Dr. Tairaのブログ

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市販グリホサート系除草剤の毒性?

先日、有名なレンタルビデオ屋に行った時に、店の周りを見てびっくりしました。何と除草剤が撒かれていて、草がすっかり枯れていたからです(図1)。それから1週間後にまた訪れたのですが、枯れ草はそのままになっていました。
 
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図1. 除草剤が撒かれて枯れ草状態になったレンタルビデオ店の周囲.
 
つまり、想像するに、お店は草刈りをするのが面倒で除草剤を撒いて対処しようとしたのだろうと思います。しかし、除草剤を撒いたところで枯れ草は残り、図1のようにかえって見栄えは悪くなるのです。撒いたとしても枯れ草を除去しなければ美観を保つことはできないというところまで、想像はできなかったのでしょうか。
 
同じように街の中を注意して見ていると、とくに駐車場や公園、場合によっては畑にまで除草剤が撒かれているのがわかります(図2)。除草剤は決して除草するわけではなく、草を枯れさせるだけなのです。
 
その意味では、除草剤ではなく、枯葉剤とか殺草剤とか呼ぶべきでしょう。英語では
weedkiller(殺草剤)と言い当てています。
 
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図2. ネギ畑の周囲に撒かれた除草剤によって枯れた草
 
現在最も普及している除草剤は、グリホサートイソプロピルアミン塩を有効成分として含むもので、この物質は通常グリホサート(glyphosate)と呼ばれています。アミノ酸の1種であるグリシンの窒素原子上にホスホノメチル基が置換した構造を持ちます。
 
グリホサートは、植物体内での5-エノールピルビルシキミ酸-3-リン酸の合成を阻害することで、植物のタンパク質合成や代謝産物の合成を阻害します。したがって、グリホサートは触れた植物を枯らしてしまうという、あらゆる植物にダメージを与える非選択型除草剤です。
 
このグリホサート系除草剤は米国のモンサント社によって開発されました。ラウンドアップという商品名で知られています。モンサントは作物の中にグリホサートを分解できる遺伝子を組み込み、この遺伝子組換え作物を栽培する時に除草剤を散布することで、作物だけが枯れないで育つラウンドアップ農法を実用化しました。
 
グリホサート系除草剤のライセンスは、2002年日本の企業(日産化学工業)へ譲渡され、国内ではこの企業の権利の下で市販されています。ホームセンターや薬屋などで売られている除草剤は、大部分がこのグリホサート系除草剤です(図3)。
 
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図3. 市販のグリホサート系除草剤
 
市販品の裏側を見るとグリホサートという表示があります(図4、赤枠と赤線部)。また使用上の注意書きが示してあり、それを読むと危ない薬剤という印象を受けます。私は、後述するような疑問点もあって、決して使いたくはありません。
 
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図4. 市販の除草剤製品のグリホサート表示
 
グリホサート系除草剤の害毒や健康への影響については、さまざまな観点からの議論がなされ、多くの研究例とともに賛否両論がありました。その結果、一応健康への影響は低いという結論に落ち着き、日本を含めて各国はこの除草剤の使用を認めてきました。
 
ところが、2015年、世界保健機構(WHO)の外部組織である国際がん研究機関(IARC)が、グリホサートについて毒性や発がん性の懸念があると発表し、これを上から2番目にリスクが高いグループ2A「probably carcinogenic to humans(おそらく、人に発がん性がある)」に分類しました [1]
 
IARCの報告は世界に衝撃をもって受け止められ、その後再検証が続きました。

2016年、WHOの外部組織である国連食糧農業機関(FAO)は、残留農薬に関する専門家会議において、グリホサートは予想される暴露量においては遺伝毒性もヒト発がんリスクの可能性は低いと結論づけました [2]。つまり、同じWHOの組織でありながら、FAOとIARCは異なる見解を出したわけです。とはいえ、FAOは高濃度であればマウスにがんを発生させる可能性があるとも述べています。
 
同年には、日本の内閣府食品安全委員会が、グリホサートにおける発がん性や遺伝毒性はないと結論づけました。同委員会の見解は、パブリック・コメントに対する回答書という形でまとめられています [3]
 
日本と同様の見解を示している国には、アメリ連邦政府、ドイツ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ドイツなどが含まれます。一方、使用禁止や制限を示している国としては、オランダ、フランス、ブラジル、アルゼンチンなどがあります。
 
2017年には、欧州食品安全機関(EFSA)の共同研究チームが、やはりグリホサートの発がん性は認められないというIARCとは異なる見解を発表しました [4]
 
一方、2017年、米国カリフォルニア州環境保健有害性評価局(OEHHA)が、同州独自で定める通称プロポジション65の物質リストに、グリホサートを発がん物質として加えると発表しました [5]
 
このように国や州、組織ごとにグリホサートの遺伝毒性や発がん性については意見が分かれているのが現状です。
 
では現在、アカデミアの専門家や科学者のレベルではどのようにグリホサートが捉えられているか、最近の論文を見てみると、やはりグリホサートの毒性については要注意とする立場が多いようで、さらに精査すべきとしています。決して安全とは言っていないのです。2017年に出版され総説論文 [6] に、これまでの知見が図5のようにまとめられています。

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図5. 2017年出版の総説論文 [6] にある一節.
 
