Dr. Tairaのブログ

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グリホサートは世代を超えたエピジェネティックな病態を誘発する

はじめに

グリホサート N-(phosphonomethyl)glycine)は、1970年代にミズーリ州セントルイスモンサント社によって、ラウンドアップの名前で商品化された殺草剤です。日本では除草剤と銘打って市販されています。いわゆるラウンドアップ農法は、除草剤耐性遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え作物を除草剤散布の下で雑草を非選択的に殺しながら栽培し、効率的に収穫する方法であり、米国を中心にトウモロコシ、大豆、キャノーラなどの生産に適用されています。現在、世界で最も多く使用されている除草剤であり、世界の農薬使用量の約72%を占めています。

グリホサートは、植物の芳香族アミノ酸代謝に関与する5-エノールピルビルシキメート-3-リン酸合成酵素(EPSP)を阻害することにより作用します。この阻害により、植物はタンパク質不足に陥り、最終的には死滅します。

一方、脊椎動物にはこの生化学的経路が存在せず、グリホサートの生分解系もありません。哺乳類ではグリホサートが半減期 5〜10 時間で速やかに消失するとされています(体外に排泄される)。これらの理由から、ヒトやその他の哺乳類では、あるとしても毒性は低レベルであると予想されてきました。

ところが、2015年3月、国際がん研究機関は、グリホサートをグレード2aの発がん性物質に分類しました。これはすぐに撤回されましたが、これらと前後してグリホサートの毒性に関する可否両面の観点からの多数の研究報告が出されており、米国では健康被害についての訴訟にまで発展しています。これらについては先のブログ記事(→市販グリホサート系除草剤の毒性?)でも紹介したとおりです。

先月、グリホサートが誘発する病態と精子エピジェネティックな世代間遺伝(epigenetic transgeneration)という、新しい視点からの毒性評価の論文が Scientific Reports に掲載されました [1]。これまでにない世代間毒性学の提唱です。このブログで紹介したいと思います。

1. グリホサートと毒性

研究の背景となるグリホサートの毒性について、論文 [1] のイントロダクションを翻訳しながら紹介します。

米国環境保護庁(Environmental Protection Agency, EPA)が設定したグリホサートの1日当たりの慢性参照用量の「安全」基準は、体重1キログラム当たり1.75ミリグラムです。有害事象が観察されないレベル(NOAEL)は、1日あたり50 mg/kgの用量であり、産業界で許容される暴露レベルは、1日あたり2.5~4.5 mg/kgです。また、1日あたり50-500 mg/kgの高暴露量試験も報告されています。欧州食品安全機関(EFSA)によると、経口、経皮、吸入のいずれの経路でも急性毒性は低いとされています。基本的に、各国の規制機関は、この除草剤の毒性は低いか、またはないという立場です。

グリホサートの毒性については、相反する多くの報告があります。2015年3月、国際がん研究機関は、慢性摂食試験における肝臓および腎臓の腫瘍の有病率に基づき、グリホサートをグレード2aの発がん性物質に分類しました。しかし、その直後の2016年にこの声明は撤回されました。これまでの文献では、反対意見と関連する科学的研究についての議論がなされています。

疫学研究では、自閉症などの疾患との直接的な暴露の関連性が示唆されていますが、適切な動物試験や臨床試験は行われていません。生態毒性作用としては、多種多様な異なる生物を用いて評価されてきました。哺乳類(マウスやラットなど)を用いたグリホサートの直接暴露試験では、さまざまな異なる病態が示唆されています。評価を複雑にしているのは、ラウンドアップにはグリホサートとともに別の化合物が含まれていることで、その作用はグリホサートのみによるものと推察するしかないことです。

