Dr. Tairaのブログ

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無塩せきハムと亜硝酸

スーパーマーケットのハムソーセージベーコンなどの肉加工製品の売り場に行ったときにいつも気になっていることがあります。それは無塩漬(無塩せき、むえんせき)のハム・ソーセージ・ベーコンが割と売れ残っていることです。

 
今日もスーパーに行ってチェックしたのですが、明らかに無塩せきの方が大量に売れ残っていました(図1)。このスーパーでは通常高価な無塩せき品をやや安くしてあり、さらに2割引のシールが貼られていました。すでに消費期限が今日、明日になっており、このまま売れ残ると廃棄されてしまうのでしょうね。

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図1. 今日のスーパーの無塩せきハムと普通のハムのコーナー

ご存知の方も多いと思いますが、普通のハム類と無塩せきのハム類の違いについて説明したいと思います。実は、私たちが見ている多くの肉類やハム・ソ-セージの色は生の色ではなく、赤く色付けされているものです。
 
発色剤として使われているのが食品添加物としての亜硝酸ナトリウム亜硝酸塩)で、微生物の繁殖を抑える作用(静菌作用)も兼ねています。製品の裏側に貼られている表示を見れば、最後の方に亜硝酸塩が添加されていることを確認することができます。法的基準では70 mg-N/kgまで添加が許されています。
 
一方、無塩せきの製品は亜硝酸塩が添加されていないものです。そのため、色が悪く(というか灰色っぽい生の色)、かつ消費期限も短いです。食品添加物を減らす方針の会社は無塩せきの製品を販売していますが、通常の亜硝酸添加製品に比べて割高になっており、製品の種類も圧倒的に少ないです。

このように見た目が悪い(色が悪い)、割高、それに日持ちしないということもあって多くの消費者には、無塩せき肉加工品は敬遠されているようで、売れ残りをよく見かけます。
 
しかし、私はこれまでずうっと無塩せき製品を購入してきました。それは第一に無塩せきの方が美味しいからであり、また亜硝酸塩という、大げさに言えば毒性物質を添加したものをわざわざ買う必要性を感じないからです。割高ということも売れ残りの割引サービスを利用すればかえって安く手に入れることができます。
 
一度、高校・大学の連携教育プログラムを実施した際に、高校生といっしょに一般のハム類と無塩せきとラベルされている製品について、亜硝酸塩の検出実験を行なったことがあります。この実験では、イオンクロマトグラフィーという原理の高精度分析機器を用いる方法と、比色定量という亜硝酸の濃度に比例して赤くなる呈色反応に基づく方法を用いました。
 
図2に、比色定量法で検出した丸大(M社)ハム、日本ハム(N社)のベーコン、および信州ハム(S社)に含まれる亜硝酸塩の濃度を示します。結果に見られるように、M社、N社では赤く反応しており1.0〜1.1 mg-N/kgの亜硝酸塩が含まれていることがわかりました。法的基準(70 mg-N/kg)からみるとはるかに少ない量です。一方、S社のハムは対照として用いた水と同程度のわずかな発色でした。無塩せきという表示どおり、亜硝酸塩が含まれていないことがわかりました。
 
なお、実験に参加した10人以上の高校生に目隠しの試食(一般と無塩せきの食べ比べ)をしてもらいましたが、全員が無塩せきの方が美味しいという回答でした。

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図2. 市販のハム、ベーコンに含まれる亜硝酸塩の呈色反応による検出
 
亜硝酸は毒性を有する無機物です。この毒性について図3に示します。まず呼吸阻害です。血液中に取り込まれると赤血球のヘモグロビンの中心にある2価の鉄を3価に変えてしまいます。この状態のものをメトヘモグロビンといいます。
 
メトヘモグロビンになると酸素と結合できなくなり、全身に酸素を運べなくなり、窒息状態になります。大人の場合は少々亜硝酸を摂取しても大丈夫ですが、乳幼児の場合はブルー・ベビー症候群(顔や唇が青ざめる)と呼ばれる深刻な酸素不足の状態を引き起こすことがあります。
 
次にニトロソアミンの生成があります。亜硝酸は加熱によりタンパク質に含まれるアミン類と反応して発がん性が疑われているニトロソアミンを生じます。

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図3. 亜硝酸の毒性と環境基準
 
このような亜硝酸の毒性を考慮して飲料に用いる水源や水道水については、環境基準が決められています。亜硝酸を酸化すると硝酸になりますが、この二つを合わせて10 mg-N/L以内とされています。10 mg-N/L以上を含む水源は水道水として用いることができません。
 
硝酸は毒性は低いですが、これが腸内に入ると腸内細菌によって還元され、亜硝酸に変化する可能性があることから、両者を併せて環境基準が決められているわけです。
 
硝酸は野菜に多く含まれており、特にホウレン草などには大量に存在します。したがって、EUは野菜中の硝酸+亜硝酸についても食品基準を決めています。しかし、なぜか日本ではこの基準はありません。ホウレン草は茹でてから食べることが普通ですが、硝酸やシュウ酸をある程度除く前処理として重要です。

2015年、世界保健機関(WHO)の外部組織である国際がん研究機関(IARC)は、ハム、ソーセージ、ベーコンなどの肉加工製品を発がん性ありと正式に認定しました [1]。具体的には「人に対して発がん性がある」とする「グループ1」として指定しました。加えて、牛や豚、羊などの赤肉も「人に対しておそらく発がん性がある」とする「グループ2A」として指定しています。
 
この記事には、肉製品の乾燥や燻製処理の過程で発ガン性をもつN-ニトロソ化合物を生じることや、加熱調理でも発がん性のヘテロ多環芳香族アミンHAAs)や多環芳香族炭化水素(PAHs)を生じることが書かれています。
 
上記の報告は、和訳の要約記事をインターネット上で見ることができます [2]

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図4. IARCによる肉加工製品と赤肉の発ガン性に関する論文の掲載サイト[1]
 
IARCの論文には、肉製品に食品添加物である亜硝酸塩についての言及はありません。しかしながら、亜硝酸塩と肉中のタンパク質が加熱でニトロソ化合物を生成することはすでにわかっているので、これと発がん性との関連はより強くなったと言えます。
 
その意味で、少なくとも無塩せきのハム、ソーセージ、ベーコンなどを食べることで、より安心感は得られるかもしれません。何よりも無塩せきの肉加工品の方が美味しいことは再度強調しておきたいです。
 
参考文献
 
[1] Boulevard V. et al.: Carcinogenicity of consumption of red and processed meat. The Lancet Oncol. October 26, 2015. https://www.thelancet.com/journals/lanonc/article/PIIS1470-2045%2815%2900444-1/fulltext