Dr. Tairaのブログ

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新型コロナウイルスに対するBCGワクチンの有効性に関する新たな知見

はじめに

米国の研究チームによる興味深い論文が、2020年8月13日、電子出版されました [1]。どこが興味深いかと言うと、新型コロナウイルスSARS-CoV-2エンベロープのタンパク質が結核らい菌仲間であるマイコバクテリア(mycobacteria)の抗原タンパク質と構造的に似ているというのです。具体的には、エンベロープタンパクの一部と、マイコバクテリアLytRというタンパク質と相同性があるというものです。 そして、論文タイトルにもあるように、BCG(Bacillus Calmette-Guerin)ワクチンによってSARS-CoV-2に対する免疫を付与するかもしれないとしています。

COVID-19の流行において大きな話題になっていることの一つが、欧米諸国と日本を含む東アジアの諸国との間で、感染者数と死者数において大きな開きがあるということです。あまりにも差があるために、欧米と東アジアを分ける何らかの大きな要因(山中伸弥教授が言うファクターX)があるのではないかという作業仮説が立てられ、世界中でその解明のための研究が行われています(関連ブログ: 日本の新型コロナの死亡率は低い?COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価)。

そして、ファクターXの候補の一つと挙げられているのが、BCGワクチンの接種です(→BCG接種が新型コロナウイルス感染抑制に効く?)。いくつかの既出論文は、BCG接種を行なっている国々とそうでない国々との間で、感染者数や死者数に有意な差があることを示しています。

このブログでは、さらにBCG説の追い風になるような、この米国の研究チームの論文について解説したいと思います。

1. マイコバクテリアの特徴

本論に入る前に予備知識として、マイコバクテリアの特徴について説明したいと思います。マイコバクテリアは、Mycobacterium属に包括される細菌種を総称する言葉です。系統的には、放線菌の仲間といっしょにアクチノバクテリア門に属し、グラム染色という染色法で陽性(青紫)反応を示す表現型で特徴づけられます。グラム染色陽性のもう一つの系統としてはファーミクテス門があり、枯草菌(Bacillus subtilis)、乳酸桿菌(Lactobacillus)、黄色ブドウ球菌Staphylococcus aureus)などが含まれます。

細菌の細胞壁ペプチドググリカンで構成されていますが、グラム染色陰性菌と陽性菌とではペプチドグリカン層の厚みも含めて構造が異なります(図1)。グラム染色陽性菌の細胞壁テイコ(タイコ)酸と呼ばれる陰イオン性ポリマーで修飾されています。この物質は、ホスホジエステル結合を介してして連なった、グリセロールリン酸またはリビトールリン酸からなる重合体です。

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図1. グラム染色陰性菌と陽性菌の細胞表層の構造(膜結合・貫通のさまざまなタンパク質のイメージを含む).

グラム染色性陽性細菌の細胞壁合成に重要な役割を果たしているのが、 LCPファミリーと呼ばれるタンパク質の一群です [2]。これらは、テイコ酸の細胞壁と細胞膜を繋ぐ役目をする膜貫通タンパク質です(図2。今回の論文で出てくるタンパク質LytRはこのファミリーの一つで、LCPタンパクのC末端部分のドメインを構成していますが、機能はまだ十分に解明されていません。

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図2. LcpA-LytR_C末端ドメインおよびLcpBの構造の概要(文献[2]から転載).

マイコバクテリア細胞壁の表面には、また、ミコール酸と呼ばれる脂質(炭素数が60個から90個のロウ様物質)が多量に存在します。したがって、グラム染色を行なう際、加温しない限り染まりにくいという性質があります。

そして一旦染色されると容易に脱色されないという性質を有します。たとえば、チール・ネールゼン染色(石炭酸フクシン染色、塩酸アルコール脱色、メチレンブルーでの後染色)を行なうと、細胞が赤紫に染まりますが、これは強力な脱色剤である塩酸アルコールで処理しても安定しています。この染色法を抗酸性染色(acid-fast stain)と言います。なお、今回紹介する論文では、本法をacid-fast bacillus (AFB)染色と呼んでいます。

AFB染色で陽性反応を示す細菌は抗酸菌(acid-fast bacteria)と呼ばれますが、これはマイコバクテリアだけではなく、アクチノバクテリア門に属するいくつかの菌属も含まれます。

