腸内細菌は、食生活や健康との関連で今や頻繁にメディアにも取り上げられる一般的な言葉になりました。ときには腸内フローラという言い方もされます。今日のNHK-Eテレ「人生レシピ」では、再放送(昨年4月放送分)でこの話題ついて取り上げていました。
まず、言葉の定義ですが、日本では腸内細菌(enteric bacteria)と腸内フローラ(gut microflora, enteric flora)はほぼ同義語として用いられていますが、「腸内に生息する細菌群」という意味においては海外で両方ともあまり用いられません。とくに腸内フローラという呼称が使われることは稀です。
フローラは元々はラテン語で、英語やドイツ語では「植物相」を意味します。したがって厳密に言えば腸内フローラという呼称は適正ではありません。腸内細菌を総称的に言う場合は、海外では正確にヒト腸内マイクロバイオーム(human gut microbiome)やヒト腸内微生物叢(human gut microbiota)という言葉が使われます。
ここでは、これらの意味で腸内細菌という言葉を使います。
腸内細菌が健康と深い関係にあるのは、一般にも広く知られています。たとえば、肥満、アレルギー、うつ病、糖尿病と深い関係にあることはすでに科学的に証明されています(図1)。そのほかにも、免疫、ガンなどとの関わりや、脳の神経伝達にも関係があることが解明されつつあります。
腸内細菌について一般的によく使われている言葉として、いわゆる善玉菌や悪玉菌があります(図2)。これら自体は学術的用語ではなく俗称です。
善玉菌の代表がビフィズス菌で腸を活性化するはたらきがあります(図2左上)。ビフィズス菌は幼児期には腸内で優占していますが、加齢とともに菌数が少なくなっていきます。放送で登場していた、腸内細菌の研究で知られている理化学研究所の辨野義己博士は、彼自身の腸内細菌の調査で実際に加齢とともにビフィスス菌が少なくなっていく様子を示していました。
悪玉菌の代表はウェルシュ菌です(図2右上)。芽胞をつくる性質があり、カレーなどでしばしば食中毒の原因になります。ビフィズス菌と逆で加齢とともに腸内で増えてくることがありますが、この状態で食中毒になるわけではありません。
善玉菌や悪玉菌のほかに日和見菌があります(図2下)。これは、条件によっていいはたらきもするし、悪い影響も与える菌です。
腸内細菌が健康と関係する例として肥満が挙げられていました。とくに腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸との関係です(図3)。短鎖脂肪酸とはその名のとおり短い長さの脂肪酸のことで、具体的には酢酸、プロピオン酸、酪酸などを指します。
放送では、普通のエサを食べたマウスと短鎖脂肪酸入りのエサを食べたマウスの体重を比較し、後者が肥満が抑えられていたことを示していました。
酪酸産生菌やビフィズス菌が多い人は一般に健康であり、長寿でもあることから、これらの菌は長寿菌とも呼ばれています(図4右)。実際のはらきとしてはがん細胞の抑制、免疫力の向上、消化・吸収の促進などがあります(図4左)。
特定の乳酸菌は美容にも関係あります。ラクトコックスと呼ばれる乳酸菌は、大豆に含まれるイソフラボンをエクオールに変換します(図5)。このエクオールには、肌を若々しく保つはたらきがあります。大豆を食べることは美容と健康の両方に効果がありそうです。
このような腸内細菌の質・量は、私たちの食習慣に非常に関係があります。放送では長い間お菓子しか食べていない便秘の若い女性を例に挙げて紹介していました。彼女の腸内細菌を検査したところ、善玉菌が極端に少ないことがわかり、野菜を中心とする食事に切り替えることによって腸内細菌が正常になったということを伝えていました。
2011年、ドイツ、フランス、日本などの国際研究チームは、国ごとの食性に関係する腸内細菌の違いがあるかどうかを調査し、その結果をエンテロタイプとしてNature誌に発表しました(図6)[1]。この報告によると、食性によって以下のような特徴があることがわかりました。
エンテロタイプの違い
●高タンパク質、高脂肪、低炭水化物の食事ではバクテロイデスが優占(米国、中国など)
●中間型の食事ではルミノコックスが優占(日本、スウェーデンなど)
図6. エンテロタイプは食性に関係する [1]
上記の結果とその後の研究の進展は、Nature Cafeでも紹介されています [2]。
このように腸内細菌の構成は食習慣によって大きく異なることが科学的に証明されました。それによって、健康はもとより、場合によっては性質・行動などにも影響してくる可能性があります。
健康・長寿を目指すためには、善玉菌や長寿菌を増やすことが大切です。すなわち、重要なのが水溶性食物繊維や野菜、穀類を中心とする食事です(図7)。
放送では、毎日の3回の食事とともにヨーグルトを摂ることも重要であることを指摘していました。たとえば、加齢とともにビフィズス菌が減少した腸内の状態であっても、外からビフィズス菌を摂取することによって、少なくなったものを助長・活性化することができます。
引用文献
[1] Arumugam, M. et al.: Enterotypes of the human gut microbiome. Nature 473, 174-180 (2011).
[2] Nature Cafe: 第20回 健康と疾患における腸内細菌叢の役割 レポート.
カテゴリー:食と生活・食品微生物
カテゴリー:微生物の話