はじめにービフィズス菌は広義の乳酸菌である
ビフィズス菌(bifidobacteria)は、グルコースを発酵して乳酸を主要発酵生産物の一つとして生成する細菌です。すなわち、広義の「乳酸菌」です。しかし、乳酸菌とは別の細菌として取り扱われることも多いです。
したがって「ビフィズス菌と乳酸菌は異なる」という漠然とした提示は、乳酸菌の定義が明示されない限り誤解を招きます。
重要ポイント
●乳酸菌は乳酸発酵を行う菌の総称であり分類学的名称ではない
1. 分類
ビフィズス菌は分類学的にはBifidobacterium属(ビフィズス菌属)に属する細菌の総称です。本属の種としてこれまで60種以上が発表されていますが、そのなかにはシノニム(同種であるにもかかわらず別種名としてされたもの、同物異名)も含みます [1]。
生物の分類は、高次から順に門→綱→目→科→属→種というような階層分類になっています。ビフィズス菌は、最も高次の分類階級としてはアクチノバクテリア門(放線細菌門)に属します(図1)。ほかの乳酸菌(乳酸桿菌や乳酸球菌)はファーミキュテス(フィルミクテス)門という別の門に属しますので、ビフィズス菌はこれらとはまったく系統が異なる広義の乳酸菌ということになります。
図1. ビフィズス菌の階層分類
アクチノバクテリア綱は放線菌(actynomycetes)の仲間がたくさん集まる高次分類群ですが、ビフィズス菌はビフィズス菌目として独立した下位の系統を形成しています。そして、この目には、科としてビフィズス菌科のみが含まれます。さらにビフィズス菌科の中に10属が含まれ、そのうちの1つがビフィズス菌属です。
細菌の属名を提唱するときには、命名規約で基準となる種(基準種)を指定する決まりになっています。ビフィズス菌属の基準種は、ビフィドバクテリウム・ビフィドゥムBifidobacterium bifidum です。市販の発酵乳製品には、この基準種とは別のビフィズス菌(Bifidobacterium longumやBifidobacterium lactis [Bifidobacterium animalis subsp. lactis] など)が使われています。
2. 細胞形態
ビフィズス菌は細菌ですので顕微鏡下でしか姿を見ることができません。細胞形態上は桿菌ですが、乳酸桿菌であるラクトバチルスのようなまっすぐな桿菌ではなく、屈曲したり、枝分かれするような不定形な桿状細胞を有します。ちなみに、ビフィズス(bifidus)はラテン語で二つに別れた(二又)という意味です。
図2. ヒト糞便から分離したBifidobacterium bifidumの透過型電子顕微鏡写真(ネガティヴ染色像)
図3. 市販発酵乳から分離したBifidobacterium longumの位相差顕微鏡写真(左)と透過型電子顕微鏡写真(右)
ビフィズス菌はほかのアクチノバクテリア門細菌と同様に、細胞の外側に分厚い細胞壁をもちます。この細胞壁はプロテオバクテリア門という別系統に属する大腸菌や緑膿菌のそれよりも厚く、グラム染色という染色法で染め分けることができます。
グラム染色では、まずクリスタルバイオレットという紫の色素で細胞を染色し、その後アルコールで脱色します。そうすると大腸菌や緑膿菌は脱色されるのに対し、ビフィズス菌では色素が細胞壁に残ったままになります。脱色後の細胞をサフラニンという赤い色素で後染色すると、ビフィズス菌は赤紫になり、大腸菌や緑膿菌は赤色に染まります。前者をグラム染色陽性菌(Gram-stain-positive bacteria)、後者をグラム染色陰性菌(Gram-stain-negative bacteria)と呼びます。
3. 生理学的性質
ビフィズス菌は大腸菌や緑膿菌のように酸素呼吸ができません。酸素呼吸のみならず、酸素以外の電子受容体を使う嫌気呼吸もできません。生活のためのエネルギー(ATP)はすべて発酵で獲得します。したがって、基本的に酸素のないところで生活する嫌気性かつ発酵性の細菌です。
しかしながら、酸素に耐性のある種も次第に分離されており、通性嫌気性(好気的にも嫌気的にも生育するという意味)として記載されている種も増えてきています。したがって従来のように、「ビフィズス菌はすべて絶対的な嫌気条件を要求する偏性嫌気性菌である」という概念も変えなければならないようになっています。
乳酸発酵の様式は、乳酸のみを生成するホモ乳酸発酵と乳酸以外にも発酵生産物を生成するヘテロ乳酸発酵に分別されます。ビフィズス菌は、ビフィズス経路(bifidus shunt)とよばれる特殊な代謝経路を使って、グルコースから乳酸と酢酸を生成します。図5にホモ乳酸発酵とヘテロ乳酸発酵、そしてビフィズス経路による特殊なヘテロ乳酸発酵の化学反応式を示します。
ビフィズス経路を使って乳酸発酵を行うのはビフィズス菌だけです。ファーミキュテス門に属する乳酸菌は、ホモ乳酸発酵かエタノールや酢酸を生成するヘテロ乳酸発酵で生活しています。また、一部の菌のヘテロ乳酸発酵(乳酸+酢酸)においては、還元力処理のために酸素が必要です。
図5にみられるように、グルコース1分子あたり生成する乳酸はホモ乳酸発酵では2分子、エタノール生成のヘテロ乳酸発酵では1分子、酢酸生成のヘテロ乳酸発酵では1分子、ビフィズス経路では1分子になります。ビフィズス経路の発酵生産物は酸素を要する酢酸生成のヘテロ乳酸発酵のそれと似ていますが、前者では乳酸の1.5倍量(モルベース)の酢酸を生じることが特徴です。
グルコース1分子あたり生成するATPはホモ乳酸発酵では2分子、エタノール生成のヘテロ乳酸発酵では1分子、ビフィズス経路では2.5分子になります。したがって、ビフィズス菌は、ホモ乳酸発酵や典型的ヘテロ乳酸発酵を行う乳酸菌よりも効率的なエネルギー生産を行なっていることがわかります。
4. 分布と生態
