Dr. Tairaのブログ

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生きている微生物を顕微鏡で視る

はじめに
 

別ページ(→生ゴミ処理の微生物を顕微鏡で視るでも述べたように、蛍光位相差顕微鏡を使って、土壌や水の中に棲む微生物を観察することができます。

位相差モードでは、屈折率の違いで透明に近い細胞を実体として視ることができます。蛍光モードを使う時は、あらかじめ細胞中のDNAを蛍光試薬(サイバーグリーンなど)で染色しておき、それに励起光を当てた時に出てくる放射光(蛍光)を捉えて観察します。これらは微生物の存在を簡単に評価できる方法ですが、見えている細胞が生きているか死んでいるかは分かりません。

 
微生物の生死は、生ゴミ処理の効率に直接影響する重要な要素です。顕微鏡下で細胞の生死を判断するためにはさらに工夫が必要です。

顕微鏡下で細胞の生死を判断する方法としては、1) 細胞膜の透過性を利用する、2) 細胞の酵素活性を利用する、3) 細胞の呼吸(酸化還元)活性を利用する、に大別されます。ここでは細胞膜の透過性および酸化還元活性を利用する方法を紹介します。
 
1. 細胞の生死を判断するー細胞膜の透過性を利用する方法
 
細胞には細胞膜があり、生きている限りこれが壊れていることはありません。しかし、死細胞では損傷を受けていると考えられます。この前提に立って、生細胞では透過しないが死細胞では透過できる蛍光物質を用いれば、染め分けることが可能になります。
 
この基本原理でキット化されている市販の試薬として、LIVE/DEAD BacLight 
Bacterial Viability kitがあります(図1)。このキットでは2種類のDNA結合蛍光試薬を用います。
 
一つはSYTO9と称される試薬で、細胞の生死に関わらず侵入してDNAと結合し、励起されると緑色の蛍光を発します(励起480 nm, 放射500 nm)。もう一つはヨウ化プロピジウム(propidium iodide, PI)と呼ばれるもので、イオン性のために油でできている細胞膜を透過できませんが、損傷があるとそこから侵入してDNAと結合します。励起されると赤色の蛍光を発しますが(励起490 nm, 放射617 nm)、その強度がSYTO9よりも大きいので、SYTO9共存下でも赤色を優先して発することができます。したがって、生細胞は緑色の蛍光、死細胞は赤色の蛍光を出すことになるので、これを蛍光顕微鏡下で観察すればよいわけです。
 
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図1. SYTO9とヨウ化プロピジウムを用いた細胞の生死の見分け方の原理
 
2. 細胞の生死を判断するー酸化還元活性を利用する方
 
もう一つの細胞生死の識別法が酸化還元活性を利用する方法です。生きている細胞は呼吸活性をもちますので、細胞内で基質(栄養)から常に水素イオン(プロトン)と電子を引き抜いています(=酸化活性をもつ)。酸素呼吸の場合はこのプロトンと電子の捨て先(電子受容体)として酸素を利用しているわけです(=還元活性をもつ)。ここで、酸素の代わりに蛍光性の電子受容体を用いれば、その還元活性が蛍光として検出できることになります。
 
CTC(5-シアノ2,3-ジトリルテトラゾリウム塩)は酸化還元指示薬の一種で、電子を受け取ると(還元されると)、赤色の蛍光を発する不溶性の粒子に変化する性質をもちます(図2)。この試薬を使えば細胞の酸化還元活性を検出できることになります。
 
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図2. CTCの化学構造と性質
 
CTCを用いた細胞の酸化還元活性の検出法の概要を図3に示します。細胞にエサを与えるとそこからプロトンと電子が引き抜かれ、最終的に酸素に渡されて処理されます
図3左)。そこにCTCを加え、さらに酸素への電子の受容を阻害するために青酸カリウムKCN)を添加します(図3中央)。そうすると優先的にCTCへ電子が流れていき、CTCが電子を受け取って赤色の蛍光粒子となり、細胞上に沈着します。その後、DAPIやサイバーグリーンを使って対比染色(DNAを染色)します(図3右)。これを蛍光顕微鏡下で視れば、青色あるいは緑色の細胞の上に赤色の粒子が観察できるわけです [1]
 
原理から言えば、CTC染色は細胞の呼吸活性(酸化還元活性)を見る方法です。生きてはいるが非常に弱っている、あるいは静止状態にある細胞は本法では検出できない場合があるので、厳密に言えば生死を識別する方法ではありません。つまりCTC染色は、元気のいい細胞を検出する手段であると言えます。
 
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図3. CTC染色法の概要
 
大腸菌および納豆の生産菌である枯草菌をCTCとサイバーグリーンでニ重染色した蛍光顕微鏡画像を図4に示します。両方とも桿菌ですが、枯草菌はしばしば細胞が繋がった状態で存在するので、フィラメント状に見えます。緑色に見える細胞が死んでいる、あるいは弱っている状態、赤色あるいは黄色(赤色と緑色が重なっている)に見える細胞が活発に呼吸をしている状態です。
 
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図4. 大腸菌および枯草菌のサイバーグリーンとCTCによる二重染色(写真は文献1より)
 
3. 生ゴミ処理系における生きている微生物
 
別ページでも示したように、安定した処理活性をもつ(馴養段階にある)処理機(器)の中には数千億(10の11乗オーダー)/gのバクテリアが存在します。
 
実際に寒天で固めた栄養培地の上で培養すると、そのうちの50%程度の菌が生えてきます。それでは直接顕微鏡で観察した場合に、どのくらいの割合で生きていると判断できるのでしょうか。
 
図5に、LIVE/DEADキットとCTCで染色したバクテリアの蛍光顕微鏡画像を示します。用いた試料は安定期にある電動生ゴミ処理機から採取したものです。図5AがLIVE/DEAD染色の結果で、緑色が生細胞、赤色が死細胞になります。写真からは判断しづらいですが、安定期では50-70%の細胞が生きていると評価できました。図5BがCTC染色の結果で、LIVE/DEADとは逆に緑色が死細胞/弱っている細胞で、赤色・黄色が生きている細胞/元気のよい細胞です。結論として元気のよい細胞は20%以下にしかなりませんでした。
 
このように安定期においてバクテリアの活性が抑えられる理由として、水分活性の低下やミネラルの蓄積が関係していると考えられます。これについては別途紹介したいと思います。

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図5. 生ゴミ処理機の中の微生物のLIVE/DEADキット(A)およびCTC(B)による染色
 
 
参考文献
 
[1]  Yoshida, N. and Hiraishi, A.: An improved redox dye-staining method using 5-cyano-2,3-ditoryl tetrazolium chloride for detection of metabolically active 
bacteria in activated sludge. Microbes Environ. 19, 61-70 (2004). https://doi.org/10.1264/jsme2.19.61
                    
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