Dr. Tairaのブログ

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COVID-19パンデミックの科学的コンセンサスー私たちは今行動すべき

2020.10.18: 23.49更新

10月15日、医学雑誌ランセット(The Lancet)に、"Scientific consensus on the COVID-19 pandemic: we need to act now"というタイトルの書簡記事が掲載されました [1]図1。このブログのタイトルはそれを邦訳したものです。この記事は英国、ドイツ、スイス、米国、オーストラリアの16名の研究者の連名によるもので、現時点におけるCOVID-19の科学的コンセンサスを集約した内容になっています。

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図1. Lancetに掲載された書簡記事 [1].

ツイッターなどのSNS上でもこの記事はすぐに取りあげられて話題になっていますが、投稿の中には少し誤解も見られるようです。加えて、この記事には事実誤認もあります。最後のパラグラフに以下の文章が出てきます。

             

Japan, Vietnam, and New Zealand, to name a few countries, have shown that robust public health responses can control transmission, allowing life to return to near-normal, and there are many such success stories.

             

つまり、「日本が強固な公衆衛生対策で感染をコントロールできている」と言っています。日本を含む東アジア・西太平洋諸国は、西洋諸国に比べて圧倒的にCOVID-19患者も死者数も少ないので、こう言いたいいのはわかりますが、この地域の先進諸国のなかで日本は最悪の成績です(→日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?)。ここで挙げられているヴェトナム、ニュージーランドとは比較になりません。韓国、台湾などいくらでも成績がよい国はあるのに、なぜ日本が挙げられているのか不思議です。

本ブログでは、以下に、この記事のほぼ全訳を文体で載せたいと思います。

             

10月12日のWHOの報告によれば、世界的にすでに3500万人以上がSARS-CoV2に感染し、100万人以上が死亡した。ヨーロッパは第2波に見舞われているように、冬が迫るとともに 私たちはCOVPID-19がもたらす危険性について、明確なコミュニケーションとウイルスと闘う効果的戦略をもつ必要がある。ここでは、COVID-19に関する証拠に基づく統一的見解を共有したい。

SARS-CoV-2は飛沫やエアロゾルに触れることで、そしてより広範囲にはエアロゾルを通じて拡散する。とくに換気が不十分な条件では広がりやすい。ウイルスの高い感染力は、新型ウイルスに暴露されたことがない人々の感受性と相まって、急速に社会に拡散していく条件をつくりだす。COVID-19の致死率は季節性インフルエンザよりも数倍高く、感染すれば若い人や健康な人でも病気が継続する。免疫がどの程度の期間効果を発揮するかは明らかになっておらず、季節性コロナウイルスと同様に、すでに病気にかかった人であっても再感染する可能性がある。しかし、再感染の頻度については不明である。ウイルスの感染は、物理的距離の維持、フェイスガード、手洗いなどの衛生管理により、そして密集や換気の悪い環境を避けることで緩和できる。また、迅速な検査、濃厚接触者の追跡、そして隔離は感染制御に必須である。WHOはパンデミックの初期からこれらの対策を提唱している。

パンデミックの初期において、多くの国がロックダウン(自宅待機や在宅勤務を含む移動制限)を実施し、ウイルスの急速な広がりを抑えようとした。これは死者数を減少させ、医療崩壊を防ぐとともに、ロックダウンの次への感染抑制対策を錬るための時間稼ぎとして必須であった。ロックダウンは、人々の精神と身体の健康をかなり害することになり、経済に損害を与えなど混乱を招いたが、これらの悪影響は、ロックダウンの間あるいはその後、パンデミック制御のシステムを構築する時間を有効に使えなかった国々においてより大きかった。パンデミックに対処するための適切なストックと社会へのインパクトがない状態で、これらの国々では制限を継続する羽目になっている。

これは、当然のことながら、広範囲の意気喪失をもたらし、信頼性を失わさせた。第2波の襲来とともにそれへ向けた現実的対処法として、いわゆる集団免疫獲得アプローチへの興味が再度持ち上がっている。集団免疫は、低リスクの人たちに対する広範囲の制御なしの集団感染を許すことで、脆弱な人たちへの保護効果をもたらすことを示唆する。集団免疫支持者は、低リスク集団の自然感染による集団免疫獲得によって、結果的に脆弱な人たちを保護することができるだろうと提案している。

