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盛り上がらないワールドカップ?

カテゴリー:社会・政治・時事問題

2022.11.24更新

はじめに

FIFAワールドカップ(WC)カタール2022が始まりました。試合のみならず、テレビのニュース画面に映し出される各国のサポーターの熱狂的な姿を見るにつけ、現場の興奮が伝わってきます。私は、20年前の日韓WCの際、東京からの新幹線の車中で、ほぼ一両全部を占領したアイルランドのサポーターたちに囲まれ、"Let's have a blast!"と声をかけられてその中に引きずり込まれたことを思い出します。

日本の初戦はドイツが相手です。日本時間で今夜(現地時間16時)開催されます。強豪相手にどんな戦いになるのか興味があるところです。私はドイツの友人に「お互い健闘を祈ろう」とメールしました。ところが、彼からの返事は「ちっとも盛り上がっていないよ」というものでした。

ドイツでは反WCの運動が起きているそうで、テレビ中継の観戦ボイコットが広がっているとのことです。フランスでもパブリックビューイング設置の中止が決定されています。英国では開会式の中継がなされませんでした。やはりそうなのかという思いがしました。日本でもカタールの人権問題などはチラッと報道はされていましたが [1]、テレビの盛り上がり方はそれを完全にかき消しています。盛り上がりは今夜ピークに達するでしょう。

日本での盛り上がりの前に、サッカーに盛り上がらない?反WCあるいはカタール批判をおさらいしたいと思います。これは、開催国であるカタールの人権問題、差別、環境問題などに関わることです。

1.カタールWCの何が問題か

カタールWCの動きの発端は、昨年2月のガーディアン紙の記事 [2] になります。ガーディアンは、カタールが10年前にWC開催の権利を獲得して以来、インド、ネパール、パキスタンバングラデシュスリランカからの移民労働者が6500人亡くなっている事実を報道しました。これをWC開催に関わる人権問題として報じたのです。

この数字自体は、いろいろ変動していて、様々な引用のされ方をしていますが、一様にカタールのWC開催は労働環境と人権について問題があるという捉え方がされています。そもそもカタール専制主義国家であり、全人口1割の自国民に対して9割の外国人の労働奉仕で成り立っている国です。労働差別とともにイスラム教に根付く男女差別や性的少数者差別もあります。天然ガスの輸出で得た外貨と莫大な儲けで、国民の非課税や教育、医療費無料というシステムをつくりあげ、国民への還元というバランスで成り立っている国です。

今回の批判の主なものは、WC開催に関わる建設やインフラ整備で移民労働者が劣悪な環境におかれ、多数死亡していること、LGBTQ+に対して差別があること、サッカー競技場に化石燃料を使って冷房を施すなど環境負荷の点で問題があること、などです。WC開催に対する抗議や批判はいろいろな形で現れています。

先日、FCバイエルンの公式アカウントは、ファンによる「5760分のサッカーための15000人の死、恥を知れ」という抗議があることをツイートで紹介していました。

WCが始まってからも現場で抗議、反差別の動きは出ています。ハリファインターナショナルスタジアムで行なわれたイングランドーイランの試合では、試合前、イングランドの選手は片膝をついて人種差別に抗議の意思を示しました。イランの選手は国歌を斉唱しませんでした。国内での反スカーフデモに連携したものと思われます。

ドイツやイングランドなどの欧州7ヶ国のチームは、性的少数者差別への反対を示す腕章を付けて試合に臨むことを表明しました。しかし、FIFAはこれを処分の対象とするという警告を出したことを受けて、当該国は腕章を付けることを断念しました。

これらの反差別の動きについては、今朝のテレビ朝日「モーニングショー」でも伝えていました。

2. ファクトチェック

ドイツ放送協会(Deutsche Welle, DW)は、反カタールWCの主張や根拠とされている様々な数字についてファクトチェックを行なっています 。冷静かつ客観的に分析されていると思いますので、ここでそれを紹介したいと思います。原文はドイツ語でしたが、英文訳がウェブにアップされていましたので(下図[3]、それを翻訳して紹介します。

以下翻訳文です。

             

