先の記事で牛乳の殺菌と風味について紹介しました↓。この中で、牛乳を低温殺菌すると風味が損なわれず、生乳に近い味が楽しめることを述べました。
このように、低温殺菌は飲食品の風味や化学成分の変化を最小限にした殺菌法です。具体的には飲食品を60–65℃で30分間加熱し、殺菌します。この方法では、すべての微生物を死滅させることはできませんが、大腸菌をはじめとする多くの微生物に対して有効です。
低温殺菌は、英語ではpasteurization(パスチャライゼーション、パスツーリゼーション)またはlow-temperature pasteurizationと言います(図1)。これは、近代細菌学の開祖の一人と称されるフランスの生化学・細菌学者、L. パスツールの名前にちなんで名付けられたものです。
パスツールは、フランスで盛んに生産されていたワインの変質を防ぐ方法としてこの低温殺菌法を考案しました。19世紀半ばの頃です。その後この方法は多くの国で牛乳の殺菌法としても使われています。
図1. L. パスツールと低温殺菌の方法
図2. 低温殺菌の一種である「火入れ」の方法と意義
日本最初の酒造技術書である「御酒之日記」(14または15世紀頃) [2] に火入れの記述がありますので、パスツールが低温殺菌を考案するより500年近くも前に、日本でそれが行なわれていたことになります。とはいえ、当時の火入れには「微生物を殺菌する」という概念もなく(もちろん微生物も知られておらず)、経験に基づく変質防止の方法でした。
一方パスツールは、飲食品の変質や腐敗が微生物が原因で起こることを証明し、加熱処理の有効性を科学的に示した最初の人ですので、その意味ではパスツールの低温殺菌法がオリジナルと言われても異論はないでしょう。
ちなみに、生酒は火入れを行なっていないので、フレッシュでやわらかな口当たりがあり、日本酒が苦手な方にもおすすめと言われています。ただし、殺菌していないので変質が速く、一般の小売店に出回ることはほとんどないようです。
参考文献
2. 御酒之日記: