Dr. Tairaのブログ

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抗菌グッズを考える

はじめに
 
私たちの周囲はウイルスや微生物だらけです。先のページ紹介したように、空からは膨大な数のウイルスやバクテリアが常時降り注いでいます(→空から大量のウイルスや微生物が降ってくる)。それらをあらためて考えるまでもなく、私たちの体そのものが微生物の塊です。
 
一方で、微生物を嫌うかのように、ことさら生活環境を「清潔」にする傾向もあります。その延長で流行っているのが抗菌グッズであり、今や1兆円産業にまで成長しています。ここで、私たちの体の表面の事実(微生物がいること)を紹介した上で、抗菌グッズについて考えてみたいと思います。
 
なお、「抗菌」とは微生物の増殖を阻止することですが、詳細については前のブログ記事(→滅菌と殺菌)を参照ください。
 
1. 体には無数の微生物が付着している
 
今やテレビやインターネットなどのさまざまなメディアで紹介されるようになりましたが、私たちの腸管内には多数のバクテリアが生息しており、腸内細菌とか腸内フローラ(フローラは元々植物相の意味)とか呼ばれています。専門的には腸内マイクロバイオーム(微生物集合体の意味)と言うこともあります。また、口の中には口腔内細菌と呼ばれる多数のバクテリアが棲んでいます。
 
これらの体内のバクテリアが私たちの健康と密接な関係にあることも、すでに周知の事実として一般の人々にも理解されています。
 
一方で、私たちの体の表面にいる微生物については、まだまだ認知度が低いようです。実は、体の中に劣らず、体表面には膨大な数の微生物が付着しています。体の部位によって異なりますが、寒天平板法で培養すると、平均で1平方cm当たり数万個の生きているバクテリアが検出されるということが報告されています [1]
 
私の研究室でも蛍光顕微鏡を用いた方法(→生ゴミ処理の微生物を顕微鏡で視る)で、顔や手足の表面のバクテリアを数えたことがあります。その結果、平均で1平方cm当たり10の5乗のオーダー、多い時は1千万個に近い菌数が得られました。
 
体表面の状態をわかりやすくするために、ネイチャー系の総説誌に発表された論文 [2] から転載した絵を図1に示します。にあるように、皮膚の上には常時多数のウイルス、バクテリア、カビ、ダニなどが付着しており、その存在は真皮にある汗腺や皮脂腺にまで及んでいます。
 
イメージ 1
図1. ヒトの体表面に存在するウイルスや微生物のモデル図(文献 [2] からの改変図)
 
2. 体の部位で異なる種類のバクテリアがいる
 
体に微生物が付着しているといいましたが、少なくともこれらのバクテリアは偶然にくっついたものではなく、定常的に皮膚表面に生息していると考えられています。このことは、体の部位によって検出されるバクテリアの種類が異なることからもわかります [2]
 
個人にはそれぞれ固有の微生物が棲んでいますが、図2に示すように部位ごとのバクテリアの種類は一定の傾向があります。大まかに言うと以下のようになります。
 
●顔にはアクチノバクテリア(プロピオン酸菌 [アクネ菌]やコリネバクテリアなど)が多い
●脇から下の手足にはプロテオバクテリアが多い
●ヘソから下の下半身ではアクチノバクテリアブドウ球菌が多い
●体の正面と背面でも種類が異なる
 
イメージ 2
図2. 体表面の部位ごとに見られるバクテリアの種類(文献 [2] からの改変図)
 
3. 体表面にいる微生物の役割
 
皮膚上に生息しているバクテリアは、私たちの健康、美容、免疫にとって重要な役割を果たしています。たとえば、抗菌性物質(抗菌ペプチドや脂肪酸)を生産したり、体の表面を弱酸性に保ち、病原菌の付着を防ぐなどの働きをしています。
 
個別的にみると、顔、背中、手足に多いプロピオン酸菌(通称アクネ菌ブドウ球菌は、皮脂をリパーゼという酵素で分解して脂肪酸とグリセリンを産生します。その結果、皮膚は脂肪酸による抗菌性と弱酸性を保ち、水分も保持することができます。
 
ブドウ球菌の中には食中毒の原因となる黄色ブドウ球菌が存在しますが、皮膚上にいるブドウ球菌表皮ブドウ球菌と呼ばれる別の種類です。黄色ブドウ球菌は弱アルカリを好みますが、表皮ブドウ球菌アクネ菌が皮膚を弱酸性にしてくれるおかげで、容易に侵入できません。
 
また、アクネ菌は酸素を嫌う偏性嫌気性菌です。毛穴が皮脂で詰まると嫌気環境になるため、この菌が異常に増殖してニキビを作ります。
 
上記のバクテリアとは別に、マラセチア菌呼ばれる真菌(カビ)も存在します。この菌も皮脂を分解して脂肪酸とグリセリンを産生します。興味深いことに、長期宇宙滞在する宇宙飛行士には飛行前よりマラセチア菌が約10倍も増えていることが報告されています [3]
 
このような事実を考えると、皮膚の脂分と微生物は健康にとって非常に大切なことがわかります。これらは、ニキビのように美容の面で負の作用もあったり、清潔感ということにも影響しますが、過度にシャワーを浴びたり、洗顔・洗髪することは、健康維持の面ではマイナスということが言えます。
 
