ばいですが、この冬に向かってまた増えそうな予感のパターンです。カナダは米国比べると圧倒的に陽性者数が少ないですが、すでに陽性者が増え始めています。

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図2. 北米における日当りの新規陽性者数.

図3は、日本を含む東アジアと西太平洋先進諸国の新規陽性者数のパターンを示します。上述したように、日本はこの地域の先進諸国の中で最悪の陽性者数を出しています。ちなみに東アジアの中で日本より上位の国は、検査・医療態勢とともに感染症対策が不備なフィリピンとインドネシアだけです(ちなみに、WHOのWestern Pacific Regionにはインドネシアは含まれていない)。

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図3. 日本を含む東アジア・西太平洋先進諸国における日当りの新規陽性者数.

具体的に、東アジア・西太平洋諸国における現在の流行のデータを表1に示します。日本は、先進諸国の中では、累積陽性者数でトップであり、死者数や人口当たりの死亡率でもいずれも2位と悪いです。検査陽性率に至っては3.9%と抜きん出ています。この数字自体は低い印象を受けますが、それでも周辺の国々に比べると検査数が追いついていない状況がうかがわれます。

表1. 東アジア・西太平洋主要先進諸国・地域における現在の流行状況(worldometerの統計データに基づいて作表、インドネシア、フィリピンを参考として比較)

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日本では4月をピークとする最初の流行を招き、緊急事態宣言に至り、見かけ上流行が減衰した5月下旬に宣言解除となりました。しかし、その後の社会経済活動の再開によって、流行は再燃し(いわゆる第2波流行)、8月初旬にピークとなりました。その後感染拡大は抑えられたような傾向になりましたが、この間、国民の行動変容以外にこれと言った感染症対策がなく、今は下降傾向が止まって新規陽性者数400-600人/日で推移しています。つまり、この高い位置でのベースラインから、いよいよ次の感染拡大が始まると考えられるのです。

流行パターンから見れば、対策も感染者数もまったく異なりますが、米国と似ていると言えなくもありません。一方、周辺諸国における第2波なるものは、日本と比べると格段に抑えられています。

図4は、ヨーロッパの主要先進国(フランス、英国、スペイン、ドイツ、イタリア)の流行パターンを示しています。夏が終わっていずれの国でも陽性者数が増え始めており、フランス、英国、スペインでは第1波を大きく超えています。

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図4. ヨーロッパの先進主要国における日当りの新規陽性者数.

日本ではじまったGo To Eatキャンペーンと同様な対策を行っていた英国では、ボリス・ジョンソン首相が「この支援策がCIVID-19再拡大の一因となった」との考えを示しています [1]。英国ではフランス、スペイン共々再ロックダウンも考えられているようです。

比較的抑えていたドイツ、イタリアでも陽性者数が増え始めています。これを受けて、ドイツでは深夜営業禁止などの感染抑制対策の強化が行なわれ、イタリアでは非常事態宣言が延長されました [2]

ヨーロッパの流行状況は、やはり寒期へ向かうと流行しやすいことを暗示しています。冬は乾燥するので、飛沫からのエアロゾルの発生頻度が高くなり、空気感染が起こりやすくなることが懸念されます。

一方で南半球の国々ではどうなっているでしょうか(図5)。対策が国によって大きく異なり、アルゼンチンのように増え続けている国もありますが、おおむね冬のピークから減衰に向かっているように見えます。

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図5. 南半球の主要国における日当りの新規陽性者数.

このように世界や東アジアの流行状況と比べてみると、日本政府は最初の流行への対策の失敗からほとんど何も学ばず、第2波の流行を招いてしまったということが言えます。

第2波では、それまで発症者検査限定で見逃されていた若年層を中心とする無症状の人が優占陽性者として多数検出されているため、見かけ上致死率は大幅に下がっています。しかし、累積死者数1612人のうちの40%は、7月1日以降の第2波で生じていることは、第1波から学んだことが十分な生かされていない(学んでいない)ということが言えます。

かろうじてこの流行水準を保っているのは、ひとえに国民の自粛や行動変容が徹底されたこと、PCR検査が増え、検査の対応が早くなったこと、それに医療現場の対処療法が進歩したことによるものだと思います。国はGoTo事業を始めとする、経済を回すことに注力していて、防疫対策としては実質無策です。菅総理大臣は新型コロナ感染症に関心がないようにさえ思われます。

シンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ(API船橋洋一理事長)」が発足させた「新型コロナ対応・民間臨時調査会」は、昨日(10月8日)、第1波の流行に関する報告書を発表しました。本調査会の小林善光委員長は記者会見で、安倍前首相がいう「日本モデル」(→世界が評価する?日本モデルの力?)とされる政府対応について、「戦略的な政策パッケージではなく、場当たり的な判断の積み重ねだった」と総括・批判しています。

新聞はこの報告書の概要をまとめています [3, 4]。とくにPCR検査に関わる部分をまとめると以下のようになります。

                 

厚労省は当初、PCR検査を、中国湖北省などに渡航歴がある人、濃厚接触者も含めて有症状の人に限定し、無症状は対象外だった。

厚労省国立感染症研究所は2月10日までには不顕性感染が低くないことを認識していたが、公に認めようとしなかった。

・新型コロナはの感染は発症直前がピークという論文が4月15日に発表されたが、厚労省が、無症状でも医師が必要と認めれば検査できると表明したのは5月15日であり、無症状の濃厚接触者も検査の対象になったのは同29日であった。

                 

私はまだ民間臨時調査会の報告者は読んではいませんが、メディアの報道から伝わってくることを参照すると、最初の流行時の節目節目において、政府がエリートパニックを起こし、情報を恣意的に曲げたり、隠したりして、対策が遅れてしまった様子がうかがわれます。世界保健機構WHOからも指摘されていますが、日本のリスクコミュニケーションのシステムが、きわめて脆弱であることを物語るものです(→新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本)。

そして、時間の力で検査を増やさざるを得ない状況にはなったものの、第1波の反省も十分にないままに、第2波を迎えてしまい、図3、表1に示すように、東アジア・西太平洋先進諸国の中で最悪の結果を招いているということが言えます。

ヨーロッパ(図4)と南半球(図5)の国々の対照的な流行を参照すると、晩秋から冬にかけて、日本では大規模な流行が起こると予測されます。しかし、これに向けての近隣かかりつけ医の相談・診療体制や検査体制は不備であり、かついろいろと疑問の余地が残ります(→今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?)。

そして、肝心の陽性患者を引き受ける医療体制の整備は大丈夫でしょうか。とくに、冬の感染拡大に備えるべき、重症・中等症患者を引き受ける専門病院の財政的支援や看護師などの人的補充は不十分のように思えます。

諸外国では、インフルエンザウイルスとSARS-CoV-2の同時検出を行なうマルチプレックスRT-PCRのキットがすでに緊急認可されており、日本でも30分以内に検査が完了できるポータブルRT-PCR装置が市販されたりしています。しかし、日本政府はなぜか町の病院の検査レベルでは、精度ではるかに劣る抗原検査キットを主として勧める方針のようです [5]。このままでは大きな混乱を生じることが目に見えています。

上述したように、冬は乾燥するので空気感染が起こりやすくなると推察されます。こういう時にこそ、スパコン富岳のシミュレーションの出番だと思うのですが、どうなっているのでしょうか。

そして先月末も述べましたが(今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?)、早急に高リスクの環境(飲食業や介護施設)やエッセンシャルワーカーの事前スクリーニング検査を徹底し、市中感染者のあぶり出しをやるべきです。でなければ、これから確実に爆発的感染拡大に見舞われることになります。しかもベースラインが高い分、これまでとはるかに大きい感染の規模になることが予想されます。とくに先に冬を迎えている北日本は危ないです。すぐに対応すべきでしょう。

引用文献・記事

[1] 松丸さとみ: イギリス版Go To Eatが「コロナ感染拡大の一因に」、英首相認める. Newsweek日本版. 2020.10.08. https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/10/go-to-eat.php

[2] Reuters: 欧州でコロナ再拡大、イタリア非常事態延長 ドイツ抑制策強化. 2020.10.08. https://www.reuters.com/article/health-coronavirus-italy-idJPKBN26S36H

[3] 姫野直行: コロナ政府対応は「場当たり的だった」 民間臨調が検証. 朝日新聞DIGITAL. 2020.10.08. https://digital.asahi.com/articles/ASNB80SXKNB7ULBJ01C.html?iref=pc_rellink_01

[4] 阿部彰芳: 無症状でも感染、背を向けた厚労省 「パニックになる」. 朝日新聞DIGITAL. 2020.10.09. https://digital.asahi.com/articles/ASNB92FL2NB8ULBJ011.html

[5] 首相官邸政策会議: 新型コロナウイルス感染症対策本部(第 43 回). 2020.09.25.
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/sidai_r020925.pdf

引用した拙著ブログ記事

2020年9月30日 今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?

2020年8月30日 新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本

2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

菅総理大臣の学術会議任命拒否に対する海外の反応

2020.10.08: 08.06 a.m. 更新

はじめに

2020年10月1日、日本学術会議総会において推薦された新会員105名の内の6名が、菅首相によって任命を拒否されたことがわかりました。これに対し、日本学術会議は首相あてに、任命拒否の理由の説明と新会員候補6名の任命を求める要望書を送付するという、前例のない行動に出ました。
菅首相は「法律に基づき任命した」とお得意の強弁で対応し、加藤官房長官および政府の担当部署も「義務的に任命しなければならないというものではない」と開き直った説明をしています。


任命を拒否されたのは、芦名定道京都大学教授、宇野重視東京大学教授、岡田正則早稲田大学教授、小沢隆東京慈恵会医科大学教授、加藤陽子東京大学大学院教授、松宮孝明立命館大学大学院教授の6名です。この全員がこれまで安保法制・戦争法、特定秘密保護法、および「共謀罪」のいずれかにおいて、反対する見解を示しています。
したがって、各方面から、この人たちの政府方針の批判が今回の任命拒否の理由ではないかという疑念が出され、もしそうであれば、それは憲法第23条に規定される学問の自由への国家による侵害にほかならないという批判が出ています。

菅首相はこれまで任命拒否の理由を一切説明していません。理由を示さないのはなぜでしょうか。一つは、疑念どおりに、もろに政府に反対する学者への見せしめということから、口にできないということがあるでしょう。もう一つは、理由を明かさないことで学者側に「何がいけなかったのか?」と疑心暗鬼の気持ちを抱かせ、政権への忖度を加速させるという意図もあるかもしれません。つまり、萎縮効果を狙ったものです。

彼の官房長官時代の強弁と人事権を盾に官僚支配する態度は、誰の目にも焼き付いています。いずれにせよ、理由を明かせないようなことをやっている自覚はあるわけです。逆に6人以外の99人を任命した理由も言えないでしょう。

最新の世論調査では内閣支持率は高いものの、今回の任命拒否については、国民の過半数が否定的に回答しています。菅首相が任命拒否の理由を一切明かさないという態度を見ていると、あらためて「国民のために働く」と表明したことの薄っぺらさを感じざるを得ません。

国内では、今回の菅首相や政府の対応について多方面から批判が出ていますが、それは学術会議の元会長である広渡清吾氏の論評に代表されます [1]。ここでは、国際的には今回の任命拒否がどう見られているのか、海外メディアや学術雑誌から論評を紹介してみたいと思います。

1. 海外メディアによる報道

1-1. ロイター通信
英国のロイター(Reuter)通信は、10月5日、「日本のスガ、学術会議の任命拒否に炎上した中で弁明」という見出しで、本件を全世界に伝えました [2]図1)。

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図1. ロイター通信が伝える学術会議任命拒否問題.

