Dr. Tairaのブログ

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麹菌と酵母

はじめに
 
今日のNHKあさイチでは麹(こうじ)を取り上げていました。DJ KOOさんが金沢を訪れ、麹を入れた手湯(図1)や甘酒を使ったパンケーキ、肉じゃがなどの料理(図2)を体験、紹介していました。
 
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図1. 麹を入れた手湯(2018.6.21 NHKあさイチより)
 
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図2. 甘酒を利用した料理ー甘酒肉じゃが(2018.6.21 NHKあさイチより)
 
そこで麹や麹菌とは何か、ここで簡単に紹介したいと思います。麹菌については醤油作りに欠かせない微生物として以下の別ページでも紹介していますので、合わせてご参照いただければと思います。
 
1. 菌類と麹菌

麹菌は味噌、醤油、お酒などの日本の伝統的な発酵飲食品の製造には欠かせないものですが、生物学的にはどんな生物なのか、一般には漠然とした印象しかないかもしれません。まず、その分類について述べたいと思います。

簡単に言えば麹菌はカビです。生物は形態に基づいておおまかに動物植物菌類原生生物細菌に分けることができます。この中で菌類と呼ばれるものの中にカビが属し、さらに、ある特定のカビを麹菌と呼んでいます。

専門的にもう少し述べると、図3に示すように菌類は子嚢菌(しのうきん)担子菌(たんしきん)とに分かれますが、この子嚢菌の中にカビは酵母などといっしょに含まれます。

担子菌は、通常目に見えないカビの仲間が大きな形として目に見えるようになったものと考えてもよく、いわゆるキノコとして私たちがよんでいる生物のほとんどを含みます。しかし、トリュフのように子嚢菌に含まれるキノコもあって、その境目は微妙です。
 
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図3. 菌類の分類ー子嚢菌(しのうきん)担子菌(たんしきん)
 
酵母の代表である出芽酵母 Saccharomyces cerevisiae およびカビの代表である青カビPenicillium chrysogenum の細胞形態を、図4に示します。酵母は単細胞であり、出芽酵母ではその名のとおり母細胞から娘細胞の芽が出て増えていきます(図4A)。一方、カビは、胞子のように単細胞的性質もありますが、菌糸が伸びて多細胞的に成長し(図4B)、分生子と呼ばれる先端に胞子をもつ構造をつくる微生物です(図5イラスト参照)。

大きさで言えば、圧倒的にカビの方が大きいです。
 
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図4. 出芽酵母Saccharomyces cerevisiae)と青カビ(Penicillium chrysogenum)の細胞形態(位相差顕微鏡写真)
 
2. 麹菌(コウジカビ)の種類と性質
 
カビの中で麹菌(コウジカビ)の仲間はアスペルギルス属Aspergillus)と呼ばれています(図5)。そして、この属の中のいくつかの種が麹菌です。麹菌の特徴の一つとして、強力なデンプン分解力やタンパク質の分解力をもつことです。
 
デンプンはアミラーゼという酵素によって分解されます。アミラーゼは、その分解様式によってさらに、α-アミラーゼ、グルコアミラーゼ、α-グルコシダーゼなどに分けられます。これらの強力な酵素活性によって、米や麦に含まれるデンプンを速やかに分解することができます。
 
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図5. 麹菌の特徴
 
主な麹菌の種類を図6に示します。代表種はニホンコウジカビ Aspergillus oryzae と呼ばれる麹菌で、お酒、味噌、醤油の製造に利用されています。そのほかに、醤油の製造に利用されるショウユコウジカビ Aspergillus soyae泡盛の製造に使われるアワモリコウジカビ Asergillus awamori、鰹節のカビ付けに利用されるカツオブシカビ Asperigillus glaucus があります。
 
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図6. 麹菌(コウジカビ)の種類、性質、および用途
 
3. 麹の役割
 
ここで、麹(糀、こうじ)について述べます。麹とは、簡単に言えば、製造目的とする発酵食品の原料に麹菌をまぶしたものです。具体的には、米、麦、大豆などの穀物に麹菌をまぶし、その穀物を培地としてを繁殖させたものです。培地になる穀物によって、米麹、麦麹、豆麹などと呼ばれています。