著者らは、直接暴露の影響として、生殖毒性、出生異常、ネズミの精子生産の減少、肝臓代謝病変のリスク上昇の研究報告を紹介しています。また、ライディッヒ細胞、セルトリ細胞、造精細胞のアポトーシスと損傷、およびテストステロン産生の減少を伴う精巣病理が、直接暴露後に発生するという文献を挙げています。さらに、男性の生殖異常には、思春期開始の遅れ、行動変化、精巣の病理学的変化などがあること、グリホサートによる女性の病理には、子宮の異常、卵巣ステロイド生成の変化、ネズミの着床病理が含まれることを述べています。

グリホサートへの直接曝露を含む少数のヒト疫学研究では、ヒトの発育と生殖に対するリスクはないと結論づけられています。既往の研究では、直接暴露の影響がないことを示す結果と、誘発される病理学的変化を示すものが混在しています。しかし、最近では、グリホサートへの直接暴露の潜在的なリスクを示唆するものが増加しています。

注意すべきことは、これらの既往研究は、主にグリホサートへの個体に対する直接曝露に焦点を当てた毒性リスクの評価であることです。グリホサートへの直接的な曝露を受けない後継世代に対するグリホサートの潜在的な世代間影響については、これまでの研究で検討されていません。

2. エピジェネティックな世代間遺伝

エピジェネティクスは、簡単に言うと遺伝情報を司るDNAの塩基配列とは無関係に起こる遺伝的プロセス(遺伝子発現などのゲノム活動を制御)であり、有糸分裂において安定的に起こります。このプロセスには、DNAのメチル化、ヒストン修飾、ノンコーディングRNAクロマチン構造、RNAメチル化などが関わっています。

エピジェネティックな世代間遺伝は、生殖細胞精子または卵子)を介した世代を超えた遺伝情報を含み、直接曝露を継続しないにもかかわらず病態や表現型の変化をもたらします。つまり、グリホサートで例をとれば、個人がそれに直接暴露していないとしても、親や祖先が暴露した経験があれば、グリホサートによる影響が出てしまうということです。

このDNAの遺伝情報に依存しない遺伝形式により、環境因子が生殖細胞精子または卵子)の重要な発生時期にエピジェネティックな変化を誘発し、それが次世代に受け継がれるということになります。このような重要な発生時期には、受精後の初期胚で起こるエピジェネティックな初期化、生殖腺発生初期の始原生殖細胞での初期化が含まれます。成人の配偶子形成、特に精巣における精子形成においても、エピジェネティック・プログラミングが変化する可能性がります。また、成人期の先天性曝露は、病態の世代間継承を促進することが示されています。

著者らは、多くの環境毒性物質が、病理、疾患、精子のエピジェネティックな変化の世代間継承を誘発することが示す先行研究を紹介しています。これには、殺菌剤ビンクロゾリン、プラスチックの可塑剤(ビスフェノールAフタル酸エステル)、農薬ペルメトリン40、ジクロロジフェニルトリクロロエタン(DDT)およびメトキシクロル、炭化水素(ジェット燃料JP8)、ダイオキシン4および除草剤アトラジンなどがあります。

環境毒物だけでなく、栄養やストレスによる病態の世代間継承の促進が知られていることも、著者らは述べています。ヒトの研究でも、栄養、喫煙、ストレス、その他の環境曝露に対するエピジェネティックな世代間遺伝が証明されていますし、植物、ミミズ、ハエ、魚、鳥、げっ歯類、ブタ、ヒトにおいても、環境による病態や表現型の世代間遺伝が確認されています。

3. 研究の概要

上記のように、これまで発表されたグリホサートの影響に関する研究は、リアルタイムの毒性リスク評価研究の主要な基準である個人・個体への直接曝露に焦点を当てたものでした。そして、グリホサートの直接暴露毒性については相反するいくつかの報告がありますが、グリホサートへの直接的な曝露を受けない後継世代に対する潜在的な世代間作用については、これまでの厳密な調査が行われていません。