記事では、菅首相は、携帯料金値下げやデジタル化の政策に賛同する国民による高い内閣支持率に気をよくしているかもしれないが、"安倍政権の政策を批判した学者らを任命拒否"したことで、この蜜月期間に大炎上を引き起こした、と伝えています。

そして、日本学術会議ができた経緯と組織を紹介しながら、野党勢力が本件について菅首相に説明を求めていること、Change.orgが当該週月曜日までに学者任命要望に関する10万人の署名を集めたこと、一方で菅首相が年間10億円を学術会議に拠出していることを挙げながら任命拒否が合法であると主張したこと、などを伝えています

さらに、任命拒否された当該者である岡田教授や宇野教授のコメントも紹介しています。保守層から学術会議と中国との関係を指摘されていることについて、岡田教授はこれを否定していることを伝えています。

記事のトーンは菅政権批判であり、今回の任命拒否は政治の学問への介入と学問の自由への脅威であること、その理由も自身が官房長官を務めていた安倍政権の政策への批判が原因と指摘しています。

記事は、最後に、「民主主義社会の最大の強みは批判に対してオープンであり、その都度修正していく能力である」という宇野教授の言葉で結んでいます。

1-2. フィナンシャル・タイムズ
英国の経済紙、フィナンシャルタイムズ(Financial Times, FT)も、同日、「日本学術会議スキャンダルがヨシヒデ・スガ政権の蜜月期間を脅かす」という見出しで、大きく取り上げました [3]図2)。本件をすでに"スキャンダル"として取り扱っていることに、海外の認識と問題の大きさがうかがわれます。

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図2. フィナンシャル・タイムズが伝える学術会議任命拒否問題.

FTの記事は有料で詳細を見ることができなかったので、この記事を取りあげているアルメニアン・レポーター(Armenian Reporter)から概要を拾ってみました [4]図3)。アルメニアン・レポーターは米国の独立メディアで、週単位で記事を配信しています。

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図3. アルメニアン・レポーターによるFT記事の要約画面.

記事では、「政権発足早々の最初のスキャンダルで菅政権の蜜月期間は実質終わってしまった、6人を任命拒否したということは、彼の政治的見解を示す明らかな報復である」と冒頭から断言しています(原文↓)。

          

Japan’s brand-new prime minister Yoshihide Suga has actually ended up being involved in his very first scandal after declining to verify the election of 6 teachers to an advisory council, in evident retaliation for their political views.

          

そして、この任命拒否は、鼻っぱしらの強い黒幕(hard-nosed powerbroker)としての菅氏の印象を浮かび上がらせ、今の彼に対するソフトイメージを弱めることになる、と続けています。

記事では、世論調査で70%以上の内閣支持率がありながら、国民の過半数が、彼の任命拒否は間違っていると回答していること、立憲民主党安住淳国会対策委員長が「客観的組織に対する任命は政治的であってはいけない」と主張したこと、6人の学者らが安倍政権時代の安保法制や共謀罪に反対していたこと、を紹介しています。

また、6人のうちの1人である立命館大学教授松宮孝明氏(法学、刑法)が、今回の任命拒否は学界の柔軟性を損なう危険性があると説明したことを取りあげています。

さらに、加藤官房長官が、この任命拒否を合法である、会議に年間10億円の国費を拠出している、彼らは国家公務員である、ことを主張していることに対して、学界のリーダー達は法律違反であると主張していることも紹介しています。

1-3. ル・モンド

フランスの夕刊紙、ル・モンド(Le Monde)も、「日本の菅義偉首相が知的世界と戦争」(Le premier ministre japonais, Yoshihide Suga, en guerre avec le monde intellectuel)というタイトルで、本件を取りあげました [5]。私はフランス語が不得手なので、辞書と格闘しながら読むしかありませんでしたが、フランス語の得意な知人にもアドバイスをもらいました。

記事ではのっけから、「日本の菅新首相は批判的な声が嫌い」(Le nouveau premier ministre japonais, Yoshihide Suga, n’aime pas les voix critiques.)と皮肉たっぷりに表現しながら、日本学術会議推薦候補の6人が前代未聞の任命拒否にあったことを伝えています。

記事では、菅首相がこの任命拒否の理由についていかなる説明していないこと、一方で、ノーベル賞授与者で学術会議現会長の梶田隆章氏が任命拒否の理由説明と撤回を要請したこと、これに対して加藤官房長官が実質的に拒んだことも伝えています。

2. 学術誌による掲載

世界で最も権威があり、高インパクトを有する二大学術雑誌、サイエンス誌(Science)ネイチャー誌(Nature)も、この問題を早速取り扱っています。

2-1. サイエンス

サイエンス誌は、10月5日、「日本の新首相は日本学術会議との闘いを選んでいる」というタイトルで、本件の記事を掲載しました [6]図4)。 

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図4. サイエンス誌が掲載した学術会議任命拒否問題記事のウェブページ.

本記事は冒頭で、菅首相が学術会議の推薦を拒否したこと、そして研究者たちは学術会議に対するこのような動きを学問の自由の侵害として見ていることを報じています

記事は、学術会議の組織と運営の概要を加えながら、6人の社会科学、法学、人文系の学者がこれまでの慣習を破って任命拒否されたこと、菅首相が拒否の理由を説明しなかったことを伝えています。そして、広報担当が首相は推薦に従う義務はないと述べたことに対して、この6人の学者が、菅首相官房長官を務めていた安倍政権の政策を批判していたという事実を挙げています

さらに、日本科学者会議の井原聰事務局長が「任命拒否が違法である」と主張したことも紹介しています。

記事では最後に、毎日新聞の「この国の学術の自由を脅かす重大な菅政権の介入」という言及を載せており、10月3日の首相官邸前のデモ行進についても伝えています。

2-2. ネイチャー

ネイチャー誌は、10月6日(PDF版は8日付け)、「なぜ今ネイチャーが、かつてないほどに政治を取材しなければならないか」というタイトルで社説を掲載しました [7]図5)。副題で「科学は政治は不可分である」、「今後しばらくの間、より多くの政治ニュースを取り上げるつもり」とあります。

この社説は、科学と政治の関係についての今の世界的な流れを特集したものであり、COVID-19パンデミックや環境問題の中で両者の関係性がより重要になる一方で、学術的な自治が脅かされていることを主旨として述べたものです。

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図5. ネイチャー誌が掲載した科学と政治に関する記事のウェブページ.

社説では、トランプ大統領(名指しは避けていますが)がCOVID-19や環境問題で科学的証拠を無視したり、ブラジルの大統領がアマゾンで森林破壊が加速したという報告書を受け入れなかったり、英国でCOVID-19の統計データが不正確になったりした例を挙げています。そして、「議論の余地のない科学的証拠を為政者が無視する事態が頻繁に起こっている」と指摘しています。ちなみに、トランプ大統領がいかに科学にダメージを与えたかについては、別記事で述べられています [8]

さらに、日本学術会議の会員候補6人の任命拒否問題にも触れ、「学術会議は科学者の声を代弁する独立した組織であるが、菅首相は"政府の政策に批判的"だった6人の学者の任命を拒否した」、「首相が任命する制度になって以来、初めてのことだ」と報じています。

そして、「国が学問の自立性や自由を尊重するという原則は、現代の研究を支える基盤の一つであり、もし政治家がこの原則を破れば、人々の健康、環境、社会を危険にさらす」と懸念を示しています。

ネイチャー誌の記事では、トランプ、ボルソナロ大統領とともに菅首相がやり玉に挙がっているところがミソです。米国、ブラジルはCOVID-19対策で失敗し、世界で最も被害を出している国々です。日本は東アジア・西太平洋先進諸国の中では最悪の被害を出しています(→日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?)。

3. 論点のすり替え

上述したように、菅総理の学術会議任命拒否の件について、海外のメディアや学術雑誌はおしなべて批判的です。問題の核心は、「菅首相がなぜ6人に限って任命を拒否したのか?」というきわめて単純で当然な疑問に対して彼が何ら理由を示していないということです。加えて、この政権の姿勢が学界や学者の研究・行動の自由を侵害するのではないか、という懸念と、この任命拒否が、法律に触れる行為ではないかという問題があります。

海外の新聞は本件をスキャンダル扱いし、「なぜ理由を述べないのか」という論点に関連して、世界的な著名学術誌も、ズバリ、「政府に批判的な学者が切られた」というニュアンスで伝えているわけですが、これらの見解は誰が見てもそう捉えるという証明でしょう。しかし、早くも政権や自民党からは、学術会議の活動や組織改革を問うという、論点のすり替えと考えられる動きが出てきています。

もとより、菅氏が叩き上げの中で学んだことは、処世術と人事掌握の方法であり、大した知識や政治理念があるとも思えません。政権運営のベースとして、基礎科学に対する理解があるわけでもなく、そこには反知性的な自己流のやり方での実務主義の感覚しかないように思えます。官僚組織とメディアに加えて、政府批判の知識層を忖度・萎縮効果で抑え込んでしまえば、大衆は玉を転がすような存在として見ているかもしれません。このためには論点のすり替えなど何でもないことなのでしょう。

自民党内からは任命拒否についての批判の声はほとんど聞こえてきませんし、今後学術会議のあり方という、論点とは異なる課題を広げる動きがますます顕著化してくると思われます。これらの動きを見えると、ひょっとしたら、与党議員そのものが政権に対する忖度や忠誠に囚われているかもしれません。

おわりに

日本学術会議は、2017年3月、「軍事的安全保障研究に関する声明」を発出し,近年,防衛装備庁が創設した「安全保障技術研究推進制度」に大学等は慎重であるべきことを主張しました。これは、このような軍事研究が、学問の自由および学術の健全な発展に対して、阻害的な緊張関係を生むことを認識したものです。政権の学術会議に対するそれまでの圧力は、これが契機となって強まったことを間違いないと思われます。

この2年前、私が以前勤めていた大学の教授会で、軍事研究の問題が討議されました。当時、防衛装備庁の研究制度を大学の1人の研究者が受託していたからです。私はその会議で「そもそも軍事研究と民生用研究は区別などできるはずがない、それができるとすれば、研究を科研費でやるか防衛装備庁の紐付き補助金でやるかだけだ」と発言しました。その際、誰か援護射撃をしてくれるかと期待していましたが、その場にいたすべての教員が沈黙したままでした。そのとき、大学の教員はこんなにまで保守化・ノンポリ化しているのかと、ふと思ってしまいました。

