Dr. Tairaのブログ

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空から大量のウイルスや微生物が降ってくる

3ヶ月ほど前に、ネイチャー系学術誌のISMEジャーナルという微生物生態学専門誌に、「大気中に大量のウイルスや細菌が浮遊している」という論文が出ました(図1[1]。一般の人が聞いたらびっくりするような内容ですが、空中にたくさんの浮遊するウイルスや細菌がいるというのは、微生物やウイルスの生態・環境学の常識です。
 
私は論文タイトルを見て、とりあえずダウンロードし、後でゆっくり読もうとそのままにしていました。
 
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図1. ISMEジャーナルに発表された論文のウェブページ [1].
 
そしたら今月16日にツイッター上で、「無数のウィルスが空中に浮かんで地球を周回している層がある」とつぶやいている人がいて、New York Timesの記事 [2]を引用していました。早速そのNew York Timesの記事(図2)を読んでみると、上記のISMEジャーナルの論文を引用して解説したものでした。
 
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図2. New York Timesのウェブ記事の表紙 [2].
 
あらためてISMEの原著を読んでみると、大気中に細菌やウイルスが大量に浮遊している層があって、そこから細菌が1日、1平方メートルあたり1千万個オーダーで、ウイルスに至ってはその100倍が降り注いでいるという内容でした。なぜ、そんな大量のウイルスが地球大気に存在しているかというと、どうやら海が起源で海水が巻き上げられることによるものらしいです。海には、最大で海水1 mLあたり2.5億個のウイルスが存在していることが、すでに30年近く前に報告されています [3].
 
ISME論文を基に計算してみたところ、最大で1秒間に1平方メートルあたり8万個のウイルスと920個の細菌が降り注いでいるいう結果になりました。したがって、私たちは毎日、空気中からこれだけ大量のウイルスと細菌に暴露されているいうことになります。抗菌グッズとか売られている時代ですがアホらしくなるような数字ですね。
 
自然界のバックグランドとして、これだけのウイルスと細菌が浮遊しているということになるわけですが、このような面を考えると、ヒトや動植物に関わるウイルスや細菌も基本的に空中に浮遊しやすい(空気を汚染しやすい)ということになるでしょう。たとえば、ヒトの体内にいた細菌やウイルスがくしゃみ、咳、会話などで排出され、エアロゾル化し、空中を浮遊するということになるわけです。それこそ、街の中では大量のウイルスや微生物が浮遊していることが想像され、それらの体内への侵入による免疫感作も常日頃起こっていることでしょう。
 
細菌は通常>0.7 μmの大きさであり、ウイルスは<0.7μmの大きさになりますが(平均で細菌の1/10の大きさ、細菌並みの大きさのウイルスも存在)、そこから考えれば、エアロゾルとしてウイルスはより浮遊しやすいということになります [1]。この空中浮遊性という性質は、病原性ウイルス(とくに呼吸器系病原体)の場合、空気感染という面で重要な意味をもちます。たとえば、いくつかの報告があるように、インフルエンザ [4, 5, 6] やMERS、SARS [7] では、エアロゾル感染(空気感染)やそこから派生する接触感染が起こることが知られています。
 
もちろん、感染症という面では最小発症量への暴露が重要になるわけですが、とくに呼吸器系感染症の場合は、基本的にウイルスが空中に浮遊するヴィリオン粒子であるということを念頭においておくべきでしょう。
 
この先、地域的な感染症の流行のみならず、世界的なパンデミック(pandemic)が起こることを想定しておかなければいけませんが、空中に浮遊しやすい(空気感染しやすい)ウイルスによる感染症だからこそ、パンデミックに至るということになるでしょう。
 
引用文献・記事
 
[1] Reche, I. et al.: Deposition rates of viruses and bacteria above the atmospheric boundary layer. ISME J. 12, 1154–1162 (2018). https://www.nature.com/articles/s41396-017-0042-4
[2] The New York Times: Trillions Upon Trillions of Viruses Fall From the Sky Each Day. April 13, 2018. https://www.nytimes.com/2018/04/13/science/virosphere-evolution.html
[3] Bergh, Ø et al.: High abundance of viruses found in aquatic environments. Nature 340, 467–468 (1989). https://www.nature.com/articles/340467a0
[4] Blachere, F. M. et al: Measurement of airborne influenza virus in a hospital emergency department. Clin. Infect. Dis. 48, 438–440 (2009). https://academic.oup.com/cid/article/48/4/438/283890
[5] Herfst, S. et al.: Airborne transmission of influenza A/H5N1 virus between ferrets. Science 336, 1534-1541 (2012). https://science.sciencemag.org/content/336/6088/1534.long
[6] Cowling, B. J. et al.: Aerosol transmission is an important mode of influenza A virus spread. Nat. Commun. 4, 1935 (2013). https://www.nature.com/articles/ncomms2922
[7] Otter, J. A. et al.: Transmission of SARS and MERS coronaviruses and influenza virus in healthcare settings: the possible role of dry surface contamination. J. Hosp. Infect. 92, 235-250 (2016). https://doi.org/10.1016/j.jhin.2015.08.027

            

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