ビフィズス菌のヒトの腸内における菌数は個人差がありますが、一般に糞便1 gあたり100億個と言われています。一方で、ファーミキュテス門の乳酸菌も腸内常在菌ですが、その数はビフィズス菌の0.1%以下と言われています。
しかし、年をとるとビフィズス菌の菌数は減少していきます。代わりに悪玉菌が増えてきます。そのために、ヨーグルトなどの発酵乳製品の摂取によるビフィズス菌を含めた乳酸菌の腸内補充が推奨されているわけです。しかしながら、外から摂取した菌が腸内にほとんど定着することはないので、常時発酵乳を摂る必要があります。
とはいえ、摂取したビフィズス菌が腸内に定着することはないとしても、すでに腸内に存在している善玉菌の生育を促す効果はあるようです。
このように、ヒトを含めた動物の腸管内の常在菌としてのビフィズス菌の嫌気的生活が従来の常識としてありましたが、実はこれら以外の分離源も報告されています。とくに21世紀に入ってから、次々とヒト・動物以外からビフィズス菌が発見されています [2–6]。
表1に環境中から発見されたビフィズス菌の種を示します。分離源として特徴的なのが、発酵乳、チーズ、サワー飲料などの伝統的発酵飲料・食品が多いことです。これらの菌の特徴として偏性嫌気性ではなく、通性嫌気性(酸素耐性)ということがあります。これらの菌種は、このような発酵乳や発酵食品の生成過程に重要な働きをしていることが推察されます。
また、興味深いことに、嫌気消化汚泥という廃水処理系からも分離されています。
表1. ヒト・動物以外から分離されたビフィズス菌の菌種と酸素に対する性質
重要ポイント
●ビフィズス菌はヒト・動物の体内以外にも環境中に生息する
●発酵飲料・食品から分離されるものは通性嫌気性
おわりに
そこで、ビフィズス菌をファーミキュテス門に属する乳酸菌と区別して、「ビフィズス菌と乳酸菌の違い」といったフレーズがメーカーから、そして学会や研究者からさえも聞こえてきます。しかし、あらかじめ乳酸菌の定義を明示しておかない限りこの概念は正しく伝わりません。この定義がない前提では、ビフィズス菌は広義の乳酸菌として解釈されるべきものです。
英語で乳酸菌は"lactic acid bacteria"と言いますが、ビフィズス菌と区別して狭義の乳酸菌を呼ぶときは"the lactic acid bacteria"と定冠詞をつけて限定します。ところがこのような区別は日本語ではできません。
これまでビフィズス菌は、ヒトや動物の体内に生息している偏性嫌気性細菌であるというイメージがありましたが、環境中における広く分布している可能性が出てきました。そして通性嫌気性の菌種も多く存在するということがわかりました。
次回は、このような情報に基づいて、いろいろなメーカーや学会などから出されているビフィズス菌に関する情報をさらに検証していきたいと思います。
引用文献
[1] List of Prokaryotic names with Standing in Nomenclature: Genus Bifidobacterium. http://www.bacterio.net/bifidobacterium.html
[2] Masco, L. et al.: Polyphasic taxonomic analysis of Bifidobacterium animalis and Bifidobacterium lactis reveals relatedness at the subspecies level: reclassification of Bifidobacterium animalis as Bifidobacterium animalis subsp. animalis subsp. nov. and Bifidobacterium lactis as Bifidobacterium animalis subsp. lactis subsp. nov. Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 54, 1137-1143 (2004).
[3] Laureys, D. et al.: Bifidobacterium aquikefiri sp. nov., isolated from water kefir. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 66, 1281-1286 (2016).
[4] Delcenserie, V. et al.: Description of a new species, Bifidobacterium crudilactis sp. nov., isolated from raw milk and raw milk cheeses. Syst. Appl. Microbiol., 30, 381-389 (2013).
[5] Watanabe, K. et al.: Bifidobacterium mongoliense sp. nov., from airag, a traditional fermented mare's milk product from Mongolia. Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 59, 1535-1540 (2009).
[6] Dong, X. et al.: Bifidobacterium thermacidophilum sp. nov., isolated from an anaerobic digester. Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 50, 119-125 (2000).
カテゴリー:微生物の話
カテゴリー:食と生活・食品微生物