今はネイチャー誌でさえ、科学は政治は不可分であり、今後政治ニュースを取り上げると言っているわけです。今回の任命拒否の件を受けて、日本のアカデミア人は、全力を上げて声を出すべきではないかと考えます。でなければ、たとえ自覚がなく、否定したとしても、全員がいつのまにか御用学者になっていることでしょう。

引用文献・記事

[1] 広渡清吾: 科学と政治:日本学術会議の会員任命拒否問題をめぐって(広渡清吾). Web評論日本: 2020.10.06. https://www.web-nippyo.jp/20948/2/

[2] Sieg, L. and Takemoto, Y.: Japan's Suga, under fire, defends rejection of scholars for science panel. REUTERS Oct. 5, 2020. https://www.reuters.com/article/uk-japan-politics-academics/japans-suga-under-fire-defends-rejection-of-scholars-for-science-panel-idUKKBN26Q1HO

[3] FInancial Times: Science Council scandal threatens Yoshihide Suga’s honeymoon period. 2020.10.05. https://www.ft.com/content/da2086e9-543d-4784-990f-82c75e66d2c8

[4] Armerian Reporter: Science Council scandal threatens Yoshihide Suga’s honeymoon period. 2020.10.05. https://www.reporter.am/science-council-scandal-threatens-yoshihide-sugas-honeymoon-period/

[5]  Le Monde: Le premier ministre japonais, Yoshihide Suga, en guerre avec le monde intellectuel. 2020.10.06. https://www.lemonde.fr/international/article/2020/10/06/le-premier-ministre-japonais-yoshihide-suga-en-guerre-avec-le-monde-intellectuel_6054962_3210.html

[6] Normile, D.: Japan’s new prime minister picks fight with Science Council. Science Oct. 5, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/10/japan-s-new-prime-minister-picks-fight-science-council

[7] Nature Editorial: Why Nature needs to cover politics now more than ever. Nature 586, 169-170 (2020). https://www.nature.com/articles/d41586-020-02797-1

[8] Tollefson, J.: How Trump damaged science — and why it could take decades to recover. Nature 586, 190-194 (2020). https://www.nature.com/articles/d41586-020-02800-9

             

カテゴリー:科学技術と教育

 

今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?

はじめに

今年の冬は、新型コロナウイルス感染症COVID-19インフルエンザの同時流行が懸念されています。しかも、新型コロナについては、今まで以上の流行になる可能性があります。それに備えて、検査体制の拡充やインフエンザワクチンの接種を促すメッセージも国から出されています。一方で、国が示しているような検査体制でうまく回るのか、発熱などの有症状者が混乱なく受診できるか、迅速に確定診断まで行きつけるのかなど、心配なこともいろいろとあります。

現在の日本の流行状況を見ると、個人や事業者レベルでの公衆衛生に関する行動変容(マスク着用、手洗い、消毒、換気、対人距離確保など)以外にこれといった感染予防策がとられておらず、一方で経済活動を促進する方向に動いていますので、陽性者数について好転する様子が見られません。すなわち、毎日の新規陽性者数で言えば、日本全体では400人強、東京都においては150人前後がベースラインになっており、これ以上減少する傾向がうかがわれません。

おそらくこのままの無策の状態では、このベースラインから晩秋・冬に向かって感染者数が急増していくと予測されます。まずは、北海道をはじめとする北日本で感染者増加が顕著となり、その後全国的に蔓延していくでしょう。ここでは、この秋冬に備えるべき受診・検査体制について国の現在の方針で果たして大丈夫なのか、考えてみたいと思います。

1. 南半球におけるインフルエンザ流行

北半球では、上述したように、この冬のCOVID-19とインフエンザの同時流行、すなわちツインデミックが懸念されています。それでは、日本の真夏に冬であった南半球の国々では実際どのような状況であったのか、見てみたいと思います。

すでに何度となく報道されているように、オーストラリアや南アフリカなど南半球の国々では、2020年の冬、インフルエンザの流行が記録的に低く抑えられたことがわかりました。この事実をテレビの報道から拾ったのが図1です。オーストラリア、南アフリカでは2020年の冬(日本の2020年夏)は前年に比べてインフルエンザ発生数が激減していることがわかります。ブラジルにおいても減少傾向にありますが、前2カ国と比べると顕著ではありません。

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図1. テレビが伝えるオーストラリア、南アフリカ、ブラジルにおけるインフルエンザの新規患者数/日の推移(2020.09.26 日本TV 「ウェークアップ」より).

世界保健機構(WHO)は、南半球でインフルエンザが激減した理由について、各国で進められた衛生面や物理的距離の確保などのCOVID-19感染予防対策が、結果としてインフルエンザ予防にも効いたのではないかと推察しています(図1)。ブラジルの効果が他国と比べて低いのは、感染予防対策の差ではないかと思われます。

南半球の国の多くは、COVID-19抑制策としてロックダウン等の一連の措置を導入しました。とくにニュージーランド南アフリカ、アルゼンチンなどは、厳格な都市封鎖を行ないました。オーストラリアは、一部のビジネスや業種を除いて営業を制限しました。加えて大規模な集会の禁止や学校閉鎖にも踏み切りました。

COVID-19感染予防策としてとられた外国からの旅客便の乗り入れ制限も、インフルエンザも含めて抑え込む効果を上げていると考えられます。2020年3月以降、オーストラリア、ニュージーランド、南米のチリやアルゼンチンなどの国々は、国際便の乗り入れを禁止しています。

WHOが言うように、これらの政府の対策の上に、市民レベルでの衛生面での行動変容(マスク着用、手洗い、対人距離の確保といった習慣)が大きな効果を生んだと思われます。オーストラリア保健省は、COVID-19の流行に際してとられたさまざまな公衆衛生上の対策や、政府のメッセージを国民が守っていることが、インフルエンザの流行抑制に影響を与えている可能性が高いと述べています [1]

今年のインフルエンザ流行の激減については、このほかにも、ウイルスの干渉が影響しているのではないかということも言われています。これは、異なるウイルスが感染した細胞では、いずれかのウイルスの増殖が抑制されるという現象です。

現時点では、SARS-CoV-2とインフルエンザウイルスとの間で干渉が起こっているということについて、科学的証拠があるわけではありませんが、最近では、インフルエンザと風邪のウイルスが干渉している可能性を示す、英国グラスゴー大学の研究チームの興味深い論文があります [2]

本研究では、2005年から2013年における、ウイルス性呼吸器疾患の疑いがある患者4万4,230例の急性呼吸器疾患例の検体について、A型およびB型インフルエンザウイルス、ライノウイルス、RSウイルス、コロナウイルスなど11種類の呼吸器系ウイルスの感染パターンを調べました。その結果、35%が少なくとも1種類のウイルスに対して陽性を示し、このうち8%は複数のウイルスに感染していたことがわかりました。

ベイズ階層モデリングよる解析の結果、A型インフルエンザに感染している患者では、最も一般的な風邪ウイルスであるライノウイルスに感染する率が約70%低いことから、少なくともこれらの2つのウイルスの間では、混合感染を抑制する相互作用が生じることが判明しました。

研究チームは、呼吸器系ウイルスが気道内の細胞をめぐって争っている可能性や、あるウイルスに対する免疫応答による別のウイルスの感染妨害などを考察しています。

2. 日本におけるインフルエンザ流行

一方で、2019年−2020年冬の日本におけるインフルエンザ発生はどうでしょうか。厚生労働省が公表したデータ [3] を見ると、やはり今年は前年、前々年と比べると大きく減少していることがわかりました(図2)。とくに2020年9週以降は、COVID-19が本格的に流行し始めた時期であり、マスク着用などが徹底され始めた頃だと思います。

ちなみに、2020年第10週~2020年第14週では、インフルエンザウイルスのB型(67%)、 AH1pdm09(30%)、AH3 亜型(2%)の順に発生率が高かったと述べられています。

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図2. 日本における2017年からのインフルエンザ患者の発生(厚生労働省[3]より).

それでも、2019年12月から今年の1月にかけては週10万人を超えるインフルエンザの患者が見られています。この数は、これまで国内で記録されたCOVID-19の患者数よりも圧倒的に多いです。感染症対策でインフルエンザの発生抑制にも効果があるとはいえ、COVID-19患者数と同等かそれ以上の数のインフルエンザの患者が病院に押し寄せることも予測されます。

3. 同時感染の事例

今年のCOVID-19とインフルエンザの同時感染(co-infection)については、すでにいくつかの報文があります [4, 5, 6, 7]。また、混合感染によって重症化するのではないかという報道もあります [8]。同時感染は稀な事例かもしれませんが警戒は必要でしょう。

COVID-19感染予防対策がインフルエンザの感染予防になり得ることは確かであり、異種ウイルス間の干渉作用もあるかもしれませんが、この秋冬の同時感染の流行も確実に考えておくべきです。

4. マルチプレックスPCR検査

この秋冬のツインデミックの予測に鑑みて、COVID-19とインフルエンザ、あるいは季節性コロナウイルスによる風邪の識別診断は重要であり、そのためには検査が必須です。この面で最も効力を発揮するのはマルチプレックスPCRです。一つの検体で異なる遺伝子の存在を判定できるこの技法は、COVID-19かインフルエンザか、あるいは同時感染かを、最も高い精度で判定することを可能とします。

米国疾病管理予防センターCDCは、新型コロナとインフルの同時流行に備えて、すでに両方のウイルスを同時検出する検査プロトコールを発表しており、FDAによる緊急使用許可(EUA)を得ています [9]。"CDC Flu SC2 Multiplex Assay"と名付けられたこの検査法は、マルチプレックスプローブRT-PCRを利用してインフルエンザA型とB型、SARS-CoV-2を1回の操作で検出できます(図3)。

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図3. CDCが発表したSARS-CoV-2とインフルエンザウイルスの同時検出のためのPCRプロトコール [9].

