Dr. Tairaのブログ

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メーカーによる乳酸菌の捉え方

はじめに
 
これまで、ヨーグルトなどの発酵乳に関連して、乳酸菌ビフィズス菌についてブログ記事を書いてきました(ビフィズス菌乳酸菌とテレビCM )。今回は、実際に発酵乳を製造しているメーカーが乳酸菌という細菌をどのように捉えているか、紹介したいと思います。とくに、ビフィスズ菌を乳酸菌の仲間として捉えるのか、あるいはビフィズス菌と乳酸菌は違うものとして捉えているのか、そのあたりを明らかにしたいと思います。
 
1. 国際的な分類上の取り扱い
 
まず、乳酸菌という呼称や分類について、専門的・国際的にどのように捉えられているかを示します。
 
これまでに出版されている英文の論文や書籍を見ると、乳酸菌(lactic acid bacteria, LAB)をビフィズス菌を含めた形で論述している場合と、ファーミキュテス門乳酸桿菌目(order Lactobacillalesの乳酸菌に限定している場合とが見られます。ただし、後者の場合は、ほとんど全部が"the lactic acid bacteria, the LAB"と定冠詞を付けた制限的用法で呼んでいます。すなわち、the LAB=狭義の乳酸菌、という意味合いがそこにあります。
 
乳酸菌の分類については、国際細菌分類委員会(ICSP)の下部委員会である"Subcommittee on the Taxonomy of Bifidobacterium, Lactobacillus and related organisms"の管理下にあります [1]。すなわち、ビフィズス菌乳酸桿菌属および関連の属の分類の諸問題についてまとめてこの委員会で取り扱い、指針を出すということです。
 
この背景として、ビフィズス菌は乳酸発酵をすることから当初乳酸菌の一種として乳酸桿菌属に帰属されていたということがあり、現在においても生理学的に乳酸発酵で括ることのできるこれらの菌群を一括して管理するということがあります。
 
とはいえ、系統的にビフィズス菌アクチノバクテリア門(放線細菌門)ビフィズス菌、乳酸桿菌および乳酸球菌はファーミキュテス門乳酸桿菌目と異なることから、前述のように後者を"the LAB"(狭義の乳酸菌)として取り扱うようになっています。たとえば、2014年に出版されたこの委員会の指針に以下のような記述があり(図1)、赤線部にあるように、"the LAB"は乳酸桿菌目に属するとしています [1]
 
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図1. 「ビフィズス菌属、乳酸桿菌属、および関連の属の細菌分類委員会」が出版した論文中の乳酸菌に関する記述(赤線部分)[1]
 
ここで、重要なことは"the LAB"とすることで、当該乳酸菌の意味を限定していることです。このニュアンスは定冠詞がない日本語で単に乳酸菌と言った場合に伝わりません。すなわち、「ビフィズス菌とthe LAB(あるいは狭義の乳酸菌)」と言えば意味は伝わりますが、単に「ビフィズス菌と乳酸菌」と言った場合には、あらかじめ断り書きがない限り意味が不明瞭になります。
 
重要ポイント
●国際的には、乳酸菌のカテゴリーにビフィズス菌を含める場合と乳酸桿菌目の乳酸菌に限定して論述する場合とがある
●乳酸桿菌目の乳酸菌に限定する場合は、"the LAB"(狭義の乳酸菌)という表現が用いられている
ビフィズス菌と乳酸桿菌目の乳酸菌とは系統が異なるが、その分類は一括して管理されている
 
2. 国内学会での乳酸菌の扱い

国内でもたくさんの学会が乳酸菌を扱っていますが、まずそのものずばりの日本乳酸菌学会というのがあります [2]。この学会の年会での発表を聴くと、乳酸菌という用語の使い方がさまざまで定義がよくわからない場合があります。すなわち、乳酸菌という言葉を文字通り総称的(広義)に使っている人、狭義の意味に使っている人、そのどちらかわからない人などさまざまです。
 
