Dr. Tairaのブログ

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バクテリアの計数と一般細菌

はじめに
 
細菌(バクテリア)はありとあらゆる環境に生息し、自然界の物質分解・循環に大きな役割を果たしています。生ゴミ処理過程や下水などの廃水処理過程で主要な働きをしているのも細菌です。私たちの生活においても乳酸菌や納豆菌などの発酵食品に関わる微生物として馴染みがあり、何よりも私たちの体の中や表面に多数棲みついています。
 
ヒトの腸管内には、日本人の場合、腸内細菌が200兆個ほど棲息していると言われています。体内外のこれらの細菌は、私たちの健康に密接に関係しており、その種類は個人で微妙に異なります。抗菌グッズが売れる時代ですが、私たち自身が細菌の塊であることを考えると、気にするのもバカらしくなるほどです。
 
一方で、細菌は食中毒や感染症などの原因菌として負の面も持ち合わせています。したがって、たとえば銭湯、プール、海水浴場などの直に身体が接する環境や、飲料水、食品の安全性を衛生学的見地から保つことは重要なことです。
 
このためにさまざまな法令があり、これらの法律に従って微生物の規格基準が決められ、適宜微生物検査も行なわれています。また学術的な研究においても微生物検査は日常的に行なわれています。
 
微生物の検出の方法については別ページで顕微鏡を用いた直接検出を紹介しました。
 
 
ここでは培養法による細菌の検出・計数について述べてみたいと思います。とくに「一般細菌」という法令上に定められている菌群について紹介します。
 
1. 培養による細菌の検出と計数
 
生きた細菌を数える方法としては、固形培地を用いた計数法が最も一般的です。固形培地とは、細菌の増殖に必要な栄養をゼラチンや寒天などで固めたもので、一般的にはそれをプラスチックシャーレなどに固めた平板培地として使います。この技術を開発したのはドイツの微生物学者R.コッホで、1905年にノーベル生理・医学賞を授与されています。
 
図1に寒天平板培地を用いた細菌の計数(plate counting)操作を示します。まずサンプルを機械的に分散します(超音波やミキサーで分散)。その後、緩衝液を用いて段階的に10倍段階希釈します。これはサンプル中の菌数が多すぎると平板上に数えきれないくらい生えてくるため、適当な菌数になるように薄めるという操作です。そして適当に薄まった希釈液の3段階分を平板培地上に接種して広げます。接種した平板を培養し、出現した集落(コロニー)を数えて菌数(コロニー形成単位、colony-forming units [CFU])として表します。
 
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図1. 平板培地を用いたバクテリアの計数法の操作
 
平板培地上に接種された個々のバクテリア細胞はもちろん肉眼的に見えませんが、培養過程で細胞分裂すると大きなコロニーとして見えてくるようになります。したがって、コロニーの数が元の細胞の数としてみなせるわけです。そして、1平板上のコロニー数(CFU)に希釈倍率を乗じれば、元のサンプルの生菌数を算出できます。
 
重要ポイント
●細菌の生菌数測定法として一般に平板培地を用いた培養法が用いられる
●培地上に出現したコロニー数(CFU)で生菌数が算出される
 
2. 一般細菌の検査法

法令で定められている飲料水や食品の微生物規格基準の一つとして、一般細菌数
(standard plate count)があります。一般細菌というのは特定の細菌を指すのではなく、ある一定の条件で培地上に生えてくる細菌全体のことを言います。
 
一般細菌を検出するのに用いられるのが「標準寒天培地」と呼ばれる栄養培地です(図2)。培養条件は法律によって異なり、水道法では36℃、24時間、食品衛生法では
35℃、48時間と定められています。
 
図1に示した操作と同じく、培地と溶解寒天を混ぜて平板に固め、これにサンプルを直接、あるいは適宜希釈して塗布します。その後、定められた温度、時間で培養し、出現したコロニーを数えて一般細菌数をCFUとして表します。

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図2. 一般細菌の検出方法
要ポイント
●一般細菌は標準寒天培地上で35-36℃、24-48時間の培養で検出される細菌
 
3. 一般細菌の意義
 
一般に自然界に優占的に存在する細菌は、一般細菌の培養法では検出されません。まず、培養温度が高すぎます。自然界の細菌の検出には、20–25℃で培養するのが普通です。次に培養時間が短すぎます。自然界の細菌を検出するには、少なくても1週間、通常は2-4週間の培養期間を要します。さらに培地組成も変える必要があります。
 
このようにさまざまな工夫を施したとしても自然界の細菌は、培養法で全菌数の通常1%以下しか検出できません。例外的に生ゴミ処理系の検出率は高く、全菌数の50%程度のバクテリアが培養で捕捉できます。
 
では、法律で定められた一般細菌を数える意義は何でしょうか。それは衛生学的概念と関係があります。つまり、35℃前後で短時間(24-48時間)での培養でさえ細菌が検出されるようであれば、被検体はそれだけ衛生学的に汚いという話になるわけです。
 
実際に、食中毒や感染症の原因菌は自然界に広く分布する細菌とは異なり、一般細菌に近い培養条件で出現してくるものも多く、それだからこそ一般細菌が衛生学的指標として利用できることになります。たとえば、食中毒の原因となる大腸菌O157サルモネラ菌黄色ブドウ球菌などは一般細菌の培養条件で生えてきます。
 
とはいえ、私たちの生活環境では一般細菌に該当する細菌は山ほど存在しているわけで、それらが検出されることをすべて衛生学的に不潔と考えるのは現実的ではありません。たとえば、黄色ブドウ球菌は私たちの皮膚の上に常在しています。また市販されている食肉にはサルモネラ菌が割とよく付着しています。
 
したがって、法令上は一般細菌数のあるレベルを定めて飲料水や食品の規格基準としています。食品の種類によってその基準は異なりますが、平均的には1g当たり10の5乗(10万オーダーのCFU)以下と定められています。水道水では100 CFU/mL以下が水質基準です [1]

重要ポイント
●一般細菌は衛生学的指標として用いられる
●食品の規格基準(平均)では、一般細菌が10万オーダーのCFU以下、水質基準では100 CFU/mL以下であること

引用文献

           
カテゴリー:微生物の話