このSARS-CoV-2とインフルエンザウイルスの同時検出キットは、以下のような特徴があります。

                  

1) 複数の遺伝子を標的として検出するPCRマルチプレックスPCR

2) 1つの遺伝子増幅に1プライマーセットとプローブ(TaqMan probe)を使うリアルタイムPCR(プローブRT-PCR

3) 標的とする遺伝子は3つ

 ・SARS-CoV-2のヌクレオカプシドN1遺伝子

 ・A型インフルエンザウイルスのmatrix(M1) 遺伝子

 ・B型インフルエンザウイルスのnonstructural 2(NS2)遺伝子

4) インフルエンザAをFAM、インフルエンザBをYAKIMA YELLOW、SARS-CoV-2をTEXUS RED Xの3色蛍光シグナル(コントロールのRNase PはCY5)で検出。

                  

CDCのホームページには、同キットとABI 7500リアルタイムPCR装置を使った操作手順が、動画付きで詳しく説明されています。

このほかロシュは、自社製自動PCR検査装置cobas® 6800/8800システムで使用する商業検査薬cobas® SARS-CoV-2 & Influenza A/B Testを開発しています [10]。本検査薬は、EU欧州連合)などのCEマーク準拠の各国で使用可能であり、米国FDAの緊急使用許可(EUA)も取得しています

日本では、澁谷工業とディックスバイオテック鹿児島大学認定ベンチャー)が共同で、糖鎖固定化磁性金ナノ粒子を使ったSARS-CoV-2、インフルエンザウイルスA型およびB型を同時検出を可能とする高速PCR検査装置を開発すると発表しています [11]

さらに、複数の細菌とウイルスを同時にPCR検出する「FilmArray 呼吸器パネル 2.1」(ビオメリュー・ジャパン株式会社)が、保険適用について承認されています [12]

しかし、日本の現状をみると、どういうわけかマルチプレックスPCRの開発は低調であり、簡易抗原検査の活用に傾いています。安倍前首相が提言した1日20万件検査体制の構築は、そもそも簡易抗原検査を念頭においたものです(→学会の検査の捉え方と1日20万件の検査の不思議)。

3. 日本の検査戦略

加藤厚労大臣(当時)は、9月4日の記者会見で、COVID-19と疑われる人が受診する際の相談先を、10月以降、診療所の「かかりつけ医」など身近な医療機関が担うという新たな医療体制を表明しました [13]。名目上は、「地域の実情に合わせて多くの医療機関で発熱患者を診療する」という、体制整備なのでしょうが、保健所の負担軽減ということも大きいと思います。

厚労省は、新たに構築する医療提供体制について「かかりつけ医」を主体とする診断と検査を想定しています(図4)。発熱などの症状が出た人は、まずは近くの病院(かかりつけ医)に電話相談し、対応可であればそこで診断と検査を受けます。もし、そこでので診療や検査ができない場合は、医師が可能な医療機関を紹介することになっています。かかりつけ医がいない場合や、どの医療機関に相談していいか迷う人は、帰国者・接触者相談センターから改称する「受診・相談センター」に相談するということになっています。

先のブログ「学会の検査の捉え方と1日20万件の検査の不思議」でも紹介ように、日本感染症学会はこのフローに準じた受診・検査の手順を公表しています。

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図4. 厚労省が公表した新しいCOVID-19(発熱)相談・受診のフロー

この受診相談・検査のフローを見ると、心配な点がたくさんあります。まずは、発熱相談に対応可能な「かかりつけ医・近隣の病院」を市民がどの程度利用できるかということです。そもそもこの対応可能な近隣の病院が増えなければ、始めから目詰まりを起こすことになります。事前の電話相談ということも医者の負担を増加させますし、果たしてどのくらいの病院が手を上げてくれるかという不安があります。特定の病院に相談が集中して、パンクする可能性もあります。

二番目に懸念されることは、検査に関することです。かかりつけ医が対応可能だとして、COVID-19とインフルエンザの識別診断を可能とする検査が適切に機能するかということです。使われる検査は、RT-PCRよりはるかに感度が落ちる簡易抗原検査キットによるものです。両方の病気は見かけ上識別診断がむずかしいので、検査で正しく病気の診断ができるか、偽陰性を陰性と判定したり、偽陽性が出てしまう危険性はないか、などの不安があります。

何よりも心配されることは、厚労省の指針では、発症から2日目から9日目の患者の簡易抗原検査では、陰性が出た場合は、そのまま確定診断としてよいということになっていることです。陰性の場合は、PCRの再検査も行なわれない結果、偽陰性はすべて見逃されてしまう危険性があります。

さらに厚労省は、感染軽減や検査の簡略化のために、患者の鼻の入り口の粘液も検体として使用できる方向に動いています。もしそうなれば、ますます偽陰性を発生させ、それを見逃す結果になりそうです。

加えて、季節性コロナウイルスによる通常の風邪の患者も紛れ込んでくる可能性があります(→学会の検査の捉え方と1日20万件の検査の不思議)。そうなると特異度でPCRに劣る簡易抗原検査では、偽陽性が頻繁に発生することも考えられます。単なる風邪の人がCOVID-19と誤診断される可能性もなきにしもあらずです。

三番目の懸念材料は、厚生労働省のいわゆる「PCR検査抑制策」の下で、この「かかりつけ医」の仕組みがうまく機能するかということです。つまり、かかりつけ医が適切に検査を勧める診断をしてくるかということです。そして、かかりつけ医が対応できない場合に、ほかの道筋でスムーズに検査までいくかどうかということです。紹介された医療機関で迅速に検査ができるか、「受診・相談センター」で応対が滞ることがないか、3-4月に検査の遅れで被害を拡大したことを考えると、十分に想定される不安材料があります。

おわりに

COVID-19感染防止策としての公衆衛生対策が、インフルエンザ感染予防としても有効であることはこれまでの状況から見えてきましたが、この冬のツイデンミックの可能性に対しては最大の警戒が必要だと思われます。この面で検査体制の整備が重要であり、マルチプレックスRT-PCRのような効率的で精度の高い検査法が望まれます。

不思議なことに、日本では国主導の新型コロナ・インフル用のマルチプレックスRT-PCRの開発は今のところ行なわれていないばかりか、PCR検査体制の整備も後退し、簡易抗原検査に取って代わられる状況で進んでいます [14]

簡易抗原検査の利点は簡便性と迅速性ですが、新型コロナ・インフルの流行下における対処症としては少々能力不足であり、今の厚労省マニュアルに従えば、誤診断で混乱する可能性があります。にもかかわらず、PCRの感度、特異度を持ち出しながら、あれだけ偽陰性偽陽性が出ると叫んでいる感染症コニュニティ」の専門家やPCR拡充不合理論をかざす人たちは、精度で落ちる簡易抗原検査についての批判は皆無です。

簡易抗原検査は、富士レビオ製キット「エスプライン」使用が前提になっており、成田空港検疫もPCR検査から富士レビオ製装置での精密抗原検査に替わっていて、何やら胡散臭い気もします。

いずれにしろ、このままの政府の無策の状態では、晩秋から冬にかけてSARS-CoV-2感染者は急増すると予測されます。しかも今のベースラインからでは、これまでにない(8月をはるかに上回る)数の陽性者と死亡者が出る可能性が高いです。

早急に、エッセンシャルワーカーや事前確率の高い場所でのスクリーニング検査・ローラー作戦を実施すべきところですが、国にはやる気があるでしょうか。GoTo事業や経済を回すことに熱心なくらいに、防疫対策にも取り組んでもらいたいところです。感染者が急増すればGoToなど中止せざるを得ないのですから。

引用文献・記事

[1] Australian Gorvernment Department of Health: Australia influenza surveillance report No.10 2020. 10 to 23 August 2020. https://www1.health.gov.au/internet/main/publishing.nsf/Content/cda-surveil-ozflu-flucurr.htm/$File/flu-10-2020.pdf

[2] Nickbakhsh, S. et al.: Virus–virus interactions impact the population dynamics of influenza and the common cold. Proc. Natl. Acd. Sci. U.S.A. 116, 27142–27150 (2019). https://www.pnas.org/content/116/52/27142

[3] 厚生労働省: インフルエンザの発生状況について. 2020.04.10. https://www.mhlw.go.jp/content/000620714.pdf

[4] Zheng, X. et al.: Co-infection of SARS-CoV-2 and Influenza virus in Early Stage of the COVID-19 Epidemic in Wuhan, China. J. Infect. 81, E128-E129 (2020). https://www.journalofinfection.com/article/S0163-4453(20)30319-4/fulltext

[5] Cuadrado-Payán, E. et al.: SARS-CoV-2 and influenza virus co-infection. Lancet 395, ISSUE 10236, E84 (2020). https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)31052-7/fulltext

[6] Kondo, Y. et al.: Coinfection with SARS-CoV-2 and influenza A virus. BMJ Case Rep. 13, e236812 (2020). https://casereports.bmj.com/content/13/7/e236812.full

[7] Azekawa, S. et al: Co-infection with SARS-CoV-2 and influenza A virus. IDCases 20, e00775 (2020). https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2214250920300834

[8] テレ朝news: インフルと新型コロナ 同時感染で重症化の恐れ. 2020.09.15. https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000193208.html

[9] Centers for Disease Control and Prevention: CDC’s diagnostic multiplex assay for flu and COVID-19 at public health laboratories and supplies. Sept. 3, 2020. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/lab/multiplex.html

[10] ロシュ・ダイアグノスティックス: 新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスA/B型を同時に検出するロシュのcobas SARS-CoV-2 & Influenza A/B遺伝子検査薬 がFDAの緊急使用許可を取得. 2020.09.07. https://www.roche-diagnostics.jp/ja/media/releases/2020_9_7.html

[11] 医療機器ニュース: 新型コロナ、インフルエンザA型、B型を同時検査できる高速PCR検査装置. 2020.09.24. https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/2009/24/news018.html

[12] (独)医薬品医療機器総合機構 医薬・生活衛生局: 新型コロナウイルス診断薬の承認について. 2020.06.02. https://www.pmda.go.jp/files/000235253.pdf

[13] 厚生労働省: 加藤大臣会見概要. 2020.09.04. https://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/0000194708_00273.html

[14] 首相官邸政策会議: 新型コロナウイルス感染症対策本部(第43回). 2020.09.25. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/sidai_r020925.pdf

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

コロナ禍の社会政策としてPCR検査

はじめにーソフトバンクの試み

ソフトバンクグループ株式会社の孫正義社長は、2020年9月24日、子会社として新型コロナウイルス検査センター株式会社(千葉県市川市 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター国府台病院内)を本格稼働させたことを発表しました。

孫社長は「日本国内では新型コロナウイルスの影響で経済が疲弊している。正常化のためには、一刻も早く、より多くの人がPCR検査を手軽に受けられるようにしなければならない。会社は社会貢献の一環としてを立ち上げたもので、低価格・高頻度の検査の輪を全国に広げていきたい。」と語っています。

報道に [1] によればこの検査センターは、現在約4,000件/日の検査が可能であり、まずは自治体や法人向けに検査サービスを開始するそうです。そして、今秋中までには1万件/日の検査能力に向上させることが発表されています。

この施設の特徴は、非医療行為として、SARS-CoV-2の唾液PCR検査を専門に行なう点にあります。唾液検体の自己採取とウイルスを不活化・輸送を可能とする検査キットを導入したことで、検査作業も大幅に効率化され、検査費用も1回当たり2,000円(税抜、配送料・梱包費などを除く)という低価格に抑えられています。

そして何よりも重要なのはその実効性です。孫社長は、今年3月、SARS-CoV-2用の簡易PCR検査を100万人に無償提供する計画を表明しながら、「医療崩壊する」などの批判が殺到したことで撤回に追い込まれた苦い経験があります [2]。その反省もあってか、今回は、国立国際医療研究センターの指導と協力という形で万全を期して臨み、結果として衛生検査所としての登録を認可され、実効性を高めたと言えます。