カタールが2022年WCの開催権を獲得して以来、外国人労働者の待遇や人的コストを巡って議論が起きている。カタールのWC用建設現場で何人の労働者が死亡したか、さまざまな推定がなされているが、本当の数字を把握することは困難である。

このファクトチェックでは、FIFAカタール当局、人権団体、メディアが発表した数値のうち、一貫して事実とされるもの、誤解を招くもの、あるいは虚偽とされるものを取り上げている。筆者らは、これらの数字が、カタールでの移民労働者の我慢や苦しみについて、漠然とした印象しか伝えていないことを認識している。

主張:カタールでのワールドカップは、6500人、いや1万5000人もの出稼ぎ労働者の命を奪った

DWのファクトチェック: 誤り

カタールWCに関連して、15,021人の移民労働者が死亡したということが広く報道されているが、この数字は2021年のアムネスティ・インターナショナルの報告書に由来するものである。同様に広く報道されているのが、2021年2月にガーディアン紙が最初に発表した6,500人という数字である。

これらの数字は、報道以来、当該主張の裏付けとして何度も使われてきたが、アムネスティ・インターナショナルもガーディアンも、これらの人々がすべてスタジアムの建設現場で死亡したと主張したことはない。実際、2022年WCという明確な文脈の中でさえ、死亡したと主張したこともない。どちらの数字も、過去10年間にカタールで死亡した様々な国籍と職業の非カタール人を指しているに過ぎない。

アムネスティ・インターナショナルが引用した15,021人という数字は、カタール当局の公式統計から得たものである。これは、2010年から2019年の間に同国で死亡した外国人の数を指している。2011年から2020年の間は15,799人である。

●1万5千人の死者-ワールドカップのためだけではない

この中には、WC関連事業に従事した、あるいは従事していなかった、資格のない建設労働者、警備員、庭師だけでなく、外国人教師、医者、エンジニア、その他のビジネスパーソンも含まれている。ネパールやバングラデシュなどの発展途上国から来た人もいれば、中所得国や高所得国から来た人もいる。カタールの統計では、これ以上の詳細な内訳はわからない。

ガーディアン紙では、ジャーナリストのピート・パティソン(Pete Pattisson)とそのチームが、バングラデシュ、インド、ネパール、パキスタンスリランカ政府からの公式統計に基づいて、6751人という総計を算出した。

カタールはどちらの数字も否定していない。実際、ガーディアンの取材に対し、同国の政府広報室は次のように述べている。「人命が失われるたびに気になりますが、これらのコミュニティの死亡率は、人口の規模や人口統計から予想される範囲内です」。

しかし、それは本当なのだろうか?

主張:"これらのコミュニティーの死亡率は、人口の大きさと人口統計学的に予想される範囲内である。"

DWのファクトチェック :誤解を招く表現(misreading)

カタール政府によると、200万人のうち年間1,500人が死亡するのが通常の平均的な死亡率である。まず、世界保健機関(WHO)によると、カタールの移民労働者の一般的な死亡率は、彼らの自国よりも低いということを明記しておく。

カタールにおける移民労働者の一般的な死亡率は、彼らの母国よりも低い。実際、カタール国民の死亡率でさえ、カタールの移民労働者の死亡率より高いのである。しかし、カタールの移民労働者は母国やカタールの一般人口を代表しているわけではないので、このような数字は誤解を招きかねない。

カタールに入国した移民労働者は、基本的に健康である

たとえば、死亡率が最も高い人口集団は子供と高齢者であるが、移民労働者の中でのその割合は、明らかにどの国の一般人口における割合とも比較にならない。さらに、カタールで働く移民労働者は、その経歴や職業が何であれ、一般に健康な人々である。カタールのビザ取得の条件として、AIDS/HIV、B型およびC型肝炎、梅毒、結核などの感染症にかかった潜在的申請者は除外される。ビザ取得には、あらゆるメディカルチェックにパスしなければならないのだ。

また、このような統計には、帰国後に亡くなる出稼ぎ労働者は含まれていない。たとえばネパールでは、過去10年間に20〜50歳の男性で腎不全による死亡例が大幅に増加した。それらの多くが中東での労働から帰国したばかりの20〜50歳の男性である。

この原因として、湾岸気候の中での重労働に加え、被災者が報告しているように飲料水の量と質が低いことだろうと、ネパールの健康専門家は考えている。

主張:ワールドカップ・スタジアム建設現場での作業関連死は3件のみ

DWのファクトチェック :誤解を招く表現(misreading)

FIFAカタールWC組織委員会も、WC建設現場での作業が直接の原因となった死亡は、3人のみと主張している。FIFAカタールの公式な「業務上死亡」の定義は、カタールが過去10年間に建設した7つの真新しいスタジアム、およびトレーニング施設の建設現場での死亡を指している。この3人の中には、アル・ワクラのアル・ジャノーブ・スタジアムのネパール人男性2人と、アル・ラヤンのハリファ国際スタジアムの英国人男性1人が含まれている。

定義を建設作業に直接関連しない「非業務関連死」に広げると、たとえば、2019年11月に職場から宿泊先に移動中に交通事故で死亡したインド人2人とエジプト人1人を含め、37人が死亡したことを当局が認めている。

しかし、カタールがWC招致に成功したことで、正真正銘の建設ブームが巻き起こっている。これはスタジアムの建設だけにとどまらない。高速道路、ホテル、地下鉄、空港の拡張、ドーハの北にあるルセールの新都市など、大会に関連したさまざまなプロジェクトが進行中だ。FIFAによると、建設のピーク時でさえ、実際、WCの現場で実際に雇用された労働者は3万人を少し超える程度だったという。

したがって、公式発表による3名の死亡は、WCがなければ存在しなかったかもしれない他の建設現場で発生した可能性のある死亡事故を割り引いた数字である。また、移民労働者が勤務時間外に宿泊先で死亡し、それについて適切な説明がなされていない事例が何千件も記録されていることも考慮されていない。

ガーディアンとアムネスティ・インターナショナルによる調査(後者はバングラデシュ政府から提供された数字を使用)によれば、カタールの医師は、死亡者の約70%を急性心肺機能不全による「自然死」とみなしている。しかし、疫学者にとっては、心不全や呼吸不全は死因ではなく、結果である。心停止の原因は心臓発作などの不整脈かもしれないし、呼吸不全の原因はアレルギー反応や中毒かもしれない。

ところが、そのような説明はされない。実際、ドイツの公共放送ARDが2022年に制作したドキュメンタリーシリーズでは、カタールの医師が死亡診断書にそのように記入することを強要されているとさえ報告している。

2014年には早くも、カタール政府が委託した独立報告書の中で、世界的な法律事務所DLA Piperがカタールのやり方を批判し、政府に、予期せぬ死や突然死の場合には解剖や死後解剖を許可するよう、強く勧告している。2021年末には、国際労働機関(ILO)も、事故や死因の記録が十分でないと批判している。

アムネスティ・インターナショナルが取材した専門家によると、正確な死因が未確定なケースは、「適切に管理された医療システム 」ではわずか1%に過ぎないという。さらに、侵襲的な検死が必要になることはほとんどない。約85%のケースで、目撃者や故人の知人を含む口頭での検死で十分として済ませている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチアムネスティ・インターナショナル、フェアーズ・インターナショナルなどの人権団体は、定期的に目撃者の話を取材している。彼らの報告によると、原因不明の突然死の多くは、熱中症疲労、あるいは治療を受けていない軽い病気などが元であることが示唆されている。

結論として、2022年カタールWCに関連する死亡者数は、移民労働者がどこから来たのか、いつどこで死んだのか、死因は業務上のものか否か、などの定義によって様々である。しかし、カタールの公式データには矛盾や欠点があるため、具体的な結論を出すことは不可能である。逆に、カタール当局が信頼できる情報を提供できないのは、一体なぜなのか、という疑問が生じる。

アムネスティ・インターナショナルのEllen Wesemüller氏、The GuardianのPete Pattisson氏、FairsquareのNicholas McGeehan氏には感謝したい。彼らには、調査結果の見解を示してもらうとともに調査結果に対する私たちの理解を助けてもらった。残念ながら、カタールバングラデシュ、インド、ネパール、パキスタンスリランカの当局に何度もコメントを求めたが、出版時点では返答がないままである。

