Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

免疫負債?

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

はじめに

この冬はCOVID-19季節性インフルエンザのダブル流行になると言われています。メディアは「フルロナ」などというわけのわからない名称も使っています。ダブル流行どころか、RSウイルス(RSV)も含めたトリプルデミックになることも懸念されています。

そして、これまでのCOVID-19パンデミックの間、ほとんど抑えられていた他の感染症がここにきて流行る理由として、医療系専門家は「人々の免疫低下があるためだ」と実しやかに述べています。つまり、これまでロックダウンやマスク着用などの感染対策で病原体に曝される機会が極端に減り、人々の間にそれらに対する免疫がなくなっているからだというのです。昨日のテレビでも、長崎大学病院小児科教授 森内浩幸氏がインフルエンザに対して集団免疫がなくなっているからだと言っていました。

考えてみればこの主張はおかしいです。なぜなら、パンデミック前、季節性インフルエンザは毎年流行を繰り返しているわけですから、集団免疫の有無とは関係ないはずです(集団免疫が効くなら毎年流行するはずがない)。たとえ集団免疫なるものがついたとしても流行は繰り返しているわけです。一方、自然免疫は容易に低下するわけがありません。

1. 免疫負債

このような「免疫低下がインフルを流行らせる」という主張は、「免疫負債」(immune debt)という考え方に基づくものだと思われます。免疫負債という言葉は今から1年ちょっと前にフランスの研究グループの見解論文(position paper)によって提唱されたもので、ある病原体への曝露が少ない期間が長く続くことにより、防御免疫の不足が生じ、疾病にかかりやすい人口比率が高くなることを意味します [1]。ニュージーランドにおけるRSVなどのウイルス疾患の急増も免疫負債との関連で報告されています [2]

免疫負債の原因として、やり玉に挙げられているのがCOVID-19に対するマスク着用や社会的距離の取り方などの公衆衛生対策です。これらの非医薬的介入(NPI)によって、病原体に曝される機会が極端に少なくなり、広く免疫力が低下し、その結果、大人や子どもたちはより多くの病気にかかるようになったという仮説が生まれているわけです。

現在、欧米諸国で小児の感染リスクが高くなり、実際に小児RSV患者が増加し、重症患者への対応が追いつかなくなっていることは事実です。そこから、 マスク着用を含めた公衆衛生対策を批判する人たちを中心に、免疫負債という言葉が広く使われ始めました。特に、マスク着用は免疫低下を招くのでするべきでないという主張が多く見られます。

免疫負債は日本のメディアによっても取り上げられており、適切な年齢で感染症に罹らないことはコロナ対策の産物であるという論調で伝えられています [3]。この冬のインフルエンザ流行の予測される理由も、免疫力の低下によるものだという伝え方で [4]、上記の森内教授と同様な説明です

一つ言えることは、上記の「免疫負債」の提唱論文 [1] には、この主張を裏付けるいかなる科学的根拠も挙げられていません。免疫負債を検証し、証明した論文もありません。免疫負債が実際の現象なのか、それとも都合の良い疑似科学なのかについては、専門家の間でも意見が分かれています。分かれているとはいえ、この説の信憑性については懐疑的な声が大きく、ウイルス感染症の再燃については、代替の説明ができると言う専門家が大部分です。

ニュースワイズの掲載記事では、現在、重症のウイルス性感染症の子どもが急増しているのは、免疫力が低下しているのではなく、公衆衛生対策が行われていた時には避けられていたウイルスに、いま子どもたちが一斉に曝され、発病しているからだという専門家の説明があります [5]。つまり、いま目にしている病気の子どもの急増は、COVID対策の全面緩和の結果であるというわけです。

フォーブスに掲載された記事でも、RSV感染症が増えている事実を伝えながら、免疫負債なんてものは存在しないという専門家の言葉を載せています [6]。グローバルニュースに掲載された記事も同様で、免疫負債を否定しながら、この言葉がもつ危険性を指摘する専門家の声を紹介しています [7]

2. 免疫負債という用語はCOVID-19対策の誤りを促す

免疫負債の考え方が危険なのは、マスク着用や対人距離確保と言ったCOVID-19対策の否定に繋がりかねないことです。この点を指摘したグローバルニュースの記事 [7] (下図)を以下に翻訳して紹介したいと思います。

以下翻訳文です。

           

カナダで呼吸器疾患が大幅に増加していることの説明として、「免疫負債」という言葉がネット上で広く出回っているが、感染症の専門家は、この言葉やそれにまつわる物語は「危険」であり、COVID-19の「誤った情報」を助長する可能性があると指摘している。