また、話はちょっとそれますが、ゴシゴシ体を洗いすぎると表面の脂分が不足する結果になり、それを補おうとして皮脂が分泌され、かえって体臭成分が多くなってしまうこともわかっています。
 
4. 抗菌グッズを考える
 
抗菌グッズとは、微生物(経産省の定義ではバクテリアが対象)の付着・繁殖を防ぐための加工をした商品の総称で、1980年代に登場しました。とくに、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌などの院内感染や大腸菌O-157などによる食中毒が多発してからブームになったようです。
 
今では、生活雑貨用品、家電製品などから、建材やカーテンに至るまであらゆるものが抗菌加工され、販売されています。抗菌剤としては、化学薬品や金属イオン(銅・銀など)が利用されているものが多いようです。原材料にこれらの抗菌剤を混ぜたり、製品の表面に塗布したりして抗菌性を保つとされています。
 
このように、すっかり定着した抗菌グッズですが、一方では使われている抗菌剤に対する問題点や疑問点も出されています。いくつかの総説 [4] にも課題が取り上げられていますが 、要約すると以下のようになります。
 
●抗菌作用が明確でないものがある
●抗菌剤の慢性的使用による人体への影響が不明
●抗菌剤の環境汚染(金属汚染)と修復(回収)に関する情報がほとんどない
 
これらの問題点ももちろんありますが、それ以前に抗菌グッズを使うというライフスタイルそのものに対する疑問もあります。なぜなら、上述したように、私たちの体そのものが抗菌物質と微生物の塊であり、そこに敢えて抗菌グッズを使う意味があるのかということです。
 
すなわち、もともと抗菌性を保っている私たちの体にわざわざ抗菌剤を接触させることで、皮膚上の有用な微生物を殺している可能性があります。また、抗菌剤としての金属イオンの慢性的使用が、体そのものによくなかったり、環境の金属汚染をもたらしたりしている可能性もあります。抗菌グッズの使用が、かえって私たちの健康維持や生活に悪い影響を与えていることが考えられます。
 
抗菌グッズは、世の中にある過度な清潔し好や歪んだ衛生観念に応えるように出て来たものです。そこには、私たちの健康維持に応えるというよりも、儲かるという経済的観点から提供されている感も否めなくありません。
 
5. 体表面の微生物の意義
 
今年初めに出版された総説 [5] では、ヒトの体表面(皮膚)に存在する微生物の意義について最近の知見が述べられています。その内容を要約すると以下のようになります。
 
●皮膚上の微生物は、そこから得られるかすかな栄養分を利用するように適応してきた
●多くの皮膚微生物が、他の微生物の集落形成を阻害したり、その挙動を変化させたりする分子を産生することができる

●健康な成人の皮膚微生物叢は、環境の乱れにもかかわらず、長期にわたって安定した状態を保っている

●ショットガン・メタゲノミクス*により、従来のアンプリコン・シークエンシング*よりも高い解像度で、界、種、株、遺伝子レベルでの皮膚微生物叢の探索が可能となる

●皮膚微生物は、皮膚免疫系の自然免疫系と適応免疫系を訓練する重要な役割を担っている

●一部の皮膚疾患は、微生物の状態の変化と関連しており、このような微生物異常の回復が、疾患の予防や治療に役立つ可能性がある

 

*皮膚の微生物叢はこれまで特定の遺伝子(例:リボソームRNA遺伝子)を標的として増幅し、それを次世代シークエンサーで塩基配列解読する方法(アンプリコン・シークエンシング)が用いられていましたが、最近では、網羅的にDNAを解析してそれをゲノムレベルで再構成するショットガン・メタゲノミクスが多用されています。

 

おわりに

 

私たちの体の表面には、独自の微生物生態系があり、外敵からの保護という基本的にポジティヴな役割を果たしています。これらを考慮しながら、抗菌グッズの使用も含めて、私たちの生活環境とライフスタイルをよりいい方向に考えていきたいものです。

 
私たちは時代とともに人工的な都市環境、住環境に身を置くことによって、体表面の微生物叢も変化し、自然免疫にも影響するようになっていることが考えられます。コンクリートや人工物に囲まれた環境を、土や緑に囲まれた環境に変えることによって、アトピーなどのアレルギー反応が改善されるという報告もあります。これらについても、追って紹介したいと思います。
 
引用文献
 
[1] 蓮沼智子ら:ヒト皮膚常在細菌の細菌数測定法に関する臨床研究. 日本臨床微生物学雑誌 22, 42–49 (2012). https://www.jscm.org/journal/full/02202/022020146.pdf
 
[2] Grice E. A. and Segre, J. A.: The skin microbiome. Nat. Rev. Microbiol. 9, 244–253 (2011). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3535073/
 
[3] Yamaguchi, N. et al.: Microbial monitoring of crewed habitats in space—current status and future perspectives. Microbes Environ. 29, 250-260 (2014). https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsme2/29/3/29_ME14031/_article
 
[4] Turner, R. J.: Metal‐based antimicrobial strategies. Microb. Biotechnol. 10, 1062–1065 (2017). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5609261/
 
[5] Byrd, A. et al.: The human skin microbiome. Nat. Rev. Microbiol. 16, 143–155 (2018). https://doi.org/10.1038/nrmicro.2017.157
 
            
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