図5を和訳してまとめると以下のようになります。

●グリホサートは汎用性のある除草剤であり、これからもますます使われる
●疫学的研究からグリホサートの暴露と健康への有害性には関係がある(健康被害の例として慢性腎疾患やある種のがんが含まれる)
●ネズミを使った研究ではグリホサートががんを引き起こすことが認められる
●グリホサート混合物では単体を用いたときよりもより毒性が高くなり得る

 
現在では、グリホサート単体自身の濃度依存による影響を考えるよりも、より幅広く影響評価をすべきという考え方に変わってきています。混合物による影響、腸内細菌(腸内マイクロバイオーム)への影響、微量での内分泌ホルモン系への影響なども検討する必要があるという方向に向かいつつあるようです [6, 7]
 
最近、SNSでも話題に上がっているのが、英国の労働組合の一つであり約70万人の加入者を抱える全国都市一般労組(GMB)が、グリホサートの使用禁止を求めていることです [8, 9]。GMBではグリホサートの有害毒性に関する文書を自らまとめ公開しています [10]
 
翻って、日本の一般市民はグリホサートにどのくらい関心を持っているでしょうか。テレビでも除草剤マックスロード等のCMが流れていますが、単純に便利なものの一つとして捉えられているように思われるのですが。まさしく図1、2に示した様子がそれを物語っています。先日ホームセンターの店員に「除草剤は売れていますか?」と質問したところ「よく売れている」という返事でした。
 
私は、今年の5月、グリオサート系除草剤を使用している土地の土壌調査を行いました。図6に示すように、枯れた草を引っこ抜くと残留成分と思われる白い析出物があちこちに認められました。また枯れ草の根っこ部分は黒く変色し、明らかに土壌生態系に影響があるという痕跡が認められました。詳細データは別に報告の予定です。
 
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図6. グリホサート系除草剤を使用した土壌の様子
 
最後に、ラウンドアップ等のグリホサート系除草剤の効果と対処について、以下にまとめたいと思います。

生えている草に撒いた場合:
●草を非選択的に枯れさせる
●除草はしてくれない
●枯れた草は結局自ら除草しなければならない(でなければ見栄えが悪い)

 
参考文献
 
[1] International Agency for Research on Cancer (IARC): IARC Monographs Volume 112: evaluation of five organophosphate insecticides and herbicides. Mar. 20, 2015. http://www.iarc.fr/en/media-centre/iarcnews/pdf/MonographVolume112.pdf
 
[2] Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO): Joint FAO/WHO meeting on pesticide residues. Geneva May 9-13, 2016. http://www.who.int/foodsafety/jmprsummary2016.pdf
 
[3] 食品安全委員会: グリホサートに係る食品健康影響評価に関する審議結果(案)についての意見・情報の募集結果について. 実施期間 平成28年4月6日~平成28年5月5日.  http://www.fsc.go.jp/iken-bosyu/iken-kekka/kekka.data/kekka_no_glyphosate_280406.pdf

[4] Tarazona, J. V. et al.: Glyphosate toxicity and carcinogenicity: a review of the scientific basis of the European Union assessment and its differences with IARC. Arch. Toxicol. 91, 2723–2743 (2017). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5515989/
 
[5] OEHHA: Glyphosate Listed Effective July 7, 2017, as Known to the State of California to Cause Cancer. Jun. 26, 2017. https://oehha.ca.gov/proposition-65/crnr/glyphosate-listed-effective-july-7-2017-known-state-california-cause-cancer
 
[6] Vandenberg, L. N. et al.: Is it time to reassess current safety standards for glyphosate-based herbicides? J. Epidemiol. Community Health 71, 613-618. (2017). https://jech.bmj.com/content/71/6/613.long
 
[7] Davoren, M. J. and Schiestl, R. H.: Glyphosate-based herbicides and cancer risk: a post-IARC decision review of potential mechanisms, policy and avenues of research. Carcinogenesis 39, 1207-1215 (2018). https://academic.oup.com/carcin/article-abstract/39/10/1207/5061168?redirectedFrom=fulltext
 
[8] GMB Experts in the World of Work: Ban dangerous weedkiller. Sept. 12, 2018. http://www.gmb.org.uk/newsroom/ban-dangerous-weedkiller
 
[9.] Pesticide Action Network UK: Trade Union calls to ban glyphosate. Oct. 18, 2018. http://www.pan-uk.org/trade-union-calls-to-ban-glyphosate/
 
[10] GMB Union Guide: Healthy Risks of Glyphosate. http://www.gmb.org.uk/HS_Glyphosate.pdf
              
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