とはいえ、乳酸菌という語に分類学的な意味を持たせて乳酸桿菌目に限定している人が多いようです。しかし、この使い方には問題があります。乳酸菌の英語対訳である"lactic acid bacteria"にはそのような分類学的概念はなく、それだからこそ限定する場合は定冠詞"the"を付けているというのは前述したとおりです。したがって、繰り返しますが、乳酸菌という言葉自体にはこの意味(狭義の乳酸菌の意味)はありません。

日本乳酸菌学会では、日本乳酸菌学会誌という公式学術誌を出版しています。この雑誌に2011年に発表された光岡知足東京大学名誉教授の「プロバイオティクスの歴史と進化」という総説があります [3]。光岡博士は腸内細菌の先駆的研究者として著名な方です。この総説においては、乳酸菌は「糖を発酵し乳酸を含む多量の酸を生成する非腐敗性細菌」と定義されており、ビフィズス菌もこれに含まれています図2、赤下線部)。

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図2. 光岡博士の総説にある乳酸菌の定義 [3] 

上記の総説にある乳酸菌の定義は伝統的に用いられてきたものであり、わかりやすいため、多くの微生物学者に受け入れられています。
 
もし、乳酸菌を乳酸桿菌目に限定したい場合にはあらかじめそのように述べるか、別の呼称が必要と考えます。
 
2. 市販されている発酵乳
 
市場にはさまざま発酵乳製品が売られています。これらは、食品衛生法の下に定められた「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令[4] によって規格化されています(表1)。ちなみに、ヨーグルトという用語はこの省令にはなく、「はっ酵乳」というカテゴリーで取り扱われています。表1に見られるように発酵乳製品は乳酸菌あるいは酵母を一定数含むことが条件になっています。

表1. 「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」による規格 [4]
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はっ酵乳(発酵乳)として市販されているヨーグルト製品に限定すると、含まれる乳酸菌によって、1) 乳酸桿菌・乳酸球菌入り、2) 乳酸桿菌+ビフィズス菌入り、3) ビフィズス菌入りの3種類の表示に分類することができます。以下にこの3分別による主な市販ヨーグルト製品を挙げます。

1) 乳酸桿菌・乳酸球菌(乳酸桿菌目乳酸菌)表示
・明治 ブルガリア ヨーグルト  
フジッコ カスピ海 ヨーグルト
・タカナシ LGG
・オハヨー 生乳ヨーグルト(ロイテリ)
・ヤクルト ソフール
・カルピス 届く強さの乳酸菌
 
2) 乳酸桿菌+ビフィズス菌表示
雪印メグミルク ナチュレ
 
・森永 ビヒダス ヨーグルト
・グリコ BifiX
メイトー LKM512
・ルナ バニラヨーグルト
・ダノン BIO
・小岩井 生乳100% ヨーグルト
・トモヱ乳業 北海道プレーンヨーグルト

 
重要ポイント
●ヨーグルトは省令で「はっ酵乳」として規格化されている
●生菌含有「はっ酵乳」は乳酸菌または酵母を一定数含むことが条件
 
3. メーカによる乳酸菌とビフィズス菌の記載
 
それでは、各メーカーは自社の発酵乳製品に関して、製造に関わる乳酸菌に対して微生物学的にどのような捉え方をしているのでしょうか。上記の3分別ごとに見ていくことにしましょう。
 
3-1. 乳酸桿菌・乳酸球菌入りヨーグルトのメーカー
 
まず、ヤクルト中央研究所のHPに記載されている文面をみてみましょう。健康用語の基礎知識というコーナーに乳酸菌の記述があります [5]。ここでは乳酸菌は糖類を代謝して乳酸を多量に作る細菌と定義してあり、ビフィズス菌属をこの中に含めてあります
 
次に、明治のHPを見ると、乳酸菌の定義については見つけることができませんでしたが、Q&Aコーナーの「ビフィズス菌とは何ですか」という問いに、ビフィズス菌とは腸内にいる乳酸菌と述べています [6]。また、「ヨーグルトはなぜ酸っぱいですか」という問いには、有機酸(乳酸、酢酸)によるものという答えがあり、ビフィズス経路を含めた乳酸菌のヘテロ乳酸発酵の様式によるものということを示唆しています。
 