このようにこのコロナ禍(パンデミック下)において、社会経済活動を維持していく対策の一環として、無症状者に検査を積極的に活用していく考え方があり、世界的にはすでに多くの国で試みられています。しかし、日本では政府が感染症対策と経済活動の両立を掲げているにもかかわらず、一部のプロスポーツ、エンターテイメント分野などを除いて、本格的には導入されていません。

ここでは、コロナ禍における防疫を含む社会政策としての無症状者の検査を日本はどのように考えているのか、米国と比較しながら考えてみたいと思います。

1. 厚生労働省の検査の捉え方

まずは、厚生労働省の検査の見解をみてみましょう。ホームページの「感染拡大防止と医療提供体制の整備」というページに「新型コロナウイルス感染症に関する検査について」という項目があります [3]。そこに、PCR検査、抗原検査、抗体検査についての説明がありますが、以下に示すように、基本的に患者の確定と濃厚接触者のために検査を行なうということが述べられています。

                  

新型コロナウイルス感染症に関する検査について」(厚労省HPより)

感染症法に基づく医師の届出により、疑似症患者を把握し、医師が診断上必要と認める場合にPCR検査を実施し、患者を把握しています。患者が確認された場合には、感染症法に基づき、積極的疫学調査を実施し、濃厚接触者を把握します。濃厚接触者に対しては、感染症法に基づく健康観察や外出自粛等により感染拡大防止を図っています。

この記載に見られるように、厚労省はあくまでも発症者に対して検査を行なうという立場であり、無症状者に対する検査の意義や感染拡大防止における検査の位置づけについては、いかなる説明もありません。

2. 政府分科会の考え方

新型インフルエンザ等対策有識者会議の下部組織である新型コロナウイルス感染症対策分科会(会長:尾見茂氏)は、無症状者の検査に関する見解を示しています。しかし、この見解は厚労省のホームページの中にはなく、リンクから内閣官房のページに行かなければいけません [4]

分科会については、相変わらず議事録や議事概要はありませんが、第1回(2020年7月6日)と第2回(2020年7月16日)の会合の資料の中に、無症状者の検査に関する考え方が記されています。その概要についての私の批判コメントは、先のブログ「新型コロナ分科会への期待と懸念」でも示しましたが、ここで再度挙げてみたいと思います。

分科会は検査の対象者を図1のように、1) 有症状者および 2) 無症状者にわけ、さらに後者を、a 感染リスク及び検査前事前確率が高い場合と b 感染リスク及び検査前事前確率が低い場合とに分けています。これらの中で、2)-bが社会対策としての検査に当たりますが、「個別の事情に応じて検査を行なうことはあり得る」という慎重な言い方です。

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図1. 政府分科会の検査体制に関する基本的考えと戦略(新型コロナウイルス感染症分科会 令和2年7月16日 [4]).

図1につづいて、2)-bの「無症状者−感染リスク及び検査前確率が低い場合」の検査のメリットとデメリットが述べられています(図2)。ここで注目すべきことは、メリットについては、図2左上にあるように4点についてサラッと述べられているに過ぎませんが、デメリットについては、スライドの2ページわたって延々と述べられていることです。そして最後に「2)-bに検査を実施することについての見解」として釘を刺しています。つまり、社会政策としての検査には消極的あるいは否定的というニュアンスになっています。

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図2. 政府分科会が示す「無症状者−感染リスク及び検査前確率が低い場合」の検査のメリットとデメリット(文献 [4] からの転載図に加筆).

この中でとくに気になったところに赤線(注1〜注6)を付けました。まず、図2注1に「膨大な検査をしても陽性者は僅かである。従って感染拡大防止に対する効果も薄い」とあり、検査の効果を否定的に捉えています。しかし、陽性者がわずかということは、逆に言えばそれだけ社会経済活動に復帰できる陰性の人が多くなることを意味しますので、メリットして挙げている海外渡航や興行(つまり経済を回すこと)に合致します。

図2注2の「 検査前確率が低いほど、偽陽性が出やすくなる」というのは、臨床検査における一般論であって、非特異的反応(交差反応)が起こりやすい、従来のインフル簡易抗原検査などに当てはまるものです。一方で、SARS-CoV-2検出に使われているプローブRT-PCRでは非特異的反応は起こりにくく [5]偽陽性の大部分は検体汚染というヒューマンエラーで起こるものです。つまり事前確率が低いと起こりにくくなり、極端な場合、汚染源である感染者が1人もいなければ、偽陽性はまず発生しません

図2注3の「再度検査を実施しても偽陽性を見分けることはできない」に至っては、誤謬であり、論理破綻しています。すなわち、PCRの場合、再検査をすれば偽陽性であったかどうかは無論判定することができますし、事実、国内で発生した数例の偽陽性事例は再検査で発覚しています。そしてもし「再検で偽陽性を見分けることができない」を前提とすると、すべての陽性が偽陽性と区別できないという矛盾に陥ります。

図2注4偽陰性の問題について「一般的にPCR検査の感度は70%程度といわれている」と述べているところは、一般論でも何でもなく、中国の研究チームが報告したCOVID-19患者の初回検査の値のみをチェリーピッキングした、彼ら自身を含めた日本の感染症コミュニティ"による創作言説です(パンデミック当初は海外でも見られた)。PCR検査の拡充の非合理性を説くために、これまで感染症専門家を中心に一部の医者やウェブ・メディアが散々持ち出してきた誤謬であり、このブログでも何度となく指摘しています(→コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁PCR検査の精度と意義PCR検査をめぐる混乱)。

図2注5では、検査に関わるコストという論点について、新宿区や東京都の全員検査を5日間で行なうという現実にはあり得ないことを事例として引用し、検査の拡大を否定するというダミー論証による詭弁を展開しています。

図2注6では、「適切な質が確保された検査を実施すること」としながら「簡便かつ低コストで負担がかからない」という無茶なことを言っています。「高品質」と「簡便・低コスト」は、現状の検査ではトレード・オフの関係にあります。あえて、簡便・低コストかつ高精度という実際にはあり得ない検査の例を挙げて、社会政策としての検査を否定するというニュアンスになっています。

以上のように政府分科会の検査についての基本的考えと戦略を見ると、経済を回すために検査を導入することにはきわめて消極的、あるいは否定的です。感染防止対策と社会経済活動を両立させるという(実際はそれは不可能に近いですが)、政府の方針に資する提言を行なうのが分科会の役割と思うのですが、そこには検査の活用がスッポリ抜けているように思えます。

一方で、「無症状の人を千人又は一万人ほど集めてPCR検査を推奨する考えもある」という、プール検査についての記載があったり(図3上-注1)、「下水のPCR検査も地域の感染状況を知るために参考になりえる」というサーベイランスにPCRを使うことにも触れています(図3下-注2)。

図3. 政府分科会が示すプール検査および下水検査(新型コロナウイルス感染症分科会 令和2年7月6日 [4]).

下水のウイルス監視は、先行指標である感染者全数をさらに先取りする(あるいは代替する)流行把握として有効であり(レーダーの役目)、各国で実用化されています。しかし、国内では、現在まで、プール検査も下水監視も実用化されていません。

3. コロナ専門家有志の会

政府分科会のメンバーを多く名を連ねているコロナ専門家有志の会のホームページを見ると、「感染防止対策と社会経済活動を両立させるために」というページがあります [6]。しかしこのページを見ても、本ブログを書いている時点で、検査には一切触れられていません。 

4. 関連学会および有識者団体

前のブログ記事「学会の検査の捉え方と1日20万件の検査の不思議」でも紹介したように、日本臨床検査医学会のホームページには「新型コロナウイルスに関するアドホック委員会」よる「新型コロナウイルス感染症検査の使い分けの考え方」(8月27日) という文書が掲載されており、COVID-19診断に関連する検査の見解があります。すなわち、検査の目的として以下の4つが掲げられています。

1) 有症状者を対象としたCOVID-19診断

2) 無症状者を対象としたスクリーニング(screening)

3) 濃厚接触者のスクリーニング

4) 渡航時やビジネス上の社会的ニーズ

このように、厚労省や分科会では明示していないスクリーニングや社会ニーズのための検査の活用について、臨床検査の中心である学会が具体的に挙げていることは注目されます。

より具体的に、社会政策も含めてPCR検査の利用目的を示しているのが日本医師会COVID-19有識者会議(座長:永井良三 自治医科大学長)です [7]。8月5日に発表されたCOVID-19感染制御のためのPCR検査等の拡大に関する緊急提言という文書に、PCR検査の利用目的が掲げてあります。

図4注1に示すように、PCR検査の利用目的と意義について4つが挙げられています。これらは、言い方は異なりますが、日本臨床検査医学会の見解と類似しています。これらの中で「社会経済活動の維持」と「政策立案のための基礎情報」が挙げられていることは注目に値します。

また、図4注2に示すように、事前確率(有病率)が高い場合、事前確率は低い(または不明だが)が集団リスクがある場合、無症状だが社会・経済的影響が大きい場合、に分けて行政検査と民間検査(自己負担)の振り分けを提案しています。

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図4. 日本医師会COVID-19有識者会議が示すPCR検査の利用目的(文献 [7] からの転載図に加筆). 

そして、図3注3に見られるように、「継続的な精度の確保のもとに、事前確率によらずにPCRの利用拡大することが必要である」と結んでいます。この見解は「日本医師会全体の見解を表したものではない」との断り書きがありますが、図1、図2に示した政府専門家会議の考え方とは明らかに異なり、より世界標準の考え方に近いと思われます。

世界標準とは何かと言うと、新型コロナの検査を「グローバルな公衆衛生、医療提供、社会経済、市民生活に多大な影響を与えるパンデミック」という観点から捉える考え方です。日本の政府分科会や感染症コミュニティの考え方は、「パンデミック」ベースではなく、「患者と医療」に重点を置いている(「エンデミック」ベースで考えている)ことに特徴があり、世界標準とは離れていると言えます。

さらに、有識者会議とは異なるメンバーでまとめられた「COVID-19感染対策におけるPCR検査実態調査と利用推進タスクフォース」中間報告書 (2020年5月13日)(座長:宮地勇人 東海大学医学部基盤診療学系)には、詳細な提言があります。

日本医師会COVID-19有識者会議の提言はきわめて真っ当で重要だと思われますが、なぜかマスコミにはほとんど取りあげられていません。しんぶん赤旗が記事にしている程度です [8]。さらに、この有識者会議の構成メンバーに舘田一博氏(東邦大学医学部微生物・感染症学教授、日本感染症学会理事長)の名もありますが、彼は政府分科会の構成員でもあります。政府分科会とはまったく異なるこの有識者会議の提言を、どう捉えているのでしょうか。

5. 米国の見解と実例

ここで諸外国の例として、米国を見てみましょう。米国におけるCOVID-19対策の主導的責務を担っているのが、米国疾病管理予防センター(CDC)です。米国保健福祉省(Department of Health and Human Services, HHS)配下の感染症対策の総合研究所であり、研究と広報の両方の役割を担っています。同様の組織は中国や韓国にもありますが、残念ながら日本にはありません。

