Dr. Tairaのブログ

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新しいプロバイオティクス

はじめにープロバイオティクスとは
 
私たちは、マスメディアやインターネットなどを通じてプロバイオティクス(probiotics)という言葉をよく聞きます。これは共生を意味するprobiosisを語源としており、アンチバイオティクス(=抗生物質、antibiotics)に対して提案された用語です。
 
プロバイオティクスとは、簡単に言えば食物やサプリメントとして食べたときに「食べた人(=宿主)の健康にいい影響を与える微生物」のことです。宿主としては人間のみならず、動物でも当てはまります。
 
プロバイオティクスをもう少し具体的に言えば、「それを摂取したことによって腸内細菌のバランスが改善され、宿主動物の健康に好ましい影響を与える生きた微生物」ということになります[1]
 
1. プロバイオティクスの種類、条件および効果
 
プロバイオティクスに該当する微生物としては、たとえば、ビフィズス菌乳酸桿菌乳酸球菌、これらを総称する広義の乳酸菌があります(関連ブログ記事
 
プロバイオティクスを定義したFullerの総説 [1] においては、その影響の対象となる腸内細菌を"gut microflora"として呼んでおり、この邦訳の「腸内フローラ」という用語が日本では使われています。しかし、フローラは元々植物相を表す言葉なので、むしろ単に腸内細菌(叢)と言うか、腸内微生物叢(gut microbiota)、腸内マイクロバイオーム(gut microbiome)という用語が使われることも多くなっています。
 
上述したように、プロバイオティク微生物の候補の一つとしては乳酸菌が挙げられるわけですが、科学的にそれが認められるためは、まず菌株として分離されていることが前提であり、その菌株が以下の条件を満たす必要があります。
 
プロバイオティクスの条件
●もともと宿主腸内マイクロバイオームの一員であるか、またはその潜在性がある
消化液に耐えて生きたまま腸に到達できる
下部消化管で増殖可能、あるいは一定期間生存可能である
宿主に対して有用効果をもつ
一定の菌数を維持した食品やサプリメントとして使用できる
経済性、簡便性、安全性などにおいて食品として成立可能である

 
プロバイオティクスの有用性としては、大腸に作用して腸内細菌のバランスを整えたり、便秘および下痢症を改善する、免疫機能を改善するなどの効果が知られています。そして、血液中のコレステロールを低下させたり、動脈硬化の予防効果、抗腫瘍作用なども報告されています(図1)。
 
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図1. プロバイオティクスの効果
 
2. プレバイオティクスとシンバイオティクス
 
プロバイオティク微生物は、摂取された後できる限り腸内で生存することが望ましいわけですが、そのままでは増殖し生き延びることはむずかしいです。
 
そこでこれをできる限り達成するために、プロバイオティクスの生育や働きを促す物質を補填することがあります。この物質をプレバイオティクス(prebiotics)と言います(図2)。プレバイオティクスの例として、乳酸菌のエサとなるオリゴ糖などがあります。さらに、プロバイオティクスにプレバイオティクスをいっしょに用いることをシンバイオティクス(symbiotics)と言います。
 
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図2. プロバイオティクス、プレバイオティクス、そしてシンバイオティクス
 
私はシンバイオティクスの実践としてバナナヨーグルトを日常的に食べています。これはバナナとヨーグルトと牛乳を合わせた食べ物で、作り方は前の記事に記してあります。
 
 
バナナには、食物繊維(水溶性と不溶性合わせて1.1 g/100 g)、オリゴ糖難消化性デンプンが含まれています。これとヨーグルトをいっしょに食べることにより、オリゴ糖が乳酸菌のエサとなり、さらに難消化性デンプンが腸内で分解されて腸内細菌のエサとなります。
 
3. 新しいプロバイオティクス
 
以上のプロバイオティクスの概念は、微生物そのものが宿主に対して有益な働きをするというものです。とくに、食物から得られた生きたプロバイオティック微生物は、病原体の腸への定着を邪魔し、感染症を起こりにくくする作用があると言われています。しかし、このような効果についての詳細な機構はまだほとんど解明されていません。

最近ネイチャー誌に発表された論文では、プロバイオティクスであるバチルスBacillus)属細菌が、食中毒菌として知られている黄色ブドウ球菌 Staphylococcus aureus の定着を阻害することが示されました [2]。そして、この阻害はクゥオラム・センシングの干渉であることが示されています。
 
クゥオラム・センシング(quorum senshing)とは、一種の細菌の細胞同士の会話(シグナル伝達)であり、自分と同じ仲間の生息密度を化学物質を介在させて感知し、その密度に応じて物質の産生などの集団の働きを制御(遺伝子制御)する機構です。「集団感知」とも呼ばれています。
 
つまり、単独ではひ弱な細菌もクゥオラム・センシングを介して会話しながら、集団で協力していろいろな働きをすることができるのです

このネイチャーの論文では、図3に示すように、バチルス属細菌に広く見られるリポペプチドであるfengycin類が、バチルス摂食後において黄色ブドウ球菌のクオラムセンシングを干渉してこの菌を働きを抑え、排除することが示されています。
 
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図3. バチルス属細菌が分泌するリポペプチドによる黄色ブドウ球菌のクゥオラム・センシングの阻害 (文献[2]に基づき作図)
 
おわりに
 
微生物には私たちが知らないような働きがたくさんあるということはこれまでの人類の歴史が証明しています。近年ではそれまでの純粋培養の微生物の働きの解明から一段と飛躍した、ヘテロな微生物集団や異種微生物間の相互作用に研究の焦点が当てられています。上記のネイチャー論文に示された成果はその一つであり、黄色ブドウ球菌を定着させないためのプロバイオティクスの使い方や、黄色ブドウ球菌の感染と戦うための新しい方法についての道が開けたと言えます。

引用文献
 
[1] Fuller, R.: Probiotics in man and animals. J. Appl. Bacteriol. 66, 365-378 (1989).
 
[2] Piewngam, P. et al.: Pathogen elimination by probiotic Bacillus via signalling interference. Nature 562, 532–537 (2018) . 
 
               
カテゴリー:微生物の話