3番目にフジッコのHPを見てみました。自社のカスピ海ヨーグルトに使われている乳酸菌が従来の乳酸菌やビフィズス菌とは異なるという記述があり、同時に、ヨーグルトに使用される乳酸菌類としてビフィズス菌を含めた絵が描いてありました [7]。
 
3-2. 乳酸桿菌+ビフィズス菌入りヨーグルトのメーカー

乳酸桿菌とビフィズス菌の両方を使っているメーカーは1社(雪印メグミルク)しかありませんでしたが、調べたなかでは最も詳しく乳酸菌の記述がありました [8]。ヨーグルト研究室というコーナーに、乳酸菌は糖類を分解して乳酸を作り出す菌と明示してあります。
 
さらに同HPには、乳酸菌の生息場所や発酵形式に関する記述があります [8]。ここで、乳酸菌のカテゴリーの中で、ビフィズス菌の細胞形態や発酵形式についても示してあります。ヨーグルトに使われる主な乳酸菌の中にビフィズス菌も含めてあります。
 
3-3. ビフィズス菌入りヨーグルトのメーカー
 
上記と対照的にビフィズス菌を使っているメーカーのHPは「ビフィズス菌は乳酸菌とは異なる」というニュアンス、あるいはその方向での記述が目立ちます。
 
まず、森永乳業のHPですが、Q&Aのコーナーでビフィズス菌は乳酸菌とは分類学的に異なる細菌と述べられています [9]
 
そして、ビフィズス菌と乳酸菌の違いというページで、乳酸菌は糖を分解して50%以上の乳酸を作り出す細菌の総称とあります。50%以上というのは発酵生産物のうちの50%という意味と思いますが、このような定義は聞いたことがありません。ちなみにビフィズス菌の発酵生産物はモルベースだと酢酸:乳酸=3:2、質量ベースだと酢酸:乳酸=1:1になります。
 
また、同HPにビフィズス菌と乳酸菌の性質や分布の違い示す記述がありますが、厳密に言うと誤りもあります。同HPにおいては、ビフィズス菌はヒトや動物の腸内の常在菌と限定していますが、発酵乳や環境中からも分離されています。絶対嫌気性としていますが通性嫌気性の種もいくつか存在します。また、狭義の乳酸菌の発酵生産物を乳酸に限定していますが、ヘテロ発酵性のものは乳酸に加えてエタノールあるいはビフィズス菌と同じく酢酸を生成します
 
次に、ダノンのHPですが、乳酸菌の定義はなく、BE80菌(ビフィズス菌)と4種の乳酸菌という記述があります [10]
 
また、ヨーグルトではないですが、ビフィズス菌を医療用に生産しているメーカー
(たとえば、森下仁丹日清ファルマなど)のHPでは、明確にビフィズス菌と乳酸菌は違うものとして扱われています [11]
 
さらに、日本ビフィズス菌センター/腸内細菌学会のHPの質問コーナーには、「ビフィズス菌と乳酸菌の違いを教えてください」という項目がありますが、そこでもやはりビフィズス菌と乳酸菌は違うものとして記述されています (図11)。基本的には森永乳業のHPに示されたものと同様ですが、赤丸で囲んだ部分は正確な記述になっていません。
 
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図3. 日本ビフィズス菌センター/腸内細菌学会のHPにあるビフィズス菌
乳酸菌に関する記述 [12]
 
一方で、小岩井乳業のようにビフィズス菌と表示があるヨーグルトを生産しているメーカーでも、「乳酸を作るすべての菌を乳酸菌と呼ぶ」と伝統的な乳酸菌の定義を記述しているところもあります。
 
大塚チルド食品のHPでは、乳酸菌を「糖類から乳酸をつくる細菌の総称」としていますが(赤枠)、乳酸菌とビフィズス菌を区別して表示しています。その上で、ビフィズス菌を広義の乳酸菌として扱われることがあるとしています。
 
このようにしてみると、乳酸菌という元々生理学的性質を指す細菌の総称であったものが、いつのまにかそこに分類学的意味(狭義の乳酸菌の意)を持たせたことによって混乱が生まれてきたということが言えます。英語であれば、"the lactic acid bacteria"として限定の意味を持たせることができますが、日本語ではそれができません。
 