CDCはパンデミック前の流行初期の2月21日には、COVID-19感染防止のためのガイドラインを公表しましたが、これはグローバルスタンダードとなっています。しかし、流行当初には、「健康な人はマスク不要」と発表して批判を受けたり、開発した検査プロトコールの不備や水際対策の失敗(初期対応の遅れ)もあり、対策に消極的なトランプ政権下ということもあって、世界最悪の大流行に至っていることは周知の事実です。

CDCは、COVID-19の検査について、日本の厚労省と同様な見解を示しています [9]。すなわち、検査を受けるべき対象として、1) COVID-19の症状を示している人、2) 濃厚接触者、3) 医師から勧められた人、の3つを挙げています。無症状者に対する検査の意義については、ここでは詳しく述べられていません。

一方で、米国食品医薬局(FDA)のホームページにはプール検体の検査とともに、スクリーニング、サーベイランスのための検査に関する解説があります [10]FDAは、米国保健福祉省(Department of Health and Human Services, HHS)配下の行政機関であり、文字どおり食品、医療品、化粧品などの安全管理を責務としています。SARS-CoV-2検出用の検査キットの認可も行なっています。

スクリーニングについては、「一つの集団内で個々について感染の疑う理由がなくても、意図的にCOVID-19感染を探し出すこと」と説明されています。つまり、ウイルス暴露がわからない無症状者を、検査の結果に基づいて陽性者かどうか判断するというものです。

スクリーニングは発症前の感染者を確定する場合と、無症候性者を探し出すという場合があり、それらの結果が、感染拡大を防止する対策の立案を可能とすることが述べられています。ここの下りは、日本医師会COVID-19有識者会議が述べているPCRの目的の一つと同様です。

FDAは、スクリーニングを、症状があるかどうか、ウイルスの暴露の疑いがあるかどうかに関わらず、社会経済活動再開を目的として実施されるものであると説明しています。そして、例として事業者が従業員に対して行なう場合や、学校が生徒や学生に対して行なう場合が挙げられています。

FDAは、スクリーニング用として高感度の検査が適切であることを示しています。これはおそらく標準検査法であるプローブRT-PCRを指していると思われます。これ以外の精度の低い検査を選択する場合には「相談してほしい」と勧告しています。このあたりの主張は、「簡便かつ低コストで負担のかからない検査」と言っている日本の政府分科会のそれとは、微妙に違います。

サーベイランスについては、個人の診断目的ではなく、社会・集団レベルでの流行の把握に使われるものであると説明されています。サーベイランスは、たとえば、政策としての物理的距離(ソーシャル・ディスタンス)の効果を見るために有効です。

プール検査については、被検者の数を増やす利点があることが述べられています。例として、4つのサンプルをひとまとめにして一つの診断用検体とすることが示されています。一方、希釈効果によって偽陰性が発生しやすいことにも言及があります。

サイエンス誌上 [11] で言及されているとおり、米国では、社会経済活動や学校の再開に向けて検査導入が進んでいます。すなわち、パンデミック下の検査方針です。このような検査方針については、日本とは異なり、専門家間や社会の中である程度コンセンサスができているように思われます。米国の動向については、日本語の記事でも紹介されています [12]

私も米国の知り合いの大学教授に尋ねてみましたが、大学の場合、全米的にではないにしろ、かつ課題もたくさんあるとしながらも、対面授業再開を可能とする事前検査について前向きであることを話していました。すでにいくつかの大学で、定期的なPCR検査[13, 14] や監視のための下水検査 [15, 16] が進められています。

米国は日本とは桁違いに感染者数も多いので、事情は異なりますが、日本が参考にできることも多いように思われます。とくに下水のサーベイランス(→下水のウイルス監視システム)は簡単で低コストがあり、日本でも施設、事業所、区域単位ですぐに行なうことのできる方法です。

6. 社会政策としての検査

社会政策としてのプール方式によるマス・スクリーニングについては、中国での成功例が有名です。たとえば、武漢市では1千万人近くの全市民のプール検査が行なわれ、300人の陽性者を検出・隔離しています。その後陽性者の発生は見られず、マス・スクリーニングの有効性が証明されています。

国内では東京都世田谷区の取り組みがあります。感染症の疑いがある有症状者や濃厚接触者のPCR検査に加えて、社会的インフラを継続的に維持するためのプール方式PCR検査(1,000人程度/日)の実施体制を整備・拡充する、としています [17]。課題は、国による支援を受けられるかどうかでしょう。

冒頭に、ソフトバンクによるPCR検査センターの設立を紹介しましたが、このほかにもポチポチと民間レベルでの社会政策としての検査の導入が進んでおり、メディア報道もあります。

最近では、学生の感染で一躍取りあげられることになった京都産業大学は、株式会社島津製作所との包括的連携協力を結び、対面授業の再開に向けて学内にPCR検査センターを設置しました [18]

那須塩原市では、レスポンシブル・ツーリズムという概念を提案し、条例制定を進めています。すなわち、観光客にも安全な観光を保証するために負担をしてもらうという考え方に基づき、入湯税を引き上げ、その一部を観光事業者の定期PCR検査にあてるという試みです [19]。この条例は今月28日に制定されるということです。

テレビでは先日、NHK「暮らし解説」が「新型コロナ、広がる検査とその課題」というタイトルで、社会政策としてのPCR検査を取りあげていました。とくに、リモートワークが困難な観光、建設、交通、エンターテイメント等の業種における、就業を可能とする検査のニーズについて解説していました(図5)。

番組では、検査で「職場の安心を確保したい」という言い方をしていましたが、「企業活動を可能とする科学的(客観的)根拠を得るための検査」という表し方がより適切であると思います。

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図5. NHK暮らし解説で取りあげた企業の検査ニーズ.

ところが、社会政策としての検査のメリットを紹介すると思いきや、「無症状の人への検査の注意点」として、解説委員が延々とデメリットを説明し始めました。基本的に図1、図2に示した政府分科会が強調する検査のデメリットと同じことです。さすがNHKと思いました。

図6に示すように、検査の限界として偽陽性偽陰性が発生すること、検査で陰性と判定されたとしてもすぐに感染する可能性があることが述べられていました。そして検査を受ける人の不利益にならないような確約が必要なことなどが強調されていました。

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図6. NHK暮らし解説で取りあげた無症状者への検査の注意点.

図6で示す検査のデメリットについては、さらに国際医療福祉大学の和田耕治教授が出てきて、以下のように解説していました。

「(検査によって)一瞬その場で不安がなくなり安心が増すかもしれませんが、それはあくまでも一時のもので不安はやがて生じてくるのだと思います。根底にあるのは陽性者を排除するという考えがどうしても残ってしまいます。それが行き過ぎると検査をしないことが責められるかもしれません。いわゆる自由意志による検査というのは忘れないでいただきたいと思います」。

7. 検査を巡る課題とロジスティクス

社会ニーズの検査体制については、上記のように、民間が先行して整えつつあります。しかし、政府の消極的姿勢とコンセンサスがない状況では、あらぬ批判も受けることもしばしばです。そのうちの一つが「もし検査で陽性者が出た場合はどうするのか」、「あとの診療フローは考えているのか」という指摘です。

そもそも「陽性者をどうするか」については、これは行政(厚生労働省)の仕事になりますので、この指摘はまったくの言いがかりであり、もし陽性者を無視すれば行政の不作為責任が問われるだけです。つまりこれは、厚労省の新型コロナ対策のロジスティクスの問題なのです。

厚労省は、今年5月、保健所の業務軽減のために、感染者全数把握のための入力システムHER-SYS(ハーシス)を導入しましたが、これは医師(医療機関)が確定診断した陽性者が対象です。保健所の業務軽減と言いながら、その実、労力・負担が医療で忙殺される医療機関に移っただけです。パンデミック下で多数の陽性者が想定される状況では、医師の確定診断に限定する理由はなく、市中検査を含めて検査結果が分かった時点、地点で担当者、あるいは受検者がリアルタイムで入力できる、効率的かつ労力分散のシステムに変更すべきでしょう

そのためには、120もある入力項目を簡略化する必要があります。現状では、ハーシス入力には、カルテの内容を理解する医療知識が求められるようですが、その知識がなくても入力できるような改修が必要でしょう。まずは、韓国が国民登録番号で一元管理しているように、たとえば氏名ではなく、国民健康保険者番号で管理するということが考えられます。これだけで氏名、性別、年齢、住所の入力作業が省略できます。全数把握だけなら数項目で済むはずです。

あらゆる場面での検査(自宅検査も含めて)でコロナ陽性かどうかを早期判定することは非常に重要であり、発熱外来への無用な殺到の防止、陽性者、陰性発症者のその後の医療アクセスの適切化などに有効に働きます。この検査を介したロジスティクスを考えるのが正しく厚労省の仕事なのです。

このためには、対策を担う厚労省も分科会も感染症コミュニティも、検査の位置づけとして「患者と医療」に限定するのではなく、パンデミックベースで考えることに頭を切り替えるべきです。逆に言えばここができないので、一向に検査が増えない、検査資源が充足されないということが起こっているわけですが、この先感染力を増したウイルス変異体の流行が襲来した時に、全く対応できない状況になり、深刻な問題となることは目に見えています。

おわりに

現在、新規陽性者数の下げ止まり感があり、これから再々度国内の感染拡大を抑える可能性があります。今だからこそ考えるべきは、感染拡大軽減策としての事前のマス・スクリーニング検査や市中検査の有効性です。10月1日から東京を加えてGoToトラベル事業を拡大するなら、検査とセットのパッケージツアーがあってもいいでしょう。日本政府は感染症対策と社会経済活動の両立を政策として掲げていますので、当然両方の対策に資する検査の導入があってもいいはずです。しかし、今なお積極的な方針を示していません。

また、政府分科会や感染症コミュニティの専門家は、社会の検査ニーズに対しては、検査のデメリットを挙げて、むしろ否定的な見解さえ示しています。政府アドバイザリー・ボードも現在の流行状況を静観しているように思えます。

したがって、日本医師会有識者会議などが、社会政策としての検査について真っ当な提言を行なっても、そもそも政府の見解が後ろ向きでありますので、残念ながら、日本では専門家の間でさえコンセンサスができていない現状になっています。これでは何も対策がとられず、ただ感染拡大を招くだけです。

パンデミック下において、いかに経済を回していくかは、ひとえに感染拡大をどのくらい抑えられるか、そして安全範囲をどの程度科学的に保証できるかにかかっています。人々は毎日更新される先行指標としての新規陽性者の数を横目に見ながら行動することでしょうし、有症状者の検査のみならず、無症状者の社会検査は、その行動範囲を決める補助手段として積極的に活用されるべきでしょう。

