Dr. Tairaのブログ

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ゴマダラチョウとアカボシゴマダラの共存-4

私は今住む街に2年前(2017年)に引っ越してきて、この街では昨年アカボシゴマダラ Hestina assimilis を初めて目撃しました。それまでは、仕事のついでに東京都区内や神奈川県内の公園を訪れた時にチラホラ見る程度でした。そして、ゴマダラチョウ Hestina japonica の成虫を目撃する回数が年々減っていることにはずうっと関心を寄せていましたが、それをアカボシゴマダラと関連づけて考えることは正直言ってあまりありませんでした。
 
ゴマダラチョウとアカボシゴマダラの関係にそれほど思いが行かなかったのは、後者が要注意外来種として注目されるずうっと以前から、在来種としての前者が減少している印象をもっていたからです。とくに九州において、この50年間におけるゴマダラチョウ成虫の目撃回数の減少を肌で感じていました。それは大学に在職していた頃の愛知県内でも同様です。
 
アカボシゴマダラにとくに関心を持つようになったのは、2018年1月に特定外来生物に指定されたことからです。特定外来生物指定に至る経緯を示した専門委員会の議事録[1] を読んだ時に「アカボシゴマダラとゴマダラチョウが競合的」と結論されていることに目がとまりました。そのときは「ふむふむ、なるほど」という感じでしたが、同時に「ゴマダラチョウはとっくに全国的に減っているよ、本当に競合的かな?」とも思ったものです。
 
そのような中、昨年初めて私の住む街でアカボシゴマダラを目撃しました。目撃と言っても、私の家の玄関前に弱った成虫が落ちていたのを拾っただけです。夏の暑い盛りのころです。ここから「アカボシゴマダラ(写真1)とゴマダラチョウは本当に競合性があるのか」ということについて本格的に調べてみようという気になりました。
 
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写真1(撮影:2018年8月、千葉県柏市
 
それと時を同じくして、昨年8月23日にゴマダラチョウの減少についてブログ記事を書きました。

ゴマダラチョウの減少

 

それに対する読者の方の「アカボシゴマダラの幼虫はエノキの幼木で見つかる」というコメントは大いに参考になりました。また、既出論文検索の過程で同様な知見 [2, 3] があることも知りました。

 
そのコメントや先行論文の記述を受けて、あらためて私がこれまで撮りためてきた福岡、大阪、愛知、関東におけるエノキ葉上の幼虫の写真や調査ノートを再チェックしてみました。その結果、何となくゴマダラチョウと片付けていたエノキ低木・幼木上の幼虫は、関東地域においては大部分がアカボシゴマダラということがわかりました。それまでゴマダラチョウだと思っていた先入観と不注意に気づきハッとしました。
 
自分自身の「エノキの高木周辺をユラユラと飛ぶアカボシゴマダラ」という目撃体験
と、特定外来生物専門委員会の議事録にもある「アカボシゴマダラの幼虫分布は幼木に限らない」[1] という先入観にとらわれ過ぎていたように思います。

そもそも朝鮮半島を含む東アジアではゴマダラチョウとアカボシゴマダラは在来種として共存しています [4, 5]。それが日本になるとなぜ両種は競合的という判断になるのか、疑問に思いました。またオオムラサキ Sasakia charondaゴマダラチョウは同じエノキを食草とし、幼虫ステージではエノキの根元で越冬するという同様な生態をもちます。しかし、オオムラサキに対してゴマダラチョウは競合的とは言いません。

このような背景から、本来は現役の専門家が行うべき仕事でしょうが「ゴマダラチョウに対してアカボシゴマダラは競合的か」という観点から生態調査を2018年から本格的に開始しました。それと並行して福岡、大阪、愛知、関東地域における過去30年間の画像と調査記録の洗い直しを行いました。その結果、Hestina属両種の大まかな分布傾向と年次変化が見えてきました。
 
