Dr. Tairaのブログ

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うま味調味料の話

はじめにーうま味とは
 
食べ物や料理の味は、直接舌で感じる味、香り、それに見た目で決まります。つまり味覚、嗅覚、視覚の総体的感覚が重要になります。加えて食べ物の手触りや食べる時の音も影響する場合もあるでしょう。そうなると五感すべてで味を感じているということになるかもしれません。とはいえ、舌で感じる味覚が決定的な要素であることは揺るぎません。
 
舌には甘味、酸味、塩味、苦味、うま味を感じる5つのセンサーがあり、これらが受ける味覚の組み合わせで味が決まります。この中でうま味は最も新しく発見された味覚センサーです。
 
うま味を最初に発見したのは、東京大学旧帝国大学)の池田菊苗教授で明治時代の話です [1]。昆布からダシが出ることは古くから知られていましたが、彼はこの正体を突き止めるために精力的な研究を行い、1908年に昆布からアミノ酸の一種であるグルタミン酸を取り出すことに成功しました。そして、これがダシの本体であることを見いだし、「うま味」と名付けました(図1)。ちなみに、テレビのCMでは池田菊苗教授の役を小栗旬が演じていました。
 
現在、グルタミン酸一ナトリウム(グルタミン酸Na)を主成分とするうま味調味料は、「味の素」として市販されています。
 
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図1. うま味(グルタミン酸ナトリウム)の名付け親、池田菊苗、当時の表記(具留多味酸)、および現在の市販品(写真は文献1より)
 
重要ポイント
●味覚には、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つがある
 
1. うま味を含む食材と市販のうま味調味料
 
池田教授による研究成果に続いて、ほかのうま味成分もその正体が明らかにされて行きました。一つは鰹節のダシの成分であるイノシン酸(非アミノ酸核酸系うま味)です。もう一つは干しシイタケのうま味でであるグアニル酸(非アミノ酸核酸系うま味)です。図2にこれらのうま味成分を多く含む食材を示します。
 
グルタミン酸自身はタンパク質を構成するアミノ酸の一種ですが、タンパク質はそのままでは味がありません。食材のうま味が出るには遊離のグルタミン酸を含む必要があります。このような食材としては昆布のほかにトマトやパルメザンチーズがあり、イタリア料理の味のベースになっています。
 
イノシン酸は鰹節のダシの本体として知られており、昆布ダシとの組み合わせは日本料理の味の基本になっています。
 
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図2. うま味を多く含む食材・食品
 
市販されているうま味調味料を表1に示します。すべてグルタミン酸Naを主成分として含んでいますが、リボヌクレオチドNa(イノシン酸と同等のうま味)、イノシン酸Na、グアニル酸Naが若干混合されています。たとえば、ハイミーはグルタミン酸NaとリボヌクレオチドNaを92:8の割合で含み、これだけで日本料理のダシ汁を再現できます。
 
表1. 市販のうま味調味料の成分(%表示)
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重要ポイント
●うま味の正体はアミノ酸グルタミン酸Na、非アミノ酸イノシン酸Na、グアニル酸Naなど
 
2. うま味センサー
 
池田教授が提唱したうま味という味覚の存在に関しては,長らく学界で議論が続けられてきましたが,今から20年程前に舌の味蕾にある感覚細胞にそのセンサー(うま味受容体)が発見されました。つまり、甘味、酸味、塩味、苦味に次ぐ第5番目の味覚としてうま味が科学的に認定されたわけです。今日ではumamiという用語で国際的に認知されています(英語でもumamiと言います)。
 
このように味覚には5つのセンサーの働いているわけですが、その構造と機構によって2種類に大別されます。話は少しむずかしくなりますが、2種類のう一つはタンパク質受容体で、もう一つはイオンチャンネルです(図3)。
 
うま味のセンサーは甘味や苦味とともにタンパク質の受容体です。すなわち、うま味の成分であるグルタミン酸がうま味受容体に結合し、それによって受容体からシグナルが発信され、最終的に脳で味を感じる仕組みになっています。一方、酸味と塩味のセンサーはイオンチャンネルであり、それぞれ陽イオンがナトリウムイオンがチャンネルを通り抜けることで味を感じるようになっています。
 
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図3. 舌の味蕾味覚細胞表面にある味覚センサー(タンパク質受容体型とイオンチャネル型)(文献1より改変)
 