引用文献・記事

[1] ソフトバンクニュース: 検査費用は1回2,000円と実費負担のみ。「東京PCR検査センター」が本格稼働. 2020.09.25. https://www.softbank.jp/sbnews/entry/20200925_02

[2] 天野高志、日向貴彦、小野満剛: ソフトバンク孫氏、新型コロナ100万人検査計画を撤回―批判相次ぐ. Bloomberg 2020.03.12. https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-03-11/Q71SKJT0G1KX01

[3] 厚生労働省: 感染拡大防止と医療提供体制の整備/新型コロナウイルス感染症に関する検査について. https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kansenkakudaiboushi-iryouteikyou.html#h2_1

[4] 内閣官房:新型インフルエンザ等対策有識者会議. 新型コロナウイルス感染症対策分科会 令和2年7月6日、7月16日. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/yusikisyakaigi.html

[5] Corman, V. M. et al.: Detection of 2019 novel coronavirus (2019-nCoV) by real-time RT-PCR. Euro Surveill. 25(3):pii=2000045 (2020). https://doi.org/10.2807/1560-7917.ES.2020.25.3.2000045 

[6] コロナ専門家有志の会: 感染防止対策と社会経済活動を両立させるために. 2020.07.21. https://note.stopcovid19.jp/n/n72b2cb865af8

[7] 日本医師会COVID-19有識者会議: COVID-19感染制御のためのPCR検査等の拡大に関する緊急提言. 2020.08.05. https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/

[8] しんぶん赤旗: PCR検査拡充を医師会有識者会議の提言に見る. 2020.8.13. https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-08-13/2020081302_01_1.html

[9] CDC (Centers for Disease Control and Prevention): COVID-19 Testing Overview. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/symptoms-testing/testing.html

[10] FDA (U.S. Food & Drug Administration): Pooled Sample Testing and Screening Testing for COVID-19. https://www.fda.gov/medical-devices/coronavirus-covid-19-and-medical-devices/pooled-sample-testing-and-screening-testing-covid-19

[11] Service, R. F.: Radical shift in COVID-19 testing needed to reopen schools and businesses, researchers say. Science Aug. 3, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/08/radical-shift-testing-strategy-needed-reopen-schools-and-businesses-researchers-say

[12] 谷本哲也: 社会活動再開のための積極的検査@米国──コロナ世界最前線(11). Waseda Chronicle 2020.08.15. https://www.wasedachronicle.org/articles/covit19world/w11/

[13] REUTERS: 米大学、対面授業再開へ学生に新型コロナ検査実施. 2020.08.19. https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-usa-idJPKCN25F023

[14] Kaiser, J. Poop tests stop COVID-19 outbreak at University of Arizona. Sicence Aug. 28, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/08/poop-tests-stop-covid-19-outbreak-university-arizona

[15] Carlson, J. and Faircloth, R.: University of Minnesota begins testing dorm sewage for COVID-19 at Twin Cities, Duluth campuses. StarTribune Sept. 21, 2020. https://www.startribune.com/university-of-minnesota-begins-testing-dorm-sewage-for-covid-19-at-twin-cities-duluth-campuses/572473121/

[16] Whitehurst, L.: Colleges combating coronavirus turn to stinky savior: sewage. The Denver Post Sept. 7, 2020. https://www.denverpost.com/2020/09/07/colleges-coronavirus-testing-waste-water-sewage/

[17] 東京都世田谷区: 世田谷区におけるPCR検査体制と社会的検査の概要(まとめ). 2020.08.24. https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/fukushi/003/005/006/011/d00187389_d/fil/HP20200824_2.pdf

[18] NHK WEB NEWS: 学内にPCR検査センター設置へ 京都産業大 学生ら対象に検査. 2020.09.03. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200903/k10012597561000.html

[19] 日本経済新聞: 那須塩原市、宿泊施設にPCR 温泉街は客離れ懸念. 2020.09.20. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63995290X10C20A9ML0000/

引用した拙著ブログ記事

2020年8月26日 コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁

2020年7月7日 新型コロナ分科会への期待と懸念

2020年5月29日 下水のウイルス監視システム

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

菅政権の新型コロナ対策の危うさ

2020.09.20: 13:45更新

はじめに

菅義偉内閣が、9月16日、発足しました。菅総理自身は「安倍政権の継承」を表明し、「国民ために働く内閣」というスローガンも打ち出しました [1]。主要閣僚は実績と安定を重視する守りの布陣と言えます。ただ、派閥均衡を意識した人事とともに再任や横滑りも多く、モリ・カケ・サクラをはじめとする安倍政権の「負の遺産」も負うことになったことも確かです。安倍政権下の7年8ヶ月に亘る、官房長官としての強弁の責任は重大であるでと言えるでしょう。

私は菅政権がどのような新型コロナ対策を打ち出すか、興味深く注視していましたが、安倍政権の継承と言っているだけあって、あまり代わり映えしないというのが率直な印象です。まだ始まったばかりですが、彼の言動から気になる点もあります。このブログで、日本の流行現状とSARS-CoV-2の感染経路に関する最新情報も踏まえながら、新政権の対策を考えてみたいと思います。

1. 管総理の発言

私が菅総理の言葉で気になったのでは、9月14日のNHK NEWS WARCH9で彼が生出演したときのコメントです。管氏は、有馬MCから新型コロナ対策どうするのかを問われて、「以前と違ってだいぶわかってきた」、「キャバクラとかホストクラブを重点的に抑えれば...」という主旨の返しをしていました。

私はそれを聞いて思わず「えっ!?」という気持ちになりました。なぜなら、2–3ヶ月前ならいざ知らず、現在の再燃流行(メディアが呼ぶ第2波)は「会食」「職場」「家庭内」が主要感染源となっていることはもはや常識になっているからです(図1)。

私はNHKでの菅総理の発言を聴いて、少々失礼ながらすぐに以下のようにツイートしました。

図1は、以前のブログ記事「全国で新規陽性者1000人超え」の中で紹介した、東京都における新型コロナの感染経路の割合の円グラフです。経路判明中トップが家庭内(32%)であり、会食や職場内での感染から家庭内での二次感染に繋がっていることが分かります。つまり、「キャバクラ」や「ホスト」という環境に限定されるのではなく、歓楽街・繁華街の人出全般とそれに伴う会食が感染リスクを高めており、そこで伝播されたウイルスが家庭内に持ち込まれていると考えた方が合理的です。

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図1. 東京都におけるSARS-CoV-2の感染経路の割合(出典:2020.07.30 TBSテレビ「Nスタ」).

このように、すでに7月の時点で主要な二次感染源は会食→家庭内であることが明らかになっており、さらにそれが世界的に認められている現状においては(後述)、上記した菅総理の発言はお粗末であり、感染症拡大抑制に本気で向き合っているのか心配になります。彼がGoTo事業開始前に「東京問題」と発言して、小池都知事と仲違いしたことも同様な問題です。

2. 政府の基本方針

ここで、菅氏の口から出てきたことの背景を考えるために、政権の基本方針 [2] を見てみましょう。図2に示すように基本方針の真っ先に「新型コロナウイルス感染症への対処」という項目があります。菅総理自身も最優先の課題は新型コロナウイルス対策だ」と述べています。

しかし、びっくりするのは、感染症への対処のはずなのに、冒頭から「感染対策と社会経済活動との両立を図る」とあることです(図2注1)。両者は二律相反するものなので、いきなりこのような言い方をされると、感染症対策を手抜きするためのエクスキューズに聞こえてしまいます。新規陽性者数が減らない限り、経済活動の基盤になる人の動きは戻らないので、その対策をしっかりと打ち出してもらいたいものです。

そして、「新型コロナウイルス感染症対策の経験をいかしてメリハリの利いた感染対策を行ないつつ...」と続きます。政府は「メリハリ」という言葉が好きなようですが、「メリ=ゆるむ」ことと「ハリ=張る」ことの使い分けが抽象的であり、対策の形容としては何の意味もありません。

検査拡充、医療体制の確保、ワクチンの確保は当然のことですが、ここでの検査拡充は医療診断用の簡易抗原検査のことだと思いますし、ワクチンについては海外の成果に依存するものであって見通しは立っていません。その意味で、感染症対策の基本である「新規陽性者数を減らす」という防疫の課題については、具体的対策は何もありません。感染者を減らすということが最大の経済対策でもあるのです。

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図2. 管政権の基本方針(文献 [2]より転載したものに加筆)

図2注2にあるデジタル化は、流行の感染拡大で浮き彫りになった、行政の電子運用・処理の遅れの問題を指しての目標ですが、菅総理は行政の縦割り打破の一環として「デジタル庁」創設を掲げています。新設されたデジタル相に充てられたのは平井卓也氏で、9月16日には早速記者団に、同庁創設に向けて、準備組織を早急に立ち上げる考えを示しました。

しかし、すでにHER-SYSG-SISのデータ運用や接触追跡アプリCOCOAの普及がうまくいっていない現状があるわけですから、まずはこれらに手を付けてもらいたいと思います。日本政府は目標を立てたり、何かを創ったりすることはできるのですが、問題解決へ向けて即応することや成果を上げることがきわめて苦手です。いわゆる「やってる感」は出すのですが、実績が伴いません。これは安倍政権下でとくに顕著でした。

さらに政府の「新型コロナウイルス感染症に関する今後の取り組みの概要」というページ [3] を見てみましょう(図3)。注1の部分を見ると「8割の人は他の人に感染させていない」という対策にとってはあまり意味のないことが書かれています。COVID-19への警戒感を薄めることを狙って書かれているのかもしれません。

また、注2にある「これまで得られた新たな知見等..メリハリの効いた対策」とは、菅総理が言っていたような"夜の街"関連をハイリスクとするアプローチでしょうか。「重症者や死亡者やできる限り抑制しつつ」ともありますが、後述するように、日本は現在、東アジアの中で圧倒的に多い重症者や死者を出しています。陽性患者が増えれば当然重症者も死者も増えるのです。

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図3. 政府の新型コロナウイルス感染症に関する今後の取り組みについて(文献[3]から転載したものに加筆).

注3にある「感染防止と社会経済活動の両立にしっかりと道筋」というところでは、現状では道筋に程遠いと言えます。両立は困難であり、感染拡大を長引かせるだけです。

3. 会食と家庭内が主要感染源

図1に日本における状況について示したように、家庭内がSARS-CoV-2の主要二次感染の場であることは、世界で常識化しつつあります。 

中国のLuoら [4] の研究チームは、広州でのSARS-CoV2の感染者391人とその濃厚接触3410人について、2020年1月6日から3月6日まで追跡した調査結果を報告しています。この調査は初期の流行の調査ですが、すでに濃厚接触者が主要感染源が家庭内であったことが明らかにされています。

本調査では、3410人の濃厚接触者のうち、3.7%に当たる127人が二次感染していることがわかりました。そして、感染源としては家庭内が最も多いことが判明し(10.3%)、病院内や公共交通機関での感染は1%以下と少ないことがわかりました(図4)。家庭内が主要二次感染源とするLueらの研究結果は、中国での他の研究 [5や米国での研究 [6] とも一致することが考察で述べられています。

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図4. 一次感染者の濃厚接触による二次感染リスク(文献[4]から転載).