これまでの調査データに基づけば、両種が同じエノキ1本の葉上や落ち葉から見つかることがボチボチありますが、競合的とは言えないというのが現時点での結論です。

具体的に言えば、ゴマダラチョウが好むエノキ高木におけるアカボシゴマダラの侵入度はわずか数%です。両種はエノキの選択性を異にしながら共存しているというのが印象です。おそらくこの状態はこの10年間変わっていないでしょう。

昨日も1本のエノキ高木の根元からゴマダラチョウとアカボシゴマダラの越冬幼虫が
見つかりました(写真2)。前者と後者の検出の割合は8頭:1頭でした。エノキ高木からアカボシゴマダラの幼虫が見つかるとしても、ゴマダラチョウよりも頭数は少なく、また単独で検出したことは少なくとも私は数例(しかも1頭)しかありません。
 
考えてみれば、枝葉量が豊富であるエノキ高木においては、幼虫同士が物理的に競合し合う機会は極めて少ないと思われます。たとえばオオムラサキの場合は1本のエノキに100頭以上の幼虫が存在する場合さえありますが、それでも幼虫が生存できるというのが在来種の状況です。

現状では、アカボシゴマダラがゴマダラチョウに取って代わったということはとても言うことはできないと思います。

話はかわりますが、ゴマダラチョウとアカボシゴマダラの越冬幼虫は形態に多様性があります。したがって、目が慣れていない人では識別するのは必ずしも容易ではなく、誤同定もしばしばあるのではと推測します。
 
最も確実な識別法の一つとして、胴体の背中中央にある突起が丸みを帯びるか(アカボシ)、三角形(ゴマダラ)かを見ればよいと思います(写真2矢印)。

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写真2
 
ゴマダラチョウとアカボシゴマダラの幼虫の識別で言われる背中の突起の数(前者が3列、後者が4列)はあまり当てになりません。4列のゴマダラチョウもいるし3列のアカボシゴマダラもよくいるからです。さらにはゴマダラチョウの特徴の一つである「尾状突起が開く」ということも稀に閉じた個体がいるので注意が必要です。
 
最後にこれまでの私自身の知見をまとめると以下のようになります。
1. 福岡、大阪、愛知で検出した幼虫はエノキのサイズに関わらずすべてゴマダラチョウ
2. 上記地域におけるゴマダラチョウは高木あるいは樹高1.5 m以上の木に多く、1 m以下の幼木では見られない
3. 関東地域においてはゴマダラチョウはエノキ高木、アカボシゴマダラは樹高3 m以下の木(とくに1 m前後かそれ以下の幼木)にもっぱら分布
4. 高木にアカボシゴマダラが混在する場合には1本当たり1–2頭
5. 関東において低木にゴマダラチョウがいる場合は、樹高1.5 m以上の木に多く、1 m以下の幼木ではほとんど見られない
 
参考文献

[1] 環境省:日本の外来種対策/特定外来生物の選定(専門家会合資料・議事録等)/H28.12.21 昆虫類等陸生節足動物グループ会合(第10回). https://www.env.go.jp/nature/intro/4document/data/sentei.html.
 
[2] 中村進一, 菅井忠雄: 神奈川県におけるアカボシゴマダラの発生 (2). 月刊むし No.409, 94-97 (2005).

[3] 長澤亮, 石井学, 加藤義臣: 関東地方におけるコムラサキ亜科3種のチョウによるエノキの利用とそのサイズとの関係. Butterflies No.58, 24–29 (2011).
 
[4] WikiVisually: List of butterflies of the Korean Peninsula. https://wikivisually.com/wiki/List_of_butterflies_of_the_Korean_Peninsula#Nymphalidae
 
[5] Lee, Y. J.: Apaturinae (Lepidoptera: Nymphalidae) from the Korean Peninsula: Synonymic lists and keys to tribes, genera and species. Zootaxa 2169, 1-20 (2009).