本種は1990年代から関東において突如姿を現し、その後分布域を広げてきました。関東産は在来の奄美大島産(H. assimilis shirakii)とは亜種レベルで異なり、中国産(名義亜種、H. assimilis assimilis)に近いと言われています。これらの状況証拠から、関東産は中国からの移入種であり、放蝶によるものが定着して生息が拡大していると考えられています。
図1. 葉上にとまるアカボシゴマダラ(2018年9月、千葉県船橋市において撮影)
アカボシゴマダラは2018年1月に特定外来生物としての指定を受けました [1]。理由は、「在来蝶類との競合の可能性」ということです。影響を受ける在来生物としてオオムラサキ、ゴマダラチョウ、テングチョウなどのエノキを食草とするチョウが挙げられており、競合ステージとしては幼虫期が考えられています [1, 2]。
私は上記の理由が挙げられているからには、アカボシゴマダラが在来種に与える悪影響の根拠を示した具体的データがあるのだろうと思いました。そこで、既出の関連論文を検索してみました。
その結果、確かにアカボシゴマダラの在来種への脅威の可能性を述べたり [3, 4]、人為的な交雑実験を行なった論文 [5] がありました。また、原産地と食草植物の生息域に基づく分布モデル解析に基づいて、日本はアカボシゴマダラの適地であり、在来種との競合が懸念されると述べた報告もありました [6]。
しかし、上記論文はいずれもアカボシゴマダラの悪影響を推測したにすぎず、具体的な定量データに基づいて述べられたものではありません。実際にアカボシゴマダラと在来種との競合を示すデータを載せた論文は、一つも見つけることができませんでした。
特定外来生物に指定するためには、それを支持する明確な証拠がなければいけないと思うのですが、特定外来生物の選定作業のプロセス [7] を見ると環境省は見切り発車でアカボシゴマダラを指定してしまった感があると個人的には考えます。
私はアカボシゴマダラが本当に同属種のゴマダラチョウと競合するのか、とくに幼虫期における両種の分布や生態を調査し続けています。現在までのところ、競合を支持するデータは得られていません。これまで得られたデータで言えることは以下のとおりです。
1) アカボシゴマダラの幼虫は樹高3 m以下のエノキ低木・幼木を好み、その根元で越冬する(数%は樹上で越冬)
2) ゴマダラチョウの幼虫はエノキ高木を好み、その根元で越冬する(一部は低幼木にも分布し、その根元でも越冬する)
3) アカボシゴマダラの越冬幼虫がエノキ高木からは検出されることは稀
4) 高木からアカボシゴマダラ越冬幼虫が検出される場合は共存するゴマダラチョウのそれに比べて圧倒的に少ない
これらの調査結果から、アカボシゴマダラとゴマダラチョウは一部は共存しているものの、大多数は棲み分けていることが明らかなように思います。悪影響を及ぼすくらいに競合しているようには思えません。少なくともエノキ高木では豊富な葉の量からみて物理的に競合が起こるとはとても考えられません。
アカボシゴマダラとゴマダラチョウによる食草としてエノキの利用については、樹木の大きさの選択性が異なることがすでに既出論文でも指摘されています [8, 9]。
私が定点観察している中で、典型的な棲み分けが見られる街樹林のエリアの一つが写真1-3です。約200 mにわたってエノキの大木、中木、低木が見られる場所です。写真1は樹高20 mを超えるエノキの大木で、この根元ではゴマダラチョウしか見られません。
写真1
写真2は、写真1の大木に続く樹高4–12 mのエノキが連なる部分です。このエノキ群にはゴマダラチョウおよびアカボシゴマダラの両種の幼虫とも見つかりません。
写真2
写真3は、上記のエノキの中木林の中に点在するエノキの幼木(<2 m)で、これらにはアカボシゴマダラしか見つかっていません。
写真3
このように、エノキの成木と低幼木があってアカボシゴマダラとゴマダラチョウが混在する場所では、両者はエノキの選択性が異なっており、樹高が異なる別々のエノキにいることが多いようです。
どうやら、アカボシゴマダラの特定外来生物としての指定の理由は、「在来種に悪影響を及ぼす可能性があるからという昆虫学者による強烈なプッシュで決まってしまった」というところが真相なようです [10]。選定作業の会合の議事録 [7] を見ても科学的データに基づく議論というよりも、在来アカボシゴマダラが生息する場所(奄美大島)へのアカボシゴマダラのすべての亜種の移入を未然に防ぐ啓蒙的な方向へ議論がすり替わっているようです。
であるとすなら、「幼虫段階における食草をめぐる在来蝶類との競合」という言い分は見かけ上の理由ということになりますが、とりあえずとは言えこのような法令上の縛りを設けてしまうととさまざまな行政上の対応が迫られることになります。かつ生態学的観点からも精査が必要になってくるということになります。
上記の見かけ上の理由に科学的に対応する形で、アカボシゴマダラが特定外来生物であることが本当に適切であるかどうかを示すためには、日本における Hestina 属種およびエノキを食草とするその他の種の詳細な生態調査が必須であると考えられます。本種は確かに外来種ですが、やみくもに駆除対象とするのではなく、その前にやるべきことはあると考えます。
引用文献・記事
[2] 国立研究開発法人国立環境研究所:侵入生物データベース アカボシゴマダラ. https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/60400.html
[3] 松井安俊: ゴマダラチョウへ脅威, 放蝶アカボシゴマダラ問題を憂慮する. 月刊むし 475, 17-25 (2010).
[4] 矢後勝也: チョウにおける外来種問題の現状. 昆虫と自然 47(1), 12-15 (2012).
[5] 石垣彰: 本州産アカボシゴマダラとゴマダラチョウの雑交実験について. やどりが 219, 42-45 (2009).
[6] 斎藤昌幸ら: 外来蝶アカボシゴマダラの潜在的生息適地 原産地の標本情報と寄主植物の分布情報を用い た推定. 蝶と蛾 65(2), 79-87 (2014).
[7] 環境省:日本の外来種対策/特定外来生物の選定(専門家会合資料・議事録等)/H28.12.21 昆虫類等陸生節足動物グループ会合(第10回). https://www.env.go.jp/nature/intro/4document/data/sentei/insect10/gijiroku.pdf
[8] 中村進一, 菅井忠雄: 神奈川県におけるアカボシゴマダラの発生 (2). 月刊むし 409, 94-97 (2005).
[9] 長澤亮, 石井学, 加藤義臣: 関東地方におけるコムラサキ亜科3種のチョウによるエノキの利用とそのサイズとの関係. Butterflies No.58, 24–29 (2011).
[10] 国立研究開発法人国立環境研究所:五箇さんに聞く!「“外来種”は悪者?」-“外来種問題”から学ぶ、自然との向き合い方- https://www.nies.go.jp/taiwa/jqjm1000000dj8za.html
カテゴリー:生物多様性・外来生物
カテゴリー:Hestina属チョウとオオムラサキ