ここ数週間、国中の救急診療所や小児病院が、処理しきれないほどの呼吸器系ウイルスに感染した患者であふれかえっていることで、これに関して「免疫負債」の解釈がなされているが、そこには2つのバリエーションがある。

第一の仮説は、過去2年半の間、COVID-19の公衆衛生対策が実施されている間にウイルスに暴露されなかったために、人々の免疫システムが弱くなったというものだ。しかし、政府や公衆衛生担当者がマスク着用や在宅対策で国民の免疫システムを「甘やかし」、それがインフルエンザやRSVなどの他のウイルスに対する人々の免疫力を低下させたというこの考え方は、まったく真実ではない。

こう述べるのは、トロント大学情報学部の感染制御疫学者兼助教授のコリン・ファーネス(Colin Furnessは)である。「私の考えでは、免疫学者なら誰でも言うことですが、これはナンセンスです」と彼は話す。「免疫系は筋肉と同じで、使わなければ衰えていくものだと思い込んいるのです」。

実際、ファーネスは、免疫システムを写真のコレクションにたとえている。人が写真を撮ってアルバムにしまっておくと、定期的に見ていないからと言って、時間が経っても写真は色あせない。高齢者が視力が低下して写真が見にくくなるのと同じように、年齢とともに病気を予防する免疫力は低下していく。しかし、これは加齢が免疫系に影響を及ぼしているのであって、病気への曝露が十分でないからではない、と彼は言う。

子供や若くて健康な人の場合、免疫力が勝手に低下するようなメカニズムは全くありません」とファーネスは指摘する。「言い換えれば、健康であるために病気になり続ける必要はないのです。どんな形であれ、全く意味がありません。私たちが病原体に遭遇し、それに対する免疫反応を形成したとき、それは間違いなく生涯の記憶となるのです」。

St Joseph's Health Care Londonのアレルギー専門医で臨床免疫学者であるサミラ・ジェイミー(Samira Jeimy)博士もこれに同意し、病気に罹らないことで免疫力が低下するという考えは、「免疫系の働きに対する基本的な理解の欠如を示しています」と述べている。「健康な免疫系を発達させるためには病気になる必要があるというのは、ほとんど古くからの言い伝えのようなもので、それは実は真実ではないのです」。

現実には、RSV感染症に繰り返し罹ったり、幼少期に罹ったりした子どもは、喘息などの病気のリスクが高くなり、それが生涯続くことになる、とWestern UniversityのSchulich Wellbeing主任助教授でもあるジェイミーは述べた。

免疫負債の第二の解釈は、過去2年半の間に呼吸器系ウイルスにかかるのが遅れたため、これまで以上に多くの赤ちゃんや子供が重症化しているというもので、これもロックダウンとマスクのせいであるとしている。学校や施設でのマスク着用や対人距離確保が解除されたおかげで、RSVやインフルエンザなどのウイルス性疾患に一度に暴露される子どもや赤ちゃんがダブルの流行集団となり、そのために子どもの病院があふれかえっているのだという。

これは事実かもしれない。しかし、これだけ多くの子どもたちが病気にかかるだけでなく、入院が必要なほど重症化していることの説明にはならない、とジェイミーは言う。

今週初め、オタワの小児病院CHEOは、集中治療を必要とする子どもたちの「過去にない」数のために、2つ目の小児ICUを開設することを余儀なくされた。これは、入院や集中治療を必要とする子どもたちの数が歴史的にかなり多いことを報告している多くの小児病院のひとつに過ぎない。

では、なぜ、これほど多くの子供たちが季節性ウイルスによる重症化を経験しているのか? ファーネスは、COVID-19が原因である可能性を示唆する新たな証拠を挙げている。「COVIDは、多くのウイルスと同様に、その戦略の一環として免疫系に害を与えます」、「ウイルスが宿主に感染するためには、免疫システムがウイルスを排除するのを避けるために変装するか、変異する必要があり、あるいは、免疫システムそのものを攻撃する必要があるのです」と彼は説明した。

まだ明らかでないのは、COVID-19がどの程度のダメージを与え、それがどのような長期的影響を及ぼす可能性があるかということだ、と彼は述べた。「現在、有力な仮説は、COVIDが免疫系に害を与えているというものです。どの程度、そしてどの程度永続的なものなのか、これらは私たちにはにはわかりません。しかし、これはデータが示していることであり、我々が本当に心配しなければならないことです」。

以上が、ジェイミーとファーネスの両氏が、「免疫負債」にまつわる理論に深い懸念を抱き、そこから生まれる物語を否定するために、公に発言するに至ったという理由の一つである。

