Dr. Tairaのブログ

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食におけるワサビの効能


昨晩の夕食のタンパク源は、1パック税込429円で売っていたブリの刺身でした。切り身にワサビを乗せながら舌鼓をうっていたところ、TVの番組でワサビを取り上げているのが目に入りました(図1)。ワサビのアリルチオシアネートアリルからしに抗菌作用があるという話題です。

そこで、このページで、食におけるワサビの意義について考えてみたいと思います。

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図1. ワサビのアリルイソチオシアネートの効能(2018.08.07 テレビ朝日林修の今でしょ講座」より)

アリルイソチオシアネートCH2=CHCH2NCS、イソチオシアン酸アリル)は、ワサビやカラシの辛味成分ですこの物質は揮発性のため、鼻にツーンとくる強烈な辛味を持っていますが、これがワサビの身上でもあるわけです。

ワサビの中では、アリルイソチオシアネートは、シニグリン (sinigrin) という配糖体(糖とその他の化合物がくっついたもの)に含まれています。シニグリン自身には辛味はありませんが、すりおろしによって、ミロシナーゼとよばれる酵素の作用により分解されて、辛味成分アリルイソチオシアネート生成します(図2)。

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図2. ワサビに含まれる配糖体シニグリンの分解によるアリルチオシアネートの生成

シニグリンはアブラナ科の植物に多く含まれる配糖体で、ワサビのほか、メキャベツ、ブロッコリーホースラディッシュ、クロガラシなどに多く含まれており、カラシ油配糖体と呼ばれています。

カラシ油配糖体は、元々は物が害虫や病害に対する自衛戦略としてもっているものと考えられますが、そのうちの一部を人類が嗜好品と利用しているわけです。もっともモンシロチョウの幼虫にとっても嗜好品のようで、シニグリンに誘引されてアブラナ科の植物の葉を食べることが知られています。

アリルイソチオシアネートの生理作用として,抗菌作用,抗ガン作用,抗酸化作用,などが知られています。TVではワサビの抗菌作用について、実験結果もまじえて放送していました。食パンを容器に入れ、10日間放置したところ、ワサビを容器の隅っこに入れたものでは、カビが生えなかったという結果を示していました(図3)。 

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図3. ワサビの抗菌力の実験(2018.08.07 テレビ朝日林修の今でしょ講座」より)

アリルイソチオシアネートの抗菌作用については、古くから知られています [1, 2]
この物質は揮発性のため、それを入れた密閉容器の中では、その気体成分により抗菌作用が持続します(図4)。したがって、弁当の隅っこにでも入れておけば、しばらくは抗菌性が発揮され、弁当の保存に役立ちます。

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図4. 揮発性としてのアリルイソチオシアネートの性質(2018.08.07 テレビ朝日林修の今でしょ講座」より)

日本人とワサビの歴史は古く、飛鳥時代平安時代の古い記録に、それが薬草として用いられたことが示されています。江戸時代には、魚介類を刺身や寿司として食する際に、すったワサビをいっしょに使用する習慣が始まったようです [3]。その理由は、魚介類の生臭さを消すためだったと考えられます。蕎麦にワサビの組み合わせも江戸時代に始まったようですが、鰹だしが使われるようになって、やはりその生臭さをかき消すためだったとされています。

結果として、生鮮食品をすったワサビといっしょに食することは、味の面だけではなく衛生学的面からの利点があったわけです。寿司のシャリとネタの間にワサビをはさむようになったのも、経験的に得られた先人たちの生活の知恵だったと言えます。さらに美味しいと言われる現在の寿司では、シャリ、ネタ、ワサビの三位一体で味が最適化されているとも言えます。

私が子供の頃は冷蔵庫がなく、魚屋さんから魚を買ってきてはウチで刺身を作り、生ワサビをおろし金ですって茶碗に入れ、食べるまで刺身の中央に置いて蓋をしていたことを記憶しています。蓋を取ると、ワサビのツーンとした香気がくるのを楽しんでいました。

おろしたてのワサビは、甘ささえ感じるような清涼感のある辛さです。親からは「刺身を食べるときはワサビは醤油につけるな」とも教えられました。醤油に漬けると清涼感のある香気が消えることも、子供ながらに学習しました。

現在、スーパーで寿司を買った時に横についている袋詰のワサビには、そのような清涼感はありません。しかも、寿司はワサビぬきで売られていることも多いです(図5)。どうやって食べろというのでしょうか。

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図5. 市販のワサビ抜きの寿司と添付のワサビのセット

ちなみに図5に示した寿司を以下の4通りの方法で食べてみました。
1. ワサビ抜きでそのまま醤油につけて食べる
2. ワサビ醤油につけて食べる
3. ワサビを海苔巻きの上に乗せて食べる
4. ワサビをシャリとネタの間に練りこんで食べる
結果は、やはり4が一番美味でした(味のハーモニーに優れている)。しかし、練りこんで食べるのは結構大変です。

現在、チェーン店として全国展開している回転寿司店でも、ワサビ抜きで寿司を提供しています。お店側はいろいろと理由を述べているようですが、結局は、子供を中心とするワサビ抜きが好きな人にも売ろうとする、経済性の面からの戦略でしょう。

味や衛生面での利点を無視し、日本の伝統的な食文化も軽んじるような回転寿司屋やスーパーの営業戦略は、正直いかがなものかと思ってしまいますが、時代の流れと言ってしまえばそれまでです。

ワサビ抜きを好む人は、ぜひ一度、自分で生ワサビをすって、それで刺身や手巻き寿司を食べてみてほしいです。


参考文献

1. 一色賢司・徳岡敬子: アリルイソチオシアネートによる食品の健全性確保. 食品と微生物 10, 1-6 (1993). https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsfm1984/10/1/10_1_1/_article/-char/ja

2. 徳岡敬子・一色賢司: アリルイソチオシアネート蒸気を利用した食品保存の可能性. 日本食品工業学会誌 41, 595-599 (1994). https://www.jstage.jst.go.jp/article/nskkk1962/41/9/41_9_595/_article/-char/ja