Dr. Tairaのブログ

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乳酸菌とテレビCM

はじめに
 
乳酸菌(lactic acid bacteria)は炭水化物を発酵して乳酸を主要産物として生成する細菌(バクテリア)の総称であり、その定義において種類は問いません。すなわち分類学的意味はありません。その意味でビフィズス菌も乳酸菌の仲間(広義の乳酸菌)と考えることができます。
 
乳酸菌は発酵性(嫌気性)細菌で、呼吸能はありませんが多くは酸素に耐性があり、空気存在下でも生きることができます。ヒトや動物の腸管、膣内に常在し、植物体上にもみられるなど自然界に広く分布します。とくに乳児の腸内細菌はほとんどが乳酸菌の一種であるビフィズス菌で構成されていると言われています。また、さまざまな発酵食品の生産にはなくてはならない細菌です。
 
本ブログでは生ゴミ処理の方法を紹介していますが、乳酸菌は生ゴミ処理過程においても空気が不足した際に増殖することがあります。しかし、固形生ゴミ(高分子)を分解する能力がなく、ほかの細菌が分解して生成した糖のみをエサとしてか生きられないので、生ゴミ処理における役割はほとんど無視できます。
 
また、乳酸菌を含むとされる微生物資材が環境浄化ように市販されているようですが、乳酸菌は好気的な廃水処理や水質浄化のプロセスにはまったく役に立たず、また、実際ほとんど存在しません。
 
重要ポイント
●乳酸菌は発酵的代謝で乳酸をつくる
●ヒト、動植物、発酵食品、自然界に広く分布する。
●好気的な環境浄化の過程(生ゴミ処理、廃水処理など)での役割はない
 
1. 乳酸菌の種類
 
系統からみると、乳酸菌はファーミキュテス(フィルミクテス)門(phylum Firmicutes)とアクチノバクテリア(phlyum Actinobacteria)の二つの高次分類群に属し、さらに前者の系統では細胞形態に基づいて慣用的に乳酸桿菌乳酸球菌に分別されます。

具体的に図1に慣用名(通称名)と分類群との対応を示します。
 
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図1. 乳酸菌の慣用名と分類群との関係
 
乳酸桿菌は文字通り、桿状の細胞形態を示す乳酸菌で、代表属としてラクトバチルスLactobacillus があります。酸素に耐性があります。
 
乳酸球菌は細胞が球状を示し、それが数珠繋ぎになったものが多い菌群です。このような形態を示すものを連鎖球菌といいます。代表属としてストレプトコックスStreptococcus があります。これも多くに酸素に耐性があります。
 
乳酸桿菌と乳酸球菌はファーミキュテス門という系統に属しますが、これとは系統を異にするビフィズス菌はアクチノバクテリア門に属します。ビフィズス菌は、不定形な(枝分かれした)桿状細胞を有します。ビフィズス菌は大部分の種が絶対嫌気性です。
 
このように、ビフィズス菌は乳酸桿菌や乳酸球菌とは系統的に異なり、かつ乳酸よりも酢酸を若干多く生成する特殊な発酵経路をもつので、乳酸菌のカテゴリーとは別にされる場合もあります。乳酸菌をファーミキュテス門乳酸菌に限定して記述している論文も多く見られます。
 
とはいえ、乳酸を主要生産物とする発酵を行うという点からはビフィズス菌は広義の乳酸菌に含められるべきであり、事実そのような論文もたくさん存在します。
 
重要ポイント
●系統と細胞形態で慣用的に3群(乳酸桿菌、乳酸球菌、ビフィズス菌)に分類される
 
2. 発酵食品と乳酸菌
 
乳酸菌は、味噌、醤油、漬け物、キムチ、ヨーグルトなどのさまざまな発酵食品の製造過程に関わっています。とくに市販のヨーグルトでは、純粋分離された特定の乳酸菌の菌株(一つの集落=コロニーとして分離されたもの)が積極的に使われているのが特徴です。
 
ここで宣伝する気持ちは毛頭ないですが、市販の代表的なヨーグルト製品や乳酸飲料製品を図2に示します。図に見られるように、製品によって乳酸桿菌のみ、それに乳酸球菌が混ざったもの、ビフィズス菌のみ、ビフィズス菌と乳酸桿菌が混ざったものなどいろいろな種類があることがわかります。
 
一般に、製品のラベルにはこのような乳酸菌の名称(学名または慣用名)と菌株名が記載されています。購入する場合には、これらの表示を確認するようにしましょう。なぜなら、どのような乳酸菌が使われているかによってヨーグルトの味が変わってくるからです。
 