エピジェネティックな世代間遺伝現象は、多種多様な毒物や環境因子によって誘発される、高度に保存された非DNA遺伝情報的な継承プロセスであると思われます。そこで、研究チームは、グリホサートが病態および精子の後発的変異(epimutation)の世代継承に与える影響について検討しました。すなわち、妊娠中のF0世代の雌ラットに一過性のグリホサート曝露(25 mg/kg B.W./d)を行ない、それが世代を超えてどのような影響を与えるかを調べました。

結果として、直接曝露されたF0世代、あるいはF1世代の子孫においてグリホサートが与える病理学的影響はごくわずかであることが判明しました。一方、F2世代の孫、F3世代の世代交代した曾孫では、病態の劇的な増加が観察されました(図1、2)。世代を超えた病態としては、前立腺疾患、肥満、腎臓疾患、卵巣疾患、分娩(出産)異常などがありました。

図1. F1、F2、F3世代の対照区およびグリホサート系統の1歳ラット♂の病理学的解析: (a)精巣疾患頻度,(b)前立腺疾患頻度,(c)雄腎疾患頻度,(d)平均思春期年齢,(e)平均離乳時体重,(f)肥満頻度,(g)一疾患頻度,(h)複数疾患頻度(文献 [1] より転載). 各棒グラフ(a-f),または平均±SEM(d,e)には, 全個体数に対する病態数の比率を記し, 対照区の個体との比較で、統計的有意差(*)p<0.05、(**)p<0.01、(**)p<0.001を星印で示す.

図2. F1、F2、F3世代の対照区とグリホサート系統の1歳児ラットの♀の病理学的解析:(a)卵巣疾患頻度,(b)腎臓疾患頻度,(c)腫瘍頻度(雌雄),(d)分娩異常,(e)平均離乳体重,(f)平均思春期年齢,(g)肥満頻度,(h)複数疾患頻度(文献 [1] より転載). 各棒グラフには、総個体数に対する病態数の比率、または平均±SEM(e,f)を記し、対照系統の個体との比較で統計的有意差(*)p<0.05、(**)p<0.01、(**)p<0.001を星印で示す.

さらに、F1、F2、F3世代の精子のエピジェネティック解析により、DNAメチル化領域(DMR)の差異が同定されました。既往研究では、すでに、多くのDMR関連遺伝子が同定され、病態に関与していることが示されています。したがって、グリホサートは疾病と生殖細胞(たとえば精子)の後発的変異の世代間継承を誘発することが示唆されます。

このように本研究は、哺乳類におけるグリホサートの潜在的な世代間影響について初めて報告したものです。今回の観察結果は、グリホサートの世代間毒性は、将来世代の疾病の病因として考慮される必要があることを示唆するものです。

F0のグリホサート暴露によるF3への世代間遺伝の概要を図3に示します。妊娠中のメスの暴露は、F0 世代のメス、F1 世代の子供、そして F2 世代の孫を生み出す F1 世代の子供内の生殖細胞が直接暴露することになります。したがって、最初の世代交代は、直接暴露していないF3世代のひ孫となります。F0、F1、F2世代における直接暴露の作用機序は、生殖系列を介した世代間暴露の作用機序とは異なります。F2世代の孫は、直接暴露と世代間作用が混在している可能性がありますが、直接の暴露がないことは、世代継承のF3世代で初めて観察されます。

図3. オス・メス系統を介した世代間(F0、F1、F2、F3)のトランスジェネレーションの模式図(文献 [1] より転載).

要約すると、グリホサートは生殖細胞系列(すなわち精子)の後発的変異を介した疾病・病理のエピジェネティックな世代間遺伝を促進することが明らかになりました。F0世代とF1世代ではごくわずかな病理が観察されましたが、F2世代の孫とF3世代の曾孫では病理と疾病の著しい増加が観察されました。

したがって、グリホサートは、直接暴露による毒性リスクは低いか無視できると思われるものの、将来世代における世代間毒性を促進するリスクがあります。今回の観察結果は、グリホサートおよび他のすべての潜在的毒性物質のリスク評価に世代間毒性学を取り入れる必要があることを示唆しています。これは現在行われているリスク評価のための直接暴露毒性学と同様に重要である可能性があります。