追加取材:Sebastian Hauer

             

翻訳は以上です。

おわりに

日本はもともと欧米先進国に比べて人権意識が弱い国です。カタールWCについて欧州を中心に批判や反差別の動きが出ていることについては、日本のメディアやサッカー関係者、サポーターは割と無頓着のように思えます。ちょっと飛躍しますが、いま話題のSHEINが人権や環境問題で問題視されていることよりも、安さでブームになっていることを好意的に報じるメディアやすぐに飛びつく消費者と似たような傾向があるかもしれません。

カタールWCを巡っての欧州での批判やWC現場での各国チームの言動に対して、スポーツに政治を持ち込むなという意見がSNS上で散見されますが、勘違いも甚だしいと思います。人権を語ることはスポーツ以前の人間の尊厳に関わることであり、政治的でも何でもありません。人権を無視したり、相手への敬意なしでスポーツというのもあり得ないでしょう。

私は中学、高校とサッカー部にいましたし、大好きなスポーツの一つですが、今回のカタールWCについては各国チームを応援しながらも割と冷めた目でも見ています。もちろん、今回のカタールによる、人権問題を無視して、金の力でWCを呼び込んだ大会であるということや、時代錯誤の大規模な環境負荷冷房を行なっているということ、ウイルス拡散のエピセンターになりかねないこと(それに対して無策)、からです。

実は、昨年の東京五輪の際の久保建英選手の発言を受けて、日本チームに対する熱が少し冷めました。以下は、南アフリカ戦を前にして、同国の選手が検査でCOVID-19陽性になり、大量の濃厚接触者が出て、出場できなくなった時の彼の発言です [4]

僕らにとってマイナスではない。僕らに陽性者が出ていたらマイナスですけど、いまのところゼロなので、自分たちのことに集中したい。こんなこと言っていいか分からないですけど、損ではない。自分たちのことにフォーカスしたい。

病気や検査で出場できない相手選手への配慮を飛び越して「損ではない」と言い切る彼の言葉に、日本チームのマインドを感じ取りました。本来なら「ベストメンバーの相手と戦えないのは残念..」といったところではないでしょうか。

大好きなサッカーですが、私は東京五輪での日本チームの試合は一切観ませんでした。もっとも第5波COVID-19流行で、知り合いも病床で苦しんでいる状況だったので、五輪全体を見る気がしませんでしたが。今回も健闘を祈っていますが、中継で観ることはないでしょう。

2022.11.24更新

サッカー連盟(FIFA)のジャンニ・インファンティーノ会長は、11月19日、カタールに対する西側諸国の人権問題などをめぐる批判は「偽善」だと非難しました [5]。一方で、これに先んじてFIFA前会長は、人権問題で批判広がる中.、カタールでのW杯開催は「間違いだった」と述べています [6]

引用記事

[1] 坂本進: 労働問題・同性愛禁止…批判されても W杯開催カタールの思惑と誤算. 朝日新聞DIGTAL 2022.11.21. https://digital.asahi.com/articles/ASQCP3VWDQCLUHBI02Y.html

[2] Guardian: Revealed: 6,500 migrant workers have died in Qatar since World Cup awarded. Fe. 23, 2021. https://www.theguardian.com/global-development/2021/feb/23/revealed-migrant-worker-deaths-qatar-fifa-world-cup-2022

[3] Walter, J. D.: Fact check: How many people died for the Qatar World Cup. DW 2022.11.16. https://www.dw.com/en/fact-check-how-many-people-have-died-for-the-qatar-world-cup/a-63763713

[4] サッカーダイジェスト:「こんなこと言っていいか分からないですけど…」久保建英が濃厚接触者多数の南アフリカ戦に言及. 2021.07.21. https://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=94528

[5] BBC News Japan: FIFA会長、カタール批判は西側諸国の「偽善」 W杯開催国の人権問題めぐり. 2022.11.20. https://www.bbc.com/japanese/63673026

[6] BBC News Japan: FIFA前会長、カタールでのW杯開催は「間違いだった」 人権問題で批判広がる中. 2022.11.09. https://www.bbc.com/japanese/63564501

                 

カテゴリー:社会・政治・時事問題