しかし、これは科学的証拠としては支持されない危険な推論である。

COVID-19の自然感染による免疫に頼る、いかなるパンデミック対処法も欠陥がある。若年層における野放しの感染伝播は全世代にわたって病気と致死の危険性をもたらす。人件費に加えて、これは全体として労働力に影響を与え、救急医療体制に大打撃を与えるだろう。さらに、自然感染後SARS-CoV-2に対する獲得免疫が持続するという証拠はないし、免疫が弱まる結果として風土病的な感染が起こるようになれば、脆弱な人たちを将来の見通しがないまま危険にさらすことになろう。そのような戦略はCOVID-19パンデミックを終わらせることにはならないばかりか、流行を繰り返す結果になるだろう。これはワクチンが発明される前のたくさんの感染症で見られたことである。それはまた、経済や医療従事者に対して受容できないほどの責任を負うことになるだろう。すでに多くの医療従事者がCOVID-19で亡くなっているし、医療災害の結果としてのトラウマを抱えている。加えて、誰が”long COVID”に苦しむことになるか、今なお理解していない。誰が脆弱であるか定義することはむずかしいが、たとえ重症化の危険にある人として考慮した場合でも、いくつかの地域では人口の30%の比率になる。人口のある大集団を長期間隔離することは実際上不可能であり、かつ著しく非倫理的である。多くの国に実証された根拠として、市中感染の流行を特定の社会集団に限定して制御することはできないことを示している。また、そのようなアプローチはパンデミックによって露にされた社会経済の不公正を悪化させ、構造的差別を増長させる危険をはらんでいる。最弱者を保護するための特段の努力は必要であるが、それは緊密な協力の下で、各世代・集団別に対する戦略として進めなければならない。

再度、我々はCOVID-19陽性者数の急増に直面しているが、それはヨーロッパで顕著であり、米国やその他の国々おいても見られる。断固として緊急に行動することが重要である。感染拡大を抑える効果的な対策が施される必要があるし、それらは社会の反応を勇気づけるような、そしてパンデミックによって増幅された不公正を是正するような財政的、社会的プログラムによってサポートされなければならない。行動制限の継続は将来のロックダウンを避けるためには必要であり、感染を軽減するために、そして効果的でないパンデミック対策を改善するために、短期間では必要であろう。このような行動制限の目的は、局所的な感染発生を迅速に検出できる程度の、そして効果的な発見、検査、追跡、隔離を通じて迅速な対応ができる程度の低レベルに、SARS-CoV-2感染を抑えることである。それによって全面的な制限をすることなしに日常に近い生活に戻すことができる。我々の経済を守るということは、COVID-19をコントロールすることと密接に関係している。我々は全労働を守り、そして長期の不確実性を避けなければならない。

比較的少数の国を挙げるとすれば、日本、ヴェトナム、ニュージーランドは強力な公衆衛生対策で感染をコントロールできており、日常に近い生活に戻すことができている。そして成功事例がたくさんある。証拠は非常にクリアであって、安全と効果的なワクチンと治療法が数ヶ月後に登場するまでに、COVID-19の感染拡大を制御することが社会や経済を守るための最良の方法である。我々は効果的な対策に躊躇している余裕などないのだ。証拠に基づいて緊急に行動することが必要である。

             

上記したように、ランセット誌の記事は「感染拡大抑制が社会経済を守る」という主旨で、これがCOVID-19の科学的コンセンサスだということを明確に伝えています。そして、対人距離の維持、密集の回避、マスク着用や手洗いなどの公衆衛生学的管理という人々の行動変容とともに、迅速な検査、濃厚接触者の追跡、そして隔離が感染制御に必須であることを強調しています。

記事の中で"long COVID"という言葉が出てきますが、これはネイチャー誌の記事 [2] を引用したものであり、COVID-19に罹患した人が「長期間症状に苦しむ状態」を指しています(図2)。検査陰性でCOVID-19が治ったということではなく、いわゆる後遺症としての有症状期間も加味して「治癒した」と定義すべきというニュアンスです。前のブログ記事「"Long COVID"という病気」で紹介しています。

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図2. "Long COVID"を伝えるネイチャーの記事 [2].

引用文献

[1] Alwan, N. A. et al.: Scientific consensus on the COVID-19 pandemic: we need to act now. Lancet. Published October 15, 2020. https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)32153-X/fulltext

[2] Nature Editorial: Long COVID: let patients help define long-lasting COVID symptoms. Nature 07 October 2020. https://www.nature.com/articles/d41586-020-02796-2

引用した拙著ブログ記事

2020年10月12日 "Long COVID"という病気

2020年10月9日 日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?

         

カテゴリー:感染症とCOVID-19