うま味受容体は苦味受容体と構造が似ています。したがって、料理の中にうま味成分が多量に入っていると、それを食べたときうま味受容体をオーバーフローし、間違って苦味の受容体に入るようになります。料理をするときはダシやうま味調味料の使い方をほどほどにしないとかえって味がくどくなったり、苦味が出たりするのはこのためです。
 
料理においては辛味も重要な味覚のひとつです。しかし、上記の五基本味を感じる舌特有の味覚センサーに相当するものは辛味にはありません。辛味の核心は神経刺激として感じる痛覚であり、口腔内に特異的なものではなく全身に分布してます。したがって、生理学的な味覚としては図3に示す5つに限定され、辛味はこれから外れます。
 
重要ポイント
●舌の味覚センサーはタンパク質の受容体型とイオンチャンネル型があり、うま味は前者
 
3. 体内におけるグルタミン酸の生合成と役割 
 
一般にはあまり知られていませんがグルタミン酸は私たちの体の中で作られています。私たちの脳は約1.4 kgの重さですが、実はその半分の重量に相当するグルタミン酸が私たちの体の中で生合成されているのです。これはちょっと信じられない程の量ですが、同時に高速で分解されているので実際に体の中で多量に蓄積することはありません。
 
グルタミン酸は脳に最も多く存在するアミノ酸で、脳が必要とする分はここでグルコースから作られています。脳内ではグルタミン酸神経伝達物質として働いており、記憶、学習、認知などにかかわる重要な役割を果たしています。
 
私たちは日常的に食事でタンパク質を摂取し、それを消化してアミノ酸として吸収しています。この中にグルタミン酸が含まれますが、グルタミン酸を摂ってもこれが脳に入ることはありません。なぜなら、脳には「血液脳関門」と呼ばれるバリアが存在しているので、外からはグルタミン酸は入れないのです(一方、グルコースはバリアを通過できます)。すなわち、脳内のグルタミン酸量は脳内で厳重に管理されています。 
 
重要ポイント
グルタミン酸は体内で生合成されており、脳内では神経伝達物質として働いている
 
4. うま味調味料の工業的製造
 
うま味(グルタミン酸Na)調味料は国内の大手食品会社から販売されていますが、現在工業的にはほとんどすべてが海外で生産されています。生産法はバクテリアグルタミン酸生産菌)を用いた発酵法であり、お酒、ヨーグルト、納豆などの発酵生産と基本的に同じです。これらの伝統的な発酵生産と異なるところは、発酵食品が原料と発酵生産物を混ぜた状態で商品として供給されるのに対し、うま味調味料の生産では発酵生産物のみを取り出して商品とされていることです。
 
グルタミン酸生産の原料は世界の各地域でとれるさまざまな炭水化物を含む農産物です。アジアではさとうきび、キャッサバ、米国ではとうもろこし、南米ではさとうきびが主流です。図4にその生産過程を示します。
 
まず、原料から出てくる糖蜜グルタミン酸生産菌(発酵菌)に与えてタンク内で培養します。発酵菌は糖蜜中のグルコースをエサとして酸素呼吸により旺盛に増殖しますが、通気を制限すると発酵に代謝が切り替わり、発酵生産物であるグルタミン酸を菌体外に分泌するようになります。この発酵液中に溜まったグルタミン酸を取り出して中和したものがグルタミン酸Naです。グルタミン酸Na以外のうま味調味料も基本的に発酵法で生産されています。
 
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図4. グルタミン酸生産菌(コリネバクテリウム)を用いた発酵法によるグルタミン酸Naの生産フロー(文献1より改変)
 
グルタミン生産菌はコリネバクテリウムCorynebacterium)属に分類される菌種で、ビフィズス菌と同じくアクチノバクテリア(放線細菌)門に属します。図5グルタミン酸生産菌の一種であるCorynebacterium efficiens [2] の走査型電子顕微鏡写真を示します。

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図5. グルタミン酸生産菌 Corynebacterium efficiens の走査型電子顕微鏡写真
 
重要ポイント
グルタミン酸Naを含むうま味調味料は発酵法で生産されている

参考文献

1. 日本うま味調味料協会:http://www.umamikyo.gr.jp/
 
2. Fudou, R. et al.: Corynebacterium efficiens sp. nov., a glutamic acid-
producing species from soil and vegetables. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 52:1127-1131 (2002).