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図2. 代表的な市販のヨーグルトと使われている乳酸菌の種類
 
3. 乳酸発酵の型
 
乳酸菌は糖を発酵して乳酸をつくりますが、この乳酸発酵では乳酸以外の発酵生産物(エタノールや酢酸)が産生される場合があります。乳酸だけをつくる場合はホモ乳酸発酵、乳酸以外もつくる場合はヘテロ乳酸発酵といいます。
 
ヘテロ乳酸発酵の場合、ファーミキュテス門乳酸菌とビフィズス菌では代謝経路が異なります。ビフィズス菌ビフィズス経路(bifidus shunt)と呼ばれる特殊な経路で乳酸と酢酸をモル比2:3の割合で生成しますので、特殊なヘテロ乳酸発酵とみなすことができます。
 
このように、ヨーグルトの中に発酵生産物が乳酸だけの場合と、それ以外も混じった場合とでは味も変わってきます。
 
以下に、図2に示したヨーグルトに使われている乳酸菌のホモ・ヘテロ型を示します。ブルガリアヨーグルトは乳酸のみの発酵(ホモ型)でできていますので酸味が強く、ビヒダスヨーグルトの場合はビフィズム経路を使う特殊なヘテロ型(酢酸を生成)なので、味がそれよりもマイルドで複雑です。またナチュレは両者の中間の味がします。

ブルガリアヨーグルト
 Lactobacillus bulgaricus ホモ
 Streptococcus thermophilus ホモ
ビヒダスヨーグルト
 Bfidobacterium longum へテロ(ビフィズス経路)
ナチュレヨーグルト
 Lactobacillus gasseri ホモ
 Bfidobacterium longum へテロ(ビフィズス経路)
 
上の記載をみると、あたかも乳酸桿菌と乳酸球菌すべてがホモ型のように感じますが、ヨーグルト生産に使われている菌がホモ型であるということです。この系統には、典型的なヘテロ型の菌種が存在し、たとえば、Lactobacillus brevisやLeuconostoc属細菌はヘテロ型であり、Lactobacillus caseiは条件によってヘテロ型になります。
 
重要ポイント
●乳酸発酵にはホモ型(乳酸のみ生成)とヘテロ型(乳酸以外も生成)がある
●ヨーグルトはホモ型発酵か、ヘテロ型発酵かで味が異なる
 
4. 乳酸菌とCM
 
ヨーグルトは各メーカーによるテレビのCMでよく紹介されます。ここで、非常に気になったことがあります。それはビヒダスヨーグルトのCMです。
 
このヨーグルトのCMにはいくつかのバージョンがありますが、図3に示すCMパターンでは、視聴者に誤った情報を送りかねない内容を含んでいました。すなわち、図3上では「ビフィズス菌は乳酸菌の一種だと思う人の割合」として78%と紹介しています。
 
ところが、このCMではこの知識が誤りと言わんばかりの言い方で「乳酸菌とビフィズスはどう違う?」(図3下)と続いていくのです。これは明らかにミスリードです。つまり、ビフィズス菌は広義の乳酸菌であり、上記の8割近くの人たちは必ずしも誤っているわけではないのです。
 
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図3. ビヒダスヨーグルトのCMに使われている偏向した情報
 
上記のような表現は、自社のビフィズス菌ヨーグルトを他者製品と差別化するために、あえて「ビフィズス菌と乳酸菌は違う」としているのでしょうが、視聴者に誤解を与える可能性があります。
 
ビフィズス菌のメーカーは、酢酸を乳酸よりも多く生成するという特殊なヘテロ乳酸発酵ゆえ、「ビフィズスは乳酸菌とは違う」として区別しているようです。
 
 ビフィズス菌を強調することは一向にかまいませんが、営業的戦略によってあたかもそれが乳酸菌ではないような誤った情報に変え、消費者に混乱を招くことは良心的行為と言えません。差別化するのなら、少なくともこの場合の乳酸菌とは何を指しているのかを明示すべきでしょう。
 
このメーカーには乳酸菌の専門家が社員として沢山いるはずです。彼らはどう思っているのでしょうか。
おわりに
 
乳酸菌は私たちの体の常在菌です。また、発酵食品などを通じて生活に密着した存在です。それだからこそ、誤解のない正しい情報に基づいて、乳酸菌の重要性を考えていきたいものです。ビフィズス菌についてはまた別ページで紹介したいと思います。
 
                                        
カテゴリー:微生物の話