麹の役割は原料の糖化やオリゴペプチド・アミノ酸です。麹菌は菌糸の先端からデンプンやタンパク質などを分解する様々な酵素を分泌し、培地である蒸米や蒸麦のデンプンを分解したり(糖化)、タンパク質を分解します(オリゴペプチド・アミノ酸化)。

つまり、麹の役割は、発酵食品の製造そのものではなく、主反応である発酵や熟成に関わる微生物への栄養供給ということになります(図7)。
 
酒の製造の場合は、麹で蒸米のデンプンを分解してグルコースを生成し(糖化)、酒酵母のエサとすることにより、発酵が進んでエタノールができます(図7上)。醤油製造の場合は、やはり麹が原料の大豆や小麦のデンプンやタンパク質を分解し、その分解物がエサとなって、乳酸菌や食塩耐性酵母による発酵が進み、醤油のもとである熟成もろみができます(図7下)。

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図7. 酒および醤油の製造工程と麹の役割
 
現在の麹の製造方法では、種麹を別途培養しておき、その培養物を蒸した原料に散布して培養する方法が主体となっています。味、風味、栄養など機能性に優れた発酵食品を製造するため、各メーカーや研究所は優良な麹菌の探索、選別、育種に力を注いでおり、大切に保存してきました。

4. 麹菌のゲノム
 
このようにして麹菌は、古来から優良株の選別と系統的な保存を繰り返してきたため、アスペルギルス属のカビ自体は世界中に分布しているものの、麹菌はもはや日本にしか生息しない”変異”した菌になっています。まさしくニホンコウジカビという名に相応しいです。
 
2005年にニホンコウジカビの全ゲノムが解読されました [1]。それによるとゲノムは8個の染色体から成り、大きさは38 MBp、遺伝子の数は約12,000と同定されています(図7)。ヒトが約30億対のゲノムサイズをもちますのでその1%強のゲノムの大きさです。
 
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図8. ニホンコウジカビAspergillus oryzae)のゲノム構造 [1]
 
5. 出芽酵母と分裂酵母
 
最後に酵母について簡単に追記します。酵母はカビと同じ子嚢菌ですが、分裂様式によって出芽酵母(budding yeast)と分裂酵母(fission yeast)とに分けられます。分裂酵母は図4左に示したように、母細胞から娘細胞が出芽して増える酵母です。一方、分裂酵母は、多くの細菌と同様に二分裂で増えます(図9)。
 
発酵食品の製造に利用される、あるいは発酵過程中で現れる酵母は主として出芽酵母です。サッカロミセス・セレヴィジエ Saccharomyces cerevisiace は代表的なものであり、酒酵母、パン酵母と呼ばれるものの大部分はこの種です。醤油の製造における発酵過程では耐塩性の出芽酵母が関与します。
 
分裂酵母は、出芽酵母とともにモデル生物として、分子細胞生物学的な研究に材料として用いられています。
 
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図4. 出芽酵母Saccharomyces cerevisiae)と分裂酵母Schizosaccharomyces pomb)の特徴
 
おわりに
 
麹菌、および麹菌と穀物の培養混合物である麹を利用した発酵食品の製造は、東アジア圏特有の発酵技術であると同時に伝統文化でもあります。とくに日本は麹菌の選別と育種を繰り返すことで、独自のニホンコウジカビおよび類縁の麹菌を得るに至っており、世界に誇るべきオリジナルな発酵飲食品を生み出しています。
 
私たちはこの伝統技術と文化を大事にしていきたいものです。
 
引用文献
 
[1] Machida M. et al.: Genome sequencing and analysis of Aspergillus oryzae. Nature 438, 1157-1161 (2005). https://www.nature.com/articles/nature04300
 
                 
カテゴリー:微生物の話