一方、CDCが行なった有症状外来患者向けのアンケート調査では、SARS-CoV-2検査で陽性と判定された大人が発症までの2週間の間にレストランで飲食していた頻度は、陰性と判定された人の約2倍に上ることがわかっています [7]。そして、陽性判定者の42%が、感染者との濃厚接触があり、その相手は家族が51%を占めていました。

つまり、LuoらやCDCの報告を考え合わせると、図1で示したような会食がリスク要因であり、外での会食で持ち込まれたウイルスが家庭内で広がるということが、世界的にも当てはまるようです。菅総理が言ったキャバクラやホストクラブといった"夜の街"が感染源となることは、少ない例だと言えそうです。むしろ歓楽街・繁華街での人出と会食全般が感染リスクを高めているということになります。

Luoら [4] の研究では症状と二次感染の関係についても報告しています。二次感染率は一次感染患者の重症度が増すにつれて高くなり、無症状患者からは0.3%、軽症患者からは3.3%、中等症患者からは5.6%、重症患者からは6.2%となりました。結論として、一次感染患者からの二次感染は4%以下と少なく、より重い症状を持つ患者が高い感染力を有しており、無症状者からの感染力は限定的であるとしています。

彼らは、この結果について、世界保健機構WHOが2月に出した「無症状者からの二次感染は少ない」とする報告 [8] と一致するとしています。しかし、Luoらの研究では無症候性感染者と発症前無症状者を区別しておらず、一次感染者が濃厚接触者へ二次感染させる時に無症状であったかどうかについては調べていません。著者らもこの限界は認めています。

2月のWHOの報告はまだ情報が少なかったときの古い知見であり、現在ではむしろ発症前患者も含めた無症状者が主たる感染源となっていることが認識され始めています。たとえば、サイエンス誌に掲載された論文では、従来の感染伝播データに基づいた数理モデル解析で、無症状者からの感染伝播が52%(発症前感染者46%+無症候性感染6%)を占めるとされています [9]。米国CDCも最新の知見に基づいて無症状者がウイルスを伝播させるという見解を示しています。

さらに、米国のOran et al. [10] は、SARS-CoV-2感染者の40–45%は無症状者で占められると推察し、それらが感染性を有する可能性を述べています。そしてこれらによる潜在的感染拡大の危険性に鑑み、無症状者を含めた検査が緊急の課題であるとしています。そして検査のキャパシティーやコストへの依存性を考えると、それを補完するものとして、群衆移動のデジタルデータ解析下水汚泥モニターのような先進的公衆衛生学的サーベイランスが有用かもしれないと述べています。

4. 日本の流行の現状

前記したように、SARS-CoV-2の感染は世界的に会食や家庭内で最も多く起こっていること、そして無症状者からの二次感染が多いことがわかってきました。これはLuoら [4] の論文でも述べられていますが、家族と過ごす時間が長いこと、食事中はマスクを外し会話すること、無症状であれば自主隔離をしないことなどが影響していると考えられます。

日本の今の状況下では、菅総理が言っているような夜の街がリスクが高いわけではなく、むしろ私達の身近な生活の中にリスクがあることを物語っています。この延長線上にあるような GoToトラベルやGoTo Eatの事業促進は、繁華街・歓楽街への人出と会食を促し、感染拡大の要因として働く可能性があります。

菅総理大臣は、最優先課題は新型コロナウイルス対策と述べましたが、ここで再度彼の言ったことをメディア記事 [1] から拾ってみましょう。
                 

最優先の課題は新型コロナウイルス対策だ。欧米諸国のような爆発的な感染拡大は絶対に阻止し、国民の命と健康を守り抜き、社会経済活動との両立を目指す。そうしなければ、国民生活が成り立たなくなる。これまでの経験を生かしてメリハリのきいた感染対策を行い、検査体制を充実させ、必要な医療体制を確保したうえで、来年前半までにすべての国民に行きわたるワクチンの確保を目指す。

                 

上記の菅総理の言述で「欧米諸国のような爆発的な感染拡大は絶対に阻止しというのがありますが、そもそも欧米と日本を含めた東アジア諸国ではファクターXという未知の要因?もあって、圧倒的に陽性者数と死者数が異なります。つまり、ちゃんと対策をとっている限り、第一次流行における欧米のような爆発的な陽性者数や死者数の増加はないと予測されます。

しかし、防疫対策については国民自身の行動制限と衛生管理以外に基本的に無策であった日本政府は、今の再燃流行を長引かせています。政府は頻繁に新規陽性者数よりも重症者数が大事だと言ってきており、メディアは4月の流行時と比べて、現在は大幅に重症者数も死者数も少ないと言っていますが、果たして現状はどうなのでしょうか。

そこで、9月19日時点における重症者数と8月1日からの累積死者数について日本と世界各国を比べてみました。図5に見られるように、西洋諸国や東アジア・西太平洋の先進諸国と比べると、意外にも日本は決して重症者数や死者数が低いとわけでもありません。むしろ東アジアの先進諸国の中では最悪のように思われます。
 

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図5. 西洋先進諸国および東アジア・西太平洋先進諸国と比べた日本における重症数(9月19日)および最近の累積死者数(8月1日–9月19日)(9月20にアップデート).

日本は人口が多いので人口比で考えれば、各国と比べてもっと数字が低くなりますが、第一次の流行で10–100倍ほどの高い数字を見せていた西洋諸国と比べると今は余り差がなくなっていることがわかります。つまり対策を施した国と基本的に無策であった日本との差がなくなっており、東アジアの中では日本の無策ぶりが目立っているということではないでしょうか。

この先、GoToキャンペーン事業に加えて人出の制限緩和も進んでくると、感染が抑えられる要因がなくなってきます。8月から新規陽性者数の減少傾向が続いており、そして4連休も控えていることで、世の中もメディアの放送でも、新型コロナ対策についてユルユルになっているような気がしますが、本格的な秋を迎え、冬に突入すると流行は必ずぶり返します。しかもこれまでにない感染拡大が予測されます。

そうなると、GoToで予約していた客が一斉にキャンセルに走り、世の中はまた人の移動が停滞し、経済も回らなくなり、感染拡大と経済低下が長引くことになるでしょう。そうならないように政府には先手の対策を願うものですが、菅総理や西村経済再生担当大臣の言葉からは、経済を回すことしか伝わってきません。このままやり過ごせると思っているのでしょうか。

おわりに

私は学生の頃、社会学の授業で講師にこのように言われたことを覚えています。すなわち、「叩き上げと成り上がりは自分の成功を実力だと過信しがちであり、他者の批判に耳を貸そうとしない結果、ワンマンマネージメントに陥ることが多い」、「理論よりも実践を好み、大きな構造改革や喫緊課題の解決は苦手である」。

菅総理は、これまでの叩き上げの経験の上に、官房長官を7年8カ月務めた実績から「俺が永田町や行革を一番知っている」と自負があると思います。彼が上記の例に当てはまるとはいいませんが、少なくとも建設的な他人の批判には耳を傾ける姿勢をもってほしいと思いますし、これからのやり方でその質がわかってくるのではないでしょうか。

そして新型コロナ対策では、安倍政権の継承と言っているだけあって、合理的かつ具体的な方針が出てきません。このままでは、やはりこの秋冬再燃が拡大し、焼け野原になってしまわないかと心配しています。

追記(2020.09.20

このブログ記事を書いた後に、文献 [4として挙げているLuoらの論文を取りあげたウェブ記事 [11] を目にしました。産業医である奥田弘美氏が書いた東洋経済ONLINEの記事ですが、「無症状者からの感染は非常に稀である」という原著には出て来ない言い方をしていたので、ここで指摘しておきます。Luoらの論文は無症候性と発症前無症状患者を区別しておらず、濃厚接触時の症状についてもモニターしていないことも上述したとおりです。

同じ雑誌(Annal. Intern. Med.)に後日出版されたOranらの総説論文 [10]では、無症状者の検査が感染拡大抑制に緊急課題であるということが述べられていますが、なぜか奥田氏はこっちの論文は取りあげていませんいません。明らかにチェリーピッキング(→コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁)であり、しかもLuo論文のニュアンスを歪曲して記事を書いています。

引用文献・記事

[1] NHK政治マガジン: 菅首相が初会見「安倍政権の継承が使命」. 2020.09.16. https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/44943.html

[2] 首相官邸: 令和2年9月16日 基本方針. https://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2020/0916kihonhousin.html

[3] 内閣官房新型コロナウイルス感染症対策」: 「新型コロナウイルス感染症に関する今後の取り組み」について. 2020.08.28. https://corona.go.jp/news/news_20200828_01.html

[4] Luo, L. et al.: Contact settings and risk for transmission in 3410 close contacts of patients with COVID-19 in Guangzhou, China. Ann. Intern. Med. Aug. 13, 2020 : M20-2671. https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/M20-2671

[5] Bi, Q. et al. Epidemiology and transmission of COVID-19 in 391 cases and 1286 of their close contacts in Shenzhen, China: a retrospective cohort study. Lancet Infect. Dis. 20, 911-919 (2020). https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(20)30287-5/fulltext

[6] Burke, R. M. et al. Active monitoring of persons exposed to patients with confirmed COVID-19 - United States, January-February 2020. MMWR Morb. Mortal. Wkly Rep. 69, 245-246 (2020). https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/69/wr/mm6909e1.htm

[7] Fisher, K. A.: Community and close contact exposures associated with COVID-19 among symptomatic adults ≥18 years in 11 outpatient health care facilities — United States, July 2020. MMWR Morb. Mortal. Wkly. Rep. 69, 1258–1264 (2020). DOI: http://dx.doi.org/10.15585/mmwr.mm6936a5

[8] World Health Organization. Report of the WHO-China Joint Mission on Coronavirus Disease 2019 (COVID-19). Feb. 28, 2020. https://www.who.int/publications/i/item/report-of-the-who-china-joint-mission-on-coronavirus-disease-2019-(covid-19)

[9] Ferretti, L. et al.: Quantifying SARS-CoV-2 transmission suggests epidemic control with digital contact tracing. Science 368, eabb6936 (2020). https://science.sciencemag.org/content/368/6491/eabb6936

[10] Oran, D. P. et al.: Prevalence of asymptomatic SARS-CoV-2 Infection. Annal. Intern. Med. Sept. 1, 2020. https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/M20-3012

[11] 奥田弘美: コロナ感染より「隔離・制裁」を怖がる人が多い. 東洋経済ONLINE/Yahooニュース 2020.09.21. https://news.yahoo.co.jp/articles/55568d9fa14117c44023de60af3e0ca3f23ab4db?page=1

引用した拙著ブログ記事

2020年8月26日 コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁

2020年7月13日 感染拡大防止と社会経済活動の両立の鍵は検査

                                

カテゴリー:感染症とCOVID-19