2. 抗酸性染色と免疫染色

今回の研究では、古典的な微生物学的染色法であるAFB染色免疫組織化学法を併用するという簡単なアプローチを用いて、マイコバクテリア細胞上におけるSARS-CoV-2との相同性タンパク質の存在を証明しています。用いた技法は染色のみであり、あとはデータベースから得られるタンパク質のアミノ酸配列について、BLASTP解析を行なっているだけです。

研究チームは、結核菌やらい菌を含むマイコバクテリア4種のいずれかに感染した組織のフォルマリン固定パラフィン包埋標本11サンプルを材料として用いました。また6サンプルについては、微生物数が非常に少なく、PCRでマイコバクテリア感染を確認しています。これらのサンプルはすべて2018年以前に採取されたものであり、SARS-CoV-2の感染はないと考えられるものです。

用いた組織標本サンプルは、微生物細胞が認められる限りAFB染色で陽性でした。図2に、供試組織のAFB染色とSARS-CoV-2タンパクの抗体を用いた免疫染色の結果を示します。組織標本を免疫染色した場合、エンベロープタンパクを標的とする抗体反応では強いシグナルが認められました(図2B、染色剤はDAB [ジアミノベンジジン])。一方、膜タンパクやスパイクタンパクを標的とする反応では、シグナルは見られませんでした(図2C, D)。

組織標本のエンベロープタンパクを標的染色と同様な結果は、Mycobacterium avium-avium-intracellulareについても得られました(図2E)。また、このような染色シグナルは、ほかのグラム染色陽性菌(枯草菌、乳酸桿菌、黄色ブドウ球菌)やグラム染色陰性菌(大腸菌)では得られないことを確認しました(図2F)。

そしてAFB染色とエンベロープ標的(図2G)あるいはスパイクタンパク標的(図2H)免疫染色の2重染色を行なった場合においても、AFBのシグナルとエンベロープ染色シグナルが同じ部位に得られることを確かめました。

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図2. マイコバクテリア感染組織標本のAFB染色およびSARS-CoV-2のエンベロープ、膜タンパク、スパイクタンパクを標的とする免疫染色(文献[1]からの転載図に加筆).

これらの結果は、マイコバクテリア細胞の表層に、SARS-CoV-2のエンベロープタンパクと同じような抗原になる物質があることを示唆するものです。

研究チームは、発色剤をDABからFast Redに替えた免疫染色でも、抗酸性桿菌と同様な位置にエンベロープタンパクの反応シグナルが出ることを確かめています。さらに、マイコバクテリアがほとんど認められない感染組織標本に対してFast Red免疫染色を試み、わずかなシグナルが出ることを認めています。

3. タンパク質の一次構造の相同性

それでは、SARS-CoV-2のエンベロープタンパクと相同的と思われるマイコバクテリアのタンパク質は何か?ということになります。そこで研究チームは、データベース上にあるウイルスとマイコバクテリアのBLASTP相同性解析を行ないました。

その結果、相同的なタンパク質として、LytR_C-terminal domain-containing proteinとして知られる、ツベルクリン様タンパク質がヒットしました。このタンパク質は、12アミノ酸残基においてSARS-CoV-2エンベロープタンパクと相同性がありました(図2)。

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図2. SARS-CoV-2のエンベロープタンパクとマイコバクテリアLytR_C-terminal domain-containing proteinのアミノ酸配列の多重アライメント(*印は完全一致部位、文献[1]からの転載図に加筆).

研究チームは、LytR_C末端ドメインはマイコバクテリア以外のグラム染色陽性菌にはほとんど見られず、相同性を示すタンパク質も見当たらないと言っています。そして抗原抗体反応においては、5アミノ酸残基の相同性があれば成立するということを挙げて、今回のSARS-CoV-2エンベロープ標的の抗体反応がマイコバクテリアで起こった事実を説明しています。

しかし上述したように、LytR_C末端ドメイン自身は、マイコバクテリア以外のアクチノバクテリア門の菌種にもたくさん存在しますし、ファーミクテス門の枯草菌にも見られます。とはいえ、私自身もBLASTP解析を行なってみたところ、SARS-CoV-2のエンベロープタンパクに高い相同性を示すLytRタンパク質は、マイコバクテリア以外には見つけることができませんでした。

