Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

セミの翅には抗菌作用がある

今朝9時のNHKニュースで、「セミの翅に抗菌作用の特殊構造」があると伝えていました(図1)。本ニュースの情報源は関西のNHKのウェブページにありました [1]
 
「おや?、また新しい何かが発見されたのかな?」と思いつつ期待しながらテレビを観ましたが、正直、何が新しいのかがよくわかりませんでした。実は、セミの翅に殺菌効果があること自体はすでに2012年に報告されているからです [2]
 
イメージ 1
図1. 「セミの翅に抗菌作用の構造」というニュース画面
 
ニュースでは、セミの翅の表面にナノサイズの突起状の構造物が並んでいることを紹介していました(図2)。抗菌作用の詳しい仕組みはわからないとしていました。
 
イメージ 2
図2. セミの翅の表面のナノサイズの微細構造
 
さらにニュースでは、このセミの翅を真似たシートを作成し、これに大腸菌を乗せると死滅していくことを紹介していました(図3)。
 
イメージ 3
図3. セミの翅を真似たシートに大腸菌を乗せたときの生死の状態
 
図1–3に示した情報の基本的部分は、上述したように既知の事実です。したがって、テレビのニュースを観たときにどこまでが新しい発見・発明なのかがボヤけていてよくわかりませんでした。
 
おそらく、昆虫の翅を真似した抗菌素材の開発という材料工学的な面で目新しさがあり、そこにもっと焦点が当たっていればわかりやすかったと思います。しかし、一般の人にとっては「セミの翅に抗菌作用があること自体が初めて見つかった」と誤解しかねない放送内容だったと思います。
 
繰り返しますが、セミの翅に殺菌作用があることは2012年に最初に報告されました [2]。報告したのは、豪スウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)のエレーナ・イワノワ Elena Ivanova 博士らの国際研究チームです。彼女は微生物生態学の専門家であり、日本で出版している国際学術雑誌"Microbes and Environments"の編集ボードのAssociate Editorも務めています。

彼女たちが使ったのは、ランガーゼミ(Psaltoda claripennis)というセミの翅ですが、まず、このセミの翅には殺菌効果があることを発見し、そして翅の表面にナノサイズの柱(突起物)が等間隔に立ち並んでいることを見つけました。これを「ナノピラー(極微細突起)」と言います。
 
この研究で、モデル細菌と使われたのは日和見感染菌である緑膿菌 Pseudomonas aeruginosa です。細菌が翅の表面に付着すると、そのナノピラーが細菌の細胞膜に引っかかり、引き裂かれることがわかりました。論文の要旨を図4に示します。

イメージ 4
図4. E. イワノワらが報告したセミの翅の表面構造と殺菌作用に関する論文の要旨 [2]
 
この物理的な破裂は細胞が無数の柱に突き刺されて起こるわけではなく、細胞が広がる(動く)際に引き伸ばされて発生すると、イワノワ博士らは考えました。 
 
このモデルに従えば、細菌の細胞が堅くなってしまうとナノピラーの作用はなくなるはずです。そこで、彼女たちはマイクロ波を利用して異なった堅さを持った細胞膜を作り、翅のナノピラーに作用させました。そうすると事実、セミの翅は一定以上の柔らかさを持った細菌にしか働かないことがわかりました。 
 
次に、イワノワ博士が率いる研究チームは、豪州産の赤トンボであるベニヒメトンボ Diplacodes bipunctata の翅にもナノピラー(高さ240 nm)が存在することを報告しました [3]
 
さらに、研究は続き、トンボの翅のナノピラーとブラックシリコンの殺菌作用が比較されました [4] 。ブラックシリコンは1990年代に偶然発見された素材で、現在は太陽電池パネル用の半導体として有望視されている物質です。
 
ブラックシリコンの表面にはベニトンボの翅よりもやや大きい高さ500 nmの鋭くとがった突起が林立する構造がありますが、この構造に細菌が触れるとやはり細胞膜が破れることがわかりました。実験対象となった細菌は、緑膿菌黄色ブドウ球菌Staphylococcus aureus、および枯草菌 Bacillus subtilis の芽胞です。
 
従来の抗菌グッズと言えば、化学的な作用に基づくものが多かったのですが、イワノワ博士らが発見した昆虫の翅のナノピラー構造は、まったくの物理的作用による殺菌効果です。細菌を殺すのに、熱湯も、マイクロ波の放射も、抗菌剤も必要ないという画期的な発見です。
 
先のNHKニュースで紹介されたセミの翅の殺菌作用自体にはオリジナル性はないので、もう少し伝え方に工夫(どこに目新しさがあるかを強調する工夫)が必要だったかと思います。
 
引用文献
 
[1] NHK NEWS WEB:セミの羽の構造に抗菌作用. 2018年8月27日. https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20180827/0006125.html
 
[2] Ivanova, E. P. et al. Natural bactericidal surfaces: mechanical rupture of Pseudomonas aeruginosa by cicada wings. Small 8, 2489–2494 (2012). https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/smll.201200528
 
[3] Ivanova, E. P. et al. Molecular organization of the nanoscale surface structures of the dragonfly Hemianax papuensis wing epicuticle. PLoS One 8, e67893 (2013). http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0067893
 
[4] Ivanova, E. P. et al.: Bactericidal activity of black silicon. Nat. Commun. article no. 2838 (2013). https://www.nature.com/articles/ncomms3838
 
              
カテゴリー:微生物の話
カテゴリー:科学技術と教育
カテゴリー:生活と科学