ちなみにこのお世話になっているはてなブログの用語解説では、ビフィズス菌を「乳酸菌の一種」と説明しています。
 
重要ポイント
●メーカーによって乳酸菌のカテゴリーが異なる
ビフィズス菌を扱っているメーカー・団体の多くはビフィズス菌と乳酸菌との違いを強調している
 
おわりに
 
各メーカーのHPを見て感じることは、例外はありますが、発酵乳にビフィズス菌を加えているところと、それ以外の菌を利用しているところの乳酸菌の捉え方に大きな違いがあることです。すなわち、ビフィズス菌を取り扱っているところは、基本的にビフィズス菌は乳酸菌とは違うというスタンスをとっています。これは多少なりとも営業・宣伝上の戦略もあるのではないかと感じます。
 
英語では"the lactic acid bacteria (the LAB)"とすることで狭義(限定)の乳酸菌であることを示すことができますが、日本語ではそれができません。乳酸菌という語で一括りされてしまうと、その言葉が何を指しているのかがわかりにくという問題があります。
 
いずれにせよ、メーカーでもこれだけ乳酸菌に対する認識の違いがあると、消費者に対しても混乱を招きかねない状況も生まれます。先の記事で示したように、テレビCMで、ビフィズス菌と乳酸菌が同じだと思っている人が78%もいて、それは正しくない思い込みという伝え方も出てくるわけです(→乳酸菌とテレビCM )。
 
最後に、疑問に思ったことがあります。それは、省令で発酵乳には乳酸菌(または酵母)が1千万個/mLいることが規格として定められていますが、「ビフィズス菌は乳酸菌ではない」とするメーカーは、それをどうやって保証しているのでしょうか。商品表示にはそれがありません。省令に対する商品表示に矛盾があります。

ビフィズス菌は厳しい生育条件を要求するので、それ単独ではヨーグルトの生成は困難です。したがって、一般的にはスターターとして乳酸桿菌目の乳酸菌(狭義の乳酸菌)が必要です。しかし、一部のメーカーを除けば、ビフィズス菌利用のメーカーからは、彼らが乳酸菌と定義する菌に関する具体的な情報提供はないようです。少なくとも商品を見る限りわかりません。
 
引用文献
 
[1] Mattarelli, R. et al.: Recommended minimal standards for description of new taxa of the genera Bifidobacterium, Lactobacillus and related genera. Int. J. Syst. Evol. Microbial. 64, 1434-1451 (2014). 
 
[2] 日本乳酸菌学会:http://jslab.jp/index.html
 
[3] 光岡知足:プロバイオティクスの歴史と進化. 日本乳酸菌学会誌 22, 26-37 (2011). 
 
[4] e-Gov: 乳及び乳製品の成分規格等に関する省令. http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=326M50000100052
 
[5] ヤクルト中央研究所: 健康用語の基礎知識「乳酸菌」https://institute.yakult.co.jp/dictionary/word_1138.php
 
[6] 株式会社明治:Q&A豆知識編「乳酸菌のヒミツ」http://qa.meiji.co.jp/category/show/317?site_domain=default
 
 
[8] 雪印メグミルク株式会社:ヨーグルト研究室「ヨーグルトと乳酸菌」http://www.meg-snow.com/fun/academy/yogurt/farmentation/
 
[9] 森永乳業株式会社:ヨーグルトについて. http://bifidus.jp/knowledge/
 
[10] ダノン:BE80菌と厳選された4種類の菌. 
 
[11] 日清ファルマ株式会社:http://www.nisshin-pharma.com/bificolon/
 
[12] 日本ビフィズス菌センター/腸内細菌学会:よくある質問「ビフィズス菌と乳酸菌の違いを教えてください」http://bifidus-fund.jp/FAQ/FAQ_05.shtml
 
[13] 小岩井乳業:こだわりのヨーグルトストーリー「生乳ヨーグルトトリビア」 http://www.koiwaimilk.com/brand/trivia/yogurt/
 
[14] 大塚チルド食品:植物と乳酸菌のチカラ「乳酸菌のパワー」http://www.otsuka-chilled.co.jp/power/probiotics/
 
                
カテゴリー:微生物の話