おわりに

今回の研究 [1] は、環境毒性物質のリスク評価について、きわめて重要な示唆を与えています。すなわち、化学物質の毒性評価は、暴露による急性毒性や慢性毒性を試験するだけではわからず、エピジェネティックな病態の世代継承まで見ないと正確に評価できないということを意味しています。むしろ、原因物質を直接特定化するのが難しいという意味で、エピジェネティックな病態の方が重大であると言えましょう。

グリホサートが関わるエピジェネティクスについては、これ以外まだ報告がありません。これからの追試が待たれるところです。

エピジェネティクスは別にして、ラウンドアップの健康への懸念と癌訴訟で明らかになった除草剤と癌の関連性を証明する証拠から、世界では少なくとも41ヶ国がラウンドアップを含むグリホサート系除草剤の全面禁止、または制限する意向を表明しています [2]。これには、ヨーロッパの多くの国や、オーストラリア、ブラジル、インド、メキシコ、ニュージーランド、タイなどが含まれます。

グリホサートの使用が各国で禁止されている一方で、日本ではグリホサート系除草剤が好んで使用され、テレビCMでも宣伝されているほどです。農薬天国と揶揄される所以です。おそらく、農業従事者も一般消費者も、除草剤の影響についてはほどんど知識のないまま使っていると想像されます。

グリホサートは、数十年にわたる大量使用によって環境中に遍在するようになり、人間や生態系への潜在的脅威となっています。生物学的環境修復も考えられていますが、生分解経路の詳細は未解明です [3]。海外から輸入される小麦は、基本的にグリホサートで汚染された農地で収穫されたものですが、これを裏付けるかのように、大手メーカーの市販のパンには 0.07〜0.23 ppmの残留グリホサートが検出されています [4]。これらは今回の実験のグリホサート暴露量と比べて極めて微量ですが、そのエピジェネティックな影響の有無についてはこれからの研究に待つしかありません。

そして、様々な農薬、化学物質、環境毒性物質についても、すでにエピジェネティックな世代間影響の可能性が指摘されているように [5, 6]、包括的に精査していく必要があるでしょう。

引用文献・記事

[1] Kubsad, D. et al.: Assessment of Glyphosate Induced Epigenetic Transgenerational Inheritance of Pathologies and Sperm Epimutations: Generational Toxicology. Sci. Rep., 9, 6372 (2019). https://doi.org/10.1038/s41598-019-42860-0

[2] Baum Hedlund: Where is Glyphosate Banned? Update March 2019. https://www.baumhedlundlaw.com/toxic-tort-law/monsanto-roundup-lawsuit/where-is-glyphosate-banned-/

[3] Zhan, H. et al.: Recent advances in glyphosate biodegradation. Appl. Microbiol. Biotechnol. 102, 5033–5043 (2018). https://doi.org/10.1007/s00253-018-9035-0

[4] 一般社団法人農民連食品分析センター: 食パンのグリホサート残留調査. 2019.04.12. https://earlybirds.ddo.jp/bunseki/report/agr/glyphosate/wheat_bread_1st/index.html

[5] Bonde. J. P. et al : The epidemiologic evidence linking prenatal and postnatal exposure to endocrine disrupting chemicals with male reproductive disorders: a systematic review and meta-analysis. Human Reprod. Update 23, 104–125 (2016). https://doi.org/10.1093/humupd/dmw036

[6] Zamkowska, D. et al: Environmental exposure to non-persistent endocrine disrupting chemicals and semen quality: An overview of the current epidemiological evidence. Int. J. Occup. Med. Environ. Health 31, 377-414 (2018). https://doi.org/10.13075/ijomeh.1896.01195

引用したブログ記事

2018年10月23日 市販グリホサート系除草剤の毒性?

               

カテゴリー:その他の環境問題