3. BCGワクチンの有効性と今後

BCGワクチンによるSARS-CoV-2への免疫付与については、すでに「訓練免疫」という自然免疫強化の観点からその有効性が指摘されています [3]。今回の論文でも、これらのBCG説の根拠になる既出論文を挙げて考察していますが、抗原となり得る相同タンパクを見つけたということであれば、むしろ獲得免疫の話ということになるでしょう。得られた情報が限定されているため、論文ではそれほど突っ込んだ考察にはなっていません。とはいえ、結論として研究チームは、BCGワクチンは、ウイルス感染に必要なタンパク質に対する適応免疫応答を誘導し、SARS-CoV-2感染を防ぐさまざまな免疫を付与すると述べています。

今回の研究は基本的に染色技術だけに頼って得られたデータであるため、情報が限定的であり、BCGの有効性を論じるためには不確かな点も数多くあります。あくまでも相同性タンパクが見つかったという以上のものではありません。課題として、LytRタンパクとエンベロープタンパクの詳細な比較構造解析や機能解析が必要であり、BCG(あるいはLytRタンパク)とSARS-CoV-2のエンベロープタンパクが、同じような免疫応答をもたらすのか、ということを確かめる必要があるでしょう。

また、COVID-19流行に対するBCGワクチンの効果としては、ワクチン株の違いが重要ではないかという指摘があります [4]。しかし、今回の米国チームの研究結果からは、LytR_Cドメインは調べたマイコバクテリア菌種のすべてに保存されており、株による効果の違いを支持するような結果は得られていません。

さらに、日本においてはほとんどすべての国民が、ツベルクリン反応陽性かBCG接種で推定される免疫獲得者と考えられますが、それでも、COVID-19を発症する人がいて、かつ少ないとはいえかなりの死亡者が出ている現状はどのように考えたらいいかという問題もあります。一方で、20歳以下では極端に感染者が少ないという事実もあって、ワクチン接種がやはり効果があるのかという期待感もあります。

少なくとも今回の米国チームによる研究で、BCG説に有利な知見が一つ増えたということは言えますが、決定的とは言うには時期尚早でしょう。

現在、世界中でSARS-CoV-2のワクチン開発がしのぎを削っていますが、スパイクタンパクの遺伝子を標的とするmRNA、DNAワクチン(アデノウイルスベクターワクチン)が主体になっています。もしBCGワクチンが有効となれば、ワクチン開発競争に大きな一石を投じることになるでしょう。

おわりに

このブログでも3月の時点で、マイコバクテリアSARS-CoV-2の相同性タンパクの探索を行なってみては?ということを書きました(→BCG接種が新型コロナウイルス感染抑制に効く?)。それが今回の研究で早くも実践されたということが言えます。

AFB染色も免疫組織化学染色もBLAST解析も、大学の卒研生レベルで行なえる簡単な技法であり、誰でも思いつくアイデアです。このような簡単なアプローチでも、インパクトのある結果を出せるということを、今回の論文であらためて感じました。

もっともこの研究は、マイコバクテリア感染の標本が保存され入手可能であったこと、免疫染色用のSARS-CoV-2の抗体が試薬として手に入ることで初めて可能となったわけです。その時点で、アイデアをいかに早く生かし、研究に着手するかということが重要だということでしょうね。

研究の着想、スピードという点でまたしても米国の力を見せつけられました。日本の研究も健闘を期待したいところです。

引用文献・記事

[1] Nuovo, G. et al.: Strong homology between SARS-CoV-2 envelope protein and a Mycobacterium sp. antigen allows rapid diagnosis of mycobacterial infections and may provide specific anti-SARS-CoV-2 immunity via the BCG vaccine. Annal. Diagnostic Pathol. 48, October 2020, 151600. https://doi.org/10.1016/j.anndiagpath.2020.151600

[2] Baumgart, M. et al.: Impact of LytR-CpsA-Psr proteins on cell wall biosynthesis in Corynebacterium glutamicum. J. Bacteriol. 198, 3045–3059 (2016). https://jb.asm.org/content/198/22/3045

[3] O’Neill LAJ, Netea MG. BCG-induced trained immunity: can it offer protectionagainst COVID-19? Nat. Rev. Immunol. 2020. https://doi.org/10.1038/s41577-020-0337-y.

[4] Miyasaka, M. Is BCG vaccination causally related to reduced COVID-19
mortality? EMBO Mol. Med. May 7, 2020. https://www.embopress.org/doi/abs/10.15252/emmm.202012661

引用した拙著ブログ記事

2020年5月18日 COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価

2020年5月13日 日本の新型コロナの死亡率は低い?

2020年3月29日 BCG接種が新型コロナウイルス感染抑制に効く?

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:微生物の話