現在国中で急増している呼吸器疾患に対して、COVID-19対策のマスク着用や対人距離といった公衆衛生対策のせいだとするのは誤りであるだけでなく、これらの対策がもっと望まれる時に逆に抑制すべきだという考えを助長すると、ジェイミーは述べた。「免疫負債という言葉は、私たちを罹患から救ってくれた公衆衛生対策に否定的な意味合いを与えるようなもので、実は危険な言葉だと思っています」と語った。

この考え方は、複雑な問題を簡単に説明しようとする一部の人々から生まれたものかもしれないが、SNSや多くのコミュニティで広まっているCOVID-19対策やワクチンに関する「誤った情報」キャンペーンの一部でもあることが懸念される、と彼女は付け加えた。

「もし、万が一、別のパンデミックに見舞われ、緩和策を講じる必要が生じた場合、あるいは、今回のパンデミックの場合であっても、NPI(非薬物介入)策の一部を復活させなければならない状況に陥った場合、この言葉を使うと、一般市民の間にこれらの策に対する抵抗感が生まれかねません。これは短期的にも長期的にも有害だと思います」。

           

翻訳文は以上です。

おわりに

2年半前、COVID-19の対策(NPI)をやり始めたら、インフルエンザや他の感染症が激減し、規制を全面解除した途端、これらの感染症がまた多くなるというのは、単純に対策の介入と解除のよるものとした方が考えやすいです。NPIによって免疫が低下するというのは、どう考えても理屈が成り立ちません。なぜなら、私たちは空中を含めたあらゆる環境から大量の微生物やウイルスに常に暴露されていて、サージカルマスクの防御程度では容易に侵入してくるからです。マスク越しに少量のウイルスを吸い続けることによって、免疫が強化されるというヴァリオレーション仮説もあるくらいです(ヴァリオレーション仮説ーマスクの隠れた効果?)。

もし、マスク着用によって免疫負債を生じると言うなら、マスク着用がより徹底している日本を含めた東アジア諸国でむしろRSV感染症が増えるはずなのに、欧米より流行ってているという報告はこれまでありません。

時として免疫負債という言葉を安易に使いながら、免疫低下によってインフルエンザや他の感染症が増えると主張する日本の専門家もいささか問題でしょう。流行るとすればそれは感染対策が緩くなったせいと見る方が合理的です。

子どものRSV感染症増加やインフルエンザの増加は別にして、COVID-19が免疫系に悪影響を与えている状況証拠は、いろいろな論文で指摘されています。ひょっとしたら、mRNAワクチン接種者においては、繰り返し接種も免疫系に負の影響を与えているかもしれません。これらを含めて、COVID-19以外の感染症が増えている要因を突き止めていく必要があります。

引用文献・記事

[1] Cohen, R. et al. Pediatric Infectious Disease Group (GPIP) position paper on the immune debt of the COVID-19 pandemic in childhood, how can we fill the immunity gap? Infect Dis Now. 51, 418–423 (2021). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8114587/pdf/main.pdf

[2] Hatter, L. et al. Respiratory syncytial virus: paying the immunity debt with interest. Lancet Child Adolesc Health. 5, e44-e45 (2021). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8598182/pdf/main.pdf

[3] 三宅陽子: 子供の「免疫負債」波紋 感染症、適切な年齢でかからず コロナ対策の産物. 産經新聞 2021.12.30. https://www.sankei.com/article/20211230-ZHHML7VBWJPLNMOCMUBZRTZQ64/2/

[4] JIJI.COM: インフル流行、強まる警戒 免疫減少、学級閉鎖も 専門家「広がれば大規模に」Yahoo Japanニュース 2022.11.12. https://news.yahoo.co.jp/articles/192317d903eedf7a12b6ac2fd02b8f40c3c6a911

[5] Craig Jones,: There is no evidence that “immunity debt” is real, however, the end of COVID-19 mitigation efforts means a higher risk for viral infections. Newswise Nov. 15, 2022. https://www.newswise.com/factcheck/there-is-no-evidence-that-immunity-debt-is-real-however-the-end-of-covid-19-mitigation-efforts-means-a-higher-risk-for-viral-infections/?article_id=782293

[6] Shapiro, N.: What’s A Tripledemic? RSV, Covid, And Flu—Oh, My. FOrbes Nov. 12, 2022. https://www.forbes.com/sites/ninashapiro/2022/11/12/whats-a-tripledemic-rsv-covid-and-flu-oh-my/?sh=31d0ae58403c

[7] Wright, T.: ‘Immunity debt’: Why experts say this new term promotes COVID-19 ‘misinformation’. Global News Nov. 12, 2022. https://globalnews.ca/news/9272293/immunity-debt-covid-19-misinformation/

引用したブログ記事

2022年10月17日 ヴァリオレーション仮説ーマスクの隠れた効果?

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)